ハーゲンと再会してからというもの、探検は極めて順調だった。

罠・マテリアという、この遺跡を探検するにあたって脅威となる二大要素は、ハーゲン1人の活躍によってことごとく突破されていった。

ボクはというと、ただただハーゲンのあとをついていくだけで、何もすることがなかった。

かといってボクが何もしようとしなかったわけではない。

しかし、罠を見つけようと探ろうにも、それより早くハーゲンが罠を見つけてしまい、マテリアを迎撃しようと備えるも、視界に入った途端にハーゲンがいち早く撃破してしまい、結果としてボクは何もすることができなかったのだ。

あまりにも情けないことだが、元のレベル差を考えれば、それも無理からぬことだった。

現在、封印機の影響で互いにレベルが1にまで抑えられているとはいえ、元の戦闘経験が違い過ぎる。

加えて、道々聞いたところによると、ハーゲンはこれまでに、『古竜種』の遺跡を含めた遺跡の探検経験が何度かあるという。

その為、探索能力さえも比べるべくもない。

とどのつまり、ボクがどうこうしようが、それに先んじてハーゲンが行動を起こして解決してしまうし、ボクが何かをするよりもハーゲンが行動をした方が正しいので、ボクにはすることがないということなのだ。

今のボクの状態をもっとも的確に表す言葉は、

(役立たず……だね)

心の中で自嘲気味に呟き、前を行くハーゲンの背を見つめる。

背格好は対して変わらないというのに、内面の差はあまりにも激しい。

この差には、シーザーならずともショックを受ける。

「はぁ〜……」

知らず知らずのうちに、ボクは自身の不甲斐なさに対する落胆のため息をついていた。

それを聞き留めて、前を行くハーゲンの耳がピクリと動いた。

「どうかした?」

足を止め、振り向きざまに尋ねてきたハーゲンに、ボクは首を横に振り、

「ううん、何でもないよ。

 ちょっと疲れただけ」

と、ごまかした。

すると、ハーゲンは少し考え、

「だいぶ歩いてるからね。

 少し休もうか?」

と、ボクのごまかしに気付かずに提案してきた。

たしかに、言われてみれば、ハーゲンと再会してからここまで、ずっと歩き通しだ。

かれこれ3〜40分は歩いているのではないだろうか。

「そうだね」

ハーゲンの提案に同意し、通路の真ん中ではあるが、ボク達は小休止を挟むことにした。

その前に、ハーゲンが通路を再度くまなく調べ、罠がないことを確認する。

罠がないと判断すると、僕達は壁にもたれ掛るように床に腰を下ろした。

ボクは水筒と干し肉を取り出し、ハーゲンは水筒とブロック状の携帯食を取り出し、それぞれ腹に収める。

水分は歩きながら補給してきたが、固形物を腹に入れるのはしていなかったので、ここにいたって自分の腹がそれを求めていたことに気付いた。

数枚の干し肉をがっつくように平らげ、腹も満足したところで、ボクが呟く。

「……今、何時くらいかな」

「……クォントの時間で13時9分」

答えを求めていたわけではなかったが、ボクの呟きを聞き取って、ハーゲンが答えた。

なぜ時間が分かるのかと横を見てみれば、ハーゲンはデジタル式の懐中時計を眺めていた。

「時計、持ってたんだ?」

「今回の探検は時間制限付きだからね」

ボクの問い掛けに、ハーゲンは時計を懐にしまいながら答えた。

「うん、遅くても夜までには帰らないと」

ボクが答えると、ハーゲンはうなずいた。

タイムリミットは夜。

具体的にはあと5〜6時間といったところか。

それ以上遅れると、大人達が騒ぎかねない。

それは絶対に避けたいことだ。

「せめてあとどれくらいか分かればいいのにね」

「……最深部まで?」

「うん」

言外のボクの言葉を汲み取って、ハーゲンが聞いてきた。

道々ハーゲンに聞いたところによれば、最深部には転移装置があるので、そこまで辿り着ければ帰りは容易だという。

となれば、帰りの時間を気にする必要はない。

しかし、肝心の最深部がどこかも分からず、当然、そこまでの距離など分かるはずもない。

それどころか現在地すら分からない状態だ。

加えて、そこに至るまでの障害をクリアする時間も考えなくてはならず、そのうえ、はぐれたほかの4人とも合流しなければならない。

問題はほとんどと言っていいほど解決しておらず、このままでは帰路に着くのはいったいいつになることか。

「う〜……」

ボクが気を揉んで1人小さく唸っていると、ハーゲンがいつもと変わらない口調で、

「悩んだって仕方ないよ。

 分からないものは分からないんだから」

と、突き放すように言ってきた。

「たしかに、それはそうだけど…………せめて時間制限がなければなぁ……」

ぼやき気味に呟くボク。

そうして呟いて、ボクは小さく吹き出した。

「どうしたの?」

怪訝そうにハーゲンが尋ねてくる。

ボクは首を横に振り、

「ううん、夜までに帰らないといけないなんて、まるで子供の遊びみたいだなって思ってさ。

 まぁ、ボク達、まだ子供だけどさ」

と、笑いながら答えた。

すると、ハーゲンは首を傾げ、

「そうかな?」

と、同意しかねる様子で言った。

それを見て、ボクの笑いが止まる。

「時間制限があると子供の遊びなのかい?」

「え?」

「レンジャーの仕事にだって、時間制限があるものはたくさんあるよ。

 むしろ、そっちの方が多いんじゃないかな。

 例えば、この荷物をいついつまでに運んでほしいとか、明日この道を要人が通るから周囲のマテリアを排除してほしいとか、この遺跡の最深部にある宝を明日の朝までに見つけてきてほしいとか。

 依頼者がいないだけで、今、僕達がやってることは、レンジャーの仕事と差はないよ」

「えっ……と……」

思いもよらなかったハーゲンの真面目な回答に、僕は言葉に詰まった。

ほとんど冗談のつもりで言ったことなのだが、ハーゲンにはそう聞こえなかったらしい。

少々気まずい空気が漂う。

といっても、ボクだけがそう感じているようで、ハーゲンはいつも通りの無表情で暗闇の中空を見つめていた。

(失言、だったかなぁ……)

言われてみれば、たしかにハーゲンの言葉の方が正論な気がして、ボクは心の中で静かに反省した。

それからは、時折ボクがハーゲンの様子をうかがうようにその横顔を覗き見るほかには、互いに動きらしい動きはなく、会話もなかった。

そして、10分に満たない程度の沈黙の休憩を終え、ボク達は探索を再開した。

しかしながら、探索を再開したとて、ボクにはやることがない。

ただハーゲンのあとをついていくだけだ。

さすがにそれでは申し訳なく、このままではいけないと、ボクは前を行くハーゲンに声を掛ける。

「ねぇ。 何かボクに手伝えることってない?」

「何もないよ」

即座に返ってきたハーゲンの答えは、実に素っ気ないものだった。

それも、ハーゲンは振り向きもせず、淡々と周囲の探索を続けながら言うものだから、これ以上話を続けることもできない。

しかし、少し間を置いて、今度はハーゲンからボクへと声が掛かる。

「できれば後ろの警戒をお願い。

 僕も注意してるけど、君が受け持ってくれるなら、前と周りの警戒だけで済むから」

「……うん!」

相変わらず振り向きもしない、平坦な口調での言葉だったが、ハーゲンのその言葉に、ボクは肩の荷が下りたような気分がした。

実際には、逆に肩に荷を背負うことになっているのだが、気分的にはそんな感じと言っていい。

言われるまま、ボクは後方の警戒を受け持つ。

さすがに後ろ向きに歩くわけにはいかないので、頻繁に後ろを振り返るだけなのだが、それでも何もせずに、ただ黙ってハーゲンの後ろをついていくよりもずっといい。

ボクが後方の警戒を受け持ったことが要因か、若干歩調が早まる。

そうやって、分担作業で通路を進むこと、およそ10分。

特に何事も起きず、ボク達は目的の場所に辿り着いた。

目の前には、さらなる地下へと続く階段が穴のような口を開けている。

「やっと見つけたね」

一息吐きながら、ボクは言う。

この階の探索には、休憩を含めて1時間近くの時間を費やしている気がする。

ボクも疲れたが、それ以上にハーゲンは疲れているだろう。

しかし、ハーゲンはそんな様子を微塵も見せずに、

「そうだね」

と、短く答えて、階段を凝視していた。

そして、おもむろにしゃがみ込むと、床にこれまで同様、星夜苔を使った印を付ける。

今回は、その横に『ハ』と『ジ』という字、そして『+』の記号も印した。

「それって……」

「うん、僕と君の名前の頭文字。

 こうしておけば、皆があとからここを通った場合に僕と君が一緒にいることが分かるだろ。

 前の階でも同じように印しておいたよ。

 気付かなかったかい?」

「印を付けてたのは分かったけど、そこまで注意して見てたわけじゃないから……」

ボクが自分の注意力の散漫さに恥じ入りながら答えると、ハーゲンは気にした素振りもなく続ける。

「まぁいいさ。

 今は先に進むのが先決だからね。

 でも、少なくともこういう印をしておけば、あとから来るモルドとアーサーの探索が楽になるはずだよ、精神的にね。

 ルータスとシーザーは上にいるのか下にいるのか分からないから、何とも言えないけどね」

「うん、そうだね」

ボクがうなずくと、ハーゲンは立ち上がり、再び階段と向き合った。

そして、階段周りを油断なく観察し、罠の有無を確認する。

1分程の探査ののち、

「さあ、下りようか」

こちらを振り向いて告げると、ハーゲンは階段に足を踏み出した。

 

「……面倒くさいな」

階を下りてからのハーゲンの第一声は、それだった。

かくいう、この階に対するボクの第一印象も、それに近かった。

ハーゲンが言わなければ、ボクが言っていただろう。

現在いる階は、前階の迷路構造に比べれば、構造自体は非常にシンプルだった。

手にした明かりが届かない程の広がりを持った大部屋。

明かりの届く範囲には、太い支柱が規則的に並んでいる。

部屋には柱以外に視界を遮るものは何もない。

当然、部屋を仕切るような壁もだ。

しかし、そんなシンプルな大部屋を面倒と言わしめるのは、支柱とは対照的に、床に不規則に配置された、無数の階段。

見える範囲で、その数およそ20。

「階段ばっかりだね」

「この中のどれかが正解なんだろうけど、面倒だな」

「しらみ潰しに調べるしかないのかな?」

「どこかに正解の階段のヒントがあるのかもしれないけど、この数だと、それを探すよりは、その方が早いかもね」

「手分けした方がいい?」

「罠があると危ないから、まとまってた方がいいね」

「うん、分かった」

無数の階段を前にしたやり取りを終えて、ボク達は、とりあえず一番近くの階段へと歩みを進めた。

近くで覗き込むと、階段は思いのほかに深く、これまで降りてきた階段と同じくらいの深さがあるように思えた。

だが、深さに反して、高さと幅は、低く狭い。

大人1人が、頭と肩をすぼめずとも、かろうじて天井と壁にぶつからないといったところか。

「まずは、ここからだね」

言いつつ、ハーゲンが階段を覗き込む。

そして、素早く階段周りを調べ、段差に足を掛けた。

次いで、そのまま階段を下りるのかと思いきや、ふと思い出したかのように、足を戻した。

「どうしたの?」

「…………」

ボクの問い掛けに手を挙げただけで応え、ハーゲンは部屋の中を見回すように首を巡らせた。

「1……2……3……4」

立っていた位置を中心に、前後左右に数歩ずつ移動しながら、数字を口にするハーゲン。

何事かと思いながらも黙って見ていると、沈黙したハーゲンが、腰の鞭に手を伸ばした。

この動作で、ボクはハーゲンが今、何をしていたのかを察した。

『心眼』の魔法を無詠唱で発動させ、大部屋内のマテリアの数を確認したのだ。

「マテリアが4体、こっちに向かってきてる」

ハーゲンが警戒をうながすように告げる。

考えてみれば、これまでの階にマテリアがいたのだ。

これだけの大部屋にマテリアがいないという道理はない。

そのうえ、ボク達は『暁光』の封魔晶を手にしている。

それまで星夜苔の薄明かりだけだったこの階に現れた白い光は、さぞや目立ったことだろう。

「まだ少し距離がある。

 動かないで、僕のそばにいて」

ボクに指示を出すと、ハーゲンは鞭を構えた。

臨戦態勢に入ったハーゲンに、ボクは邪魔とは思いつつも声を掛ける。

「ボクにできることはない?」

『何もない』という返事が返ってくるかとも思ったが、ハーゲンはほんのわずかの間だけ沈黙し、チラリとこちらを振り返る。

「……右奥からスマイルが1体向かってくる。

 『切気』を使って、それを仕留めてほしい」

「分かった」

ボクはすぐさま答えた。

頼られたことが嬉しく、ボクは必要もないのに深く身構える。

ハーゲンは視線を前方に戻すと、右前方の柱の1本を指さし、ボクに向かって指示する。

「手前から2本目の柱までスマイルが近付いたら撃って。

 狙いは前と同じように首。

 10秒したら詠唱を始めて」

「うん」

答え、ボクは数を数える。

同時に、ハーゲンは残り3体のマテリアの来襲に備え、体勢はそのままに、鞭を垂らす。

直後、リムを相手にした時と同じように、鞭身が黒い光を帯びる。

ハーゲンが、黒い鞭身を前後に揺らし、そして、10秒経過。

ハーゲンが鞭を唸らせた。

それを合図に、ボクは『切気』の詠唱を始める。

『孤描く一重の風、奔れ!』

白い光に照らされた黒い光の帯が、柱の間を縫って走るのを横目に、ボクはハーゲンに言われた通り、示された手前から2本目の柱の向こうを注視する。

『百禍を切り裂き、尚、奔れ!』

詠唱が終わった。

しかし、まだスマイルの姿は見えない。

すぐそばでは、ハーゲンの鞭身が再び黒い光を帯びていた。

するすると揺らされる鞭身を視界の端にしながら、数拍。

ボクは注視した柱の向こうに白い人影が浮かび上がったのを確認した。

(来た!)

目を背けたくなる程におぞましく、生理的嫌悪を誘う姿をしたスマイルが1体、ハーゲンの示した柱の向こう側に現れた。

奇妙な動きで迫るスマイルが、柱に到達した瞬間、ボクは『切気』の魔法を解き放つように念じる。

刹那、

「早い!」

ハーゲンが声を上げた。

「!?」

ボクの驚きと共に放たれる『切気』の緑風刃。

ボクがハーゲンの方を見ようとした瞬間、緑風刃がスマイルの首を直撃、

「――ッ!」

することはなかった。

タイミングが早かったのか、スマイルの首を狙った緑風刃は、スマイルを直撃するよりも先に、脇の柱に当たってしまった。

消えこそしなかったものの、緑風刃は大きく威力を削がれ、スマイルの首筋を浅く薙ぐだけにとどまった。

首から血が流れ出すのが見えたが、スマイルは足を止めない。

(まずい!)

速度を落としたとはいえ、スマイルは首筋から血を流しながらも、こちらに向かって走ってくる。

次の魔法を詠唱する猶予はない。

スマイルが直近の柱に到達した。

距離はおよそ5m。

(駄目だ!)

思い、ボクが体を硬直させた瞬間、頭上に銀光が閃いた。

「!?」

銀光が何なのかを認識するより早く、迫ってきていたスマイルの体が後方に大きく吹き飛んだ。

上半身を縦に両断されて。

「な、何……?」

何が起きたのか分からず、ボクはとっさにハーゲンの方に目を向けた。

すると、ハーゲンは、吹き飛んだスマイルの方を向いたまま、頭上に向かって鞭をかざしてたたずんでいた。

奇妙なことに、かざした鞭には、今さっきまであった鞭身がない。

不思議に思ってよく目を凝らしてみれば、鞭の柄元には空間に穴を開けたような黒い円形の闇がわだかまっており、消えているように見えた鞭身は、そこに吸い込まれているようだった。

それを見て、ボクは察した。

「今の……ハーゲンがやったの?」

鞭の様子から、ボクはハーゲンが何らかの技法を使ったのだと思い、問い掛けた。

それに対し、ハーゲンは無言でうなずいて肯定する。

ハーゲンが手を下ろすと、鞭の柄元の闇から鞭身がするすると現れ、闇が消滅した。

「『ペンデュラム』っていう技法だよ。

 鞭と、技法力で作った大きな刃とを結び付けて、振り子の要領で攻撃するんだ」

淡々としたハーゲンの説明に、ボクは得心した。

突如として頭上で閃いた銀光は、技法力で作り出された刃だったというわけだ。

「とりあえず、これで全部片付いたね」

独り言のように呟きながら、ハーゲンは鞭を丸め、腰に差した。

言われて周囲を見回せば、『ペンデュラム』によって倒されたスマイルのほかに、明かりがギリギリ届く範囲の所に、デスマスクの死体も確認できた。

ボクには視認ができないが、『心眼』を使っているハーゲンの言葉に間違いがなければ、ほかの2体のマテリアも、明かりの外で仕留められているということになる。

そこで、ボクは自分がまったく役に立たなかった、どころか足を引っ張ってしまったことに気付いた。

「……ごめん、ボク、足引っ張っちゃったね」

詫びるボクの言葉に、ハーゲンはこちらを見ずに答える。

「一応、ガーディアンを1人で倒したって聞いたから、それなりに期待はしてたんだけどね」

「……ごめん」

遠回しに、『期待外れだった』と言われた気がして、ボクはうなだれて謝罪を重ねた。

「投射系の魔法は、タイミングをよく計らないと駄目だよ。

 せっかく威力は申し分なかったのに、もったいないよ。

 次からは気を付けた方がいい。

 魔法力は無限じゃないからね」

「うん…………?」

ハーゲンのアドバイスを心の中で反芻していると、ボクはその中の一言が引っ掛かり、頭を上げた。

(『威力は申し分ない』っていうことは、そこは評価してくれたのかな?)

見上げた先にある、謝って『切気』の緑風刃が命中してしまった柱を見れば、遠目からでも見て取れるだけの傷がついていた。

反省すべき点は大いにあるが、なべてそれだけではなかったようで、ボクは少し気分が和らいだ。

ボクの気分の変動など知るすべもないハーゲンは、

「僕が下りて調べるから、君はここを動かないで待ってて」

と、ボクに指示を残し、目の前の階段を下りていってしまった。

残されたボクは、階段を下っていくハーゲンの背中を見守る。

ハーゲンは、少し進むと、手にしていた『暁光』の封魔晶の明かりを消してしまった。

どうやら、『心眼』の魔法の効果を利用しているようだ。

この暗闇の中では、一定の光量しかない『暁光』よりも、通常通りの視界を維持できる『心眼』の方が使い勝手がいいのだろう。

それに、明かりがなければ、仮に階下にマテリアがいたとしても、すぐさま気付かれる可能性も低くなる。

ボクの手にした明かりの届く範囲からハーゲンが姿を消してしばらく、ハーゲンが再び明かりを灯しながら戻ってきた。

「何かあった?」

「何も」

ボクの問いに、ハーゲンは首を横に振ると、階段の手前の床に×印を付けた。

そして、周囲を見回す。

「……これは思ったよりも面倒そうだね」

ため息をつくように、ハーゲンは重く言葉を吐き出した。

 

単調な作業を繰り返すのは、思った以上に疲弊すると知った。

階段に近付き、周囲を調べ、下り、そして戻る。

この作業を、延々と繰り返すこと1時間。

正確には、途中途中で小休止を入れてはいるのだが、それでもかなりの時間、単調な作業を繰り返していることに変わりはない。

もっとも、これらの作業をしているのはハーゲンで、ボクはといえば、ハーゲンが階段を下りて戻ってくるのを待っているだけなのだが。

ボクにも手伝いたい気持ちは大いにあったが、先にハーゲンから『動かないで待っていて』という指示を出されているので、それもできない。

もちろん、ボクは手伝うことを提案したが、それでもハーゲンは『待ってて』の一点張りだった。

(信用されてないのかなぁ……)

そんなことを思いつつ、数十個目の階段をハーゲンが下りるのを見守るボク。

それまでと変わらずに、ハーゲンの背を見送りつつ、戻ってくるのを待つ。

(また今度も……)

などと思いながら待つことしばし。

なかなかハーゲンが戻ってこない。

(……遅いな)

何かあったのではないかと心配になり、ボクは無意味に階段を覗き込んだ。

と、階段の下の方に、ボクの持つ明かりに照らされて、ハーゲンの姿が浮かんだ。

「見つけたよ。 たぶん、この先が最深部だ」

ハーゲンは、ボクの顔を見ると、そう告げた。

「え!? ここが?」

ボクが聞き返すと、ハーゲンはうなずいて応える。

戻るなり、ハーゲンは床にしゃがみ込み、階段手前の床に○印を付けた。

そして、腰の鞭を手に取ると、少ししならせて床に垂らす。

一拍置いて、鞭身が淡く黄色の光を放ち始めた。

ハーゲンが鞭の柄を親指の腹で叩くと、黄光が床の星夜苔を拭き散らしながら、支柱の間を縫って走った。

幅が1m程の淡く光る黄色の絨毯といった風情の道を作りながら黄光の向かった先は、ボク達が下りてきた階段。

黄光の先端は50m程の長さをいき、階段のだいぶ手前で途切れ、同時に黄光の道の両側面から煌めく黄色い光の粒子が吹き上がり、道をトンネルのように包み込んだ。

「これは……?」

ボクが尋ねると、ハーゲンは鞭を腰に戻しながら答える。

「『エスコートライン』。

 防御技法の1つだけど、こうして使えば道標にも使える。

 こうしておけば、あとから誰かが来ても、すぐにここが正解だって分かるだろう?

 本当なら、ここから階段まで届く『道』程度なら楽に作れるんだけど、今はこれが精一杯だね。

 まぁ、階段の所から見えれば充分だからいいけどね」

「ふ〜ん」

ボクは鼻を鳴らしながら、『道』の外側に回って手をかざしてみる。

ボクの掌が黄光の粒子に触れた途端、その周辺の黄光の粒子が集結し、薄い壁を形作った。

どうやら、この粒子に囲まれた部分は安全、ということらしい。

「どのくらい持つの?」

「……持続時間を長くしたけど、今の状態だと、持って30分位かな」

ボクの問いに、ハーゲンは少し考えてから答えた。

意外と短いと感じたが、封印機の影響を考えると、それも妥当なのかもしれない。

「それまでに誰か来るかな?」

「たぶん、来ないね。

 でも、もしも、のつもりで使った『エスコートライン』だから、それでもいいんだ」

「え? どういうこと?」

ハーゲンの言い回しが理解できず、ボクは尋ねる。

ハーゲンは、後ろを振り返り、正解の下り階段を見下ろしながら答えた。

「来なければ来ないでいいんだよ。

 でも、これから僕達は、この下の階を調べるわけだけど、もしも、その間に誰かが来たら、無数の階段の中から、この正解の階段を探さないといけなくなるだろう?

 だから、この『道』は、それを防ぐ為の『道』、つまりは、僕達がこの階にいない間だけの道標ってわけさ」

「ああ、なるほど」

納得して、相槌を打つボク。

ハーゲンは続ける。

「下が調べ終わったら、『道』の代わりに僕達がここで待ってればいい。

 そうすれば、僕達の持ってる明かりが目印になるからね。

 たぶん、この『道』が消えるまでには調べ終わると思う。

 まあ、もしも無理だったら、また『道』を作ればいいだけさ。

 ……さあ、じゃあ、行こうか」

言って、ハーゲンは階段に足を掛けた。

と、そこへボクが声を掛ける。

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

足を止め、振り向くハーゲン。

「ボクも一緒に下りるの?

 ボクがここで待ってれば、『道』も必要なかったんじゃあ?

 ……いまさら言っても遅いけど」

これまでずっと、この階で待つように指示されていたことを思い出し、さらに目印の明かりの事もあって、気になったボクは尋ねた。

すると、ハーゲンは目をしばたかせ、

「……ああ、そういえばそうだね。

 でも、まあ、もう遅いね」

と、言われて初めて気づいたらしく、『道』を見ながら言った。

その様子を見ながら、ボクは思わず小さく吹き出してしまった。

それを見止め、ハーゲンが尋ねてくる。

「何?」

「ううん、何だか、ちょっと安心しちゃっただけ」

「安心?」

「うん」

「どうして?」

「……秘密」

ハーゲンでもミスすることがあるということに親近感を覚えたから、というのがその理由なのだが、言ったら気を悪くすると思い、ボクはそれを胸の内に秘めておくことにした。

ハーゲンは、小首を傾げながらもボクを見つめていたが、ボクに答える気がないことを察したのか、

「まあ、いいよ。

 とりあえず、一緒に下りようか。

 ……せっかく作った『道』を消すのも何だから、これはこのままにしておこうか」

と、ボクをうながして、階段を降り始めてしまった。

最後の一言が言い訳じみて聞こえ、ボクはハーゲンに聞こえないよう、小さく笑った。

 

これまでにない程の長い階段を下った先の階は部屋になっており、思いのほか広かった。

部屋の高さは10m近く、幅や奥行きは20m近くはあるだろうか。

等間隔に4本の太い支柱があり、それぞれに見事なレリーフが彫り込まれていた。

階段の正面には、5m近い高さと3m程の幅を持った両開きの長方形の扉があり、これには『古竜種』の紋章である『天秤の竜』が大きく彫り込まれている。

部屋にはそれ以外に目に付くものは何もないが、それが一層、支柱と扉の存在感を際立たせていた。

その様は、ここが遺跡の最深部だということを納得させるのにに余りある様だった。

「たしかに、いかにも最深部っていう感じの扉だね」

ボクが部屋を見回しながら呟くと、ハーゲンは何も反応せずに、注意深く扉に近付いていく。

ボクもそのあとに付き、扉に近付くが、ハーゲンが扉を調べ始めると、足を止めて待機した。

手伝おうかと迷ったが、いまさら手伝ったところで、労力的にも時間的にも意味は薄いだろう。

何せ、最深部と思われる場所なのだ。

逆に、手伝うことで万が一、ということもあり得る。

(情けないけどね……ここはハーゲンに任せた方がいいよね)

ボクが自分の不甲斐なさを痛感している一方で、ハーゲンは1人、扉を調べ続けていた。

が、なにぶん、扉が非常に大きい。

横軸を調べるぶんには問題ないが、縦軸を調べるには、ハーゲンでは背がまるで足りない。

せいぜいが2m程度の高さまでしか調べられない。

そこで、ハーゲンは『マテリアライズ』で脚立を作り出して調べ続けていたが、調べ終えるまでは、なかなか時間が掛かるようだった。

手持無沙汰になったボクは、キョロキョロと周りを見回す。

そうしていると、ふと、ボクは柱に彫られているレリーフに違和感を感じた。

4本の柱に彫られているのは、それぞれ人・獣・鳥・精の4種族。

(あれ?)

『古竜種』の遺跡だというのに、レリーフのどこにも竜の姿がない。

違和感の正体はそれだった。

改めて部屋を見回してみるが、部屋には、扉の『天秤の竜』以外には、竜を模した物は何もなかった。

ここまでには、竜のレリーフや竜のオブジェがあったというのに、おそらく最深部だろうこの場所に、竜を模した物が何もないというのは奇妙な話だ。

(普通なら、柱のレリーフを竜にしそうなものだけど)

思いながら、チラリとハーゲンの方を見ると、ハーゲンはまだ扉を調べていた。

調べているのは扉の中央付近で、まだ時間が掛かりそうに見える。

(特に言うようなことでもないかな)

レリーフの違和感が気になりはしたが、ボクはハーゲンが扉を調べ終わるのを待つことにした。

しかし、一度気になってしまったせいか、どうしても柱のレリーフに目がいってしまう。

この場合、何もせずにいた方がいいのだが、ついにボクは衝動に負け、ふらふらと柱の方へと歩いていってしまった。

柱の間近まで来ると、ボクは彫られているレリーフを見上げた。

この柱には、人のレリーフが、床から1mから4mくらいの間に渡って、階段のある壁面を向く形で彫られていた。

具象的なそのレリーフの出来は、今にも動き出しそうな程リアルで、実に見事なものだった。

ボクはレリーフを見上げながら、柱の周りを調べる。

星夜苔がむしている以外には、特に何かがあるわけではない。

が、ボクは柱の裏側、ちょうどレリーフの背後、扉の壁面側の所で、床から1m程の位置に小さな突起を見つけた。

(何だろう?)

ボクは、身を屈め、体を寄せて突起を見つめる。

よく見ると、それは突起というよりもボタンのようだった。

押してみたい衝動に駆られたが、

(罠……かな)

その考えが頭をよぎり、ボクは身を起こした。

振り返ってハーゲンの方を見ると、ハーゲンは変わらず扉を調べており、ボクの行動には気付いていないようだった。

次いで、ボクは隣の柱に目をやった。

3m程離れた位置にある柱に彫られているのは獣のレリーフ。

今度はそちらを調べようと、体の向きを変えたその瞬間。

「何やってるの?」

「――ッ!」

突然掛けられたハーゲンの声に、ボクは驚いて体をビクリと震わせ、勢いよくハーゲンの方を振り返ってしまった。

その刹那、尻尾が柱にぶつかり、同時に、何かを押し込んだような感触が伝わった。

「あっ!?」

押し込む感触、ということに思い当たるものがあったボクは、声を上げて柱を見る。

すると、案の定、今しがた見つけたボタンのような突起が、柱に押し込まれていた。

「何?」

ハーゲンが問い掛けてくるが、ボクに答える余裕はなかった。

罠を作動させてしまったと思い、気が動転していたからだ。

(ど、どうしよう!?)

あたふたと、視線を上下に動かし、柱に異変がないかを探るボク。

と、柱の奥の方から、ガコンと、低い音が響いてくるのを捉えた。

「何かあったの?」

脚立を下り、間近まで来ていたハーゲンが重ねて尋ねてきた。

まだ気は動転していたが、ボクは振り返って答える。

「ハーゲン! どうしよう……罠が!」

「罠?」

「今ここにボタンが――」

言って、ボタンの位置を指し示そうと、柱の方に向き直った時、柱に異変が起きた。

「あっ!?」

声を上げて、ボクは柱を見上げる。

柱は、ゴリゴリと音を立て、ゆっくりと回転をしていた。

回転といっても、柱そのものが回転しているわけではない。

柱に彫り込まれた人のレリーフだけが回転をしているのだ。

「ああ、なるほどね」

その様子を見ながら、ハーゲンが冷静な口調で呟いた。

「えっ? なるほどって……?」

「うん、たぶん、この柱が扉を開ける鍵だ」

ボクの問い掛けに、ハーゲンは静かに答えた。

「今、扉を調べ終わったんだけど、扉が開かなかったんだ。

 押しても引いてもね。

 だから、この部屋のどこかに扉を開く為の鍵があるんじゃないかと思ったんだけど、これがそうみたいだね」

「じゃあ、これって罠ってわけじゃ?」

「違うと思うよ」

「……はぁ〜……」

ハーゲンの答えに、ボクは安堵の息をついた。

「良かったぁ……てっきりボク――」

ボクの言葉を遮って、柱がガコンと大きな音を、部屋中に鳴り響かせた。

見れば、人のレリーフは、視線を扉の方に向けて止まっていた。

「こうやって、残りの3本の柱も回転させればいいんだと思う」

言いながら、ハーゲンは、隣の獣のレリーフの彫り込まれた柱に向かう。

ボクもあとに続き、

「そこにボタンがあるよ」

と、柱を回転させるボタンのありかを、ハーゲンに示した。

そのボタンを、ハーゲンが押し込む。

すると、ややあって、柱に彫り込まれた獣のレリーフが回転し始めた。

それは、やはり隣の人のレリーフ同様、扉の方へと視線を向け、回転を止めた。

「間違いないね」

確信したように、ハーゲンが呟いた。

そうして、残り2本の柱、鳥と精のレリーフが彫り込まれた柱も、手分けして回転させる。

そして、4本の柱のレリーフの視線が、すべて扉の方へと向けられた直後、それぞれのレリーフの目の部分が白く輝いた。

と同時に、扉に彫られた『天秤の竜』の人・獣・鳥・精の部分が、同じく白く輝く。

発光は数秒間続き、やがて扉と柱の双方から光が消えると、ガチャンという大きな音が、扉から響いた。

「開いたみたいだね」

呟き、柱から扉の方に移動するハーゲン。

扉の前に立つと、両開きの扉の片方だけを、わずかに引き開いた。

途端、扉の合間から、白い光が伸びてくる。

「明かり?」

呟きながら、ボクは、扉の向こうの様子を探るハーゲンの後ろに立ち、その肩越しに奥を覗き込む。

驚いたことに、扉の向こう側は明るく、今いる部屋よりもさらに広い作りの部屋になっていた。

規模としては、50m四方くらいで、高さは10m程。

天井の中央には白く輝く一抱えほどもある球体があり、これが光源になっていた。

その光量は、部屋全体を照らし出すのに充分な程だった。

光に照らし出された部屋の中には、規則正しく並んだ支柱が幾本も立っており、それぞれに精緻な竜のレリーフが彫り込まれていて、壁にも同様のレリーフがいくつも彫り込まれていた。

そして、部屋の中央には、1m程の高さの奇妙な造形をした台座があり、その上には、一抱え程の大きさがある宝箱が、これ見よがしに置かれていた。

しかし、その後ろには、3m強の大きさの竜のオブジェが1体、宝箱を守るように鎮座している。

「あれって、ガーディアン……だよね?」

「そうだね」

ボクの問いに、ハーゲンは即答した。

ボクもハーゲンも、この遺跡のガーディアンとは戦闘経験がある。

奥の部屋の竜のオブジェは、大きさこそ違えど、デザインは、戦ったガーディアンとまったく同じものだった。

ということは、

「部屋に入ったら、どこかに飛ばされるのかな?」

ガーディアンのいた部屋に入ったミノタウロスが消えたこと、そしてハーゲンが別の場所に飛ばされたと言っていたことを思い出し、ボクはハーゲンに尋ねた。

ハーゲンは、少しの間、答えずに部屋の中を見回し、やがて、

「……みたいだね。 見て」

と、宝箱の置かれた台座の周りの床を指さした。

そこには、魔陣と思しき紋様が深く描かれているのが、ぼんやりと確認できた。

「あれは『世外の亜空』っていう魔術でね。

 早い話が亜空間を作り出して、そこに対象を転移させるっていう魔術なんだ。

 発動条件は、この部屋に生体が侵入することだろうから、僕達が入ったら強制的に転移させられるよ」

「そうなんだ。

 じゃあ、こっちの部屋から、魔法か何かで魔陣を消しちゃうのは?

 前に、ボク、それでどこにも飛ばされずにすんだよ?」

ボクがそう告げると、ハーゲンは首を横に振る。

「無理だね。

 天井の、明かりの周りを見て」

「明かりの……」

言われるままに視線を天井の明かりの周りに移す。

明るさに目を細めて見つめると、明かりの周囲の天井に魔陣が描かれているのが確認できた。

その魔陣には、ボクも見覚えがあった。

「あれって、『盲目の壁』、だよね?」

『盲目の壁』というのは、完全に透明な障壁を作り出す魔術だ。

天井にそれが描かれているということは、

「そう。 最低でも『世外の亜空』と『盲目の壁』の魔陣の周り、宝箱とガーディアン、それから封印機の防御は完璧だろうね。

 ここから攻撃しても、壁に弾かれて終わりさ」

と、ハーゲンからは予想通りの答えが返ってきた。

前の宝部屋の時のような策は通用しないということらしい。

「っていうことは、あの宝箱を取ろうとしたら、絶対に部屋の中に入らなきゃ駄目ってことか」

ひとりごちたボクの呟きに、ハーゲンはうなずいて応えた。

その時、ふとボクの頭に疑問がよぎった。

「そういえばさ、封印機ってどこにあるんだろう?」

ハーゲンの言葉から察するに、この部屋にあるのだと思うのだが、どこを見てもそれらしき物体は見当たらない。

ハーゲンはボクの疑問を受け、指さす。

指さした場所は、宝箱。

「え? 宝箱が封印機?」

「違うよ。 その下の台座が封印機」

ボクの的外れの答えを、ハーゲンが訂正する。

「あれが?」

台座を見ながらボクは呟く。

もっと、仰々しい、いかにもといった風情の物体を想像していたのだが、これは予想外だった。

たしかに奇妙な形ではあるが、普通に見ただけでは、ただの台座にしか見えない。

しげしげと、ボクが封印機を観察していると、

「今までに見たことのある封印機は、全部あんな感じだったよ。

 正確には、あの台座の中に入っている物が封印機なんだけどね。

 とりあえず、ここが最深部で間違いないみたいだね」

と、ハーゲンが言った。

そして、扉を両方、完全に開いた。

漏れ出す、最深部の部屋の明かり。

これだけの光量の前では、ボクとハーゲンが手にしている『暁光』の封魔晶の明かりなど、豆電球に等しい。

一瞬、明かりを消そうかとも思ったが、すぐに、皆を待つ為に上の階に戻るのだということを思い出し、とどまった。

「あとは、上で皆が来るのを待つだけだね」

「そうなるね。 それまで休んでいよう」

確認するようなボクの言葉に、ハーゲンはうなずいた。

と、その答えを聞き、ボクは思い出した。

「上の階、ほかにも階段がいっぱいあったけど、どうしようか?」

上の階には無数の階段があったが、そのすべてを調べたわけではない。

もしかしたら、そのうちのいくつかには宝があるかもしれない。

そう踏んでの言葉だったのだが、

「調べなくてもいいんじゃないかな。

 最深部は見つけたわけだし、ほかの所に、ここ以上の宝があるとは思えない」

と、ハーゲンは調べることに否定的だった。

言われてみれば、たしかにその通りだ。

しかし、その一方で、せっかくここまで来たのだし、まだ時間もあるのだから、駄目で元々のつもりで調べてみたいという気持ちもあった。

そんなボクの気持ちを察したのか、ハーゲンは、

「何もなかったら、くたびれ損だよ。

 これから、どうしたってガーディアンと戦わないといけないんだしね。

 何より、もしも罠に掛かったら厄介だ」

と、否定理由の駄目押しをしてきた。

「う〜ん…………そう、だね」

これにはボクも、調べるのを諦めざるを得なかった。

よくよく考えてみれば、調べるのはハーゲンになるのだろうから、独りよがりの好奇心でハーゲンを振り回すことはできない。

ここはきっぱり諦めるのが最良だろう。

もっとも、この場にシーザーか、あるいはルータスがいたら、話はこじれて、ボクの気持ちも揺らいだかもしれないが。

「とにかく上に行こう。

 このあとに備えて、少し休んでおきたい」

「あ、うん、ごめん」

扉を閉め、言うや否や歩き出してしまったハーゲンのあとを、ボクはついていく。

長い階段を上る途中、ボクはハーゲンに、ふと思った重要なあることを尋ねた。

「ねぇ。 これからガーディアンと戦うことになると思うんだけど、勝てそうなの?」

「分からない」

ずばり尋ねたボクの質問に、ハーゲンの答えは不明瞭だった。

「分からないって……」

「あのガーディアンの強さが、前に僕が壊したガーディアンと同じだとしたら何の問題もないよ。

 けど、最深部のガーディアンが、途中の階のガーディアンと同じ強さだとは思えない。

 だいぶ強いって考えた方がいいだろうね。

 だから、分からない」

「どのくらいのレベルだったら勝てそう?」

「ガーディアンは機械と同じだからね。

 生体と違って『解析』が通用しないから、レベルでどうこうは言えないよ。

 けど、仮にガーディアンが生体だとしたら、僕1人で戦った場合、勝てる見込みがあるのはレベル102くらいだね」

「102……前のガーディアンは80くらいって言ってたよね?」

「うん。 だから僕は、ここのガーディアンは、レベルにして100くらいだと予想してるけどね。

 それでも、あくまでレベルっていうのは目安の1つなだけで絶対っていうわけじゃないから、実際に戦ってみないと分からないよ。

 ただ、一般的に1対1で戦う場合、レベル差が6以上あったら、まず勝てないと思った方がいい」

「じゃあ……」

「そう、もしもガーディアンの強さが、レベル100だったとしても、モルドもルータスも戦力にはならない。

 94と90だからね。

 だから、僕の予想通りの強さをガーディアンが持っていたら、僕1人で戦うのと同じっていうことさ。

 ……まあ、モルドは攻撃力が飛び抜けてるし、立ち回りも上手いから、何とか戦力にはなるかな。

 ルータスも遠距離攻撃が得意だから、邪魔にはならないか」

「……ボク達はどうしたらいい?」

「…………」

ボクの問い掛けに、ハーゲンは沈黙した。

何かを考えているような沈黙であったので、ボクは重ねて問うこともできず、ただ黙々と階段を上ることしかできない。

ややあって、

「君達の好きにしたらいい」

と、素っ気ない答えが返ってきた。

「『世外の亜空』の効果範囲は、たぶんあの部屋の中だけだ。

 外に出てれば、僕達とガーディアンの戦いに巻き込まれることもない。

 もしも、僕達が死んでも、君達は逃げられる。

 戦いを見たければ、ついてきてもいいよ。

 もちろん、死ぬことになるかもしれないけどね。

 むしろ、そっちの方が可能性は高いかもしれない」

「…………」

死、という言葉を持ち出されて、ボクは黙ってしまった。

(そうだよね。 遊びで来てるわけじゃないんだもん。

 ここまで来るのにだって、何度も死にそうになってるんだし)

これまでの道程を振り返りながら思う。

しかし、これまでの偶発的で回避不可能だった死の危険とは異なり、この先の戦いにおける死の危険は、それを回避する選択が与えられている。

それは、ハーゲンの言った通りだ。

だが、もし、それを選択したとして、ハーゲン達が勝利したあとに、ボクは喜べるだろうか。

最後の大一番を見ることも体験することもせず、ただハーゲン達の勝利のおこぼれをもらって、それで満足できるだろうか。

そして、万が一、ハーゲン達が死んでしまったとしたら。

「僕は何も言わない。

 君の、君達の好きにしたらいい」

ボクの沈黙を迷いと受け取ったのか、ハーゲンは重ねて言った。

しかし、その語気は答えを急かすようなものではなかった。

それが逆にボクには重くのしかかる。

2人共に沈黙し、階段を上る靴音だけが反響する。

やがて、階段の終わりが見え始めた頃、

「……ボクは、一緒に戦いたい、な。

 足手まといでも、見てるだけでもいいから、一緒に」

ボクは、考えた末の答えをハーゲンに告げた。

それに対し、ハーゲンはこちらを見ることなく、

「……そう」

とだけ、いつもと変わらない口調で答えた。