ガーディアンの戦闘再開の声が聞こえ終わるのとほとんど同時に、ハーゲンとモルドが大地を蹴った。

「のわっ!?」

踏み込みの強さに舞い上がった土煙に、シーザーがむせ込んだ。

シーザーがむせるその数瞬前、鈍く重い音が前方から伝わってきた。

舞い上がった土埃を、ルータスの翼が一薙ぎして振り払うと、すでにハーゲンとモルドの姿も、ガーディアンの姿もそこにはなかった。

2人の行動の直後に聞こえてきた鈍い音は、おそらくどちらかがガーディアンを吹き飛ばした音なのだろう。

目を凝らせば、はるか遠くに米粒のような2人と1体の姿があった。

距離にすれば3km強といったところだろうか。

高速で攻防のやり取りをしている様が、遠目にも確認できる。

というよりも、遠目だからこそ、というべきだろうか。

間違いなくボクが視認できる速度などでは動いてはいないだろう。

今にしても、遠くで点が動き回り、時折何らかの技法か魔法が使われた様子が何となくうかがえる程度のものだ。

近くで見ていようものなら、何が起きているのかも分からず、その余波だけで死にかねない。

それはシーザーも同様だろうし、アーサーにしても似たり寄ったりだと思われる。

ルータスならば、何とかついていけるかもしれない。

などとボクが思っていると、そのルータスに向かってシーザーが、

「今どうなってんだ?」

と、状況の説明を求めた。

アーサーも、ボクもそれを求めるようにルータスに視線を向ける。

ルータスはチラリとこちらを見て、すぐに視線を戦場に戻し、

「とりあえず移動するよ。

 ここじゃまだ危ないから」

そう言って、踵を返すと、右手でボクを、左手でアーサーを掴み、体をシーザーに預けるようにして当てた。

「お――」

シーザーが何やら声を上げかけたその瞬間、ルータスが地面を蹴った。

『――!?』

ルータスの進行方向にガクンと体が引っ張られる。

かなりの衝撃だったが、それは最初だけで、少しすればその慣性にも慣れた。

どうやらさほどの速度は出していないらしく、それは地面を見れば明らかだった。

ボク達3人を抱えているせいか、それともボク達の体を気遣ってかは分からないが。

ともあれ、しばらく進み、戦場の2人と1体が芥子粒程の大きさにしか見えなくなった所でルータスはボク達を解放した。

「いきなりビックリすんだろうが!」

解放されるや、シーザーがルータスに喰ってかかる。

それに対し、ルータスは見下したような笑いを浮かべると、大仰に身振りを加えて答えた。

「いや〜、ごめんごめん。

 弱っちいのには刺激が強すぎた?

 だいぶ遅めに移動したつもりだったんだけど?」

「このっ……!」

拳を振りかざし、しかしシーザーはそれを途中でやめた。

「……まぁいいや」

不承不承という風に、シーザーが拳を下ろす。

これまでだったら間違いなくルータスに飛び掛かっているシーンなのだが、どういう心境の変化なのか、だいぶ大人な対応に、ボクは少々驚いた。

「それはともかくとして、ここなら安全なんですか?」

そんなシーザーの対応を気にした様子もなく、アーサーがルータスに尋ねた。

ルータスはアーサーに視線を向け、それから戦場に視線を移すと、

「絶対安全ってわけじゃないよ。

 一応、余波が届かないくらいまで離れたけど、流れ弾みたいのが来たらまずいね。

 それに、気付かれたら逃げ切れるかどうかっていうくらいの距離でもあるし。

 ただこの場所、さっきオレ達がお前達の戦いを見てた所なんだけどさ、ここ辺りにハーゲンが1つ、魔術の罠を張ったんだ。

 だから、もしもガーディアンがこっちに向かってくるようなことがあっても、だいぶ安全なわけ。

 下手に戦況が分からないくらい遠くに離れるよりかは、はるかに安全なんじゃないかな。

 どうなってるか分かれば、オレにも対応のしようがあるし」

と、茶化すことなく答えた。

「で、今どんな感じなんだよ?」

問い掛けたのはシーザー。

ルータスは戦場を目を細めて見つめながら、

「五分五分……いや、六分四分ってとこかな。

 ハーゲンが防御役でモルドが攻撃役。

 ハーゲンが防御に徹して自分とモルドをガーディアンの攻撃から守って、その隙をついてモルドが攻撃する作戦なんだけど、うまくいってるみたい。

ただ、どこかでガーディアンがパターン変えてきたら、どうなるか分からないな」

「パターン、ですか?」

「そ。 さっきお前達が戦ってる時にもパターンあったでしょ?

 攻撃のパターン。

 最初は近接戦闘だったけど、不利になると遠距離からの攻撃に切り替えたり、封魔晶使うと放射系の『ブレス』がきたり」

「あとは、ボク達との距離が離れてると『ボム』みたいな攻撃がきたりとか?」

アーサーの問い掛けに答えたルータスに、ボクがさらに問い掛ける。

すると、ルータスはボクを見てうなずき、続ける。

「ガーディアンにもタイプがあってさ。

 オレ達でいうところのオールラウンダーとかパワーファイターとか、そういうのに近いやつ。

 それで言えば、あのガーディアンはオールラウンダータイプだね、たぶん。

 正確にはオールレンジタイプの……って、面倒だから説明やめるけど、簡単に言えば遠近両方の戦い方ができて、能力のバランスが取れてるタイプ。

 でもって、こっちの特定の行動に特定の反撃が設定されてるタイプだ。

 今言った、封魔晶に対して放射系『ブレス』っていうのがそれ。

 ほかにも魔法に対して反撃とか技法に対して反撃とか、酷いのになると武器を使うことに対して反撃とかあるみたい。

 前に戦ったガーディアンなんかは、オレが弓技法使ったらいきなり背後に転移してきて、頭かち割られそうになったからね。

 でも、まぁ、このガーディアンにはそんなに酷い反撃設定はないみたいだ。

 魔法も技法も魔術も技術も使えたし、武器も使えるし。

 封魔晶、っていうか自分の力を使わない道具に対してだけ反撃するよう設定されてるのかもね。

 銃とか爆弾とかさ」

そこまで説明してルータスは言葉を切った。

戦場に目を移すと、小さな点が3つ、高速で動き回っているだけにしか見えなかった。

しかし、ボクの目では捉えきれない程の高速での攻防が繰り広げられているのだろうことは想像に難くない。

その攻防に混じって、時折、技法や技術、あるいは『ブレス』によるものと思われる発光現象などの事象が起きていた。

(何が起きてるか全然分かんないな……)

これだけ戦闘のレベルが違うと、ある種の現実離れを感じてしまい、今一つ緊張感や危機感に掛けるものがあった。

今戦っている2人、そしてボク達の守役をしているルータスがやられてしまえば、間違いなくボク達はろくな抵抗もできずにやられてしまうのは明白だというのに、だ。

状況は決して楽観できないということは重々承知しているが、先程までの自分の参加していた戦いの方が、よほど緊張感や危機感というものがあったような気がしてならない。

「なんつーか……レベルが違い過ぎて全然わけわかんねぇんだけど…………分かる?」

ボクの気持ちを代弁するようなシーザーの言葉。

その最後の問い掛けはアーサーに向けられたものだ。

問われたアーサーは、視線こそ戦場に向けているものの、

「いえ、まったく」

と、首を振りつつ答えた。

そのやり取りを聞き付け、ルータスが口を開く。

「解説してあげてもいいけど、1つ説明してる間に向こうじゃ3つ4つ先の攻防に移っちゃってるから意味ないと思うよ?」

たしかに、見る限りでは言葉での説明よりも戦場の展開の方が断然早い。

ルータスには展開が分かるようだが、説明が追いつかないだろう。

仕方がないので、ボク達は黙って戦況を見守ることにする。

しばらくの間、誰も何も言わない。

ボク達3人はもとより、普段饒舌なルータスでさえ、ただ黙って戦場を見つめるだけだ。

やがて、沈黙してから2・3分も経った頃だろうか。

ルータスが渋面を作り口を開いた。

「……まずいな〜」

「何がまずいの?」

と、ボクが尋ねると、ルータスは戦場を見たまま答える。

「少し押され始めた。

 っていっても、今5分5分の状態くらいだけど、たぶんこのままいけば形勢逆転される」

「何でだよ?」

と、シーザー。

「……体力、ですか」

答えたのはルータスではなくアーサーだった。

ルータスはうなずき、アーサーの言葉を肯定した。

「ガーディアンは体力ってのがないから、体に損傷でもない限り動きが鈍ることはないけど、2人は人間だからね。

 どうしたって体力ってもんがあるし、それが減れば動きも鈍る。

 今、アーサーが言った通り、2人の体力が減ってきて動きが鈍ってきた。

 このままだとなし崩しに2人共やられる」

「そうなったら……」

「うん、オレ達全員死ぬね、たぶん」

ボクの呟きに、ルータスはあっさりと言い放つ。

そして、手にしていたローレルクラウンのレプリカを軽く掲げた。

「そうなると困るから、作戦変更。

 オレも戦わなきゃね」

キンッと高い音を立てて、ローレルクラウンが展開する。

「じゃあ、向こうに行くのかよ?」

シーザーが戦場に目を向けて言うと、ルータスは首を横に振った。

「お前達のお守がオレの仕事だからね、ここから離れるわけにはいかないよ。

 それに、オレの武器ならここからでも充分戦いに参加できるし」

ローレルクラウンを掲げて言うルータス。

「何より、オレがここから動いたら作戦が成り立たないもん」

「どういう作戦なんですか?」

と、アーサー。

「お前達が戦ってる間に、オレ達、作戦を2つ立ててたんだ。

 1つは、ハーゲンとモルドがガーディアンと戦って、オレはお前達のお守をするっていう作戦。

 さっき言ったように、モルドが攻撃担当でハーゲンが防御担当っていうのね。

 もう1つは、それが無理な様だったら、オレがお前たちのお守をしながら遠距離から威力重視の攻撃で戦いに参加するっていう作戦」

握っているローレルクラウンの柄の先端に付いた円突起の穴に指を差し込みながらルータスが答えた。

柄を中心とした同心円上をゆっくりと回転しているローレルクラウンの2列の葉の内、柄に近い内側の葉から伸びた光が、円突起の穴に差し込まれたルータスの指に絡み付く。

さして力を込めた様子もなく、ルータスが光の絡み付いた指を穴から引き抜くと、その軌道上に光の矢が生まれた。

「ひょっとして、オレ達、ここから離れた方がいいのか?」

シーザーが尋ねると、またもルータスは首を横に振った。

「オレが攻撃すれば、ガーディアンは間違いなくこっちに気付く。

 そうなると、たぶんガーディアンはこっちに反撃に向かってくると思う。

 『ブレス』で反撃してくるかもしれないけど、まぁ確率は五分五分ってとこだね。

 あ、『ブレス』が飛んできても、この距離ならお前達抱えて余裕でかわせるから心配しなくてもいいよ。

 で、もし『ブレス』で反撃されたら、ガーディアンが直接こっちに反撃に来るまでしつこく攻撃を続けるんだ。

 そうやって上手くガーディアンが誘いにのってこっちに来たら、作戦成功。

 オレ達はガーディアンをおびき寄せながらここから後ろに下がって――」

「この辺りにハーゲンが張った魔術の罠にガーディアンをはめるっていうわけですか?」

ルータスの言葉を継ぐようにアーサーが言うと、ルータスは大きく首を縦に振った。

「もちろん、それだけでガーディアンを倒せるとは思ってないけど、間違いなくダメージは与えられるはずだから、そこを狙ってオレ達3人で総攻撃するんだ」

「……もし、それが失敗したら?」

ボクのネガティブな問い掛けに、ルータスは肩をすくめ、

「まぁ、その時はその時ってやつ、かな」

と、何とも歯切れの悪い答えを返した。

「と〜に〜か〜く!

 今オレが攻撃することは絶対必要なことなわけ。

 失敗した時のことばっか考えるより、今は成功させることの方が大事」

声を大にして言って、ルータスは光矢の照準をはるか前方の戦場に向けた。

ローレルクラウンの内葉が速度を増しながら回転を始め、それに伴って光矢の光度が増していく。

内葉の回転が増すにつれ、音程の高いグラスハープのような音が周囲に響き始める。

「ちょっと下がってて」

ルータスが構えたままボク達に告げた。

言われるまま、ボク達は数歩後ろに下がる。

それを見計らったように、今度はローレルクラウンの外側の葉が、内葉とは反対方向に回転し始めた。

内葉と外葉の間に放電現象のようにも見える光の筋が無数に走り、両葉がさらに回転速度を増す。

数m程ルータスから離れたボク達の所にも、両葉の回転による風が届き、ルータスの足元では土煙が巻き上がり始めていた。

「う……お……!」

思わずといった様子で、シーザーが驚嘆の声を漏らした。

その理由は分かる。

というのも、ルータスのつがえた光矢は、今や目も眩まんばかりに目映く発光しており、それが並々ならぬ力を秘めていることが、ボクにも感じ取れたからだ。

「その矢、どのくらいの威力があんだよ!」

両葉が発する高音に負けないような声量でシーザーがルータスに聞くと、ルータスは振り返らずに答える。

「まだ最大出力の半分程度だけど、この矢は爆発するタイプのだから、直撃すればちょっと大きめのビルが吹き飛ぶくらいかな!

 前に試しに最大出力で撃ったら、小さな山が1つ消し飛んだよ!」

「……マジかよ」

嘆息ともつかない息を吐き、シーザーが呟いた。

そのシーザーに向かって、武具に造詣が深いアーサーが告げる。

「オリジナルのローレルクラウンには、島を1つ、跡形もなく吹き飛ばしたという逸話が残ってますよ」

「…………」

アーサーの言葉にシーザーは沈黙した。

しかし、これまでのルータスの言葉から、たとえそれほどの威力の光矢が直撃したとしても、ガーディアンを倒すことはできないということがうかがえた。

そうこうしているうちに、唐突にローレルクラウンの両葉の動きが緩やかになった。

徐々に回転速度を減じていき、最後には通常状態のように非常にゆっくりとした回転へと変じて、それに伴い、両葉の回転による音と風もなくなった。

ルータスのつがえた光矢の光量は変わることがないことから、何か問題が起きたわけでもないようだ。

おそらく、光矢への力の供給が終わったのだと思われる。

その証拠に、ルータスは光矢の先端を戦場に向け、狙いを定める仕種を見せ始めた。

だが、めまぐるしく動く3つの点に狙いを付けるのは極めて難しいのだろう。

ビルをも吹き飛ばす威力の光矢をつがえたまま、ルータスは光矢を解き放つことができないでいた。

と、突然、

「あ! そうだ、忘れてた。

 オレの腰の袋に封魔晶が入ってるんだ。

 それ、出して」

ボク達の方を振り返って指示を出すルータス。

ルータスの腰を見れば、言葉通り、3つの革袋がベルトから吊り下げられていた。

指示に従い、シーザーが歩み寄ると、

「右の袋、どれも同じだから3つ出して」

ルータスはさらに指示を与えた。

シーザーが一番右の革袋に手を入れ取り出したのは、黒く発光する3つの魔法力型の封魔晶だった。

シーザーが取り出したのを確認すると、ルータスは続ける。

「1人1つずつ持ってて。

 防御魔法が入ってる。

 できるだけオレが何とかするし、ハーゲンの魔術トラップもあるけど、もしも危ないと思ったら、それ使って」

「どのくらいの強さのが入ってるんだ?」

「ん〜、たぶん、ガーディアンの放射系『ブレス』に何秒か耐えられるかどうかっていうレベルの」

ボクとアーサーに封魔晶を手渡しながらのシーザーの質問に、ルータスは肩越しに答えた。

あの『ブレス』に耐えられるとなると、相当高度な防御魔法か、あるいはかなりの力を持つ人物がそれなりの防御魔法を封じたのだと思われる。

おそらく、後者が正解だろう。

彼等の師は元Mクラスのレンジャーだというから。

「使うと例の『ブレス』が来ると思うけど、魔法で防いでる間に逃げる時間は充分あると思うから、その隙に逃げてね」

そう言うと、ルータスは再び戦場に目を向け、弓を構えた。

戦場では相変わらず高速の攻防が繰り広げられており、そこに狙いを定めているルータスを中心に、重苦しい沈黙が広がる。

何もできないボク達は、ただルータスから受け取った封魔晶を握り締め、固唾を飲んで見守っていることしかできなかった。

ややあって、ルータスの体がピクリと反応した。

その刹那、ローレルクラウンから空気を引き裂くような鋭い音と共に、光矢が戦場に向かって放たれた。

光矢は一直線に飛び、その先にはほんのわずか、コンマ数秒の間だけ動きを止めたガーディアンの姿があった。

ガーディアンと交戦していたハーゲンとモルドは、ルータスの攻撃を読んでいたのか、はたまた視界の隅にでも捉えたのか、ガーディアンから距離を取っている。

これ以上ないほどの絶好のタイミング。

ガーディアンが反応する間もなく、光矢が爆発を引き起こす。

と同時に、土煙が戦場を覆い、その様子を分からなくする。

周囲にもうもうと立ち上る土煙は、ビル1つを吹き飛ばすというルータスの言葉が嘘でないことを物語っていた。

しかし、だとするならば、これほどの一撃の直撃を受けたしても、ガーディアンを倒すことができないということにもなる。

「アーサー! 2人連れて下がって!!」

唐突にルータスが叫んだ。

すでにローレルクラウンを構え、第2射の体勢に入っている。

呼び掛けられたアーサーは、すぐさま反応し、ボクとシーザーを抱きかかえるようにして後方へと飛んだ。

一呼吸の間を置いて、戦場を覆っていた土煙が吹き飛ぶ。

そこから姿を現したのは、予想通り、ガーディアン。

遠目だが、さほどのダメージを与えられているとは思えない。

そのガーディアンが、これまた予想通り、ルータスに向かって突っ込んできた。

後方に跳びながら、ルータスは光矢を連射する。

そのことごとくがガーディアンの体を捉えるが、ガーディアンは意にも介さずに突き進んでくる。

「おいやべぇぞ!!」

シーザーが焦りをにじませた声で叫ぶ。

ガーディアンがルータスの眼前に迫っていたからだ。

1人と1体の距離は、手を伸ばせば届く程度。

射程にとらえたとばかりに、ガーディアンがルータスに向かって腕を振り上げる。

が、その腕が振り下ろされる刹那、ルータスとガーディアンの周囲に異変が起こった。

高さ100mを超えようかという大きな火柱が1本ずつ、両者を挟むようにして地面から立ち上ったのだ。

突然の出来事にガーディアンが動きを止める。

対照的に、ルータスは驚く様子もなく、翼を大きく羽ばたかせて後ろへ飛んだ。

「すっげ!!」

シーザーが声を上げると、アーサーが動きを止めて振り返る。

この火柱は、間違いなくハーゲンの仕掛けた魔術が発動した結果だ。

1km程先では、立ち上った2本の火柱を起点として、前後に同じほどの高さの火柱が、何本も林立し始めていた。

それに伴い、火柱に挟まれている幅20m程の地面に赤く火が灯る。

その様は、左右に背の高い街路樹を擁する道のように見えた。

やがて火柱の林立が納まると、火柱は勢いを増し、先端から無数の小さな火柱を四方八方へと伸ばし始めた。

樹木の枝が伸びる様子を早送りで見ているような速さで小さな火柱群は伸びていき、その変化は火柱の先端から根本へと向かって徐々に下りていく。

ルータスはすでに火柱の間から逃れ、ボク達のすぐそばまで退避していたが、ガーディアンは依然としてルータスに襲いかかった場所にとどまったままだった。

何故逃げないのか、と思って目を凝らすと、その理由が分かった。

ガーディアンは首の辺りを押さえており、その頭上には黒い滑車のような物が現れていた。

ボクはその滑車に見覚えがあった。

以前、ハーゲンがボクをスマイルから助けてくれた時に見ている。

ガーディアンの陰にでもなっているのか、ハーゲンの姿こそ見えないが、おそらくその時の技法を行使しているのだろう。

スマイルの時はスマイルがなすすべもなく滑車へと首を巻き上げられていったが、ガーディアン相手では勝手が違うのか、ガーディアンの体がその場から動く様子はない。

ハーゲンの技法が巻き上げる力と、ガーディアンのその場にとどまる力が拮抗しているのだ。

と、ガーディアンの直上、火柱の先端の位置よりもさらに上にモルドの姿が見えた。

構えた右手が白く強烈な光を放っている。

それを見た瞬間、モルドが今から行使しようとしている技法が何なのか分かった。

光の色も違ううえに剣こそ携えていないが、先にアーサーが行使した『ブレイブインパルス』だ。

「邪魔!!」

そう聞こえたかと思うと、ボク達のそばまで後退して戦況を見ていたルータスが、ボク達全員を抱えるようにして飛び、戦場からの後退を始める。

2度目のルータスに抱えられての移動になるが、今回の速度は前回のそれとは比べ物にならない程凄まじく速く、ボク達はあっという間に戦場からはるか後方へと移動した。

その移動速度を考慮してか、今回はルータスが慣性制御をしてくれたようで、移動の際の衝撃はまったくと言っていいほどなかった。

戦場から戦闘開始時と同程度の距離まで離れたところでボク達は解放された。

「危ないから、あんまり近くに――」

ルータスが言い掛けた時、その言葉を遮るように、ルータス越しに凄まじい発光現象が起きた。

ルータスの体が盾になってくれたので、かろうじてボク達の視覚は守られたが、直視すればしばらくは目が見えなくなってしまうことは間違いないだろうと思われるほどの激烈な発光。

そして、その数瞬あとに訪れる衝撃波と爆音。

モルドは技法の対象を絞っていたようで、ボク達は衝撃波による影響を受けることはなかったが、周囲の地面は浅く削れ、土煙を巻き上げていた。

「っと、命中したな!

 よっし、こっから総攻撃開始だ」

もうもうと巻き上がる土煙を羽ばたき1つで吹き飛ばしながら、ルータスが勇んだ調子で言った。

作戦の2つ目、ハーゲンの魔術トラップにガーディアンをはめ、そこに3人が総攻撃を仕掛ける、というのを実行するのだ。

何の魔術かは分からないが、魔術は発動し、ガーディアンは思惑通り罠にはまった。

未だに魔術の火柱はガーディアンを包み込んでいる。

モルドの強烈な一撃も決まった。

ハーゲンも技法でガーディアンを食い止めている。

頃合いは良し、といったところなのだろう。

ルータスはやる気を全身にみなぎらせ、ローレルクラウンに光矢をつがえる。

「ここからオレもマジに攻撃に参加するから、お前等もっと下がって――」

「危ない!!!」

振り向いてボク達に指示を出しているルータスの言葉を、アーサーの叫びが遮った。

何事かと前方を見た瞬間、ボクは体を硬直させた。

凄まじい速度で飛来する投射系『ブレス』が見えたからだ。

「――!!!」

ルータスが咄嗟に光矢を放った。

そこからはすべてがスローモーションに見えた。

2〜300m程先まで飛来してきていた『ブレス』と、ルータスの放った光矢が、ボク達の手前100m強の所で空中衝突する。

それとほとんど同時に、ルータスの張ったと思しき緑色の『ドーム』がボク達の周囲に張られた。

衝突した『ブレス』と光矢が爆発を引き起こす。

同じくして、アーサーが爆発を背にしてボクとシーザーを抱き込み、爆発の衝撃から守るように翼を広げ、ボク達を覆った。

爆発が緑色の『ドーム』に届き、瞬き程のわずかの間、爆発を遮る。

と、ボク達の体を青い光の『アーマー』が包み込み、その直後、『ドーム』が砕け散った。

アーサーの翼越しに見えていたルータスの体が吹き飛ばされる。

そして、衝撃がボク達を襲い、ボクの意識はそこで途切れた。

 

 

「――ク…………――ク!……ジーク!!」

名を呼ぶ声と、体を揺り動かされる感触に、ボクは目を開けた。

「……うぅ」

喉の奥から声が漏れる。

目の前には、心配そうにボクを覗き込むシーザーとアーサーの姿があった。

「シーザー……アーサー……?」

ボクが呟くように呼び掛けると、2人は安堵したように息をついた。

「良かった……」

と、アーサー。

「……? …………っつ!?」

どうしたのかと思い、ボクは体を起こそうとしたが、体のあちこちが鋭い痛みを帯びていて、思うように動かない。

「無理すんな! まだじっとしてろよ!」

心配と怒りが混ざった声でシーザーが言い、

「今、回復魔法を掛けますから、じっとしていてください」

同じようなことをアーサーが柔らかい声で言った。

「何が…………」

2人を交互に見ながら、ボクは呟く。

そして、全身が痛むことを不思議に思い、頭だけを持ち上げて体を見ると、全身に無数の傷があった。

血が流れている傷も多々あり、それが痛みの原因なのだと理解した。

手にはルータスから借りた防御魔法の入った封魔晶が握られたままになっている。

やがてアーサーの『回復』の魔法が発動し、ボクの全身を白い光が包み込んだ。

和らぐ痛みと塞がる傷。

アーサーの『回復』を受けながら、ボクは何故今このような状態になっているのか、記憶の糸を辿った。

(たしか……ルータスが矢を放って、それから火柱が立って、ガーディアンが…………!!!)

順を追って記憶と辿り、ボクは今自分が置かれている状況を思い出した。

「ガーディアンは!?」

ガバッと体を起こして2人に尋ねると、シーザーが声を荒げ、答えた。

「じっとしてろって!!

 ……ガーディアンはずっと向こうだ。

 今、ハーゲン達3人が戦ってる」

言われて、ボクはシーザーが指さした方向に目を凝らすが、その先には3人の姿もガーディアンの姿も見えない。

ハーゲンの魔術によって発生した火柱も、どこにも見当たらなかった。

ただ、はるか遠くで発光や火柱や竜巻といった、激しい戦闘が行われていると思しき現象が確認できた。

「戦場をかなり遠くに移したようです。

 ここからでは彼等の姿は見えませんが、時折、戦いの余波は見えます」

ボクに『回復』を掛けながらアーサーが言う。

体の傷は、目に見える傷はすべて消え、痛みも感じられない。

体を軽く動かして、どこにも異常がないことを確認すると、

「ありがとう、アーサー。

 もう、大丈夫」

と、ボクは告げ、アーサーは応えて『回復』を打ち切った。

「それで、何がどうなったの?」

ボクは2人を交互に見て、尋ねた。

今現在、ボクは何がどうなったのかを把握しきれていなかった。

ボクが気を失っていたことと、ハーゲン達3人が戦っているとのシーザーの言から、3人が無事なのは理解できたが、気を失う直前からの記憶が曖昧だ。

「確か、『ブレス』が飛んできたのは憶えてるけど……」

ボクが立ち上がりながら重ねて尋ねると、同じく立ち上がってアーサーが返答する。

「ギリギリでした。

 『ブレス』が直撃する前に、ルータスが咄嗟の機転で撃ち落としたんです。

 その際の爆発も、ルータスの張った『ドーム』のおかげで軽減することができました。

 けれど、完全に防ぎ切ることはできなくて、爆発の余波でジークは気を失ったんです」

「アーサーは割かし大丈夫だったけど、オレもお前も結構ダメージでかかったんだぜ?

 ルータスはほとんどダメージなしだ。

 アーサーが言うには、爆発が届く前に逃げられたんだってよ。

 そんで、オレ達が無事、っつーか生きてるのを確認したら、そのまま向こうに行っちまった」

シーザーが戦場を見ながら言った。

アーサーはつられるように戦場に顔を向け、それからボクに視線を戻して続ける。

「あとは傷の深かったシーザーを先に回復させて、それから今に至る、という感じです。

 『ブレス』の直撃から、時間にしてまだ3〜4分くらいしか経ってはいません。

 ただ……」

アーサーが言葉を濁した。

「ただ?」

尋ねると、アーサーは戦場に視線を移す。

「ただ、ガーディアンの攻撃がかなり激しくなったようなんです」

そう答えたアーサーの言葉に反応するかのように、アーサーの視線の先が強く発光した。

そのまま立て続けに数本の落雷が発生し、光の柱が立ち昇る。

「総力戦ってやつだな。

 さっきまでとは比べ物にならないくらい激しいぜ……」

シーザーが独り言のように呟いた。

確かに、遠目でも戦闘の激しさが分かる。

種々の戦闘現象がこの距離からでも確認できるということは、ボク達など近付くことすらかなわないだろう。

レベル差の為に仕方のないこととはいえ、ボクは何もできない自分の無力さに苛まれる。

「クソッ!! もっと力がありゃ、オレだって……!」

両の拳を打ち合わせ、シーザーが悔しそうに声を荒げた。

口には出さないが、アーサーも歯痒そうに顔をしかめ、戦場を凝視している。

と、ボク達の視線の先から飛来してくるものがあった。

『ブレス』かと、ボクは一瞬身を硬くしたが、近付いてくるものの色が緑色をしていることが確認できると、それがルータスだと分かり、ほっと胸を撫で下ろした。

ルータスはボク達の手前でぶわりと浮き上がって空中で急停止、そのまま地面に降り立つと、一呼吸を置く間もなく口を開く。

「ダメだダメダメ! ちょっと休憩!」

両手を膝の上に置いて身を屈め、息を切らせながら苦々しげに吐き捨てるルータスの姿を見て、アーサーが気遣わしげに尋ねる。

「どうしたんですか?」

「再生力が強すぎるし、ガードが硬すぎる。

 今さっきなんて、ハーゲンが腕1本吹き飛ばしたのに、ものの2〜3秒で完全に再生しちゃったんだ。 

 あの再生力はバケモノだよ」

肩越しに戦場を見やりながら答えるルータス。

戦場は相変わらず荒れ狂っており、戦闘の激しさが察せられる。

「コアを狙えばいいんじゃねぇのかよ?」

シーザーがあっさりと言うと、ルータスはシーザーが見て大げさにため息をつき

「バーカ! それができるならとっくにしてるって」

と、一言余計な言葉を前に置いて答えた。

「バッ……!」

頭に血を上らせたシーザーが食って掛かろうとするのを制するように、ルータスは続ける。

「ガードが硬いって言っただろ?

 ガーディアンのコアって、みぞおちの辺りにあるんだけど、そこを攻撃しようとすると全部防がれるんだよ。

 ほかの部分には結構無頓着なのに、コア周りだけはしっかりガードするんだ。

 おまけにあの再生力だろ?

 ガードを吹き飛ばすだけでも一苦労なのに、そのうえすぐに再生されたら攻撃が追いつかないよ」

「何とかできないの?

 再生を抑えるとか、ガードさせないとか」

ボクの問い掛けに、ルータスは唸り、深呼吸を1つ。

「そんなことできたら苦労しないよ。

 ……って、でも、実際そうしないと勝ち目ないんだよね。

 これからオレ達もそういう感じの攻撃、しようとしてるし」

「どういう攻撃?」

「全力でコア狙いの3連攻撃。

 1人目がガード粉砕、2人目がみぞおち撃砕、3人目がコア爆砕。

 一点突破の3連攻撃さ」

重ねたボクの問いに、ルータスがローレルクラウンを持ち上げて答えた。

「何だよ! 結局コア狙いング――!」

シーザーの奇妙な声にそちらを見れば、アーサーがシーザーのマズルを掴んで文句を強制中断させていた。

シーザーを黙らせたままでアーサーが尋ねる。

「できるんですか、そんなことが?」

「あれだけの再生力だから、3撃全部を2秒……いや、1秒かな、それ以内に決めないとダメだと思うけど……でも、止まってたり格下の奴が相手ならともかく、常に動き回ってる格上の奴を相手にこの攻撃が成功するかって言われると、かなり、っていうかすごく微妙だと思う。

 せめてもう1人誰かいれば、囮なりガーディアンの動きを封じるなり隙を作るなりして攻撃の成功率があがったんだけど…………ま、ない物ねだりしてもしょうがないか」

「隙……」

ルータスのぼやきを聞いて、ボクは誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

心に何か引っ掛かるものがあった。

何か重要なことを忘れている気がする。

「僕達では囮には――」

「無理だね」

アーサーの言葉をあっさりと遮ってルータスが続ける。

「今の状況だと、お前でも余波で死にかねないよ。

 そのうえ囮なんてできるわけないだろ?」

きっぱりと言い放たれ、アーサーが歯噛みをするように沈黙した。

「お前等の攻撃が成功するのを祈るしかねぇってことかよ……」

息を吐きながら呟くシーザーに、ルータスはチラリと視線を向け、

「ま、そうなるかな」

軽口も叩かず、幾分いつもよりも重い口調で答えた。

わずかな沈黙の間があり、シーザーが再び口を開く。

「ほかに何か手はねぇのかよ?

 例えば、攻撃用の封魔晶を使うとかさ」

「残念だけど、オレもハーゲンもモルドも、攻撃用の封魔晶は1つも持って――」

「それだ!!」

シーザーとルータスのやり取りに割って入った声はボクのものだった。

2人の発した『封魔晶』という言葉に、心の引っ掛かりが解けた。

3人は、突然のボクの叫びに、驚いたようにボクを見つめている。

「そうだよ、それだよ、封魔晶だよ!」

1人納得して繰り返すボクに、3人は怪訝そうな表情を浮かべた。

その視線に気付き、ボクは説明を始める。

「えーと、つまり、封魔晶を使えばいいんだよ」

「いやさ、だから攻撃用の封魔晶は――」

「じゃなくって、さっきルータスが渡してくれた防御用の封魔晶さ」

ルータスの言葉を遮り、ボクはルータスから手渡された封魔晶を前に差し出す。

「これ、ガーディアンの放射系『ブレス』に何秒か耐えられるんでしょ?」

「たぶん、だけどね」

ルータスの返答に、ボクはうなずいた。

「それでさ、あのガーディアン、封魔晶使うとすぐに放射系『ブレス』を吐いてくるよね?

 っていうことはさ、この封魔晶を使ってる間の何秒間か、ガーディアンは『ブレス』を吐きっぱなしになると思うんだけど、その何秒間か、ガーディアンの動きって止まらないかな?」

『!!!』

ボクの説明に、3人の表情に閃きの色が浮かんだ。

ボク自身は『ブレス』を吐けないが、放射系『ブレス』は投射系『ブレス』と違い、静止状態――首を巡らす程度の動きはできる――でなければ吐くことができない性質がある、と聞いたことがある。

つまり、

「封魔晶が3つあるっていうことは、少なくとも10秒くらいは動きを止められるよね?

 もちろん、封魔晶には防御魔法が入ってるんだから、ボク達も無事のままで。

 これで囮になれない?」

重ねたボクの言葉に、ルータスが表情を輝かせる。

「それだ!! いいね、それ!! それでいこう!!」

今にも飛び出しそうな勢いでその場で飛び跳ねて、ルータスが声を張って同意を示してくれた。

ボクはうなずき、手にした封魔晶に視線を落とす。

「この封魔晶に入ってる防御魔法って、どんなやつが入ってるの?

 できれば知っておいた方がいいんだけど」

ボクの問いに、ルータスは首を傾けて思い出すような仕種を取る。

「たしか『防衛』の魔法が入ってるよ、3つ共。

 対象部に正八面体の防御膜を張る魔法」

「中位くらいの防御魔法ですね。

 封じたのは君達の先生ですか?」

「うん、そう」

アーサーが問うと、ルータスはうなずいて肯定した。

そこへ、シーザーが不安げな声で尋ねる。

「中位くらいって、大丈夫かよ?

 あの威力なんだぜ?」

「彼等の先生は元Mクラスのレンジャーだと話ですし、中位の防御魔法でも充分な効果があるでしょうから、問題はないと思います。

 ルータスの言葉通り、1つに付き数秒は持つと思いますよ」

アーサーが手にしている『防衛』の魔法が入った封魔晶を差し出して答えた。

それを聞いたルータスは大きくうなずき、

「そーいうこと。 だから安心しろって、ビビリ君」

と、軽口を叩いてシーザーを挑発した。

「誰がビビむがっ!?」

すぐさまシーザーが反応して反論しかけるが、すぐさまアーサーがマズルを掴んでその口を塞ぎ、ルータスに声を掛ける。

「では、この作戦でいきましょう。

 ルータスはハーゲンとモルドにこのことを伝えてきてください」

「オッケー!」

「タイミングは?」

アーサーに続いて、ボクがルータスに尋ねる。

封魔晶の発動のタイミングは重要だ。

万が一、ガーディアンとボク達との間に誰かがいる時に発動させてしまったら、その誰かが『ブレス』の直撃を受けることになってしまう。

「こっちからじゃ向こうの様子がよく分からないから、できればそっちで分かるように合図してもらえるといいんだけど」

「んじゃあ、タイミング見計らって、オレが空に向かって1発撃ち上げるよ」

ボクの要望に答えながら、ルータスは手にしたローレルクラウンを掲げた。

「爆発タイプのを撃つから、それが見えたらすぐに封魔晶使って」

「分かった」

ボクの答えを受けて、ルータスはボク達に背を向ける。

そうして、体をほぐすように動かし、翼をバサバサと数度動かすと、

「さて、と。 じゃ、行ってきますか!」

そう言い残して、大地を蹴って勢いよく飛翔した。

残されたボク達は、みるみる遠ざかっていく姿を見送り、程なくしてそれが見えなくなると、顔を見合わせる。

「まずジークが使って、そのあとに僕、シーザーの順で使いましょう」

何を、と聞くまでもなく、アーサーが言っているのは封魔晶のことだ。

特に異論はない。

シーザーも無言でうなずき、肯定した。

そのままアーサーは続ける。

「魔法の効果が切れそうになる前に知らせてください」

言わんとしていることを理解し、ボクもシーザーもうなずいた。

それは、効果が切れてから次の魔法を発動させると隙が生じてしまうので、それを防ぐ為の策だ。

算段はそれで終わり。

ボク達は一様に黙り込み、戦場を注視する。

そして、ルータスからの合図を待った。

1番手に封魔晶を使うことになるボクは、特に注意して戦場を見守る。

戦場では相も変わらず激しい戦いが続いているようだった。

戦場に乱れ飛ぶ戦闘の余波の数々は遠目には美しくも見えるが、逆に遠目からこれだけ見えるということは、その力の凄まじさは推して知るべしだ。

そして、これからボク達に向かって放たれるものは、それと同等、否、それ以上のものだろう。

不意に、背中を冷たいものが滑り落ちた。

同時に、尾に引きつりを感じる。

先程の戦闘で、ボクはその力を尾に受けている。

その時の痛みと衝撃、そして恐怖が、瞬時に脳裏に甦った。

胸の奥に凝った塊を感じながら、ボクは我知らずのうちにゴクリと喉を鳴らしていた。

「大丈夫か?」

左隣にいるシーザーの声が、呼吸が浅くなりつつあったボクの意識を引き戻した。

ボクはシーザーの方に視線も向けず、黙ってうなずく。

右隣に佇むアーサーは何も言わないが、気遣うような気配は伝わってきた。

2人の気遣いを受け、ボクは深呼吸を数度繰り返す。

そして、心の中で、

(大丈夫……大丈夫……大丈夫……)

と、自分に言い聞かせるように、同じ言葉を反復した。

胸の奥の凝った塊が緩やかに溶けていく。

今は『ブレス』の脅威を考えることも思い出すこともする必要はない。

ただ、ルータスの合図を待ち、封魔晶を行使することだけを考えればいい。

そこに思い至り、ボクは平静を取り戻すことに成功した。

胸に手を当て、大きく息を吐く。

肩の力を抜きつつ、封魔晶を握る手には力を込める。

いつ合図が来ても発動できるよう、心も体も準備は万端整った。

そうしてボクが意を決してから、どれほど経った頃だろうか。

戦場の上空に、明らかに攻撃の為ではないと思われる爆発が起こった。

合図だ。

「んっ!!」

ボクは、すぐさま『防衛』の封魔晶を掲げ、念を込める。

刹那、前方30m程の場所に、白く半透明の、斜めに傾いた防御膜が生まれた。

それは正八面体を形作る1面で、ボク達を中央に据えた正八面体は、上半分が地上に、下半分は地面を透過して生まれたようだった。

そして、その正面の防御膜のはるか向こう側、戦場の中心付近に、突如白い光が現れた。

それは瞬き程の間に強く激しく輝きを増し、1秒も経たないうちに、視界のほとんどを覆い尽くす光の奔流となってボク達の元に押し寄せてきた。

放射系『ブレス』。

その光の奔流が、正八面体の防御膜に衝突した瞬間、周囲が目も眩まんばかりに明るくなり、同時にあらゆる方向からガラスに水を叩き付けるような音が絶え間なく響いてきた。

明らかにボクが食らった『ブレス』よりも範囲が広い。

ボクが食らった『ブレス』は、射程こそ長いものの、地上に幅3m程の溝をつくる程度の範囲だったが、今回のそれは、地上からの高さが40mを超える正八面体の頂点を丸々と呑み込んでいる。

『放射』というくらいだから、距離が遠ければ遠い程範囲が広がるのかもしれないが、それにしても広すぎる気がする。

もしも範囲を広げて、その分威力が落ちているのならば願ったり叶ったりの状態だ。

何しろ、ボク達の役目は囮と時間稼ぎだ。

囮の役は、こうして『ブレス』の攻撃にさらされているということで成ったと言って間違いない。

あとはハーゲン達がガーディアンを撃破する時間を稼ぐだけだ。

その時間稼ぎの為には、できるだけ『防衛』の効果時間が長い方が良いに決まっている。

そんなボクの期待通り、手から伝わってくる『防衛』の魔法力型封魔晶に込められた魔法力の減衰具合は、ボクの想像よりも緩やかだった。

ルータスは数秒と言っていたが、この調子ならば10秒は持つだろう。

とはいえ、このような状況下では、10秒などあっという間だ。

ボクは封魔晶の減衰具合を計り、周囲に轟く音に負けない程の大声で告げる。

「アーサー!!!」

視界の隅でアーサーが動くのを捉えた。

わずかな間を置いて、右隣で白い輝きが放たれ、再び正八面体の防御膜が生じた。

アーサーの立ち位置はボクの右側なので、若干位置がボクのそれとはずれているが、『ブレス』を防ぎ、ボク達を守るには支障のない位置だ。

2枚目の防御膜が展開してから数拍後、ボクの封魔晶から魔法力が空になり、最初の防御膜が消え去る。

が、2枚目の防御膜は、しっかりとその役目を果たし、内部にいるボク達には何らの影響もなかった。

放射系『ブレス』が放たれてから10秒以上は経っているだろう。

役目を終えたボクは、戦場の様子が気になった。

『ブレス』の光に遮られて、もはや戦場の様子は見えない。

防御膜の周囲を荒れ狂う光に変化はない。

あちらは上手くいっているのだろうか。

そんな風に思案していると、アーサーが叫んだ。

「シーザー!!!」

「おう!!!」

大きく答えて、シーザーが封魔晶を掲げる。

封魔晶が白い輝きを放ち、3枚目の防御膜が出現した。

1秒程のち、アーサーの張った2枚目の防御膜が消滅。

それと同時に、ボクは不安感に襲われた。

残るはシーザーの張っている3枚目の防御膜のみ。

時間にすればおよそ10秒。

それまでにハーゲン達がガーディアンを倒せなければ、ボク達には身を守るすべがない。

すなわち、それはボク達の死を意味する。

すでに3秒は経過している。

周囲の様子に変化はない。

4秒経過。

まだ何も変化がない。

5秒経過。

不意に胸の中に凝った塊が生まれた。

それは今しがた溶けたばかりの恐怖という塊。

6秒経過。

塊は肥大し、心臓が締め付けられるように痛む錯覚に襲われる。

7秒経過。

何も変わらない。

ただ、ボクの全身が震えだしただけ。

8秒経過。

あと少し。

9秒経過。

瞬き。

10秒経過。

光が――

 

 

「…………生きてる?」

ボクは呟いた。

何となく、口を突いて出た言葉だ。

見回せば、右にはアーサー、左にはシーザーの姿があり、いまだに正八面体の防御膜は貼られたままで、しかしその周囲を荒れ狂っていた光の奔流はきれいさっぱりに消えていた。

防御膜の外の地面は大きく抉れてはいたが、防御膜の中の地面はそのまま。

もちろん、その上に立つボク達自身にも変化はない。

「成功、ですかね?」

誰にともなく言った風のアーサーの言葉が耳に入るが、ボクは何も答えられない。

「そう……なんじゃね?

 まだ防御膜残ってるし、外側に『ブレス』の光、ないし」

周りを見回しながら、シーザーが答え、そして防御膜が消えた。

「ちょっと! まだ消しちゃ駄目だろ!?」

ボクは抗議の声を上げた。

どうなったのかが分からない以上、防御膜を消してしまうのは早計だ。

「けどよ、『ブレス』が消えたってことは、あいつ等がガーディアン倒しちまったんじゃねぇの?」

「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ!?」

反論するシーザーの手から封魔晶をもぎ取ろうと手を伸ばすボク。

シーザーは抵抗することもなく、あっさりとボクに封魔晶を手渡した。

「……あ」

もぎ取った封魔晶を握り、気付いた。

ボクの小さな声に気付いたシーザーが、ため息交じりに言う。

「それ、もうほとんど空だぜ?」

その言葉通り、封魔晶に込められている魔法力は尽き掛けていた。

仮にあの『ブレス』を防いだとして、1秒持つかどうか。

微妙な空気が流れる。

「……おかしいですね」

緊張した声音で微妙な空気を引き締めたのはアーサーの呟きだった。

振り返ると、アーサーは真剣な面持ちで周囲を見回していた。

「何が?」

シーザーの問い掛けに、アーサーは目を凝らして前方を見つめる。

視線の方角は、戦場のある方角だ。

「モルド達がガーディアンを倒したのなら、この世界は消滅するか、もしくは僕達は元の、つまり宝物殿の最深部に戻されると思うんですが」

言われて、ボクはハッと息を呑む。

順当に考えればアーサーの言う通りだ。

この世界は『世外の亜空』という魔術によって作り出された特殊な世界。

魔術を発動させたのは、宝物殿最深部の部屋の床に描かれた魔陣だが、その目的はあくまで侵入者であるボク達とガーディアンを宝物殿外の場所で戦わせる為で、ボク達をこの世界に閉じ込めるものではないはずだ。

とすれば、ガーディアンが倒れたのなら、その目的は果たされたことになり、ボク達がここにいる理由はなくなる。

しかし、ボク達はまだこの世界にいる。

それはすなわち、

「ガーディアンは……まだ動いてる?」

ということを示していた。

ボク達の間に緊張が走った。

誰からともなく身構え、重い沈黙が流れる。

そうして、どれくらい経った頃か。

前方に異変が起きた。

黒い光が乱れ飛び、巨大な白い光の柱が立ち昇った。

「――近い!!」

アーサーが叫ぶ。

言葉通り、白い光柱の立つ場所が近い。

正確な距離は分からないが、それまでの戦場の位置よりも明らかにこちら寄りの場所だ。

つまり、

「ちょっと待てよ! まさかこっちに!?」

シーザーの言わんとしていることはすぐさま理解できた。

戦闘はまだ続いている。

戦場をこちらに移しつつ。

「ここから離れた方が――!」

ボクは言い差して、前方からこちらに飛来してくる人影を見止めて言葉を切った。

「ルータス!!」

シーザーが声を上げる。

飛来してくる人影、ルータスは、ボク達のすぐそばで大きくホバリングすると、地面に降り立った。

パッと見ただけで、全身に怪我を負っているのが分かる。

派手なマントや衣服の所々が破れて鮮やかな羽毛が露出しているが、随所に出血の跡が見られる。

両翼はボロボロで、飛ぶのがやっとというように見えた。

顔面には額の辺りから血が流れ、嘴の付け根に沿って滴っている。

その表情には余裕がなく、傷による痛みのせいか、歪んでいた。

「大丈――」

「さっさとここから離れろよ!!」

『大丈夫か』と問おうとしたのだろうシーザーの言葉を、ルータスの怒号がかき消した。

いつもの軽口から一転、その語調は激しい。

それが事態の深刻さを物語っており、さしものシーザーも反論ができずに息を呑んだ。

突然のことに、ボク達は誰一人反応できずにいた。

それを見て、ルータスは舌打ちをすると、嘴を開く。

「何してんだ!! 早く――」

言い差して、ルータスがハッとした表情を見せる。

「クソッ!!」

悪態をつくと、身をひるがえし、手にしたローレルクラウンを素引く。

生まれた光矢の向く先は、ルータスが飛んできた方向。

反射的にそちらに視線を移すと、白い物体がこちらに高速で飛来してくるのが見えた。

その物体に向かって、ルータスが光矢を乱発するが、物体は光矢をことごとく弾き返し、速度を緩める様子はない。

「早く!!!」

ルータスが叫びながら光矢を連射する。

叫びを受け、ボク達が身をひるがえそうとした時には、もう遅かった。

こちらに向かってくる白い物体、ガーディアンは、すぐそこまで迫っていた。

だが、同時に、その後方に2つの人影も見止めた。

ハーゲンとモルドだ。

2人はガーディアンに追いすがるが、しかし、ガーディアンの方が速く、間もなくボク達の前に到達してしまった。

目の前、数mの位置に降りたガーディアンは、ルータスに負けず劣らずボロボロの状態だった。

特に損傷が激しいのが首から胸にかけての部分。

首の正面は大きく砕け、そこから胸部に向けて、石膏がひび割れたかのような大きな溝が走っている。

その溝の中央、ちょうどみぞおちの上部に当たる部分には、白く輝く珠、コアが露出し、明滅していた。

よく見れば、コアに微細なヒビが入っているように見える。

それらの傷を見て、ボクは理解した。

ハーゲン達は作戦通り、この部分に3連撃を加えたに違いない。

しかし、攻撃力が足りなかったのか、コアを粉砕するには至らなかった。

ただ、ガーディアンも無事では済まなかったらしく、コアの損傷により再生ができなくなり、首の部分の損傷により『ブレス』が吐けなくなったのだろう。

今現在、再生が行われておらず、封魔晶の効果が切れていないにも関わらず『ブレス』が途切れたのがその論拠だ。

あくまで予想だが、間違ってはいないと思う。

「このっ!!」

ルータスが光矢を向けるが、ガーディアンは無造作に尾を一振りし、ルータスの腕を打ち据すえた。

その衝撃で、ルータスの手からローレルクラウンが零れ落ちる。

「くぅ……!」

顔をゆがめ、打たれた腕を抑えて呻くルータスに、再度ガーディアンの尾が襲い掛かった。

「――!」

ルータスはよろめくように後ろに下がり、間一髪でそれを回避するが、そのまま尻餅を突いてしまう。

そこへ、ハーゲンとモルドが到着した。

2人はボク達とガーディアンとの間に割って入ると、こちらを振り返ることなく、ガーディアンに向かって構えた。

2人共、背中しか見えないが、衣服が破れて血が滲んでいるところを見ると、程度は分からないが、ルータス同様、怪我を負っていることがうかがえた。

「ルータス、大丈夫か?」

モルドの問い掛けに、ルータスはうなずき、立ち上がった。

モルドの声には張りがある。

見た目に反してダメージはさほどでもないのかもしれない。

「君達も無事だね」

ハーゲンが肩越しにボク達に向かって言う。

こちらはいつも通りの声音。

怪我の程度も3人の中では一番軽いようだ。

と、突然、視界内に動く物を捉えた。

それとほとんど同時に、目の前のハーゲンとモルドが動く。

そして、鈍く、重い音が耳に届いた。

驚きに目を見張れば、ガーディアンの尾を、ハーゲンとモルドの2人が掴んでいるということが分かった。

どうやら、刹那前の視界内での出来事と音は、ガーディアンの撃ち振るった尾の一撃を、2人が止めたことによるものだったようだ。

結果を見て状況を察することができたものの、とてもボクに知覚対応できるレベルの攻防ではない。

「3人を!!」

モルドがガーディアンの尾を掴んだまま、ローレルクラウンを拾い上げたルータスに向けて叫んだ。

モルドはそのままガーディアンの尾を力強く握り締めると、

「うおおおおお!!!」

気合の一声と共に、ガーディアンを投げ飛ばした。

モルドと共に尾を掴んでいたハーゲンは、いつの間にか尾から手を放して鞭を構えており、投げ飛ばされたガーディアンに向かって鞭身が黒く発光している鞭を振るった。

鞭身から放たれた黒い光は、うねりながらガーディアンに向かって突き進み、したたかに幾度もガーディアンを打ち据える。

「今のうちに」

落ち着いた声でルータスに向かって指示を出すハーゲン。

ルータスはうなずくこともせずにボク達に駆け寄り、ボク達を抱えて翼を広げた。

その時だった。

投げ飛ばされ、打ち据えられていたガーディアンが突如反転し、こちらに凄まじいスピードで向かってきたのは。

『――!!!』

瞬く間の出来事に、誰も反応できなかった。

ガーディアンはハーゲンとモルドを行き過ぎ、ボク達を抱えたルータスの背後で静止する。

その右腕は振り上げられ、今にもルータスの背に振り下ろされそうだ。

ルータスはそのことに気付いていない。

ほんのわずか、一呼吸にも満たない程のガーディアンの攻撃前の硬直。

それが攻撃の成否を分けた。

ガーディアンの攻撃動作に即座に反応したハーゲンが動く。

鞭が振るわれ、振り上げられたガーディアンの右腕に巻き付いた。

ガーディアンの硬直時間が伸びる。

その間にルータスが異変に気付き、振り返ろうとする素振りを見せた。

だが、ルータスが振り返るより早く、モルドが動いた。

ルータスを、その前方にいたボク達毎突き飛ばし、ガーディアンの正面に立ちはだかる。

そして、剥き出しになったコア目掛けて、全身を捻るようにして右の拳を突き出した。

鈍い音が響き、ガーディアンが後方へと吹き飛ばされる。

しかし、ガーディアンの右手に巻き付いたハーゲンの鞭が、後方へと吹き飛ぶはずだったガーディアンの体を、わずかばかりの距離の移動で引き留めた。

そこへ、さらにモルドの追撃が加わった。

「おおおおおお!!!」

雄々しい叫びと共に繰り出される、モルドの力のこもった左右の連打。

それらはすべてガーディアンのコア一点に集中される。

倒れたボク達が半ば呆然とその様を見ていると、起き上がったルータスが振り返って叫んだ。

「ハーゲン!! こいつ等連れてくより、そいつをここから吹っ飛ばした方が早い!!」

それを聞いたハーゲンは、こちらを一瞥、

「モルド!」

と、連打を続けるモルドに声を掛けた。

モルドはすぐさま連打をやめ、右の拳を腰溜めに構える。

一拍置いてハーゲンの鞭がガーディアンから解けると、間髪入れずにモルドの右拳がガーディアンのコアに叩き込まれた。

大きく後ろに吹き飛ぶガーディアン。

それを追ってハーゲンが地を蹴り、モルドがそれに続いた。

ルータスは体勢を立て直すだけで、2人に続こうとはしなかった。

見る間に遠くに離れていく2人と1体。

その姿が芥子粒よりも小さくなった頃、ルータスが大きく息をついた。

深いその呼気は、安堵のため息ではないことがうかがえた。

最後の行動を起こす前の、決意の一息だ。

足踏みをし、体勢を整えると、ゆっくりと左手を持ち上げ、ローレルクラウンを構える。

そして、右手を伸ばし、ローレルクラウン本体の上部にある輪の中に指を差し込んだ。

本体を中心に回転する2列の葉の輪のうち、内側を回転する葉の輪から光が伸び、本体の輪に差し込まれたルータスの指に絡み付く。

先程見たのと同じ光景。

しかし、そのあとが違った。

先程は内輪の葉の回転速度が増し、次いで外輪の葉の速度も増したが、今回はそのどちらも回転は緩やかだ。

だが、内外輪の回転に反し、光矢の輝きは強さを増していく。

やがて最大限の輝きを放つようになった光矢は、今度は次第に色を変えていった。

蛍光灯の色よりも白かった光は、段々と薄黒く、灰色に、そして漆黒の闇のような黒へと変じた。

「おい」

振り向きもせずにルータスが呼び掛けた。

誰に呼び掛けたのかが分からず、ボク達は誰も反応できない。

返答を待たず、ルータスが続ける。

「さっき渡した『防衛』の封魔晶、まだ残ってる?」

ハッとして、ボクは手にしたままの『防衛』の封魔晶に視線を落とした。

「まだ少しだけ。

 たぶん、『ブレス』の直撃に1秒耐えられるかどうかくらいは……」

「充分!」

ボクの答えに満足げに言い放つルータス。

「アイツがこっちに来たら使ってくれ。

 オレが技法撃つまで、足止めをしたい。

 ……もう『ブレス』は飛んでこないから安心していいよ」

最後に付け加えた一言は、ボクを逡巡させない為だろう。

たしかに、あの『ブレス』をもう1度防ぐのは御免こうむりたい。

しかし、ルータスがそう言うということは、どうやらボクの予想はおおむね正しかったようだ。

そして、言葉の初めの部分から察するに、ガーディアンがまだこちらに向かってくるだろうことがうかがえた。

「何だよ、またアイツこっちに来んのかよ!?

 あの2人で倒せねぇのか?」

ボクの推測を、シーザーが代弁するように口にする。

それに対し、ルータスは舌打ちを返す。

「簡単に言ってくれるなぁ。

 アイツ、思ったよりずっと手強いんだよ。

 さっきだって、ホントはオレの一撃でとどめをさせたはずなのに、させなかった」

「失敗したのかよ?」

間髪入れずに問うたシーザーの一言に、ルータスは首を曲げてギロリとシーザーを睨むと、忌々しげに舌打ちして首を戻す。

「2発目のモルドの攻撃が決まった直後にオレだって作戦通りに攻撃したさ。

 けど、あのガーディアン、オレの攻撃を防ぐでもかわすでもなくて、その場で反撃しやがったんだ。

 お前等も食らっただろ?

 あの翼から光塊を撃ち出すヤツ。

 アレのせいでオレの攻撃が逸らされたうえに威力が落ちた。

 そんでもって、この様さ」

この様、というのは、ボロボロの今の状態をして言っているに違いない。

光塊の爆発に巻き込まれたというのが妥当なところか。

レベル差を考えれば、むしろよくこれだけのダメージで済んだと感心するところだ。

「だから、次は絶対に撃ち漏らしたくないんだ」

悔しさが滲んで聞こえるルータスのこの言葉は、『防衛』の封魔晶を持つボクに向けられたものだ。

ボクはルータスが見ていないのを承知のうえでうなずき、

「分かった、まかせて」

と、返事をして封魔晶を握り締めた。

「……技法の威力と精度を高める為に集中する」

そう言うと、ルータスは瞑想するように黙り込んだ。

そこへ、アーサーが近付いた。

「ちょっと失礼」

一言断ると、アーサーは技法の体勢に入っているルータスの腰に巻かれた3つの革袋の1つに手を差し入れた。

「おい!」

集中を邪魔するようなアーサーの行動に、ルータスが振り返って声を荒げる。

しかし、アーサーは構わずに革袋をまさぐり続ける。

「何やってんだよ!」

と、これはシーザー。

シーザーがアーサーを叱責するのは非常に珍しいことだが、今回はボクもシーザーの意見に賛同する。

「アーサー」

ボクの咎めるような呼び掛けにもアーサーは無反応で、革袋をまさぐっている。

アーサーの行動に苛立ったシーザーが、痺れを切らしたように1歩踏み出すと、アーサーが声を上げた。

「これ、『治癒』の封魔晶ですね」

そう言って革袋から取り出したのは、白く輝く1つの封魔晶だった。

『治癒』は中位の回復魔法で、アーサーも使えたはずだ。

アーサーの使える回復魔法の中では最上のものだったと記憶している。

「勝手に使いますよ?」

アーサーはルータスに向かってそう尋ねるも、返事を待たずに封魔晶に念を込めた。

途端、ルータスの足元から光の粒子が吹き出し、ルータスの周囲を渦巻く。

渦巻く光の粒子は、徐々にルータスの体に付着し浸透、傷口がみるみるうちに塞がり、ボロボロだった翼も生え変わったかのように元通りになった。

なるほど、ルータスの体を万全の状態にする為だったのか、とボクはアーサーの行動に納得した。

「サンキュー!」

言って、ルータスは仕切り直すように正面に向き直った。

アーサーがこちらに戻ってくる。

その肩越しに、見えた。

白い影がこちらに向かってくるのが。

「ジーク!!」

シーザーが叫んだ。

言われるまでもなく、ボクはすでに封魔晶を掲げている。

瞬時に生まれる正八面体の防御膜。

その数拍後、その防御膜に白い影、ガーディアンが激突した。

しかし、防御膜は破れない。

『ブレス』では1秒持つか持たないかの防御膜だが、ただの体当たりでは破るに力不足のようだ。

とはいえ、長くは持たないだろう。

だが、ルータスが技法を放つには、それで充分過ぎた。

ローレルクラウンから放たれた黒い1本の光矢。

それは放たれるとほぼ同時に2本の黒い光矢に分裂し、一方はガーディアンの後方へ、一方はボク達の後方へと飛んでいった。

防御膜をすり抜けてあらぬ方へと飛んでいく光矢を、ボクは技法に失敗したのかと訝って見つめたが、二方向へと分かれた黒い光矢はある程度の距離まで進むと進路を変えた。

どちらの黒い光矢も、防御膜を破ろうとしているガーディアンを目掛けている。

ガーディアンがそれに気付き、防御膜から離れようとする動作を見せた。

その刹那、ガーディアンの後方から黒い光輪が飛来した。

それはガーディアンの頭上で一瞬静止すると、ガーディアンの上半身をすっぽりと覆う位置まで降下し収縮、ガーディアンの体幹と両腕、両翼とを縛り付けた。

ガーディアンの動きが止まる。

そこへ、二手に分かれた黒い光矢が命中した。

命中した箇所は、はっきりと分かった。

剥き出しになったコアの正面と背面、両側から射抜くように。

コアがなければ衝突したであろう黒い光矢は、衝突と同時に前後方向に直径30cm程、長さに至っては目測では測りきれない程の長さの黒い光の円錐を、凄まじい速度で伸ばした。

黒い円錐が伸びてから数瞬して、ガーディアンの後方からハーゲンとモルドが現れた。

2人はガーディアンの斜め後方左右で止まり、ガーディアンを見据えて構える。

一方のガーディアンはまったく動かない。

時が止まったように、視界内のあらゆるものが物音一つ立てず、静止していた。

呆然と、動かないままのガーディアンを見つめていると、不意に黒い円錐が霧散するように掻き消えた。

ガーディアンのコアを包み隠していた黒い円錐の消えた後には、そこには何もなかった。

コアも何も。

ただぽっかりとした大穴が、ガーディアンの胸部に穿たれていた。

「や……った?」

シーザーが放心したような声で呟いた。

すると、その声を合図にしたかのように、ガーディアンの体がその場で崩れ落ち、全身がさらさらとした白い砂のように変じた。

「……終わった〜」

ルータスがその場に座り込みながら言う。

展開していたローレルクラウンの葉の部分が、ルータスの手元の本体に戻り、合わさったそれらが羽扇のような形になる。

それを見て、アーサーが呟く。

「ということは、勝った、んですか?」

「そーゆーこと」

振り向きながら答えるルータス。

そして、ボクに視線を向け、

「だから、もう『防衛』、解いてもいいよ」

と、笑いながら言った。

その言葉にハッと我に返り、ボクは慌てて『防衛』の防御膜を消した。

それを見届けると、

「――ぃよっしゃあああああぁぁぁぁぁ!!!」

シーザーが両腕を突き上げて歓声を上げた。

尾も左右に大きく振れ、喜びを全身で現している。

「うるっさいなー」

眉根をひそめてルータスが文句を言うが、シーザーは意に介さず、座り込んだルータスに近付くと、しゃがみ込んでバンバンとルータスの背を叩いた。

「ちょっ! 何だよ!?」

「すっげぇ! やったやった!!」

抗議の声を上げるルータスを無視して、なおもシーザーはルータスの背を叩き続ける。

叩かれながら、ルータスは表情を徐々に変え、最後には笑みを浮かべてシーザーとハイタッチを交わした。

少し前までは考えられなかった光景に、ボクとアーサーは顔を見合わせて破顔する。

「これで、クリアだね」

正面から聞こえた声にそちらを見れば、ハーゲンとモルドがすぐそこまで歩み寄ってくるところだった。

「だいぶ苦戦したけどな」

と、疲れた様子でモルドが言う。

ハーゲンはそれに同調してうなずくと、腰の革袋からおもむろに封魔晶を取り出した。

そして、白く輝くそれを軽く掲げると、モルドとハーゲンの足元から光の粒子が吹き出して渦巻き、先のルータスと同様に2人の傷が塞がっていった。

「これで、あとは向こうに戻って宝を取って終わりだね」

輝きの消えた封魔晶を革袋に戻してハーゲンが誰にともなく言う。

「勝手に元の場所に戻るのかな?」

と、ボク。

「そう。 ガーディアンを倒せば遺跡の機能が働いて戻してくれる」

答えたのはモルドだった。

「今までもそうだったからな。

 そろそろアナウンスがあるはずだけど」

そう付け加えて、モルドが辺りをキョロキョロと見回していると、その言葉通り、どこからともなく声が響いてきた。

<ガーディアンの破壊を確認しました>

これまでに聞いてきた遺跡の機能のものと思われる声はすべて若い男の声だったが、今回は若い女性の声だった。

女性の声だからか、語気も柔和なものに聞こえる。

<おめでとうございます。

 貴方方は見事に当宝物殿の最奥部を踏破しました>

実際、物言いも丁寧だ。

<これを讃え、貴方方に当宝物殿の宝物を進呈します>

『よっしゃ!!!』

遺跡の声を受けて歓喜の声をあげたのは、言うまでもない、シーザーとルータスの2人だった。

遺跡の声は続く。

<では、これより『世外の亜空』を解除し、貴方方7名を元の世界に戻します>

 

 

『!?』

全員が目を見開いた。

「7名!?」

シーザーが周囲を見回して声を張った。

他の4人も同様に周囲を見回し、ハーゲンとモルドは身構える。

この反応からして、ボクの聞き違いではないようだ。

遺跡の声は、今たしかに『7名』と言った。

だが、どう見てもここにいるのはボク達『6人』だけだ。

見えざる7人目がこの世界にいる。

「どこに――」

ボクが言い掛けて、突然、眼前が白一色に染まった。

それから一瞬ののち、視界が元通りになると、そこは遺跡の最深部だった。

ガーディアンの姿こそないものの、目の前には封印機の台座と、それに乗った宝箱がある。

しかし、誰も宝箱の元へと向かおうとする者はいない。

しきりに周囲を見回し、見えざる7人目に対する警戒を強めている。

ボク達がここに戻ってきたということは、とりもなおさず、あの場にいた7人目もここに来ているはずだからだ。

「いるのは分かってるんだ!

 姿を見せろよ!」

ルータスが挑発するような口ぶりでここにいるであろう7人目に呼び掛ける。

しばしの沈黙。

全員が死角を補うように背を向き合わせて円陣を組み、7人目の出現に備えて固唾を飲む。

「あ〜、ま、バレるよね、やっぱ」

場違いにのほほんとした声が聞こえてきたのは背後からだった。

円陣の中心から突如聞こえた声に、全員が反射的に飛び退き、声の出所に目を向ける。

やはりそこには何者もいないが、聞こえてきた声に、ボクは馴染みがあった。

「でも、付いて行かないわけにはいかなかったしねぇ」

声と共に、全員の視線が交わる先で白い体が突然出現した。

姿を現したのは小さな白竜だった。

体長は40cm程、尾を含めれば80cm程だろう。

首元に金の刺繍が施された白いスカーフが巻かれている。

「フレイク!?」

驚きの声をあげたのはシーザーだった。

目の前に現れたのは、まぎれもない、今朝ボク達を見送ってくれたフレイクだった。

「何でここに……?」

ボクが呟くと、フレイクが悪戯っぽく笑って答える。

「そりゃ、オイラもキミ等の保護者だからね」

朝、同じようなことを言われたことを思い出し、ボクはハッと胸を突かれる思いだった。

その時、室内に声が響いた。

<7名の帰還を確認。

 おめでとうございます。

 どうぞ、当宝物殿の宝物をお受け取りください>

女性の声がそう告げると、台座に置かれた宝箱から、カチリという鍵が外れるような音が聞こえた。

「開いたね」

そう言うと、フレイクはパタパタを翼を羽ばたかせて台座の宝箱に手を掛け、蓋を開けた。

「おっ!?」

小さな歓声と共にフレイクは宝箱に上半身を突っ込むと、中からソフトボール大の虹色に鈍く光る球体を取り出した。

「シェイプシフターだね。

 武具の1つだよ。

 宝物殿のレベルの割にはいい物入ってるじゃない」

両手で持った虹色の球体を見ながらフレイクが感嘆の呟きを漏らす。

「シェイプシフター……って?」

シーザーが呟きと共にアーサーに視線を向けると、得たりとばかりにアーサーが解説を始める。

「その名の通り、様々な形状の武具に変化する武具です。

 『マテリアライズ』の武具限定版と考えれば正しいと思います。

 たしか、至高の金属と言われるゼストリアが核に使われている、非常に高価な武具だったと記憶していますが……」

言って、アーサーがうかがうようにフレイクを見た。

フレイクは、その通りとばかりに首を縦に振る。

「これ1つあれば、一般人は一生豪遊して暮らせるだろうね」

「マジで!?」

シーザーが目を輝かせてシェイプシフターを見つめる。

そして、惹かれるようにフレイクに歩み寄ると、シェイプシフターに向かって手を伸ばした。

が、シーザーの手がシェイプシフターに触れる直前、フレイクがそれを頭上に掲げ、シーザーの手が届かない位置まで翼を羽ばたかせて上昇してしまった。

「何だよ! オレ達、この宝物殿クリアしたんだぜ!?

 触ったっていいじゃんかよ!?」

抗議の声を上げるシーザーに、フレイクは小さくため息をつき、ボク達全員を見回す。

「この宝物殿、未探索の遺跡だね。

 『古竜種』の、特に未探索の遺跡に許可なく入っちゃいけないって、知らなかった?」

「それはレンジャーに限る話でしょう?」

フレイクの問い掛けにすぐさま答えたのはハーゲンだった。

ハーゲンの即答に、フレイクがピクリとまなじりを動かす。

「まだ僕達はレンジャーではありません。

 罰せられることはないはずです」

「罰則はないね、たしかに。

 でも、レンジャーになろうって人間が、レンジャーがしちゃいけないことをするっていうのはどうだろうね?

 キミの先生に向かって、胸を張って『ボク達は何も悪いことはしていません』って言える?」

「言えはしませんが、僕達が問題のある行動を取ったとも思えません。

 今現在一般人である僕達の取った今回の行動に問題があるのなら、それを規制する為の規則と、それに違反した時の罰則を、コスモス側が設けるべきです」

「今回の件を期に、コスモス側が規則と罰則を設けるかもよ?」

「だとしても、それは今回の件よりあとのことです。

 今回の僕達の件は規則違反にはならないですし、罰則対象にもならないはずです」

「規則違反をしていなければ何をしてもいいって言いたいわけ?」

「そうは言っていません」

「君の話しぶりからはそう受け取れるけどね」

「…………」

「それに、オイラが今問題にしてるのは規則とか罰則云々じゃなくて、レンジャーを目指しているはずのレンジャー見習いが、レンジャーがしちゃいけないことをすることに対しての是非だよ」

「…………」

「してもいいと思ってるわけ?」

「……いえ」

「つまりはそういうこと、だね」

ハーゲンが沈黙したのを見て、フレイクは開いた宝箱の縁に降りる。

「今回、キミ等がやったのは、罰せられはしないけど悪いこと。

 充分反省するように」

ボク達を見回してフレイクが言う。

すっかり意気消沈してしまったボク達は、所在無げに視線をさまよわせ、沈黙した。

「ま、そういうことで、これは没収ね。

 あと、途中で手に入れたグリモアもね」

沈黙を破ったフレイクがシェイプシフターを片手に持ち替え、空いたもう片方の手をボク達に向かって差し出す。

グリモアをよこせ、ということだろう。

各々、手に入れたグリモアを取り出し、フレイクに手渡す。

シーザーはかなり名残惜しそうにしていたが。

「けど、オレ達がグリモア手に入れたこと知ってるってことは、ずっとあと付けてたのか?」

グリモアを手渡しながらシーザーが尋ねると、フレイクはうなずいて肯定し、

「うん、この遺跡に入る前からずっと付けてたよ」

「気配なんて全然しなかったぜ?」

「そりゃそうだよ。

 姿も気配も消してたからね。

 ついでに言うと、魔法で体も3体に分けてキミ等3人全員に付いてた」

「『分身』の魔法ですね」

「うん、そうだよ」

アーサーの言葉にうなずくフレイク。

『分身』はかなり高度な魔法で、文字通り自分と同じ存在を作り出す魔法だ。

分かれた分だけレベルが下がるというが、この遺跡を徘徊するマテリアや罠など、フレイクのレベルからすれば、たとえ3体に分かれたところでどうということもないのだろう。

もっとも、それ以前にこの遺跡は封印機の影響下にあったが。

3人全員というのは、ボクとシーザーとアーサーのことだ。

保護者の役割はしっかり果たしたということか。

遺跡に入る前から、ということはボク達が最初の地点で5手に別れてしまったことも知っているはずだが、ボク達3人はもちろん、アーサーと一緒にいたモルドはともかくとして、個別に別れてしまったハーゲンとルータスにも付いていなかったのはどうなのだろう、とボクは思った。

しかし、今、ボクがそれについて文句を言える立場にないことは、今しがたのフレイクの説教で重々分かっており、当のハーゲンとルータスもフレイクの言動に不満があるような感じではないように見受けられたので、何も言わずに胸にしまい込んだ。

「全然気付かなかったぜ。

 ……気付いた?」

言って、シーザーはルータスの方を見て尋ねたが、ルータスは首を横に振って答えた。

それを見て、シーザーがいささかホッとした様子を見せる。

「気付くわけないよ、さすがに。

 でも、色々手助けしてあげたんだけどなぁ。

 大声出したりとか転ばせたりとか」

フレイクが苦笑いを浮かべて訴えると、ややあってシーザーが小さく『あっ』と声を漏らした。

どうやら思い当たる節があるようだ。

そういえば、ボクも転んだ覚えがあるが、あれももしかしたらフレイクの仕業だったのだろうか。

などと思っていると、今度はアーサーがフレイクに尋ねる。

「けど、どうして僕達がこの世界にいるって分かったんです?

 クォントの転移場からこの世界へは、僕達はハーゲンの『転移』で来たわけですけど、ハーゲン、『転移』の対象にしたのは僕達6人だけですよね?」

言葉を向けられたハーゲンは大きくうなずいた。

言われてみれば、たしかにそうだ。

行き先も告げていないのに、どうやってフレイクはボク達がこの世界に来たことを知ったのか。

ボク達の視線がフレイクに集中すると、フレイクはニンマリと笑みを浮かべて尻尾の先端をボクの足元に向けた。

つられて全員の視線がボクの足元に集中するも、そこには何も見当たらない。

「ブーツ脱いで、中敷きを抜いて底を見てみるといいよ」

フレイクに言われた通り、ブーツを脱いで中敷きを取り出すと、底に白い紙があるのが見えた。

こんな物はなかったはずだが。

「それ、オイラが『マテリアライズ』で出した紙。

 それに『印象』を掛けて目印にしてキミ等を追って転移してきたってわけ。

 シーザーのブーツの底にも、アーサーのサンダルの裏にも貼り付けてあるよ」

指摘された2人も、同じように履物をひっくり返し、同様の紙があることを確認していた。

「いつの間にこんなのを……」

サンダルの裏の紙を指で引っ掻きながらアーサーが尋ねると、フレイクは悪戯っぽく笑い、

「今朝、キミ等がクーアと電話してる時に、ちょちょいっとね」

と答え、指をパチンと鳴らした。

すると、ブーツの底にあった紙が消え、アーサーのサンダルの裏の紙も消えた。

見えないが、シーザーのものも消えているだろう。

思い返せば、たしかにボク達が電話している最中、フレイクはどこかに行っていた気がする。

「勝手にこんなもん入れてたのかよ!」

 プライベート侵害だぞ!」

シーザーが抗議の声を上げるも、フレイクはそれを一笑に伏す。

「そんなこと、偉そうに言える立場?

 嘘ついてこんな所に来といてさ?」

「うっ……それは……」

フレイクにたしなめられて、言葉に詰まるシーザー。

たしかに、そう言われてしまってはぐうの音も出ない。

「もう済んだ話だし、とりあえずこうして全員無事だからいいけどね。

 もっとも、これから一悶着あるけど」

「どういうことだよ?」

含みのあるフレイクの言葉に、シーザーが尋ねる。

それを聞いたフレイクは、驚きの表情を浮かべた。

「そりゃ決まってるじゃない。

 オイラ、このことコスモスに報告しないといけないんだから」

『…………?』

まだ分からないという顔でフレイクを見つめるシーザー、そしてボクとアーサーを見て、フレイクの表情が驚きから呆れに変わる。

「う〜ん、ちょっと事を甘く見過ぎ。

 今日のこと、コスモスに報告するじゃない?

 そうしたらどうなると思う?」

「どうって……別に、どうもならねぇんじゃね?

 だって、オレ達まだレンジャーじゃねぇし、罰受けるわけじゃねぇんだろ?」

そう返すシーザーに、フレイクはとても大きなため息をついた。

そして、少し間を置いて説明を始める。

「あのね、そりゃ一般人に対する罰則はないよ?

 ただね、さっき言ったように、キミ等はレンジャーを目指してるわけじゃない?

 そのキミ等が、レンジャーがしちゃいけないことしちゃったわけだ。

 あと1ヶ月もしないで始まる試験に何の影響も出ないと思う?」

『……あっ……』

フレイクが言わんとしていることを察し、ボク達は3人揃って声をあげる。

今まで、そんなことはまったく考えもしなかった。

こと、ここに至って事の重大さに気付く。

「受験資格取り消し、なんてこと、ないよな……?」

すがるようなシーザーの言葉に、フレイクは難しい顔をする。

「一応、レンジャー試験の受験資格は、調査院と監督院が審査するからね。

 今回のことが両院で問題として挙げられたら、最悪それもあり得るよ」

調査院というのはコスモスの機関の1つで、文字通り様々な調査を専門に行う機関だ。

レンジャー受験者の素性の調査や、ここのような未探索の遺跡の調査等もその仕事に含まれる。

監督院はレンジャーの素行等を文字通り監督する機関で、ボクも以前に、そこに属する監督官を間近で見たことがある。

「そんな……」

フレイクの返答に、シーザーががっくりと肩を落とす。

そこへ、それまで黙っていたルータスが口を開いた。

「アンタが黙ってるってわけにはいかないわけ?」

フレイクがチラリとルータスを見て、首を横に振る。

「オイラは今回のこと、コスモスにきちんと報告する。

 保護者の立場だから、それをしないわけにはいかないし、何より、こういうことをなあなあで済ませてたらこの子等の為にならないしね」

いつになく厳しい口調で言い放つフレイクに、今度はモルドが声をあげた。

「3人を誘ったのは俺達です」

その一言で言葉の裏を察したのか、フレイクはモルドに目をやってうなずく。

「かばってくれてるんだね、ありがとう。

 でも、たとえそうだとしても了承して付いてきたのはこの子等の意思だからね。

 そうでしょ?」

問い掛けられ、ボク達3人はうなずいた。

それを見たフレイクは小さくため息をつく。

「……できる限りオイラ達も善処する。

 でも、これだけは肝に銘じておいて。

 レンジャーになる以上、自分で起こした行動の責任は、全部であるにしろ一部であるにしろ、必ず自分で負わなくちゃいけないんだよ」

諭すような口調で放たれたフレイクの言葉を、ボク達はうなだれたまま聞いていた。