混乱の狭間・変化・中冬風 狐作
"急な異動だよなぁ、全く・・・。"
 数日後、何も知らないグランストン准尉は駐屯地内にある寮の自室へと向かいながらいきなり交付された異動の辞令の事を考えていた。その辞令によればグランストンは一両日の内に第一近衛師団から情報局の管轄下にある第一○二情報部隊へと転籍しなくてはならなかった、当然彼はその内容に困惑した。そもそも志願兵上がりのグランストンは入営した当初こそ歩兵部隊に所属していたが、その後工兵へと転属して以降工兵一筋で今の地位まで上って来たのである。そんな自分がどうして歩兵や輜重ならともかく全くの畑違いである情報へ行かなくてはならないのか全く納得がいかなかった。
"そもそもだ、大佐の態度も妙だった・・・これから出世するに当たり色々な視野を持っていた方が良いだろうだと?中等学校での志願兵じゃ、戦功でも立てない限り中尉止まりだって言ったのはかつての大佐じゃないか。"
 そう昔の記憶を思い返し1人悪態をつきつつ夜道を急ぐグランストン。首都中枢に位置しながら第一近衛師団の駐屯地は国王宮殿に匹敵するほどの規模を誇る、ただ違いは宮殿が緑と豪奢な建物に覆われているのに対しこちらは無骨で実用一本槍な建物と埃っぽい地面が多いと言う事。勿論緑だって駐屯地にもある、ただその面積以上にそれ以外の物が目立っているだけなのだ。
 そして師団本部のある区画と下士官用の兵舎は距離にして1キロほど離れていた。将官クラスになれば程近い所にあり、革命前夜までは准尉以上であれば待機している自動車部隊の兵士に命じてタクシー代わりに駐屯地内では使うことが出来たが、今はそれも叶わない。今日の昼まで続けられた"旧体制一掃期間"の結果も第一師団においては300人余りが処刑され、その死体は身包み剥がされた後に生前の階級等全く回顧見られずに一緒くたに纏められてトラックに載せられ何処かへと運ばれていった。
 噂に聞いた限りではそれらの死体は臨海地区にある製鉄所の溶鉱炉に放り込まれただの、焼却場にてゴミと一緒に燃やされただのと言う人の尊厳そして理性を踏みにじる様なものばかりであった。とにかくその時の彼は吐き気がしてならなかったが、数日前に大佐から諭された事を心得ていたので表向きには顔に出さずに済ませる様懸命に努めたものだった。
"さてとあの角を曲がれば・・・暖かい布団が待っているな。早く寝よ。"
 そして足を速めた正にその時だった。いきなり角から人が現れ進路に立ち塞がったのは。
「誰だ。」
「情報局と言えば分かるかな?」
 そう言って男は自らの襟元を強調する様に胸を突き出した。背後のガス灯の淡い明かりに反射する丸い徽章、それは見覚えのある代物だった。
「情報局・・・?どうしてまた、自分に?」
「陸軍第一近衛師団第一○五工兵連隊所属ウルマ・グランストン准尉、貴様を反逆罪の容疑にて逮捕する。かかれ。」
 そしてグランストンが答える間も無く、彼は物陰に潜んでいた情報局要員に捕縛され薬をかがされて意識を失った。ものの数秒で片を付けた彼らは脇に止めてあったトラックの荷台に押し込んで闇夜の中へと消えて行った。

「あぁ交換手、4の987へ繋いでくれ・・・中将と言えば分かる。」
 一方その頃、フッサール情報中将はある所へと電話を掛けていた。
「ヒバレッチか、私だ。こちらで付けておいたからな、後は頼むぞ。うん?まだ届いてないだと・・・そろそろ届く。それでは。」
 そう早口で言うと中将は電話を切り未決裁の書類を手にして眼光を鋭くさせた。

「ほう・・・これが中将殿の言っていたお届け物か?」
「そうであります曹長殿。好きな様に楽しみたまえ、ささやかなお礼との言付けが来ております。」
「そうか・・・ならあれを試してみるか?普通にやったんじゃつまらんだろ。」
「あれでありますか。人で試した事はない筈ですが・・・。」
「だから試すんだよ、この馬鹿。何ならお前で試してやろうか?ああん?」
 その言葉に顔色を変えて否定する下官、そんな相手を見て笑う曹長。
「する訳無いだろう、大事な部下だ・・・とにかくこいつでやろう。成功したらしたで、失敗したらしたで如何にかすれば良いのさ。」
「ほっとしましたよ・・・。了解しました、ではすぐに持ってまいります。」
 そう言って下士官は部屋を出て行った、そこにはしばらく曹長と1人の全裸で綺麗に体を消毒された男の姿があった。当然気を失った格好で。

 覚醒はいきなりだった、いきなり感じた強い悪寒・・・いや冷たさ。身も震える以前に凍ってしまうのではないかと思えるほどの冷水をかけられて、グランストンは目を覚ました。
"どうしてこんな所に俺はいるんだ・・・?"
 目蓋を開けると同時に入ってきた光景は見た事も無いものだった。粗末なベッドに床一面を覆う荒れたカーペット、何だか錆びた鉄の匂いの漂うその空間にて彼はただ居るのではなく何とも奇妙な格好をして固定させられていたのだ。
 その姿はくの字をした器具の上に、腰を突き出す格好で両手足首に鉄枷をはめられてそこから延びた鎖によって四隅に固定され×の字状にされていた。それ以外には特に何もされてはおらずただ鍛えられたその肉体が白熱灯に照らされているだけであった、そしてそれを見詰める数名の男達、どれもこれも軍服を身に纏っているが見た事の無い顔だった。
「ようこそ、ウルマ・グランストン准尉、新たなる転属先へ・・・歓迎するぜ。」
「誰だ・・・転属先だと?そんな馬鹿な。」
「馬鹿なんて言う事は無いぜ、ここはお前さんの転属先である第一○二情報部隊だ。最もグランストン准尉として転属した訳じゃないがな・・・。」
「准尉として転属したわけじゃない・・・?どう言う訳だ。」
 相手の言っている台詞の矛盾を理解するのにグランストンは苦しんだ。最初には准尉として歓迎すると言い、次には准尉では無いと言うその口を戸惑い気味に見詰めるほかなかった。
「曹長殿、言っちゃいましょうぜ。奴が混乱してますし。」
        そんな自分を見て周りにいた連中の1人が口を開いた、ただしそれは哀れみによるものではなく笑いを伴ったからかいの声。それだけでも屈辱的であったがそれにも増して驚いたのが、最初に話し掛けてきた男が曹長と呼ばれた事。"殿"と付けられている事から取り巻きの連中は曹長以下の一等兵や上等兵達、明らかに上官である自分に対するその不遜な態度をとても許しておく事は出来なかった。
「こらっ上官に対してなんだその態度は、早く外せ。この様な事は趣味ではない、憲兵隊に通報されたくなかったら早くしろっ。」
 だが固定されていては何も出来ないので唯一自由に使える口で捲くし立てる。しかし彼等の態度は改まるどころかむしろ悪化し何の改善ももたらされなかった。
「けっこいつまだ上官気取りでいやがるの。」
「良い加減気が付かないかなぁ・・・元准尉さんよ。」
「曹長殿、言っちゃって下さいな。」
 浴びせられる数々の罵声、どこかそれらに堪らない悔しさを覚えたものだ。
「なぁグランストン准尉、あんたはもう軍人でもないんだ。正確に言えば人でもないんだがな戸籍は抹消された事だし・・・今のあんたは家畜なんだよ家畜、装備管理簿に記載されるだけの名前も無い単なるな。」
「おい・・・私は除籍されたなんて承知していないっ、ただ転属命令を受けただけだ。そしてどうして戸籍まで抹消されてるんだ、全く有り得ない話じゃないか。」
「分かっちゃいねぇなぁ・・・あんたはな、旧体制主義者として逮捕命令が出ていたんだよ。だがそうではないと信じるお前の上官がな処刑されない様にと工作した訳だ、その結果がこれさ。一応公式にはあんたは処刑されて死亡したと処理されている、だから戸籍は消されたし逮捕された時点で軍籍除去にされたんだ。わかったか?」
 曹長は半分本当で半分嘘の話をさも全てが真実であるかのように含ませて話した。情報局勤務の身の上、これはとても容易い事であったといえよう。
「それはそうだが・・・。」
 グランストンも自分が旧体制主義者とされた事は腑に落ちなかったが、自分を救おうと大佐が動いてくれたことには感謝したくも思った。しかしその反面としてこの様な形で命が助かったと言うのなら、いっその事素直に処刑された方がマシであった様にも思われた次第なのである。
「今のあんたは生物学的には人だが社会的には人じゃない、かと言って処刑から免れる為にそうしたのだから殺す訳にも行かないと困っていた所を俺達が引き取ってやったと言う訳だ。第一近衛所属の軍馬を譲渡すると操作してな、はははっ!」
「軍馬だと・・・私がかっ!?」
「その通り、譲渡されたからにはもうその軍馬は第一近衛工兵局の物じゃない、情報局のこの部隊のものだ。だから俺達の好きな様に扱ってやるぜお馬さんよ。」
 再び沸き起こる笑い、すっかり呆然としてしまったグランストンは一瞬の鋭い痛みによって現実へと引き戻される。その痛みの原因は鞭だった、馬の用の硬い鞭を1人の男が叩きつけてきたのであり右脇腹が酷く痛む。
「ぼうっとしてんじゃねぇ、家畜の分際で。今から調教してやるから覚悟しやがれな。」
 その鞭持つ男はそう叫んだ。


 後編へ続く
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