運命の手招き〜導入後編〜冬風 狐作
 どれくらい歩いた事だろうか、ふとキラノが声を上げたのは。キラノが声を上げた事に驚いた2人は足を止めて何があったのかと彼に尋ねた。すると彼は周りの地形が変わっているとだけ言ったので見てみると、確かにお喋りに熱中していたせいか何時の間にやらあの冬枯れた草が一面に広がる草原の姿はそこには無く、道の両側に断崖絶壁の岩山が聳え立つより殺風景で単調な色彩の空間へと転じていた。
「何かがこの先にあるのかしら?」
「どうだろう・・・だが、何か変化が起きる前触れかもしれない、ここからは慎重に行こう。」
「そうね、わかったわ。」
そう申し合わせた2人はこれまでのキラノと同じく完全に口を噤んで慎重に辺りを窺いながら、更に前進した。しばらくは何の変化も認める事は出来なかったが、気がついてから大体30分かその程度が経過した時にこれまで全くクネクネとうねる様にカーブを繰り返していた道が一直線の坂となり、右手の岩肌が無くなって眼前には鉛の様に重たい色をしている割には、流れの急な大河と灰色とわずかな枯れ木があるだけの川原が広がっていた。対岸の様子は真っ白かつ重厚な霧に阻まれてうかがい知る事は出来ない。

「三途の川だ・・・。」
 思わず立ち止まってその光景を見ていた一行の中で初めに口を開いたのはキラノだった。
「確かに・・・これは三途の川だな・・・。」
すぐにハヤミンは同意したが不思議な事に、これまで彼が何か言えばすぐに反応してきたDGは何も語りはしなかった。何か放心状態というか、そんな雰囲気さえされるDGを真ん中に先頭をハヤミン、後方をキラノが付くと言うこれまでとは又違った格好で、坂を下り川原へと急いだ。何かが川原で自分達を待っている・・・不思議と誰に言われたでもないのに3人の脳裏にはそれが刻み込まれていた。
 川原に下りるとその道はプツリとそこで途絶えていた。そこから先にある丸い人の頭ほどある無数の石が縦横無尽に広がる川原、余りにも広いので石の野原とでも言った方が相応しい、そんな場所が広がっていた。そこへ彼らは何の躊躇いも無しに足を踏み入れて足場を上手く確保してある方へ誰にも指示される事無く、一身にそちらへ向けて進んでいた。その目、表情からは先ほどまでののほほんとした雰囲気は感じ取れず、何かに憑かれたかのような一心不乱さを漂わせていた。 「皆さん、ようやく到着のようですわ。」
赤髪の女は姿勢を軽く動かして言った。
「俺凄い楽しみなんだけど・・・。」
「ははは、そう焦らない方が良いですよセイ・・・美味しいものはじっくりと食すべきです、と言いつつ私ももう待ち切れないのですがね・・・。」
セイと呼ばれた幹の上の少年に黒髪の男は笑いながら告げた。すると少年は少し舌を出してすぐに引っ込めると、他の2人と同様にさも真面目ですよと言いたげな表情をして口を閉じた。
 キラノがその場に到着したのはそれからわずか数十秒も経ってはいなかった、しかし仮に彼らの会話の最中にキラノが到着していたとしてもすっかり宗教的感情に耽っている彼にしてみれば、その会話は自分達3人をここへ導いた神々同士が語られる聖なる言葉としか受け取る事は出来なかった筈である。仮に最初に到着したのがハヤミンとDGの何れかであれば、その内容を聞いて不信感を増大させて話は別の方向へと流れていただろう。ともかく、最初に到着したのがキラノであった、この事はその場にいる神々があらかじめ考えたシナリオ通りであり何ら問題はなかったのである。
"これが僕を・・・ここへお呼びになりお導きなさった神々・・・あぁ、なんと言う神々しい御姿をなのでしょうか・・・・。"
そんな神々の思惑を知らずに一人先に到着したキラノは、巨石と巨木の前にある石一つ無い平らな広場状の空間で地に突っ伏して、ひたすら一目先ほど見た神々の姿を脳裏に映し出しつつひたすらに酔い続けていた。
「おい、キラノ何して・・・。」
とようやく追いついたハヤミンが突っ伏しているキラノに声をかけ起こし掛けた時、その袖を強くDGは引っ張り軽く指を上に向けてまだ3人の存在に気がついていないハヤミンに現状を示した。その事によって3人の人、この時点ではまだ2人はこの3人の事を神とは思っていない、に気づいてその場に立ち止まった。
"おや、獲物の内1匹以外は術がかかって無いようですな・・・。"
"その様ね・・・最も、私としては少しでも難ある方が好みだけれど。"
"だよな、セキ姉。俺もその方がいい・・・コク兄は大人しい方が好みだものな、仕方ないか。"
"はいはいそうですよ・・・でも全部は嫌ではない事を忘れないで下さいね、セイ。"
"承知しているよ。"
 3人の姿をこの目でしかと確認した3人は思念でしばし品評を行った。無論、それは3人にしか分からない特殊な物であるので彼らを見ていないキラノ以外の2人にとっては何こっちを見つめ続けてるんだ?と言う様に取る以外はなかった。
「初めまして、皆さん・・・顔を上げてください、遠路お疲れ様でした、そして私達の招きに応じてくれた事に感謝します。」
軽く姿勢を正したセキはとんと、鳥の羽が地面に落下するような軽い感じで巨石から飛び降りてきた。そして今一度彼らを見渡すと続けた。
「私の名前はセキ、そして・・・。」
「私の名前はコク、セキの弟です。続いて・・・。」
「俺の名前はセイ、セキ姉とコク兄の弟だ。よろしくな。」
とセキから順に飛び降りてそれぞれが自己紹介をした。それらが終わると再びセキが語り始めた。
「私達があなた方をここへ導いた理由はただ1つ・・・あなた方は我々の下僕となるに相応しいからです。」
突然、セキは彼女曰く、ハヤミン・キラノ・DGをここに呼び寄せた理由を単刀直入に何ら躊躇する事無くぬけぬけと明かした。余りの潔さに何か一つぶち負かしてやろうと考えていたハヤミンとDGは、思い掛けない強烈な先制攻撃を喰らって拍子抜けしてしまい折角の有効なタイミングを生かす事が出来ないでいた。その点、既に彼らに会う前から精神で強く彼らに感応し酔いに酔い痴れていたキラノは、今のセキの発言を聞いていよいよ異常を来し始めて目下の所、セキに対して非常に強い関心を抱いていた。しかし、セキにして見ればキラノの様なすぐに何かに感化されやすい人間は全くの眼中外の存在であり、一切の関心を払う気にもならなかった。
"全く・・・ウザッたい男ねぇ・・・コクなら気に入りそうだけど・・・。"
そう思っただけで彼女は視線を平伏するキラノの後ろにて物言いたげに立っている2人に向けた、彼女としては自己主張の強い人間が好きだった。その方が楽しみは大きい・・・彼女の考えはそうなのであった。
「何か、言いたい事はあるかしら?あれば今のうちにどうぞ。」
「それでは、言わせてもらおうか。」
彼女の発言促しにまず乗ったのはハヤミンであった。
「まず最初に俺達3人をどうするつもりなのか、もっと具体的に言ってもらいたい、先ほどの説明だけでは不十分すぎる・・・次に私達の招きとはどういう事だ?俺達は自発的に自殺をしてこちらにやってきた、その点も詳しく。そして最後に今いるこの空間について納得のいく説明をお願いしよう。以上だ。」
「その件に関しては私が説明しよう。」
何かを言おうとしたセキを遮ってコクが前へと出た。
「順序だって説明してやろう・・・まず、最初に2番目の質問について答えよう、君達にとっては衝撃を感じると思うが、君達は自発的に自らの意思に則って自殺を決意し決行したのではない。それは私達がその様に動くよう君達の運命にわずかに手を加えた結果だ・・・神である私達にとって、君達人間如きの運命の操作など非常に簡単な事だからな。次にこの世界について、この世界は先ほど君達の間で結論が出たあの世とこの世の境目に存在する世界だ。我々は中界と呼んでいるが、この中界は霊界と人界の間であると共に霊界の中に存在する二つの世界、天界と地獄とを区切る世界でもある、それが故にこの世界は天界・地獄、ましてや人界の如何なる権威も支配力も及ばない無主の地であり君達の言葉を借りれば治外法権、つまり何をしてもよい空間なのだよ。そして最後に君達を我々が招いたと言う事、これは最初にセキ姉さんが述べた様に我々の下僕とする為、これ以外に理由は無い。」 そこで一旦話を切ってコクはハヤミンの反応を見た。軽く考えたハヤミンはすぐに再び質問を浴びせた。
「なるほど、なるほど・・・では俺達がその招きを断ったらどうなる?それと一体何の神なんだ?俺は大学で宗教を専攻していたから世界中の大抵の宗教には精通しているが、お前達の様な名前の神は聞いた事が無い。」
「我々の招きに応じて自殺をし中界に立ち入った以上、君達は人界へ戻る事も天界・地獄の何れの世界へも行く事は出来ない・・・そうなった者を霊界では彷徨える中界の旅人と呼ぶ、これが自殺者の定めだ。そして、我々についてだが悲しいかな人界の宗教と言う物は、我々が人間向けにわざわざ作り教えた虚像に過ぎない・・・霊界は人の世界と同じだ、しかしそれでは我々の創造した人間は我々を尊敬しない、創造と言うだけでは弱すぎる故にあのような虚像で洗脳したのだ・・・事実混じりの虚像でな、分かったかね?君が人界で無駄な事に、虚像を理解する為に人生をすり減らしていたという事実に・・・。」
「何だと・・・そんな馬鹿な・・・世界の宗教が全て虚像の反映?」
コクの説明に自分のその手の知識理解を自慢の種にしていたハヤミンは大いに動揺し、次なる質問を欠落させ頭は白濁しその場に陥落した。DGはと言うと彼女もまた言いたい事は幾つか見当たっていたが、コクの状況を見て口を噤んだ。キラノはと言うともう問題外、完全に蚊帳の外である。

「話はもう結構かしら?」
 話が静まったのを見てセキが尋ねると絶対的優位さを漂わせてセキは肯き、すっかり意気消沈したハヤミンは軽く動かした。これでもう勝負は、結果は決まったものであった。もう一度セキは無言で2人を見回しこう宣言した。
「決着はついたわね・・・では、予定通りあなた方3人は1人ずつ私達1人の下僕、いや奴隷として全てを奉げて頂きましょう、文句を言う事は許しません。」
「ち、ちょっと・・・アッ。」
「黙りな、もっと酷い目に合わすぞ・・・魂の芯までが傷つく程にな。」
口を開きかけたDGは全身を襲う激しいショックを受けて、その場に体を抱えて苦痛の余りへたり込んだ。セイが何かをしたらしいが何をしたのかは全く分からない。その後、すっかり沈黙した2人を含めた3人には3姉弟に良い様に選別され、それぞれの住処へとその場から連れていかれた。彼らが立ち去った後のその場所には濃い霧が残っているに過ぎなかった。


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