「そんな簡単に解決するものじゃないって・・・。」
人気のすっかり無くなった電車の中で男はそう呟いて読んでいた新聞を四つ折にして、カバンの中へと放り投げた。折りしも車内には彼の目的とする下車駅の放送が流れ始めていた。
彼はその日、その駅前である人々と待ち合わせをしていたネット上の自殺掲示板で知り合った見ず知らずの人物との待ち合わせ、それが意味をするのは明白であった。彼は今日、彼らと共に長年抱いてきた自らの自殺願望を果そうと考えているのである。無論それは彼だけが抱える重いではない、今日待ち合わせをする2人も同様であった、その内の1人はもう既に2度自殺に失敗したという経歴の持ち主である、その自殺への執着心は彼以上のものがあり書き込みやメールの内容にもどこか鬼気迫るものが含まれていたりを彼は非常に深く覚えていた。その上で彼はある種の確信を抱いていた。
"今日の自殺は必ず成功する。"
その様な不気味な確信を抱きつつ、彼は改札を抜けて駅北側の小さな公園の中へ入った。そして、線路際の他のベンチよりも幾分奥まった所にあるベンチに座り彼らの到着を待った。到着してから数分後、1人のひょろひょろとしたモヤシの様に痩せた男が覚束ない足取りでこちらへと向ってきた、その男は彼の姿を見つけると神妙にその青白い顔をした。
「ハヤミンさんですか?」
ハヤミンとは彼の掲示板でのコテハンである。
「はい、そうです・・・あなたはDGさん?それともキラノさんですか?」
「私はキラノです・・・どうも始めましてハヤミンさん、想像していたよりずっと若いですね・・・。」
キラノは今にも掻き消えそうな聞き取りにくい声で話す。ハヤミンも返しには返したが、どうも上手く会話がつながらないまま何時しか黙りこくってベンチに並んでいた。更に遅れる事10分、先ほどのキラノと同じ様に1人の女が姿を現した。そして彼女もまた、ササッとこちらに歩み寄ると口を開いた。
「ハヤミンさんとキラノさんですか?」
「はいそうです、私がハヤミンそして隣が・・・。」
「キラノです。」
と紹介すると彼女はホッとした顔を浮かべて、顔を少々緩ませると
「初めまして、DGと申します。以後よろしくお願いしますね。」
そうして互いに面識を得た3人はそそくさとその場から離れて、駅前に止めてあったDGの運転してきたレンタカー、ワゴン車に乗り込むと一路郊外へ向けて移動を始めた。
移動する車中では盛んと言うほどではないが、それなりに互いの事を話題にして3人で静かに会話を楽しんでいた。夕食時であったと言うこともあって途中のファミレスに立ち寄り、店内で3人で食事をするさまはごく普通の若者達といった感じであり、互いに呼び合う名前が奇妙であるのとキラノが以上に痩せているという意外は特段違和感を感じる者は誰もいなかった、と後日この件を取材した週刊誌の記者は述べている。
腹を満たした3人はすっかり暗くなった道を食前と同じ様にゆっくりと進んだ、候補としていた場所は幾つかあり、その一つ一つを丹念に回って自分達が気に入れる場所を熱心に探し求めた。そしてとうとう彼らは全員が納得した場所を、死に場所を見つけた。場所は駅から車で2時間ほどの人里離れた山中にある半ば放棄された未舗装の林道の終点であった、最近になって人が立ち入った形跡は全く無く荒れに荒れたその広場の隅の草叢にワゴン車を突っ込ませるとそのまま車内で待機した。車窓からは木々の間から見える人里の見事な夜景が輝いていた、3人は何も言う事無くしばしその光景を感慨深げに見つめていた。
「さぁ始めましょうか。」
そんな状況を打ち破ったのはDGであった、流石にこれまでに2度自殺に失敗しているとあって自殺にかける思いは半端なものではない。
「あぁ、そうしよう。」
「しましょう。」
ハヤミンとキラノは彼女の決意に満ちたその瞳に突き動かされると様に同意した。2人の同意を得た彼女はすぐに自分のカバンの中から赤と白の小さなカプセル剤を取り出して、1つずつ2人に配った。自分を含め3人に行き渡ったのを確認した彼女はじっと手の平の薬と2人を見比べ、そして意を決したように一気にそれを口の中へと放った。ハヤミンとキラノも彼女の決行を見て慌てて遅れを取らぬ様に飲み込み、奥歯で思いっきりそのカプセルを水で胃へと流し込んだ。流し込まれたカプセルはわずかな時間で胃に達すると水と胃液によって破れ中からは粉末が胃の中へと漏れて胃液と反応した途端に、非常な苦痛が彼らを襲った。飲んだ薬品は高濃度の青酸カリ、2度の自殺に失敗し自分だけが生き残ってきた事に後ろめたさを感じた彼女が選んだのは致死量の2倍の濃度の青酸カリカプセルによる服毒自殺であった。しかし、ほとんど確実に死ねるこの方法は非常な苦しみをその代償として支払わなくてはならなかった、決して楽に死ねる方法ではないのである。彼らは5分余り車中で苦しみの余りのた打ち回った、青酸カリ特有のアーモンド臭の漂う車内にはうめき声が響き座席は吐き出された血にまみれた。3人の口腔・食道・胃は爛れ果て、激しい痙攣と汗に見舞われた。意識も次第に薄れていく中で気道が爛れた故か呼吸も次第に困難になり、結局彼らは痙攣と呼吸困難という壮絶な苦しみの中で自らの短くまだ若い生を絶ったのである。ハヤミン享年21才、キラノ享年19才、DG享年29才・・・互いの本名を知らぬままに逝った彼らの遺骸が発見されたのは自殺決行から1週間も経過した日の昼であった。第一発見者の猟師は言う。
「とても人とは思えなかった。何かゴミの固まりかと思った。」
次第に暖かくなって行く季節、日中は最高21度を記録していた日々は彼らの遺骸を酷く腐敗させていた。
しかし、彼らは死んではいなかった。もちろん肉体としての死を果していたが、彼らの魂はまだ生きていた。しばらく経ってから彼らは自分達が何やら殺風景な冬枯れの景色の中に立っているのに気がついた。服装は死んだ時のものと同じである。
「ここは一体どこだ?」
ハヤミンは辺りを見回しつつ呟いた。
「ここは・・・あの世だと思う・・・だって僕らは自殺したんだから。」
キラノが相変わらず低く暗いか細い声で言う。それを聞いたDGは目の色を変えて叫んだ。
「じゃあ、自殺は成功したのねっ!やったわ、とうとう仲間との約束を果す事が出来たわ!やったやった。」
DGの喜び様は少し異常であった。彼女が先にも述べた様に2度も自殺に失敗した経歴を持っている事を勘案しても少し喜び過ぎているとハヤミンの目には映った。
「多分、ここはあの世である事に間違いは無い。しかしだ、あの世であるとしてもここはあの世の何処なんだ?俺達はどうすればいいんだ?」
「そう言われて見ればそうねぇ・・・ここが何処なのか見当もつかないわ。あれ?ところでキラノ君はどこ、姿が見当たらないけど・・・。」
そう言われてハヤミンはようやくキラノが姿を消した事に気がついた。余りにも存在感が薄いので、言われるまでずっと自分の右横に立っているものだと思い込んでいたのである。
「何処に行ったんだ、アイツ・・・。」
と辺りを見回すと遠くでこちらに向けて手を振っている人影、キラノの姿が目に入った。どうやら何かを見つけたらしく盛んに手を振って、こちらに来る様に促している。ハヤミンとDJはキラノらしくない行動に戸惑いを感じつつ、一度目を合わせると駆け足で草を掻き分けて彼の元へといった。
「どうしたんだ、急に離れて。」
「ごめん・・・なんか急にこっちの方へ体が勝手に動き出して・・・気がついたら、ここにいたんだ・・・。」
理由を問うハヤミンに対してキラノはより一層本当に掻き消えそうな声で返事を返した。あまりの声の小ささにハヤミンはそれ以上キラノを問い詰めようとはせず、どうしようかと視線を下へ向けた時自分達の足元に草が一本も生えていない事に気がついた。白い石灰石の様なその空間は自分達の前後へとどこまでも続いており、一目見てハヤミンはそれが道である事を知った。
「おい、これは道じゃないか・・・キラノ、でかしたな。お前は道に導かれたんだよ。」
突然のハヤミンの言葉に戸惑いの表情を浮かべているキラノを見て、彼は軽くキラノの肩に手を置き口元に笑みを浮かべて静かに言った。
「ようは道を見つけた、そう言うことだ。」
「はぁ・・・どうもです・・・。」
「ちょっと!ハヤミン君、人を置いて行かないでよ。」
ある意味喜ぶ2人と事情を何も知らないDG、対照的な姿がそこにはあった。
「なるほど〜そう言う事だったのね。」
キラノが見つけた道を歩きながら、DGはハヤミンからの説明を受けてようやく事態の経緯を理解し彼女もまたキラノのことを褒めた。褒められたキラノは恥ずかしそうに小さくなっているが、その表情からはある意味満更でもない様子がうかがえた。
「でも、あの世って本当に殺風景ね・・・行けども行けども同じ景色ばかり、なんだか期待を裏切られた気分だわ。」
「期待って・・・一体どういうのを考えていたんだい。」
「何か、ほら臨死体験者とかが見た白いお花畑みたいなのを想像していたのよ。でも、余りにも自分で話を美化しすぎていたかもしれないわ・・・。」
「なるほど・・・確かに自分もそんな事を考えていたよ、だがどうも違う。これは俺の私見だが・・・俺達が自殺をしてあの世に来た事と何か関わりがあるかもしれないと考えている。」
「どういうこと?」
「聞いたこと無いか?自殺者は死んだ場所から動けない、成仏できないって話。」
「初めて聞いたわ、その話・・・それって本当なの?」
「本当かどうかは分からないが、大抵の宗教では自殺は不徳な事とされているのは確かだ・・・まぁ、成仏出来ないって事はあの世に来れないのかと思っていたが、こうしてあの世に来ていると言う事は少なくとも成仏とあの世という事は分かった。しかし、臨死体験者達の見たあの世とは全く異なった情景が俺達の周りにあるという事は、ここはあの世とこの世の中間であり普通に死んだ奴の様にここから先に進む事も、臨死体験者の様に戻る事のどちらも永遠に出来ずにここに留め置かれるというのが自殺した者に対する報いではないのかと思うんだよ。」
「うーん、難しい話でちょっと全部は理解できないけど、何となくは理解出来たわ・・・ねぇキラノ君。」
「えっ・・・あっは、はい。そうですね。」
ハヤミンの話に自らの頭が混乱しかけたDGは慌てて、話の先をキラノへと向ける。よもや自分に向けられてくるとは思ってもいなかったキラノは大慌てでそれに答えた、ハヤミンはその動作がなんとも面白く感じられてならなかった。
"キラノって案外漫才とかやらせたら面白そうだな・・・。"
本人が聞いたら顔を真っ赤にして恥ずかしがりそうな事を、1人頭の中で空想していた。その後も話を、とは言え相変わらずハヤミンとDGを中心とした流れでキラノは極たまに話に窮したDGが振り向ける以外は殆ど無視された存在であった。しかし、その様な待遇でもキラノは全く不満を見せる事は無く黙々と2人について来たので、その3人の奇妙な一団は、彼ら以外に動く物の一切存在しない風さえも時間さえも感じられない荒涼とした、ハヤミン曰くあの世とこの世の間の空間を進み続けるのであった。