捨て犬・後編 冬風 狐作
「ん・・・シロ・・・?」
 意識を取り戻したのは唐突な事だった、急に晴れた意識にかかっていた靄の向こうから飛び込んでくる視界・・・脳裏に映し出される光景は今、私のいる場所を淡々と映す。そこは何やら薄暗い石畳の道、両脇には石灯籠が立ちその一つ一つに揺らめく灯の姿があり静かに辺りを浮かび上がらせている。そしてシロがいなかった・・・。
 その光景はどこか神聖で触れるべきではない場所の様に思えた、当然私のようなものが立ち入ってはならない禁忌の場所・・・そのイメージが瞬時に脳裏を貫き思わず立ち止まっているその足を硬くさせる。しかし歩を進めざるを、更にはシロは何処へいったのかと言う思考をもあわせて止めざるを得なかった。何故なら私の背が押されたからである。つんと軽く指で押されたとかそれではない、背中全体が垂直な壁の様な物に押されたのだ。
 その勢いは静かでありながら圧倒的、立ち止まっていると徐々に体が沈み込んで・・・終いには反発で跳ね飛ばされてしまいかねない予感を感じられる。決して飲み込むものではない、ただスポンジかその類の反発力のある目に見えない黒い物体であるのは足元をふら付かせつつも、首を軽く回して瞬間に見た記憶などからはっきりと分かったのであった。
   そして私はその壁の勢いに、何とか歩調を合わせて何処までも直線な石畳の上を歩んでいく。灯篭も石畳の石の配列も規則的である意味では全く個性が感じられなかった、とにかく全てがそこにあるために・・・そしてそこにある何かを飾る為だけに存在しているようだった。その後一体時間に換算すればどれほど歩いたのか私は分からない、しかしとにかく棒が足になるまで歩き続けた時ようやく光景に変化が現れる。変化・・・それは新たなる構造物、それはどこにでもある様な見慣れた形の作りをした神社の拝殿の姿であった。
 その整然と整えられ、それこそ塵一つ無いといえよう姿の拝殿の前にて勝手に足は直角に右へと折れてその脇を進む。そこにある柵に付けられていた扉の鍵は外されて大きく開け放たれており、何の障害なくそれをくぐり更なる奥へ・・・先に見える数段の石段の上にある本殿と思しき建物に接近していく。

 本殿の如何にも重厚な扉は直前まで閉まっていたにもかかわらず、私が石段に足を踏み入れた途端に静かに何者の手を借りずに開き・・・途端に猛烈な風が背後から私を押した。その風は猛烈なもので後ろの壁がその風と共に消えたのは分かると言うのに、風以上に私を支配し石段、石畳そして本殿の扉へと続く木の階段を登らせ進ませていく。
 風は次第に暴風を超えた・・・兆風とでも言うべきなのだろうか、何にでも兆と付けるのはよろしくないであろうがそうとしか言えないほどの風に捕らわれ身は引き裂かれるかのごとく。ふと気がつけば背中に張り付き腹側は大きく前へ靡いていた衣服がとうとう耐えられなくなり、その縫い目から無残にも避けて切れ切れになって前へ先に吹き飛び消えていく。それは正しくは消えると言うよりも溶けるとでも言った方が良いかのごとく鮮やかに・・・本殿の中の暗闇に飲まれていった。
 その時になってようやく私はその風は背後から吹きつけているのではなく、その開かれた本殿の中から言ってみれば掃除機の様に空気を吸い込んいるが為の風である事を知った。しかしそんな事を知った所でどうにもなる訳ではなく、むしろ強まるその吸引力につられて半ば倒れこむ様に本殿の中へ入り込み・・・中は畳敷きであった、そしてその風が吹き止むと共に扉は閉じられ瞬時に暗転。勢いよろしく畳の上に、その体を・・・パンツのみを残して全裸となったそれをぶつけた物だから思わずの痛みにくらっとなって意識が軽くぼやけていた。
「わう・・・わんっ!」
 ぼやけた意識を覚醒させたもの、それは鳴声・・・聞きなれた犬のシロの鳴声だった。そこで私はようやくシロが先ほどから手元にいなかったことを思い出した。
「シロ・・・どこに。」
 少しばかり飛んだ、と言うよりも抜けた言葉で私は声をかけて起き上がろうとした。しかしその途端、私の背中に力が加えられてまるでつぶされる寸前の蛙の様に手足をじたばたさせるがすぐに止まる。背中の背骨の直上、肩甲骨の間・・・腹部で言えば鳩尾とちょうど対称な位置に何かが貼り付けられたのだ。それはお札のようだった、途端に全身に見えない電流が走り一度痙攣して私は動きを封じられた、それに次いでうなじに生暖かいざらついた感触を感じた 。

「ここですよ・・・ご主人様。」
「え・・・?」
 私が動けなくなった事を待っていたかのように低い声が耳に届く、そして背中には再び先ほどの何かが貼られた箇所に再び力が加えられた。その力には熱があり、血の通う気配がじんわりと伝わってくる。しかし人の手にしては不審な箇所があった、それはその感触。人の手にしては柔らかさが強く骨の角ばった硬さがどうも足りない、しかし形は明らかに人の手。それには全く違和感が感じられなかった。
「ん・・・どうしたのかなぁ・・・こんなに黙っちゃって・・・。」
 そしてうなじを舐めていた感触・・・それは恐らく犬の舌に近い物が、言葉と共にうつ伏せになっている私の頬を舐め回し始める。吐かれる息は犬臭く、その舐める勢いは全くシロにされた時と同じで何よりも同時に脇腹を撫でる手の動きが、私がシロにするのと全く変わりがないからである。
 驚きと共にくすぐったさが込み上げて来る、それは余りにも気持ちよくて大きな笑い声と共に大きく狂い転げ回りたいほどであった。それほどつぼを押さえて・・・頭の中で何時も私がシロを弄っている時の光景がフラッシュバックしたのは気のせいではないだろう。
 そうして動けないまま・・・汗すらも出せずただ呼気を荒くするだけの中で、内面では大きく狂いそうになるほど揺れているのを悟ってかどうかは分からないが、私を制する何者かの動きはますます大胆になっていた。脇を弄んでいた手の動きは次第に上に移って片胸を揉み始める。基本的に男装に近い格好をしている事の多い私はよく男に間違えられて、それを良しとしているのだが一応薄いながらも男よりも柔らかさと豊満さのある胸はあり敏感である。
「く・・・男装好きなのにやっばり牝なんだなぁ・・・ご主人様・・・。」
 私のことをご主人様と呼ぶ相手・・・声の低さから恐らくは男なのだろう、背中には先ほどから掌の変わりに一際熱を帯びて放つ長いものが当てられている。恐らくそれはイチモツ、一方で先ほどまで背中にあった掌は既に胸を弄んでいる片方と共にもう片胸を揉み始めていた。そして私はますます内面が暴れる、しかしそれを外面に出せないのは・・・拷問に等しかった。男は時折腰を振りイチモツが背中を擦る。

「おっと・・・言葉を話させないとな・・・忘れてたよ・・・。」
 しばらく続けていた相手は思い出したかのように呟くと、後頭部に手を当てて軽く捻り向きを斜め上に向けさせた私の顔へ・・・その顔をぶつける。そう口付けである、目に見えた相手の男は人ではなかった。暗闇の中に浮かび白の人ではない造形、獣・・・犬、白い犬、その耳の曲がり具合に目の輝きは忘れようもない見覚えと印象の強すぎる顔。
"ん・・・シ・・・シロ・・・!?"
 見られている事に気がついたのか相手は瞳を閉じて、その長いマズルを平滑な人の顔たる私と噛み合せる様にして舌を入れ込む。その拍子に顔のみならずその全身の向きが変えられた、そして抱きしめ・・・ふさふさとしたあの毛並みが全身に感じられる。それは紛れもない、この一年間折に触れて日々触れてきた感触、シロの体を覆う毛の感触であった。
 そう感じている間も熱烈に相手・・・シロは、人の体躯となったシロは私を貪る。抱きかえられてされるがままの私を、舌でそして全身で愛撫する。口の中はすっかりシロのあの唾液で満たされその周辺も塗りたくられていた、そして何時の間にやら用意されていた布団の上に今度は仰向けのまま横たえられる。そしてシロのマズルが外された口から大きく息を吐き、声・・・否喘ぎ声を漏らす。
「ん・・・ふふ、感じてるんだ・・・牝だねぇ・・・。」
「んあ・・・あ・・・は・・・牝・・・ん・・・シロ・・・なの・・・ぉっ!?」
 片胸を揉み腹を舐め脇を愛撫・・・その3点攻めに私は大きく喘がざるを得なかった、ただ屈辱的とかそういう感情は一度も感じず純粋に喘ぐ事にすら快感を感じている私がいた。そしてそれは疑問でもなんでもないそう言った事の範疇の外であったのだろう。
「そうさぁ・・・シロさぁ・・・でも・・・。」
 勿体付けるような口調で呟きつつ舌を走らせるシロ・・・そして続けられる。
「あと少し・・・それもあと少し・・・シロとご主人様はあと少し・・・。」
「あと・・・あ・・・あああっ!」
 言葉は届く、疑問は浮かぶ。しかしその疑問を具体的に考えようと、更には問おうとするとそれは全て見透かされているかの様に強い刺激が加えられ途切れさせられる。そして次第にそう思うことすらも、浮かべることすらも排除しようとするかのように刺激の強さは極まり長く尾を引き、その上に更なる刺激が重なっていく。これまでに殆ど感じた事のない性感が積み重なっていく・・・。
「気持ち良い・・・気持ち良い中で・・・あと少しで・・・共に・・・っ!」
 そして再び唇を奪われる、胸と割れ目を弄られて悶えるのに果てはなかった。全身の筋肉が緩んだかのようで私はその刺激に忠実に反応し・・・失禁すらしても厭う気持ちは起こらなかった。むしろ自然で恐らくは清浄であろう布団を汚す事への抵抗感も全く失われている、それどころか汚して行く事が快感だと言わんばかりに全身から多くの分泌液・・・汗、唾液そして愛液が噴出すかのように漏れて潤していた。

 頭は大きく熱に熟れて・・・シロの目論見があるのかは分からないがもうまともに思考は出来なかった。受動的な反応を示す為の回路の一部でしかなかった、だから言葉はそれが喘ぎ声でも肉同士のぶつかる音でもシロの声であってもただの音波に過ぎない。だからシロの言葉がどうであろうとも・・・快感が全てとなっていた。
    「はぁ・・・はぁ・・・あと・・・少し・・・少しで・・・年が・・・っ!」
 そう言うとシロは途端に立ち上がり大きく喘ぎまどろむ私を見下ろすように・・・その股間より勃起しているイチモツ、当然それは瘤付きの人のモノではない獣のモノ、その先端からは透明な先走りが多量に漏れて別の意味で欲望の中に潤っていた。そしてそれを掴むと扱き始める、仁王立ちの間・・・布団の上に横たわりぼんやりとした澱んだ瞳で見上げる私に激しく撒き散らしつつ、シロもまた自らの扱きに喘ぎ陶酔しつつ身を軽く震わす。
 そして・・・それから幾許とも立たない内にシロは・・・その必死な姿を変える、そう片手で扱くのを止めて握ったまま再び横たわり顔を舐め回したのだ。その頃の喘ぎはシロの方が強かったと言えるだろう、そしてシロは言う。
「年が・・・僕の年が終わる・・・そして・・・ご主人様の・・・年・・・ぃっ・・・!」
 続くは唇を奪う嵐・・・半覚醒状態の私の唇をまたも貪り続けていた。
「さ・・・そう・・・受け入れて・・・ぐ・・・ふ・・・犯す・・・ぅっ・・・お・・・おお・・・っ。」
「え・・・あ・・・あがぁっ・・・!」
 どこか悲痛さすらもあるその深刻な叫びから間をおかずして・・・シロはそのイチモツを私の中へ突き挿した。それには躊躇もない、隙もなかった。シロの人ではないイチモツは、まだ一度も男の体を知らない証である膜を蹂躙して突き破り根元まで埋め込む、そして伝わる痛みの中を構わずに腰を降り始める。それは飢えた獣がようやく捕まえた獲物を腹を掻っ捌き貪るが如くの勢い、舌を垂らし涎を漏らしつつ歓喜に満ちた表情で人形を相手にしているかの様に遠慮のかけらは何処にもなかった。
「はう・・・は・・・いあ・・・シ・・・シロ・・・っ!」
「ご主人・・・じ・・・ん・・・っ!」
 こう言う時になって私は・・・先にも書いたように半覚醒の状態であったのは、全く何という運命なのだろう。痛烈な痛みと共に感じる荒々しいまでの快感、腰から上全てが突き動かされるその動きにもう意識はずたボロだった。しかし失えない、熱さと快感の中で失う事無く翻弄され続ける。
 シロの腰を振るペースは徐々に・・・最も最初から激しかったが、激しさは募りに募ってもう何とも言えない。とにかく私は弄られる、完全なる受身でしかない。ただそれに対する拒否感、嫌悪感はない。むしろ無心の内に受け入れに受け入れる心境、そして終結・・・。
「お・・・あ・・・頼んだよ・・・おっ・・・!!」
 シロは・・・昇り詰めた、絶頂へ。そして続けて私も脳に激しい電撃を受ける、そう電撃と形容出来る強い快感の波動を受けたのだ。途端に全ては飽和しただ視覚だけがぼんやりと生きるのみ、一瞬目を瞑った後に開けた後の光景は私の見た記憶に残る光景の中で最たる強い印象のものだろう。
「んぐ・・・っ!?」
 降りかかる大量の・・・液体、そして溶解していくシロの体。その体は見る見る間に倒れ込みそして透明な液体となって全身に降りかかる、それはただの液体ではなくゼリー状の物質。スライムといえば良いのだろうか、とにかくそれらは見事に私に降りかかり覆い隠した。
 当然目の真上、口の上にも降りかかり視界は水の中にいるかのようにぼやけてそして失われた・・・閉じられた瞳、その上に載る謎の透明な物質。全身をコーティングする様に覆ったそれは軽く蠢き、そして私の体へと溶け込み・・・消えた箇所からは新たな物が生じる。それは白い剛毛とも言うべき立派で濃密な毛、加えて意識には大きな情報が流し込まれて行く。

 その情報とは子丑寅卯辰巳午未申酉・・・そして戌と亥、十二支のそれぞれの獣が刻まれていく。戌にはシロの・・・そして亥には私が、そうそこで私は知った。何故あの土地が大都会にあるにもかかわらず放置されているのかと言う事を、あの野原は聖域なのだ・・・古来からの、かつては神聖なる場所として崇められ今や忘れ去られた信仰の地。
 しかし人々が忘れ去ってもその土地に宿るものに変わりはない、当時の記憶を知る者がいなくなったとは言えその霊威は無意識下の人に働きかけて・・・その時代に合わせた認識をさせて聖域としての土地が穢れる事がないようにしていたのだ。武家の時代には鷹狩場として、維新の後には御料地として、そして今は・・・とある地主の所有する土地として。アスファルトの道が敷かれる位まではその霊威放つ者も許容しよう、しかしそれ以上は・・・駄目であった。だから野原として生き残っていたのである。
 ではどうして私が選ばれたのか、それはその者の求める波長と私の魂の波長があったかららしかった。だからその前年の戌年の仕える者であるシロ・・・シロもまたは人であったのが選ばれてその姿になったのだと言う、そして私もその年に新年に応じた姿へ変貌するのだ。そう戌に続く亥・・・猪へと変貌する、そしてそれに私は恐れる事無く・・・静かに意識を閉じた。
 私の肉体は意識の変化と共にその毛に全身を覆われた、そして純白の体は全体として丸っこくて愛嬌のある体。もちろんそれは人と同じ格好で、ただ毛が無ければ少しばかり太った体に過ぎないだろう。しかしそれだけではない、次いで生じたのは尾てい骨付近からのちょんとした小さな尾、そして逆関節を伴った足。鼻を強調するように顔全体構えへと突き出して、言ってみれば変形したハート型のスタンプのような形をした断面の鼻がでんと構えていた。
 そしてそのマズルに靡くように目は横に伸びる形で閉じられて、耳もまたそれに沿う。そして五指に分かれたままの指は第一関節より先が分裂したまま蹄と化して、胸は人としてあった時からの2つの乳房の下に対になるように小さな乳房の山が複数並んで複乳と化す。それは猪であった、私の姿の面影をどこかに残した雌の猪・・・純白に彩られた猪の獣人たる私なのだった。
「ブ・・・う・・・は・・・ああ・・・。」
 言葉にならない呻きの様な鳴声の様な言葉を漏らして軽く体を揺らして瞳を開く、それはどこか優しげな瞳。母性すら感じさせる瞳を開きつつ腕で宙をかき回しつつ起き上がる、布団の上に立ち身を震わせて大きく一息・・・そして更なる溜息をする。
「はぁ・・・いこうか・・・な・・・。」
 漏れてきた声はくぐもってはいたが私の声だった、しかし私の意識は無い。封じられた意識とその声を持った私・・・いや彼女、猪人は布団の上から踏み出して扉を開け放ち外へと踏み出す。そしてもと来た通りに歩み拝殿の前を横切った時には一頭の大きな猪となって・・・参道を一気に駆け出して行った。参道の先に見えない壁は無い、ただやや白んだ夜空だけがあった。


   完
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