「ちこ〜く! 減点1!

 弱っちいんだから、せめて時間くらいはしっかり守れよジミーズ!

 そんなんで大丈夫かよジミーズ!

 もっと頑張れよジミーズ!!」

21番公園に辿り付いたボク達を待っていたのは、ルータスの罵倒だった。

そして、もはやお決まり事というべきか、モルドの鉄拳制裁とハーゲンの鉄脚制裁がそれに続く。

慣れたのか、もうシーザーも噛み付いたりはしなかった。

「遅れたけど、何か問題でもあった?」

悶絶するルータスを尻目に、ハーゲンが怒っている様子もなく尋ねてきた。

それに対してボクが答える。

「ちょっと電話があっただけ。

 遅れてゴメン」

「いや、いいよ。

 それより、さっそく移動しようか。

 時間がありあまってるわけじゃないから」

「うん、そうだね」

ハーゲンの提案にボクが答えると、ハーゲンの足元でうずくまっていたルータスがようやく復活して、ボク達の格好を舐め回すように見たあと、聞いてきた。

「っていうかさ、お前等そんな格好で行くわけ?」

ルータスの指摘通り、ボク達の今の格好は部屋を出た時のままであり、探険に適しているとは言い難い。

適している物といえば履物ぐらいだ。

しかしながら、そう質問をしてきたルータス達の格好もまた、いつもと大差のない格好だった。

それをシーザーが指摘する。

「お前等だっていつも通りの格好じゃねぇかよ」

「向こうで着替えるつもりだからな。

 探険用の格好で街を歩いたら、もし先生に見つかった時に言い訳しづらい」

答えたのはモルドで、これにアーサーが同調。

「僕達も同じです。

 着替えは移蔵石にしまって持ってきてますよ」

そう言って、アーサーは移蔵石の入ったポケットをポンポンと叩いた。

それを見てハーゲンは1つうなずくと、

「準備はいいみたいだね。

 それなら出発しよう」

言って、1人トランスポーターへと向かっていってしまった。

「あ、オイ、待てよ〜」

そのあとをルータスが追い、ボク達もそれに続いた。

 

 

トランスポーターを使い、ボク達が移動した先は、転移場と呼ばれる施設だった。

施設と言っても、何か特別な設備があるわけではなく、屋内トランスポーターのような小部屋を無数に配置したような造りの、一風変わった施設だった。

この施設は、名前の通り『転移』の魔法を行使する、ただその為だけに存在している。

トランスポーターのような部屋は、『転移』を行使する為の部屋だ。

使用目的だけを聞くと不必要な施設なように思えるが、クォントでは『転移』の魔法は特別な許可を得た者以外は行使できないようになっているので、必然的にこういった施設が必要になってくる。

ハーゲン達が行使した『彷徨』の魔法にも同様の処置がとられているのだが、ハーゲン達は1度この転移場から別の場所へ転移したあとに『彷徨』を行使していたようだ。

その為、ハーゲン達は来慣れている様子で転移場へと入っていった。

内部は大勢の人が溢れており、どの小部屋にも列ができていた。

適当な列の最後尾につけ、順番を待つ。

『転移』は一瞬で済むので、列が長くとも見た目ほどは待つ必要はない。

すぐにボク達の番が回ってきて、ボク達は6人で小部屋へと入った。

ドアのない、大人が10人くらいは入れそうな小部屋に入ると、すぐさまハーゲンが『転移』の魔法の詠唱を始める。

詠唱完成と同時に『転移』が発動すると、目の前が闇に閉ざされ、一瞬ののち、光が戻ってきた。

そして、視界に入ってきたのは森だった。

背の高い木々が青々とした枝葉を伸ばして聳え立ち、ゴツゴツとした岩や石が転がる地面には、それら木々の倒木や落ち葉が積もっている。

岩や倒木にも苔がむしており、岩と岩の合間や倒木からは背の低い木や草が生え、場所によっては茂みを形成していた。

辺りからは鳥のさえずりや、風によって枝葉の触れ合う音が聞こえてくる。

この世界の正確な時刻は分からないが、木々の枝葉を縫って射す陽光からすると、昼前後だろう。

季節は、木々の青さや気温から察するに、春の終わりから初夏頃だろうと推測できた。

やや湿気も高く、今のボクの服では非常に蒸し暑く感じた。

「あっちぃ〜」

横にいたシーザーがぼやき、着ていたジャケットを脱ぎ始めた。

「それで、遺跡はどこに?」

アーサーも同じくジャケットを脱ぎながら、モルドに尋ねる。

ボク達の前にいたモルドは振り返ると、ボク達の頭越しにボク達の後方を指差して示した。

振り返って見れば、20m程先の地面がなくなっていた。

崖にでもなっているのかと思ってそちらに足を運ぶ。

近付くにつれ、地面はなくなっていたのでも崖になっていたのでもなく、深さ15m程の窪地になっていただけだということが分かってきた。

そして、崖のような急斜面になっている窪地の奥側にそれはあった。

「うおっすっげぇ!!

 マジで遺跡だ!」

遺跡を見た瞬間、テンション高く、シーザーが叫んだ。

「まるでテレビで見た遺跡みたいですねぇ」

アーサーも好奇の目で遺跡を観察する。

ボクも声にはしなかったが、胸が高鳴るのを押さえられずに、思わず身を乗り出して遺跡を見ていた。

窪地の斜面に埋め込まれるようにして造られた、明らかに人工物と思われる構造物。

高さ、幅共に10m程のその構造物は左右対称の造りをしており、中央に長方形の石扉が、その左右斜め上には1ヶ所ずつ、人一人が楽々通れそうな大きさの窓のような空洞があった。

石扉の真上にはレリーフがあり、そのレリーフには歴史の教科書で見た紋章が彫り込まれていた。

調和を示す文言の彫られた真円の中央に竜の頭。

竜は天秤を咥え吊るし、天秤の左右には鳥の頭と獣の頭とが乗っている。

竜の左右斜め上にはそれぞれ精と人がラッパを吹く姿があり、さらに竜の真上には太陽が、真下には月が描かれていた。

そのほかの余白にも描かれた物があったが、特に目を引くのはそれらだった。

図案すべてが抽象化されたその紋章は、『天秤の竜』と呼ばれる『古竜種』の紋章だ。

「あれが『古竜種』の遺跡……」

「そう。 扉が開いてないから、たぶん、誰の手も入ってない」

ボクの呟きに、後ろにいたハーゲンが答えた。

「とりあえず、下に降りてみよう」

ハーゲンの隣のモルドが言う。

それに従い、ボク達は揃って窪地を下りていった。

窪地の手前側は、遺跡のある奥側と違って緩やかな傾斜だった。

少し歩くうち、ボクは歩いている地面の感触が、自然の土や岩などではなく、人工的な石畳のようだと気付いた。

気になって足を止め、降り積もった落ち葉を払うと、案の定、灰色の石が敷き詰められているのが確認できた。

石畳は朽ちもせず、苔すら生えもせず、おそらくは当時のままの姿を残しているのだと思われる。

剃刀すら差し込めないだろう隙間のない精巧さは、『古竜種』が非常に高い土木技術力を持っていたのだということを容易に想像させた。

「石……じゃないですね」

剥き出しになった石畳を踏み叩き、アーサーが呟く。

言われてみれば、石畳の素材は通常の石材とは少し違っていた。

表面はタイルのような艶を持ち、アーサーが踏み叩くと陶器のような軽い音を立てた。

『古竜種』の時代から今日に至るまで、この石畳が朽ちも苔むしもしなかったのは、この石材のおかげなのだろうか。

「何だろうね?」

ボクも一緒になって石畳を踏み叩くが、当然ながらそれで答えが出るわけでもなく、

「そんなのいいから、さっさと行こうぜ!」

と、シーザーに一喝されただけだった。

先頭を切ってあるくシーザーのあとに続き石扉の前まで来ると、ボク達は石扉を見上げた。

「でっけぇ……」

呟いたのはシーザー。

石扉は5mはあろうかという大きさで、間近で見ると圧倒されるほどの大きさだった。

石畳と同じ石材でできているのか、灰色の艶を放っている。

それは石扉のみならず、遺跡の石組みすべてがそうであり、その組み方も石畳同様、微塵の隙間もなかった。

両開き戸になっている石扉には、幾何学的な紋様が描かれており、地面から1m程の位置に取っ手が左右1つずつ付いていた。

ボクは辺りを見回す。

「引いて開けるのかな?」

ボク達のいる周囲の地面は、石扉を引いて開けるのに充分な程、不自然に広く平らな面をしていた。

せいぜいが落ち葉が積もっている程度で、少なくとも石扉の開閉に支障の出るような凸部は見当たらない。

すると、ハーゲンが前に進み出て石扉の取っ手の一方に手を掛けた。

そして、力を込めるようにして取っ手を握り、ゆっくりと引く。

ゴゴッと重苦しい軋む音を発し、石扉がほんの少し開いた。

「正解みたいだね」

振り返り、ボクに向かってハーゲンが言った。

「じゃ、着替える?」

ルータスが言って、ポケットから移蔵石を取り出す。

「そうだね」

と、うなずいてハーゲン。

そうしてボク達は、遺跡探検の為の準備を始めた。

 

 

「馬子にも衣装って奴?」

軽口を叩いたのは、当然のごとくルータス。

荷物の分配を終え、探険用の装備に着替えたボク達を見ての一言だった。

シーザーが怒るかと思い、ボクはチラリと目を向けたが、シーザーはまったくの無反応だった。

無視したのか、もしかしたら言葉の意味が分かっていなかっただけなのかもしれない。

ボク達の装備は、クーアと旅をしていた時とほとんど変わっていない。

特に変わった点といえば、シーザーの持つダガーぐらいだ。

その為、新鮮味も違和感も感じはしなかった。

一方でハーゲン達の旅装備は初めて見る。

ハーゲンは黒を基調としたモノトーンの、ややゆったりとした装備。

防具らしい防具は身に着けておらず、目を引く物といえば上半身のクロースアーマーの所々にあしらわれた銀色のリベットと、腰から吊るされた鞭のみ。

対してルータスは、普段着同様に派手な、緑を基調とした目も痛くなるようなビビッドトーンの短めのローブが基本の装備。

特に肩から羽織った表が緑、裏が赤というハーフマントはどういうセンスをしているのか。

随所に金や銀のチェーンやリングなどのアクセサリーを配したその姿は、とても旅や戦闘に向く装備とは思えず、まるで成金かピエロのようだ。

モルドはダークトーンの赤を基調とした、体のラインがすっきりして見えるスリムな装備。

手首足首を締め、動きやすさに重きを置いたその装備は、一見して格闘を得意とする者のそれだとすぐに分かる。

それを示すように、手にはニードルリベットの打ち付けられた黒いフィンガーレスグローブがはめられていた。

「ずいぶんとまた……派手で……」

一際目を引くルータスの装備を見てアーサーが呟いた。

それを聞いたルータスは満足げな表情を浮かべると、これみよがしにその場で1回転してみせた。

「邪魔」

ひるがえったハーフマントが当たったハーゲンは、邪険にそれを払いのけると、ボク達の装備を確認するように見回す。

ボク、シーザー、アーサーの順に見回し、アーサーのところでヒタッと視線が止まる。

「ガントレット、それ、盾代わり?」

「ええ、そうです」

「なかなか面白い戦い方するんだね」

アーサーの答えに、興味深げにガントレットを見るハーゲン。

そして、再びボク達を一瞥するとハーゲンは言った。

「装備に問題はないみたいだね。

 適材適所というか、3人のタイプによく合った武具だと思うよ。

 君達の先生はよく分かってる人だね」

正確には、アーサーの装備はクーアに揃えてもらった物ではないのだが。

それはさておいて、ハーゲンの言葉から察するに、彼はボク達のタイプを、戦闘を見ずして分かっていたようだった。

その観察眼から、高レベルなのは伊達ではないということらしい。

隣で腰に差したダガーを手でいじくっていたシーザーが、その言葉に反応するように口を開いた。

「で、そっちの装備は?

 パッと見、鳥野郎は武器持ってねぇみてぇだけど。

 まさかコイツ――ボクを目で指して――と同じで、魔法使いってわけじゃねぇだろ?

 ……バカっぽいし」

最後の一言をボソッと吐き、ハーゲンに尋ねる。

それが聞こえていたのかいなかったのか分からないが、当のルータスは顔色一つ変えずにおもむろに腰の後ろに手をやった。

そうして取り出されたのは、1本のエメラルド色の羽扇だった。

ルータスは前に進み出ると、やや羽の部分の長いそれをボク達の前に差し出す。

近寄って見てみると、羽だと思われた部分は、葉のような金属が数十枚も密集して構成されているのだと分かった。

「これ、武器か?」

かなり近くまで寄って見ていたシーザーが顔を上げ、ルータスに尋ねる。

すると、ルータスはニヤリと笑みを浮かべた。

直後、キンッという澄んだ金属音を響かせ、羽扇の羽の部分が分解した。

「うわぅっ!?」

驚いたシーザーが後ろに跳び下がる。

その様子をルータスが面白そうにケタケタと笑いながら見ていた。

「なっ、なっ!?」

シーザーはまだ驚いているようで、からかわれたことにも気付かずに目を丸くしてルータスを見ている。

ボクも羽扇のギミックなど想像もしていなかったので驚いたが、アーサーだけは平然としていた。

「ローレルクラウンのレプリカですね」

下がったシーザーの代わりに進み出て、アーサーが言う。

「ふ〜ん、よく知ってるね」

と、ルータス。

「アーサーは武器に詳しいからね」

ボクが答えると、アーサーは恥ずかしそうに頭をかいた。

「で、何だよ、そのローレルクラウンって」

驚きから立ち直ったシーザーが、ルータスの持つローレルクラウンに目をやり、アーサーに尋ねた。

羽の部分が分解したローレルクラウンは、用途がよく分からない物へと変貌していた。

羽扇の握りだった部分こそそのままルータスが手にしていたが、握りの上の部分、ちょうど羽に隠されていた部分には、ドーナツのような、中央に穴の空いた円突起が付いている。

羽を構成していたエメラルド色の葉は、握りの円突起を中心として1枚1枚が分離して周囲に浮かび、二重の輪を作って音もなくゆっくりと回転していた。

「弓矢です」

アーサーが簡潔極まる説明をすると、応えるようにルータスが握りに付いた円突起の穴の中に指を入れた。

すると、握りの周囲を回っていた葉の内側の1列から、弱々しい光の筋がルータスの指に絡む。

ルータスは光の絡んだ指を後ろに引くと、その軌道上に光の矢が出現した。

「おお〜!」

シーザーが感嘆の声を上げる。

そのシーザーに、ルータスが出現した光の矢を向けた。

「ちょっ!? おい!!」

慌てたシーザーがアーサーの後ろに隠れる。

それを見て、ルータスが再びケタケタと笑い、光の矢を消した。

「ビックリした? ビックリした?」

「こんの……!」

からかい口調のルータスにシーザーが食ってかかろうとすると、予定通り、ハーゲンとモルドの制裁が加えられた。

「〜〜〜ッ!!」

頭を押さえてうずくまるルータス。

モルドの手にはめられたグローブに付けられているリベットが良い位置にヒットしたのだろう。

そんなことは気にもせず、アーサーが説明の続きを始めた。

「今みたいに、矢は必要ありません。

 使用者の法力を受けた内側の『葉』が矢を生成するからです。

 その原理は『マテリアライズ』で生成する弓矢に近いものですね。

 外側を回転する『葉』は生成された矢の増幅に使われます。

 増幅はしてもしなくてもかまわないですが、すればするほど矢の威力が高まります。

 当然、その分、多くの法力を消費しますが。

 矢は通常の矢や『マテリアライズ』で生成された矢と違い――」

「あ〜! ストップストップ!

 長くなるからまた今度!」

熱を帯びてきたアーサーの語りに、強引に割り込むシーザー。

納得がいかない様子のアーサーだったが、黙って身を引いた。

「ハーゲンは鞭で、モルドは素手?」

機を見計らい、ボクがハーゲンとモルドに尋ねると、モルドは黙ってうなずき、ハーゲンは腰に差した鞭を取って見せた。

「説明するかい?」

ハーゲンがアーサーに尋ねると、アーサーはチラリとシーザーを横目で見て、憮然とした様子で説明を始めた。

「ライオンテイルと言われている鞭の一種ですね。

 先端部分にライオンの尾のような膨らみがあるのが名前の由来です。

 種類によっては先端部分がアタッチメントになっていて、交換することで色々な効果を発揮することができます」

アーサー的に簡潔な説明を終えると、アーサーはシーザーを睨むように見た。

シーザーは短めの説明に満足した様子だった。

「先端部分を封魔晶に換えれば、その封魔晶に込められた魔法の力を発揮できるっていうような感じだね。

 例えば『赤火』だったら、先端が燃え上がる、みたいな。

 僕のにはその機能は付いてないけどね」

アーサーが説明しそびれた部分を補うようにハーゲンが言う。

言われてみれば、ハーゲンのライオンテイルの先端は取り外しができるようには見えなかった。

「準備も整ったことだし、そろそろ行こうか」

言って、ハーゲンは鞭を腰に収め、遺跡の石扉と向き合う。

「開けるよ」

言葉と共に石扉の取っ手に手を掛けるハーゲン。

ハーゲンが後退りながら石扉を引くと、重い音と共に石扉が左右に開いていく。

石扉が完全に開き切ると、遺跡内に光が差した。

遺跡は、入ってすぐの場所が踊り場のようになっており、その少し先に下り階段が伸びているようだ。

「よし、行こうぜ〜!」

さっそく中に入ろうとするルータス。

その襟首をモルドが掴み、とどめた。

「待て。 どんな罠があるのか分からないんだぞ?

 入るのは調べてからにしろ」

「は〜いはい……」

ルータスはおざなりに返事をして、うざったそうにモルドの手をはねのけた。

そのやり取りの間に、ハーゲンが入口に近付いて中の様子を探っている。

ボク達は初めての遺跡探険なので勝手が分からず、ハーゲン達に従うしかなかった。

しばらくの間、ハーゲンは遺跡の床や壁等を調べていたが、

「大丈夫そうだね、行こう」

特に何の異常もなかったようで、振り向いてボク達を手招きした。

すぐに動いたルータスとモルドに続いて、ボク達もあとについていく。

遺跡内に入ると、外部と空気が変わったのを感じた。

湿気はさほど変わらないが、外部と比べると少し気温が低く感じる。

何より、湿った森の匂いとは打って変わり、鼻を刺激するカビのすえた臭いがした。

「何かカビ臭ぇ……」

ボクより鼻の利くシーザーがぼやくように言った。

「ずっと人の手の入ってない所みたいですからね」

シーザーのぼやきにアーサーが答えた。

遺跡内に入ると、ボク達は全員で入口から見えた下り階段から先を見下ろした。

「真っ暗……ってわけでもないな」

モルドの呟き通り、遺跡内は真っ暗ではなかった。

たしかに外部に比べれば非常に暗いが、それでも階段の先にちらほらと緑色の弱々しい光が見て取れた。

しかし、その光だけでは心もとないと判断したのか、ハーゲンが懐から白色の封魔晶を1つ取り出した。

ハーゲンがそれを少し前方に掲げると、封魔晶の上部に白い光球が生まれる。

「下りてみよう」

ハーゲンの言葉に、ボク達はゆっくりとした足取りで階段を下り始める。

段を下りるにつれ、空気がひんやりとしてくるのが肌で感じられた。

階段はかなり長い。

段数にして100段やそこらでは下らないだろう。

終始無言のまま階段を下り切ると、そこは広いドーム状の広間になっていた。

クォントのホール程ではないが、それでも部屋幅は50mはありそうだ。

地下に延びる洞窟と同じで、ここまで降りると気温は低くなっており、ともすれば肌寒く感じるほどだ。

ただ、歩き回るにはちょうど良いくらいの気温かもしれない。

ハーゲンが手にしている封魔晶をかざすと、上部の光球の光量が増し、広間の隅々までも照らし出した。

広間には床と天井とをつなぐ石柱が規則正しく並んでおり、いかにも遺跡といった風のそれらの石柱には、所々に様々な石造りの飾りが施されていた。

その石柱群の合間には、同じく石造りの椅子やテーブルが、かなりの数、等間隔に設えられている。

天井や壁には『天秤の竜』のレリーフが彫り込まれ、それ以外にも、主に竜を模したレリーフが彫り込まれており、灰色一色の天井と壁の彩りとなっていた。

広間の見た目の印象としては、大きめの建築物のエントランスを思わせる。

天井や壁、石柱等に目立った損壊はないものの、それでも年月による劣化と思しき傷跡が見て取れた。

出入口はボク達が下りてきた階段と、正面にもう1つ。

左右1対の竜のオブジェが置かれた扉のないその出入口の向こう側は、封魔晶の明かりが届いていない為に暗くて様子が分からない。

「あそこから先に進めるな」

モルドが誰にともなく言い、それに応えるように誰からともなくオブジェのある正面の出入口へと歩を進めた。

ボク達が床を踏み叩く音が広間に響く。

音らしい音はそれ以外には聞こえなかったが、オブジェのある出入口に近付くにつれ、風鳴りのような音がそこから聞こえてきた。

「……唸り声?」

シーザーが聞き耳を立てて呟いた。

「……みたいだね」

同じく聞き耳を立ててハーゲン。

「たぶん、入口にあった窓みたいな所から中に入り込んだんだろうね、マテリアが」

続けて言ったハーゲンに、

「ゲートが開いている可能性は?」

アーサーが尋ねる。

ハーゲンは少し考える風を見せ、

「あるだろうね」

と、答えた。

今度はボクが尋ねる。

「ゲートって、人がたくさん死んだ所とかに開くものじゃないの?」

「開きやすいってだけで、別に何もない普通の所に開くこともあるんだ。

 そういう場合は閉じるのも早い。

 ただ、街中とか、生物が多くいる場所で開くことはほとんどないみたいだな」

ボクの問いに答えたのはモルドだった。

「ということは、生物がいないこの遺跡では開く可能性は充分にあるということですね」

納得した様子でアーサーが呟き、ハーゲンとモルドがうなずいてみせた。

やり取りをしているうちに、ボク達はオブジェのある出入口の前に辿り着いた。

そこには下り階段が伸びており、さらに深部へと進めるようになっていた。

ハーゲンが手でボク達の歩みを制止、モルドと共に左右の竜のオブジェを調べ始めた。

罠の有無を調べているのだろう。

2人以外はその場で待機し、2人の行動を見守る。

と、ふと横を見れば、シーザーの肩が小刻みに震えていた。

「どうしたの? 大丈夫?」

反対隣にいるルータスに気付かれないよう、そっとシーザーに近付いて小声で尋ねてみた。

すると、シーザーは我に返ったように息を飲み、グッと強く握り拳を作って応える。

「何でもねぇよ」

「でも、震えてるけど」

「うるせぇな、武者震いだよ。

 これからマテリアと戦ったり、お宝手に入れたりするんだぜ?

 くぅ〜〜〜! これが興奮せずにいられるかっつーの!」

指摘すると、シーザーは口元に不遜な笑みを浮かべて答えた。

(何か入れ込み過ぎな気がするなぁ……大丈夫かな?)

シーザーの様子に一抹の不安を覚えつつ、ハーゲンとモルドの方に視線を戻すと、ちょうど2人がオブジェを調べ終えたところだった。

「大丈――」

モルドが言い掛けた時、不意にガコンという、何かがはまるような音が、ホール全体に重々しく響いた。

『!?』

思わずその場に固まり、身構えるボク達。

ただ1人、ハーゲンを除いて。

「遺跡の罠が作動したのかもね」

1対になった竜のオブジェの間に立ち、左右のオブジェを見比べてハーゲンが言った。

つられて竜のオブジェを見ると、それまで閉じられていた左右の竜の口が、共に大きく開かれていた。

「ここを下りようとすると反応するようになってたみたいだ」

ハーゲンが階段の下を覗き込みながら言う。

「大丈夫そうか?」

モルドが尋ねると、ハーゲンは少しの間考えるふうを見せ、

「今のところは大丈夫じゃないかな?

 警戒するに越したことはないけどね」

と、答え、こちらを向いて手招きをした。

「こっから本番ってとこかな」

気軽な口調でルータスが言い、軽い足取りでハーゲンとモルドの元へと寄っていく。

遅れまいと、ボク達もそれに続いた。

「だいぶ深いね」

階段の淵に立って、手にした封魔晶を階段の方に向かってかざしていたハーゲンが呟く。

その呟きに誘われるように階段に近付いて覗き込むと、たしかに底が見えないほどの長さで階段が伸びていた。

「ま〜た下りるのか〜……」

辟易したようにルータスがため息をつく。

辟易しているわけではないが、これにはボクも同意見だった。

ここまで来るのにかなり下りてきている。

高さにして4・50mは下ったのではないだろうか。

このうえさらに下るとなると、遺跡そのものは地底に造られているようだった。

「文句言うなら引き返すか?」

モルドがルータスに苦言を呈し、ルータスは舌を出して返答とする。

そうしている間に、ハーゲンは1人、さっさと階段を下り始めてしまっていた。

置いていかれまいと、ボク達はあとに続いた。

先頭のハーゲンは、先の階段以上に注意深く周囲を探るように階段を下りていく。

そのすぐ後ろにルータスが続き、次いでボク、シーザー、アーサー、最後尾はモルドという並び順だ。

振り向けば、モルドも周囲を警戒、特に後方を警戒している様子だった。

2人の警戒した行動を見ると、ボクの足取りも自然と慎重なものに変わっていく。

といっても、中央付近にいるうえに大した観察眼も遺跡探険の経験も持たないボクが警戒したところで、さしたる効果も意味もあるとは思えないが。

しかし、それでもこうして警戒していると、今、遺跡を探検しているのだという気持ちがふつふつと実感を伴って湧き上がってきた。

胸に軽く手を当てると、心臓の鼓動が静かに速まっているのが確認できた。

それを落ち着ける為に、静かに深呼吸をする。

と、

「どした?」

前を行くルータスが振り返り、首を傾げて尋ねてきた。

「ううん、何でも。

 ちょっと緊張してきただけ」

正直に答えると、ルータスは笑い、

「だ〜いじょうぶだって。

 何かあったらオレ等が守ってやるからさ」

余裕綽々といった風に返してきた。

背後でシーザーが不機嫌な空気を発したのが分かったが、これには取り合わない。

「それにしても……ずいぶんと深いですね」

さらにその後方にいたアーサーが問い掛けるように呟いた。

「だいぶ深くに造られた遺跡みたいだな。

 これだけ手が込んでるんだ、それなりのお宝が期待できるんじゃないか?」

最後尾のモルドが何となくといった口調で言うと、それを聞いた背後のシーザーから、期待の空気が発せられたのが伝わってくる。

同じく期待の空気を発したのは前を行くルータスも同じで、

「お〜、そりゃ大期待だね。

 伝説級のお宝とかあったらどうしよう?

 オレとしては、ローレルクラウンのオリジナルとか期待しちゃうんだけど」

と、手にしているローレルクラウンのレプリカを器用に指先で回しながら言った。

「……それはさすがに期待し過ぎだろうな」

後ろでモルドがボソリと呟いた。

さらに、先頭を行くハーゲンが言う。

「夢を見るのもいいけど、見過ぎると現実が辛いよ。

 あの広間を見るかぎり、たしかにここは宝物殿だけどね」

「何で広間見てここが宝物殿だって分かるんだよ?」

尋ねたのはシーザー。

「広間に椅子やテーブルがあっただろ?

 あそこは言ってみればロビーみたいなものだよ。

 『古竜種』の遺跡だと、ああいう造りのある遺跡は、間違いなく宝物殿なんだ。

 宝物殿では、宝探しが頻繁に行われてたって記録が残ってるから、参加者があそこに集まったんだろうね」

ハーゲンは振り返りもせず、周囲を警戒しつつ階段を下りながら答える。

「へぇ〜…………って、ちょっと待て。

 つーことは、ここの遺跡ってもう宝残ってないんじゃねぇの!?

 だって、宝探しってことは、宝取られちゃったんだろ!?」

納得した様子のシーザーだったが、不意に気付いたように声を上げた。

「うぇ!? 何それ、骨折り損じゃん!」

つられてルータスも声を上げる。

一方で、ハーゲンは冷静に、

「かもしれないね。

 けど、『宝探し』っていうことは、宝が見つけられたら、次の参加者の為に代わりの宝が置かれているのは当然だと思うけどね。

 まさか、宝物殿1つにつき宝探し1回なんてことはないだろうし」

と、答えた。

前と後ろで安堵のため息をつくルータスとシーザー。

さらに後ろから、今度はアーサーがハーゲンに声を掛ける。

「でも、宝を置いた人達が、ここを引き払う時に宝を回収しているかもしれないですよね?

 何か事情があって宝をそのままにせざるを得なかった、とかいうならまだしも、普通はそうしませんか?」

「あとは最後の1回の宝探しで宝が全部回収されて、そのまま放置、とかな」

と、これはモルド。

ネガティブな2人の発言に、ルータスとシーザーが再び色めき立つ。

「その可能性もあるね。

 だから僕は、夢を見るのもいいけどって言ったんだよ」

やはり冷静にハーゲンが言うと、ルータスとシーザーが落胆したように盛大なため息をついた。

「まぁ、ここで話してても始まらない。

 探してみないと分からないからな」

フォローするようにモルドが言うが、ルータスとシーザーの落胆ぶりを見るかぎり、効果は薄いようだった。

とにもかくにも先に進むことに変わりはなく、ボク達はひたすらに階段を下りる。

段数を数えていたわけではないが、体感的に先の階段よりも長いような気がする。

そんなことを思いつつ下っていくと、明かりに照らされてようやく底が見えた。

「やっとかよ……」

だるそうにシーザーが呟いた。

誰も何も言わなかったが、おそらく皆一様に同じような意見だろう。

ボクも変わり映えのしない階段の景色にいい加減飽きがきていたところだった。

先頭のハーゲンが階段を下り切る。

すると、突然ハーゲンの持つ封魔晶の明かりの光量が落ち、次いでハーゲンが立ち止まって片手を上げてボク達を制した。

急に止まった行進に、ボクは勢い余ってルータスにぶつかってしまう。

「おわっと! 気を付けろよな〜」

「ご、ごめん」

嘴を尖らせていうルータスに、ボクが謝っていると、ハーゲンがこちらを振り向いて言った。

「……封印機が作動してるね」

ハーゲンの口から出てきた聞き覚えのある単語を、記憶を辿って思い出す。

たしか、シェイフに教えてもらった単語だ。

「封印機?」

「魔法や技法の力を抑制する機械でしたね。

 シェイフに教えてもらったじゃないですか」

「あ〜、そういえば」

後ろからシーザーとアーサーのやり取りが聞こえてきた。

そこへハーゲンが補足を加える。

「それは魔法・魔術と技法・技術の力だけを押さえる前期型の封印機だね。

 封印機を中心に、球状に効果範囲を持つタイプの封印機だよ。

 封印機に近付けば近付くほど効果が強まるタイプで、強い物だと魔法や技法がまったく使えなくなる。

 ここにあるのは中期型の封印機みたいだ。

 中期型の効果は封身石と同じ効果だね。

 技法や魔法は使えるけど、能力が抑えられるっていう。

 このタイプは、封印機との距離に限らず効果が一定なんだけど、ちょうどこのフロアからが効果範囲みたいだ。

 階段を下りきった途端に負荷を感じたから。

 ……ルータス、見て」

ハーゲンは正面のルータスに向かって指示を出す。

「はいよ」

答えたルータスは、ポケットから封魔晶を取り出し、ハーゲンに向かってかざした。

封魔晶が黒く輝く。

「……1だ」

「やっぱり」

ルータスの告げた言葉を受けて、ハーゲンは自分の両掌を見つめた。

「1って……レベル?」

2人の行動と言葉から推察して、ルータスの使った封魔晶に『解析』の魔法が入っていると思ったボクは、そのことを簡単な言葉で尋ねてみる。

ルータスの肩越しに、ハーゲンが無言でうなずいた。

「僕のレベルは97だけど、1まで下がってるみたいだ。

 つまり、今僕達は全員レベルが最低だってことだね。

 かなり強力な封印機があるよ、ここは」

「とすると、この遺跡はまだ生きてるってことか」

ハーゲンの言葉に対してモルドが言うと、ハーゲンはこれにもうなずいた。

「これだけ強力な封印機があるってことは、ここにはそれなりの宝があるか、あったのかもしれない」

「お、ちょっとやる気が戻ってきたかも」

ハーゲンの言った『それなりの宝』の単語に反応し、ルータスがやる気を見せる。

振り向けば、シーザーも若干顔をほころばせていた。

しかし、うかれる2人に水を差すように、ハーゲンが続ける。

「でも、厄介だ。

 全員レベル1ってことは、罠を力づくで突破するのが難しいっていうことだからね。

 それに、モルドが言ったように、封印機が作動してるってことは、ここは『生きた遺跡』ってことになる。

 ガーディアンも動き出すかもしれない。

 これが一番厄介で危険だ。

 ガーディアンっていうのは総じて強いものだからね」

「あと、マテリア、ですね」

アーサーの言葉に、三度ハーゲンがうなずいた。

「そう、それもある。

 さっきの唸り声は、間違いなくマテリアだと思う。

 封印機の影響を受けてるから、奴等もレベルは1になってると思うけど、もしも封印機の力よりも強力なマテリアがいたとしたらお手上げだ。

 そうでなくても、マテリアの数が大量だとしたら、物量で押されてまずいことになりかねない」

「ゲートが開いてる可能性もあるし、かなり危険だな」

誰にともなくモルドが呟くと、ボク達は沈黙した。

ランタンほどの光量にまで落ちた封魔晶の乏しい明かりの中、暗い静寂が訪れる。

と、遺跡の奥から再び唸り声が聞こえてきた。

先に聞こえた唸り声より大きく、それは唸り声の主にボク達が近付いたことの証左に他ならなかった。

「……引くのも手、かもね」

ボク達に向かって、ハーゲンがポツリと呟いた。

それを聞いて、シーザーとルータスが、

「冗談じゃねぇ!!」

「冗談じゃない!」

と、声を揃えて言った。

「ここまで来て引き返すとか、ハーゲンちゃんビビり過ぎじゃない?」

「せっかくの初探険だけど危なそうだから引き返してきました、なんてカッコ悪過ぎだろ!」

「そうそう、安全な探険なんて探険って言わないっつーの」

「危険を冒してこその探険だぜ!」

「それにお宝! こういう危ない遺跡にこそ良いお宝があるってのは定石だろ?」

「だぜ! お宝見つけないことには帰れないね!」

次々にまくし立てるルータスとシーザーに、ハーゲンは呆れたように口を閉ざした。

「分かったから、少し落ち着け……」

最後尾のモルドがため息交じりに言う。

次いで、

「どうせ止めても聞かないだろうな」

と、ハーゲンに、『どうする?』と問うように視線を送った。

ハーゲンは何も言わず、返答の代わりにボクとアーサーに視線を向ける。

ボクは振り向いてシーザー越しにアーサーと顔を見合わせた。

「まぁ、たしかに言っても聞かないでしょうね」

と、苦笑いを浮かべてアーサー。

ボクはうなずき、ハーゲンを見る。

「全員で行こうよ。

 ここまで来たんだしさ」

危険だということは分かっているが、元々それを承知で来たわけだし、アーサーとモルドの言う通り、ボク達が引き返したとしてもシーザーとルータスはそれを良しとしないだろうことは明らかだったから、ボクはそう提案した。

ハーゲンは短い沈黙のあと、小さく息を吐き出す。

「なら先に進もう。

 ただし、全員で固まって離れないように。

 歩く時も、天井・床・壁を慎重に見て、注意深く進むこと。

 怪しい場所や物には近付かないし触れないこと。

 マテリアやガーディアンが現れたら、まず僕とモルドが戦うべきか引くべきかを判断するから、それに従うこと。

 戦う時はジークとシーザーを中心に円陣を組む。

 引く時は今の並び順で一列になって引く。

 それから、宝を見つけたからといって、すぐに飛び付かないように。

 罠が仕掛けられてる可能性が高いからね。

 こんな感じでいいかい?」

ハーゲンはボク達に向かって忠告すると、最後尾のモルドに再び視線を送る。

視線を追うと、モルドは黙ってうなずいた。

「ハーゲンちゃん、リーダー気取り?」

「何か偉そうで気に入らねぇな」

ルータスとシーザーが不平を口にするが、ハーゲンは一瞥しただけで取り合わない。

「でも、言ってることは正しいと思いますよ」

「ボク達、初探険なんだから、経験者に任せた方がいいと思うな」

アーサーとボクが諭すようにシーザーに向かって言う。

シーザーは不満そうに口をつぐんだが、仕方ないと判断したのか、渋い顔で肩をすくめてみせた。

一方で、ルータスの方はただの軽口だったらしく、

「じゃ、さっさと先に進もうぜ〜。

 目指すはお宝、いざゆかん、ってね」

と、意気揚々とハーゲンの肩を叩いた。

ハーゲンは面倒そうにルータスの手を払いのけると振り返り、階段を下りた先に封魔晶をかざす。

先は一本道の通路になっており、まっすぐに続いているようだった。

幅3m、高さは5mくらいだろうか。

先頭のハーゲンがゆっくりと歩き出し、後続のボク達もそれに続く。

「!!!」

階段を下り切ると、途端に物凄い脱力感に襲われた。

しかし、それは瞬間的なもので、すぐに脱力感は消えた。

ボクの前を行くルータスも、後ろの3人も同じく脱力感を感じたのだろう、全員声こそ上げなかったものの、明らかに息を飲む音が聞こえた。

(これが封印機の力)

思い、ボクは拳に力を入れてみる。

感覚としてはいつも通りだが、やはりどこかしっくりとこない感じがする。

言葉にするのは難しいのだが、いつもと何かが違うということが、感覚的に理解できた。

それは以前に、同じく能力を封じる力を持つ封身石に触れた時と、まったく同じ感覚だった。

全員が階段を下り切ったことで、ハーゲンの言葉通り、ボク達のレベルは1にまで抑制されてしまった。

レベル1というのは、『日常生活を送るのに不自由しない、最低限度の身体能力』だけしかない状態だ。

言い換えれば、飛んだり跳ねたり走ったりはできるし、魔法も技法も行使できるものの、それらすべてが極めて低い水準である状態ということだ。

通常、一般的な生活を送っている一般的な成人男性でレベルは5前後であるらしい。

同じ条件で、ボク達くらいの歳だと、2前後だとか。

つまり、今のボク達はそれよりも劣っているということになる。

生まれたての赤子とまでは言わないが、普段のボク達からしてみれば、そう言い表しても差支えがないほどにまで力が押さえ込まれている。

これほどまで抑圧された状態で、ボク達はこの遺跡を探険しなければならない。

(思ったよりも大変なことなのかも……)

今更ながら事の大きさに狼狽するが、もはや後の祭り、とにかく今は前に進むしかなかった。

今さっきハーゲンに言われた通り、四方八方に注意を向けながらボク達は通路をゆっくりと歩いた。

封魔晶の光量が落ちているので、あまり先の方までは見通せないが、それでも歩く分には不自由しない程度の明るさはある。

加えて、遺跡に入る時に見えた緑色の光が、天井や床、壁のそこかしこで光っており、それも光源となっている為に、封魔晶の明かりが届かない場所でもまったくの暗闇というわけではなかった。

「この緑色のって、何だろう?」

歩きながら、何とはなしに言ってみると、ハーゲンが答えてくれた。

「星夜苔っていうヒカリゴケの一種だよ。

 湿度のある場所ならどこでも育つ」

「ふ〜ん、ホシヨゴケ…………何だかメルヘンチックな名前だね」

言って、ボクは天井を見上げた。

封魔晶の明かりの乏しくなった辺りの天井は、緑色に淡く光っている。

それは点々と、しかし一面に広がっており、その名前の通り、夜の星空に見えなくもなかった。

ボクの言葉を最後に、しばらく全員が沈黙する。

広いとは言えない通路に響くのは、靴音だけ。

時折、奥の方から唸り声が聞こえてくるが、先程聞こえたそれよりも小さくなっているようだったので、どうやら向こうも移動をしているらしいことが分かる。

「しっかし長い通路」

先を行くルータスがぼやく。

たしかに長い。

もうかなり歩いているが、それでもずっと一本道のままだ。

そのうえ、暑く、蒸している。

歩いているせいもあるが、汗がにじみ出てくる程の暑さだ。

体毛のないボクやモルドはまだいいが、他の4人にはより暑く感じていることだろう。

現に、後ろのシーザーは服の胸元を掴んでパタパタと振っている。

まだ探険らしい探険にもなっていないが、すでに少し喉も乾いてきた。

ボクは喉を湿らせる程度に水を飲もうと、水筒の入った移蔵石に手を伸ばす。

と、その時、

「分かれ道だ……止まって」

先頭のハーゲンが呟いた。

同時に、ハーゲンが歩みを止め、それに従って直前を歩くルータスも止まる。

が、移蔵石に気を取られていたボクは、そのことに気付くのが遅れ、またしてもルータスとぶつかってしまった。

「うわっ!?」

「おわっ!?」

ボクとルータスの上げた声が通路に響く。

ボクにぶつかったルータスはたたらを踏み、さらに前のハーゲンにぶつかってしまった。

「っ!」

息を飲むハーゲンが同様にたたらを踏み、1歩前に足を踏み出して踏みとどまった。

瞬間、ゴグンと重い音を立てて、床が鳴った。

その直後、通路がガクンと下がる。

『!?』

全員に動揺が走る。

床に起きた異変から次に起きる異変までのわずかの間、ハーゲンの持った封魔晶に照らされた床が視界に入った。

それまで平坦だった床は、その角度を急にし、滑り台のような急勾配の坂道に変じていた。

坂道呼ぶよりも、むしろ崖と呼ぶのがふさわしいほどの急勾配を持った床は、上を歩いていたボク達全員を黒一色の暗闇の中に飲み込んでいく。

『――ッ!!!』

悲鳴を上げる間もなく、ボク達は床にポッカリと開いた穴へと吸い込まれていった。

 

 

「……あ、危なかった……」

僕はその場にへたり込み、呆然として呟いた。

すぐさま腰に帯びた革袋の中から封魔晶の1つを取り出すと、それに魔法力を込める。

『暁光』の封じられた封魔晶は、直上に光球を生み出し、暗闇に包まれていた周囲を照らし出した。

直前まで落とし穴のように暗闇の口を開けていた床は、今はすっかり元通りの平坦な床に戻っている。

僕の前を歩いていたジーク達の姿は見当たらない。

おそらく、全員が先の穴に飲み込まれてしまったのだろう。

「皆……」

呟き、床に手を這わせる。

すると、手に妙に柔らかい感触が伝わってきた。

同時に、

「アーサー」

すぐ後方から声がした。

驚いて後ろを振り返ると、そこには床に仰向けになったモルドが、首を起こして鼻先をさすりながらこちらを見ていた。

「モルド!」

呼び、その顔を見ると、モルドは手を僕の方に向け、指で自らの下半身を指した。

その動きに視線を移すと、僕は自分の座っている場所が床の上ではなく、モルドの下腹部の上であることに気が付いた。

さらに正面を向けば、僕が手を這わせていたのも床ではなく、モルドの太腿の上だった。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて飛び退き、横に移動すると、モルドがその場に立ち上がる。

「いや、いい。

 おかげで助かったからな」

「助かった?」

聞き返すと、モルドは苦笑いを浮かべながら鼻先をさすった。

「うん。 君が後ろに飛んだ時に、君の足が顔に当たって吹っ飛ばされたんだ」

言われてみれば、変事に気付いて反射的に後ろに飛んだ時、何かが足に当たったような気がする。

それがまさかモルドの顔だとは思いもしなかった。

「ご、ごめんなさい、痛かったですか?」

「うん、まぁ。

 けど、そのおかげで助かったんだから、文句はないよ。

 ……それにしても」

モルドは言いながら、通路を数歩、慎重に進む。

そしてそのまま床にかがみ込み、床を凝視した。

「…………ここだな」

呟き、モルドが手招きをした。

誘われるままに近寄り、同じくかがんでモルドの指す床の一部分に封魔晶を近付ける。

床は石畳のようにいくつもの同じ大きさの石材が組み合わさってできていたが、モルドの指した床の石材だけが、ほんのわずかだけ違う大きさだった。

「これを踏むと、床が下に落ちるみたいだ」

「……落ちた皆は大丈夫でしょうか?」

尋ねると、モルドは立ち上がり、罠の石畳をまたいで移動した。

次いで僕を手招きし、

「少しだけ飛んでくれ」

と指示する。

言われるまま、僕はモルドのそばに移動し、その場に跳んで羽ばたく。

「少し重いかもしれないけど、我慢してくれな」

言うと、モルドは飛んでいる僕の両足に両手で掴まった。

言葉通り、見た目よりもモルドは重かった。

ジークもそうだが、竜人は総じて見掛けよりも体重がある。

それはともかく、僕は重さにバランスを崩しそうになったが、何とか翼に力を込めて羽ばたき、バランスを取って床から浮き上がり続けた。

モルドは自身の体が宙に浮いたことを確認すると、長い尻尾の先で、罠の石畳を叩いた。

直後に石の軋む音を立てて、床が下に向かって開いた。

「明かりを」

モルドの言葉の意図を察し、僕は手にした封魔晶を床に開いた穴に向ける。

床は急勾配を持つ坂のようになっており、その下には細長い通路が伸びていた。

かなりの角度がある通路で、光量の関係でその深さまでは分からない。

少しして、下に落ちた床が戻り、何事もなかったかのように普通の通路に戻った。

「もういいよ」

言って、モルドが僕の両足から手を離した。

僕もその場に下りる。

「落とし穴だけど、殺傷用の落とし穴じゃないみたいだな。

 殺傷用だったら、開いてすぐの所に別の罠が仕掛けられてないと意味がないから。

 穴の先に通路が見えたから、たぶん、何人かでここに来た人間を分断する為の落とし穴だと思う」

「ということは、とりあえず無事っていうことですよね?」

「たぶんな。

 でも、分断用なら、あの通路の先も枝分かれしていて、全員バラバラになってる可能性が高い。

 ハーゲンとルータスはまぁ大丈夫だと思うけど、ジークとシーザーは少し心配だな。

 できるだけ急いで合流した方がいい」

「そうですね」

同意し、僕は少し考える。

それを見て、モルドが覗き込みながら尋ねてきた。

「どうした?」

「あ、いえ……この落とし穴に落ちれば、うまくいけば誰かしらと合流できるかな、と」

「……たしかに……けど」

「ああ、言いたいことは分かります。

 もし落ちて誰とも合流できなかったら、余計に状況が悪くなるだけですから、やめておきましょう」

「だな」

モルドの同意を得て、僕達はそれぞれに分かれ道の先を見る。

分かれ道はY字になっていて、2方向に伸びていた。

「どっちに進むか」

モルドが腕組をし、左右の通路を交互に見る。

同じく通路を見比べながら、僕は呟く。

「こういう場合、どっちを行くのがセオリーなんでしたっけ?」

「……右……いや、左だったかな?」

自信なさ気にモルドが答えるが、答えになっていなかった。

「……まぁ、とりあえず」

どちらを選ぶにしても勘にしかならないので、それならばと、僕は腰のサーベルを抜き、床に立てる。

「天に任せるってやつか?」

「そんな感じですかね」

モルドの問いに答えながら、ボクはサーベルから手を離した。

サーベルは金属音を立て、右側に向かって倒れた。

「右か」

「みたいです」

進むべき道が決まった。

 

 

「――ってぇ〜……!」

目を覚まし、勢いよく上体を起こした瞬間、頭に痛みが走った。

頭の痛みが一番強いが、全身も所々が痛む。

とりあえずは一番痛む頭を両手で押さえ、目をつぶって耐える。

しばらくして痛みが和らぎ、少し心にゆとりができると、オレは目を開いて辺りを見回した。

さほど暗くはない。

緑色の光、星夜苔があちこちで輝き、月夜と同じくらいの明るさは少なくともあった。

しかし、光に照らし出したのは、見覚えのない場所だった。

「ここ、どこだよ……」

呟き、立ち上がる。

今いる場所は、ついさっきまで歩いていた通路ではなく、どこか部屋のような場所だった。

形は正方形で、高さや幅は5mくらいはあるだろう。

真後ろを振り返ると、床から50cmくらいの所に、1m程の円形の穴が開いていた。

それを見ながら、オレは頭を整理する。

(たしか、オレ、落とし穴に落ちたんだよな)

急に足元の床がなくなったと思ったと同時に、下に落ちた。

刹那あと、急勾配の坂を滑り落ちながら、前からジークとルータスの悲鳴が聞こえてきた。

さらにそのあと、坂が妙にうねり、ハーゲンが手にしていた封魔晶の明かりとジークとルータスの悲鳴が遠ざかっていったのを憶えている。

それからは、体中を坂に打ち付けながら、ひたすら起伏のある坂を滑り落ち続け、その途中で意識を失った。

どれくらい気を失っていたのか分からない。

しかし、何となくではあるが、落とし穴に落ちてからの時間は、それほど長くは経っていないような気がする。

(ここから出てきたのか)

丸穴に近付いて覗き込んでみるが、この部屋とは違い、穴の中はまったくの暗闇で何も見えなかった。

次いで、改めて辺りを見回す。

「……誰もいねぇ……」

呆然と呟いて、息をついた。

周囲に人影はなく、ただ星夜苔が輝くのみ。

「ジーク! アーサー!」

声を上げて呼んでみる。

「ハーゲン! モルド!」

しかし、返事はない。

「……おい! ルータス! いねぇのかよ鳥野郎!!」

耳を澄ましてみても、聞こえるのは自分の叫び声の残響だけだった。

「マジかよ……」

近くに誰もいないと分かり、急に心細くなってきた。

心臓の鼓動が速くなり、頭が混乱してくる。

(ヤバい……ヤバいだろコレ……!)

ここがどこかも分からず、暗闇に包まれた状態で、何よりも1人きりだという恐怖。

それは、ただ迷子になったから、暗闇に包まれたからといった子供的な恐怖などではなく、例えば、遺跡の罠に掛かり命を落とすかもしれない、例えばマテリアに襲われ命を落とすかもしれない、例えば出口が分からず仲間とも合流できずに力尽きて命を落とすかもしれないという、生物すべてが抱える死への恐怖に違いなかった。

片手で指折り数える程でしかないが、死の恐怖はこれまでに経験をしたことがあるので、この恐怖がそれだというのは明白だった。

吐き気を催すような腹の底の黒い澱を感じながら、自分の歯がカチカチと噛みあう振動が頭に響いてきた。

息が荒くなり、心拍数も上がり、思わず胸を押さえる。

(……落ち着け……落ち着け……落ち着け……)

何とか心を落ち着かせようと、呪文のように唱える。

(こういう時は落ち着かないとダメだって、クーアが言ってただろ)

クーアと共に旅をしていた時、ある街でジークがオレ達とはぐれた時のことだ。

見つかったジークに向かって言っていたクーアの言葉を思い出す。

(はぐれたら、焦らず、落ち着いて、まず状況を確認……だったな)

数度、深呼吸をし、少し息が整ってきたところで、三度周囲を見回す。

5m程の正方形の部屋で、そこかしこで星夜苔が光っている。

壁と天井には何かのレリーフがあるのが分かるが、細部までは分からない。

正面には、出てきた丸穴、振り向くと反対側に石造りの扉が見えた。

扉の上のやや高い所に、1m程の暗い丸穴がある。

それ以外に目に付く物は何もない。

(状況の確認終了!

 で、そのあとは、たしか、自警団の詰め所……って、そんなもんねぇよ!)

次いで出てきたまるで見当違いな単語に憤るオレ。

考えてみれば、ただの迷子とはわけが違うのだから、これ以上はあの時のクーアのアドバイスも当てにはできない。

しかし、おかげでというべきか、心はかなり落ち着いてきた。

(状況の確認……あとは…………自分の確認だな)

思い、オレは自分の体を見回す。

坂で全身を打ちはしたものの、あとを引くような怪我はしていないようだった。

道具の類もしっかりと衣服に結び付けてあるのでなくなってはいない。

(そうだ!)

閃いて、オレは腰に付けた、封魔晶の入った革袋に手を突っ込む。

(っと……コレだな?)

探り当てた封魔晶を革袋から出し、法力を込める。

すると、封魔晶の直上に弱いながらも光球が生まれ、辺りを白く照らし出した。

これで少なくとも星夜苔の明かりよりは見通しのきく光源ができた。

新たに生まれた光源に照らし出されて、改めて自分を見るが、やはり怪我などはないようだった。

着ている衣服にも目立ったほころびはなく、道具もすべて揃っている。

(確認終わり! 次は……)

オレは前方にある扉の方へと向かっていく。

扉のそばまで行くと、手にした封魔晶の明かりに照らされ、扉には竜のレリーフが彫り込まれているのが分かった。

さらに竜のレリーフに被せて紋様が薄く彫られていたが、何なのかはよく分からない。

そうやって扉を見つめることしばし。

(……ここでじっとしてても仕方ねぇもんな)

オレは意を決し、大股に扉に近付いた。

しかし、あと1歩で扉の取っ手に手が掛けられるという時、扉の向こう側から低い唸り声が響いてきた。

かなり大きな唸り声。

おそらく、扉を隔ててそう遠くない場所に、声の主がいる。

「…………」

思わず息を飲み、生唾を飲み込む。

何度も深呼吸し、扉を見据える。

(……ビビってんじゃねぇ!!)

自らを鼓舞するように、オレは心の中で叫んだ。

全身に力を込め、もう1度大きく深呼吸をし、腰に差したダガーを引き抜く。

強く握ったダガーの感覚が、さらに勇気を奮い立たせてくれる。

オレは今一度ダガーを強く握り締めると、扉までの最後の1歩を踏み出し、扉の取っ手に手を掛けた。

 

 

目を開けると、辺りは緑の光に溢れていた。

(……星夜苔?)

覚醒しきれていない頭に、単語が浮かぶ。

ハーゲンから教わった、緑の光の正体だ。

しばらくぼうっと星夜苔の明かりを眺めていたが、徐々に頭が覚醒してくるにつれ、ボクは自分が今どういう状況にいるのかが把握できてきた。

それに伴って体も覚醒し、ボクは仰向けに倒れていた体を起こす。

「――ッ!」

起こした拍子に、後頭部が酷く痛んだ。

そっと手で触れてみると、少し膨れているような気がする。

触れたかぎりでは、その上に生えた角には損傷はないようなので、どこかで器用に後頭部だけを打ったあげく、失神してしまっていたようだ。

どれだけ気を失っていたのかは定かではないが、とにもかくにも、ボクは自分の置かれた状況の整理を始める。

(ええっと、たしか床が抜けて、それで坂を滑り落ちてきたんだよね。

 途中まではハーゲンと一緒だったけど……)

思い、周囲を見回すが、ハーゲンの姿は見えない。

シーザーとルータスも共に坂を滑り落ちてきたはずだが、周囲には見当たらなかった。

アーサーとモルドの姿は、坂を滑り落ちる段階ですでに姿を確認できなかったし、声も聞こえてこなかったので、まだ抜けた床の通路にいると思われる。

「1人……」

呟いて、天井を見上げる。

(やっぱり、ボクのせいだよね……)

床が抜ける前、歩みが止まったことに気付くのが遅れたボクは、前を歩くルータスにぶつかってしまった。

そのルータスが、さらに前にいたハーゲンにぶつかってしまい、ハーゲンがたたらを踏んだ直後に床が抜けた。

たぶん、ハーゲンが何らかの罠に掛かってしまったのだろう。

歩みが止まる直前、ハーゲンが『止まれ』と言ったにも関わらず、ボクはほかのことに気を取られて反応が遅れてしまったのだ。

もしあの時に気を散じていなければ、こんなことにはならなかっただろう。

(皆になんて謝ったらいいんだろう)

自分のミスで皆に迷惑を掛けてしまったことを心から申し訳なく思う。

しばらくの間、天井を見上げ続け、自己嫌悪に駆られる。

だが、このままここで自己嫌悪に駆られていても埒が明かない。

今は、何とかして皆と合流することが先決だ。

それができなければ、謝ることもできない。

(でも、それが問題なんだよね。

 ここ、どこだろう?)

ボクは辺りに目を凝らす。

一辺が5m程の正方形の部屋は星夜苔で埋め尽くされており、背後には丸い穴、正面には石造りの扉が見える。

おそらく、背後の丸穴は最初の通路につながっているのだろう。

立ち上がり、そばによって覗き込んでみるが、わずかに星夜苔の光が見えるのみで、どれほどの長さがあるのかは分からない。

腰に帯びた革袋から『暁光』の封魔晶を取り出し、明かりを灯して、丸穴に少し潜り込んで探って見るが、入口から少し入った所で急勾配になっており、それ以上進むのは不可能だった。

(ということは)

ここから出る為には、正面の扉から出るよりほかはないようだ。

とりあえず、丸穴の淵に腰掛け、道具の遺失がないかを確認する。

(……特にないかな)

次いで、体に異常がないかを確認。

(……うん、大丈夫。 ちょっと頭にたんこぶができちゃったけど)

後頭部の痛みはだいぶ引き、その他の部分にも特に異常は見当たらず、感じられなかった。

「よし!」

気合いを入れて、ボクは立ち上がった。

封魔晶で周囲を照らし、怪しげな箇所がないかを慎重に探りながら、扉まで進んだ。

特に問題もなく、扉の前に辿り着くと、扉に封魔晶を向け、調べる。

扉には竜のレリーフが彫り込まれており、さらによく調べると、扉全体に魔陣が浅く彫られているのが確認できた。

(これはたしか……)

記憶を辿って、どの魔術の魔陣なのかを思い出す。

「…………『悟りの門』、だったかな」

思い出し、呟く。

『悟りの門』は魔法『転移』と同じで、術者が望んだ場所へと転移するものだ。

この場合の術者というのは、この魔陣を描いた者を指す。

おそらく、魔陣に気付かずに扉に触れると、ここからさらにどこか別の場所に転移させられてしまうのだろう。

ボクは扉から1歩下がり、他に出口はないかを探す。

しばし左右を探り、次いで上を見上げてみると、扉の上の方に1m程の丸穴が空いているのを見つけた。

おそらく、あそこから外に出られるのだろうが、床からの高さは4mくらいはある。

今のレベルでは、とても跳んで届く高さではない。

かといって、フックの付いたロープなどというものもなく、あいにくと空を飛ぶ術もない。

よじ登ろうにも、壁に取っ掛かりもない為にそれも不可能だ。

(せめて『マテリアライズ』が使えればなぁ)

技法『マテリアライズ』は無機物を作り出す。

仮に使えたとしたら、ロープでも梯子でも、あの丸穴に到達する為の道具を作り出せただろう。

魔法や魔術にばかり重きを置いて、技法や技術を軽んじていたことが悔やまれる。

丸穴から出ることが不可能なら、扉から出るほかはないのだが、扉に触れようものなら、その瞬間に『悟りの門』が発動してしまうので、取っ手を掴んで開けることはもちろん、蹴破ることも体当たりをすることもできない。

せめて魔陣を消してしまえれば、その効力をなくすこともできるのだが、それもそう簡単にできるものではない。

たしかに魔陣は形を崩すことによって効果を薄れさせることができるが、崩す部分によっては暴走するおそれがある。

こういう場合、効果を完全に失わせる為には、魔陣の半分以上を一瞬にして消してしまうことが望ましい。

しかし、今のボクでは魔陣の半分以上を一瞬で消し飛ばしてしまうことは不可能だ。

かといって、『悟りの門』の魔陣のどの部分を消せば効果を薄れさせることができるのか、はたまた暴走させてしまうのかを、ボクは知らない。

「う〜ん……」

扉を前にして唸るボク。

魔陣をどうこうできない以上、扉に触れて『悟りの門』を発動させるしかないのだが、どこに飛ばされるか分からないという不安感は払拭しがたいものがある。

と、

(……あ、そうだ)

閃き、ボクは革袋の中から封魔晶を取り出した。

それは黄色みを帯びた輝きを持っており、中に土属性の魔法が封じられていることを示していた。

入っている魔法は『旋塊』。

双円錐の土塊をドリルのように回転させて打ち出す魔法だ。

この封魔晶は魔法のみが封じられている魔法型の物ではなく、魔法と魔法力が封じられている魔法力型の物なので、魔法力を消費することなく魔法を行使でき、かつ、おそらくだが威力はここの封印機の影響を受けることがない。

というのも、この魔法力型の封魔晶というのは、効果が使用者の魔力に依存する魔法型の封魔晶と異なり、効果が魔法を封じた者の魔力に依存するからだ。

つまり、使用者の魔力の高低に関係なく、一定の効果を発揮してくれるということになる。

そのことは封印機の影響下であっても変わらないはず。

ハーゲンは、ここの封印機が封身石と同じ効果だと言っていた。

ボクは魔法力型の封魔晶の効果が、封身石で力を封じられている時でも変わらないことを知っている。

とすれば、この封魔晶によって発動する『旋塊』は、威力を減じることはないはず。

威力が減じさえしなければ、扉を砕くことなど造作もないと、ボクは確信していた。

なぜなら、ボク達が持っているこの型の封魔晶に魔法を封じてくれたのはクーアなのだから。

(よし!)

心の中で自分に喝を入れ、ボクは扉から離れ、扉に向かって『旋塊』の封魔晶をかざし、意思を込めた。

封魔晶が黄光を発し、一拍置いて、封魔晶の上方に、ボクの身長程もある回転する双円錐の土塊が生まれた。

それを確認し、ボクは前方の石扉に狙いを定める。

そして、撃ち出す意思を固めると、それに呼応するように双円錐の土塊が解き放たれた。

凄まじい速度で放たれた土塊は、狙い通りに石扉を直撃。

轟音と砂塵が、部屋の中に溢れる。

鼻と口を手で覆いながら咳き込み、砂塵が治まるのを待つことしばし。

『旋塊』の効果はどれほどかと石扉の方に目を向ければ、効果は期待以上だった。

石扉は跡かたもなく吹き飛び、周囲の壁も所々が崩れ、かなり大きなヒビが壁面に伸びている。

そのうえ、さらに部屋の外の壁にまで大きな穴が穿たれていた。

「…………」

読み通り、『旋塊』の威力は減じていなかったようだが、ボクは想像以上の威力に沈黙する。

手の中の『旋塊』の封魔晶を見ると、封魔晶は色を失って無色透明に変じ、その効果がなくなったことを示していた。

この型の封魔晶は1回使い切りなので、再度魔法を込めることはできない。

一応、空になった封魔晶を革袋にしまうと、ボクは扉のあった場所に近寄り、恐る恐る部屋の外に出てみる。

封魔晶で部屋の外を照らすと、そこは先程までボクがいた通路と同じくらいの幅と高さのある通路だった。

通路は左右に伸びており、やはり星夜苔がむし、通路全体が淡く緑色に輝いていた。

どちらに進むか、二者択一。

とりあえずは遺跡の入り口を目指したい。

先の思案通り、落とし穴に落ちていないだろうアーサーとモルドが、その周辺にいる可能性があるからだ。

というよりも、他の3人はどこにいるのかがさっぱり分からないので、探しようがない。

ならば、少しでも可能性がある方へという思いで、ボクは入口を目指すことにした。

(こういう時は、風の吹いてくる方に進めばいいんだっけか)

ボクは指一本を舐めて湿らせ、胸の前で立てる。

しばらくそのまま、指に神経を集中してみる。

だが、残念ながら指は風を感じることはなかった。

ただ単に空気の流れがないだけか、それとも遺跡の奥深くにまで来てしまっているのか。

前者ならまだいいが、後者なら非常に困ることになる。

それだけ入口から遠く、入口まで辿り付けなくなる可能性が高くなるからだ。

道に迷った挙句、食料も水も尽きて行き倒れる等ということも充分にあり得る。

それだけならまだしも、入口付近で聞こえてきたマテリアと思しき唸り声、すでに掛かってしまった遺跡に仕掛けられた罠、そしてハーゲンも危惧していたガーディアンの存在。

ここが入口から近い場所ならば、それらをかわして入口に辿り着くこともできるだろうが、もしもここが遺跡の深部だとするならば、それらすべてが、ボクにとっては脅威となるに余りある。

「困ったなぁ……」

思わず呟き、途方に暮れて天井を見上げる。

(…………でも、とにかくここから動かないと)

意を決して、ボクは左右の通路を見比べた。

右も左も、どちらも星夜苔がむしてはいるが、それ以外に目に付く物はない。

封魔晶をかざしてみても、先がどうなっているのかは分からなかった。

左右の違いといえば、星夜苔の量が右の方が若干多いくらいか。

(どっちに――)

思ったその瞬間、右の方からコツンという、小さな音が聞こえた。

小石が床に落ち、それが反響するような音。

ボクは耳をすませて右の通路を見る。

別段、変わった様子はない。

音も1回きり。

しばらく耳をすませて待っていたが、静まり返った通路に、それ以上の変化はなかった。

行くべきか避けるべきか。

音の発信源が気になりはするが、もしもマテリアが移動したりした時の音だとするなら、そちらに向かうのは懸命とは言えない。

自然、ボクの足は左に進むことを選んでいた。

右の方が気になりながらも、ボクは左へと歩を進める。

しかし、数歩も行かぬうち、今度は左の方から低い唸り声が聞こえてきた。

おそらく、マテリアの唸り声。

ボクは声に押されるように数歩後ずさる。

気付けば、ボクは元の位置に戻っていた。

改めて、ボクは通路を右に進むか、左に進むかの選択を迫られた。