それから数日後の深夜、非番の水谷は警察寮近くのコンビニまでビールを買いに出かけた。自転車はパンクしたまま修理していないので、暗い夜道を1人静かに歩いていくと不審な一台の車が住宅街の中の駐停車禁止区域に停車しているのに気が付いた。
"誰だ?こんな所に車を止める奴は・・・1つ、注意してやるかな。"
と彼が車に近付き後部座席の扉に差し掛かりかけたその時だった。
バァン!
突然、目の前で乱暴に後部座席の扉が勢い良く開かれた。驚いた水谷がその場で一瞬足を止めた瞬間、背後から何者かが水谷の体を羽交い絞めにし布の様な物で口元と鼻を覆った。
"しまった・・・謀られ・・・た・・・。"
強力な催眠薬を吸わされた水谷はそのまま気を失って脱力し、その体は静かにその車へと運び入れられると車は深夜の住宅街の道をどこかへ走り去っていった。
「はっ?水谷が行方不明に?」
翌日、署に出勤してきた真田は水谷が行方不明になったと言う事実に非常に驚いた。
「水谷君とチームを組んでいる真田君なら分かるかもしれないが、何か思い当たる節は無いかね?行き
先とか、理由とか何かその辺りのものを・・・。」
「うーん・・・ちょっと思い当たりませんね・・・そもそも、何かで悩む様なタイプとは思えませんし
・・・。」
「女性関係とかその辺りは?」
「全く無いと思います、そもそも彼の口からそんな話題が出た事すらありませんね。」
「そうか・・・まぁ、追ってまた話を聞くかもしれないが今日はこの辺で勤務に戻ってくれ。相棒がいないからやり難いかもしれないが・・・あと異動の件は予定通りに。」
「分かりました、それでは失礼致します。」
部長の部屋から外へ出た真田はため息をついて職場へ戻る道すがら、ずっと水谷の事を考えその記憶を掘り起こそうと試みた。しかし、いくらやっても曖昧な部分が掘り起こされるだけで肝心な部分と言うものがどうして思い出せない。
"全く、水谷め・・・こんな事で私を悩ませるなんて失礼千万な奴・・・見つけたらラーメン10杯特盛を食べてもらうぞ。"
それは何とも豪華絢爛な奇妙な部屋であった。天井から壁、床に至るまで唯一、壁の端に金色がある
以外は全てが真紅で統一され、部屋のあちらこちらに置かれた奇妙な彫像と豪華な家具類、そして天蓋
付きのキングサイズのベッドの上には1人の男と数人の少女とが全裸で絡み合っていた。
「大桐さまぁ〜今夜こそ私と御願いしますぅ〜。」
「ちょっとあなた何言ってるのよ、今夜は私の番なんだからねっ大桐様。」
「そうよそうよってあなたも何言ってるのよ、今夜は私で決まりなの。」
と大桐と呼ばれた男は自分の目の前で自分を巡って少女達が争っているのを見ながら、静かに微笑んで
いた。そして、何かを言おうとしたその時だった。
「会長、尋問の準備が整いました。」
耳元に仕込んであるイヤホンを通じて部下がそう伝えて来た。
「ご苦労だ、すぐに尋問にかかけるぞ。」
「了解しました。」
そして、部下は通信を切った。大桐は今のこの時間が断ち切られるのを惜しいと思いつつも、目の前で
争っている少女達にこう告げた。
「さぁ、お遊びは一旦打ち切りだ・・・面白いおもちゃが手に入ったからね。」
「面白いおもちゃ?」
「見れば分かるよ、さぁ行こうか。」
そして、大桐は枕元に仕掛けてあるボタンを押すと、床の中へとベッドはそのまま下降して行った。
"一体、どうなってるんだ・・・。"
その頃、水谷は今の自分が置かれている状況がいまいち理解出来ないでいた。
"目を覚ますと、全裸で牢屋の中に放り込まれていて首輪までされていて・・・そして、しばらくしたら突然そこから連れ出されて、今度はこの何も無い場所に放置か・・・一体、何者だ?僕が何をしたって言うんだ。"
と思っていると突然、ほんのりと明るくなり目の前にある数段高くなった場所へと何かが上から降りて
きた。
"何・・・ベッドと人・・・?"
水谷はすぐにその下降して来る物体が天蓋付きのベッドである事を確認し、そしてその上に乗っている4人の男女がこちらを興味深そうに見つめながらいるのに気が付いた。
「やぁ、気分はどうかね、海浜署警部補水谷三春君。」
ベッドが静止すると突然、男の声が聞こえてきた目の前のベッドの上で少女達を侍らせている男の声であるのは確かであった。そして、それと共に少女達の楽しそうな声も聞こえてきたがはっきりとは聞き取れなかった。
「お前は・・・一体何者だ、僕に何をするつもりなんだ。」
「ははは、そう力むな。何、特に何をするというわけではない、ただ1つ礼をしたいだけだ。」
「礼をしたいだって?一体何の礼を?思い当たる節は無いが・・・。」
すると男は不敵な笑みを浮かべて言った。
「おや、思い当たる節が無いとはね・・・いいとも、思い出させてあげよう。前を見ていたまえ。」
そして、男の言うとおりに水谷が前を見つめているとそこにはいつの間にか、1つの小瓶が置かれている。
「そのラベルを読んで見たまえ。そうすればきっと分かるはずだ。」
「ラベルを?まぁいいか・・・クロンス=ホトニクスって、これは!?」
訝しそうに小瓶を眺めていた水谷は大桐に急かされてそのラベルを読んだ途端、血相を変えて驚いた。
「ようやく、わかったかね。私が君達警察が何としてでも捕まえようとしているそのクロンス=ホトニ
クス、通称クロホの開発者にして大元締めの大桐だ。」
男は平然と言い放った。内心で水谷はんなり驚いたが、動揺している所を見せねのは相手に利するだけだと察した水谷は何とか落ち着かせると、すっかり静かに口を開いた。
「なるほど、お前がクロホの元締めか・・・本来ならこの場で逮捕したい所だが生憎、身包み全て剥が
されてしまったもので何も出来ないのが残念でならないね。ところで、何が目的で僕にこんな事をする
のかまだ聞かされていないが、お答え願おうか。」
と肝を据えてすっかり落ち着き払って言うと、男はまるで珍しいものを見たかのような表情をして興味
深げに水谷を見つめた。
「先程までとは人が変わるとは・・・なかなか面白い奴だなお前は、まぁいい単刀直入に言おう。お前、こちら側に寝返る気は無いか?」
「寝返るだって?何を言うのかと思ったらそんな事か・・・下らん、そんな事する訳が無いだろう。」
と水谷はそれを一蹴した、するとそれを予想していたのか大桐はまたあの笑いを浮かべて続けた。
「まぁ、予想の範囲内の答えだな。と言ってもそれでお前を解放することは無い・・・よし全員行け、
そして改心させてやれ。」
「「「「はい!」」」」
大桐がそう言うとその周りに侍っていた4人の少女達が元気な声と共に立ち上がり、そしてベッドから水谷のいる数段下の空間へと飛び降りてきた。
「何をするつもりだ・・・女なんかで落ちはしないぞ。」
水谷は自分の周りを取り囲んだ少女達の目に何か怪しいものが潜んでいる事を感じつつ、彼は叫んだ。
「そう強がりを言っていられるのも今の内にしか過ぎない・・・徹底的にやれ。俺は上に上がっている
からな・・・ふふ、では精々頑張りたまえ水谷君。」
「って、ちょっと待てよ!」
水谷の目の前で男は少女を残して上へと去って行った。残された水谷は、覚悟をしてその怪しげな微笑を浮かべる少女達に臨んだ。