夜も更け、そろそろ寝ようかとベッドに腰を下ろした途端、テーブルに置かれた携帯が鳴り始めた。
嫌な予感がしつつ、携帯を手に取る。
画面に表示された名前を見て、オレは予感が的中したことを恨んだ。
「はい、もしも――」
『こんばんは。 明日、私の所へ来たまえ』
オレの応答に被せるように、電話越しの相手、ドクターは一方的にそう告げると、返事も待たずに切ってしまった。
「…………はぁ」
掛け直す気にもならず、オレは大きなため息をついて、携帯をテーブルの上に戻した。
幸か不幸か、明日は何の予定も入っていない。
行けば何がしかの実験に付き合わされるのは明白だ。
かといって行かなければ、嫌がらせのような電話が掛かってくることも明白だ。
しかも、それはオレが行くまで続くだろう、おそらく。
(行くしかないか……)
心の中で呟きながら、オレはベッドにもぐりこんだ。
翌日。
もう何度も足を運んだ、ドクターの根城。
廃墟の如き病院の、錆の浮いたスチールドアを開け、中へ入る。
見慣れてしまった診察室のドアを開けると、そこにドクターが鎮座していた。
それと、もう1人。
「……クープ!?」
ドクターの後ろにいた人物を見て、オレは目を剥いて名を呼んだ。
「先輩、お久しッス!」
人懐っこい笑みを浮かべて敬礼の姿勢を取り、オレの後輩である狼人のクープが挨拶をしてきた。
彼の姿を見て、一瞬驚きに固まったオレだが、この間ドクターがオレとクープにしたことを思い出し、ドクターに視線を戻して詰め寄った。
「ちょっと! 何でクープがいるんですか!?
前にあんなことして、また――」
「ああ! 違うッス、先輩!」
ドクターに掴みかからんばかりのオレを、クープの言葉が押しとどめる。
「ドクターにはオレから連絡したんス。
何かいいバイトはないかって」
「…………は?」
クープとドクターを交互に見つめるオレ。
クープは申し訳なさそうに、ドクターは無表情にオレを見返している。
「このところ金欠だったんで、それで……」
クープの言葉の続きを聞いて、オレは今度は彼に詰め寄る。
「お前、金欠って、この間、結構な金額もらってただろ?」
前回の実験で、報酬として100万、その他、慰謝料としてそれ以上の額をもらっていたはずなのだが。
「いや、それが…………えへへへ」
耳の後ろを掻き、オレから目を逸らすクープ。
その様子を見るに、使い切ってしまったのだろう。
なんとも金遣いの荒い奴だ。
オレが呆れてクープを見つめていると、それまで黙っていたドクターが口を開いた。
「さて、話は済んだかね?
それならこちらの話をさせてほしいのだが?」
ドクターの声にハッと我に返り、
「その前に1つ!」
と、声を大にすると共に、オレはドクターに1本指を突きつけた
「何かね?」
小首をかしげるドクター。
「この間のようなことはないでしょうね?」
問い詰めるオレに、ドクターは小さく息を吐く。
「安心したまえ。
今回はそのようなことはないよ。
それをこれから説明しよう」
言って、ドクターは机から小瓶を取出し、中の錠剤を1粒取り出した。
「今回はこの新薬の実験に付き合ってもらいたい」
錠剤を掌の上で転がしながら、ドクターが言う。
「何ですか、それは?」
「ミラクルフルーツ、というのは知っているかね?」
「ミラクル……あの酸味を甘味に変えるっていう、アレですか?」
「その通り。
これはそれと同じような性質を持つ。
簡潔にいえば、痛みを性的快感へと変えるのだ」
「……また変なの作りましたね」
「変なのとは失礼な。
世のマゾヒスト共がむせび泣くほどの世紀の大発明ではないか」
「そうですかね?」
「そうだとも」
「で、今回はそれを飲んで実験すればいいってわけッスか?」
オレとドクターのやり取りに、クープが割って入った。
「うむ。
これをどちらかに飲んでもらい、もう一方にはコレで飲んだ方を叩いてもらう」
言ってドクターが机の裏から取り出したのは、乗馬鞭だ。
「また何とも、いかにもなのを持ち出してきましたね」
乗馬の際、馬の尻を叩くのが目的の物だが、世にあるSM物で、女王様が振るう鞭の1つでもある。
「……って、ちょっと待った!」
「何かね?」
言いながら、ドクターは乗馬鞭を振るう。
ビュッという風切音が耳に届いた。
「……それで叩くって、めちゃくちゃ痛いと思うんですけど」
「無論だ」
事もなげにうなずくドクター。
「痛みを快楽に変えるのだから、痛くなければ話にならないではないか」
「いやいや、ちょっとちょっと。
それ、怪我しますよね?
下手すりゃ前回の実験より酷いことになりますよね?」
詰め寄るオレに、ドクターは眉根をひそめる。
「レルネー君、君は酷い男だね。
怪我が残るほど手ひどくクープ君を鞭で打ち据えるつもりなのかね?」
後ろのクープを見やり、ドクターが言う。
クープはおびえるようにオレを見つめていた。
「もちろん、これで思い切り打ち据えれば、皮膚が裂けるくらいの傷を負うこともあるだろう。
だが、何も力一杯打ち据えろだなどとは、私は一言も言っていないよ。
ただ、痛みを感じる程度に、かる〜く打てば良いのだよ。
それを勝手に勘違いしてもらっては困る」
「む……」
言われて言葉に詰まるオレ。
たしかに、誰も思い切り打てとは言っていない。
鞭を見て、オレの想像力が先走った結果、怪我をするという予想に行きついただけだ。
「まぁ、ある程度の力で打ってもらわねば困るがね。
それに、君達は私と違って毛皮があるから、加減を間違えねば傷が残るということもあるまい」
錠剤を机の上に置いたドクタは、ペチペチと自らの掌を鞭の先端で叩きながら言う。
(まぁ、あのくらいの強さで打つくらいなら、怪我することもないか)
ドクターの振るう鞭を見ながら、そんなことを思っていると、
「さて」
ドクターがビシッと鞭の先端を受け止めてオレ達に問い掛けた。
「どちらが薬を飲んで、どちらが打つのかね?」
言われ、顔を見合わせるオレとクープ。
(この場合、やっぱり先輩のオレが飲むべきだよな。
万一、クープに怪我なんてさせたら悪いし)
オレは、すぐさまそう思い、
「オレが飲んで、お前が打つ。
それでいいな?」
と、半ば一方的にクープに告げた。
「えっ……と……」
困惑して返答できずにいるクープをよそに、オレは机の上の錠剤に向かって手を伸ばす。
「それで構わんかね、クープ君?」
「あ〜……はい、先輩がそれでいいなら」
答えつつ、ドクターが差し出した鞭を受け取るクープ。
鞭を渡したドクターは、ペットボトル入りの水をオレに手渡し、オレはそれで錠剤を飲み下した。
「効き目が出るまでに30分くらい掛かるはずだ。
それまでは適当にくつろいでいたまえよ」
言って、ドクターは奥の部屋へと引っ込んでいった。
残されたオレとクープは顔を見合わせる。
「……ちょっと貸してくれ」
クープの手にした鞭に視線を落とし、手を差し出すと、クープは素直に鞭を手渡した。
受け取ったオレは、軽く掌を叩いてみる。
「どうッスか?」
「どうって……まだ飲んだばっかりだぞ」
「あ、そりゃそうッスね」
クープは耳の後ろを掻きながら、はにかみ笑いを浮かべる。
「それより、お前、どんな金の使い方したんだよ。
普通にしてりゃ、簡単に使い切れるような額じゃなかったろ」
「えっと、まず友達から借りてた金返して、滞納してた家賃払って、それから携帯変えて、服買って靴買って時計買って、それから――」
「あー……もういい」
何となくその先が想像できたので、クープの言葉を遮った。
「あのな、金ってのは無限にあるもんじゃないんだ。
ないならないなりに、あるならあるなりに計画立てて使わないと――」
「……そろそろ効いてきたんじゃないスか?」
げっそりした顔で、自身の腕時計を見ながら言うクープ。
壁に掛かった時計を見れば、たしかに薬を飲んでから30分程度の時間が経過していた。
どうやら30分近くの間、クープに金の使い方について説教してしまったようだ。
「う〜ん」
唸りながら、オレは手にしていた乗馬鞭で、掌を打ち据えてみる。
バチンという小気味よい音と共に、じんわりとした衝撃が体を流れた。
「!!!」
思わず目を見開くオレ。
その衝撃は、実に奇妙な感覚だった。
打たれた掌に痛みはない。
普通なら痛みを感じる程の強さで打ったはずなのだが、まるで軽く打った、というよりも、当てた程度の感覚に感じられた。
次いで、感覚を刺激されたのは股間だった。
何も触れていないにも関わらず、股間の奥の部分が熱を感じた。
それは、性的な何かを目にしたり耳にしたりした時に、股間が反応する感覚に近かった。
何度か同じように掌に鞭を振るい確かめるが、最初の一発と同じ感覚が体を流れる。
「薬、効いてきたかも」
「マジッスか?
ドクター!!」
呟くように言うと、クープが奥に引っ込んだドクターに向かって声を掛ける。
程なくしてドクターが奥から現れた。
「騒々しいね」
不愉快そうに眉根を寄せながら、鞭を掌に打ち据えるオレを見て、ドクターは目を見開く。
「ほう、効いてきたかね?」
「ええ、たぶん」
体に起こった変化をドクターに告げると、彼は仔細をカルテに書き込んだ。
書き終えると、彼はオレの股間に目を落とす。
「勃起してはいないようだね」
「そこまでの刺激じゃないですから」
「ちょっと、どの程度のものか、打ってみたまえ」
言うと、ドクターはオレに向かって掌を差し出した。
どの程度の強さで打っているのか確認する為だろう。
言われるがまま、オレはドクターの掌を、遠慮なく打つ。
「ふむ、まぁ痛みを感じる程度の強さではあるな」
カルテに書き込みながら、彼は続ける。
「もう少し強めに打ってみたまえ。
痛みの強さに性的快感が比例しているはずだからね」
ドクターの言葉に従い、オレは少し強めに掌を打ってみた。
「ッ!」
掌の感覚は先程と変わらず、しかし股間の奥には先程よりも強い衝撃が生じた。
「結構来る感じッスか?」
オレの様子を見守っていたクープが尋ねてくる。
オレは無言でうなずいて応えた。
今度の衝撃は、竿をひと扱きされた時と同等の感覚に近かった。
それでいて、当然ながら、竿に触れられた感覚そのものは、まったく感じない。
「やはり、痛みの程度と快感の程度は比例の関係にあるようだね」
こちらを見ずにドクターは言う。
「みたいですね」
「それで勃起できそうかね?」
答えたオレに向き合い、ドクターが尋ねる。
オレは今しがたの衝撃と同等の強さの衝撃を掌に加えつつ、確かめる。
「……できる、と思います」
ひと叩き毎に生じる股間の奥の快感を感じつつ、オレは答えた。
事実、竿に芯が入り始めている。
「では、続けたまえ」
「あ、ちょっと待ってくださいッス」
ドクターの言葉に、クープが待ったを掛けた。
「何かね?」
問われると、クープは困惑したようにオレとドクターを見比べ、
「この実験、オレ、いる意味なくないッスか?」
「……確かに」
クープの言葉に同意するオレ。
確かに、これならば別にクープに打たれずとも、オレ自身が自分を痛めつければいいだけだ。
オレ1人でも充分に事足りる。
オレとクープの疑問の視線を受け、ドクターは小さく吐息を漏らす。
「最初は私もレルネー君だけを呼んで薬を試すつもりだったのだが、連絡しようとした矢先、ちょうどクープ君から連絡が入ってきたのだよ。
なので、君達2人を呼んだというわけだ」
『…………は?』
1人納得顔で説明するドクターに、訳も分からず間の抜けた声を上げるオレとクープ。
「ん? 何だ、今の説明で分からんかね?」
「まったく」
「これっぽっちも」
即座に2人で返答すると、ドクターはことさら大きなため息をついて、かぶりを振った。
「凡愚共め。
一を聞いて十を知りたまえよ」
「いや、今の説明は一にも届いてないです」
「私は年下に責められる年上が好きなのだよ!
特にそれが先輩後輩の仲など、垂涎モノではないかね!
サディスティックに先輩を責める後輩、マゾヒスティックに後輩に責められる先輩!
実にそそるシチュエーションではないか!!」
オレの抗議などどこ吹く風、ドクターは拳を握りしめて自らの性癖を力説した。
『…………』
オレとクープは呆れて物も言えず、わなわなと全身を震わせるドクターを口を開けて見つめていた。
「……と、いうわけで、だ。
ここからは実験も兼ねた私の嗜好の鑑賞会の始まりだ」
言って、ドクターは素早く白衣の内側からプッシュ式のスプレーを取り出し、呆気にとられているオレ達の顔に吹きかけた。
「のわっ!?」
「わわっ!?」
回避するいとまもなくスプレーを吹き付けられ、顔の毛皮が湿り気を帯びる。
「ちょっ……コレって!」
「催淫剤だよ、当然。
さぁ、2人の淫らな姿を堪能させてくれたまえ。
ついでに薬の効果の実証も頼む」
「実験の方がついでって……」
「細かいことは気にするな」
オレの言葉にドクターは椅子にふんぞり返って答えた。
そして思い出したように片手をあげ、
「ああ、今の薬は、前回の薬とは別物だ。
最初にレルネー君に付き合ってもらった実験で使った物と同じ、純粋な催淫剤。
効果は少々強めに調整してはあるが、まぁ、この間のようなことにはならないよ
…………薬の効果に依らずにそういう嗜好を持っていなければ、だがね」
不吉な言葉を残し、ドクターはニヤニヤと笑ってオレ達を見つめている。
「あ〜っと……じゃあ、このあとどうすればいいんスか?」
すでに催淫剤が効き始めているのか、少々ふら付きながらクープがドクターに尋ねる。
「無論、新薬の効果も確かめたいのは事実だ。
最初に言ったように、君がレルネー君を鞭で打ちたまえ」
「あ〜……はい、それじゃあ、先輩」
「う〜……」
差し出されたクープの手を見ながら、唸るオレ。
(またドクターにしてやられた感じがするけど……仕方ない…………あ〜……え〜っと…………)
頭に霞が掛かったようになっていて、どうにも思考がまとまらない。
それはクープも同様なのだろう、見れば気怠そうな顔でオレを見つめている。
「ぐ〜……仕方ない、さっさとやって終わらせるぞ」
「うい〜ッス……」
オレは鞭をクープに手渡し、立ち上がった。
「じゃあ、いきますよ、先輩……」
「おう…………ちゃんと加減してくれよ」
「はいッス…………たぶん」
「たぶんて……」
不安になる言葉を発しながら鞭を構えるクープ。
そこへ、ドクターから不満の声があがる。
「ちょっと待ちたまえ。
2人共、服は脱ぎたまえ。
服を着たままのプレイなど、面白味がまったくないではないか」
すっかりくつろいだ様子のドクターを一瞥して、オレとクープはのそりのそりと服を脱ぎ始めた。
あらわになるオレ達の裸体を見て、ドクターは実に満足気だ。
2人共、股間の中心では、これでもかというほどいきり立った性器が存在を誇示しており、先端にはぷくりと先走りの玉が溢れ出ていた。
「さあ、クープ君、存分にレルネー君を痛めつけてやりたまえ」
サディスティックなセリフを述べながら、ドクターは自身の股間を、服の上から撫でさすっている。
「じゃあ、いきますよ、先輩……」
ゴクリと生唾を飲み込むクープ。
「……おう」
短く答えて、オレは顎を上げてクープを見返した。
クープが鞭を構え、振り下ろす。
狙ったのは、肩口。
最初だからなのか、かなり軽めの一撃で、ほとんど何も感じられなかった。
「もっと強く打ち据えてあげたまえ」
外野から野次が飛ぶ。
次いで放たれた一撃は、同じく肩口だったが、初撃に数倍する威力があった。
「っ!!」
それを受けた途端、肩口の感覚は、先に自分で掌を打ち据えていたのと同じ、物を当てられた程度であったものの、股間に生じた刺激は比べるべくもないほど強かった。
どの程度かといえば、思わず前かがみになってしまうほどの快感だ。
「だ、大丈夫スか!?」
前かがみになったオレを心配して、クープが気遣わしげな声をあげる。
オレは体を起こし、
「大丈夫……続けてくれ」
と、クープに続きを促す。
「レルネー君、普段の感覚に例えるとどんな感覚かね?
それと痛みは?」
「痛みはないです。
感覚は……濡れた亀頭をいきなり擦られた感じ、ですかね」
ドクターの質問に、オレは性器の付け根をさすりつつ答える。
ドクターは片手で自身の股間をさすりつつ、カルテにペンを走らせた。
「続きをどうぞ」
促されるまま、オレとクープは行為を続ける。
2撃目と同じくらいの強さの衝撃を、肩に、腕に、足にと、全身で受け、そのたびにオレは体の奥に走る快感の電流を感じ取り、息を荒くしていった。
はち切れんばかりに怒張した性器の先端からは、一撃ごとに歓喜の先走りが溢れ、糸を引きながら床に落ちて溜まりを作っている。
一方で、クープの方も、鞭を一振りするたびに先走りを飛び散らせ、性器の周りの毛皮を汚していた。
「どうかね、レルネー君。
そのまま射精できそうかね?」
「ああ……ええ、たぶん……」
興奮で荒くなった息を整えつつ答える。
実際、このまま続ければ射精に辿り着けるだろう。
なぜなら、もし性器を直接扱けば、数扱きで射精できそうなほど、昂ぶっていたからだ。
「ふむ、よし。
ではそろそろ射精したまえ。
クープ君、狙いはチンポだ」
「えっ」
クープが声をあげる。
「チンポを狙いたまえ。
あれだけ勃起しているんだ、狙い易かろう」
「で、でも……」
「いい、クープ……打ってくれ」
ドクターの言葉を受けて迷うクープに、オレは告げた。
正直なところ、痛みをまったく感じないので、どこを打たれようとかまわない。
おそらく、睾丸をうたれたところで、痛みは感じないだろう。
(……いや、痛みが強いほど快感も強いなら、金玉を叩かれたら……)
男性の急所である睾丸を痛打した時の痛みは、想像するに恐ろしい痛みだ。
その痛みが快感に変わったならば、それはどれだけの快感になるのだろうか。
そんな思いが頭をよぎる。
(けど、もしも潰れたりしたらシャレにならん……)
かろうじて覚めていた頭の片隅が、そう警鐘を鳴らす。
「じゃ、じゃあ、いきますよ」
クープの言葉に、ハッと我に返る。
見れば、クープは鞭を構え、慎重にオレの股間を狙っていた。
オレは狙いやすいよう、腰を前に突き出す。
直後、ビシリと、強い衝撃が竿の真ん中あたりに響いた。
同時に、ズシンと股間の奥が熱くなり、意識が遠のく。
同じくらいの強さの打撃だったと思うが、その衝撃は他の部位を打たれた時とは比べるべくもなく強かった。
「おぉぉぁあぁあ!!!」
絶叫を部屋に響かせ、オレは達した。
手も添えられていない性器は、股間の中心で暴れ、あちらこちらに精液を撒き散らす。
体を仰け反らせて、全身を巡る快感を享受しているオレの上に、向かいで唖然としているクープの体に、そして、いつの間にか衣服を脱いで股間を剥き出しにしているドクターの体に、白く濁った精液が降り注ぐ。
ひとしきりの射精が終わると、オレはぐったりとその場に崩れ落ちた。
「いやはや、凄いな。
見たところ、鞭を振るう強さは同じだったが、他の部位と性器そのものを打った場合では、快感の強さが違うのかね」
呟くドクターの言葉も、射精の余韻に浸っているオレには遠く聞こえる。
「だ、大丈夫スか、先輩!」
へたり込んだオレを気遣うクープ。
『大丈夫』と答える代りに、手を挙げて応える。
どうもいつもの射精よりも倦怠感が強い。
催淫剤のせいもあるのだろうが、痛みは感じずとも肉体を傷つけられているのだから、そのせいもあるのかもしれない。
一応、そのことをドクターに報告したいが、口を開くのも億劫だ。
「だいぶお疲れのようだね。
薬の効果かな?
それとも単に痛めつけられたせいかな?
まぁ、何にせよ、君のチンポはまだまだ元気そうだ」
目でオレの股間を指すドクター。
その言葉通り、オレの性器はいまだに勃起を続けていた。
これは催淫剤の効果で間違いない。
「詳しい話はあとで聞くとしよう。
とりあえず今は、思う存分楽しんでくれたまえ。
……クープ君」
「は、はい」
「レルネー君は物足りないようだ。
彼が満足いくよう、君も強力してあげなさい。
それに君自身もはち切れんばかりじゃないか。
君が望むなら、レルネー君に強力してもらうといい」
「はぁ……」
気の抜けた返事をしたクープは、チラリと気遣わしげにオレを見た。
その目からは、もっとオレに鞭を振ってもいいものか、それともオレに抜いてもらいたいか、どちらか判然としなかった。
しかし、小刻みに脈打ち、止めどなく先走りを溢れさせる彼の性器を見れば、彼が今何を思っているのかは明白だった。
オレは、座り込んだまま手を伸ばす。
当然ながら、伸ばした先はクープの性器だ。
「あっ……」
ぬるりとした感触を指に感じると同時に、クープの口から声が漏れた。
亀頭の中程まで包皮に覆われた彼の性器は、室内の明かりを反射する程に先走りで濡れている。
オレの指先が、露出した亀頭の先端に軽く振れただけで、クープの膝はガクガクと震え始めた。
(そういえば、こいつ、早漏だったな)
そんなことを思い出しつつ、指の腹で亀頭の表面をじっくりと撫でてやる。
「あっ、あっ、あぁっ!」
指の動きに合わせてガクンガクンと揺れるクープの膝、そして腰。
その動きのせいで、否が応にも、性器をオレの指に自ら擦り付けてしまう。
彼がどのくらいの快感を得ているのかは、思わず床に取り落としてしまった鞭を見れば分かる。
足どころか、手にも力が入っていないようだ。
顔は天井を仰ぎ、肩で荒く息をしている。
まだ10秒程度しか刺激していないのだが、限界が近いようだ。
オレは一旦指を離すと、優しく竿を握ってやる。
そうして、親指を亀頭と包皮の継ぎ目である裏筋の位置に添え、一気に包皮を剥き上げた。
「あひぃぃぃ!!!」
情けない絶叫と共に、クープは絶頂を迎えた。
包皮を剥き上げられると同時に、裏筋を親指の腹で擦られたのだ。
包茎であるクープには、これ以上ないとどめの一撃になったろう。
鈴口から矢のような速度で放たれた精液は、目の前にあったオレの顔面に直撃した。
鼻先からマズルに生暖かいものを感じながら、なおも竿を扱き続けてやると、2波目、3波目と、勢いを衰えさせずに放たれる精液が、オレの顔面を襲った。
「〜〜〜ッ!!!」
声も絶え絶えに、射精を終えたクープがその場に崩れ落ちた。
先のオレに勝るとも劣らない快感に襲われただろうことが、その様子からうかがえる。
「若いと飛びがいいねぇ。
実に羨ましい。
今度は飛距離の伸びる薬でも開発するとしようかね」
楽しげな口調でドクターが言う。
見ると、椅子に座ったまま股を大きく広げ、タテワレの中から取り出した性器を自ら扱いていた。
「ん? なんだね?
クープ君のだけでは飽き足らず、私のチンポも欲しいのかね?」
オレの視線に気付いたドクターは、握った性器を揺らしながら嬲るように言った。
「いえ、別に」
とだけ答えるオレ。
しかし、実のところ、催淫剤の影響のせいで、ドクターの性器にすら欲情してしまっていた。
股の間で、萎えることのない性器が痙攣しているのが、その証拠だ。
気付かれまいと身じろぎすると、不意に竿を握られた。
握ったのクープだ。
「先輩の……まだ硬いッスね……」
トロンとした表情を浮かべながら、オレの顔と性器を見比べるクープ。
彼の様子の変化に、オレは前回の出来事を思い出す。
「……ドクター、ホントに今回はただの催淫剤なんでしょうね?」
不安になって尋ねると、ドクターは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「失敬だな。
前回のは失敗作で、すでに処分済みだ。
今回は間違いなく、ただの催淫剤だよ」
「本当でしょうね? …………っひ!」
なおも疑いの目を向けていると、突然性器がヌルリとした感触に包まれた。
視線を股間に落とすと、クープがオレの性器を根本まで咥えているところだった。
「おい……!」
呼び掛けると、クープは上目遣のまま、頭を前後させた。
その口内では、まるで慣れたものであるかのように、竿に舌を絡ませ、裏筋を擦り上げ、雁首をなぞり、鈴口をつついている。
(ずいぶん慣れてるな……)
半ば感心していると、ドクターの声が掛かる。
「咥えられている感覚はどうかね?
いつもと同じか、それとも何か変化が?」
「…………いえ、いつも……というか、普通です」
クープの口内の感触を確かめながら答える。
「ふむ、通常の刺激には変化なし、と」
片手でカルテにペンを走らせながら、もう片手で自らの性器を扱くドクター。
(書くか扱くか、どっちかにすればいいのに)
そんなことをぼんやりと思っているうちにも、クープの責めは続いている。
今は口を離し、棒アイスを舐めるように、蟻の門渡りの部分から亀頭の先端に向かって、何度も何度も舐め上げているところだ。
刺激としては先程までより緩いが、オレの性器を愛おしそうに舐め上げるクープの顔は、驚くほどに扇情的で、オレの興奮を高めた。
と、唐突にクープがオレの両足を掴んだ。
「おっ、わっ!?」
そのまま両足を天井に向かって持ち上げられ、尻を天井に向かって突き出した姿勢、いわゆるチングリ返しと呼ばれる姿勢を取らされる。
股の間で揺れる自らの性器越しに、クープの惚けた顔が見える。
彼は薄く笑うと、陰嚢の裏と蟻の門渡りとの間を、何度も何度も舌先でなぞる。
くすぐったささえ感じる刺激にうろたえていると、クープがなぞるのをやめてオレを覗き込んできた。
しばらく視線を交わすと、彼はニヤリと笑みを浮かべ、再び蟻の門渡り付近をなぞり始めた。
が、直後、
「――あふっ!?」
肛門に生暖かいものを感じた。
すぐにそれはクープの舌であると分かった。
続けざまに彼の舌が肛門内に侵入してきたことを感じると、オレはビクンと大きく体を震わせた。
当然というか、ドクターに呼ばれた以上、自らの体に降りかかる災難は予期していたので、直腸内の洗浄は済んでいる。
しかし、今のクープは、たとえそれがなされていなくとも、オレの肛門に舌を挿入してきたことだろう。
彼はしつようにオレの直腸内を舌先で苛み、そのたびにオレの体は反射でわなないた。
充分に肛門がほぐれてきたことを確認したクープは、舌を抜き放つ。
「先輩……そろそろ入れたいッス……」
股越しにオレを覗き込んで、クープが言う。
そして、見せ付けるように自らの性器をオレの陰嚢の上に乗せ、擦り付け始めた。
半ばまで皮を被っているそれは、擦り付けられるたびに包皮が剥け、先走りの透明な粘液をオレの陰嚢に滴らせた。
上気した顔で性器を擦りつけるクープ。
拒否したところで、おそらくは聞かないだろう。
「……好きにしろよ」
クープの言葉を受け入れ、オレは自ら、いっそう足を開き、彼を受け止めることにした。
「はいッス……!」
満面の笑みを浮かべて、クープはすぐさまオレの肛門に亀頭をあてがった。
間を置かず、ずぶずぶと彼の性器が肛門に挿入される。
「うっ……く……っ!」
違和感と快感を感じ、呻くオレ。
久々の異物挿入にあたり、もしかしたら痛みを感じているのかもしれないが、ドクターの薬の効果でそれを感じることはない。
「あぁふぁぁ……せんぱ…い……あつい…………ッス……」
根元まで性器を押し込んだクープは、天井を見上げて歓喜の声を上げた。
「動いて、いいぞ……」
オレが告げるやいなや、クープはゆっくりと腰を振り始めた。
「おお、ぉぉぉおお……!」
直腸内が擦り上げられる感覚に、オレも歓喜の声を上げる。
ストロークにして10回前後だろうか。
「先輩ッ! イ、イク……ッ!!」
クープは宣言するや否や、全身を硬直させた。
「え!? は、はやっ……!」
あまりにも早いクープの絶頂に驚きの声を上げるいとまもあらばこそ、
「イクゥゥゥ!!!」
クープは雄叫びを上げ、オレの中に精液を注ぎこんだ。
普通ならばここで終わるはずだが、催淫剤を使用している今は勝手が違う。
射精しつつ、クープは次の絶頂目掛けて腰を振り続けた。
グポングポンと、粘液と空気が肛門と竿の間を抜ける音が響き、そこにオレとクープの嬌声が混じる。
「ああ!! 先輩! 先輩!!」
「うおぉ! や、やば……いぃぃい!!」
直腸内に、クープの竿とは違う異物感と灼熱感を覚える。
再びオレの中で射精したようだ。
それでもクープの動きは止まらない。
そして、オレも『待った』を掛けない。
催淫剤の影響も手伝って、オレ達は快楽のるつぼにハマりきっていた。
腰を打ち付けるというよりも、叩き付けるという方が正しいほどに、クープの動きが早まる。
オレ達の結合部からは、クープが放った多量の精液が行き場を失って溢れ出し、オレの陰嚢の付け根の稜線に沿って流れ落ちてきていた。
その間、オレも自らの竿を扱き続けており、限界が近い。
それが括約筋に影響しているのか、より強い締め付けを得たクープは、狂わんばかりの激しい動きで快楽を貪っていた。
「実に見ごたえのある光景だ……」
横からドクターの独り言が聞こえてきたが、オレもクープも気にしている余裕はなかった。
「せんぱ……! またっ……またイクッ!!!」
「オ、オレももう……!!」
2人共に宣言して数秒後、直腸内に熱を感じると、その熱に当てられたかのように、オレも上りつめた。
肛門から溢れ出したクープの精液は、腹を伝って胸にまで達し、オレ自身の放った精液はそれすらも越えて、顔に直撃した。
さすがに疲れたのか、クープがオレの中から竿を引き抜き、後ろに下がって倒れ込む。
支えを失ったオレの下半身は、そのまま床の上に投げ出され、反動でゴプリと肛門から精液が溢れ出した。
オレ達が射精の余韻と疲労に包まれていると、ドクターがねっとりと声を掛けてくる。
「激しいプレイを見させてもらって、私も非常に満足だよ」
首を巡らせれば、いつの間にやらドクターも果てていたらしく、椅子の前の床には白い濁液が散らばっていた。
「ところで、そろそろ新薬の実験の続きに戻ってもらいたいのだがね」
言われて、ついプレイに夢中になっていたことに気付く。
(そういや、新薬の実験をしてたんだっけ……)
それならば、初めから催淫剤など使わなければいいのに、等とも思いつつ、上体を起こす。
クープはすでに立ち上がっており、すでに鞭を手に持っていた。
(ヤる気満々だな……)
呆れと感心が入り混じった複雑な感情を胸に、オレもその場に立ち上がった。
「それじゃ、いくッスよ、先輩」
「おう」
クープの呼び掛けに答えて、オレを両手を左右に広げて、どこを打たれても構わないように姿勢を取る。
すると、
「ああ、そうだ、クープ君。
今度は狙う箇所をチンポに集中してくれたまえ」
と、ドクターが鞭を振るう場所に注文を付けてきた。
「チンポに、ッスか?」
「そう、チンポに、だ。
先程チンポを打たれた時のレルネー君の反応を見ると、どうも他の部分よりもチンポそのものの方が薬の効果が強く出ているように思えたのでね。
どうかね、レルネー君」
クープの問いに答え、そのままこちらに質問を投げ掛けてくるドクター。
彼の言葉通り、あの一撃は他のどれよりも強烈に感じた。
「ええ、まぁ、たしかにそんな感じはしました。
こう、股間の奥に響いてくるような感じで」
オレの答えに満足したの、ドクターは大きくうなずく。
「と、いうことだ。
亀頭、竿、玉、どこでも構わんよ」
クープに向かって指示し、それを終えると、ドクターは再び自らの性器を弄び始めた。
「じゃあ、先輩」
「ああ」
クープの呼び掛けに答えて、彼が狙いやすいよう、両手を腰に当てて性器を前に突き出す。
当然ながら催淫剤の効果はいまだ切れておらず、竿は鞭の打撃を待ち望んでいるかのように硬く天をつき、ふるふると震えていた。
「いくッスよ〜!」
掛け声と同時に、クープが鞭を振るう。
狙いは正確で、オレの竿の中央部を打ち抜いた。
「――ッ!!」
強烈な衝撃が股間を襲う。
先程のように射精してしまうことはないが、それでも膝が笑う程の快感が全身を走り抜ける。
「次ッス!」
宣言し、クープが再度鞭を振るう。
今度命中したのは亀頭部。
「あっ!!?」
二撃目の衝撃は、竿に直撃した一撃よりも強く、思わず腰を引いてしまう。
「先輩、それじゃ狙えないッス!」
言って、クープが鞭を振るう。
狙ったのは性器ではなく、首筋。
その衝撃も快感に変わるが、先にオレが感じたように、そしてドクターが予想したように、性器を直接打たれる衝撃に比べれば、大幅に快感の強さは劣っていた。
「わ、悪い」
謝り、オレが腰を突き出そうとする間にも、クープは何度も鞭を振るってくる。
それにより発生する快感が行動の妨げになり、オレはなかなか腰を突き出せずにいた。
「先輩! 早く!」
嬉々とした口調で鞭を振るうクープ。
顔を見れば、口調に沿った喜悦の表情を浮かべている。
(やっぱりコイツ……Sっ気あるな……)
前回の薬の効果で感じていたことではあるが、改めてそう思わされる様だ。
もっとも、薬の効果がないせいか、あの時とは比べるべくもなく無邪気ではあるが。
「やれやれ、情けない。
どれ、私が手伝ってやろう」
鑑賞していたドクターが、ため息交じりに立ち上がり、オレの後ろに回った。
そして、オレの腰を両手で押し、クープに向かって突き出す。
「これで狙いやすくなったろう?」
「はいッス!」
ドクターの問いに勢いよく答えたクープは、すぐさまオレの股間目掛けて鞭を振り下ろした。
バチンと、音と同時に衝撃が走る。
衝撃の発生点は、睾丸。
「――――ッ!!!」
オレは言葉にならない悲鳴を上げた。
それと共に、鈴口から勢いよく精液が噴き出す。
(玉が――!)
痛みはまったくなかった。
その代わりに、今までにこれほどの快感を体験したことが何度あっただろうか、と思わされるほどの快感が全身を貫いた。
ドクターの支えがなければ、間違いなくその場に倒れ込んでいただろう、それほどの快感だ。
突然起きた射精に、クープもドクターも声もない。
しばらく、オレの荒い呼吸音だけが室内に響く。
ややあって沈黙を破ったのは、クープの楽しげな声だった。
「すっげ……! マジすっげ!」
次いで、ドクターが、精液を滴らせるオレの性器を見て呟く。
「これはまた、たった1発で果てるとは……さすがに金玉を打たれると衝撃が違うのだな。
まぁ、男が経験する最大級の痛みだからな、金玉強打は。
それが快感に変換されれば、こうもなるかね」
その通りだった。
オレも予想していたが、それを上回る快感だった。
正直、恐ろしくなる程の快感だ。
もしも、だが、この刺激になれてしまったら、おそらく通常の刺激では物足りなく感じてしまうだろう、それほどのものだ。
「……先輩」
クープが静かな声で呼びかけてくる。
息も絶え絶えにそちらを見れば、彼は目を輝かせてオレの股間を見つめていた。
その表情から、彼が次に何をしようとしているのかが察せられる。
「ま――」
「次、いくッスよ……」
オレの言葉を遮り、クープは鞭を振り上げた。
何度、睾丸で鞭を受けたことだろう。
もはや数えることさえできない。
嬉々として鞭を振るうクープを止めるすべは、オレにはなかった。
止めることができるはずのドクターも、そんな素振りは微塵も見せず、今は椅子に戻って自らの性器を慰めることにいそしんでいる。
何度目かの睾丸直撃を受けたあと、ドクターはオレを支えることをやめた。
支えを失ったオレは、床の上に仰向けに横たわらされ、投げ出された両手両足は、ドクターによってタオルで縛られた。
その為、股間を隠すこともできない。
避けることも防ぐこともできず、オレはひたすらにクープの鞭を受け続ける。
睾丸に一打浴びるたびに、オレの全身はわなないた。
まるでそのたびごとに射精しているような強烈な快感だ。
実際、尿道の奥から精液がせり上がってくるような感覚を覚えている。
しかしながら、ドクターが支えるのをやめた辺りから、もうすでに精液は出なくなっていた。
それでも、竿は衰えることなく勃ち続け、射精感は消えることがなかった。
通常ならば味わうことがない感覚だ。
強烈すぎる快感に、睾丸ではなく、脳の方が異常をきたし始めた。
まともな思考ができない。
(ヤ…バイ……こ、あ……あた……ま………こ…わ……れ…………)
意識が白み始めた。
射精感を伴った、眠る寸前のような感覚。
いったい、この世の何人が、これほどの快感を味わったことがあるだろうか。
「クー……プ………やめ……や、やめ、て、くれ……!
オレ……こ、こわれ……こわ、れちま……う……!!」
まなじりに涙すら浮かべ、かろうじて懇願の言葉を紡ぎだす。
しかし、クープの手は止まらない。
「大丈夫ッス、先輩。
金玉潰れる程強く打ってないッス。
むしろ最初の頃より軽く打ってるッスよ!」
「ち、ちが……っ!!」
オレの言葉の意味をはき違えたクープは、笑みを浮かべつつ手を動かし続けた。
「でも……そッスね。
そろそろ一区切りにしましょうか。
先輩……覚悟してくださいよ」
「な……なに………を……?」
クープの言葉に不吉なものを感じ、オレはかすんだ目でクープを見た。
そこには、大きく鞭を振り上げたクープが、満面の笑みを浮かべて立っていた。
「そりゃ!!!」
「!!!」
激烈な衝撃が股間を中心に全身を駆け巡った。
その衝撃は瞬時に快感となり、オレの脳を直撃。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
大絶叫が頭蓋の中で反響し、次の瞬間、オレの意識は白く染まった。
「――い! ――んぱい! ――先輩!!!」
耳に轟く音と、頬に受ける衝撃、オレは目を覚ました。
ぼんやりとした視界に、クープの顔が映り込む。
その表情は不安げだったが、すぐさま輝きを帯び始めた。
「良かった〜! 目、覚めたッスね!」
「クー……プ……?」
クープの名を呼ぶも、直後、全身を凄まじい倦怠感が襲ってきた。
いや、おそらく襲ってきたのではなく、元々あった倦怠感に気付いたと言うべきだろう。
腕を動かすことにすら疲労感を覚える。
そして、さらに股間に鈍い痛みを感じた。
体を見下ろしてそこを見るも、院内着のような白い衣服に邪魔されていて見ることができない。
(あれ……なんでこんな服……?)
痛みに顔をゆがめると、少し離れた所から声が聞こえた。
「どうかね、体の具合は」
首を巡らして声の出所を探ると、そこには椅子にふんぞり返っているドクターがいた。
「え、あぁ……っと……」
(何でドクターが?)
どうにも頭がスッキリしない。
なぜクープとドクターがここにいるのか。
そもそもここはどこなのか。
半ば朦朧としたまま、周囲を探る。
ドクターの目の前には、小奇麗に片付けられたデスク、オレの横たわる白いベッド、衝立のように仕切りになる白いカーテン、嗅ぎ慣れない薬品の匂い。
オレの部屋ではないが、見覚えはある。
ドクターの診療室だ。
次いで記憶を探る。
「先輩! ちょっと、大丈夫……ッスか?」
怪訝そうに眉根を寄せるクープの声をバックに、記憶を洗い出す。
(あぁっと……ドクターの診療室にいるってことは、また何かの薬の実験に付き合わされたわけで。
クープもいるってことは、同じく付き合わされたわけで。
薬…………実験…………クープ……………………あぁ)
霞掛かった頭に閃くものがあり、オレはすべてを思い出した。
「……オレ、気ぃ失ったのか」
「そうッス。
オレ、ビックリしたッスよ。
先輩、すっげぇ悲鳴あげて白目剥いちゃったんスから。
マジで焦りましたよ」
「たしかに、実に凄まじい最後だったな。
アレ程のイきっぷりを拝める人間が、世の中に何人いることやら」
「ドクター! ちょっと冗談キツいッス!
オレ、マジに心配したんスから!」
「とは言いつつ、彼をそんな目に遭わせた張本人は誰かな?」
「うっ……ッス」
「ドクターも責任ありでしょう」
言葉に詰まったクープに、オレは助け舟を出した。
「そもそも、ドクターがああいうくだらない薬を作らなければ、オレもクープもこんな目に遭わずにすんだんですから」
「しかし、そのくだらない薬のおかげで、君達の懐は潤ったのではないかね?」
「…………」
(ああ、こりゃ何言っても無駄だな)
ああいえばこういう状態になることは明白なので、オレは何も答えず、ドクターを睨み付けるだけにとどめておくことにした。
「ふむ。 しかし軽口が叩けるならば結構。
取り立てて異常はないようだね。
まぁ、少々股間周りが腫れているようだったが、しっかりと冷やしているし、抗菌薬も打っておいたから大丈夫だろう」
言われてみれば、股間周りが冷たい。
それに、あれだけ精液塗れだった顔などの毛皮も綺麗になっていた。
不思議に思って顔の毛皮を撫でつけていると、クープが得心したように言う。
「ああ、先輩が気を失ってる間に綺麗にさせてもらいました。
ドクターと2人で、奥のシャワー室で」
「洗っている間、クープ君はレルネー君の毛皮にチンポを擦り付けていたがね」
「ちょっ!? ち、違うッスよ!
アレはたまたま当たっちゃっただけッス!
だって、まだ薬の効果が切れてなかったから、勃起しっぱなしでしたし……」
「その割には、すっかり綺麗になったレルネー君の毛皮をまた汚してしまっていたではないか」
「そ、それはっ……!
その、ほら、オレ、早漏だから、つい……」
ドクターのなじりに、消え入りそうな声で反論するクープ。
(……まぁ、気ぃ失ってたからいいか、別に。
悪気があってやってことじゃないだろうしな)
2人のやり取りを眺めつつ、そんなことを思い、オレは大きくため息をついた。
それを怒っていると勘違いしたのか、クープが慌てふためく。
「す、すいません先輩!
オレ、マジにそんなつもりじゃ――」
「いいよ、気にすんなよ。
薬のせいでそうなったって、分かってるからさ」
クープの言葉を遮って理解の言葉を賭け、彼の頬を軽く張ってやる。
すると、クープは一瞬の間を置いて、安堵した表情を浮かべ、大きく息を吐き出した。
そんなオレ達の様子をうかがっていたドクターが、カルテ片手に椅子を滑らせてこちらに向かってくる。
「さて、それではさっそく薬の効果のほどを聞かせてもらうとしようか。
記憶は新鮮なうちの方がいいからね」
「……ちょっとは休ませてやろうって気はないんですか?」
「私の医学と性欲に対する欲求はすべてに優先するのだよ。
それとも何か?
君は私が、『疲れているだろうから、バイト料をもらって、滋養たっぷりの食事を取って、ゆっくりと寝て、しっかりと遊んで、それから暇な時にでも薬の効果を報告に来てくれたまえ』、とでもいうと思ったのかね?
私がそんな聖人君子にでも見えるのかね?」
「…………いえ、まったく」
「よろしい。 では早速――」
こうして、疲れた体を休めることもままならず、オレはドクターの質問攻めを受けることと相成った。
「じゃあ先輩」
「おう、お疲れさん」
ドクターの質問攻めをクリアしたあと、結局オレは疲労から満足に動くことができず、非常に不本意ながらもドクターの診療所に泊まることとなった。
幸いというべきか、食事はしっかりとした物を出してくれたし、ドクターが嫌がらせ、もといちょっかいを出してくることもなかった。
クープも気を利かせてくれたのか、一緒に泊まってくれたのはありがたかった。
正直なところ、ドクターと2人きりで夜を過ごすのは、御免こうむりたい。
何せ、一番最初のバイトの時に、それは嫌と言うほど味わっているからだ。
「……ホントに1人で大丈夫ッスか?」
気遣わしげにオレの顔を覗き込んで尋ねてくるクープ。
「ああ、大丈夫。
もうすっかり体力戻ってるし。
まぁ、少しまだ腫れてるっぽいけどな」
冗談めかして、オレは自らの股間に手を置く。
それを見て、彼は申し訳なさそうに頭の後ろを掻いた。
「あ〜……すいませんッス。
あの時は、オレも見境がなくなっちゃって……」
「いいって、気にすんなよ。
ドクターの実験に付き合えば、いつもあんなもんさ」
「ホント、すいませんッス」
「気にすんなって!」
なおも謝る彼の頭を掴み、乱雑に撫で回してやる。
「ちょっ! 先輩、やめてくださいよ!
頭の毛がグシャグシャになる!」
嫌がる言葉ながらも、まんざらでもなさそうに笑い含みの語調で言うクープ。
オレは彼の頭から手を離すと、そのまま片手をあげ、
「そんじゃあな!」
と、告げて、彼と別れた。
「お疲れ様でしたッス!」
背に、クープからの言葉を受け、オレは家路につく。
少し進んだところでふと振り返ると、彼はまるで子供のように、両腕を振って別れを告げていた。