「いあ〜、すっごい楽〜楽〜〜」

最後尾を歩きながらルータスが鼻歌交じりに言った。

実際、その通りだと、オレも思った。

アーサー達が地図を手に入れていたおかげで、現在地の確認と、次の階への確認ができたからだ。

そして、何より、アーサー達と再会した地下4階の下り階段の近くで、モルドが発見した目印が、探索の楽さに拍車をかけていた。

目印は、ハーゲンが付けた物だった。

余談になるが、地下4階の下り階段付近はルータスも探索していたはずなのだが、ルータスは目印に気付かなかったようだ。

目印を見落としていたか、ハーゲンの探索よりも先に探索を済ませてしまったのだろう。

ルータス曰く、『そんな物はなかった』とのことだが、モルド曰く、『気付かなかっただけだろ』とのことだ。

きっと、モルドの言い分の方が正しいと思われる。

それはさておき、地図とハーゲンの目印のおかげで、探索はすこぶる順調だった。

何しろ、ハーゲンの目印を追っていけば、罠に掛かることもなく、安全にハーゲンの足取りを追えるし、地図を見れば次の階段の場所も、そこへの道のりも分かる。

さらに、遺跡探索経験のあるルータスとモルドの2人がいる状況では、罠もマテリアも、もはや脅威とは言えないだろう。

そんなこんなで、現在は地下6階の下り階段付近。

ハーゲンの足取りを追いながらの探索では、地図を目印を示し合せながらの一本道で、脇道にはまったく入っていない。

地図を見る限り、地下5階にもこの階にも宝がありそうな部屋があるのだが、それらはことごとく無視していっている。

今は、ハーゲンとの再会が最優先。

宝を物色したい気持ちもあったが、さすがにそれくらいはわきまえている。

ただ、オレには1つ気掛かりがあった。

それはジークの安否だった。

ハーゲンはこうして目印を残しているので、その安否も足取りも分かるのだが、ジークに関してはそれがまったくなかった。

アーサー達も、オレ達と再会するまでには、手掛かり一つ見つけていないという。

当然、上に向かっているのか下に向かっているのかはもちろん、生きているのか死んでいるのかさえも分からない。

ハーゲンとの再会、そして最深部への道程は順調極まりないが、その1点だけが最大の気掛かりであり、不安要素だった。

「ジークのこと、心配ですか?」

不意に横から掛かった声に、オレはハッとして顔を上げた。

声を掛けてきたのはアーサー。

どうやら、オレがジークのことを心配しているのを察したらしい。

「そりゃ、当たり前だろ」

「ですよね。 僕もです」

そう言ったアーサーの声が沈む。

アーサーは、きっと大丈夫だろうとは思っていても、心のどこかで最悪の事態も考えているのかもしれない。

それはオレも同じ思いだった。

そんなオレ達のやり取りが聞こえたのか、先頭を行くモルドが後ろを振り返って言う。

「今は無事なことを信じて先に進もう。

 ジークを探すのは、ハーゲンと合流してからの方が色々と都合がいい」

「そうですね」

と、アーサー。

モルドの言うことはもっともで、いくらここで心配していてもジークと再会できるわけでもない。

なので、オレは考えることをやめ、とにかく先に進み、ハーゲンと合流することに集中した。

(ひょっとしたら、ジークの奴、ハーゲンと合流しているかもな)

などと、都合のいいことを考えつつ。

それから進むこと、およそ5分。

この階における、地図と目印を示し合せながらのハーゲンの足取りを追う探索も、ようやく最後となった。

通路の先に、暗い空洞のような下り階段が見えた。

「おっ、やっと着いたか」

後ろのルータスが気楽な口調で言う。

先を行くモルドが階段に近付き、周囲を探り、ハーゲンの付けた印を見つけた。

「見つけた。 降りよう」

言って、モルドは階段を下り始め、オレ達もそれに続いた。

階段は暗く、狭く、長かった。

鼻歌交じりで最後尾をついてきていたルータスも、今は黙って階段を下りている。

妙な緊張感が満ちる階段を下りることしばし。

ようやく次の階が見えてきた。

たしか、次の階は大部屋が1つに、無数の階段があるという作りだったはずだ。

「7階――」

言いさして、モルドが言葉と足を止めた。

「どうしたんですか?」

モルドの真後ろにいるアーサーが尋ねる。

すると、モルドはこちらを振り返って、にわかに微笑んだ。

「ハーゲン、ここにいるみたいだ」

階段の下を指さしながら、モルドは言った。

「え〜? ホントに〜?」

後ろのルータスが声を上げる。

それに対し、

「ああ。 ほら、光がぼんやり見えるだろ?」

と、モルド。

それを聞いて、各々が手にしていた『暁光』の封魔晶の明かりを消す。

少しして、薄ぼんやりとした星夜苔の緑色の光に目が慣れる頃、たしかに地下7階の床に、星夜苔の光とは違う光がほんのわずかに見えた。

光源がすぐそばにあるわけではないようだが、左の方から射すその光が、黄緑色の光であることが確認できる。

「遺跡の明かり、なんてことねぇよな?」

若干疑って、オレがモルドに尋ねると、モルドは首を横に振って答える。

「それはないと思う。

 明かりの射し方が不自然だし、何より何千年も前の遺跡なんだから、光源が生きてるわけないからな」

「たまに最深部だけとか、エントランスだけとか、生きてることもあるけどね」

ルータスが揚げ足を取るように言うが、モルドはこれに構わず、前に向き直り、

「さあ、行こう」

と、階段を下りることを再開した。

そして、階段を下り切ると、モルドの言ったように、明らかに遺跡の設備ではない光が目に飛び込んできた。

階段からだいぶ離れた所に、黄色く淡い光で作られたトンネルが、奥に向かって伸びていた。

階段の途中で見えた黄緑色の光は、星夜苔の緑と光のトンネルの黄色が混ざった色だったようだ。

「『エスコートライン』、だよな、アレ」

呟くオレ。

前にある光のトンネルは、技法書で見た鞭技法『エスコートライン』で作られるトンネルそのままの様相だった。

「だな」

モルドが、封魔晶に明かりを灯しながら、オレの呟きに答える。

「ハーゲンが道標に残しておいてくれたんだ。

 まだ効果が切れてないっていうことは、近くにいるはずだ。

 トンネルをくぐってみよう」

言うが早いか、モルドは一直線に光のトンネルへと向かって歩き出した。

「ほら、早く行きなよ」

後ろからルータスが急かす。

オレとアーサーは顔を見合わせ、モルドのあとを追った。

封魔晶の明かりは灯していないが、先を行くモルドの明かりと、光のトンネルの明かり、星夜苔の明かりのおかげで、周囲はそれなりに明るい。

と、右の方を見ると、3つの光源に照らし出された、白い塊が見えた。

「――!!!」

それを見た瞬間、ジークの体色が頭に浮かび、続いて最悪の事態が浮かんだ。

(まさか……)

思うと同時に、オレは封魔晶に明かりを灯し、白い塊の方へと走りだしていた。

「あっ!? シーザー!?」

後ろでアーサーが声をあげるが、オレは構わず走る。

徐々に白い塊の全貌が見えてくる。

そして、さらに近付くと、白い塊の正体が分かった。

(あ……これって……)

足を止め、たたずむオレ。

同時に、大きく息を吐き、安堵した。

「……スマイル、ですね」

オレを追ってきたアーサーが隣に並び、呟いた。

白い塊の正体は、マテリアのスマイルだった。

腹の辺りから、上半身を縦に両断されている。

元々の容貌も非常に不気味なスマイルだが、こうなるとさらに気味が悪く見える。

おまけに、オレには臭気も不快材料だ。

顔をしかめながら、それを見ていると、

「これがどうかしたんですか?」

と、アーサーが尋ねてきた。

「うん、ほら、こいつ、白いだろ。

 だから、もしかしたらジークかもって……」

最後まで言葉をつながず、オレは押し黙る。

すると、アーサーが小さく笑った。

「な、何だよ!?」

その態度に頭にきたオレが声を荒げる。

アーサーは、まだクスクスと笑いながら、

「いや、だって、遠目から見ても、全然ジークじゃないじゃないですか。

 手や足の長さだって違うし、第一、服を着てませんよ?」

「あ……う……まぁ、そう言われりゃあ、そうだけど、よ……」

正論を返され、言葉に詰まるオレ。

そんなオレを、可笑しそうに見ながら、アーサーが言う。

「心配なのは僕も同じです。

 でも、今はジークを信じて先に進みましょう」

「……おう」

オレが生返事を返すと、

「どーした?」

後ろからルータスの声が掛かった。

「あ、何だ、スマイルの死体じゃん」

気軽な声で言って、ルータスはオレとアーサーを見比べる。

「これがどうかしたわけ?」

「いえ、何でもないです。

 ……でも、これってたぶん……」

答えたアーサーが、スマイルの死体に目を向けて言葉を切ると、その先の言葉を察したルータスが、

「まっ、ハーゲンだろうね、やったの」

と、当然のことのように言った。

そうして、ルータスはスマイルの死体になど興味がないと言ったように踵を返し、

「ほら、あっちでモルドが待ってるから、さっさと行こうぜ」

言って、来た道を戻っていった。

「シーザー、行きましょう」

アーサーもルータスに続き、オレもそのあとを追う。

モルドと合流すると、

「何かあった?」

と、モルドからの質問があがったが、それに対しては、オレとアーサーの代わりにルータスが答える。

「スマイルの死体があっただけ。

 ハーゲンがやったんだろね」

「そうか」

モルドはうなずき、次いで封魔晶を右奥へとかざす。

「こっちにも死体があったぞ」

言われて、モルドの明かりが向いた方に目を凝らせば、遠目にケンタウロスと思しき死体が転がっているのが見えた。

「あれもハーゲンだろうな」

モルドが明かりを戻して言う。

そして、仕切り直すように、

「じゃあ、いいな?

 早くトンネルに入って、ハーゲンのあとを追おう」

そう言って、光のトンネルへの歩みを再開した。

程なくして、モルドが先頭、ルータスが後ろ、オレとアーサーがその中間という隊列を保持したまま、何事もなく光のトンネルへと到達する。

「よし、行こう」

モルドの声に従って、モルド、アーサー、オレ、ルータスの順で光のトンネルへと足を踏み入れる。

全周が黄色の光に囲まれているおかげで、トンネル内は昼間のような明るさだ。

薄暗闇に慣れた目には、少々まぶしく感じる。

誰も言葉を口にすることなく、黙々と進むこと数十m。

トンネルが途切れた。

そして、順番にトンネルを抜けたオレ達待っていたのは、

「思ったより早かったね」

オレ達を無表情に見回し、静かな口調で感想を言うハーゲンと、

「シーザー! アーサー! 無事だったんだ!!」

顔を輝かせて声を上げる、ジークの無事な姿だった。

 

 

「お前こそ無事だったのかよ!」

光のトンネルから現れたシーザーが、ボクの姿を見るなり、満面の笑みを浮かべて言った。

「怪我とか、ありませんか?」

シーザーの横に立つアーサーも、同様に笑みを浮かべて問い掛けてくる。

「うん、大丈夫だよ!

 そっちも大丈夫……あっ、シーザー、肩……」

ボクは2人を見回し、シーザーの右肩部分の衣服が焦げたように破れているのを見止めて、言葉を止めた。

再会に浮かれていて気付かなかったが、見ればアーサーのベルトも血糊が付いているし、モルドに至っては、衣服の右大腿部の所に大きな穴が開いており、そこから下は血でべっとりと染まっていた。

最後にトンネルから出てきたルータスは、何の外傷もないようだが。

「マテリアとやり合ってさ、ちょこっと食らっちまった」

シーザーが右肩を叩きながら言う。

よくよく見ると、シーザーにしてもモルドにしても、衣服の穴が開いている部分から覗く毛皮や皮膚に傷は見当たらないので、回復済みだということが分かった。

それを確認して、ボクは安堵し、息を吐きつつ、アーサーに視線を送る。

「僕は何でもありません。

 ベルトの血は、モルドの止血に使った時に付いたものですから」

ボクの視線の意味を汲み取って、アーサーが説明する。

「オレの方も傷は治ってる。

 何の問題もないよ」

モルドもそう告げると、

「だいぶ大きな傷だったみたいだね。

 マテリア、じゃなくて罠かな?」

と、ハーゲンが尋ねた。

「当たり」

と、モルド。

「不注意だね。

 最年長がそれじゃ、困る」

「悪い」

「そういうハーゲンちゃんも、脇腹、どしたの?」

ハーゲンとモルドのやり取りに、それまで黙っていたルータスの横合いからの一言が割り込んだ。

ハーゲンがルータスに視線を向けると、ルータスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、

「ひょっとして、不注意? マテリア? 罠?

 っていうか、年上の2人が怪我してて、一番下のオレが怪我してないってどういうこと?

 年長者として情けなくないの?」

身振り手振りも大仰に、ハーゲンとモルドを煽った。

(これは……)

そんなルータスを見ながら、ボクの脳裏に予知めいた光景が浮かんだ。

シーザーとアーサーの表情を見るに、2人共同じように予知したようで、

「ぐわっ!? んげ!?」

直後に展開された、モルドの鉄拳制裁とハーゲンの蹴り、そしてルータスの悶絶を見て、ボク達3人は盛大にため息をついた。

「何だ」

「怪我してるじゃないか」

床の上で悶絶しているルータスを見下ろしながら、モルドとハーゲンが息を合わせて言い放った。

 

30分後。

情報交換を兼ねた休憩も終わり、ボク達は地下8階、最深部の部屋の扉を前にしていた。

道中、シーザーもアーサーも、ルータスもモルドも、かなり危険な目に遭っていたようだ。

同様のことを4人も思ったらしく、ボクとハーゲンの語りを聞いて、4人とも目を丸くしていた。

何より、ボクがガーディアンを撃破したことが一番驚いたようだった。

そんなこんなで情報交換と休憩を終え、残るは最深部で待つガーディアンの撃破のみ。

「ここか」

モルドが最深部の扉を前にして呟いた。

「お〜、いかにもって感じ!」

ルータスは、高揚感を隠し切れない様子だ。

「長かったような短かったような……」

アーサーは、ここまでの道程を思い返しているようだ。

「早く開けようぜ」

シーザーが急かす。

「本当にいいんだね?」

ハーゲンが、ボクとシーザー、アーサーを順に見て、問い掛けてきた。

この扉を開け、部屋に侵入すれば、否応なしにガーディアンと対峙する羽目になる。

高レベルのハーゲン達3人は問題ない――あくまでレベルの上では――が、3人に比べれば戦力になるはずもないボク達3人は、明らかに足手まといだ。

そのうえ、危険度は非常に高い。

身の安全を優先するなら、当然、ここで待っていた方が賢い。

しかし、それらを認識したうえで、ボク、そしてシーザーとアーサーは、ハーゲン達3人と共に行くことを選択した。

ハーゲンの問いは、そのことに対する確認だった。

ボクは、シーザーとアーサーを順に見やり、2人共にうなずいたのを確認すると、

「うん、行こう」

と、ハーゲンに告げた。

ハーゲンは黙ってボクの目を見つめる。

やがて、小さく息を吐き、

「戦闘になったら、ルータス、お前は3人を連れて離れた場所に移動して、そのまま3人を守りながら援護して。

 モルドは僕と一緒に。

 3人はできる限りルータスの指示に従って、ルータスのそばを離れないように」

ボク達に指示を出し、扉に手を掛けた。

「開けるよ」

言って、扉を引き開けるハーゲン。

室内の明かりが漏れ出し、全員一様にまぶしさに細めた。

しばらくして目が慣れた頃、誰からともなく横一列に並んだ。

各々武器を手に、直後に行われる戦闘に備える。

そして、

「行くよ」

ハーゲンの言葉を合図に、全員が揃って室内に足を踏み入れた。

すると、数歩も歩かずして、正面から声が響いた。

<侵入者を確認>

スピーカーから発せられているような若い男の声は、紛れもなくガーディアンから発せられていた。

<排除開始>

有無を言わせぬガーディアンからの一方的な通知の直後、床の魔陣が発光、眼前が白一色に染まった。

そして、視界に色が戻ると、様相は一変していた。

見渡す限りの荒野。

大小様々な岩が点在し、空には太陽らしき光源がある。

ここが、『世外の亜空』の魔術によって作られた亜空間に違いない。

同時の体の中を『力』が一巡した気がした。

封印機の影響から外れたことで、本来の力が戻ってきたのだ。

事前にそれを承知していたボク達は、誰一人慌てふためくことなく、臨戦態勢のままでガーディアンと対峙する。

<転移完了、体内封印機起動>

『!?』

ガーディアンの言葉に、ボク達は耳を疑った。

直後、再び脱力感がボク達を襲う。

それはすぐに元に戻ったが、紛れもなく遺跡の入り口で感じた、封印機の影響と同様のものだった。

「これって……」

「封印機、だね」

ボクが言いさしてハーゲンを見ると、ハーゲンはうなずいて答えた。

「……レベル1になってるな」

封魔晶を取り出し、ハーゲンにかざしていたモルドが言った。

「ちょっと待て、卑怯だろソレ!!」

シーザーが不満の声を上げる。

気持ちは分かる。

何しろ、せっかく力が戻ったというのに、それをまた抑えられてしまったのだから。

しかも、相手は、ハーゲンの予想によるとレベルにして100はあるであろうガーディアン。

いかにハーゲン達が戦い慣れているからといっても、このレベル差では、勝ち目は万に一つもない。

「どうやって戦うんだよ!!」

理不尽な展開に、声を荒げるシーザー。

それとは対照的に、アーサーは静かな声で言う。

「ちょっと待ってください。

 それっておかしいですよね?

 もしも、僕達の力だけが抑えられてしまっているとしたら、どうやったってこの宝物殿はクリアできなくなってしまいます」

疑問を投げ掛けるようなアーサーの言葉に、同じく静かな口調でハーゲンが答える。

「そういうことになるね。

 だから、この場合、力を抑えられているのは僕達だけじゃない」

言って、ハーゲンはボクに視線を向けた。。

「ジーク。 君、遺跡内でガーディアンと戦ったって言ってたね?」

「うん」

「その時、ガーディアンは力を抑えていたんだろう?」

「うん、そうだと思うよ。

 そんな風なことを言ってたし、ボクにだって倒せたんだから」

「そう、つまりはそういうことだよ。

 僕達が力を抑えられている以上、ガーディアンもそれ相応に力を抑えているはずさ。

 今の僕達の力で戦えるくらいに、ね」

視線をガーディアンに戻し、ハーゲンは言った。

いまだ、ガーディアンに動きはない。

そんなガーディアンを見据えたまま、アーサーが問い掛ける。

「ということは……僕達でも戦えるということですよね?」

「ま〜、そういうことだね」

答えたのはルータス。

手にしているローレルクラウンはすでに展開され、すでに法力で作られた矢がつがえられていた。

そして、動かないガーディアンに向かって狙いを定めると、矢を撃ち放つ。

ピシュンと軽快な音をあげながら、矢がガーディアンに向かって突き進む。

しかし、ガーディアンは体を斜にして、やすやすとこれをかわしてしまった。

そこへ、ハーゲンが技術『ボール』の光球を放つ。

時間差を利用した連携攻撃。

一呼吸ののち、パンッと乾いた音を立てて、光球はガーディアンの上げた腕に命中した。

光球が消滅したあとには、命中した箇所にわずかな傷が確認できる。

「見ての通り、今の状態でも戦える」

ハーゲンがボク達に向かってだろう言葉を投げ掛ける。

と、突然ガーディアンがこちらに向かって突進してきた。

『ッ!』

動きを察知し、ボク達は咄嗟に身をかわす。

突進をかわされたガーディアンは、ボク達がそれまでいた場所を過ぎた辺りで静止した。

たしかに、動きは今のボク達でも察知でき、かつ回避できるほどの速度だ。

ハーゲンの言う通り、このガーディアンであれば、ボク達3人も戦闘に参加することができる。

そんなことを思っていると、静止したガーディアンが、向きを変えて再度突進の構えを見せた。

狙いは、ハーゲン。

「ハーゲン!」

「モルド!」

ボクの声には反応せず、ハーゲンはモルドの名を呼び、視線を投げ掛けた。

モルドはハッとしたように目を見開き、1つうなずいてボクの方へ走り寄ってくる。

「アーサー! シーザー!」

走りながら、モルドはシーザーとアーサーの名を呼んだ。

呼ばれた2人は、すぐさまこちらに向かってくる。

「何ですか?」

アーサーがモルドに問い掛けると、モルドはガーディアンの方に視線を送りながら口を開いた。

「簡単に言う。

 あのガーディアン、君等3人で倒してほしいんだ」

『えっ!?』

思いもよらなかったモルドの頼みに、ボク達は異口同音に聞き返した。

モルドの視線を追ってガーディアンの方を見れば、ガーディアンの攻撃のことごとくをハーゲンはかわしていた。

だが、防戦一方で手を出してはいない。

よく見ると、反撃の余裕があると思われる場面でも、ハーゲンは手を出してはいなかった。

振るう鞭は、すべてガーディアンの攻撃をいなす為だ。

距離を置いてルータスがガーディアンに矢を放っているが、これも単調な為か、はたまた単なる牽制なのか、ガーディアンに命中することはなかった。

「どういうことだよ?」

シーザーが尋ねると、モルドはボク達を見回す。

「たぶん、このガーディアンは2段階目がある」

「2段階目?」

アーサーが問うと、モルドはうなずき、話を続けた。

「俺も見たことはないけど、中にはそういうガーディアンもいるらしい。

 一度倒しても、そこから復活して、姿や行動パターンが変わるタイプが。

 このガーディアンは、わざわざ封印機で俺達の力を抑えて、そのうえ自分の力も抑えている。

 つまり、力を抑えている今の状態のガーディアンを倒すと、2段階目、力を抑えていない状態のガーディアンが襲ってくると思う」

『…………』

モルドの言葉に、ボク達は沈黙した。

ガーディアンとハーゲン達の戦闘の音だけが耳に届く。

「……けど、何でオレ達だけで倒さねぇといけねぇんだよ?」

沈黙を破ったのはシーザーだった。

その声音には、若干の不満の調子が乗っている。

それに対しモルドは、諭すような口調で答えた。

「俺等は2段階目の戦いに備えて力を温存しておきたい。

 ほんの少しの力でもね。

 だから、2段階目の戦いに参加できない君等に、1段階目を倒してほしいんだ」

「…………」

シーザーが眉根を寄せて黙り込む。

言外に、戦力外だということを告げられ、不満を覚えたのだろう。

もっとも、それ自体は、ハーゲンに事前に告げられていたので、さすがにモルドに喰ってかかるようなことはしなかった。

それを察したのか、モルドはフォローするように言葉を継ぐ。

「2段階目のガーディアンは強い。

 ハーゲンの予想が正しければ、たぶん、まともに戦えるのはハーゲンだけだ。

 俺も何とか戦えるかもしれないけど、そのレベルの戦いだとルータスはきついと思う。

 それは君等も同じだ」

「そうですね」

アーサーが同意の言葉を口にすると、シーザーは小さく息を吐いて体から力を抜いた。

それを見止めて、モルドが続ける。

「けど、もしかしたら俺等3人が力を合わせれば倒せる、そういうレベルかもしれない。

 それは実際に戦ってみないと分からない。

 だから、少しでも力を温存しておきたいんだ」

『…………』

モルドの頼みに、ボク達は顔を見合わせた。

モルドの言うことはもっともで、そこに断る理由は見当たらない。

問題があるとすれば、それはあのガーディアンをボク達3人だけで倒せるかということだ。

ガーディアンの力は、実際に相対したボクはよく知っている。

(勝てる……かな?)

実際、先に戦ったガーディアンを撃破できたのは、クーアからもらった封魔晶によるところが大きい。

というより、もしも封魔晶がなければ、ボクはこうしてこの場にはいなかったに違いない。

残念ながら、今、ボクの手持ちの封魔晶には、攻撃用の物は何もない。

いくら3対1だからといって、攻撃用の封魔晶がない今、地力の違うガーディアンを、ボク達自身の力だけで撃破するのは難しいだろう。

(…………ん? ちょっと待った)

ふと、閃くものがあり、ボクはシーザーとアーサーに問い掛ける。

「2人共、攻撃用の封魔晶、まだ持ってる?」

ボクの問いに、シーザー、アーサー共にハッとした表情を作り、腰の革袋をあさり始めた。

しばらくして、2人共、革袋から封魔晶を取り出す。

「オレは3つ、『抉風』と『焼切』と『水柱』がある」

「僕は『旋塊』をまだ持ってます」

掌に乗せた封魔晶を見せながら、2人が告げる。

(……これだけあれば、何とかなるかも)

封魔晶を見ながら思うボク。

4つの攻撃用封魔晶があれば、地力が違っても渡り合えるはずだ。

「これだけあれば、ボク達3人だけでも戦えると思うけど、どうかな?」

問い掛けるボクに、アーサーとシーザーは顔を見合わせ、

「そうですね。

 これだけあれば、充分戦えると思います」

「まぁ、当たれば勝てるんじゃねぇか?

 コレの『旋塊』、すげぇ威力だったし」

と、答え、ボク達3人だけで戦うことに積極的な姿勢を見せた。

勝機を得て、ボクが大きくうなずくと、シーザーもアーサーもつられるようにうなずいた。

そこへ、黙ってボク達のやり取りを聞いていたモルドが声を挟む。

「それじゃあ、君等にまかせていいな?」

「はい、任せてください!」

声を大にして、アーサーが答えた。

モルドは満足そうに笑むと、離れた場所で戦いを続けているハーゲンとルータスに向かって叫ぶ。

「ハーゲン!! ルータス!!」

その呼び掛けを受けて、ハーゲンとルータスがこちらを見た。

ハーゲンとルータスの視線がこちらを向いたのを確認して、モルドが合図をするように大きくうなずく。

それを見て、ルータスがローレルクラウンを大きく引き絞った。

それまでとは違って、強い光を放つ矢が生まれる。

そして、ハーゲンがガーディアンから離れたのを見計らって、ルータスは光の矢を撃ち放った。

光の矢はガーディアンの足元に命中、小爆発を引き起こす。

爆発の衝撃で、ガーディアンがわずかに体勢を崩した。

そこへ、ガーディアンから距離を取ったハーゲンが追撃を掛ける。

くるりと鞭を回転させると、その先端の軌跡上に、黒い光の輪が生まれた。

鞭を振るって、それをガーディアンに向かって飛ばすと、輪はガーディアンの頭上で静止し、肥大。

内径にガーディアンの体がすっぽりと納まる程にまで肥大すると、そのまま降下してガーディアンの上半身の中程まで到達した。

すると、ガーディアンの胴体と両腕を巻き込む形で、まるで輪ゴムで縛るように、輪が収縮する。

胴体と両腕をぴっちりと締め付けられ、上半身の自由を奪われたガーディアンを、さらにルータスの放った光の矢が襲う。

胸の辺りで矢が炸裂し、ガーディアンは仰向けに倒れた。

その隙に、ハーゲンとルータスが、こちらに向かって走ってくる。

「3人に任せて大丈夫みたいだ」

走り寄るハーゲンとルータスに、モルドが告げる。

「本当に任せて大丈夫なわけ?」

「この程度なら、3人で倒してもらわないと困るよ」

ルータスとハーゲンが、地面に倒れたガーディアンを油断なく見据えながら言った。

「なめんなよ!」

一歩前に進み出て、勢い込んだシーザーがダガーを構えた。

その横に並び、

「このあとに備えて休んでいてください」

と、アーサー。

そんな2人の後ろに並び、ボクは力強く答える。

「大丈夫、倒してみせるよ」