混乱の狭間・変化・前編冬風 狐作
 シュヴェリ共和国、つい数日前まで絶対王制下に置かれていたこの国に今その絶大なる権力を握っていた国王は存在しない。その豪華絢爛極まる玉座、そしてその首都にそびえる宮殿と都市全体のの旗竿と言う旗竿には王家の紋章の入った国旗は何処にもなく、掲げられているのは紋章が消え代わりに国民を称える文字が記されていた国旗であった。澄み渡るほど青い冬の空の下に翻る様は静かに新たな時代の到来を告げていた。
 宮殿内のかつては国王一家が食事をし、様々な舞踏会や会議に用いられた一角には軍服や粗末な一張羅を着込んだ明らかに場違いな人々が集まっていた。どの部屋にも長机と椅子が引き出され緩急を付けながら議論が展開されている、彼らこそ今回の政変の主役で既に事前に定めた方針により当面の体制は整えてあった。今はそれから先の事、そして捕らえた彼らに言わせれば反動であり、冷酷無慈悲な支配者である王族・貴族を如何処分するかが最大の問題となっていた。
 ある者は宮殿前広場にて公開処刑にすべきだと主張し、別の者は終身刑にして刑務所にぶち込めと言う等全体として刑罰を科す様求める動きが強かった。一部には穏当な意見、それでも国外追放や国内流刑に処すべしと言う程度ではあるもあったが軟弱と見られ支持は集まらなかった。そうは言えども、支持が集まっている物も複数が並立しておりとても収拾が付く気配ではなく、結果として議長に委任し裁定を下す調停案が出され過半数以上の支持を集めて可決される運びとなった。

 衆目の関心を集める王族・旧体制貴族の処遇・・・これはいわゆる革命が達成した事を知らしめる為の象徴的な物と言えよう。どの様な議論の果てにどの様な処分が下されるか、これは各派の思惑が大きく絡み今後の政局においてどの様な立場となるかを暗に示す物であった。だからこそここまでもめる訳であり、その影では粛々と余り注目を集めない旧体制の支配体制を支えていた者達に対する処分は着々と進んでいたのである。
 近衛第一師団、首都中枢の政府機構と王家を守備する事を本分とするこの師団にはその重要性から精鋭が集められ、豊富な予算の元に最新鋭の兵器を揃えて刃向かわんとする者達にとっては最大の脅威なっていた。今回の革命の成否を握っていたのも正しくこの師団であったのだろう、が革命は成功し全ては革命軍は勝利し掌握した・・・全ては第一師団の分裂によって。  そう、革命思想に共鳴する青年将校と下士官が先頭の最中に革命軍へと寝返ったのだ、勿論これは事前に革命軍側と通じていた青年将校との間で取り決めが交わされていた既定の寝返りだった。この様な事態は想定していなかった師団首脳部の防備は手薄で、もう第一師団が旧体制にとっては最後の防衛線となっていたのだから瞬く間に崩壊してしまったと言う次第である。そして今、各種様々な機関でも行われている様に旧体制と目された人々に対する処分が実施されていた。

「ふーん、王族処分決定は明日に持ち込みか・・・。」
「何考えているんだろうな、指導部は。あんな奴らとっとと処刑しちまえばいいのに。」
 第一師団駐屯地、埃っぽいその敷地の中で壁に張られた新聞を前に兵士達が気ままな議論をしていた。その耳に遠くから響く数発の連続した銃声、かすかに血と硝煙の匂いが風に乗って流れてくるがそうは気にされない。顔をしかめる者は全くおらず逆に喝采の声が上がるくらいであった。
「あの糞大将、そろそろ散ったかな?」
「さぁな、まぁ200人処刑だ。処刑隊の連中は大変なことだろうよ。」
「ははは、そう言うならお前手伝いに行ってやったら如何だ?死体埋めるのが大変らしいぜ。」
「やなこった、これから処される連中にやらせるが一番じゃねぇか。数時間後には自分もこうなるんだなってな。」
「そりゃ傑作だ。」
 そして再び銃声が鳴り響く・・・。

「こらっ、とっとと死体を外せ。次、縛る!」
 メガホン片手に絶叫する将校・・・革命前までは上層部から疎んじられて閑職に回されて惨めな境遇にあった男である。その完全なる弱者の立場にいた男はその当時の恨みをここに晴らさんとばかりに、立場が逆転し惨めな姿をしたボロボロの上官達が銃殺の為に縛られるに向う列を怒鳴りつけるのだった。
「撃てっ!」
 ターンッ!タタタッーンッ!ターンッ!
 一斉正射にて打ち出される鉛球、1人の死刑囚に対し4人が照準を合わせ体のあちらこちらに命中し血が流れ肉が弾けた。だらんと力が抜けた死体は次の次に死線へ並ぶ者達の手で外され運ばれていく・・・これまでに受けた拷問により死への恐怖が麻痺してしまったかのような表情を見せて。そして少しの時間も惜しむかのように処刑は急ピッチで進められていく。

「ふっ・・・良い光景だ。そう思わないか?」
 その狂気の練兵場が見える廊下を眺めながら進む2つの影があった。
「そう・・・ですね、そう思います大佐。」
「おや、余りそうは思っていないようだな?その口ぶりは・・・。」
 どうやら2人は上官と下士官と言う関係の様だ、疑問を呈した口調の上官に対して部下は言葉を選びつつ自分が否定していない事、望ましてと言う事を伝え何とか場を繕っていた。
「そうか、まぁそう脅えるな。人には苦手な事が誰にしろあるのだから・・・しかしだ、気を付けたまえよ准尉、このご時世だ。いつ何時足を掬われるかわかったものではない、数日前までとは全く違う世界なのだからな。わかったかね?」
 執務室に入った大佐は飲みかけのまま置いておいたコーヒーに一口を付けると、カバンの中から書類を取り出している准尉に対してそう諭した。
「了解致しました、以後気をつけたいと思います。ありがとうございました。」
 敬礼を以って応える准尉。そして彼は一礼をして退出して行った。
「ふぅ・・・冷めたコーヒーだな。そろそろ変え時か。」
 見送った大佐はそう呟くとコーヒーを流しに行った。

【人民の敵、処刑!首都に轟く歓喜の声。】
「ようやく処刑か、手間どったな・・・。」
 数日後、大佐は1人国防省内のラウンジに陣取りコーヒー片手に新聞を読んでいた。"号外"と銘打ちされたその新聞は数時間前に行われた国王一家の処刑を伝える物で、見出し・記事共に勇ましくそして処刑された者達を罵倒する言葉で埋め尽くされていた。そして裏の面にはこれから処刑される予定の反革命勢力として捕縛されている政府高官・貴族の一覧が載っていた。その中には旧体制期の国防長官の名前もあったがさして気にはならなかった、むしろ大佐個人としては大いに嫌っていた相手だったので気持ちが晴れるような所もある。
"・・・しっかしこの中にも絶対、訳も分からずに反体制とされた連中がいるんだろうなぁ。まぁ運が悪かったって事で諦めるしかないがね。"
 と思いコーヒーを口にしようとした時だった。何者かの影が新聞越しにかかって来たのは。
「ここは空いているか?」
「あぁ空いているよ、どうぞ。」
「では失礼しよう・・・どっこらせと。」
 空席の有無を尋ねて来た相手に対し、記事に熱中していた大佐は何者かと確かめる事無く言葉だけで応答した。しかしどうも虫が騒ぐ、気になって仕方がなくなってきた彼は新聞の端からそっと窺い見て・・・血の気を失った。
「こっこれはフッサール情報中将閣下!失礼致しました、自分は第一近衛師団所属のアルトル・メッヒコール大佐であります!」
 上官、それも軍の情報機関のトップに対して今の今に自分のした態度を思い出した大佐は新聞を放り投げる様にして立ち上がると、一糸乱れぬ姿勢で敬礼をして反応を待った。たった数秒、中将がコーヒーを一杯口に付けて皿に置くまでの間が気の遠くなるような時間に感じられた瞬間であった。
「まぁ良い良い、座って楽にしたまえ。こちらこそ周りが空いているのにわざわざ君の所へ座りに着てすまなかった・・・まぁ訳あっての事なのだが、まずは座って新聞を拾いたまえ。見苦しいぞメッヒコール。」
「はっ・・・して、私に対する訳とは一体なんでありましょうか?」
 すぐさま言われた通りの行動を取る大佐、そして恐る恐る自分に対する用事とは何かと尋ねた。大佐は第一近衛師団内の工兵隊隊長であり軍の工兵局内でも相当な地位に就いていた。しかし幾ら工兵が戦場において重要な役割を果たすと言えども、平時戦時共に機能し軍全体に対して強い影響力を及ぼす情報局と工作局では格が数段違う。当然、工兵局の方が格が低く予算面人事面においてもかなりの差が歴然と存在しているのだ、その情報局を率いる中将はしばらく大佐を観察する様な目をすると口を開いた。
「君付きの下士官であるウルマ・グランストン准尉についてだよ。説明するよりこれを読んだ方が早いだろう、ほら。」
 そう言って渡される数枚の書類。大佐は一礼をするとすぐに読み始めて、再び顔を青くさせた。
「中将閣下、ここに書かれていることは・・・。」
「全て事実だ、先日報告が上がって来てな。君に関係する事だから私が直々に持ってきたという訳だ・・・反体制となった以上、恐らく近日中に逮捕され准尉は処刑されるだろう。」
「そんな・・・何とかなりませんか。」
 タバコを軽く吸って紫煙を漂わせて再び呟く中将。
「何とかか・・・無理だな、隅を見たまえ判子が捺してあるだろう?意味は分かるな、決済済みと言う事だ。」
 何気ない感情を感じさせない事務的な口調での呟きに大佐は動揺した。決済済みと言う事はつまり情報局局長である中将が承認済みであると言う事、つまりは中将が訂正しない限りグランストン准尉に対する逮捕命令は有効で取り消せないという事だ。生唾を飲み込み決意した大佐はそっと問い返した。
「閣下、承認を取り消せないでしょうか・・・。」
「不可能だ、諦めたまえと言いたい所だが方法が無いわけでもない。聞くか?」
「可能ならば・・・。」
「君は第一近衛の人事と輜重【※】の責任者も兼任していたな?」
「はい。」
「では奴を除籍しろ、そして馬を一頭増やせ・・・何、帳簿上の事だけで良い。適当に他の部隊へ貸し出し中とでも書いておけ。これだけをしてもらいたい。」
「はっ了解致しました・・・しかしどうして馬を?」
「気にする必要は無い、とにかく准尉が逮捕されたら幾ら君が愛国者であったとしても巻き込まれる恐れがある。それは嫌だろう?そして君にはまだ小さい子供がいるではないか、家族を路頭に迷わせるのは私が許さん。」
 中将の強い口調にすっかり肝を抜かれた大佐はそのまま了承した。すると気配を一転させた中将は書類を自分の鞄の中へと仕舞うと一息ついて呟いた。
「とにかく、君は言われた事だけをする様に・・・他言、特に准尉本人への連絡は禁ずる。数日中に来るであろう新たな下士官と仲良くやってくれ。」
 大佐には静かに了解を送るのみしか術はなかった。


【※輜重・・・陸軍において補給物資を全線に送る事を任務とする兵科の事、機械化の行われた現在と違い馬が輸送の主力を担っていた時代には軍馬の管理運用を行っていた。】

 中編へ続く
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