夜、風呂上りに部屋に戻ると、テーブルの上に置いておいた携帯が鳴り始めた。

それを手に取って表示された名前を見た瞬間、体が一瞬硬直したのが自分でも分かった。

一息置いて、通話ボタンを押すと、携帯を耳に当てる。

『こんばんは、レルネー君』

聞こえてきたのは、妙に沈んだ、耳馴染んだ男の声だった。

「こんばんは、ドクター。

 ……何だか元気ないですね」

初めて聞くドクターの沈んだ声に、社交辞令的に聞き返すオレ。

すると、ドクターは聞こえよがしに電話の向こうでため息をついた。

『……このあいだ、君に新薬の実験に付き合ってもらったろう?』

「ええ」

言われて、脳裏にその時の様子が甦る。

前回の実験。

それは精液の味を変えるという、一般人が聞けば頭を傾げるような意味不明の実験だった。

ドクター的には自信満々の様子だったようだが、

『はぁ〜……』

再びの深いため息を聞く限り、どうやら周囲の反応は芳しくなかったようである。

「ダメ、だったんですか?」

『……まぁ、私とて万能ではないのでね。

 たまには失敗することもあるさ……』

オレの問い掛けに、ドクターは沈んだ声で答えた。

てっきり、『私の感性を理解できない無能共のせいで売れなかった』というような、唯我独尊な反応でも返ってくるかと思っていたのだが、意外にもずいぶんと殊勝な答えが返ってきた。

予想とは違う反応に少々面食らい、少しばかりの同情の念が頭を持ち上げ始めてくる。

一息入れて、ドクターは気を取り直したかのような声で話を再開した。

『まぁ、そのことはいい。

 天才というものは、得てして周囲から理解されないものだからな。

 私の最先端の感性が理解できない凡夫共の言行にいちいち気を揉んでいたら天才は務まらんよ』

「…………」

前言撤回せざるを得ないドクターの言葉に、オレは沈黙をもって応えた。

少しで同情の念を抱いた自分が馬鹿らしい。

『それはそれとして、だ。

 レルネー君、君――』

「オレ、これから夜勤ですよ。

 色々支度しないといけないんで、バイトの話なら、また今度で」

ドクターの言葉の先を読み、先手を打ってオレは告げた。

すると、ドクターはねっとりとした声で、

『前回あれだけの報酬を受け取っておきながら、そのことを気にも留めずに、私の話をむげに断ろうと言うのかね?

 何という非情な男なんだろうね、君は』

「…………」

たしかに、前回の実験で、オレは多額どころか法外なバイト料をドクターから受け取ってはいるが。

(それはこっちが要求したわけじゃなくて、そっちが提示してきただけでしょう)

と、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

『金を受け取るだけ受け取ったら、あとは用はないというわけか。

 義理人情という言葉の欠片もないな、近頃の若者は。

 私が若い時には――』

「手短にお願いしますよ」

放っておけばいつまでも続きそうなドクターの愚痴を遮り、オレは先の話の続きを要求した。

フフン、と、ドクターの鼻を鳴らす音が受話口から聞こえてくる。

電話の向こうで、してやったりという笑みを浮かべているドクターの姿が目に浮かぶ。

『まぁ、長い話じゃない。

 それに今回は君にバイトを依頼しようというわけじゃないんだ』

「え? 違うんですか?」

思いもよらない言葉に、オレは聞き返す。

『うん。 いや、バイトといえばバイトになるのだろうが、君の体を使ってどうこうというわけではない。

 君は早漏ではないからな』

「は? それはどういう――」

『というわけで、だ』

聞き掛けたオレの言葉を、ドクターが少し声を大きくして遮る。

『君、誰か早漏の子を知らないかね?』

「……え、え〜と……」

突然言われ、オレは反応に困った。

(ソウロウって、やっぱ早漏のことだよな?

 ……ってことは、今度のバイトは早漏改善薬、とか?)

脳内で予想を立て、試しに聞いてみることにする。

「ひょっとして、今度のバイトって、早漏の改善薬とか、ですか?」

尋ねてみると、受話口から『おお!』と驚きの声が聞こえてきた。

『素晴らしい! あれだけの私の言葉からその答えを導き出すとは!

 もしかしたら、連日の道路工事のバイトで脳まで筋肉になってしまっているかもと心配してはいたのだが……いや、良かった良かった、脳細胞は無事のようだな」

「……それ、凄い馬鹿にしてません?」

『賛辞くらい素直に受け取りたまえよ』

「受け取れません。

 で、ってことは、やっぱり早漏改善薬なんですね?」

間違いなくからかわれていることは分かっているので、いくら文句を言っても無駄だと判断し、オレは話の先をうながす。

『そういうことだ。

 つまり、今回は君にこの実験を引き受けてくれる人物の仲介をお願いしたい。

 私も知り合いは多いが、皆、年の割には中々の性豪でね。

 何より、知人で新薬の実験などするのは気が引ける」

(他人ならどうなってもいいのか)

ドクターの言葉が途切れたところで、その言動に頭の中で突っ込みつつも、そういえばそういう人だったなというあきらめも立ち、黙って話を聞くことにする。

「というわけで、君の知人に早漏の人物がいたら、是非とも協力をお願いしてほしい。

 早漏であれば歳はいくつでも構わんよ。

 もちろん、君にも仲介手数料は支払おう。

 早漏君へのバイト額は――」

 

 

『先輩、マジッスか!?』

「うん、マジ」

受話口から聞こえる高い声に、オレは相手から見えないと知りつつもうなずいて答えた。

先日のドクターからの電話を受け、オレは夜勤明けのだるい体と眠い脳に鞭を打ち、ドクターの望む人材の心当たりを探っていた。

しかし、よくよく考えてみれば、知人友人の下の事情など詳しく知っているはずもない。

外見であれば見知ってはいる者は多いが、内実などは知らない者がほとんどだ。

引き受けたことを若干後悔しつつも、携帯の電話帳と睨み合うことしばし。

ふと、現れた名前に、オレはハッとした。

その名前の持ち主は、オレの大学時代の1つ下の後輩だった。

以前、どこかで、その後輩の下の事情を聞かされた覚えがあることを思い出した。

その時は適当に聞き流していたのだが、今の状況ではまさに僥倖だった。

オレは即座にその後輩に連絡を取り、そして今。

『マジに100万ももらえるんスか?』

「うん、マジに100万。

 オレ、前回200万もらってるから」

『うぉぉぉぉ! マジうめぇ!!』

電話向こうの後輩の高揚する様がうかがえる、テンションの高い叫びが聞こえてきた。

話だけをはた目から聞けば、丸きり詐欺のようなやり取りではあるのだが、事実であるのが困りものだ。

ちなみに、後輩にはバイト内容をきちんと説明してある。

いつぞやのオレの時のように、何も知らされていないわけではない。

しかし、それを知ってなお、後輩は来る気が満々のようで、

『行く! ぜっっったい行くッスよ!!!』

と、勢い込んで返答してきた。

「……うん、じゃあ、向こうにそう伝えとくよ。

 日時は――」

後輩とは逆に、終始落ち着いて受け答えするオレ。

奇妙な温度差に戸惑うが、もともと後輩は元気な奴なので、こんなものだろうと納得し、オレは説明を続けた。

 

 

「……ここッスか?」

ドクターの病院――のようなもの――の入った建物を前にして、横に並んだ後輩が、若干不安そうな声でオレに尋ねてきた。

その気持ちは、オレにもよく分かった。

今にも崩れそうな建物に、錆の浮いたスチールドア。

どう見ても病院とは名ばかりの廃墟だ。

「マジにここッスか?

 先輩、場所間違えてません?」

オレよりも頭一つ分程背の低い後輩は、オレを見上げて重ねて尋ねてきた。

そう思うのも無理もないが、

「いや、間違ってない、ここだよ」

と、オレは錆びたスチールドアに手を掛け、開けた。

ギィィと耳に残る不快音を上げながら開いたドアの向こうは、相変わらず薄暗く、薬品臭かった。

オレが先んじて室内に入ると、後輩も意を決したようにあとに続いて入ってきた。

「オ、オレ、こういうの、ダ、ダメなんスよ……

 ゆ、幽霊とか、に、苦手――」

後輩の言葉を遮り、スチールドアがバタンと大きな音を立てて閉まった。

「ヒッ!?」

短い悲鳴を上げて後輩がオレの腕にしがみ付く。

「大丈夫だって。

 中にいるのは、普通の人間……普通…………普通じゃないけど、人間だから」

「何スかそれぇぇぇ!?」

事実そのままを告げたつもりだったのだが、後輩にはそれが霊的な何かに聞こえてしまったらしく、甲高い悲鳴を上げて、よりきつくオレの腕にしがみ付いてしまった。

「いや、ホント、大丈夫だって。

 ただの変人なだけで、それ以外は普通の――」

「誰が変人かね?」

突如、前方から聞こえてきた声に前を向けば、そこには薄闇にぼんやりと浮かんだ白衣の蜥蜴人の姿があった。

「出たぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

白くぼんやりした姿を幽霊と勘違いしたのか、後輩が盛大な悲鳴を上げながら逃げようとする。

オレは慌てて腕を掴み、引き戻す。

体格は一回り程オレの方が大きいので、引き戻すのにさほどの苦労はなかった。

「大丈夫だって!

 あれがドクター!」

「あああぁぁぁぁ……あ?」

オレの腕の中で暴れまわっていた後輩がおとなしくなり、ドクターの方を見る。

ドクターは眼鏡を押し上げながら、値踏みするように後輩を凝視し、

「……これまた騒がしいのを連れてきたね、レルネー君」

と、オレに視線を移して言ってきた。

非難するような口調ではなかったが、オレは社交辞令的に謝る。

「すいません、こいつ、大学時代の後輩です。

 こういう雰囲気というか、まぁ、臆病なもので」

「ふむ。 つまり、私が幽霊にでも見えたと?」

「ええっと、まぁ、たぶんそんな感じに」

普通に考えて、薄暗闇に突然白い輪郭がぼうっと現れたら誰でも驚くとは思うが、さすがに『いきなり出てこないでください』とは言えない。

「ずいぶんと失敬な話だな。

 私はれっきとした生きた人間だよ」

「あ〜、まぁ、それもありますけど、建物の雰囲気というか、そういうのも含めてってことで」

「この趣きのある風情が分からんとは……凡夫というのは実に嘆かわしいね」

オレの言葉に、ドクターは大仰に肩をすくめて首を振る。

「まぁいい。 いちいち目くじらを立てていても始まらん。

 とりあえず、その後輩君は元気がいいようだ。

 騒がしいのは元気な証拠でもあるしな。

 では、ついてきたまえ」

それだけ言うと、ドクターは踵を返し、入口とは対面にあるドアの向こうへと消えていった。

室内に残されたオレと後輩は、少しの間言葉を失くし、その場にたたずむ。

「……あの人がドクターッスか?」

落ち着きを取り戻したのか、後輩がオレを見上げて尋ねてくる。

「そう、ドクター。

 言った通り、変人だろ?」

「はぁ、まぁ……そうッスね」

否定する要素が見当たらないのか、後輩はあいまいな答えを返してくる。

「とりあえず行こう。

 早くしないと何言われるか分かったもんじゃないから」

そう言って、オレは後輩を促して、ドクターのあとを追った。

 

「名前はクープ。 歳は23。 狼人。

 間違いないね?」

「は、はい」

診察室。

机の上のカルテを見ながらドクターが確認すると、向かいの椅子に腰掛けた後輩クープはオドオドしながら答えた。

どうやら、最初の印象がアレだったのか、クープはドクターに苦手意識を持ってしまったようだ。

その気持ちは非常によく分かる。

ドクターとクープのやり取りが続く。

「今回、君には私の作った新薬の実験に付き合ってもらうわけだが……内容はレルネー君から聞いているかね?」

「はい、聞いてるッス。

 ええっと、早漏の改善薬でしたよね?」

「その通りだ。

 新薬は塗り薬でね。

 亀頭部に直接塗布するタイプになっている。

 ……っと、クープ君、君は真性包茎ではないね?」

「はぁ。 仮性ッス、恥ずかしながら」

「露茎でも仮性でもどっちでも構わんよ。

 要は亀頭が露出すればそれでいい。

 で、君はいったいどれくらい早漏なのかね?」

「……女の子には早すぎってよく言われるッス。

 だいたい弄られて1分とか……2分……とか」

「ふむ、立派な早漏だ。

 それでは女性も満足すまいよ」

「…………ッス」

「まぁ、しかしそれもこれまでだ。

 この新薬を塗れば、君も惨めな思いをせずに済むだろう」

「ホ、ホントに効くんスか?」

「それをこれから試そうというんじゃないかね」

「……そうッスね」

「さて、これでだいたいのことは分かってもらえたと思う。

 それで、報酬のことだが、この実験が終わった暁には、実験の成否を問わず、君には報酬として100万を渡そうと思う」

「マ、マジッスか?

 マジに100万?」

「無論だ。

 私は人を騙すことはあっても、嘘はつかん」

「それって嘘付いてるってことなんじゃ?」

ドクターの言葉に、クープの後ろに控えていたオレが思わず口を挟むと、ドクターは眉根を寄せ、

「君は口を挟まないでくれたまえ」

と、一喝、オレは小さく肩をすくめた。

「マヂに100万を――」

言いながら、ドクターは机の引き出しを開け、100万の札束を取り出して見せる。

「――君に払おう」

「うおおおおおおお!!」

クープの視線がドクターの手にした100万の札束に集中し、クープは声を上げてうやうやしくそれに手を伸ばした。

クープの手が札束に届くか届かないかのところで、ドクターは札束を引き出しに戻す。

「あぁ……」

残念そうな声を上げたクープの手が、宙を掴んだ。

「早漏なのは気持ちもかね?

 報酬は実験が終わってからだ」

「……はいッス」

「よろしい。

 では、さっそく実験を始めよう」

ドクターの言葉が途切れたのを見計らって、オレが横から声を掛ける。

「じゃあ、クープ、頑張れよ。

 オレはこれで失礼しますよ、ドクター」

クープを励まし、ドクターに別れを告げ、オレは踵を返す。

と、そこへ。

「何を言っているのかね?

 レルネー君、君も残るんだよ」

「……はい?」

ドクターの言葉に、ドアノブに手を掛けたまま、振り向いて疑問の声を上げるオレ。

「君も残りたまえ、当然だ」

「いやいや、今回はオレ関係ないでしょう?」

抗議の声を上げるオレに、ドクターは大仰にため息をついて見せる。

「何という人でなしだろうね、君は。

 いいかね? クープ君は君の紹介でここへ来たんだよ?

 最後まで付き添ってやるのが人情というものではないのかね?」

「いや、まぁ、そりゃそうかもしれないですけど……こいつだって子供じゃないんだし、第一オレだって、前に1人でここまで来て、1人で実験に付き合ったわけじゃないですか」

「君は私の求人を見て、君自身の紹介で来たわけだから、クープ君の時とはわけが違うだろう」

「ええっと……いや、でもですね……」

「それに、クープ君は私のことが苦手なようだ。

 そんな彼を私と『2人きり』にしていいのかね?」

妙に『2人きり』の部分を強調してドクターは言い、意味ありげに口角を吊り上げた。

クープを見れば、不安そうな表情を浮かべてオレを見上げていた。

そんなクープと、不吉な笑みを浮かべているドクターとを見比べ、オレは、

「…………ああ! はいはい、分かりましたよ分かりました!

 残ればいいんでしょ、残れば!

 けど、そのかわり仲介料上乗せしてくださいね!」

語気を荒げて投げやりに言い放ち、元の位置へと戻った。

「先輩、すいませんッス……」

謝るクープに、オレは鼻で息をつき、

「……いいよ、相手がドクターじゃ仕方ない」

と、諦め口調で答えた。

沈むオレとクープとは対照的に、ドクターは上機嫌な様子だ。

「大変よろしい。

 さあ、それではさっそく実験を始めようではないかね。

 クープ君、まずは服をすべて脱ぎたまえ」

「分かったッス」

答え、椅子から立ち上がり、服を脱ぎ始めるクープ。

まず、上半身の衣服を脱ぎ、脇の籠に入れた。

細身だが、華奢ではないクープの、灰色の被毛で覆われた上半身があらわになる。

背中の硬そうな被毛が、室内の蛍光灯の明かりを受けて、艶やかな光沢を帯びている。

オレの位置からは背中しか見えず、胸や腹の被毛は確認できないが、たしか昔見た記憶によれば、上半身前面の被毛は白く、背中のそれとは反対に、柔らかそう質感だったはずだ。

何とはなしに、オレは場所を移動し、何気なく確認すると、記憶通りの被毛がそこにはあった。

続いて、クープはズボンを下ろした。

あらわになったクープの下半身は、大腿部の内側と背面を中心に白く軟質の被毛が覆い、そこから外側と前面にいくにしたがって灰色の硬質の被毛が覆っていた。

(そういえばこんなだったっけ)

などと記憶を辿りながら、しげしげとクープの体を見つめるオレ。

オレの視線に気付かずに、クープは靴下も脱ぎ、下着に手を掛け、下ろした。

ボロリと、こぼれるクープの陰茎。

同時に、ふっくらとした陰嚢も、重力に従って垂れ下がる。

クープが自分で告げた通り、亀頭は半分程包皮が被っていた。

「……先輩」

「え?」

突然クープから声を掛けられ、オレが顔を上げると、クープは困ったような表情でオレを見て、

「あんま、ジッと見られると、さすがに恥ずかしいッスよ」

と、苦笑いを浮かべた。

「ああ、ゴメンゴメン」

知らず内にクープの性器を凝視していたようで、オレは謝りながらクープの後ろに戻った。

そんなオレとクープのやり取りを、ドクターはニタついて見守っている。

(……何か嫌な予感)

ドクターの表情に不吉の影を感じ取り、オレは身構える。

そして、やはりというべきか、ドクターはオレの不吉な予感を覚えたことを感じ取ったかのようにろくでもないことを言い出した。

「さて、これから新薬を塗布するのだが……その前に消毒をせねばならんな。

 レルネー君、君、ちょっとこの消毒液でクープ君のチンポをきれいに拭いてあげたまえ」

「ええ!?」

クープが驚きの声をあげ、一方でオレは、

(やっぱり……)

と、内心でため息をついた。

「一応聞いておくと、断ったらどうなります?」

無駄だろうとは思いながらも、万が一ということもあるので、オレはドクターに尋ねる。

「君と彼の報酬が減るだけだよ」

万が一など起ころうはずもなく、ドクターの返答はシンプルだった。

「そう驚くようなことでも嫌がるようなことでもなかろう?

 手術前に患者の患部やその他の部位の剃毛、消毒などを他者が行うのは当然のことなのだから」

(手術じゃないけど)

ドクターの言葉に心の中で突っ込みつつ、オレは仕方なく、ドクターが差し出した消毒液の入ったボトルと脱脂綿を受け取って、クープの前に立った。

「マ、マジッスか、先輩!?」

慌てふためいてクープが声を裏返らせる。

無理もない。

が、仕方もない。

指示に従わなければ、ドクターは、オレの報酬はもちろん、クープの報酬まで本気で下げるだろうから。

オレは脱脂綿に消毒液を染み込ませ、クープの前にしゃがみ込む。

「せ、先輩……」

どうしていいのか分からないという様子で、クープがオレを呼ぶ。

「……やるぞ」

そう告げて、オレはクープの陰茎を手に取った。

「ッ!」

クープの体と陰茎がピクリと揺れた。

掌にクープの陰茎の温度を感じながら、亀頭に被った包皮を剥き上げる。

あらわになった亀頭に脱脂綿をあてがい、優しく拭ってやると、頭上からクープの呻きとも喘ぎともつかない声が降ってきた。

亀頭上部はもちろん、側面と裏筋、さらには雁首をグルリと一周し、剥き上がった包皮の部分も丁寧に拭う。

そうしているうちに、やはりというか当然というか、クープの陰茎に芯が入り始めた。

徐々に上向き、太く、長く、硬くなっていくクープの陰茎。

すっかりきれいに消毒が終わる頃には、クープの陰茎はこれ以上ないほどの勃起を完了していた。

盗み見るようにクープを見上げれば、クープは恥ずかしそうに目を逸らした。

クープはオレに性器を見られるのは初めてではないし、それに関することを会話のタネにしたこともある。

下ネタはどちらかといえば好きな方だ。

とはいえ、さすがに勃起状態、さらにはその過程を見られるのは恥ずかしいのだろう。

ましてや、その状態に導いたのがオレであるということであればなおさらだ。

「ドクター、拭き終わりましたけど…………って、まさかひょっとして、薬までオレに塗れとか言いませんよね?」

「理解が早いのは助かる。

 ついでに仕事も早いと助かるのだがね」

オレの遠回しの拒否をものともせずに、ドクターは笑顔で手を差し出した。

その手には、蓋の開けられたプラスチックボトルに入れられた、件の薬が握られていた。

「…………」

オレはもはや何も言わず、ドクターからボトルを受け取り、眺めてみた。

薬はほとんど透明な半液状で、見た目はローションを思わせる物だった。

実際、ボトルから掌の上に出すと、触り心地もヌルッとしておりローションそのものだ。

臭いはほぼないと言ってもいい程だが、気にすれば分かる程度の薬品臭さはある。

「じゃあ、塗るぞ?」

「は、はいッス……」

オレの宣告に、クープは緊張気味に答えて体を強張らせた。

体の硬直に際して、勃起状態の陰茎がブルンと揺れる。

よくよく見れば、先端の鈴口には、先走りがプックリと玉を作っているのが確認できた。

(……拭いた方がいいのか……まぁ、いいか)

そんなことを思いながら、オレは掌のローション状の薬をクープの亀頭に塗り付け始めた。

「ひゃんッ……」

亀頭にオレの手が触れた途端に、クープは間の抜けた声を上げる。

構わず、オレはローションを塗りたくるようにして薬を塗り付ける。

最中、

「亀頭はもちろんだが、竿も、それから玉も塗ってくれたまえ」

というドクターの指示もあり、オレは薬を足しながら、クープの性器全体に薬を塗り広げていった。

(まるでソープ嬢にでもなったみたいだ)

などと思いつつ、クープの性器にまんべんなく薬を塗っていると、突然クープの足がガクガクと震え始めた。

そして、

「せ、先輩……ダ、ダメッス!!!」

と、告げるや否や、クープの亀頭部が突如膨張し、唐突な射精が始まった。

「どわっ!?」

いきなり目の前で始まった射精に、オレは思わず目をつむり、顔を背けてその場に尻餅を突いてしまった。

鼻先を中心に、顔中に感じるクープの精液の熱、そして匂い。

溜まっていたのか、オレが尻餅を突いてからもクープの射精は収まらず、熱い精液が次々にオレの頭上から降り注いだ。

しばらくしてそれを感じなくなり、目を開けて見上げると、クープは泣きそうな顔でオレを見下ろしながら、

「す、すいませんッス! オレ、そんなつもりじゃ……オレ……!」

と、土下座をせんばかりの勢いで謝ってきた。

その様子を見て、オレは半ば呆然としたまま、

「ああ、うん……まぁ、仕方ないよ……」

そう言いながら、目の付近に付着したクープの精液を手で拭った。

正直なところ、突然の顔射には、怒るよりも驚きの方が先立っていた。

当然ながらオレは、クープを射精させるつもりで手を動かしていたわけではなく、単純に薬を塗るという程度の動きしかしていなかったのだが、まさかそれだけで射精に至ってしまうとは思ってもいなかった。

どうやら、クープはオレが思っていた以上に耐久力がないらしかった。

それにはドクターも同意見だったようで、

「……いやはや、想像以上に早漏だな。

 薬が効く前に射精してしまうとは予想外だ」

と、呆れとも感嘆ともつかないため息を漏らした。

感想の当事者たるクープは、肩を落としてうなだれている。

射精を終えた陰茎も同様に、鈴口から精液の雫を垂らしてうなだれていた。

「まあいい。

 これだけ早漏なら薬の効き目が確認しやすい。

 一発出してしまったが、まだいけそうかね?」

「……もう少しすれば、たぶん」

ドクターの問い掛けに、沈んだ調子でクープが答えた。

「では、時間を置いてから再度調べるとしよう。

 というか、レルネー君、君、顔拭きたまえ。

 結構すごいことになってるぞ」

言うと、ドクターは机の引き出しから手鏡を取出し、オレに向けた。

「うわ、ホントだ」

ドクターの言う通り、たしかにオレの顔、というより上半身はかなりの惨状を呈していた。

「ほら、拭きたまえ」

ドクターは机横のタオル掛けからタオルを手に取り、手渡してくる。

「ありがとうございます」

礼を言ってタオルを受け取り、オレは顔に付着したクープの精液を丁寧に拭き取り始めた。

「……しかし、あれだね。

 服も凄いことになっているから、拭くよりも洗った方がいいんじゃないか?

 奥に洗濯機があるから、タオルと一緒に入れてきたまえ。

 乾燥機もあるから帰るまでには乾くだろう。

 服の代えくらいは貸してやるぞ。

 というか、毛皮も精液臭くなるから、ついでにシャワーでも浴びてきたまえよ」

ドクターが部屋の奥にあるドアを指さして言う。

たしかに、服に付いた精液は拭き取ってもシミができるし、拭ったとはいえ精液の付いた毛皮は時間が経てば臭うだろう。

「……じゃあ、お言葉に甘えて。

 …………覗いたりしないでくださいよ?」

ドクターの好意に甘えつつ、ドクターの悪意の暴走を事前に制し、オレは奥のドアへと向かった。

「今更覗いたところで減る物でもないだろうに」

背後からドクターの呟きが聞こえてきたが、オレは聞こえないふりをした。

 

 

ドクターの言葉に甘え、診察室の奥にある脱衣場で服を脱いで洗濯機に入れ、さらに奥のシャワー室でシャワーを浴びることしばし。

シャワーの熱を全身に感じながら、オレは奇妙な違和感を覚えていた。

(これ……この感覚……)

記憶の糸を辿り、オレは自分の体を襲う違和感が何であるのかを思い出していた。

過去に何度か経験のある感覚。

視線を下に落とせば、そこには屹立した性器があった。

(間違いない……ドクターの催淫剤だ)

自分の意思とは無関係に勃起した性器を見ながら、オレはその答えに辿り着いた。

(でも、何で、いつ……?)

酒に酔ったような、ふんわりとぼやけた頭で考える。

そうしているうちにも、下半身の疼きは激しくなり、亀頭の先端からはシャワーの湯とは別の粘り気のある雫が糸を引いて零れ落ち始めていた。

(……! あの時――)

ふと頭を少しばかり前の記憶がよぎる。

クープの出した精液を拭う時にドクターから手渡されたタオル。

もしもそのタオルに催淫剤が染み込ませてあったとしたら。

(あり得る、ドクターなら。

 ってことは、クープがオレに顔射したのもドクターの仕業か?

 ……でもドクターも予想外って顔してたし、それはさすがに…………いや、予想外だったのは早さだけで、結局オレにクープをイかさせて顔射させるつもりならそれでも…………)

頭の中をドクターの陰謀論がグルグルと回るが、火照る一方の体がその思考の邪魔をする。

下半身の疼きは耐え難いところまで来ており、性器は頻繁にヒクついていた。

(……あ〜、ダメだ、考えがまとまらない!

 っていうか、この薬、効果強くなってないか!?)

以前に経験した時にはこれほどの効果はなかったと思うのだが、それもぼやけた今の思考力ではおぼろげで正確には思い出せなかった。

「……ッ……ッ」

鼻息を荒くしながら、オレはソロソロと手を性器に伸ばす。

「んっ!」

掌で竿を握り込んだ途端、オレは強い充足感と快感を覚え、低く呻いていた。

溢れ出した先走りは、シャワーの湯と共に竿を伝っており、天然のローションとなって掌と竿の摩擦係数を下げている。

そのままゆっくりと竿を握り込んだ手を上下させると、下半身の疼きは快感へと早変わりした。

「んぁ……は…ぁぁ……」

自然と吐息が漏れ出し、手のストロークが早くなる。

幅1m、長さ2mに達するかどうかといった程度の広さしかないシャワー室に、シャワーの音とオレの吐息が混ざり合って響く。

それ以外に聞こえるのは、クチャクチャといった卑猥な粘着質な音がわずかばかり。

オレは完全に1人の世界に没頭し、快楽をむさぼっていた。

大口を開け、そそり立つ自らの性器を凝視し、それを刺激する。

指の腹で亀頭を撫で回し、鈴口から溢れる先走りを掬い取っては塗り付ける。

時に強く竿を握り込み、時に柔らかく玉を揉みしだき、時に身を仰け反らせて、降り注ぐシャワーを性器全体で浴びた。

そうして無心に快楽をむさぼっていたからだろう。

シャワー室の外に出現した気配にまるで気付かなかったのは。

突然、背後でシャワー室のドアが開いた。

「!?」

飛び上がらんばかりに驚いたオレが後ろを振り返ると、そこには、

「先輩……」

クープが、一糸纏わぬ姿のまま立っていた。

「クープ……なん――」

オレは言い掛けて言葉を切った。

クープの様子がおかしい。

どこか惚けた様子でオレを見つめ、息も荒い。

そして、存在を主張するように張り詰めた性器。

(まさか……)

嫌な予感が即座に頭に浮かび、それはすぐさま的中していたことが分かった。

念の為、オレはクープに尋ねてみる。

「お前……それ、どうした?」

クープの股間に視線を落とすと、クープはオレの言わんとしたことを察したようで、うつむき加減で答える。

「ドクターが香水みたいなの吹き付けてきて、そしたらこんなんなって……それからドクターがここに行けって」

(……やっぱり)

心の中で大きなため息をつくオレ。

「先輩、オレ、何か変ッス…………オレ、そんなんじゃないけど、オレ……」

うわ言のように呟きながら、クープが一歩オレに迫った。

その際に揺れたクープの性器に、オレの視線と意識が集中する。

(あ〜、もうダメだな、コレは……)

ドクターの催淫剤の効果を身をもって知っているオレは、すぐさま衝動への抵抗を諦めた。

そして、このあと展開されるだろうことを受け入れた。

 

 

「先輩……」

クープがオレを見上げながら抱き付いてくる。

オレはそれを手を広げて受け入れ、抱き付き返した。

オレの性器はクープの腹付近に当たり、クープの性器はオレの内腿付近に当たった。

その性器を擦りつけ合うようにして、オレ達は強く抱き締め合った。

オレはクープに押されるように壁際に背を預け、クープの背に回した両手をクープの尻に添える。

そのまま尻を揉みしだき、片手で尾の付け根を握り込んでやると、

「ひんっ!」

と、情けない声を出してクープがその場に崩れ落ちそうになった。

さらに付け根から先端に向かって手を動かすと、

「ひあぁぁぁ……」

とろけそうな声を発しながら、クープは脱力してしまった。

崩れそうなクープを抱き抱え、オレはクープを見つめる。

立ち直ったクープもオレを見上げ、静かに目を閉じた。

それがどういう意味を持つかを察したオレは、ゆっくりと顔を近付け、クープの口に自らの口を重ねた。

「ぁっ……」

小さな吐息を漏らし、クープが口を広げた。

重ねた口と口の間で舌が絡み合い、唾液が交換される。

互いの舌で互いの口内を犯すと表現してもいいような、雑な接吻。

唾液でぬめる舌同士が擦れ合う感覚は、背筋にぞわぞわとした背徳的な快感をもたらした。

長く深い接吻を終え、互いの口が離れると、1本の唾液の糸が垂れる。

いつの間にか見開かれていたクープの瞳はとろけるように潤んでいる。

そのことから、クープがオレにキス以上のことを催促していることは明白だった。

催促に応え、密着した体の間に手を潜り込ませ、高ぶっているクープの性器に触れる。

「あふっ……」

手が性器に触れた瞬間、クープが腰を引こうとしたが、オレはもう片手でクープの尻を押さえ、それをさせなかった。

ぬるりと濡れたクープの性器の先端を指先で撫で回し、亀頭の半ばまで被っていた包皮を剥いてやる。

何の抵抗もなく包皮が剥け、亀頭があらわになると、オレは雁首をなぞるように指先を動かした。

「〜〜っ! 〜〜っ!」

声にならない嬌声を上げ、クープの体がガクガクと震える。

クープの早漏具合は先刻承知なので、オレは亀頭への刺激をそこそこに、さらに手を下に潜り込ませ、垂れ下がった陰嚢をさすった。

毛皮に包まれた陰嚢に包まれた2つの睾丸を優しく握り、掌で静かに転がしてみる。

柔らかい手触りと温かい熱が、掌に心地良い。

陰嚢越しに分かるクープの2つの睾丸の大きさは、オレの掌で握るのにはちょうど良い大きさで、オレはしばらくその感触を楽しんだ。

オレが楽しんでいる間にも、クープは興奮を増しているようで、クープの亀頭が触れているオレの手首の辺りは、クープの流した先走りでドロドロだ。

陰嚢の奥に確認できる硬く芯の通った陰茎が頻繁に蠢いていることからも、クープが限界寸前で耐えていることがうかがえる。

「もう、イきそうか?」

返ってくる答えが分かったうえで、オレはクープに尋ねてみた。

「イきたい……です……!

 先輩、オレ……」

潤んだ瞳でオレを見上げ、懇願するようにクープが答える。

オレはすぐさまその懇願に応えた。

クープの陰嚢から手を放し、陰茎を荒々しく握り込むと、乱暴に上下に扱き上げた。

ほんの数ストロークを扱いたところで、

「あああ!!! イクッ! イクッ!!」

絶叫と共にクープが果てた。

扱く際にわずかに離れていたオレとクープの体の間で起きたクープの射精の勢いは凄まじく、クープの頭はもとより、オレの頭上すら超えて精液が飛び散った。

当然、その射線上にあるオレとクープの腹や胸、顔は、クープの放った精液にまみれることになり、クープの幾度目かの痙攣ののちには、オレ達の体には、クープの2度目の射精とは思えない程の大量の精液が付着していた。

鼻先に付いた精液から雄の香りが放たれ、鼻腔をくすぐる。

射精で体力を消耗したらしいクープは、ずるずるとその場に崩れ落ち、肩で息をしていた。

オレは、最大限まで勃起した自らの性器越しに、精液にまみれたクープを見下ろす。

まるで強姦されたあとのようなクープのその様を見て、オレの手は自然と自らの陰茎へと伸びていた。

クープを刺激している間にも溢れていた先走りでぬるついている陰茎を力一杯握り締め、クープにしたのと同様に激しく扱く。

シャワーの音にも負けない程の粘着質な音がシャワー室に響き、それが耳に入ったのかクープが顔を上げた。

とろんとした目で、性器越しにオレを見つめている。

もしかしたら、性器そのものを見つめていたのかもしれない。

ともあれ、オレは野獣の如く陰茎を扱き続けた。

クープの視線を感じながら、オレは肉体的、精神的な興奮を高めていた。

後輩に見守られながらの自慰行為という変態じみた行為さえも、今のオレには興奮材料の1つにしかなり得ない。

「……先輩、マジでエロいッス……」

そんなクープの呟きに、オレの興奮はさらに高まっていった。

溢れ出る先走りはとめどなく、これ以上ない潤滑剤となって掌と陰茎の摩擦係数を減らしていく。

手持無沙汰だったもう片方の手で陰嚢を握り、中の睾丸を転がすと、さらに快感が強まった。

しばらくの間、快感に酔いしれるオレ。

が、不意に発したクープの言葉が、酔うオレの耳にはっきりと届いた。

「……けど、後輩の目の前でオナニーとか、恥ずかしくないんスか?」

「――っ!」

侮蔑をわずかに含んだクープの声音に驚き、オレは性器越しにクープを見つめた。

クープの瞳には加虐的な色がありありと浮かび、口元には普段の陽気で人懐っこいクープからは想像ができない程の淫猥で邪悪な笑みが浮かんでいた。

クープの豹変に面食らいつつ、しかし、オレの陰茎を扱く手は止まらなかった。

むしろ、豹変したクープに見つめられながらの自慰行為に、オレはこれまでに経験したどの自慰行為よりも興奮を覚えている。

クープの豹変とオレの異変。

明らかに異常と思われる事態だが、上りつめている今のオレの精神状態ではその異常を解明することなどできるはずもなく、

「そろそりイきそうなんじゃなッスか?

 イっちゃってもいいッスよ?

 派手にぶっ放しちゃってくださいよ」

煽るクープの言葉のままに、ただただ自らの陰茎を扱き続けた。

扱く勢いのあまり、先走りが飛び散り、シャワーの湯に混じっていく。

「いいッスよ、先輩、マジエロいッスよ。

 後輩目の前にして大股広げてチンコ扱く姿とか、すげぇ無様でエロいっす。

 まるっきりド変態ッスよ」

クープの罵倒の言葉にも怒りすらわかず、むしろ興奮を覚えるオレ。

異常なのは分かっているが、やめられない。

「とっととその立派なチンコから汚ねぇ種撒き散らしてくださいよ。

 先輩の一番恥ずかしい瞬間、オレがしっかりと見ててやりますからね」

嘲笑を浮かべてクープが言う。

そして、

「イッちまえ! 淫乱虎野郎が!!!」

クープが叫ぶのと、

「うおおおおおおおお!!!」

オレが果てるのは、ほとんど同時だった。

クープ以上に大量の精液が亀頭から迸り、目の前に座っていたクープの全身に降り注ぐ。

大量のオレの精液を浴びながら、クープが笑う。

「ははははは!!! マジイきやがった!!

 きったねぇなオイ、先輩!」

射精後の脱力感で力なく壁にもたれ掛り崩れ落ちるオレを、立ち上がったクープが見下ろしながら口汚く罵る。

「後輩の前でイきやがってよぉ!

 マジもんの変態じゃねぇか、なぁ先輩!

 ……何だ、また興奮してきちまったのか?

 罵倒されてチンコビクつかせてんじゃねぇよ!」

クープの言葉通り、オレの陰茎には、射精直後だというのに芯が通り始め、ムクムクとその鎌首を持ち上げ始めていた。

「おいおい、マジで勃起すんのかよ。

 ホント、どうしようもねぇ変態だな、先輩。

 またオレの前でオナニーしてぇのかよ?

 それともオレに手コキでもされてぇのか?

 足コキの方がいいか?

 答えろよ、オラ、変態野郎!」

普段のクープならば言い得ない程の罵詈雑言。

絶対に異常と言える豹変だが、今のオレにはその疑問を解き明かすほどの理性など残っていなかった。

怒りも沸き起こってこない。

このオレの変化も異常だ。

ただ、1つ分かっているのは、このオレ達の変化には間違いなくドクターが関わっているだろうということだけだった。

「オラっ!! どうされてぇんだよ、先輩!!」

クープの怒声を聞きながら、

(あとで問いただしてやる……)

そのことだけを胸に刻み、オレは理性を捨てた。

 

 

「……もしもし、私だが――」

机の上にモニターを引っ張り出し、そこに映し出された映像を見、音声を聞きながら電話口の相手に話し掛ける。

モニターにはシャワー室の映像が鮮明に映っていた。

それこそ、壁際に座り込んでいるレルネーの股間を踏みにじるクープの足先も、踏みにじられてひしゃげるレルネーの性器も鮮明に。

「少々薬の効果が強すぎたようだ。

 失敗、とまでは言わないが、少し弱める必要があるだろうね。

 異常者に使えば、最悪の場合、殺人なんてことにもなりかねない」

モニターから目を逸らすことなく、私は続ける。

「まぁ、効果自体は出たのだから、あとは微調整といったところだ。

 近いうちにちゃんとした物ができあがるだろうから、それまで待っていてほしい。

 …………ああ、ではまた連絡する」

告げるべきことを手短に相手に告げると、私は電話を切った。

そして、モニターの映像に集中する。

「……まぁ、私はこれでもいいと思うんだがね」

1人ごちながら、私はモニターの中で繰り広げられる淫猥なショーを鑑賞し、自らの欲情を発散させる為の手の動きを速めた。

 

 

後日。

オレは元に戻ったクープを伴い、再びドクターの元を訪れた。

もちろん、先日起きたオレとクープの異常の理由を聞く為だ。

適当にはぐらかされるかと思いきや、意外にもドクターはまともに答えてくれた。

それによると、オレとクープに投与した薬は、催淫剤と『性的な潜在欲求を呼び起こす薬』なるものらしかった。

簡単に言うと、潜在意識にサディスティックな気質が強い者はサディスティックに、マゾヒスティックな者はマゾヒスティックになる、ということだ。

他にも、露出願望のある者は露出狂になったり、小児性愛願望のある者は子供に悪戯をしたり。

つまりは、犯罪を犯すような願望でも、それが性的な欲求につながるものであれば、見境なしに引き出してしまうらしい。

かなり危険な薬だったというのがそのことから分かり、さすがにオレも頭に来てドクターに掴みかかったが、同席していたクープに止められて手を放した。

今回の件はドクターも反省しているのか、いつもの軽口ではなく真摯な態度で真面目に謝罪をしてくれたので、オレの毒気が抜かれる形で場は収まった。

もっとも、帰る間際に、報酬とは別のかなりの額の慰謝料ともいうべき金銭を手渡されたのだが、それを見てオレが、

「口止め料ですか?」

と、問うと、

「人の謝罪の気持ちも素直に受け取れんのかね?

 いらんなら返したまえ、不愉快な」

と、いつも通りの調子で返してきたので、あまり反省はしていないのかもしれないが。

ともあれ、大事に至ることもなく場は丸く、かどうかは別として、一段落はした。

ドクターの所からの帰り道、クープはしきりにオレに謝り、ドクターから渡された口止め料、もとい慰謝料を全額渡そうとしてきた。

薬のせいとはいえ、オレに酷いことをしたから、ということらしい。

どうやら、あの時の記憶はクープにもあるようで、薬が切れて我に返った時も、クープはオレとの間に起きた惨状を見て蒼白としていた。

だが、別にクープに責任があるわけでもないので、オレは謝罪の言葉だけを受け入れ、口止め料、もとい慰謝料の譲渡は断った。

『じゃあせめて晩飯だけでも奢らせてくれ』というクープの押しの強い願いに、オレは渋々承諾し、その日だけ、普段よりも豪勢な夕食を馳走になった。

夕食の場は実に普段通りの、和やかなものだった。

陽気に笑い、話を展開するクープを見ていると、あの時のクープは別人なのではないかと思えてしまうほどに。

そして、クープとの別れの際、その背を見送りながらオレは思った。

あの時のクープが『本当の』クープなんだろうか、そして、あの時のオレが『本当の』オレなんだろうか、と。

答えは出ないまま、オレは振り返り、クープとは逆の道を歩き始める。

と、その背に視線を感じ振り返った。

振り向いた先にある街灯の下で、『あの時のクープ』がこちらを見つめていた。

などというホラーじみた展開はなく、普段通りの人懐っこい笑みを浮かべたクープが、手を大きく振って別れの合図を送っていた。

オレもそれに応え、軽く手を上げる。

ほんの少し期待したのは、おそらく気のせいだろう。