短期バイト・第一章 冬風 狐作
「しかし車欲しいよなぁ・・・車・・・。」
 とある地方都市の一角にある喫茶店、その隅の席にて2人の若者がコーヒーを啜りながら話をしていた。話題は様々であったが今は片方が特に興味を抱いている事柄、カウンターから見ると壁側に背を向けた茶髪の青年である。
「車か、買ってどうするんだい?」
 応じているのは如何にも真面目そうな眼鏡の青年、2人は同じ大学の同じ学部に通う同級生である。今日は午後の講義が臨時休講となった為にお互いに暇であった事から最近来れなかったこの喫茶店へと来て話でも・・・と言う流れになっていた。そして話は続く。
「それは免許を生かす為さ、だってよ車無いのに免許だけあるってのも何か恥ずかしいだろ?」
「うーん・・・僕はそう思わないけれどね、ペーパー免許だってかなり世の中にはある訳だし。」
「それはそうだけどなぁ・・・。」
 そう言いつつ澄ましたコーヒーを飲む眼鏡の青年を苦々しげに見る茶髪の青年の顔は何とも苦虫を潰したような顔をしている。ちなみに眼鏡の名を小早川良弘、茶髪の名を高畑秀康と言う。小早川は続ける。
「まぁ欲しいのは分かったけれど・・・日常生活でいらないだろ、大学には学生の車は乗り入れ禁止だしそもそも徒歩5分と言う立地・・・使う機会ゼロだぞ?税金にガソリン代・・・維持にも金がかかる。」
 調子を変えずに言い放つと小早川は一気にコーヒーを飲み干し空になったカップを見つめている、一応一通り言う事は言ったと言う気配を感じた高畑がそれでもと反論を言いかけたその時、静かな店内に何処かで聞き覚えのある賑やかな曲が流れた。一瞬動きが共に止まりそして真っ先に反応したのは小早川であった。
「っと電話だ・・・あっはいもしもし小早川です・・・。」
 それは小早川の電話の着信音であった、その曲は良く主要駅にて耳にする発車メロディーの中でも特に激しい曲調で知られる物だった。穏やかな口調で応じ話す小早川、その時間はおよそ2分ほどで最後には笑いすら漂わせて彼は電話を切りおもむろに立ち上がって告げる。
「すまんな、バイト先から電話呼び出されちゃってさ。今から行って来るから俺の分も払っておいて。」
 そう言って伝票を手早く取ると小早川は自分の代金をさっと計算し代金を財布から出す。代金とは言えそれはコーヒー2杯分と言ったものだが、きっちりと一桁まで正確に財布から出すと軽く手を上げて店を出て行った。その間に高畑が出来たのはただ言われた事に頷いて見送るだけであり、気が付いた時には小早川の姿はなく小銭と伝票そして飲み干されたコーヒーカップだけが目の前に残されていた。軽い溜息を吐くと彼はその小銭と伝票を握り締めて会計へ向けて席を立った。

「あっ小早川かどうした?」
 小早川より電話のかかって来たのはその晩、得にする事もなくぼんやりとテレビを前にして横になっていたときだった。
「すまないね、昼間は・・・。」
 そう言う切り出しで始まった会話は最初は極普通の何気無い普段通りの会話であったが、途中で小早川がこのような事を口にし始めた事で展開が変わりはじめた。
「そう言えば高畑さ、車欲しいって言ってたよね?」
「あぁそうだが・・・何だ?」
 あれほどまでに暗に車を持つ事を否定していた小早川のあっけらかんとした口調に、何かその裏に隠された物がある事を察しつつも彼は聞き入る。それに対して小早川は調子を保ったまま話し続けた。車を買いたいとは言えども高畑の手持ちが心細い事は承知しているから何とかしてやりたいと考えていたのだと言い、そして高畑の為に良いバイトを見つけてきたと言うではないか。いきなりの展開に高畑は面食らったがともかくもその探してきたというバイトの無い様に興味を持った事は否定しない、その高畑の心境を見透かす様にして小早川は言った。
「一応見せたい資料とかもあるから詳しくは明日で良い?」
 それは喉から出が出るほど資金を欲し、そしてその資金を稼ぐ伝を欲する高畑にとっては大きな衝撃となった。とは言えここで怒鳴り散らす等しても何の解決にも役立たないばかりか折角の機会を逃す恐れすらある、そう考えると高畑はそれを了解し電話を切った。時計を見るとまだまだ時間はある、もどかしさを感じて居ても立ってもいられなくなった彼はそのまま布団にもぐりこんで電気を消した。間も無くその焦る気持ちとは対照的に穏やかな寝息が響き始めたのは言うまでも無い。

 翌日、大学へ何時も通りに顔を出した高畑は同じく講義を受け終えると昨日の電話にて確認してあった場所へ、待ち合わせの場所へと向った。その場所は学食のカウンターや入口から最も遠い席、余りに遠いので混雑する昼時を除けば使う人は基本的に無く、静か以外の何者も無かったのでよく2人はそこでのんびりと時間を潰す事が多かった。無料のお茶を汲んで片手に持ちながら席へ向うともうそこでは小早川が先に1人、お茶を飲みつつ座り込んでいた。
「待った?」
「いや今来たばかりだから気にしないで・・・じゃあ昨日の話の続きだけれど。」
「あぁそうだな・・・一体どんなバイト何だ?」
 そう言うと小早川は一枚の紙を取り出しそれを差し出した。
「この中に書いてある、まぁ難しくなくて高給のバイトだよ。」
 そう言って受け取ったのを確認すると手を離しお茶を飲み始める、そんな小早川を前に興味深げに高畑は読み始めそして軽い驚きを覚えて幾度も視線を動かす・・・そして頷き目を離して口を開いた。
「これ・・・マジか?こんなに良い給料をこれだけで?」
 確認の為に疑問調で聞いた声に対して小早川は軽く頷き、お茶を口から離す。
「そうだよ、まぁ自分の知り合いがしている所だから信頼は出来る。まぁ詳細は知り合いから聞くと良いしもしするのなら今連絡を取ってしまうが良いかい?なるだけ早く欲しいらしいからね。」
「日給6万だろ?それで一週間自由は無いにしても42万だぜ・・・安い中古車が普通に買えるぞ、良し頼む小早川。俺するからさ。」
「はいよ、じゃあ今メール打っておくから・・・。」
 携帯を既に取り出していた小早川はメールを打ち始めすぐに携帯を閉じる、余りにも短かったのでどうやら元から準備してありその文面を送っただけの様だった。もう心は見透かされていたと言う事だから決して良い気分ではないが敢えてそれを気にはしなかった。それよりも早くその仕事を請けたくてたまらなかったと言うのが本音である、大学の講義に関してはこれまで全ての講義をまめに全て受けていたから出席に関しては今一日休もうとも全く問題は無い。だから気は楽だった、結構こう見えても中身は真面目な真面目なのが幸いしていたと言う事だった。
「今メールは送ったからすぐに返事が来ると思う。」
 恐らくそんな気持ちを見通しているのだろうが事も無げに言うと再び小早川はお茶に口をつけた。

 メールはすぐに返って来た。もう既に高畑が請ける事を見越して話が通っていたらしく、すぐにでも来てもらいたいと言う内容であったから早速明日から行くと小早川を通じて伝えた高畑は、気持ちを揚々とさせて行くべき場所を示した書面を手にしてその場で小早川と別れた。
 その足で家に帰り早々にシャワーを浴びて床に就く・・・明日の朝は早い、朝8時にはここから電車に乗っておよそ1時間はかかる町にまで行かなくてはならないのだ。乗るべき電車は627発、駅までは原チャにて法定速度を守って15分はかかるので着替える等の手間を考えれば遅くも530には起きなくては間に合わない。だからこそ彼は21時と言う時間に床に就いたのだ、この様な時間に床に就いたのはもう何時以来の事だろう・・・そんな事を思いつつ彼は昨晩とは違う意味で期待しつつ瞳を閉じた。
 翌日、まだ朝もや漂う時間ヘルメットを被るとまだ人気少なく朝特有の空気の中を原チャに跨り駅へ向って行った。特に持って来る物、用意すべき物は無かったので実質身一つで彼は行く。そうして着いた駅にもまだ人影はまだ疎らであった、最も今日は土曜日なのだから当然とも言えよう。そんな中で大声で話をしながら集団で改札をくぐって行く弓道部と思しき高校生達の姿を見ながら切符を買うと、余計に田舎へと向う普通電車に乗りホームで買った緑茶を飲みながら発車を待つ。
 そして待つ間に飲み干し、ホームに置かれたゴミ箱に捨てに行って車内に戻った所で発車ベルが構内に響き渡りそして動き始めた。4両編成の車内には両手で足りるほどの人数しかいない、先ほどの高校生達は別の方面へと行く電車と乗り込んでいるのが発車の際に垣間見られた。電車はゆっくりと早朝の田園地帯を朝日の中進んでいく・・・次第に時間の経過と共に止まる各駅からの乗降が増え、目的の駅に到着した際には席は全て埋まっていた。乗ろうとする人並みを押し分けて改札を出た先ではもう活動を始めた町の姿が高畑を待ち構えていた。
 駅前からは指示された通りのバスに乗り降り、降りたバス停からしばらく行き路地を曲がった先にその場所はあった。そこは一見すると何処にである町工場の様な感じの造りで中を覗けば確かに工場、工作機械が置かれ幾人かの工員らしき姿が見られるがまだ本格的に操業が始まっていると言う気配は無い。住所を確かめるが間違いなくこの場所であった、立ち入るのに躊躇われたがこの場所にはこの工場以外の建物の姿は無く塀はあっても扉は無い。
 つまり状況がその工場が目的地である事を示しているのである。とてもこの工場で働いてそんな大金が得られるとは思わなかったがここで引き返すのも悔しく、また仮に勝手な思い込みであったとすれば何とも勿体無い話だろう。そう考えると彼は工場の事務室の扉を叩き見せるようにと言われていた書面を渡した。半信半疑の顔をして受け取った事務員と思しき人物は、書面を読み始めるとすぐに納得した表情を浮かべ手元にあった電話機のボタンを押し受話器を取り上げ相手と話し受話器を下げた。
「じゃ今から人が来ますのでお待ち下さい。」
 そう言うと元通りの顔に戻って机に向かい始めた。その様を見つめながら高畑が隅に立ったまま待つ事数分・・・扉が開き1人の眼鏡をかけた顔を突っ込んできたのは。


 続
短期バイト・第二章
作品一覧へ
ご感想・ご感想・投票は各種掲示板・投票一覧よりお願いします。
Copyright (C) fuyukaze kitune 2005-2013 All Rights Leserved.