「ふーん、これが新しい講習者ね・・・中々良い体をしてるわね。女だけど惚れ惚れしちゃう。」
「こらこら、素体に対してそう言う事言わない言わない・・・下手な事したら、お前がそれにされちまうよ。」
「まぁそうだけど言うのは自由でしょ・・・まっ下手な気が起きない内にパッパッと処理しちゃいましょう。準備はいい?」
「あぁ大丈夫だ、何時でも行ける。」
「そう・・・それじゃあ、この娘は・・・6番で行きましょう・・・それっと。ふふふ、何になるか楽しみだわ〜。」
"なっ何を話しているのこの人達・・・って何!?これ・・・?いや、ややや、やめて・・・。"
水樹はあの後、かなり歩いて膝が擦り剥ける寸前まで行った所で立つ事を許された。最初の目的地に着いたらしく、IDカードをリーダーで読み取らせて目の前の扉をくぐると中にいた大柄な白い白衣を纏った女の担当者に私は引き渡された。その担当者は私の事を見て可愛いだの何だのと言いつつ、連れて行き丁度入口からは斜め左に位置する巨大な鉄棒とその下にある円陣の中に私を入れ、その両手をその鉄棒に括り付けてぶら下がる様な格好にされた。
全体重を腕で受ける為かなり苦しい。だがその様な訴えを無視して戻った担当者は、目の前に置かれた機械の前に腰掛けると相変わらず無駄口を叩きながら何かを打ち込んでいた。そして、しばらく口以外の動作が止まったかと思うと軽くあるボタンを押す。その途端に、私の下にある円陣からはその形通りに光の柱が立ち上り全身を包み込まれたのだった。
優しく目に痛くない薄水色をした光はまるで私の全身を愛撫する様に包みこむと、私の体は共鳴したかのごとく温まり始めた。わずかに上昇した体温と光によって私は何処か気持ちが楽になり、体が幾分軽くなった様な気がした思えば先程まで感じていた腕の辛さも今はない。
"何て気持ち良い・・・いや癒されるのかしら・・・こんなの初めて・・・。"
私は私を少々嫌らしい目で見詰めてくるあの女担当者に見られている事も忘れて、本当に体の力を緩ませた、まるで南海の暖かい海の中、そう言う感触の中で私はすっかり心を解放していたのだ。このまま蕩けてしまいたいとすら感じる頃、何だか本当に体が融けて行く様な気がした。より気持ち良さを得る為に目の瞑っていた私には全く分からなかったが、その時私の体には無数のひびが表面に走っていたのである。顔も例外ではない、その全てにひびが走っており刻一刻とその範囲を拡大していたのだ。
だがその事を知らない私はますます強くそれを光を貪り、蕩けたいと言う気持ちを大にし強く求めていた。その気持ちに応えるかのようにひびは広がり、そしてとうとうその一部が剥がれ始めたではないか。ひびの欠片として落下した皮膚は、まるでコンクリートの様に硬質化しており乾いた音を立てて下へと散らばる。1つ落ちれば次から次へと雨霰の様に降って行く皮膚の欠片、そしてそれが剥がれた本来あるべき場所からは何とフサッとした毛が姿を見せている。その毛はある所は白く、ある所は明るい茶色の毛が姿を見せて光になびいていた。
水樹が思いを強めると共に肌は次から次へと剥がれて行く。そして、最初に剥がれてからわずかに5分と掛からずに彼女の体からは、あのひび入ったコンクリートの様になった皮膚は姿を消し髪諸共失せ果てていた。そして今度は体の随所随所が文字通りその場に留まったまま融解し、それぞれが一旦は丸いボールの様に凝固するとすぐに融けて新たな形となって広がっていく。
形の整っていた人の平べったい顔は、マズルを持った前へ伸びて鹿の様な耳を持ち、目の周りの黒い獣毛が何とも良いアクセントの顔、五指に分かれたまま第一関節以降が蹄と化した指、長くなった踵の先に姿を現した蹄、そして尻尾・・・その体色からその姿は人と同じ体型でありながら人ではなく見事なガゼルでも人でもある、双方が良く混ざりあったいわゆる獣人、ガゼルの獣人がそこにはいた。気持ち良さそうに目を閉じて光の中に・・・。
「よし、完了ね・・・切るわよ。」
「あぁお構いなく。」
今だ変化に気が付かずに溺れている水樹を尻目に、女担当者はスイッチを切った。するとどこか空気が抜けた様な音が部屋に響くと、次第に目の前の円柱状の光は減退し間も無く姿を消した。と共にようやく我に帰った水樹が目を開いた、その瞳はやはりガゼルの円らな瞳、何とも先程までとは別の可愛らしさを振り撒いており女担当者は途端に嬌声を上げた。
「いやっなんて可愛いのかしらっ!この娘は・・・あなた本当見事な変化を遂げたわねぇ、おめでとう。たまにねいるのよ、素体は良いんだけど上手く行かないってのが・・・そう言う時は何とも哀れでねぇ。もしあなたがそうなったら如何し様かと本気で心配したわよ。でも良かった、成功して・・・あら?良く分からないの、分かったわじゃあちょっと待っててね。」
一方的に話しながら接近した彼女は水樹の顔を見て勝手に判断するとすぐに駆け戻り、どこからかキャスター付の鏡を引っ張ってくると水樹の前に置いた。その鏡にはカバーがかけられていた為、置いただけでは見えなかったが女担当者は満面の笑みを浮かべてそれに手をかけると、まだ状況の変化をしっかりと把握し認識していない水樹に対してこう呟いた。
「さぁて、今からあなたの生まれ変わった姿を見せてあげるわ・・・期待していてね。本当に可愛いんだから。」
「はっ・・・はい・・・。」
何がしかの違和感を感じ、ようやく事態の深刻さに気付く端緒に達していた水樹はまたも戸惑い気味に頷く。そして、カバーは捲くられた。鏡に映るのは水樹の姿、今の姿・・・呆然とした水樹が完全に気が付くのに時間は要らなかった。すぐに彼女は驚きの声を上げ、戒めをそのわずかな間に解かれた手によって顔を覆い隠した。白い獣毛にて覆われた手の甲が何とも美しい。
「どう?あなたの新しい、これからの体は・・・あら?どうしたの、泣くなんて勿体無い事を・・・私はなりたくて志願したけど遺伝子の都合で不適格とされてなれなかったのよ。本当、今でも悲しいと言うのになれたあなたが泣くなんて・・・何?なんか文句あるの?」
「元に・・・戻して・・・、何でこんな姿に・・・。」
水樹の態度が気に入らない女担当者は、あの講師とまでは行かないにしても声を荒げた。水樹はとうとう嗚咽を上げて泣いている、涙が玉となって毛の上を流れていく。
「おいおい、その辺にしとけって・・・彼女はまだ目覚めたばかりだ。突然の変化に驚くのは当然だろう、それに誰もがお前みたいである訳がない・・・それにここでそちらの仕事は終わりだ。変化師のお前のな、ここからは調教師の俺の仕事だよ。さぁ行くぞ、泣いていても良いが首輪を填めさせな。」
調教師と自称する男は女担当者、彼曰く"変化師"の女をどかすと水樹に近寄り、言葉を掛けて首に先程外した首輪を再び填めた。そして軽く引っ張って立たせると泣いたままその部屋から外へ連れ出した。
"やれやれ・・・これは明日からだな。今日は休ませないと・・・確か、あそこが空いていたな。"
男はそれなりに歩くと、監獄の様に鉄製の扉が並ぶ区画へ入ると何処からか取り出した鍵を手に、その1つを開けて水樹を中へ入れた。
「しばらく待っていろよ、すぐに戻るからな。」
男はそう言って鍵を閉めると足早に先程とは逆の方向へ掛けて行った。
「待たせたな。どうだ気分は?」
男が戻ってきたのはそれから大分経った後だった。その頃になると水樹も泣くのを止め、沈んでいるとは言え何とか持ち直しつつあった。男が持ってきた食事を摂り、しばらく二人して互いに観察するように黙り込む。そしてその後、水樹は様々な質問を男に浴びせた。最も知りたかったのはここは一体如何言う所なのかと言う事、それに対して男はこう述べた。
「・・・この学校はな、表向きは大手の接客業や旅行業関係の専門学校だが、裏の顔は風俗、特に好事家向けの特殊な風俗に供する人材開発を手掛けている唯一の専門学校だ。お前の場合は特殊コースの中でも獣人風俗課に配置されたが、他にも色々とあってな・・・例えば猟奇・鬼畜風俗課、SM風俗課・・・等数種のコースが並立している・・・。」
それを含めて他にも男は一つ一つ丁寧に答え、納得行くまで水樹を説得する様に一言一言を口にした。そして、こうも親身になって自分を気遣ってくれる様に見える男に対して、水樹は何処か心を許す様になり始めた。その変化を長年の勘で感じ取った男はある物を取り出し、中にマッチで火をつけると水樹の鼻面の前に差し出した。
「これは・・・?良い匂いですが・・・。」
「これは香だ。香には色々と種類があるが、これは悲しい時や泣いた後なんかに嗅ぐと気が静まり落ち着く効果がある。どうだ、心地よくないか?」
そう言われるまでも無く水樹は鼻先を熱心に動かしてその匂いを嗅ぎ取る。なるほど確かに心が安らぐ良い匂い、水樹はどこかその匂いに魅了されて一心不乱に嗅ぎ続けた。それを男は静かに見詰め、そしてその前の台の上に置くと立ち上がった。
「どうしました?」
「俺は今日は帰るよ、もう遅いからな・・・香は置いていく。一晩はもつ様に入れてあるからまた明日な。それじゃ。」
「・・・今日は。」
「ん、どうした?」
「・・・今日はどうも・・・ありがとうございました。」
「そんな事は無い、そう思わんでいいぞ・・・当然の事だ。それじゃあな。」
「お休みなさい・・・。」
そして男は俯き加減に水樹が放った言葉を耳にして扉を閉めた。そしてその前で指を鳴らし何事かを立ち止まって考えると、いつの間にやらその薄暗い廊下をいずこかへと消えて行った。