「……下! …殿下!!」

頭の上でなにやら声がする。

どうやら俺を呼んでいるようだ。

「殿下! 起きてください殿下!!!」

「……うるさいな〜……」

しつこく呼び掛ける声に、目を擦りながら身を起こす。

突っ伏していた机には透明な液体が。

「あ、涎……」

反射的に口元を袖でぬぐう。

「はしたないですよ殿下!

 袖で口をふくなどという品のない行動は慎んでください!」

「あ〜も〜、うるさいな。

 じゃあ、涎垂らしたままにしとけっつーのかよ」

「袖でふかないように、と言っているのです!

 ハンカチでおふきください!」

「はいはい」

「『はい』は1回で結構!」

「は〜〜〜い」

「伸ばさない!!」

「は! い!!」

「ムキにならない!!!」

(ホントにうるさいな……)

心の中で不機嫌に呟き、憮然とした表情を浮かべて横を向く俺。

「大体、これから授業だという時に居眠りなどと……殿下は、ルードラント家の正当な皇位継承者なのですよ?

 もう少し自覚を持っていただかないと困ります!

 そもそもルードラント家というのは――」

どうやら長い説教になりそうだ。

俺に説教をしている、眼鏡をかけた中年の山羊の男ナクルムは、俺の父親、つまりは現皇帝の世話役兼護衛役であり、今は俺の教育役も兼任している。

父も、歳が少し上の彼に教育を受けたらしい。

彼の話によると、父は非常に出来がよかったらしく、よくそのことを引き合いに出される。

「あなたのお父君は、それはもう――」

(ほらな、やっぱり出た)

案の定、父の話が出た。

『お父君に比べて殿下は――』といった直接的な表現はさすがに使わないが、父の優秀さを出されると、遠回しに非難されている気がして(事実、されているのだろうが)気分がよくない。

なおもくどくどと続くいつもどおりのナクルムの説教を右から左に流し、少し離れた位置にある大窓の向こうに目をやる。

大窓の外にあるサンルーム、そしてさらに外にある中庭には、午前の柔らかな日差しが降り注ぎ、中庭の木々は風に揺られている。

こんな日は、外で日向ぼっこでもしたい気分だ。

柔らかい芝生の上に寝転がり、ゆっくりと静かに時を過ごす。

そしてそのうちウトウトとしてきて、暖かな日差しの中、そよ風に吹かれてうたた寝を……

「殿下!!!」

突如、耳元での大声にビクンッと体を震わせる俺。

驚いて見れば、すぐ間近にナクルムの怒った顔が。

「言われたそばから居眠りとはどういう了見ですか!!!」

「あ〜〜〜……寝てた?」

「寝てました!!!」

「あんまり怒ると血管切れるぜ?」

「では、あまり怒らせないでください!!!

 ……ふぅ、もういいです、授業を始めましょう」

半ばあきらめたようにナクルムが言う。

「はじめからそうすりゃいいのに……」

「なにか言われましたか?」

「い〜え、なにも。

 で? 今日はなんの授業だっけ?」

俺の質問に、ナクルムは眼鏡をクイッと押し上げ、

「今日は今までの授業とは少々異なります」

「っていうと?

 今までは、言語学に数学、科学に歴史、闘法に兵法、あとはえ〜と……」

「今日は性教育でございます」

「せーきょーいく?」

「はい。 これは非常に重要なことです。

 性とは生物の根底にある欲求と能力。

 正しい知識を身に付けなければ大変なことになりかねません。

 特に殿下はゆくゆくは皇帝となられるお方。

 過ちは決して許されないのですから。」

いつもに増して真剣な表情で語るナクルム。

話の内容はよく分からなかったが、なにやらとても重要なことらしいことだけは分かった。

「ふ〜ん。 じゃ、始めようぜ」

「ではまずこちらをご覧ください」

言うと、ナクルムは教科書を机の上に置いた。

パラパラとめくっていると、見覚えのある絵が出てきた。

「なんだ、チンコじゃん」

見たことのある絵を目にし、ほとんど無意識に言葉が口をついて出た。

それを聞いた途端、

「なっ! チン……!?

 殿下!!! どこでそのような下劣な言葉を覚えたのですか!!!」

ナクルムが取り乱したように激昂した。

「どこでって……ラックに教えてもらったんだけど?」

「ラック!? 近衛の副隊長のラック殿ですか!?」

「そのラック」

「……あの若造が……!!!」

「……ナクルム、怖い」

いつもと様子が違うナクルムにいささかの恐怖を覚えつつも、オレはなんとか話題をそらそうと試みる。

「え〜と。 で、せーきょーいくってのは?

 ここに書かれてる絵が関係してるんだろ?」

殿下になんという下品なことを――」

どうやら聞こえていない様子。

小声でなにやらブツブツと呟いている。

「……おーい、ナクルムー?」

今度会ったらただでは――」

まだ聞こえていない様子。

その場をウロウロしながらこめかみをヒクつかせている。

「おーい」

「……ハッ!?」

3度目の呼び掛けでようやく気付き、立ち止まってこちらに顔を向ける。

「で? せーきょーいくは?」

「あ、ああそうでした。

 ゴホンッ! 取り乱してしまって申し訳ありません。

 では、気を取り直して……え〜、まずは――」

 

それからおよそ1時間、ナクルムの授業は続いた。

 

「では本日の授業は終了です。

 なにか質問はございますか?」

授業を終えたナクルムは、机の上の教科書を回収し、尋ねる。

初めて習うことではあったが、ナクルムの丁寧な説明もあって、特に聞くようなことはない。

が、ただ1つだけ気になったことがあったので、それを尋ねてみた。

「なぁ。 話の中で出てきたマスターベーションて、自分でチ……じゃなかった、ペニスを刺激するってことだけど、どうやるんだ?

 やり方とかあるのか?」

オレの質問に、ナクルムはいささか動揺した素振りを見せ、

「どう、と言われましても……一般的には手で刺激することがほとんどですが……」

「ほとんどってことは、他にもあるのか?」

「まぁ、道具を使ったりとか……」

「ふ〜ん、道具ねぇ。 ナクルムは持ってる?」

「わ、私がそんな物を持っているわけがないでしょう!」

慌てて否定するナクルム。

どうも今日はいつもと違う反応を示す。

オレはいたずら心を刺激され、さらに質問を重ねる。

「ナクルムはマスターベーションしたことあるのか?」

「な、なぜそんなことを聞くのですか?」

「単なる好奇心。 で、どうなんだ?」

「……ありますよ」

気恥ずかしげにナクルムが答える。

やはり今日のナクルムの反応は面白い。

いつもとは違う、というか、初めて見る反応だ。

質問はさらに続く。

「どうやってやったの?」

「いや、ですから手で……」

「どんな風に?」

「こう……片手を筒状にして……って、殿下!

 私になにを説明させるおつもりですか!!」

「マスターベーションの説明。

 俺の教育係なんだったら、ちゃんと俺の質問に答えてよ」

「……もしかして、私のことをからかっていませんか?」

眼鏡をクイッと押し上げ、少し怒ったような口調で問うナクルムに対し、俺はいたって真面目を装って、

「からかってないよ。

 第一、正しい知識を身に付けろって言ったのはナクルムじゃん」

「それはまぁ、そうですが……」

「だろ? …………そうだ、口で説明するのも面倒だから、やってみせてくれよ」

言った俺の言葉に、ナクルムが瞬時に硬直する。

そして、一拍置いて、

「はい!?」

「だから、ここでやってみせてくれよ、マスターベーション」

「……なっ!? なななな!?」

引きつった表情を浮かべながら後ずさりするナクルム。

なおも口撃は続く。

「道具とか使わないなら、ここでもできるだろ?」

「できるできないではなくできませんよこんなところで!!!」

よほど混乱しているのか、訳の分からないことを早口で叫び、ナクルムは机をバンッと叩いた。

「よろしいですか、殿下!?

 真面目にせよ、からかっているにせよ、そのような下品な言動は今後一切、慎んでください!!

 万一、そんな下品な言動を下の者に聞かれては、殿下の品位に関わります!!!」

「でもさ、そんな下品なこと、なんで教えるんだよ?」

「それは……!」

「正しい知識を身に付けるため、だろ?

 それを知りたがってなにが悪いんだよ?」

「…………」

正論を突き付けられ、ナクルムが再び硬直し、目を泳がせる。

さすがのナクルムも正論で押されては返答に困るようだ。

(よしよし、じゃあとどめだ!)

「それに、ナクルムもマスターベーションしたことあるんだろ?

 じゃあ、ナクルムも下品なのか?」

「!!!」

俺のとどめの言葉に、泳がせていた目さえも止まり、ナクルムが完全に硬直した。

そして長い硬直と沈黙のあと、

「……分かりました。 では説明します」

あきらめの表情を浮かべ、ナクルムが眼鏡の位置を直しながら口を開いた。

「じゃあ、やってみせてくれるんだな?」

「口で説明します」

「ダメ」

「…………」

「…………」

沈黙が2人の間に落ちる。

ややあって、ナクルムがため息交じりに言う。

「殿下、口で説明すれば済む話です」

「ダメ」

「…………」

「…………」

「殿下……」

「説明を渋った罰だ。

 実践して見せてくれよ」

「わがままはおやめください、殿下」

「わがままはそっちだろ?

 ちゃんと説明してくれなかったんだから」

「ですから! 今から説明をすると言っているのです!!」

「ダメダメ、もう遅い」

「殿下!! いい加減にしてください!!!」

「あ〜! じゃあもういいよ!

 父上にやってもらうから」

「ぬぁ!? なりません!!! 絶対になりません!!!」

「じゃ、ラックに――」

「もっと絶対にダメです!!!

 あの方にそのようなことをやらせたら……!

 想像しただけでもおぞましい!!!」

「それじゃあ、ナクルムがやってくれるしかないよな?」

「…………」

「な?」

「…………分かりました」

俺の脅し気味の押しに、ついにナクルムが折れた。

「ですがここではできかねます。

 今夜、殿下のお部屋に伺わせていただきますが、よろしいですか?」

「俺の部屋? 別にいいけど?」

「それでは今夜伺わせていただきます」

あきらめの境地に達したという表情で言い、ナクルムは肩を落として部屋を出ていく。

と、ナクルムが部屋のドアを開けると、そこに人影が。

人影はドアをノックしようとしていたらしく、その姿のままで固まっていた。

「おや? ウィール君、なにかご用ですか?」

ナクルムが人影に話し掛ける。

声を掛けられた人影、ウィールは、俺の世話役の猫獣人の少年だ。

茶と黒の毛皮を持つキジトラ猫のウィールは、突然開けられたドアに驚いた様子で、目を見開いてナクルムを見つめていた。

一拍置いて平静に戻ったのか、ウィールがナクルムに向かって言う。

「ええと、ナクルム様に伝言がありまして、陛下が至急いらして欲しいとのことです」

「陛下が? 分かりました、すぐに向かいます。

 それで、陛下はどちらに?」

「自室に戻るとおっしゃっておりました」

「分かりました」

やり取りが終わると、ナクルムはすぐに部屋を出ていった。

ウィールはそれを見送ったあと、部屋に入ってきた。

「殿下、昼食のお時間です。

 もう用意されているでしょうから、ご一緒します」

「おう」

うながされるまま、俺は席を立ち、部屋をあとにした。

長い廊下を、ウィールを後ろに従えて歩く。

ウィールは、俺より歳が1つ下で、俺が6歳の時に付けられた世話役兼護衛役だ。

雑務一般はもちろんのこと、武芸や勉学にも秀でているため、父である皇帝からも信頼を得ている彼は、以来6年間、ほぼ片時も俺のそばを離れることなく行動してくれている。

少々真面目すぎるのが玉に傷だが、それでも優秀さの方が際立って、息苦しさを感じたことはほとんどない。

そんなウィールが、食堂への道すがら、俺に尋ねてきた。

「殿下、今日はどんな授業を?」

「ん? 性教育」

「せいきょういく?」

「ん。 ……ん?」

ウィールの語尾の上がった疑問形の答えに、思わず俺は足を止めて後ろを振り返る。

ウィールも足を止め、首をかしげて疑問の眼差しをこちらに向けていた。

「知らないのか? 性教育」

「はい」

ウィールが短く答える。

少し意外だった。

今まで俺の質問にはほとんど答えられたウィールが、1つのジャンルの学問を丸々知らないとは。

「どのような授業だったのですか? そのせいきょういくというのは」

「あ〜〜……と」

重ねて尋ねるウィールに俺は答え淀む。

どう説明したものか、と考えている俺に、ウィールの興味深げな視線が注がれる。

と、ふとあることを思い付き、俺は口を開いた。

「マスターベーションって知ってるか?」

 

 

コンコンッ

午後9時。

夕食、そして入浴を終え、自室に戻ってソファの上でくつろいでいたところに、ドアをノックする音が聞こえた。

「ナクルムです、殿下」

ノックの直後にドアの向こうから声が掛けられる。

「開いてるから入ってきていいぜ〜」

ドアの方を向き、答える。

するとドアが開き、ナクルムが部屋に入ってきた。

律儀に後ろを向き、ドアを閉めるナクルム。

どうやら鍵も掛けているようだ。

それが終わるとこちらに向き直り、一礼する。

「夜分に失礼します、殿…………!?」

と、挨拶をし、頭を上げたナクルムの動きが止まった。

その視線は俺のすぐ横に向けられている。

「……ウィール君!?」

驚いた声を上げるナクルム。

その言葉通り、オレの隣にはウィールが座り、俺と同じように入口のナクルムに視線を向けている。

「こんばんは、ナクルム様」

「な、なぜ君が殿下のお部屋に?」

「殿下が来いとおっしゃられたので。

 なんでもマスターベーションがどうとか……」

「……殿下」

ウィールの答えに状況を察したのか、ナクルムが眼鏡を指で押し上げ、物言いたげな視線をこちらに向ける。

「いや〜、ウィールも知らないっていうからさ、ついでにな。

 別にいいだろ?」

ちなみに、ウィールには事前にマスターベーションがなんなのかは教えてある。

部屋に来るように言った時は、恥ずかしいのか拒んだが、やはりそれでも興味はあるらしく、夜になると結局は俺の部屋にやってきた。

それはともかく。

俺の言葉に気分を害したのか、少し怒り気味の口調でナクルムが言う。

「殿下、これは本来なら人前でするようなことでは――」

「じゃあやっぱり、父上かラックに――」

「あああああ! おやめください!

 分かりました、分かりましたから!」

脅しに近い俺の言葉に即座に折れるナクルム。

なんのことか分からないウィールは、不思議そうに俺とナクルムを交互に見ていた。

折れたナクルムは、仕方なさそうにこちらに向かってくる。

「ソファ、座ってもよろしいですか?」

「どーぞ」

尋ねるナクルムに、俺は席を譲る。

ナクルムは俺とウィールの間に座り、ため息を1つ。

そして、一呼吸置き、意を決したかのような表情になると、

「では、これからお2人にマスターベーションの仕方をお見せします。

 1度しかやりませんので、しっかりと学んでください」

言って、ナクルムは上着を脱いで上半身裸になり、そしてズボンの前をゆっくりと開いた。

あらわになった下着に手を掛けると、それを片手で下に引き下げ、もう一方の手で中に収められていたペニスをつかみ出す。

俺とウィールの視線に晒されるナクルムのペニス。

「うわぉ……!」

俺は思わず声を上げてしまった。

ナクルムのペニスは、教科書で見たペニスの挿絵と同じような形で、大きさも俺のペニスよりもはるかに大きかった。

ペニスの下に付いている睾丸も、俺のモノとは比べるべくもないほどに大きい。

「形が違う……」

ウィールの呟きにナクルムが答える。

「それはおそらく包皮が剥けていないからでしょう。

 ウィール君が言っている形の違いは、ここのことでしょう?」

ナクルムが指さしたのは、ペニスの先端、亀頭という場所だった。

「はい、そうです」

答えたウィールに、ナクルムが説明を始める。

「ここは亀頭、そしてここを覆っているのが包皮です。

 亀頭は子供の頃は包皮に覆われているのが通常です。

 二次性徴、つまり殿下くらいの年齢前後から、徐々に包皮が後退をはじめ、亀頭が露出し始めます。

 二次性徴が終わる頃には、私と同様、完全に亀頭が露出したままになります。

 しかし、二次性徴後、常時亀頭が露出している状態になる人間は、人間全体の3割から4割程度で、多くは常時包皮が亀頭に被っている状態です。

 それらの状態は包茎と呼ばれます。

 勃起時に自然に包皮が後退して亀頭が露出する場合、または手などによって包皮を後退させて亀頭を露出させることができる場合は仮性包茎と呼ばれ、方法を問わず亀頭の露出が困難な場合は真性包茎と呼ばれます。

 前者が包茎全体9割を占め、後者が1割程度です。

 前者は健常な状態ですが、後者は医学的には治療が必要な状態とされています。

 余談ですが、辺境の地域、あるいは一部のカルト宗教では、割礼と呼ばれる、幼い時に包皮を切除してしまい、亀頭を常時露出させておくという儀式があります。

 現在、この割礼という儀式は、コスモスによって人権を無視した行為だとされ、我が国でも子供の意思確認をせずに割礼を施した場合、依頼した親、および施術した医師は罰則を受けます。

 話はそれましたが、ウィール君もいずれは私のような形状になると思われますのでご心配なく」

まるで授業と同じような態度で淡々とした説明をするナクルムに、ウィールは興味津々でうなずき、耳を傾けていた。

しかし、すでに昼間の授業で習っていた俺は、

「説明はいいから、早く見せてくれよ」

と、ナクルムをせかした。

ナクルムはチラッとこちらに目を向け、

「では、今から始めます」

自らのペニスに右手を添えた。

「まずはペニスを勃起させます。

 勃起させるには、視覚や聴覚などによる性的興奮を得るか、このようにして――」

ナクルムがペニスの竿の部分を右手で握り、上下に動かす。

「手などを使ってペニスを直接刺激するのが一般的です」

ナクルムの柔らかなペニスが刺激されて表皮が動く様子を食い入るように見つめる俺とウィール。

俺達が見つめるなか、しばらくしてナクルムのペニスに変化が表れ始めた。

柔らかいペニスが、まるで中に芯を通したかのように硬度を持ち始め、全体的に膨張を始めたのだ。

勃起という現象は知っていたし、朝目覚めると、時折勃起している、という経験をしたこともあったが、実際に勃起するプロセスを見たことがない俺は、その様子を目を見開いて見守っていた。

それはウィールも同じようで、俺と同じく、目を見開いて、徐々に大きくなっていくナクルムのペニスを見つめている。

そうこうしているうちに、ナクルムのペニスは最初の2倍近い大きさに膨れ上がり、ナクルムが手を放したあとも、硬度を保ったまま天井に向かって屹立していた。

「この状態がペニスの勃起状態です。

 お2人共、朝目覚めた時にこのような状態になっていることを経験されたことがあるのではないでしょうか?

 ともあれ、これがマスターベーションの第1段階です。

 これからがマスターベーションの本番になります」

言ってナクルムは、再び勃起したペニスを右手で握った。

が、

「あ、ちょっと待った」

続きを始めようとしたナクルムを、俺が制す。

「? なんでしょう?」

「あのさ……ちょっと触らせてもらっていいか?」

遠慮がちに尋ねる俺。

断られるかとも思ったが、返ってきた答えは意外なものだった。

「……構いませんよ。 ウィール君も触りたければどうぞ」

突然、名を呼ばれたウィールが、驚いて体をピクつかせる。

ナクルムは右手をペニスから離すと、俺達が触りやすいように腰を少し突き出した。

俺は勃起したナクルムのペニスに手を伸ばすと、その竿の部分に指先を当てた。

「……熱くて硬い……」

獣人の体の中で数少ない地肌が露出しているその部分は、指先に新鮮な感触を伝え、俺は呆けたようにさすり続けた。

毛で覆われている、睾丸の収められた袋から上に向って、毛が薄くなりまばらになった竿と袋の境目、地肌の露出した肌色の竿、ぷっくりと膨れ上がった薄赤い亀頭の先端まで、その感触を確かめるように、何度も指を往復させる。

ナクルムを挟んで向かいにいるウィールも、俺の動きを真似て指先を動かしていた。

時折、ペニスが小さく動き、ナクルムの口からは小さな吐息が漏れる。

その顔には、授業中では見られない、放心したような表情が浮かんでいた。

しばらくの間、ウィールと2人でナクルムのペニスをさすっていると、

「……そろそろよろしいですか?」

ナクルムが小さく呟いた。

その言葉を合図に、俺とウィールはペニスから手を離す。

「では始めます」

静かにそう言うと、ナクルムはペニスを握り、先程と同じように上下に動かし始めた。

勃起したペニスは握りやすいのか、先程よりもスムーズに上下動が行われている。

俺とウィールの見守るなか、リズミカルに上下動を繰り返すナクルムの口から、かすかな吐息が漏れ始めた。

その吐息が苦しそうに聞こえたのか、ウィールが心配気に尋ねる。

「大丈夫ですか? 苦しそうですけど……」

「……ええ、大丈夫ですよ。

 この喘ぎは苦痛からくるものではなく、快感からくるものですから」

「気持ちいいのか?」

「ええ。 ペニスへの柔らかい刺激は快感を伴いますので。

 この快感が最高潮に達すると射精に至ります。

 ウィール君は射精をご存じですか?」

「え? あ、いいえ」

「射精というのは精液が放出されることをいいます。

 精液というのは、子供のもととなる細胞である精子を含んだ液体のことです。

 これを放出するための行為の1つがマスターベーションというわけです」

ウィールに簡単な説明をしつつも、ナクルムの手は止まることなく動き続け、次第にペニスにも新たな変化が起き始めていた。

亀頭の先端から透明な液体が溢れ始め、竿を伝って流れ始めたのだ。

最初は尿かとも思ったが、それにしては随分とねっとりとしている。

俺の疑問を察したのか、ナクルムが説明を始めた。

「……これは尿道球腺液といって、男性の性的興奮が高まった時に放出される液体です。

 見てのとおり、粘性に富んだ液体で、マスターベーションにおいては潤滑剤の役割を果たしてくれます……」

丁寧に説明してくれるナクルムだが、心なしか声が小さくなり、手の動きが早まったような気がする。

すでに粘液でまみれた手とペニスとの間からは、クチャクチャと湿った音が鳴り始めており、それにナクルムが漏らす小さな喘ぎが混ざり、広く静かな室内に消えていく。

リズミカルに続くその行為に、ナクルムが変化を付け始めたのは、それからまもなくのことだった。

それまでの竿を扱くだけの行為に、新たに、掌全体で亀頭を握り、その手を回転させるという行為が加え、それを交互に繰り返し始めたのだ。

亀頭を刺激するという行為によってそれまで以上の快感が得られるのか、亀頭の上で手を回転させるたびに、ナクルムの口からは荒い息が漏れ出す。

俺とウィールは、ナクルムのペニスと顔を交互に見やり、息をのんでその様子を見守っていた。

が、そのうちに俺は自分の体の変化に気付いた。

ナクルム同様、ペニスが勃起してしまったのだ。

目で見なくとも、手で触らなくとも分かる。

俺のペニスは、確実に下着の中で勃起し、それは俺に痛みすら感じさせた。

その痛みから逃れるために、俺はソファの上でわずかに腰を引かせる。

ふと気になって見れば、ウィールも同様に若干腰を引かせ、そのうえ、ズボン越しに股間を抑えている。

そんなウィールの様子を見て、俺もズボン越しにでもペニスに触れたくなるような不思議な感覚を覚えたが、なんとか自制してナクルムの行為を見守ることに成功した。

俺の葛藤をよそに、ナクルムはペニスを刺激し続けている。

目を閉じ、口を半開きにして荒く息を吐き出すその様は、いつものナクルムからは想像もつかないほどに妖しく見えた。

そしてナクルムの行為を見続けること、その後数十秒。

ナクルムが喘ぎを混じらせ、告げた。

「そろそろ射精します……よく、見ていてください」

その宣告に、俺とウィールはナクルムのペニスを凝視する。

今やナクルムの手の動きは非常に素早くなっており、それがなにを意味するかは、おそらく本人に宣告されるまでもなく分かっただろう。

全身を硬直させ、不自然ともいえるほどに伸ばされた足首。

虚ろな表情で自らのペニスを見つめ、だらしなく舌を伸ばしたその表情。

獣のような荒々しい息遣い。

高速で上下動を繰り返す手の中で、さらに膨張したように見えるペニス。

それらすべてが、その時を今か今かと待っているように見えた。

そして、

「で、出ますっ!!!」

ナクルムがそう言い放った数瞬後。

亀頭の先端から、白い液体が矢のように飛び出した。

それは放物線を描き、ナクルムの顔、眼鏡、胸、腹に飛び散り、クリーム色の毛皮を白く色付けていく。

そうしている間にも、白い液体は次々に亀頭から放出され、ナクルムの体を白く染めていった。

何度も脈打ち、白い液体を放ち続けるナクルムのペニスは、それ自体が意思を持った別の生き物のように見えた。

やがて放出される白い液体の勢いは弱まり、最後には亀頭から糸を引いて垂れ下がるだけにまでなった。

「はぁ…はぁ…はぁ……これが、射精、そして、精液です……」

息切れをしながら説明するナクルム。

しかし俺は、初めて見る射精の瞬間に呆気にとられ、そんな言葉など耳にも入らなかった。

ナクルムの体中に飛び散った精液からは、今までに嗅いだことがないような生臭いにおいが漂っている。

奇妙な興奮を覚えさせるそのにおいにつられ、俺はナクルムに付着した精液を指ですくい取って眺めてみた。

それは白濁しており、ぬめり気のある、粘液に近い液体だった。

初めて見る精液をひとしきり眺めたあと、ナクルムのペニスに目を移せば、まだ硬さは残っているように見えたが、ダラリと萎え、射精前ほどの硬さはないように思えた。

「あとはこの精液の後処理をしてマスターベーションは終わりです。

 殿下、なにかふき取る物をいただけませんか? ……殿下?」

「……あ。 え、なに?」

次第に萎え、通常の状態に戻っていくナクルムのペニスを凝視していたため、ナクルムの言葉が耳に入らなかった俺は聞き返す。

いつもならここで小言の1つでもくるところなのだが、

「精液をふき取るための物をいただけませんか?」

ナクルムは小さくため息だけつき、そう言うと、それだけで済ませた。

俺は言われるままにテーブルの上のティッシュを数枚取り、ナクルムに手渡す。

手渡されたティッシュで眼鏡を拭き、さらに体中に付着した精液をふき取るナクルム。

と、事後処理にいそしむナクルムを眺めていると、向かいに座っているウィールの異変に気付いた。

手を股間の上に置いたまま、モジモジと身じろぎしている。

「ウィール?」

俺が問い掛けると、ウィールはビクッと体を震わし、恥ずかしげに下を向く。

その様子に気付いたナクルムが、拭き取る手を止め、下からウィールをのぞき込む。

「ウィール君? ひょっとして……」

ナクルムがすべてを言い終える前に、ウィールは小さくうなずいた。

「……下着を取り替えた方がいいでしょう。

 精液は乾くと異臭を放ちますから」

そのナクルムの言葉に、俺はようやくウィールになにが起きたのか分かった。

「射精したのか?」

俺の問い掛けに、ウィールはチラッとこちらに目をやり、気恥ずかしげにうなずいた。

その答えに、俺はちょっとした嫉妬と屈辱を覚えた。

(年下のウィールが射精して、俺はまだなんて……)

俺は、先程ペニスに触れることを自制したことに少々後悔する。

いまだに俺のペニスは下着の中で勃起したままになっており、多少先端が湿り気を帯びているような気がする。

目の前ではナクルムが精液の拭き取りを再開しており、ウィールはティッシュを手に取って、こちらも精液の拭き取りをしようと、申し訳程度にズボンと下着を開いて、中に手を差し入れていた。

その光景を見て、俺だけが仲間外れのような気がして、悔しさが込み上げてきた。

興奮と嫉妬と屈辱と悔しさが俺の中で入り混じり、一瞬頭の中が一杯になり、真っ白になる。

そして気が付くと、俺は無意識に口を開いていた。

「俺も、射精したいんだけど……」

突然の俺の発言に、ナクルムもウィールも手を止め、驚いた表情でこちらを見る。

自分でもなにを言ったのか理解できなかった。

自分の発言を反芻し、ハッとなる。

「あっ! いやその……」

慌ててごまかそうとするが、俺の発言は明らかにナクルムにもウィールにも聞かれており、もはやごまかしようがなかった。

途端に恥ずかしさが頭を満たし、俺は2人の視線から逃げるようにうつむいてしまった。

重い沈黙の中で、自分の心臓の鼓動だけが、異常に大きく全身に響いている。

「……殿下」

重い沈黙を破ったのはナクルムだった。

俺はうつむいたままナクルムの次の言葉を待つ。

「マスターベーションの方法は先程お見せしたとおりです。

 あのとおりに行えば、おそらく殿下も射精できるでしょう」

当然といえば当然の答えに、俺はうなずく。

「ですが……」

まだ言葉を続けるナクルムに、俺は顔を上げてナクルムを見る。

俺と目が合うと、ナクルムは少し気恥ずかしそうに目をそらし、

「まだ分からないというのであれば、私がもう1度実践してみますが?

 ……その……殿下のお身体で……」

そう言って、今度は顔ごと目をそむけてしまった。

獣人は顔も毛に覆われているため、皮膚の紅潮が外からは分からないが、ナクルムの様子を見るに、おそらくは完全に顔が真っ赤になっていることだろう。

今日、感じたなかで、もっとも意外な発言に、俺は戸惑った。

しかし、戸惑いをはるかに凌駕する興奮が、勝手に俺の口を動かしていた。

「……うん」

俺の答えを聞き、ナクルムがウィールに顔を向ける。

「そういうわけでウィール君。 君は――」

「いい!」

ナクルムがなにを言おうとしたのかを瞬時に察した俺は、思わず大声を出していた。

「殿下?」

「いいよ。 ウィールにもいてもらって……」

「しかし……」

「いいから」

俺とナクルムのやり取りに、当のウィールは戸惑った様子で、俺とナクルムを交互に見ていた。

「……殿下がそうおっしゃるのならば」

しばらくしてナクルムが言った。

俺はうなずき、ウィールはまだ戸惑った表情を浮かべている。

「では殿下――」

ナクルムがみなまで言い終わるのを待たず、俺はソファから立ち上げると、上着に手を掛け、脱ぎ始めた。

上着を脱ぎ終わったあとは、ズボンを脱ぎ、一気に下着も脱いで全裸になる。

ナクルムとウィールの前に晒される俺の裸体。

ウィールとは何度も一緒に風呂に入っているので、裸体を見せるのは初めてではない。

しかし、ペニスが勃起した状態の裸体を見せるのは初めてだ。

ナクルムにいたっては、裸体どころか、上半身を晒したこともない。

それを認識した途端、急に恥ずかしさが込み上げてくるが、今更あとには引けない。

2人の視線を感じつつ、全裸のまま、ナクルムに近寄る。

1歩踏み出すと、股間で勃起したペニスが揺れた。

ナクルムは両手を伸ばし、俺を引き寄せて自分の体の上に座らせた。

体の背面でナクルムの体温を感じ、俺はされるがままにナクルムに体を預ける。

「よろしいですか?」

耳元でささやくナクルムに、うなずいて了承の合図を出す。

それを確認したナクルムは、俺の背後から右手を伸ばし、勃起して先端を湿らせた俺のペニスを優しく握った。

「ッ!」

その刺激に、俺は身を竦ませてしまう。

しかし、ナクルムは構うことなく握った手を上下に動かし始めた。

先端をわずかにのぞかせるほどに皮を被った俺のペニスが、その皮と粘液とがこすれ合う粘着質のクチャクチャという音を立て始める。

その様子はナクルムのペニスとはまるで違っていた。

だが、それでも俺のペニスから全身に広がっていく快感は、ナクルムが感じていた快感と同じものなのだろう。

ナクルムはしばらく手を上下動させ、ウィールは食い入るようにその様子を見つめ、俺は快感と興奮と恥ずかしさに翻弄されていた。

と、ナクルムが上下動をやめないまま、再び耳元でささやく。

「……これから包皮を剥きます。

 痛みを感じたらおっしゃってください」

「あ……?」

ボーッとする頭で、ナクルムが言った言葉の意味をよく理解しないまま、俺はうなずいて答えた。

ナクルムは上下動をやめると、ペニスの先端の方を握り、ゆっくりとその手をペニスの根元の方に向って押し下げていった。

亀頭の先端をほとんど覆っていた包皮が、徐々に徐々に剥き上げられていき、真っ赤な色をした亀頭が顔を表わし始める。

隣でゴクリという、ウィールの息をのむ音が聞こえる。

包皮は亀頭の中ほどまで剥かれ、なおも剥き上げられていく。

徐々に太くなる亀頭の最後の部分、もっとも太くなっている亀頭の根元まで包皮が剥き上げられた時、

「んっ!」

亀頭と包皮に若干の抵抗を感じた俺は、小さく呻いてしまった。

ナクルムの包皮を剥き上げる手が止まる。

「痛いですか?」

その言葉に俺は首を横に振って答えた。

引っ掛かりのような抵抗は感じたものの、痛みというほどではなかった。

俺の応答に、ナクルムは再び包皮を剥き上げていく。

そして、ついに包皮は完全に剥き上げられ、真っ赤な亀頭が姿を現した。

亀頭はまるで真っ赤に熟れたサクランボのようで、その先端から溢れ出した粘液によってツヤツヤと光っていた。

よく見ると、亀頭の最も太い部分に、白いなにかが付着している。

「これは……?」

ウィールが顔を近付けて観察しようとする。

が、

「ッ!」

ある程度まで顔を近付けた時、顔をしかめて顔を離した。

「これは恥垢といって、尿や精液のカスがたまったものです。

 通常、亀頭が常時露出している場合には発生しないものですが、包茎の場合には亀頭を露出して風呂などでよく洗わないと発生してしまうのです。

 強い異臭を放ちますし、炎症を起こしたりもしかねないので、洗い流してしまった方がいいでしょう」

説明するナクルム。

どうやら、ウィールが顔をしかめたのは、異臭が原因らしい。

きれいにしていたつもりなのだが、まさかこんな場所にこんなものがたまっているとは思わず、俺は軽いショックを受ける。

しかし、そんな俺の様子にお構いなく、ナクルムが言葉を続ける。

「ウィール君。 君は亀頭を露出したことは……ありませんね?」

「はい」

ウィールが恥ずかしそうにうなずき、答えた。

それを見て、ナクルムが俺に問い掛ける。

「殿下、失礼ですがお風呂をお借りしても?」

「え? ……ああ、うん」

きっと恥垢を洗い流すつもりなのだろうと判断し、俺は了承する。

俺の自室に隣接した部屋には、俺専用の風呂が設置されている。

扉を1つ開ければ行ける場所なので、服を着る必要もない。

「では、まずはそこで恥垢を洗い流しましょう。

 ウィール君もおそらくたまっているでしょうから、ご一緒にどうでしょう、殿下?」

「別にいいよ」

「ウィール君は?」

「あ、それじゃあ……」

「では、行きましょう」

そう言うと、ナクルムは俺を自分の体から下ろした。

下ろされた俺は、全裸のまま、隣接した風呂へと向かって2人を先導する。

途中で中断されてしまったとはいえ、俺の興奮は冷めやらず、むしろ、これから風呂場で行われることを考えると、股間のペニスはますます硬く勃起していった。

そして、風呂への扉の前までくると、期待と興奮に胸を沸かせ、扉を開けた。

 

 

(いったいなにをしているんだ)

そう自問し、徐々に水量を上げていく浴槽を見つめる。

後ろでは、殿下と世話役のウィール君がこちらを眺めている。

普段ならば世間話めいた会話でもしているのだろうが、今はそんな状況ではないらしい。

2人とも黙り込んでいる。

しかも全裸で、そのうえペニスを勃起させた状態で。

浴槽が湯で満たされるまで、まだしばらく時間が掛かるだろう。

それまでに殿下とウィール君の体を流しても構わないのだが、私は自問せずにはいられなかった。

ウィール君はともかく、いずれは主に頂く殿下に、直接的に性の手解きをしてしまった、そして、これからしてしまうことを。

口頭で伝えるだけのはずが、こんな状況になるとは思いもしなかった。

(……いや)

ふと頭の中を昼間のことがよぎった。

 

コンコンッ

「ナクルムです、陛下」

飾り気のあまりない扉をノックし、声を掛ける。

「入れ」

短い答えを受け、扉を開いて中に入る。

「失礼します」

部屋の中央の椅子に座り、こちらを見ている皇帝陛下に一礼する。

陛下は、長いタテガミを指で弄び、私に向って手招きをした。

どうやら、向かいの椅子に座れ、という意味らしい。

指示を受けた私は、手招きに応じ、陛下とはテーブルを挟んだ向かいの椅子に座る。

「なにかご用でしょうか?」

椅子に座ると、一拍置いて私から切り出す。

陛下はタテガミを弄ぶのをやめ、口を開いた。

「ああ。 息子のことが気になってな。

 どうだ? 授業の進み具合は」

「順調です」

「本当か?」

陛下の質問に即答した私に、陛下もまた即答で質問を返す。

私は少し考え、正直に答えることにした。

「……正直、少々勉学に関しての興味が薄れてきているように思われます。

 本日も居眠りをしておりました」

「あいつ、私には真面目に勉学に取り組んでいると言っていたくせに。

 あとで仕置きが必要だな」

ニヤリと笑い、陛下が言う。

言葉ではこう言っているが、仕置きといっても二言三言小言を言うだけだろうということは分かっていたので、私はあえてなにも言わなかった。

陛下が言葉を続ける。

「それで、今日はなにを教えた?」

「はい。 ……本日は性について」

一瞬、今日の夜のことが頭に浮かんだが、私はそれを振り払って答えた。

それを聞いた陛下は、感慨深げに言う。

「そうか。 あいつももうそんな歳か」

遠い目をして窓の方に目をやる陛下。

その様子を見て、私は、

「はい」

としか答えられず、陛下の次の言葉を待った。

陛下はしばらく窓の外を眺めたあと、私の方に向き直って、悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

「懐かしいな。 覚えてるか?

 昔、お前が私に性について教えてくれた日のことを」

「……ええ」

陛下の言葉に、昔の記憶が呼び起こされる。

それは苦くもあり、また恍惚の記憶でもあった。

「あの時は凄かったな。

 一晩中、飽きもせずに、よくもまあ続けられたと、今にしても思うぞ」

「…………」

笑いながら言う陛下に、記憶はさらに鮮明に浮かび上がってきた。

 

「おい、ナクルム」

「はい? なんでしょう、殿下」

「お前、このマスターベーションってやつ、やったことあんのか?」

「……それを聞いてどうするおつもりですか?」

「聞かれたことに答えろよ」

「…………ありますよ」

「じゃ、実演してみてくれ」

「な、なななな!?」

「今晩、部屋で待ってるからな。

 来なかったら父上に報告してやる。

 ナクルムが俺に真面目に授業を教えてくれなかったってな」

「で、殿下! 僕はそんなこと! 殿下!! 殿下!!!」

 

「ちゃんと来てくれるなんて偉いじゃん」

「……あのような脅し文句を付けられたら、来ないわけにはいかないでしょう」

「ははは。 そりゃそうか。

 俺って悪い奴だよな〜」

「……自覚してる分、なお悪いですよ、殿下」

「まぁまぁ。 で、さっそく教えてくれるんだろ?」

「……仕方ありませんね。 また脅されても困りますから」

「はは、よく分かってるじゃんか。

 じゃ、さっそくやって見せてくれよ」

 

「うわっ! すっげぇ!

 これが精液か?」

「は、はい……」

「すげぇな〜、こんなのが出てくるのかよ。

 ……なぁ、俺も出せるかな?」

 

「うあ…な、なんかキてる……」

「そのまま扱き続けてください。 じきに――」

「あっ! 出る!!!」

「うわっ!?」

「あ…あぁ……」

「…………」

「はぁ、ふぅ、ふぅ、ふぅ〜…………すっげぇ気持ちよかった……

 ……あ、悪ぃな、なんかお前の顔まで飛ばしちまった。

 そこまで飛ぶとは思わなかったからよ」

「……いえ」

「……ところでさ」

「?」

「子供の作り方も、知ってる?」

「…………」

 

「うあぁぁ! や、っべぇ! 気持ち、よすぎ!!」

「あっ! あっ! で、殿下!」

「お前の、中、熱い……!」

「で、んか! も、もっと、ゆっくり!」

「わり、ぃ! でも、とまらねぇ!!」

「いぁ! い、いたっ! いぃ!!」

「んあ! あっ! ま、また、キた!!」

「で、でん、か!! あぁ! あぁぁぁ!!」

「ぐぅぉおおお!!!」

「あぁぁぁぁ!!!」

 

「……大丈夫か?」

「……まだお尻が痛いです」

「悪ぃ。 でも、どうにも止まらなくてよ」

「もういいです。 済んだことですから」

「ホント、悪ぃ。 ……あのよ、このことは――」

「分かってます。 誰にもいいませんよ。

 ……言えるわけないじゃないですか」

「……だな」

 

「考えてみれば、私の童貞はお前にささげたわけか」

そう言って笑い声を上げる陛下に、私はため息をつき、

「笑い事じゃありませんよ」

「だが、あれほど燃えたのは、あの日と、妃との初夜くらいなものだぞ」

臆面もなく言う陛下に閉口しつつ、私は顔をそむけた。

陛下は顔に笑顔を貼り付けたまま、言葉を続ける。

「あいつも私の子だ。 なにか無茶を言ったんじゃないのか?」

「いえ。 殿下は陛下とは違いますので」

「なかなか言ってくれるじゃないか」

言って笑う陛下とは目を合わせず、あいまいな作り笑いを浮かべた。

 

(私は、またあの日と同じことをしようとしているのか?)

湯で満たされていく浴槽を見つめて思う。

普段から殿下には、陛下は優秀だったと伝えている。

それは間違いではない。

しかし、確かに優秀ではあったが、性格は破天荒で、今の殿下よりも扱いの難しい存在だった。

だからこそ、あの日、あの夜、あのようなことをしてしまったのだ。

(殿下はどうなのだろうか……)

そう思い、後ろをチラリと振り返る。

殿下はうつむいて床を眺めたまま、身じろぎひとつせずに湯がたまるのを待っていた。

となりではウィール君が、自分の股間に手をやり、包皮を後退させようと試みている。

(ウィール君の振り回され振りを見るかぎり、どうも殿下も陛下も変わりはなさそうな気がするが……)

「なあ」

と、突然殿下が口を呼び掛けてきた。

「はい?」

思考が中断され、反射的に答える私。

「お湯、もういいんじゃないか?」

「え? あ」

言われて見てみれば、浴槽からは湯が少し溢れ出ていた。

慌てて栓を閉める。

(……考えていても仕方がない。

 同じにせよ、違うにせよ、あの日のようなことが起きないようにしなければ)

そう結論し、私は小さく息を吐いて思考を区切り、

「ではお2人共、お湯で体を流してください」

2人をうながした。

その間、私はシャンプーを手に取って泡立てる。

少しして、

「これでいいのか?」

体をまんべんなく濡らした殿下が私に声を掛けた。

全身の被毛が体に張り付き、一回り小さくなったように感じる。

その中心では、ピンッと張り詰めたペニスが、小さく震えながら天井を向いていた。

「まずは殿下から洗わせていただきます。

 殿下、今度はご自分で包皮を後退させてみてください」

「う、うん」

言われて殿下は、緊張気味に、勃起したままのペニスに手を掛けた。

そして、先程私がしたように、ペニスを握り、ゆっくりと根元へと手を引き下げていく。

すでに私の手によって一度後退した包皮は、最初の時よりもたやすく亀頭の上を滑り、後退していった。

あらわになった殿下の真っ赤な亀頭。

私はその亀頭に、泡だらけの手をそっと添える。

んっ!」

私の手が亀頭に触れた瞬間、殿下の口から小さな呻き声が漏れた。

「少し、我慢してくださいね」

そう言って、私は構わず殿下の亀頭の洗浄をする。

恥垢の付着した溝を中心に、亀頭全体に泡を伸ばし、なるべく優しく洗浄を試みる。

しかし、初めての直接的刺激と言って差し支えないその刺激に殿下はあえぎ、

「っ! んっ!!」

私の手が少しでも強く亀頭に触れると、腰を引いてしまうのだった。

このままでは時間が掛かると判断し、私は殿下の後ろでその様子を見ていたウィール君に声を掛ける。

「ウィール君。 すみませんが、少し殿下の腰を押さえていてくれませんか?」

「あ、はい。 では殿下、失礼して」

答えたウィール君は、後ろから殿下の腰に両手を添えた。

前後に逃げ場を失った殿下は、私の手にされるがままにペニスを洗浄される。

途中、何度か腰が引けたようだったが、ウィール君に押さえられているためにそれもできず、それから程なくして殿下のペニスの洗浄が終わった。

手桶に湯をすくい、ペニスについた泡を落としてやると、恥垢がきれいに落とされ、湯で濡れてツヤツヤと光る殿下の亀頭が再び姿を現した。

「これでおしまいです。

 これからはこのようにして、毎晩包皮を後退させて亀頭の洗浄を行ってください。

 毎日洗浄すれば、恥垢が付着することもなくなるでしょう」

私の説明に、殿下は少し息荒くうなずいた。

「次はウィール君の番です。

 こちらへ来てください」

そう呼び掛け、ウィール君を殿下の横に立たせる。

そして、湯で濡れそぼったウィール君のペニスに手を添え、殿下にした時と同じように、ゆっくりと包皮を後退させていく。

「痛かったら言ってくださいね」

「は、はい」

少し上ずった声を上げ、ウィール君が答えた。

しかし、それから包皮を完全に後退させるまでの間、ウィール君が痛みを訴えることはなく、

「あ……やっぱり僕のにも恥垢が……」

あらわになった亀頭を見て、少しショックを受けたようにそう言っただけだった。

「初めて亀頭を露出させた場合には仕方ありません。

 何年もの間にたまっていたものなのですから。

 これから毎日清潔にしていけばいいだけのことです」

フォローの言葉を掛けながら、私は再びシャンプーを泡立てる。

と、シャンプーの泡立てが終わり、これから洗おうとした時、殿下がウィール君の後ろに移動し、その腰を両手で押さえた。

「こうしといた方がいいんだろ?」

自分が洗われた時のことからそう判断したのか、殿下が言う。

私はそれを見て一礼し、

「お願いします」

一言言って、ウィール君のペニスに手を掛けた。

「ひっ!」

ウィール君も殿下同様、亀頭に指先が触れると声を上げて腰を引こうとする。

しかし、当然殿下が腰を押さえているので腰を引くことはできない。

洗浄の間、ウィール君もしきりに声を上げていたが、洗浄が済むと、安堵したように息を吐いた。

「これで洗浄は終了です。

 もう臭わないはずですよ」

それを聞いた殿下は、洗い立てのウィール君のペニスに鼻を寄せ、においを嗅ぐ。

鼻を寄せられたウィール君は、恥ずかしそうに殿下の仕草を見下ろしている。

「……うん、シャンプーの匂いしかしない」

呟くように言い、殿下が立ち上がる。

そして、小さく深呼吸すると、私に視線を向けた。

視線の意味を理解し、私はうなずき応える。

私は浴槽の縁に座ると、殿下を私の両腿の上に座るようにうながした。

殿下は、先程と同じように後ろから抱え込まれる形で私の上に座る。

ウィール君は殿下の斜め前に座り、これから行われることに息を飲んでいるようだった。

「よろしいですか?」

私が尋ねると、殿下は小さくうなずいて応えた。

私は遠慮なく、右手で殿下のいきり立ったペニスを握り込む。

まだ成長しきっていないペニスは、あっさりと私の手の中に収まり、震えるように小さく脈打っていた。

痛みなど感じさせないよう、できるだけ優しく握り、静かに、ゆっくりと手を上下に動かす。

私の手の動きに合わせ、浅い息遣いが殿下の口から漏れた。

ウィール君は、その様子を口を半開きにして凝視している。

やがて興奮が高まったのか、前屈みになって右手を自らの股間に伸ばしていた。

主として仕えるはずの者の痴態を見て興奮するだけならいざ知らず、それを餌に自らを慰めることなど臣下としてあるまじき行為なのだが、まだ性のコントロールができない年齢では、彼が行為に走るのは仕方のないことだろう。

ウィール君を視界の隅に捕え、そう思いながら、私は殿下を刺激し続けた。

年齢にしては幾分大きく思える殿下のペニスの先からは、快感を示す透明な液体が少しずつ溢れ出し、シャワーの水分と合わさって淫猥に光り、音を立てている。

それは包皮を剥いたばかりの殿下のペニスにとって最良の潤滑油となり、亀頭の上を滑る包皮の動きを滑らかにしていた。

殿下は、何度となく剥き出される亀頭を、その上を滑る包皮を、先端から溢れ出る粘液を、私の手の動きに合わせて弾んでいる睾丸を、半ば虚ろな表情で眺めていた。

私は、殿下のペニスから伝わる体温と、殿下の口から漏れるかすかな吐息に、ほとんど無意識のうちに興奮をしていた。

同時に、股間に血液が集中し始めたのを感じ、焦りを覚える。

もしこのまま勃起してしまえば、私のペニスは確実に殿下の背に当たり、それに気付いた殿下がどういう行動に出るかは容易に想像がつく。

途端に、私の脳裏に、あの日の陛下との情事がよぎる。

(ダメだ!)

心の中で叫び、あと数回脈打つだけで殿下の背に触れてしまうだろう自らのペニスを、なんとか諌めようと試みる。

その思いが伝わったのか、私は知らず知らずのうちに、殿下を刺激する手に力を込めてしまっていた。

今までよりも強い刺激を与えられた殿下のペニスは、あっという間に絶頂近くまで押しやられてしまったようだ。

「あっ! な、なんか、出そう……!」

不安と期待と興奮が入り混じった声で言う殿下。

その声に、私は殿下のペニスに目を落とす。

通常の勃起状態よりも幾分大きく、硬くなったペニス、そして膨れ上がった真っ赤な亀頭を見て、殿下のペニスが射精寸前なのが、すぐに分かった。

あと数回上下に動かすだけで、否、おそらくは今手を放してしまっても、殿下の射精は始まるだろう。

瞬間的にそう判断した私は、自分を諌めることを忘れ、殿下の精通のために、素早く手を動かした。

と同時に、諌めることを忘れた私の頭に、無意識の興奮が広がる。

それは当然のごとく私の下半身と直結し、ただでさえ諫める時間がなかった私のペニスは鎌首を持ち上げ、回避しようとしていた事態を回避できなかった。

私の亀頭の先端が殿下の背に触れた。

その刹那、

「あっ!!! あぁぁぁぁぁ!!!」

殿下が体をのけ反らせ、声を上げて絶頂に達した。

私が根元まで手を下した瞬間、剥き上げられた亀頭の先端から、精通の、濃い精液が一気に噴き出した。

溢れ出るというより、噴出といった方がいいだろう。

殿下の放った精液は、殿下の顔に向けて、1m以上も飛び上がり、それは飛沫とはならず、そのまま殿下の顔に掛かった。

そして、殿下の頭を越えて飛んだ精液は、私の頬と鼻先にも掛かる。

特有の雄臭いその臭いは、私をひどく興奮させてしまった。

それはその臭いが、陛下とのあの日を思い起こさせたからにほかならない。

興奮を増長された私には、もはや自分のペニスを諌めることなどできはしなかった。

ましてや、殿下が身をのけ反らせたために、殿下の背によって直接刺激されてしまっている今は。

私は少しでもそれから逃れようと、頬と鼻先の精液を指で拭い落とす。

一方、私の苦闘など露知らず、殿下は初めて味わう至上の快感に酔っているように、だらしなく口を開き、今だに脈打ち、精液を吐き続けている自らのペニスを、焦点の合っていない目で眺めていた。

私が手を離したあとも脈打ち続けているペニスをしばらく眺め、やがてチラリとウィール君の方に目を向けた。

「ウィール」

目を見開いて殿下の射精の瞬間を見ていたウィール君が、声を掛けかれてハッとする。

右手に握りしめられたペニスからは、透明な液体が糸を引いて滴っている。

恥じ入るようにうつむいてペニスから手を離したウィール君に、殿下はさらに声を掛けた。

「こっちこいよ」

その声は、自らを餌にされたことを怒ったふうではなく、どちらかといえば、淫猥な響きを帯びているように聞こえた。

言われるがままにウィール君が殿下に歩み寄り、その目の前に立つと、殿下はおもむろにウィール君の濡れそぼったペニスに手を掛けた。

「あっ!?」

殿下の行動に、ウィール君が驚いた声を上げて腰を引く。

しかし、殿下はウィール君のペニスを離そうとはせず、私が殿下に施したように、殿下もまたウィール君のペニスに刺激を与え始めた。

握った腕を動かし、包皮の剥き戻しを繰り返す。

時折指の腹で露出した亀頭をさすると、ウィール君は息と声を吐いて、膝をガクガクと揺らした。

そして、さほどの時間も要さず、ウィール君にその時が訪れた。

「で、殿下…! で、出そう、です…!!」

涙を浮かべそうな目で殿下を見、言うウィール君。

殿下はほとんど無表情にウィール君を見つめ返し、腕の動きを速めた。

と、その動きとほとんど同時に、

「あっ! あっ!!」

短い喘ぎを上げ、ウィール君のペニスから精液が放たれた。

2度目の射精ということもあってか、量は殿下のそれより少ないものの、勢いは勝るとも劣らず、多少粘性の薄まった精液は、殿下の顔に、そして後ろで殿下を抱えている私の顔にも掛かった。

膝を揺らし、全身をわななかせ、ウィール君は射精の快感に酔いしれている。

数度の射精ののち、やがてウィール君の痙攣が治まると、殿下はウィール君のペニスから手を離した。

そして、今度は背後に手を回し、私のペニスに手を添えた。

「っ!」

驚いて私はピクリと体を震わせてしまう。

ウィール君の射精に気を取られていたために失念していたが、私のペニスはいまだに殿下の背に当たったままだった。

当然、射精を終え、極度の興奮から覚めた殿下がそれに気付かないはずもなく。

「ナクルムも、また立ってるな」

振り向いてそう言う殿下に、私は返す言葉もなかった。

「俺もまた……」

言って、殿下は自らのペニスに目をやる。

言葉どおり、殿下のペニスは再び大きくなり始めていた。

しばらくの沈黙。

その間も、殿下のペニスは大きさを増し、先程と変わらない大きさにまで戻っていた。

そして、殿下は私のペニスから手を離そうともしなかった。

沈黙を破り、殿下が口を開く。

「なぁ、ナクルム……子供って、どうやって作るんだ?」

こちらを振り向き、問う殿下。

その言葉、そしてその表情に、私の頭にあの日の陛下が瞬時に重なった。

殿下が言葉を続ける。

「作り方……教えて――」

「なりません!!!」

『!?』

私の発した大声に、殿下とウィール君が驚いて身をすくませる。

「っ!」

そんな2人を見て私は我に返った。

そして、殿下の発言に、つい声を荒げてしまった自分を恥じた。

「ど、どうしたんだよ……」

驚きと、やや恐れを帯びた声で尋ねてくる殿下に、

「すみません、大声を出してしまって。

 ですが、殿下。 それは私がお教えするわけにはいきません」

謝り、断る私。

殿下は驚きと恐れの表情を一変させ、不満気な表情を浮かべて抗議する。

「なんでだよ! ここまで教えてくれたんだからいいじゃんか!!」

「殿下、これ以上は駄目です。

 もちろん、私以外の誰か、たとえばラック殿に教えてもらうこともなりません」

「そんなこと言うと、父上に――」

「陛下に報告されても構いません」

「えっ!?」

「今、ここで起きたことをすべて話してもらっても構いません。

 その結果、私がどのような処分を受けようとも、です」

「…………」

決然として答える私に気おされたのか、殿下は黙り込む。

私と殿下のやり取りを、ウィール君はどうしたらいいのか分からないように、オロオロと見ていた。

再び訪れる沈黙。

その沈黙を破ったのは、今度は私だった。

殿下を自分の両腿の上から下ろし、立たせ、その正面に私は膝をついて殿下を見上げる。

「殿下、子作り、性交渉というのはとても重要なことです。

 だからこそ、軽はずみに行ってよいものではないのです。

 私は今日、殿下とウィール君にマスターベーションを教えましたが、それと性交渉はまったくの別物とお考えください。

 決して軽はずみに人に聞いたり、教わったり、行ったりはしないようにお願いします。

 肉体、精神が共に成熟した暁には、私が責任を持ってお教えしますので、どうか」

言って、私は手を床につき、殿下に頭を下げた。

頭上で殿下の困惑した気配を感じる。

(そう……これでいい。

 これ以上過ちを犯してはならない)

心の中で私は呟く。

(本来なら、この行為でさえ許されたものではないのだ。

 あの日の陛下とのことも)

頭上では困惑した気配が続く。

(今また同じことをしてしまったのなら、私はどう陛下と殿下に申し開きができよう。

 いや、陛下と殿下ならば許してくださるだろう。

 だが、私は私自身を決して許せはしないだろう……)

やがて、殿下の息を吐く音が頭上から聞こえた。

「分かった、分かったよ。

 じゃあ、このことはナクルムがいいって言うまで誰にも聞かないようにする」

「殿下……」

見上げると、殿下は苦笑いを浮かべていた。

「いつになく言うもんだから、きっとすげぇ重要なことなんだろ?

 だからいいよ、これ以上は聞かない、約束するよ。

 でも……」

「?」

そこまで言って殿下は言葉を切り、ウィール君の方を振り返った。

「ウィールも誰にも聞くなよ?

 俺がいいって言うまでな」

「え? ぼ、僕もですか?」

「そうだ。 だって、そんな重要なことを俺が知らないのにお前が知ってるなんて悔しいじゃんか」

「……わ、分かりました」

あまり納得できていない様子だったが、ウィール君はうなずいて答えた。

「殿下……」

私が声を掛けると、殿下はまた苦笑いを浮かべ、

「もういいって。

 なんか悪かったな、色々させちゃって

 もう興奮も治まっちゃったから、体流して出ようか」

そう言って、手桶で湯を汲み、体を流し始めた。

「うわっ!? なんか固まったぞ!?」

湯で精液が固まったのだろう、殿下が驚きの声を上げる。

ウィール君もそれを確認するように殿下のそばに寄っていった。

そんな2人を後ろから眺めつつ、私は殿下に感謝した。

(過ちを繰り返させないでくださって、ありがとうございます、殿下)

と。

 

 

午前の柔らかな日差しが降り注ぐ中庭の見える教室で、私は目の前の人物に目を落とし、小さくため息をつく。

「殿下! 殿下! 起きてください殿下!!」

声を大きくして、目の前で机に突っ伏している殿下の肩を揺らす。

「…………あ……?」

「もう授業は始ってますよ、殿下!」

「あ〜、また寝てた?」

「ええ、それはもう豪快に。

 これで涎をおふきください」

言って私はポケットからハンカチを取り出し、殿下に手渡した。

「ありがと」

殿下はハンカチを受け取り、口周りと机の上をふく。

そんな殿下の様子を見ながら、私はため息交じりに尋ねた。

「まだ昼にもなってない時に、これほど豪快に居眠りとは……昨日はいったい何時にお寝になったのですか?」

殿下はバツが悪そうにこちらを見上げ、

「いや〜、あのあとまた興奮してきちゃってさ。

 夜明けまで何度もマスターベーションしちゃった。

 ウィールと一緒に」

「なっ!?」

その答えに、私は動揺と同時に不安を覚えた。

「……殿下、まさかウィール君と――」

「それはないから大丈夫だって」

私の言葉を遮って、殿下がハッキリと言った。

「約束しただろ?」

不満そうな表情を浮かべて言う殿下。

「そう……ですよね」

言って、私は微笑んで応える。

それを見て殿下も笑みを浮かべた。

そして、

「さ、それじゃ授業始めようぜ!」

いつになくやる気を出し、殿下は教科書を開いた。

「はい」

その様子を見て、私は満足して答え、そして今日の授業が始まった。