交錯する仲・前編 冬風 狐作
 後数日でクリスマスと言うそんなある日、寒冷前線の活発化により大荒れの町の中にあるとある地下駅。主要駅の隣にあって比較的静かなこの駅も通勤時間帯と言う事もあって人影が多い。とは言えその人影はどちらかと言えば主要駅寄りによっている、何故ならそちら側に地下鉄との連絡通路が存在しているからで対して主要駅とは相対する側には何処にも通じていない。ただ地上通じているだけの改札が存在するだけでその地上と言うものも昨今の再開発の影響で今は人影が無く、建築現場だらけであるから将来的にはまた増加するとは言え激減していると言うのが現状であった。
 その駅の地上出口側の円柱に寄りかかる様にしてる人影、電車を待っているのだろうか・・・いやつい今しがた到着した電車は見送っていた。そしてもしずっと見つめている人、いるとしても監視カメラの向こうの係員位であろうがそれがいるならばもう3本ほど電車を見逃して待っている。通過電車も含めれば5本だが、普通電車の間隔が10分間隔のこの路線では3本と言うことはもう30分も待っているのである。それもベンチに腰掛けるなどと言うことは無しに静かに・・・立ちすくんでいた。
 その姿はスーツを身に纏った眼鏡をかけ薄く髭を蓄えた男、若い何処と無く清潔感のある痩身で背は半ばと言った様相だった。彼の名前は千歳陽一、年の頃は20代後半かその辺りと言ったところか。彼は普段この駅を利用しない、むしろ快速にてこの駅を通過し隣の主要駅よりも更に数駅行った駅にて下車して職場へ通っている。だから通過すれども知らずと言う感じなのだが時折、月に数回ほど下車しては何時もこの様にしているのは習慣でもあった。

「本日も○○駅をご利用頂きありがとうございます、まもなく2番線に・・・。」
 男声の接近放送が流れて電光掲示板に赤くその旨を知らせる文字が瞬く。そしてトンネルの奥から吹き出して来るどこか季節外れの涼しさを蓄えた風と共に現れた眩い光、ステンレスの銀色の車体と色の帯、レールの継ぎ目を通過する甲高い音に続いて小さくなっていくインバータの音とブレーキの音を響かせて電車は止まった。
 ちょうど彼の目の前に先頭の乗務員室の扉があって何かは前を見つめている運転士の姿がある、そしてドアが開くと混みあった車内から飛び出る様に一人の女性がホームへ姿をあらわす。混雑の極みに達した車内から弾け出される様に現れたその女性は一歩二歩と歩調を整え、何事も無かったかのようになったところで発車メロディーが流れギュウギュウ詰めの扉が閉まり始めていた。
 それを横にして女性は陽一の方へ向きを改めると歩み寄り微笑んで口を開く、だが同時に電車が動き始めたからその風切音と加速音にてかき消されて直接届きはしない。しかし届かなくとも陽一は怪訝な顔をせず、微笑と片手を軽く上げて歩み寄る事で示す。ほぼ一週間ぶりの再会だろうか、陽一がここにおよそ40分にも渡って立ち尽くしていたのはこの為、背格好も似てやや小柄な彼女と落ち合う為なのである。
「ごめんなさい、また遅れちゃって・・・。」
「いいさいいさ、こうして会えるんだから。」
 彼女はそう言って苦笑している、それに対して陽一は軽く笑って返しそのまま談笑へ持ち込もうとする。遅れて来た早く来たと言う事よりも月に数度しかないこの機会を少しでも楽しみたいと言うのが、陽一の本音でありだからこそそう出来る為に考え実践しようとしていた。それは彼女もまた同感であるのは感じられ、故にその流れに沿って対応してくる。
 そして電車2本分、大いに談笑して解れた2人は歩き出しホームの中ほどへと移動する。すぐにやって来た列車の扉の中に・・・1日1往復だけ、何故かこの駅に停車する通勤特急のやや空いた自由席に腰を下ろして駅を後にする。検札に回ってきた車掌に切符を見せるのは陽一、見せ終えた後はホームとは一転して2人は互いに関心が無いかのように静かになり居眠りなり読書なりをして時間を過ごす。
「降りるよ。」
 ようやく本から視線を外した陽一がしまいつつ、窓側にて寝ていた彼女を起こしたのはおよそ1時間後。郊外型ニュータウンの典型とも言える住宅都市の中に位置する駅に着く直前であった。

「先に風呂に入ってきなよ、これ片付けてるからさ。」
「うん、じゃそうさせてもらう。」
 駅周辺で夕飯を食べてから歩いて10分ほどの公団住宅、その中の一室が陽一の自宅である。1LDKの作りのその部屋のリビングにて軽くくつろいでいた彼女に陽一はそう言いパソコンを前にして何事かを確認している。最もそれには彼女も慣れている様で気慣れた勢いで立ち上がると、特に物を持つでもなくそのまま脱衣所へ・・・そして脱衣所にて常備してある自分の用品を取り出し並べると、服を脱いで全く自宅そのままである様に浴室の中でのひと時を過ごし始める。
 雨音とは違う柔らかな水音がかすかに響いてきたのをハードディスクの回る音と共に耳にした陽一は、軽くホッとして心なしかキーボードを操る手も軽くなり加速したようだった。彼女が出てくればそのままの流れで今度は自分、かつてはここで大急ぎしたものだったが今では慣れもあってかそこまではしない。強いては事を仕損じる、それがある意味彼のモットーであった。
 今パソコンにてしている事は自分のこの地位を支えている事と密接に関係している重要な事、もし大きなミスでも仕出かしたらそれこそこのご時世どうなるかわかったものではない。その結果として彼女ともう出会えなくなる事すらあるのだ、だからこそ焦らず丁寧にこなして行くのであった。その実名を・・・互いに共に知らないという事になっている相手を思って陽一はキーボードを叩く。そして彼女も軽い鼻歌を歌いつつ、その体を湯にて清めるのであった。

「ふふ、いい湯だったかしら?」
 シャワーを浴びて軽装になって戻ってきた陽一を見て彼女、北側依子はほぅっと言う息を吐くかのようにして問い掛けてきた。
「それはいい湯だったね・・・ああ。」
 そう言って陽一はその前に立つ、そして見つめる・・・何時もの事ながらじんわりと見つめる。
「どうかして?」   「いや何でも・・・ねっ。」
 その言葉の勢いのまま陽一は彼女の唇を奪おうと顔を急接近され・・・鼻に指を添えられて阻止される。好物の餌を前にしてとめられて唖然としている犬、そんな様子で見つめた後にややバツが悪そうに顔を歪ませて離そうとするのを、今度は両頬に手を当てられて挟まれて引き止められる。
「もうせっかち・・・何時も失敗してるのにするなんて本当好きものね。」
「・・・仕方ないだろう、何時も・・・。」
「何時も?」
 途端に口調を変え、射る様な視線を敢えて依子は彼にぶつける。依子はこれをするのが楽しかった、何時も会う度に繰り返す儀礼のような形となっているのにこれをしなくては骨抜けと言うか・・・何かが欠けている様に感じられて仕方ないのだ。彼の反応等は大抵数パターン、在り来たりでもう数年に及ぶ付き合いの中では一体どれほど、単純に考えて三桁に少し乗る位は見慣れているだろう。
 それでも依子は変えないし彼も変えない。彼が意識しているのか本当のところは分からないがとにかく依子はある程度意識してこの様な行動を示すのであった。
「・・・何時も君がしたい様にしてるから、たまには先手打ちたいんだよ。」
「そう・・・じゃあ・・・たまにはしてみてはどう?」
「え・・・?」
 彼の浮かべる戸惑い、それを見つめて依子はその微笑を表に出さない様にするのにどれほど苦労した事か。彼の言う通り依子は常にどうであろうとも常に先導しそれを譲らなかった、完全に譲らない事もあれば時折譲ったとしてもそれは全てではなく一部・・・と若干の違いは見せていたが、基本的には全て依子のしたい様にしていたのは変わりはない。
 だから今、敢えて依子は思った・・・全て任せたらどのように展開させるのだろうかと、彼はどの様にするのだろうかと見てみようと思ったのであった。唐突に、そしてその唐突さに戸惑う彼がたまらなく可愛く見えると感じながら反応を見るに徹した。
"・・・いきなり・・・いいのか・・・?"
 その言葉を投げかけられた陽一、その様な言葉が出てくる事に思わず動きが止まった。そして舌を思わずかみ締めて内心で苦笑を浮かべる・・・またしてやられたなと、何故ならこれからの展開がどう使用ともその本質が不変である事は彼女は強く理解しているからだった。幾ら先導しようとも主導権を得ようともする事は変わらないし結果として彼女から言葉の如く与えられたのであるから、彼女が先導した事には全く変わりがない。
 むしろその掌の上で踊るという事だから尚更、言い方も悪いが達が悪い。これでは何時もの如くしてくれた方がずっと楽であるしこちらも素直にそのまま受け入れられる、しかしこの様にされた以上・・・掌の上であろうとなかろうと無碍に断るのは心情的に如何ともし難いし、余りにストレートに返してはむしろ彼女の期待や考えを傷付け粗末にするのではないか。そしてそれが元で・・・と考えると気安く扱える代物ではない。
 だからと言ってこのままなあなあにしていては進むべき所へ事態は進みはしない、そもそも何の為に今日会い今一緒にいるのか・・・それすらも考えなくてはならないだろう。だから投げ返さなくてはいけない手中に治めた球を弄りながら短時間で考え、いや考えるまでも無い行動を求められていた訳あった。故に陽一はとにかく最善と思える行動を投げ返す球として示した。  それが何時も通りであるかと無いか、彼女に驚きと意外であると言う思いをもたらすかもたらさないかは別として投げ返したのだ・・・1つの言葉として。精一杯、陽一として感じている緊張感の下から振り絞るように。


 続
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