携帯の呼び出し音とバイブの震動する音が聞こえる。

寝ぼけまなこで布団から這い出し、携帯を手に取って着信番号を確認すると、オレは一気に目が覚めてしまった。

鳴り続け、震え続ける携帯の通話ボタンを押し、恐る恐る耳にあてがうと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『やぁ、おはよう、レルネー君』

電話の向こうの人物、蜥蜴人の自称医者であるハイラは、ねっとりとした口調で挨拶してきた。

「お、おはようございます、ドクター……」

『寝起きかね?

 もうお天道様は充分に昇っているよ?』

「いえ、昨日遅くまでバイトだったもんで……」

『ほう?』

オレの言葉を聞くと、電話向こうのドクターは意外そうな声を上げた。

『何だ、君、バイトしてるのかね?』

「ええ、まぁ一応」

『何のバイトかね?』

「道路工事のバイトです。

 夜勤が基本なんで、今日も帰ってくるのが遅かったんですよ」

言外に『寝かせてくれ』と込めて言ってみたが、ドクターは気付かないのか無視したのか、まるでとりあわずに続ける。

『夜勤はいかんな。

 人間、夜は寝るものだ。

 体調を崩しやすくなるぞ。

 今はインフルエンザも流行っているから気を付けたまえ』

「はぁ、ご忠告どうもです」

『ところで、道路工事というと結構な力仕事じゃないのかね?』

「まぁ、そうなりますかね」

『それはまた……ずいぶんと美味しそうな体になっていそうだな……』

「何か言いました?」

何やら不穏な言葉が聞こえてきたので聞き返すと、ドクターは、

『いや、気にしないでくれたまえ。

 こっちの話だからな』

と、隠す気があるのかないのか、嬉々とした口調ではぐらかした。

少しの沈黙のあと、

「……で、何か?」

オレが次の言葉を待っていることを告げると、

『バイトがあるから来たまえ』

ドクターは単刀直入にそう言ってきた。

オレは間髪入れずに、

「嫌です」

と答える。

するとドクターはまるでオレの答えを予想していたように、

『そう言わずに来たまえ』

こちらも間髪入れずに誘ってきた。

オレは小さくため息をつく。

そして改めて断る。

「嫌で――」

『来たまえ』

最後の一語を言わせまいとするように、ドクターが言葉を被せてきた。

「…………」

沈黙するオレに対し、さらにドクターが言い迫る。

『私はもう3度も君を誘ったぞ。

 このうえさらに誘わせる気かね?」

「…………バイトって、何のバイトですか?」

『新薬の実験に決まっているではないか。

 ちなみに報酬は弾むぞ。

 200万だ』

「にひゃっ!?」

想像外の額の報酬に、オレは布団から跳び起きた。

『いや何、君に催淫剤の実験に付き合ってもらっただろう?

 アレを裏で流してみたところ、これがもうそっちの界隈でバカ売れでね。

 非常に懐が潤っているのだよ』

「はぁ……」

『何しろ、最初の顧客となったのが、ラドの知り合いだという某政治家でね。

 この彼がまた絶倫極まっていて、私の薬を大変気に入ってくれたらしいのだよ。

 そして、彼からあれよあれよという間に私の薬のことが広まって――」

ドクターの成功談義を上の空で聞き流しつつ、オレは200万という大金の報酬を脳裏に浮かべる。

(200万か……しばらく遊んで暮らせるなぁ……)

そんなことを思うと、自然と顔がニヤけてきた。

まるで宝くじに当たったかのような気分だ。

『……おい』

「……はぇ?」

『君、今壮絶にニヤけていないかね?』

「べ、別にそんなことは……!」

『声が上ずってるぞ』

「…………」

図星を突かれてオレは沈黙する。

そんなオレに構わず、ドクターは続けた。

『ふむ、しかしその反応から察するに、まんざら嫌でもないようだね』

「……まぁ、それは200万ですから……」

『では、そういうことで、今日の10時に来たまえ』

「え? あっ! ちょっ――」

こちらの返事も待たずに、ドクターは電話を切ってしまった。

「……どうするかな〜」

携帯を置き布団の上で腕組をしながら、オレは1人首をひねって唸った。

 

 

「ふふ、やはり来たな」

薬品の臭い漂う、診察室と呼称すべきであろう部屋に入ると、ドクターが淫靡な笑みをこちらに向けて、得たりとばかりに言った。

結局、200万という大きな誘惑に打ち勝つことはできず、気が付くとオレはドクターの診察室のある、薄暗い路地裏の崩れそうな建物へと歩を向けていた。

「何ですか、そのいやらしい笑いは」

眉根を寄せて、露骨に嫌そうな顔を作ってみせて尋ねると、ドクターは淫靡な笑みを微塵たりとも崩すことなく、

「そのままの意味だが、何か問題があるかね?」

そう言ってのけた。

「……やっぱり、帰ろうかな」

踵を返して診察室を出ようとするオレの背に、ドンという音と共に、

「コレ、いらんのかね?」

というドクターの声が掛かった。

振り向くと、カルテやら何やらが置かれている机の上に、札束が2束、無造作に置かれていた。

「!」

それは紛れもなく、報酬の200万だった。

いつかテレビで見たように、札束の中央には紙幣をまとめる帯が巻かれ、さらにパッと見ただけでも、札束を構成する紙幣はすべてピン札だと分かった。

そんな垂涎物の札束2束の上に人差し指を置き、ドクターが言う。

「コレ、いらんのかね?」

同じ言葉を、同じ調子で。

オレは札束に目を釘づけにしたまま、引き付けられるようにフラフラとそちらへと向かう。

「おっと」

わざとらしく声を上げ、ドクターが札束を取り上げ、机の引き出しにしまってしまった。

「まぁ、君が帰りたいと言うのなら仕方がないな。

 バイトはなしということで、これも必要なかろう」

「……バイトって、何ですか?」

オレが尋ねると、ドクターは少々呆れた顔をして答えた。

「新薬の実験だよ。

 電話の時に言ったろう?

 工事のバイトも良いが、脳味噌まで筋肉になるのはどうかと思うがね」

「…………」

憮然とした面持ちでドクターを見るオレ。

しかし、ドクターは気にもせずに続ける。

「で、どうするね?」

「…………やります」

「そうこなくてはな」

オレの苦渋の選択に、ドクターはニンマリと満足げに笑い、椅子をすすめた。

オレがドクターの前にある椅子に座ると、ドクターは部屋の壁際にあった薬品の納められている棚に向かい、ごそごそと棚を漁り出す。

その背に向かってオレは声を掛ける。

「それで、どんな薬なんですか?」

「まぁ、待ちたまえよ」

背中を向けたままで答え、少ししてドクターが振り向いて片手を差し出した。

その手には、赤・青・緑・黄・紫の色の液体を満たした小瓶が5本、握られていた。

「これだ」

「これだって言われても、見ただけじゃ分かんないんですけど」

言うと、ドクターは小馬鹿にしたように肩をすくめて首を振り、こちらに戻ってくる。

「君もせっかちだな。

 順を追って説明するから、少しは落ち着きたまえ

 さて、まず最初に言っておくことは、これは性的な薬だということだ」

「まぁ……予想してましたよ」

呼び出された時から何となくそんな気がしていたが、本当にその通りの答えが返ってきたので、オレは小さくため息をつく。

ドクターはオレの反応を気にも留めず、手にした小瓶を机の上に並べ、椅子に腰かけて続ける。

「といっても、性欲を増進させるとか、勃起力をアップさせるとか、そういった類の物ではない。

 自分で言うのもなんだが、少し変わった薬なのだよ」

「はぁ……」

「そもそも性欲増進や勃起力アップの薬ならば、君に試してもらった催淫剤で充分だからね。

 なので、同じ物を開発しても意味がない」

「…………」

「そこで私は新たな薬を作るにあたって、少し着眼点を変えてみた。

 通常、性的な薬と聞くと、先に述べた効果のものなどの、比較的直接的な効果を――」

「あの、ドクター」

話が長くなりそうなので、オレはその流れを断ち切る為に口を挟んだ。

「……何かね、人が気持ちよく話している最中に」

ムッとした様子でドクターが睨みつけてくる。

少々気押されながらも、オレは単刀直入に切り込んだ。

「肝心の薬の効果は何なんですか?」

「……もう少し弁舌をふるいたかったところだが、まぁよかろう」

ドクターは不満そうだったが、話が長くなりそうなのは避けられたようだった。

ドクターはゴホンと咳払いすると、机の上の小瓶を1瓶手に取ってオレに差し出しながら答えた。

「ズバリ、精液の味が変わる薬だ」

「…………はい?」

あまりにも意表をついた答えに、間の抜けた声で聞き返すオレ。

「君、脳味噌はちゃんと機能しているかね?

 それとも耳が遠いのかね?

 せ・い・え・き・の・あ・じ・が・か・わ・る・く・す・り・だ」

ドクターは一語一語をはっきりと発音しながら、再度オレに薬の効果を告げた。

「……いやいやいや、そんなの作って何の意味があるんですか?」

馬鹿げてるとしか思えないドクターの新薬の効果に、オレは笑い交じりに尋ねた。

しかし、ドクターは至って真面目に、

「何を言うか、画期的だろう」

と、小瓶を机の上に戻して言った。

「そもそも、精液というのは不味い。

 そう思ったことはないかね?」

「思ったも何も、飲んだ経験…………ありますけど……」

言われて、以前ドクターの催淫剤の実験に付き合った時に飲まされたことを思い出して、言葉に詰まった。

さすがに味がどうこうまでは覚えていないが。

ドクターはオレの様子に気付かないまま、言葉を続ける。

「まず、だいたいが苦い。

 他にもしょっぱいだとか甘いだとか、個人差はあるが、往々にして飲むに適したものではない。

 これは実に由々しき事態だ」

「そうですか? そもそも飲むようなもんじゃないと思うんですけど」

「愛する者の精液を飲みたいと思うのは、実に自然なことだと思うがね」

「……いや〜、それこそ個人差あると思いますけど」

「精液を飲みたい、しかし、不味くて飲むことに抵抗がある。

 これはまさに愛の二律背反だよ!」

「…………」

オレの言葉を完全に無視してドクターは力説する。

拳まで握り締めているところを見ると、本当にそう思っているらしい。

「そこで、だ!

 この私の新薬の登場というわけだ」

ドクターは机の上の新薬を指差して言う。

「この薬を飲むことによって、精液の味が変わる。

 それこそ、フラッペの上に掛けるシロップのように甘く、芳醇なものにね」

言って、ドクターは赤い液体の入った小瓶をつまみ、オレの前に差し出した。

「ちなみに、これはストロベリー味だ」

告げて、小瓶を机の上に戻し、並べられた小瓶を順に指差しながら、

「青はブルーハワイ、緑はメロン、黄色はレモン、紫はグレープ味になる」

「まんま、フラッペのシロップじゃないですか」

呆れたように、というよりも完全に呆れてオレが言うと、ドクターはニヤリと笑う。

「その方が女子供にも受けがいいだろう?」

「……女はともかく、子供は犯罪になりますよ?」

「なに、私が飲ませるわけではないから構わんよ」

「…………」

何だか、この人には何を言っても無駄な気がしてきた。

なので、オレは話しの先を促す。

「で、オレはこれを飲んで、出して、味がその通りに変わってるかどうか確かめればいいんですね?」

オレの質問を聞き、ドクターは目を見開いて言う。

「飲み込みが早いな。

 脳味噌まで筋肉になっていなくて良かったよ。

 それだけの理解力があれば、充分人並みだ」

「はぁ〜……」

褒められているのかけなされているのか分からないドクターの言葉に、オレは大きくため息をついた。

思っていた以上にろくでもない実験だが、これが済めば大金が手に入る。

早めに済ませて早めにバイト料をもらって退散するとしよう。

と、そこでオレはあることに気付いた。

「これ、普通にドクターが飲んでみた方が早いんじゃないですか?

 別に難しいことするわけじゃないんだし」

尋ねると、ドクターは物凄く蔑んだ眼差しをオレに向けた。

「何を今更……前言撤回、バカかね君は。

 これにしたって催淫剤にしたってそうだが、副作用の有無も分からない薬を自ら試す愚か者がどこにいるかね?

 自分は危険を冒さず、なおかつ薬の効果を正確に知る為には、他人で試してみるのが一番いいに決まっているではないか」

「……最低ですね」

 

 

「……さて、そろそろいいだろう」

ドクターが時計を見て言う。

俺が薬を飲んでから15分程経つ。

ちなみに飲んだのはグレープ味の薬で、薬自体もグレープの味がした。

飲んだ薬の効果がどのくらいで出るのかがまだ分からないので、とりあえず少し時間を置いてから調べてみようということになった。

そして、これから効果が出たのかを調べるわけなのだが、

「…………向こうの部屋で出しちゃ駄目ですか?」

当然、効果を調べる為には射精をしなければならない。

そうなると、オナニーをしなければならないのだが、ここではドクターの目がある。

それを気にしての発言だったのだが、ドクターはニヤリと笑い、

「何故、別室で出さなければならないのだね?

 これまでに何度君の射精を見てきたと思ってる?

 いつまでも生娘のように恥じらうのはやめたまえよ。

 さ、ここで出したまえ」

と、別室での射精を許してはくれなかった。

(ま、予想通りだけどさ)

思い、これ見よがしにため息をついてみせるオレ。

幸か不幸か、ドクターの言うように、もう何度もドクターの前で射精させられているので、ある程度見られることへの耐性はついている。

ただ、見られないなら見られないに越したことはないので、駄目で元々のつもりで聞いてみただけだ。

予想通り、駄目だったが。

「分かりました、ここで出します」

言って、オレが椅子から立ち上がり、ズボンのベルトに手を掛けると、

「ああ、待ちたまえ」

ドクターがそれを制した。

「? 何ですか?」

さっさと済ませてしまいたいオレは、答えつつもベルトを外す。

「どうせだったら上も脱ぎたまえ」

「……別に下だけでいいんじゃ――」

「脱ぎたまえ」

「…………はい」

有無を言わさぬ語気でドクターが命令し、反論は無駄と悟ったオレが渋々了承する。

とりあえず外したベルトを、脇にあった籠に入れ、上着から脱ぎ始める。

そうしてあらわになったオレの剥き出し上半身を見て、ドクターは顎に手を当てて満足そうにうなずき、

「ふむ。 前に見た時よりも、筋肉が盛り上がっているな。

 さすがに肉体労働をしているだけのことはある。

 私など、デスクワークが長くて、しかもこのところ懐具合が温かくなったせいか、柄にもなく贅沢をしてしまってね、少々太ってしまったよ」

そう言って、頼んでもいない白衣の下の腹を見せ付けてきた。

たしかに、ドクターの腹は、以前に比べると少し脂肪がついて、前に出てきているような気がする。

オレが見せ付けられた腹を見ていると、ドクターは淫猥な笑みを浮かべ、

「何だね、そんなにまじまじと私の腹を見つめて。

 もしかして、触ってみたいのか?」

と、尋ねてきた。

「そんなわけないでしょ。

 っていうか、ドクターが勝手に見せ付けてきただけじゃないですか」

そうオレが反論すると、ドクターは面白そうに笑み、

「君が私の腹に興味があると思ったから見せたまでだよ」

言って、腹をしまった。

「興味なんてないですよ」

オレが憮然として言うと、ドクターは気分を害した風もなく、鼻で笑った。

どうやら、からかわれていたらしい。

(まったく……)

さらに憮然としつつ、オレはズボンを脱ぎ、下着に手を掛けた。

「ああ、待ちたまえ」

「?」

突然掛かったドクターからの制止に、オレは手を止める。

「それは私が脱がそう。

 その方が興奮するだろう?」

「…………」

『また、妙な嗜好を』と、出掛かった言葉を飲み込み、オレは下着から手を離した。

ドクターは椅子を動かしてオレの目の前まで来ると、座ったまま、オレの下着に手を掛ける。

そして、ゆっくりと下着を下ろし始めた。

下着は、ちょうど肉棒のところで一旦引っ掛かり、止まる。

それを越えると、肉棒の付け根が現れ、さらには下着のゴムの部分を押し上げながら肉棒全体が現れた。

ゴムはすでに雁首に擦れており、その微妙な刺激がわずかに快感となってオレの脳に伝わった。

そこを通り過ぎると、亀頭部が外気にさらされる。

ゴムに押さえられていた反動で、わずかにプルンと前後に肉棒が動いた。

途中、少々の快感を感じはしたものの、オレのペニスは通常状態のままだ。

ふとドクターを見ると、笑みを浮かべたドクターと目があった。

何度も見られているとはいえ、オレは恥ずかしくなって目を逸らす。

「ふふ……」

ドクターの鼻で笑う声が聞こえた。

そうしているうちに、下着は腿の辺りまで下ろされており、オレの性器は完全の露出していた。

「ふむ、よし。

 満足したから、あとは自分で脱ぎたまえ」

「…………」

ドクターは劣情を満足させたようで、椅子を動かして後退していった。

オレは中途半端に下ろされた下着を脱ぎ去り、脇の籠に放り込む。

わずかに視線を籠に向けたその間に、玉袋の下に温かい感触を覚えた。

ピクリと体を震わして見れば、いつの間にか再びドクターが接近し、オレの玉袋を下から持ち上げているところだった。

「いい重量感だ。

 何日物だね?」

「? …………ああ、3日くらいだったと思います」

何を言われているのかが分からずに首を傾げたが、少しして自慰をしていなかった期間のことだと理解し、正直に答える。

ドクターは『ふむ』と唸ると、中の玉を確認するように、玉袋をやわやわと揉みしだき始めた。

さほどの快感はないものの、性器を刺激されていることには変わりなく、徐々に肉棒に芯が通っていくことを感じていた。

玉袋の上に乗っていた肉棒が離れ、徐々に上向きに仰け反っていく。

その様子を楽しそうにドクターが見守る。

そうして、半分程まで肉棒に芯が通った時、ドクターが上目づかいに尋ねてきた。

「さて、自分で出すのと、私に出させてもらうのと、どっちがいいかね?」

「…………」

なかなか答えに困る質問だった。

どちらを選ぼうと、結果は変わらず、過程の羞恥心にも差はないと言っていい。

ドクターもそれは分かっているだろうに、陰湿そうな笑みを浮かべたままでオレの答えを待っている。

何となく、オレは、ドクターはオレの答えを求めているのではなく、質問を受けたオレの反応を楽しんでいるのではないかと思った。

実際、しばらく悩む風を見せていると、

「……答えないなら、私が出させてやろう」

と、オレの答えも聞かず、自分で答えを決めてしまった。

「はぁ、まぁ、お願いします」

気のない返事を返すオレ。

しかし、返事の語気とは裏腹に、オレの肉棒はすでに臨戦態勢に入っていた。

「では、遠慮なく」

言って、ドクターは、オレの玉袋を弄んだまま、完全に勃起したオレの肉棒に鼻先を近付けた。

そして、そのまま近付けた鼻をすんすんと鳴らし、オレの肉棒の匂いを嗅ぎ始める。

「……無臭。

 風呂に入ってきたのかね?」

「ええ、まぁ、一応。

 ドクターからの呼び出しは、こんなのばっかりですから」

呼び出しがあった時点でこういう展開になることは予想していたので、事前にシャワーは済ませている。

一応、ドクターは雇い主になるので、『一応』無礼がないようにと、これも一種のマナーといったところだろうか。

誓って、こうなることを望んでいたわけではない。

「なんだかんだと言って、君も好きなんだな」

勝手に勘違いをして、納得するドクター。

(まぁ、どう取られてもいいけど)

心の中でため息をつき、オレはドクターの動向を見守る。

ドクターは、相変わらず玉袋を弄びつつ、鼻を鳴らしている。

時折、鼻先を肉棒にぶつけているが、それ以外には何もしようとしない。

あまりにも遠回しな刺激の仕方だ。

これでは、いつまで経っても勃起止まりで、射精などできるはずもない。

「あの……ドクター?」

射精させようという意志の見られないドクターの行動に、じれったい気持ちが抑えきれず、オレは声を掛けた。

「何かね?」

上目づかいにドクターが聞き返してくる。

「いや、そんな刺激じゃ出せないんですけど……」

オレがそう答えると、ドクターは得たりとばかりに目を輝かせ、

「ほう? ではもっと激しくしてほしいというわけだな?

 まったく、君は淫乱だな?」

そう、嬲るような口調で言った。

それを聞き、

(しまった……)

オレは心の中で呟いた。

ドクターが遠回しな刺激しかしてこなかったのは、オレにこういった類のことを言わせる為だったのだ。

そんなろくでもないオレの推理が間違っていないことを証明するかのように、ドクターが次の句を告げる。

「では、どうして欲しいのか言いたまえ。

 私はその通りにしてやろう」

「ああ、いや、別にそんなんじゃなくて、普通に――」

「さあ、その口で自らの性器をどう弄って欲しいのか言いたまえ。

 懇願したまえ、嘆願したまえ、哀願したまえ」

「…………」

乗り気が過ぎるドクターの言葉に、オレは沈黙する。

どうしても、オレに淫猥な言葉を吐かせたいようだ。

「今日はそういう趣向なんですか?」

やや冷たくオレが尋ねると、ドクターは無言でうなずいた。

オレはため息をつき、ドクターの目を見る。

爛々と輝くその目から、テコでも動かないという、くだらない意志の強さを感じた。

「……分かりました。

 それじゃあ……」

言って、オレはドクターから目をそらす。

面と向かってドクターに注文するのが非常に恥ずかしい。

淫語を発することは、見られることとは違った恥ずかしさがある。

「どうしたのかね?

 さあ、遠慮せずに請い願いたまえよ。

 それとも、恥ずかしくて言えないのかね?

 こんなにビンビンにしているくせに、よくもまあ臆面もなく恥ずかしがることができるものだ。

 真性のムッツリだな、君は」

見透かしたようにドクターが言う。

それを聞いて、オレは顔から火が出るほどの恥ずかしさを感じた。

「ほら、早く言わないと、いつまで経ってもこのままだぞ?」

言って、指先で裏筋をピンと弾くドクター。

思わぬ刺激にわずかに腰を引きながらも、オレは息を整えて淫語を発する準備を整える。

「オ、オレのチン……コを、扱いてください……」

意を決して淫語を放つオレ。

しかし、ドクターは意地悪く笑み、

「ん? 何か言ったかね?」

と、聞こえない風な態度を示した。

仕方なく、オレは再度淫語を発する。

「オレのチンコを扱いてください……」

今度は、一度目ほどの羞恥心はない。

一度言って、慣れが生まれたのだろうか。

カラオケで歌を歌う時と同じ気分だ。

「ん〜、私としては、『チンコ』よりも『チンポ』の方が卑猥で楽しげに聞こえるのだがね」

否定、というよりも、要望といった感じでドクターが言う。

「……オレのチンポを扱いてください」

言い直し、ドクターの反応を待つ。

ドクターの表情を見れば、自分の要望が通ったことが嬉しいのか、やや満足げな様子だ。

「ふむ」

唸り、スッとドクターの空いている方の手が肉棒に伸びてきた。

そのまま操縦桿を握るようにオレの肉棒を握ると、ゆっくりと上下に扱き始めた。

だが、その動きは本当にゆっくりで、しかも握る力も弱く、まだ射精に達せそうにはない。

ドクターはそれを承知でやっているようで、またも上目遣いにオレの様子をうかがい始めた。

オレは、その視線が何を意味しているのかを言われるまでもなく分かっていた。

「もっと強く扱いてください……」

「何を?」

「……チンポを」

言うと、言葉通りにドクターは握る力を強める。

しかし、扱く速さは変わらずゆっくりなまま。

「もっと早く扱いてください……チンポを」

言葉に従い、ドクターはオレの肉棒を上下に素早く、力強く扱き始めた。

ようやく射精に達せるだけの刺激を得られ、じれったい気分が消える。

先走りも出始め、体もそれなりの快感を得られていることが分かった。

ここまで来てしまえば、羞恥心も薄れ、ほとんど感じることはない。

あとは、ただ刺激に身を任せて射精するだけだ。

(これだけで200万か……ちょっとアレな内容だけど、楽っちゃ楽な仕事だな。

 これでしばらくは生活が楽になるな〜)

オレは内心でそんなことを思い、浮かれていた。

だが、そう思ったのも束の間。

「……つまらんな」

そう言い放つと、ドクターはオレの肉棒を扱く手を止めてしまった。

それどころか、玉袋を刺激する手すら放してしまった。

「……?」

言われた言葉が理解できずに、オレはいぶかしんでドクターを見る。

ドクターは憮然とした面持ちでオレの性器を見つめ、面白くなさそうに亀頭を弾いた。

「君は私の言わんとしていることを理解してくれていなかったようだね。

 先程は分かったと言っていたから、てっきり理解してくれているのだとばかり思っていたよ」

「え? どういう……」

「『今日はそういう趣向なのか』と、君は先程そう言ったではないか。

 だから、私は、君が私の望んでいることを理解してくれているのだと思ったのだよ」

つまらなそうに言うドクターの顔を見ながら少し考え、

「…………ああ、それってつまり、最後までずっと淫語を言い続けろってこと、ですか?」

それらしき答えを返すオレ。

すると、ドクターは顔を明るくし、ニヤリと笑ってオレを見上げた。

「その通り! 何だ、やればできるじゃないか。

 さぁ、理解したのならやることは1つだ。

 分かっているね?」

「……これでドクターの実験に付き合うのは3度目ですけど、ドクターって本当に変わり者ですよね?」

もはやあきれて物も言えないといった風情で、オレはため息交じりに言った。

だが、悪態に近いその言葉も、ドクターにとっては褒め言葉に聞こえてしまうらしく、

「褒めたところでバイト料は増えんぞ?」

気分を害するどころか、むしろ気分良さそうに言い切った。

オレはもう1つあきれのため息をつくと、ドクターの気分がいいうちにことを済ませてしまおうと、ドクターの望み通りに次の淫語を放つ。

「……チンポを扱いたまま、玉を揉んでください」

「それでは先程までと同じではないか」

オレの指示に少し気分を害したようで、ドクターは手を動かす素振りすら見せない。

「う……じゃ、じゃあ、チンポを扱きながら、亀頭を撫でてください」

「了解した」

今度の指示は気に入ったようで、オレの言葉通りに手を動かすドクター。

(難しい人だな、ホントに……)

思いながら、ドクターの挙動を見守る。

ドクターは、先程までと同じように片手でオレの肉棒を握り、片手で先走りの溢れた亀頭を撫で回し始めた。

ぬるりとした感触が刺激を増幅させ、下腹部に伝わる快感を高める。

このままの刺激で最後まで任せてしまえば楽なのだが、それはドクターが許さないだろう。

ドクターの飽きが来ないうちに、次の指示を出さなければならない。

「そのまま亀頭だけを撫で回してください」

言うと、ドクターはその通りに動きを変える。

扱く手を止め、それまで以上に亀頭を強く撫で回す。

その力が少々強く、若干痛みを感じ始めた。

その為、

「ドクター、ちょっと痛いです。

 できれば、唾とかで滑りをよくしてもらいたいんですけど……」

とリクエストしてみた。

しかし、ドクターは不満そう、というよりも、指示を変えてほしそうな表情でオレを見上げて、これに応えた。

「…………ダメ、ですか?」

「滑りをよくする方法なら、もっと他にあるのではないかね?」

「え…………あ、まぁ、確かに。

 っていうか、いいんですか?」

「これまで2度も私の実験に付き合ってきたのだろう?

 いいのかどうかくらいは分かるはずだが?」

「はい……じゃあ……舐めてください」

ドクターが言外に示した指示を受け取り、その指示を言葉としてドクターに返す。

ドクターは思惑通りに事が進んだことが嬉しいらしく、ニヤッと口角をゆがめて、そっとオレの肉棒に口を近付けた。

そして、ペロリと、玉袋と肉棒の間辺りから裏筋の辺りまでを、舌全体を使って舐め上げる。

アイスキャンディを舐めるかのようなその動作を、ドクターは何度も繰り返した。

「ぁ……ふ……」

ゾクゾクとする感覚が背中を走り、押し出されるように声が漏れる。

下を見ると、ドクターが次の指示を待つようにオレを見上げていた。

「次は……裏筋と雁首を舐め回してください」

言うや、すぐさまドクターはその通りの刺激を加え始めた。

舌の表で裏筋を、舌の裏で亀頭の表面を、舌先で雁首を回すようにして舐め、刺激する。

ピチャピチャと水音を立てながら、ドクターはひたすらオレの指示通りに裏筋と雁首を刺激し続けた。

オレの亀頭は、オレ自身の先走りとドクターの唾液とでグチャグチャの状態だ。

「……ふむ」

なかなかいい具合で快感が高まり、このまましばらく刺激が続けば射精できそうになってきた頃、不意にドクターが刺激をやめ、椅子を後ろに滑らせてデスクに向かってしまった。

「先走りにも、ほのかにグレープの味あり、と……」

呟きながら、ドクターはカルテのような紙にペンを走らせる。

その間、オレはおあずけを食った犬のように、不動の姿勢でドクターが書き込みを終えるのを待つ羽目になった。

少ししてドクターがペンを置くと、ちらりとこちらに目を向けた。

「……ふふ、何だね、その物欲しそうな顔とチンポは」

意地悪そうに微笑み、ドクターが言う。

顔は鏡を見ないと分からないが、視線を落とせば、たしかにオレの肉棒は、物欲しそうにピクンピクンと上下に小さく跳ねていた。

「びしょ濡れのチンポがピクピクと跳ねる様は、なかなか扇情的じゃないか」

言いながらドクターは椅子を滑らせて戻ってきた。

ピクピクと跳ねるオレの肉棒の寸前まで顔を近付けると、肉棒越しにオレを見上げ、

「そろそろイきたいかね?」

と、お決まりの文句を投げ掛けてきた。

どう答えればいいか、というより、ドクターがどういう答えを望んでいるかは分かっていた。

「はい……イかせてください」

オレは、ドクターの望み通りの言葉を、肉棒越しにドクターを見下ろしながら言い放った

ドクターは満面の笑みを浮かべると、口を大きく開き、オレの肉棒を飲み込んだ。

「あ! ん……」

ドクターの口内の肉壁に亀頭が擦り付けられる刺激に、オレは声を上擦らせる。

尿道を先走りが通り抜けるのを感じながら、ドクターが行う刺激を享受する。

口をすぼめて行われる刺激も、縦横無尽の舌技の刺激も、肉壁の温かさと弾力からくる刺激も、すべて。

もともと、それほど耐久力のないオレの肉棒は、瞬く間に追い詰められ、

「もう……出そう……!」

知らず知らずのうちにドクターの頭を抱え込みながら、オレは上擦った声で宣言した。

それが耳に入ったか、ドクターの動きがオレの最後に向けて激しくなる。

だが、ラストスパートを掛けられずとも、オレの肉棒の耐久力は尽き、

「ああ! イッ、イく! あっ! あぁっ!!」

情けない声を出しながら、オレはドクターの口内へと射精を果たした。

精液をすべて吐き出すように、下半身の筋肉が収縮する。

何度も全身を震わせながら、何度もドクターの喉の奥へと精液を注ぎ込む。

ドクターは、うめき声一つ上げず、黙々とオレの放つ精液を飲み下していた。

しばらくして、ようやく脈動が収まり、精液が尿道を通り抜ける感覚が抜ける。

それを見計らい、ドクターがオレの肉棒から口を放した。

最後の一滴まで逃すまいとして口をすぼめていた為に、肉棒を抜く際にチュポンとコミカルな音が立つ。

ドクターの口から解放され、オレは全身の力が抜け、どっさりと椅子へとへたり込んでしまった。

「……ん、なかなか美味だな」

後ろへ椅子を滑らせながら、ドクターは先程同様、カルテのような紙にペンを走らせ始める。

横顔から察するに、どうやら薬の効果は表れていたようで、納得のいく結果だったように思われた。

「ど、どうでした……?」

射精の余韻から覚めたところで、ドクターに向かって尋ねてみる。

ドクターはペンを走らせたまま、こちらを見ることなく、

「いや、実にいい仕事をするな、私は。

 これでまた一財産築けそうだよ」

と、まるで独り言のように、ニヤニヤと笑いながら呟いた。

「あ、そうですか……」

実験に付き合ったというのに、何となく蔑ろにされているようで面白くないオレは、肩をすくめて聞こえてもいないだろう相槌を打った。

そして、近くに置かれているティッシュを取り、後始末を終えると、籠の中の下着を手に取る。

「ふむ、これでよし」

結果を書き終えたのか、ドクターが机から顔を上げ、こちらを向く。

と、

「……何をしてるのかね?」

いぶかしんだ様子でドクターが首を傾げた。

「は? ……何って、帰り支度ですよ?」

下着をはき終え、籠の中のズボンに手を掛けていたオレも、ドクター同様、首を傾げて答え返した。

すると、ドクターは眉根をひそめ、

「何を言っている?

 まだ実験は終わっていないぞ。

 さっさと脱ぎたまえ」

少し怒った様子で命じてきた。

「いや、だって、味が変わったんでしょ? グレープ味に。

 だったら実験成功で実験終了じゃないですか」

と、オレ。

ドクターはそんなオレを見て、憐憫の表情を浮かべて頭を押さえる。

「君は何度前言を撤回させる気だね。

 本当に馬鹿者だな。

 薬は5種類あるのだよ?

 今試したのはグレープだけで、ほかにまだ4種も残っているではないか」

「でも、ほかのは味が違うだけでしょう?」

「これだから素人は……いいかね、グレープ味の物は、確かに効果は現れた。

 しかし、ほかの4種も同様に効果が現れるとは限らないではないか。

 グレープ味は効果が現れたが、ストロベリー味は効果が現れなかった、などとクレームが来たらどう責任を取るつもりだ、君は?」

「どうって……」

椅子に座ったまま詰め寄ってくるドクターにたじろぎ、椅子ごと後ろにさがるオレ。

「第一、  グレープ味1つとっても、持続時間や効果の変化を調べなければならない。

 その為には少なくとも、あと数度は射精してもらわねばならんだろうな。

 残りの4種も合わせれば、軽く二桁はいくだろう」

「二桁って、オレそんなに出せないですよ!」

無茶な要求を平然と突きつけてくるドクターに、抗議の声を上げる。

ドクターは手を挙げてそれを制し、

「何も1日でやれとは言っていない。

 2・3日、あるいは数日に分けてやればいい。

 その間の費用はサービスしてやろう」

言って、椅子を引いて戻っていく。

しかし、オレはドクターのその言葉に引っ掛かるものがあった。

「……え? ちょっと待ってください?

 その間の費用って、日帰りじゃないんですか?」

「何を突然。 日帰りだなどと言った覚えはないぞ」

尋ねるオレに向かって、ドクターは鼻で笑って答えた。

「日帰りじゃないと言われた覚えもないですよ!

 明日、バイト入ってるんですよ!?」

オレは声を荒げて抗議したが、ドクターはまるで動揺した様子も悪びれた様子もなく、

「では、バイトを休みたまえ。

 バイト先に連絡をする時間ならいくらでもあるぞ」

そう、あっけらかんとした様子で言い放った。

「そんな――」

「それとも!」

抗議しかけたオレの言葉を、ドクターは語気を強めてさえぎり、

「ここでやめて帰るかね?

 もちろん、バイト料は払わんが?」

「うっ……」

バイト料をちらつかされ、オレは言葉に詰まった。

確かに、あと2・3日、長くとも数日、このろくでもない実験に付き合えば、200万という破格のバイト料が入ってくる。

道路工事のバイトでは、いったい何日働けばいいのか分からないくらいの破格のバイト料が。

それは非常に魅力的だ。

「う〜……」

唸って迷うオレに、ドクターがわざとらしく独り言のように呟いた。

「私が君の立場なら、迷わずバイトを休むがね。

 風邪を引いたとか、今はインフルエンザも流行っていたな。

 休む理由ならいくらでも付けられる。

 それに何より、200万は魅力的だからな」

「…………」

「実験はしばらくかかりそうだから、風邪で休むのは難しいな。

 何ならインフルエンザの診断書を書いてやらんでもないぞ?

 医者だからな、私は」

「…………」

「まぁ、無理強いはせんが?」

ドクターは自分の独り言が無理強いとほとんど同義だということを理解している様子で、意地悪く尋ねてきた。

そして、オレは――……

 

 

「……あ、もしもし、監督ですか? レルネーです。

 ちょっとインフルエンザに罹ってしまいまして、それでしばらく休ませて欲しいのですが……」