「へへへ……ありがとうございます。

 お兄さんもスキモノだねぇ」

オレにそう言って、下卑た笑いを顔に貼りつけた人族の小男は、町の町外れにある広場を去っていった。

オレはその背中に石でも投げつけてやりたかったが自制し、睨みつけるだけにとどめておいた。

小さく溜め息をつき、オレはぐるりと広場を見渡す。

初夏の夕暮れに照らされた広場では、露天商が店をたたみはじめ、商品を馬車に戻したり、布張りのひさしをたたんだりして、あわただしく動いていた。

1時間程前まで、町の南の外れにあるこの広場では、多くの人間で溢れる市場が開かれていた。

といってもただの市場ではない。

いわゆる闇市というものだ。

ここでは合法的な物から非合法な物まで、あらゆる商品が露店の店先に並べられ、売られていた。

そして、オレの隣にうつむいたままたたずむ1人の白い竜人の少年もまた、ここで売られていた商品の1つだった。

<奴隷>

少年はこの市場で奴隷として先程の小男に売られていた。

全身が傷やアザだらけで、細身の体がいかにも不健康そうに見えるこの少年は陸竜科の竜人らしく、背中に翼は無い。

身に着けている物は、腰まわりに巻かれた粗末な布切れだけ。

とはいえ、一般的なイメージにある薄汚れた奴隷とは異なり、少年は多少、砂埃で汚れてはいたものの、割と小ぎれいで鼻を突くような悪臭もしない。

それもそのはず。

少年は奴隷の中でも玩具奴隷、つまり主人の性処理を行う奴隷だったからだ。

この手の奴隷は常に清潔にしていなければならない、と聞いてもいないのに小男が説明していた。

もちろん、オレはそんなことをこの少年にさせるつもりで買ったわけではない。

大声を上げて少年のことを宣伝する小男の横で悲しげに立っていた少年を解放してやりたかっただけだ。

しかし、オレは初めはどうしようかと迷った。

人間を売り買いするという行為に少なからず抵抗があったからだ。

少年を解放するだけならば買う必要はない。

例えば小男を脅して少年を手放させるとか、気付かれないように少年を連れ去るとか、色々と手段は思いつく。

だがそんなことをすれば、間違いなく騒ぎが起こるだろう。

その結果、少年に被害が及ばないともかぎらない。

ほかにも何かいい手はないかと考えはしたが、結局、一番穏便で簡単な方法をとることにした。

つまり、この少年を金で買う、という方法だ。

見捨てようと思えば、このまま少年を見捨てることはできた。

だが、少年の体の傷と、悲しみと不安に揺らぐ瞳を見て、オレには見捨てることなどできなかった。

そうやってオレが色々な考えをめぐらせている間に、小男は勝手に話を進め、結局オレは少年を小男の言い値で引き取ることになった。

オレのかたわらにたたずむ少年は、いまだにうつむいたまま声1つ発さない。

もう広場は数えるほどの人間しか残っていなかった。

「……行こうか」

オレはそう少年に向かって声をかけたが、少年はまったく反応をしなかった。

仕方なくオレは少年の手を握る。

握った瞬間、少年の肩が怯えたようにビクッと動いたが、それ以上の反応はなかった。

少年の手を引き、オレは町の宿への道を歩く。

少年も引かれるようにしてオレの少し後ろをついてくる。

「お前、名前は? オレはクーアっていうんだけど」

広場を離れ、宿への道すがら、オレが自分の名前を教え、少しでも少年を安心させるために極力語気を優しくして少年に名前を尋ねたが、少年からの反応がないため、名前も聞けずに話は終了。

「オレはお前に変なことしたりしないから大丈夫。 約束する。

 だからせめて名前だけでも教えてくれないか?」

オレは重ねて少年に尋ねたが、やはり少年は答えず、話はオレの独り言のようになってしまい終了。

少年に気付かれないように、オレは小さな溜め息をつく。

そして少し考え、少年に尋ねた。

「……お前、親とか家族とかはいないのか?」

そう聞いた瞬間、オレの手を握っている少年の手に力がこもる。

少し後ろを歩く少年を見ると、少年はオレが見ていることに気付いたのか、静かに首を横に振る。

「そうか……」

オレは呟くようにそう言うと、少年の手を握る手に優しく力を込め、前を向いて歩き続けた。

そんな気はしていた。

少年には家族や帰る場所はないのではないか、と。

奴隷として扱われている子供にはそういったケースが多い、というのは知っている。

今の質問は、少年にとっては酷な質問だったかもしれないが、もし両親や家族がいた場合、その元へと帰してやるのが最良の選択だろうと思ったので、聞かないわけにはいかなかった。

「……ごめんな」

オレは少年の方を見ずにそう呟くと、心持ち歩調を緩め、町への道を少年の手を引いて歩いた。