喧騒に満ちた街の一角、こじんまりとした雑居ビルの屋上。そこに置かれた青い背もたれの無いベンチの上に1人の人が春の温かい日差しの下に座っていた。その目元には薄っすらと黒いものが垣間見えて眉間にはシワが寄っていた、何処か不機嫌そうであるのは、その化粧の下からはっきりと現れていた。
「おーい、瑞穂。どうした? 何か機嫌悪そうだけど。」
しばしの間、そうしてずっと動かない彼女の下へ人影が駆け寄ってきた、対照的に動きからして何とも元気そうなその人は瑞穂(みずほ)と呼ばれた者の傍らへと腰を下ろした。
「して、本当にどうしたの? 恋煩いとか。」
「ちっ違うよ・・・そんなんじゃない・・・。」
笑い含みで、半ば冗談と言った感じで尋ねた相手に瑞穂は顔をいきなり上げて否定した。だが、その否定の言葉の語尾は弱く、顔は紅潮し何処か自信の無い印象はそれが事実ではなく、むしろ何かがある事を肯定する効果をもたらしたのみであった。
当然相手はそれに気が付き、何のかんのと聞き出そうと言葉巧みに迫ってくる、普段の瑞穂であるならこの程度の攻めには同ぜず、むしろ言い負かす位であるが、今回は元々機嫌が良くないのでそう上手く出来ない。
それでも何とかその手には乗るまいと、瑞穂もまた出来る限り口を動かし、そして沈黙に徹した。だが一向にその攻勢に緩みは現れず、むしろ沈黙した事で陥落間近と思われたのか、強まる始末。尚も耐え、自制していた瑞穂であったが、とうとう頭に血が上ると共に強い調子で言い返した。その言わずにしようとしていた言葉を含めて言い返してしまったのである、当然相手は最初は驚いて口を動かすのを止めたが、次の瞬間には笑いを溢れさせていた。
「なぁんだ、そんな事で機嫌悪くしていたの。瑞穂らしくておかしい・・・笑いが止まらないよ。」
「そんなに笑わないでよ、全く・・・。」
まるで陰陽の如き有様を呈した2人は、しばしそのままの状態だったが、やがてそれも落ち着き静けさが取り戻された。この屋上に2人以外の何者も居なかったのは幸いと言えるだろう、もしいたならば格好の見世物となっていた事は間違いない。今更になって、それぞれの立場からそう痛感するのだった。
「で・・・オナニーで満足出来ないって・・・相当たまっちゃってる?」
「そうよ、何だか言うのが恥ずかし・・・ねぇ香織、これ誰にも言わないで、お願い。」
「大丈夫よ、言う筈が無いじゃない、流石の私でも・・・まぁ一つだけ条件つけようかなぁ。」
思わず懇願してしまう瑞穂、それに対して相手は、香織は楽に答えた。
瑞穂にしてみれば、自分との付き合いの長く深い香織に知られるだけでも恥ずかしいと言うのに、もしこれが他人へと広まったら、それこそ会社にいられなくなるほどに恥ずかしいと感じていた。
そしてこれは香織の性格を踏まえての事だった、香織は常に明るくあっけらかんとして色々と相談に乗ってくれ、有益な助言をしてくれるのだが、その一方で口が軽いという欠点があった。それも意識的な軽さではなく、ついうっかりと言った無意識的な物であるので、香織自身も注意を払ってはいるものの、それでも会話が盛り上がった際などの端々に漏れてしまう事がある。
これが自分を当事者としたものではなく、誰か他人の物であるのならば、根掘り葉掘り更に深く聞こうとするだろう。
だが自分の秘する事が他人に漏れて、同じ様な事をされるとなるのならば話は異なる。特に、性的な話題と言う物はどんなに聖人君子ぶった人であっても本能的な事柄であるから、どこか心の中で関心が持たれてしまう万人共通の話題であり関心事なのだから、尚更であろう。そしてそれにはとても耐えられない。
それは余りに虫の良い考え過ぎるだろう。しかし、少なくとも瑞穂はこの事を常に心の片隅に置き、香織とのある意味で心和み、すっきりとする会話を楽しみにする一方で、最大限の注意をも同時に寄せて進めてきていたのである。
しかし今、それは破られてしまった。幾ら恥ずかしがった所で、言ったと言う事実を無視した所で人の記憶なぞ弄れるものではない。そうなると唯一出来るのは、ただそれを耳にし、記憶を止めた相手にそれを言い触らさぬ様頼む以外に何も出来ない、そんな瑞穂に対して条件を付き付けようと言うのは、全く足元を見られたある意味では卑怯な事である。だがそうするのは、頼み込んできている以上当然と言った雰囲気で、じっと瑞穂を眺めた香織はこう囁いた。
「・・・今度私の家に来てくれない? いいのを教えてあげる。」
「あっ、それでいいの・・・?」
「うん、そうだけれど、何、もっと別のがいい? それなら・・・。」
「いや、それでいいよ。何時に行けばいい?」
示された物は、正直言って香織にしてはまともな条件であった。何時もの様な"兎跳びで屋上を一周しろ"だの"男子トイレで用を足して来い"だのと言う無茶な物ではないのが、何とも意外で思わず聞き返してしまったほどだった。
それでもすぐに我に戻って同意した、何よりも"いいのを教えてあげる"と言う言葉が瑞穂の心を刺激したのだ。その背景には、合コンに行く度に男をお持ち帰りする香織なのだから・・・と言う期待があった事は否定出来ないだろう。
「うーん、じゃあ今週末の土日月は瑞穂休みだよね? じゃあ金曜の夜に退けたら、泊まりの支度をしてきてね。」
そうして彼女らは確認しあうと、再びそれぞれの職場へと戻っていった。
香織の家は意外に瑞穂の家の近くだった、自宅から少し離れた所にある川向こうの地区にあるのだから。その間にはちょうど橋がないので大きく橋のある所まで迂回しなくてはならないのが玉に瑕だが、もし最短で結ぶ橋があれば10分とかからずに車で行けるのではないかと感じられた。
「はい、どうぞ。数時間振りに再会だね。」
平凡な庭付きの一戸建て、両親が残してくれた遺産と聞く家に、香織は1人で住んでいる。1人では全ての部屋を使い切れなくてと笑いながら案内してくれた先には、私の為の部屋が用意されていた。
一応ちゃんとベッドまであり、一通りの生活は出来る仕様になっていた。ただ、真新しい掃除の形跡がある事から、この部屋も使い切れていない部屋の1つだった様で、それを尋ねると香織は、自分が子供の時に使っていた部屋だと教えてくれた。今はもっと台所や居間に近くて、広い別の部屋を使っているとの事で全く使っていないのだと言う。
「まぁ、これから遊びに来た時は、この部屋を自由に使って良いわよ。」
そう言われた時、瑞穂は何だか嬉しくてならなかった。彼女が住むのは1DKの築10年余りのアパート、生活の何もかもが同じ場所で行われるので、この様なゆとりは殆ど無いと言って差支えが無かった。だからこそ何だか隠れ家を、子供らしく言うなら秘密基地を得た様な気になって嬉しいと感じたのだろう。そして荷物をそこにおいて夕食を共にし、次いで家を出る際に簡単にシャワーで汗を流してきたものの、勧められて風呂へと入る。
今度は浴槽まで浸かる本格的な物だった、トイレバス別と言うのも久々であったので、昔に戻ったような気分でそれをも満喫すると、簡単な物を身に纏い、とある部屋の中にて瑞穂がやって来るのをしばらく待った。今いる部屋もこれまで使ってはいなかった部屋らしい、畳敷きで一枚の布団が敷かれており、それを見て瑞穂は思わず期待を膨らませる。これからここで繰り広げられる事に・・・もう気持ち良くなるのだったら何でもする、そんな気分だった。
「お待たせー。」
元気良く襖を開けて入ってきた香織に、思わず瑞穂は反射的に立ち上がると首に手を回して唇を奪った。これには香織は相当驚いた様だったが、すぐに何事も無かったかのように彼女もまた濃厚に迫ってきた。
ディープキス・・・どうしてそんな事をいきなりしてしまったのかは、瑞穂としても定かではない。ただ待っている内に何だか次第に気持ちが高ぶって、どうしようもならなくなってしまったからだろう。そして2人は、しばしお互いの咥内にて互いの舌を絡ませあうと唇を外し、細く透明な糸で出来た橋が切れて、胸の上に垂れるのを見届けて微笑みあう。
「もぅ、瑞穂ったら・・・相当きているのねぇ。こんなお出迎えがあるなんて思わなかったなぁ。」
小悪魔的な微笑で、香織は口元に残った唾液の筋を拭いながらそっと呟いた。それに対して、顔を赤らめ上気して瑞穂は呟くように言う。
「だって、全然来ないんだもん、香織が・・・もう待ち焦がれちゃって・・・ふはぁっ・・・。」
語尾が乱れ、喘ぎが混じる。そして姿勢も軽く揺らめいた・・・まだまだ足りないのか、それともまたも燃え上がったのか、しとどに愛液が内股を伝い、そして直接畳の上へと瑞穂の秘所から漏れている。そして、それを押し留めようとするかのように、彼女は右手を当てていたが、行き場が無いほどに溢れる愛液はボタボタとわずかな隙間より漏れでて、何時の頃からは制する為に置かれていた右手の指も、蠢いて更なる刺激を与えては溢れ出させるのに一役を買っていた。
「ごめん、汚しちゃって・・・でももう私・・・。」
「いいの、いいのよ瑞穂。その姿とってもきれいよ・・・見ている私だって・・・ねぇ。」
そう言って、香織の興味を刺激して視線を向けさせた先の瑞穂の秘所も似た様にすっかり熟れ切って漏れていた、そこで二人は再び口付けを交わすと、そのまま布団へと倒れこんだ。瑞穂を下に香織が上に・・・そうして激しく燃え上がり、まるで雄と雌の獣の辛味の如く激しく、そして人らしく濃厚に絡み合うのだった。
朝が来ると共に、一旦区切りが付けられそのまま重なり合ったまま2人は、その場で眠りに就いた。
昼頃にふとそれから醒めて、眠気に囚われながらも瑞穂は久々の快感を噛み締めつつ、新たなる快感に目覚めた事を悟ると再び瞳を閉じる。久し振りの行為は望外の収穫と共に、多大な疲労を彼女にもたらしていた為だろう。
結局、しっかりと目覚めるのは空が赤く染まる頃になり、その時には傍らで眠っていた筈の香織の姿は無く、代わりにいい香りが何かを焼く音と共に漂ってきた。そしてそれを鼻で嗅ぎ取ると共に、強い空腹感を感じたのでそのまま特に何も羽織らずに起き上がって、台所へと向かった。
「あっ目が覚めたね、おはよう。」
「・・・おはよ・・・昨日はありがとう。」
気配で察したのか、台所に向かっている香織は振り向く事無く機嫌のよい声をかけて来た。それに対して答える瑞穂の声は、どこか対照的で勢いに欠けていた。
「あらっ・・・もう瑞穂ったら何も纏わないで、風邪引いちゃうよ。」
「あっ・・・ごめん、うっかり・・・。」
「大丈夫だよ。まぁ、もう少ししたらご飯出来上がるから、それまでお風呂に入ってきたら? 汗を流すと気持ち良いよ・・・。」
「わかった・・・じゃあちょっと行って来るね。」
そう言って瑞穂は、香織の笑い声に見送られて風呂へと足を向けた。
全裸であるので、温かいお湯の詰まった浴槽へとそのまま入り込み脱力して沈む。昨日の一件の後であるからかもしれないが、まるでお湯で全身を愛撫されている様な錯覚を彼女は得てしまう。そして反射的に指が動いてはその秘所を弄ってしまう、それも昨日香織にやられて気持ちがいいと感じた動きを真似て・・・全くとんだ学習能力である。
昨日の今頃は知らなかった事を、ただ24時間経過しただけなのだと言うのに今やすっかり覚えて己に施して楽しんでいるのだから。それも幾ら親しい友人とは言え、一応は人様の家の浴槽の中にて。
そう思うと、どこか恐ろしくも感じられる事だろう。だが、すっかり酔い上がっていた今の瑞穂にとってはどうでも良い雑事に過ぎなった。そもそもその友人と、香織と一晩中既に激しく絡み合い、新たな快感を叩き込まれたばかりなのである。もう遠慮等する余裕はもう何処にも見出す事は出来ない・・・結局、彼女は香織が呼びに来るまで浴槽の中にて悶えつづけた、愛液とお湯に塗れてそれこそ淫らに人が変わったかのように。そんな瑞穂を香織は呆れる事無く見つめていた。
その晩は、昨晩と同じ様に香織が風呂から出て来るのを待って始まった。とは言え、最初からもう片方が出来上がった状態であるので、前戯無しでいきなり深く始まり、熱い花を盛んに咲かせて行く。そしてそのまま同じ様に盛り上がっていくのかと思った所で、いきなり花は散った・・・香織が一方的に体を外して立ち上がってしまったからである。
「もっと気持ち良くさせてあげるから・・・ちょっと待っててね。」
戸惑いを不満を訴える瑞穂にそう言葉をかけると、そのまま外へと飛び出していった。中途半端な姿勢で放置された形の香織は、それを追う気力も無く、言葉を信じながら再び物足りなさを埋め合わせようとでもするかの様に、自ら手を走らせて慰める。開いたままの襖から流れ込んでくるひんやりとした空気に熱を奪われてなるものかと張り合いながら、瑞穂の帰りを待ち焦がれたのだった。
「お待たせ、待たせてごめんね。」
そう言って帰って来た時の声は、どこかくぐもっている様な感じだった。だが特に気にせず首を上げて視線を向けた時、思わず彼女は弄る指の動きを止めて目を見開いた。瞬時に熱が去り、驚きに包まれる瑞穂、それに対して香織は笑って返してくる。
「か・・・香織だよね・・・。」
「うん、そうだよ。あっ驚いた? ごめんね、急にこんな格好で出てきちゃって・・・ふふふ。」
そう言って笑う香織の体は輝いていた。正確に言えば、唯一灯っている赤電球の光が、彼女の表面で反射しているのだ。
香織は全身に何かを纏っていた、いや、何かの中に身を宿していた。それは服ではなく着ぐるみ、更には着ぐるみよりもより精巧な物だった。一言で言えば彼女の輪郭は生きているが彼女は表に出てきていない、と言う所であろう。そしてそれは何かの形を模っていた、非常に見覚えのある・・・何かの獣なのだろうか?
「どうしてそんな姿を・・・?」
「うふっ、これが教えてあげる"いい事"なのよ。あなたもすぐにはまる筈・・・今着ているこれはね、スウツと言うの。」
「スウツ・・・。」
「そう、スウツ。まぁ、ラバーで出来ているんだけれど、このひんやりとした感覚がまず堪らないだけれど・・・これはただのラバースウツじゃなくてね、特殊な物なのよ。まぁ、それを言うのも良いけれど・・・百聞は一見にしかずね。早速着てみてちょうだい、さぁ立って。」
香織に促されて立ち上がる瑞穂、驚いた事ですっかり淫気から解き放たれたのか、しっかりとはしていたが何処か夢見心地な気配は漂っていた。
「じゃあさ、瑞穂の好きな動物って何? 竜とか仮想の物でも良いから、幾らでも言ってくれない?」
「好きな・・・獣・・・うーん、じゃあ・・・グリフィンかな・・・?」
「グリフィンとはまた特殊な物が好きねぇ・・・まぁいいや、丁度あるから。ほら、これ着てね。」
渡されたのは、ひんやりとした人工的な感触の物だった。瑞穂は余り慣れぬその感触と、それとは対照的にごてごてとした様子を興味深げに手で触れながら見つめていた。