紅の舞・第二章冬風 狐作
 対峙する事しばらく、見詰めている内に彼女はその炎がただの炎でない事を完全に悟った。まず目が或る、2つの澄んだ水色をした。そして次は嘴の様な物、そして大きな羽と鳥の足・・・それは巨大な炎の鳥であった。
「中々気が強そうで良さそうね・・・私は好みだわ。」
 不意に沈黙が破られ片方から女声が再び聞こえる。それを頼りに今一度見ると、女声をさせている方が幾分配色が明るい赤を中心とした感じであり、恐らくもう片方は牡なのだろう。濃い力強い赤色をしている。

「そうだな・・・おい、お前。」
 と呼びかけられた。応え様としている間にその炎の鳥は2羽とも下へと降りてきた、枯れ草と炎が接するが不思議と炎は燃え移らず炎上する事は無かった。
「聞いているのか・・・人の娘。どうしてここにやって来た?誰かに申しくるめられてか?」
 言葉には相変わらずならなかったが首を横に振りそれを否定する。応えようとする努力と共に彼女は新たな発見をしていた、その炎の鳥の姿はただの鳥然とはしていない事に。それは人よりも若干大きい背丈をした姿、いわゆる伝説や神話等の中に聞く鳥人と呼ばれる者の姿と酷似していた。
「誰にも言われていないのか?それではどうしてここに・・・?」
 男声の鳥人、ここまで来たら男の鳥人と言って良いだろう。彼は不思議そうに続けた、彼にしてみれば60年もの間完全に廃れていた儀式・・・ここに認識違いがあるのだが、とにかくこの時期にこの様な聖域へと人が来る事それ自体がその様に彼と女の鳥人に思わせてしまっていたのである。一方で彼女はと言うと先程盗み聞きしていた会話の内容から自分が何らかの役を求められている事、そしてこの2人の火の鳥人が恐らくこの南の社に祭られている朱雀なのだろうとは勘付いていた。しかし、具体的に何を求められているのか、それについては考えが及ぶ間もなかった。
「火が見えたので火事かと思い・・・。」
 ようやく彼女は言葉を口にした。すっかり気持ちも落ち着きを見せ平静さを取り戻しており、もう何を聞かれても大丈夫だと肝を据えてしっかりとした普段の姿がそこにあった。
「火が見えたのね・・・火?火が?」
「えぇそうです、2つ松明に灯る火の様に入口の鳥居の所から・・・。」
「と言う事は、俺たちが見えたと言う事か・・・いかんなぁ、弱ってきているようだ・・・。」
「本当・・・あんな所から見えたのならうかうかとはしていられないわ・・・。」
 そうしてその場に再び沈黙が広がる、何だか深刻そうに悩む鳥人の2人。その様を見ているとこうして突っ立っているだけでは申し訳ない・・・その様な気がしてならなくなってくる。
「あの・・・どうかなされたのですか?弱ってきているって、お体の様子でも・・・?」
「いや、体と言う訳ではないが・・・言ってしまえば、この社の霊力が弱ってきているという事だな。本来なら本殿の裏などと言う物は結界によって我等の姿は外から見る事は出来ぬ、しかし人であるお前に見えた。それも至近ではなくあのような所からと言うのは、その枯渇振りがいよいよ窮まって来た事の証左だな。」
「あなたは知っているでしょう?ここが南の社と言う事は、この村の者なら・・・そして五穀豊穣、まぁ農業全般を司っている事を。」
「えぇ知っています・・・と言う事はここが駄目になると村の農業も駄目になると?」
「ご名答、いや良いねその様に答えてくれると。こちらとしても気持ちが良い。」
 どこか満足気味に男は答えた。恐らくこの様にしっかりと言い当てられた事が嬉しいのだろう、その様な気持ちがひしひしと感じられた。
「では、これも答えられるだろうか?その危機を救う為にはどうすれば良いのかと。」
「・・・どこかから補充してくるとか・・・ですか?」
 ほんの少しだけ考え込んで言葉を返し鳥人の顔を見る。仕事柄、接客業と言う事もあるので人の顔からその人の気持ちを察する事は容易く出来るが、流石に鳥人の人と比べれば感情に乏しい顔からは窺い知る事は出来なかった。
「半分正解と言うところね・・・まぁ確かに何処から補充してくるというのは正解。だけど具体的に何処か分からなければ、正解には出来ないのよ・・・罰として、協力してもらいましょうか私達に。正確にはその不足している霊力の補充をだけど。」
「おい、お前・・・。」
「いいじゃない、どうせ何のかんのと遠回りした所であなただって結局は同じ所へ辿り着く訳でしょう?だったら手早く進めておいた方が良いじゃない。違う?」
 さっと言い放った女の言葉に男はすっかり返す言葉が無い。図星であった様だ、何とも言えぬ顔をすると静かに頷いた。
「まぁそうなんだけどな・・・本当のところは。」
 少しバツが悪そうである。
「あの協力できる事ならしますが・・・一体何をすればよいのですか?」
「あら、こちらから尋ねる前に承諾してくれたわ。ほら見なさいよ、だから何事も早くすれば良いって言う通りでしょ。前だって折角の機会を・・・。」
「あーそれを言うな言うな。今は関係ないことだろう、それよりも早くお前の言う通りにしないと・・・な。」
「全く調子は良いんだから、まぁそう言う事ね。今すぐ協力してもらいたいんだけど良いかしら?礼は弾むし・・・盗み聞いていたのも不問にしてあげる。」
 女の鳥人は男に対し少し呆れたように笑いを含めて言いつつ、それとは全く多少的にすぐに切り替えて彼女へと言葉を向けた。それに対して彼女は躊躇せずに、どこか最後の言葉に脱力しつつ快諾した。
「大丈夫です。」

 快諾した彼女を2人の鳥人は間に挟んで宙へと舞った。一気に高度が上がり、社そして村と村のある盆地全体が見渡せられる。その雄大な景色にも然る事ながら、この様に赤々と闇夜の中に輝く姿が地上の人々の目には見えないのもどこか勝ち誇った様な優越感にも少し浸れる。また、あれほど地べたを歩いていた時は寒さに包まれていたと言うのに、高度が高いこの様な箇所にいても寒さを全く感じないのは不思議な感覚で、得をした様なそんな調子に思う。
 高度を上げて霧の上を飛んで行く内に、どうして南の社の敷地内にいたのにどこへ向っているのか、と思いつつ見ていると、しばらく飛んで社の裏にそびえ立つ山の谷の一つへと降下していく。そしてその深い谷の置く深くにある細長く長さは優に600メートル以上はあるのではないかと言う高所から流れ落ちる滝を眺め、岩肌に穿たれた四角い洞穴の鳥居を潜って中へと降り立った。
「着いたぞ・・・空を飛ぶなんて初めてだろう?気持ち良かったか?」
 男の鳥人が気さくに親しげに尋ねて来た。初めての事による物もあるだろうが確かに新鮮さと心地よさを感じていたので、素直に頷いて洞窟の中へと視線を向ける。洞窟の中は入口に比例してかなりの幅と奥行きを持っており、巨大な鳥の巣の様な物が両脇に2つ置かれている。目の前には再び鳥居が設けられていて、その奥には鏡と蝋燭の灯された祭壇が置かれていた。
「あの・・・ここは?南の社にお住まいじゃないのですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「どうしてって・・・それは、南の社の本殿に神様は住んでいるって子供の頃から聞いていましたので・・・違うのですか?それにあなた達は神様なのでしょう?南の社の・・・。」
 そう言って鳥人の顔を見上げて反応を待つ、一瞬空気が詰ったがその目に張り詰めた気配は無い。最初には極わずかに戸惑いの色が見られたが、すぐにそれは温かい物へと変わりそして次第に溢れんばかりになった。そして彼は彼女の頭の上にその手を乗せて言った、赤々として燃える腕であったが決して燃え移る事の無い静かな炎にて顔が照らされる。
「ははは、そうだな、その様に聞いているならそう思うのも仕方がない。確かに俺達は南の社に住んでいると言う事になっている、ただしそれはあくまでも人間が言い出したに過ぎない。本当の住まいはここ南領山のこの岩洞、あそこに比べれば見劣りがするかもしれないがこちらの方がずっと居心地が良いし何より、あの社は人が整備した物であり人の為に設けられているんだ。理由は・・・わかるかな?」
 まるでからかうかの様に気楽に話しかけてくる彼、彼女はその理由で頭を巡らせる。
「はい、時間切れ・・・答えは、この岩洞まで人が来る事は困難であるからだよ。だから最初は小さな祠として適時に場所に出張していたのだが、次第に規模が大きくなって今の様に至っていると言う訳だ。まぁ人間達が俺達の事を思って作ってくれた物だから、無碍にも使わないでいるのもどうかと思うから数日置きにこことあそことを行き来しているな・・・そして、もう一つ。」
「もう一つ、また何か?」
「あぁ、まぁこちらの方が重要だな。俺達は確かにまぁ神の位に入るがあくまでも・・・。」
 と言いかけたその途端、何かが中を切る音が聞こえた、そして軽く響く音と岩とぶつかる衝撃音、2人の足元に落ちていたのは木の棒であった。
「痛っ、何するんだよ人が話をしている時に!」
「話をする前にやる事があるでしょうがっ、そちらをしてから話に耽ってよ全く・・・人の娘さんにも失礼じゃない。付き合ってもらっているのだし、分かったのなら早く手伝って!時間は無いの。」
 どうやらこちらで話に夢中になっている男の鳥人に対し、女の鳥人が堪忍袋の緒を切らしてしまった様だ。中々の剣幕にきっかけの実力行使、普段の2人の関係が良く垣間見られた一時でもあった。
「わかったから騒がないでくれ・・・その方が娘さんを驚かすと思うぞ。今行くから・・・。」
「口を動かす前に動きなさいよあんた、何時も言っているでしょう?えっ。」
「わかりました、今行きます。はい・・・ちょっと待っていてくれ、その辺りに腰掛けても良いから。」
「ちょっとまだなの?」
「今向ってるから、そう騒ぐなって・・・。」
 彼女にとっては驚いた反面、中々見物で事の推移が楽しめる展開であった。そして今も見ている先で男は女に蹴りを入れられて物を運ばされている。表情には出さずともひそかな笑みを潜ませての笑いは絶えずに久しかった。


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