ガーディアンが黒い光の輪の拘束を打ち破ったのは、ハーゲン達3人がその場を離れ、ボク達3人が戦闘に備えた直後だった。

拘束されているうちに攻撃できれば良かったのだが、そうしようとした矢先、乾いた枝の折れるような音と共に、ガーディアンが立ち上がってしまった。

だが、機会を一度失しただけ。

必ずまた攻撃の機会は訪れる。

そして、作る。

「シーザー、アーサー、攻撃用の封魔晶をボクに預けて」

2人に向かってボクが言うと、アーサーは1つうなずいて『旋塊』の封魔晶を後ろ手に手渡してきた。

「僕とシーザーでかき回して、攻撃のチャンスを作ります」

「で、チャンスが来たら、お前が封魔晶で攻撃ってわけね」

「そうです、ジークでは接近戦は不利ですから」

「つまり、お前はここでチャンスを待てってことだ」

アーサーの言を受け、シーザーも得心したように、『抉風』・『焼切』・『水柱』の3つの封魔晶をボクに手渡した。

2人から攻撃用封魔晶を預かり、ボクは片手に2つずつ、握り締める。

ポケットにも移蔵石にも封魔晶をしまわなかったのは、咄嗟の判断で発動できるようにする為だ。

武器を持たないボクには、両手が使えないことに対するデメリットはほとんどない。

「僕は左から攻めます。

 シーザーは右からお願いします。

 僕が先に行きますから、時間差でよろしく」

「オッケー!」

アーサーとシーザーは攻め方を決め、武器を深く構えた。

その背に、

「たぶん、あのガーディアンも『ブレス』を使える。

 口が光ったら気を付けて!」

と、ボクは『ブレス』に対する警戒を促した。

2人は大きくうなずき、数回の深い呼吸ののち、数十m離れたガーディアンを見据える。

「……行きます!」

声を発し、アーサーがサーベルを腰に構え、駆けた。

それまで様子を見ていたガーディアンが、アーサーの方へ体を向ける。

迎撃の体勢を取ったガーディアンの口が開き、薄く発光を始めた。

「『ブレス』!!」

ボクが声を張り上げ、アーサーに警告。

それとほとんど同時に、シーザーが地面を蹴った。

ガーディアンがシーザーの動きに反応し、そちらに視線を向ける。

その隙をついて、アーサーは翼を広げて大きく跳躍した。

ガーディアンが視線を戻した時には、すでにアーサーの姿はそこになく、アーサーはガーディアンの前方上、2〜3mの辺りにまで飛び込んできていた。

ガーディアンの口が一際強く輝く。

そこへ、

「たぁぁぁぁぁ!」

アーサーの振り上げたサーベルが、鋭い気合と共に振り下ろされた。

金属と岩とがぶつかり合う、硬さを帯びた音が響き、刹那、アーサーは翼をはばたかせて、その場を離脱。

と、同時に、ガーディアンの足元にまで迫っていたシーザーが、ダガーを滑らせるようにして、ガーディアンのかかとの辺りを薙いだ。

しかし、威力が足りないのか、ガーディアンの体はぐらつきもしない。

何の痛痒も感じさせないガーディアンは、足元のシーザーには目も向けず、『ブレス』を空に逃れたアーサーに向かって撃ち放った。

放たれたのは光弾、投射系の『ブレス』だ。

寸分の狂いもなく光弾はアーサーに向かっていく。

ガーディアンとアーサーとの距離は20mも離れていない。

直撃はせずとも回避もしきれない。

そう感じた矢先、アーサーと光弾との間に、円形の光が、技術『シールド』による盾が現れた。

盾は光弾に当たるや否や砕け散ったが、光弾の速度を視認できる程度、わずかながらに緩めた。

そのわずかに生まれた猶予の間に、アーサーは無駄のない小さな動きで旋回し、『ブレス』を無傷で回避することに成功した。

(すごい!)

ボクがアーサーの見事な回避行動に嘆息を漏らす暇も有らばこそ、『ブレス』の反動か、硬直したままでいるガーディアンに向かって、シーザーが仕掛けた。

手にしたダガーを地面に突き立てると、1m程の大きさを持った黄色い光で作られた刃が数本、ガーディアンを取り囲むように地中から現れた

先日、クーアとの手合せの中で見せた技法『テンフォールド』だ。

現れた黄光刃は、音もなくガーディアンに向かって倒れ込み、地面に水を撒いたような音を発してガーディアンを斬り付けた。

さすがにこれには耐えきれなかったのか、ガーディアンが体勢を崩す。

(今だ!)

これを好機と、ボクは手にしていた封魔晶の1つ、『抉風』を発動させた。

『抉風』は、使用者の前方に漏斗型の風の渦を発生させ、前方の対象を抉るという、比較的低位の攻撃魔法だ。

効果範囲は狭いが、その分威力は高い。

緑味を帯びた封魔晶が、一際強く緑色に輝くと、かざした封魔晶の前方に渦巻く風が生まれた。

それは徐々に広がりながら、まっすぐに前方のガーディアンへと伸びていく。

と、その時、ガーディアンがこちらに面を向けた。

開かれた口に強烈な光が宿る。

「――っ!!!」

閃光とも形容できる強烈な光に、ボクは既視感にも似た感覚を覚え、咄嗟にその場を横に飛び退いていた。

数瞬後、それまでボクのいた場所を、激烈な閃光が貫いた。

その閃光を背後に感じながら、ボクは大きく吹き飛ばされる。

「っつ〜…………!!」

地面にしこたま体を打ち付けたボクは、痛む体に鞭打ちながらも元いた場所を振り返り、そして戦慄した。

ボクのいた場所は大きく抉れ、幅3m程の溝ができていた。

幅そのものはそれほど広くはないが、愕然としたのはその長さ。

ボクのいた場所を起点に、その後方、およそ視界に入る範囲すべての地面が、直線状に抉られていた。

(放射系の……『ブレス』)

ボクに向かって放たれた閃光の正体を、ボクは溝を見て察知した。

それは、以前に見た放射系の『ブレス』に違いなかった。

それも、恐ろしく高威力の。

とてもレベル1の状態の『ブレス』とは思えない。

視線をガーディアンに移せば、ガーディアンはシーザーとアーサーの2人と交戦していた。

だが、2人共、今の『ブレス』を目の当たりにした為か、攻撃に切れがなく、回避を前提とした攻撃を慎重に繰り出しているように見える。

無理からぬことだが、しかし今2人と切り結ぶガーディアンの攻撃は、それまでと同様のレベル、つまりはレベル1の状態のそれと同じように思えた。

今現在続けられている攻撃と比べると、先程の『ブレス』はあまりに威力が不釣り合いだ。

(こんなことって、前にもあったような……)

数十m離れた位置の攻防を見ながら、ボクは記憶の糸を辿っていた。

そうして思い出されたのは、最初のガーディアンとの戦闘だった。

あの時は、ガーディアンとマテリアを戦わせて消耗させようという作戦を立てていたのだが、いざマテリアをけしかけようとすると、決まってガーディアンは放射系『ブレス』を吐き出して、マテリアを瞬殺してしまったのだ。

その放射系『ブレス』の威力は、それまでのガーディアンの行動や攻撃からは想像できない程、桁外れに高い威力を持っていた。

今さっきの放射系『ブレス』による一撃は、それを思い起こさせる攻撃だった。

仮に先の放射系『ブレス』があの時と同じ意味合いを持っているのだとしたら、ガーディアンにそれを行わせる引き金となる行動があるはずだ。

(引き金…………もしかして……)

思い当たる節があり、ボクは自分の倒れた周囲を見回す。

周囲には、吹き飛ばされた際に放してしまった4つの封魔晶が散らばっていた。

うち、『抉風』の封魔晶は、投げ出された時に魔法力の供給が断たれてしまった為に不発に終わり、色を失っている。

ボクは起き上がってそれらをかき集め、『水柱』の封魔晶を手元に残して他を腰の革袋にしまった。

(もしかして……)

予想を立て、いつでも回避行動が取れるように身構えながら、残した『水柱』の封魔晶を掲げる。

「シーザー!!! アーサー!!!」

視線の先でガーディアンと戦いを繰り広げている2人に向かって叫ぶと、2人はこちらに目を向け、ボクの姿を認めるやその場を離れた。

2人が退いたのを確認して、ボクは『水柱』の封魔晶に意思を込めた。

瞬間、ガーディアンが素早くこちらを向き、口を開いた。

(やっぱり!!!)

予想通りのガーディアンの行動に、ボクは『水柱』の封魔晶を発動させつつ、その場から横に向かって全力疾走。

先程同様に背後を放射系の『ブレス』が吹き過ぎる。

背後からの衝撃に、再び体が吹き飛ばされるが、今度は距離を開けていた為と来ることが予想できていた為に、うまく受け身を取ることができた。

地面に起き上がり様、ガーディアンの方を見れば、そこには高さ20m、幅5mはある水柱が屹立していた。

『水柱』は、対象部下部から立ち上った水柱で敵を包み込んで、水圧で押し潰す魔法だ。

しかし、肝心のガーディアンの姿は、水柱の中にもその周りにも見当たらなかった。

さらに広範囲にも目を配ると、水柱の上空にガーディアンが滞空しているのが確認できた。

水柱が消えると、ガーディアンは地上に下りてきたが、体が濡れている様子はない。

そのことから、封魔晶は不発に終わったことが分かるが、もう1つ、ガーディアンが高威力の放射系『ブレス』を吐く条件も分かった。

前回、そして今回と、ボクが封魔晶を使用すると同時に、ガーディアンは放射系『ブレス』で間髪入れずに反撃してきた。

このことから封魔晶の使用が引き金となっているとみて間違いない。

さらには、もしかしたら封魔晶による攻撃は、確実に回避されてしまうのかもしれない。

というのも、前回の『抉風』はともかくとして、今回の『水柱』は、とてもレベル1の状態に等しいガーディアンに回避できるタイミングでの発動ではなかった。

『抉風』は放出系、つまり使用者から対象部に向かって何がしかの事象を放出する魔法なので回避の時間はある程度あるが、『水柱』は発現系、つまり対象部で直接何がしかの事象が発現する魔法であり、回避の時間はほとんどない。

常時動き回っているのならまだしも、シーザーとアーサーの2人と切り結んだ直後の停止状態の時に狙われては、あの能力状態のガーディアンに回避できるとは到底思えない。

ただし、高威力の放射系『ブレス』を吐けるような能力状態でなら話は別だ。

おそらく、その状態は能力を全開にしている状態だと思われるが、その状態でならばボクが『水柱』を発動させたタイミングでの回避も容易だろう。

残った2つの封魔晶のうち、『焼切』は発現系の魔法だ。

それを発動させれば事の真偽、ガーディアンの回避能力のことも分かるが、それを確認する勇気はボクにはなかった。

仮にそうであるなら不発に終わることになるし、万一、反撃の直撃を食らおうものなら、ボクはあっさりと体ごと消滅してしまうことは明白だ。

(よっぽどのチャンスがない限り、封魔晶は使わない方がいいな)

封魔晶の使用が危険、さらには無駄である可能性がある以上、それを当て込んで立てた作戦も変えざるを得ない。

「……シーザー!!! アーサー!!! 戻ってきて!!!」

作戦変更の必要があることを伝えるべく、ボクは大声で2人を呼んだ。

聞き付けたシーザーが、即座に地を蹴り向かってくる。

飛びながらガーディアンと交戦していたアーサーは、ガーディアンの顔面に蹴りを一撃加えてから滑空して戻ってきた。

「大丈夫かよ!?」

戻ってきたシーザーは、ボクの横に並ぶとすぐにガーディアンの方へと向き直り、尋ねてくる。

「すっげぇ『ブレス』だったけどよ……」

チラリと、『ブレス』によって抉り造られた溝を見るシーザー。

そこへ、アーサーも戻ってきた。

「怪我はないですか?」

アーサーの問いに対して、ボクはうなずいて答える。

「良かった。 でも、どうして急にこんな威力の『ブレス』を……」

シーザー同様に、溝を見ながらアーサーが呟いた。

「そのことなんだけど――」

と、ボクが封魔晶と『ブレス』の関連性を告げようとした時、ガーディアンが動いた。

背に生えた両翼が大きく開き、その内側に複数の白い光塊が生まれる。

それを見るなり、アーサーが叫んだ。

「散って!」

言われるまでもなく、危機を察知したボクとシーザーはすでにその場を駆け出していた。

ボク達の回避行動とほとんど同時に、ガーディアンの両翼の羽ばたきと共に撃ち出される白い光塊。

曲線的な軌道で飛来した光塊は、ボク達が集まっていた場所を中心とした数m内の地面に衝突、爆発した。

衝撃で地面が抉られ、小石が飛び、土煙が上がる。

威力は投射系『ブレス』の半分にも満たないが、数が多く、範囲が広い。

回避がもう少し遅れていたら、かなりのダメージを負っていたかもしれない。

ダメージこそないものの、今も爆圧で体勢を崩しているところだ。

体勢を立て直してガーディアンを見れば、すでに同攻撃の第二撃の体勢に移っている。

とてもではないが、2人にすべてを説明している暇はなさそうだ。

なので、ボクは要点だけをかいつまむことにした。

他方に散った他の2人に聞こえるように、ボクは声を大きくする。

「封魔晶を使うと威力の高い『ブレス』が来る!

 だから封魔晶は使えない!」

ガーディアンの第二撃が発射された。

ばらけているボク達3人のそれぞれに複数の光塊が飛来し、ボク達はそれをかわす。

爆音とその余韻が納まったところで、ボクは再び叫ぶ。

「ボク達の力だけで倒すしかない!

 アイツには斬ったり突いたりは効果が薄いみたいだ!

 だから、もっと叩くような、強い衝撃を与える攻撃をするんだ!」

攻撃方法の指示に、2人はうなずいて応え、ガーディアンに向かって駆け出した。

(ボクもこうしちゃいられない!)

2人の背を見送りながら、ボクはすぐさま魔術『四塵の抱擁』の魔陣を胸の前の中空に描く。

魔法力を帯びた光る指先が宙を掻くと、その軌跡が魔陣を成した。

魔陣の完成と共に、ボクは詠唱に入る。

『赤火、青水、緑風、黄土。 四元の欠片は、其の身を抱く』

詠唱の完了と共に、魔陣が赤・青・緑・黄に明滅し、硬く澄んだ音を立てて砕け散った。

その破片は4色の光の粒子となり、ボクの体に纏わり付いて消える。

これで『四塵の抱擁』の魔術は完了。

ボクの火・水・風・土の四元素を属性とする攻撃魔法の威力が底上げされた。

あとは攻撃魔法を行使するだけ。

行使するのは土属性の攻撃魔法『土塊』。

ボクの手持ちの攻撃魔法の中で、もっともガーディアンに効果的であろう攻撃魔法だ。

先に戦ったガーディアンは、この魔法で撃破に成功している。

ただ、先の戦いとは違い、ここは通路という逃げ場の限られた場所ではなく、開けた荒野だ。

相手の動きを予測してタイミングを計らなければ命中させることは難しいだろう。

すでにシーザーとアーサーの2人は、ガーディアンと切り結んでいた。

その攻防に際して、ガーディアンは少なからず前後左右、そして上下に動いており、狙いが定まりづらい。

そのうえ、ボクとの距離は数十mは離れていて、それも魔法を命中させる為には不都合だ。

(もう少し距離を縮めた方がいいかな)

少しでも命中精度を上げる為、『土塊』の詠唱はしないままで、ボクはゆっくりと戦場へと近づいていった。

せめて今の距離の半分程まで近付かなければ、動き続けるガーディアンに当てる自信がない。

気取られないよう、焦らず慌てず、しかし急ぎながら、そして戦況を見極めながら戦場に近付く。

シーザーとアーサーの2人は、相変わらず斬撃による攻撃を続けていた。

ボクの指示にうなずきはしたので、すべき攻撃方法は理解しているはずだ。

にもかかわらずそれまで通りの攻撃を続けるということは、各々に何か考えがあるのだろう。

攻め方を決める間がなかったのが惜しまれるが、ボクはそう信じて自分のできることに集中する。

攻防の音が徐々に大きくなる。

金属と岩石のかち合う音、刃が硬い物の上を滑る音、重い物が地面の上に叩き付けられる音。

どれも耳に残る音で、体の芯に響く。

戦況は一進一退、良くも悪くもないが、この状況が続けばいずれは2人の体力が尽きて致命打を受けることは明白だ。

その前に反撃の糸口となる一撃を加えなくてはならない。

今の状況から見るに、それができる、そしてすべきはボクだ。

迫る戦場の迫力にたじろぎそうになるが、怖気づく自分の心に発破をかけて呼吸を整える。

そして、ボクは目的の位置に辿り着いた。

ガーディアンとの距離、およそ20m。

深呼吸を一度、ゆっくりと行い、息を止める。

(……よし!)

気合を入れ、ボクは『土塊』の詠唱に入った。

『散する黄土に我命ず』

静かに、魔法書に書かれている詠唱文をそのまま読むかのように、諳んじる。

ボクの声が聞こえたのか、はたまた単に視界に入っただけか、アーサーがボクの存在に気付いた。

「シーザー!」

ボクのしようとしていることを察し、アーサーはボクの姿をガーディアンから遮るように移動し、シーザーにもボクの存在を知らせる。

シーザーがこちらに視線を滑らせ、了解したようにうなずいた。

対象をガーディアンに絞っているので2人が回避する必要はないのだが、詠唱の途中でそれを知らせるすべはボクにはない。

『凝集の果てに塊と成れ』

詠唱が完了し、頭上やや前方に大人が一抱えする程の大きさの土塊が生まれた。

それを見るや、シーザーとアーサーの2人が左右に散る。

アーサーの目隠しが外れたことで、2人の回避から遅れること一拍、ガーディアンがボクの存在を察知した。

が、遅い。

ボクは2人が散るタイミングとほとんど同時に土塊を解き放っていた。

ガーディアンが回避の為に構えたその瞬間、『四塵の抱擁』によって大きさと速度を増した土塊がガーディアンの腹部を見事に直撃。

それまで2人の攻撃を受けても動じなかったガーディアンが後方に向かって倒れた。

この機を逃す手はない。

散った2人もすでに次の行動に移っている。

宙を飛ぶアーサーからは魔法の詠唱が聞こえてきた。

『舞落つ白は細雪。 その様、寂とて穏には遠く、身に染む凍気に優は無し』

詠唱の内容から水と風の複合属性の魔法である氷の魔法であることが察せられる。

しかし、アーサーが魔法を行使するよりも先に、ガーディアンが身を起こしてアーサーに向かって口を開いた。

そこへ、シーザーの攻撃が入る。

シーザーが地面を力強く踏み叩くと、踏み叩いた場所を中心に円形に衝撃波が走った。

『フラットショック』という技法で、起点を中心とした円形平面上に衝撃波を発生させるものだ。

衝撃波は、あっという間にガーディアンに到達し、身を起こす為に地面についていたガーディアンの両手に衝撃を与えた。

乾いた音共に、ガーディアンがわずかに動きを止める。

そして、

『狂える凍気に震えて沈め!』

アーサーの詠唱が完了した。

ガーディアンの周囲に白い粉雪が降る。

雪は地面に着く間もなく宙で溶け消え、やがてガーディアンを中心とした数mの範囲の空間が青白く色を変じていった。

冷たさを感じる程に青白く染まった空間に降る無数の白い粉雪。

その粉雪がすべて消えたかと思ったその瞬間、パキンという氷が割れるような音を立てて、青白い空間の中心にいたガーディアンの体の表面を氷が覆った。

氷の厚さは1cmはあるだろうか。

起き上がろうとしてたガーディアンの動きが完全に止まった。

「今です!!」

地面に着地したアーサーがボクに向かって叫んだ。

「――!」

アーサーの言葉の意味するところを察して、腰の革袋に手を突っ込んだ。

(凍ってる今なら!)

動きが完全に封じられている今なら、封魔晶による攻撃が可能かもしれない。

すぐさまボクは『焼切』の封魔晶を探り当てた。

が、ボクが革袋から封魔晶を取り出し、念じた瞬間、ガーディアンの全身の氷が砕け散る。

直後にガーディアンの光る口内を見て、ボクは全身の血の気が引くのを感じた。

命を脅かすものに対する本能的な動きか、咄嗟に左に向かって回避行動を取っていた。

しかし、回避するにはガーディアンとの距離が近すぎた。

背後からの強烈な閃光に目がくらみ、同時に前方に向かって大きく吹き飛ばされた。

浮遊感ののちに地面に叩き付けられる衝撃。

そのまま地面を二転三転し、ボクの体は止まった。

「――っあああぁぁぁぁぁ!!!」

ボクは喉の奥から悲鳴を上げた。

原因は痛み。

だが、地面に叩き付けられた痛みではない。

もちろん、それもあったが、尾の付け根から1/3程の位置に感じた痛みはそれをはるかに凌駕する程の痛みだった。

目の端に涙を浮かべながら、ボクは自分の尾を確認する。

「うううぅぅ――!!!」

目に飛び込んできたのは、長さが大幅に減じた尾だった。

近距離からの『ブレス』を回避しきれず、体の後方に向かって伸びた尾が直撃を食らってしまったのだ。

尾の傷口からは、多量の量の血が流れ出ている。

すぐにでも回復魔法を行使すべきなのだが、冷静さを失ったボクにはその判断が下せなかった。

これまでにマテリアと戦い、何度か危険な目には遭ったが、これほどの傷を負ったことは一度もない。

その為、初めてともいえる強烈な痛みとおびただしい流血量に、ボクはパニック状態に陥ってしまっていたのだ。

「ぅぅぅ……」

ガチガチと震える歯、乱れる呼吸。

泣き叫びたくなるのをこらえながら、ボクは両手で尾の傷口付近を押さえ付けた。

ほとんど意味のない行動といっていいが、今のボクにはこれ以上の行為をすることができなかった。

アーサーが何事かを叫びながら駆け寄ってくるが、何を言っているのか理解することもできない。

ボクの傍らにしゃがみ込んだアーサーが、小さく呟く。

呟きの内容は聞き取れなかったが、ややあって、尾の傷口が白く輝き始めた。

と同時に、それまで襲っていた痛みが次第に和らいでいき、代わりにむず痒さを感じ始めた。

傷口を覆っていた白い輝きは尾の先端のあった方へとゆっくりと伸びていき、程なくして輝きが消えたあとには、傷一つ痛み一つない状態の尾が元通りの形状で再生していた。

『癒合』という、傷口の再生のみを行う回復魔法だ。

体力を回復させることはできないが、そのぶん傷の再生力が高く、大きな傷を負った際の応急処置には適している。

尾の傷と共に体のあちらこちらの痛みも消えたことでボクは落ち着きを取り戻した。

呻くことをやめたボクに、アーサーはすまなそうに謝る。

「すみません、僕のミスです。

 僕があんな……」

アーサーの言わんとしていることを察し、ボクは首を横に振った。

「ボクの責任でもあるんだから気にしないで。

 それより今はガーディアンを倒すことが先決だよ。

 でも、もう封魔晶はあてにできない。

 使うのは危なすぎる。

 何とかボク達の力だけで倒さないと……」

手の中にある、輝きを失った『焼切』の封魔晶に目を落としながら言ったボクの言葉に、アーサーは深くうなずいた。

「さっきのジークの『土塊』、あれは効果があったようです。

 やっぱり、衝撃を与える攻撃が一番効果的なんでしょう。

 封魔晶が完全に使えないと分かった以上、後先のことを考えている余裕はありません。

 『ブレイブインパルス』を使います」

アーサーの口にしたそれが技法の名であることをボクは知っていた。

以前、クーアとの手合せの際に、クーアの作り出したサーベルを叩き折り、ガントレットにヒビを入れ、クーアにも手傷を負わせて称賛を浴びた技法だ。

「あの技法なら、直撃すればガーディアンを倒すこともできるはずです。

 ただ、たぶん、僕はあと1回しかあの技法を使うことができないと思います。

 技法力の消費が激しい技法ですから、あれは。

 もしも外してしまったら、僕にはあとがありません」

「何とかして確実に命中させないといけないってことだね。

 さっきの氷の魔法で動きを止めてからっていうのは?」

ボクの提案に、アーサーは首を横に振る。

「『凍結』の魔法を使ったら、たぶん『ブレイブインパルス』を使う余力がなくなるでしょう。

 ですから、これから僕が1人でガーディアンを撹乱します。

 ジークは隙を見て魔法で援護してください。

 魔法力はまだ持ちそうですか?」

「……全力の『土塊』でたぶん、あと4回……できて5回だと思う」

アーサー達と合流するまでに、魔法力を回復する丸薬をいくつか口にしているので、それによる回復量を踏まえての答えだった。

その答えにアーサーがうなずく。

「それだけ使えれば充分です。

 僕とジークとでガーディアンを引き付けている間、シーザーには休んでもらいます。

 そしてシーザーの体力が回復し次第、僕とシーザーが入れ替わります」

「そうしたら、ボクとシーザーでガーディアンの動きを止めて、隙をついてアーサーが『ブレイブインパルス』を使うってことだね?」

アーサーの言葉を継ぐようにボクが言うと、アーサーは再び深くうなずいた。

「できれば『ブレイブインパルス』を使う前までにダメージを与えておきたいよね。

 シーザーにも技法とか使ってもらった方がいいと思うんだけど」

「そうですね……ですから、この戦い、きっと全員が限界まで消耗すると思います。

 どれか1つでもうまくいかないと、勝つことは難しいかもしれません」

「……うん」

アーサーの言葉に、ボクは神妙にうなずいた。

その時だった。

「おい!! まだかよ!!

 こっちは1人じゃ限界だぜ!!」

シーザーが怒号を上げた。

ハッとしてそちらを見れば、ガーディアンの攻撃を必死で回避するシーザーの姿があった。

「行きます! 今のこと、シーザーに伝えてください!」

それだけ言い残し、すぐさま駆け出すアーサー。

ガーディアンに駆け寄るや、その足元を斬り付け、シーザーにボクの元に行くように伝える。

ガーディアンの注意がアーサーに向いた隙を見て、入れ替わりにシーザーがボクの元に走り寄ってきた。

「大丈夫かよ?」

荒い息をつきながら開口一番尋ねてくるシーザー。

ボクの傷のことを言っていると思われるが、ボクはうなずいただけでこれに応えた。

そして手短にアーサーとの打ち合わせの内容を伝える。

説明の合間に息を整えたシーザーは、

「オッケー、任せとけ!

 試してみてぇのが1個あるんだ」

と自信満々に答えて、大きく深呼吸、ガーディアンの方に向き直った。

そのままシーザーは肩越しに言葉を続ける。

「少し休んだら呼ぶから、それまで頼むぜ」

「うん、分かった」

答えて、ボクはシーザーから離れる。

何をしようとしているのかは分からないが、それを詮索するより先にボクにはやることがある。

ボクは少しだけアーサーとガーディアンの方へと近付くと、いつでも魔法の詠唱ができるように息を整えつつ、その周囲を回り始めた。

10数m先では、アーサーとガーディアンは互角の戦いを繰り広げている。

互角といってもアーサーはほとんど手を出しておらず、防御を主体とした戦い方だった。

シーザーと違い、翼のあるアーサーはより立体的な動きができ、高所へと逃れることも可能な為、無理な攻撃を仕掛けなければ被弾の可能性は低くなる。

今のアーサーの目的は、シーザーの体力が回復するまでの時間稼ぎとボクが魔法を直撃させる隙を作る為の撹乱であり、ガーディアンにダメージを与えることが目的ではない為、その攻防はある程度安心して見ていられた。

だからといって、それを悠長に眺めているわけにはいかない。

ボクはガーディアンの背後へと回り込んで足を止めると、『土塊』の魔法の詠唱を始めた。

そんなボクにアーサーが気付き、ボクの行動をガーディアンに悟られまいと、アーサーは攻撃の手を強めた。

それが功を奏したのか、ガーディアンに気付かれることなく『土塊』の詠唱が完了し、頭上前方に土塊が出現した。

見計らったように、アーサーは翼を羽ばたかせ一際高く飛び上がる。

ガーディアンがアーサーを見上げた瞬間、ボクは土塊をガーディアンの背に向かって撃ち放った。

硬い衝突音と共に、ガーディアンが前のめりにたたらを踏む。

土塊が消えた後のガーディアンの背、ちょうど両翼の付け根の中心付近には、土塊の衝突でできたと思しき傷が確認できた。

微々たるダメージかもしれないが、効果は確実にあった。

と、先と違って倒れることなく踏みとどまったガーディアンが、素早くこちらに顔を向けた。

その口はすでに開かれており、光が宿っている。

「――っ!」

『ブレス』が来ると判断すると同時に、ボクは横に向かって駆け出した。

案の定、投射系『ブレス』がボクの背後で炸裂する。

ガーディアンはそのまま顔をボクの方へ向け続け、『ブレス』の第二射の体勢に移った。

そこへ、空へ飛び上がっていたアーサーの急降下からの一撃が決まる。

アーサーの体重を乗せた渾身の一撃は、ガーディアンの頭頂部をしたたかに打ち据え、ガーディアンの気がそちらにそれた。

ボクは足を止めて再び『土塊』の詠唱に入る。

ガーディアンの『ブレス』の第二射がアーサーに向かって放たれるが、アーサーは上空に逃れることでこれを回避。

ガーディアンはすぐさま第三射目の体勢に入るが、それより先にボクの詠唱が完了した。

狙いを定め、ボクは土塊を撃ち放つ。

土塊は再度ガーディアンの背に命中し、その背に傷を負わせた。

しかし、今度はガーディアンの体勢が崩れない。

その場に踏みとどまったガーディアンはこちらに体を向け、両翼を開いた。

その内側に複数の白い光塊が生まれる。

「うわっ!?」

声を上げて逃げ出すボク。

ガーディアンの羽ばたきと共に撃ち出された光塊は、逃げるボクのあとを追うように曲線的な軌道で飛来し、背後で爆発を引き起こした。

爆発で弾かれた小石が後頭部や尾にぶつかる。

多少の痛みはあるが、先程の尾を半分以上失った時の痛みに比べれば気に留める程のものでもなく、ボクは爆発がやんだのを確認すると、足を止めてガーディアンへと向き直った。

こちらに向かってくるガーディアンの姿を認めたので、後退しながら『土塊』の詠唱に入る。

アーサーがボクの詠唱の時間を稼ぐ為に牽制するが、ガーディアンは意に介さずにこちらに向かってくる。

が、ボクの詠唱の完了の方が早い。

数m先の所までガーディアンが迫ってきたところで、ボクは土塊をガーディアンの顔面に向かって解き放った。

土塊は派手な音を立ててガーディアンの顔面で炸裂し、さすがにこれにはこたえたのか、ガーディアンは仰向けに倒れ込んだ。

その隙にボクはガーディアンから距離を取り、成り行きを見守った。

アーサーも地面から数mの所でホバリングし、ガーディアンの動向を見守っているようだ。

(これで3発……あと2発、いけるかな……)

残りの魔法力を考えると、『土塊』の魔法はあと2回行使できるかどうかというところだろう。

威力を落とせば回数は増えるが、威力を落とすことでダメージはもちろん、牽制や足止めなどの攻撃効果が薄まってしまっては意味がないし、最悪効果がまったくなくなってしまう可能性もあるからすべきではないだろう。

魔法力を回復させる丸薬はまだいくらか残っているが、すべて服用したとしてもさらに2回、よくて3回行使できるかというところか。

(……どのみちこれが最後なんだから、全部飲んだ方がいいな)

そうと決めると、ボクは腰の革袋から丸薬の入った小瓶を取出し、数粒残っている丸薬をいっぺんに口に放り込んで飲み下した。

すぐさま効果が出るわけではないが、戦っているうちには出るだろう。

どのみち、まだ多少の余力は残っている。

態勢を整えたところで、改めてガーディアンを見れば動きがあった。

ガーディアンは滑らかな動作で起き上がると、両翼を目いっぱいに広げた。

例の白い光塊の攻撃が来るかと身構えるが、ガーディアンはそうはせずに、大きく空に向かって跳躍した。

アーサーのいる高さを越え、さらに高く。

羽ばたきを交えて高度を上げ、ガーディアンは数十m上空でピタリと静止する。

それから大した間を置かず、ガーディアンの周囲に白い光が無数に浮遊し始めた。

「…………! アーサー!!」

見上げていたボクは、その白い光が例の光塊と同じものであると察知し、アーサーに向かって警戒を呼び掛けた。

白い光塊の数は、先程までのそれに十倍する数の数十はある。

数が増した分、威力は落ちているかもしれないが、だからといって直撃を受けて無事でいられるはずがない。

光塊の1つが動くと、それに連動するかのように周囲の光塊群が一斉に動き、やはり曲線的な軌道を描きながら、ガーディアンの下方に向かって無差別に降り注いだ。

無差別とはいえ、当然ボクとアーサーは攻撃範囲に入っている。

距離を取って休息に努めているシーザーが入っていないのは幸いと言うべきか。

しかし、これだけの量の光塊群、無傷で切り抜けられるものかどうか。

ボクが少しでも攻撃範囲から外れようと回避行動を取ろうとしていると、アーサーが駆け寄ってくるのが見えた。

アーサーを視認している間にも、ボクのすぐわきで光塊の1つが炸裂し、土煙を上げる。

思わずその場を離れようとするボクを見て、アーサーが声を上げた。

「動かないで!!」

すぐ間近まで迫っていたアーサーは、ボクと並ぶと同時に身をひるがえし、上空に向かって手をかざした。

その先には、こちらに向かってくる光塊が1つ。

(当たる!)

そう思った矢先、光塊が目の前まで迫った瞬間、ボク達と光塊の間に薄い青味掛かった半透明の膜が張り巡らされた。

光塊は膜にぶつかると爆発し消滅したが、膜はビクともせずにそこにあり続けた。

周囲を見ると、膜は直径にして2m程のドーム状にボク達を囲っていた。

膜の色こそ違うが、以前ハーゲンがスマイルの攻撃からボクを守る為に行使した技術の『ドーム』だ。

そうこうしているうちにも2発目の光塊が防御膜と接触して爆発を起こしたが、防御膜には何の変化もない。

見た目には向こう側が透けて見える程の薄い膜だが、かなりの強度があるようだ。

しかし、それは裏を返せばそれだけの強度を維持する為にアーサーは技法力を使用していることになる。

3発目の光塊が命中するが、やはり防御膜に変化はない。

たしかに闇雲に逃げ回るよりは安全だが、このあとアーサーには強力な技法を使ってガーディアンを攻撃するという役目が待っている。

アーサーはボクと自身がより安全でいられる策を取ったのだろうが、ここでアーサーの技法力を消費させるのは得策ではない。

上を見れば、まだ半数近い光塊がガーディアンの周囲を飛び交っている。

あれらが一斉にこちらに向かってきたら防ぎきることはできないだろうが、あの攻撃には指向性がないのか、ボク達が動きを止めているにも限らずそういった様子は見受けられない。

しかし、何はともあれ、同じ防御の為に消耗するならばボクがその役を買った方がいいだろう。

そう判断したボクは、即座に『防御』の魔法を行使する。

『護れ、万災万禍より!』

詠唱ののちに現れた光の正三角錐の防御壁は、ドーム状の防御膜を貫く形で現れた。

一辺の長さは2m程。

ボクとアーサーが入るには少々狭いが、この大きさが最も正三角錐の防御壁の強度が高くなる。

「アーサー!」

ボクの呼び掛けに、現れた光の正三角錐を驚いたように見つめていたアーサーがハッとした表情を取り、すぐさま『ドーム』の技術を解除した。

「防御魔法、使えたんですね」

感嘆を込めたアーサーの呟きに、ボクは答えない。

というより答えられなかった。

『防御』の魔法が発動してからアーサーの呟きまでの間に1発の光塊が防御壁に衝突・爆発したのだが、その瞬間、防御壁にダメージがあった。

言い換えれば防御壁の強度が下がった、ということだが、その下がった強度を元に戻す為にはさらに魔法力を防御壁に供給せねばならず、その作業がかなり集中力を要した。

覚えたての防御魔法で不慣れということもあり、とてもアーサーとのやり取りをしている余裕はない。

強度的に同じ程度だろうと思われる『ドーム』を平静に維持していたアーサーの技力に、ボクは内心で感嘆せざるを得なかった。

アーサーはボクが集中していることを察してくれたようで、独り言のように呟き始めた。

「……光塊はあと1/3くらいです。

 ジークはこのまま『防御』を維持し続けてください。

 あと何発か命中するでしょうが、大丈夫、ジークなら支えていられます。

 攻撃がやんだら、僕はすぐに攻撃に移ります。

 何とか地面付近にまでガーディアンを引き摺り下ろしますので、その間にジークはシーザーの所へ行ってください。

 シーザーが攻撃に参加できるようなら、最後の攻撃に移ります。

 そのあとは最初に言った通りの作戦で」

呟き終えると、アーサーはサーベルを構えた。

正三角錐の防御壁の外では、光塊が地面に着弾し、あるいは防御壁に衝突し、爆発を繰り返している。

防御壁が削れるたびにボクは魔法力を供給し、何とかその強度の維持に努めていた。

ややあって、

「終わりました。 行きます!」

アーサーが声を上げた。

それに応え、ボクは反射的に『防御』の魔法を解除する。

その途端、アーサーが地面を蹴り、翼を羽ばたかせて宙へと舞った。

ボクはガーディアンの方へと飛び上がったアーサーを確認すると、急いでシーザーの元へと全力で走って向かった。

上空から硬質な音が降ってくるが、ボクは脇目もふらずにシーザーへと駆け寄る。

「大丈夫かよ!」

近付くボクを、シーザーが心配そうな声を上げて迎えてくれた。

「うん、何とか……それより、シーザーの、方は?

 もう、戦えそう?」

肩で息をしながら問うと、シーザーはダガーを構えて見せ、

「おう、行けるぜ!」

と、頼もしい答えを返してくれた。

ボクは数度深呼吸をして呼吸を整えると、アーサーからの要件を告げる。

「分かった…………あ、と、そうだ」

返事をして、思い出したかのように腰の革袋をあさるシーザー。

そして取り出したのは、丸薬の入った小瓶だった。

「オレはまだ余裕あるから、お前、これ飲んどけよ。

 見てたけど、だいぶ魔法力使ったろ?」

小瓶を丸ごとボクに手渡しながらシーザーが言う。

実は、今しがたの『防御』の魔法で、ボクの魔法力は底を尽きかけている。

最低位の攻撃魔法をあと2、3回行使できるかどうかというところなので、この申し出はありがたい。

「作戦通りだと、お前の攻撃魔法も必要になってくるだろ?

 だからほら、早く」

「うん、ありがとう」

シーザーから押し付けられるように小瓶を手渡され、ボクは蓋を開けて中身を取り出した。

シーザーはここまでに1粒も丸薬を口にしていないようで、中身はそのまま残っていた。

数粒の丸薬を一気に飲み干し、小瓶をシーザーに返す。

「効果が出るまで少し掛かると思うけど……」

言って、ボクはアーサーとガーディアンの方を見上げた。

戦いは白熱、してはいなかった。

というのも、アーサーが斬り掛かるたび、ガーディアンは上空で大きく旋回してこれをかわし、かわしざまに例の光塊を単発で、あるいは数発アーサーに向かって撃ち出すということを繰り返していたからだ。

それまでは直接的な攻撃ばかりしていたガーディアンが、ここにきて遠距離からの攻撃ばかりをしている。

アーサーは何とかガーディアンを地面に引き摺り下ろそうと追いすがってサーベルでの攻撃を繰り返すが、攻撃パターンを変化させたガーディアンに対して近距離からの攻撃ばかりでは攻めあぐんでいるようだった。

しかし、いかんせん遠距離にいるガーディアンを攻撃する為にはそれしか方法がない。

魔法や技法を使えば遠距離からの攻撃も可能だが、それをしてしまっては作戦が崩れてしまう。

アーサーもそれを理解しているのだろう。

遠巻きからでも、焦りやもどかしさといったものがアーサーの動きから感じられた。

「あれじゃいつまで経っても作戦に移れねぇな……」

横でシーザーももどかしげに呟く。

と、同時に、シーザーの胸の前にソフトボール大の赤い光球が出現した。

小さくはあるが『ボール』の技術だ。

「あのままじゃダメそうだからな」

ボクが『ボール』の光球を見ていることに気付いて、シーザーが言った。

「……ボクも、そろそろ丸薬の効果出てきたみたい」

深呼吸をしてボクが言う。

丸薬の効果がすべて出れば、『土塊』レベルの魔法ならあと3回は行使できるはずだ。

ボクの言葉にシーザーはうなずき、

「オレが仕掛ける。

 しょぼい『ボール』だけど牽制位になるだろうから、お前もなんか簡単な魔法で牽制してやれよ。

 隙ができりゃ、あとはアーサーが上手くやってくれるだろ」

と、だいぶアバウトなことを言った。

しかし、隙を作る、ということに異議はない。

上手いこと隙を作り、さらに動きを止めることができれば、作戦のプロセスを1つ飛ばしてアーサーが『ブレイブインパルス』を放てる。

(ダメージを与えるより、動きを止めることを優先させた方がいいな)

そう判断して、ボクは行使する攻撃魔法を変えることにした。

足止めが目的なら『土塊』よりも『風巻』の方が効果的だろう。

つむじ風を発生させる『風巻』なら、ダメージこそ与えられはしないだろうが、空中でのガーディアンの動きを制限させることはできるはずだ。

実際、以前に相対したガーディアンは、この魔法で動きを止めることができた。

動きを止められれば、アーサーが隙を逃さずに『ブレイブインパルス』を決めてくれるに違いない。

(……ボクも結構アバウトだな)

今思い付いた作戦にシーザーの適当さと同じものを感じ、少し頬が緩む。

「……何笑ってんだよ。 いいか、やるぜ?」

「うん、ごめん。

 ボク、ちょっと離れる」

シーザーに見咎められ、ボクは謝りつつシーザーから距離を取る。

距離を取ったのは、もしもシーザーの『ボール』による牽制で、ガーディアンの攻撃対象がシーザーに移った時に巻き添えを食わないようにする為だ。

魔法の詠唱の隙を突かれたら、ボクはひとたまりもない。

ボクはシーザーから充分な距離を取ると、魔法の詠唱を始めた。

『風、巻き連ねて渦を成し』

詠唱の途中、シーザーが『ボール』を撃ち放った。

『ボール』の光球は、まっすぐにガーディアンに向かっていき、こちらに背を向けていたガーディアンの左翼の下をかすめる。

ガーディアンがこちらに気付き、振り向いた。

『渦中の対者を切り散らせ』

ボクの詠唱が完了し、魔法が発動する。

ガーディアンを包み込んでなお余る程の大きさの緑色のつむじ風が発生した。

『四塵の抱擁』の効果を得ている為に、先の戦いでのそれよりも威力・効果範囲共に増している。

が、思っていたほどの効果がない。

ガーディアンの動きは確かに鈍ったものの、ものの数秒と経たずにつむじ風から抜け出してしまった。

しかし、アーサーにとっては充分な猶予であったらしく、ガーディアンが反撃に移る前に近付くことに成功し、その左翼にサーベルを叩き付けた。

叩き付けられたサーベルをうるさそうに振り払ったガーディアンの背に、いつの間にか距離を詰めていたシーザーの『ボール』が複数、命中する。

ボクもすかさず『風巻』の詠唱に入った。

ガーディアンはアーサーとの距離を空けようと翼を開いたが、アーサーが逃すまいとガーディアンの角を掴み、素早くその背へとしがみ付いた。

振り落とそうと暴れるガーディアン、振り落とされまいとしがみ付くアーサー。

アーサーはサーベルの柄頭で何度もガーディアンの左翼を殴打している。

空中で揉み合うその様は、遠目にはさながら猛禽同士の戦いにも見えた。

そこへボクの魔法が完成し、発動した。

アーサーを巻き込みながら、攻撃対象をガーディアンのみに絞ったつむじ風が発生し、さらにそこへシーザーの『ボール』が複数飛来し、ガーディアンの体を叩く。

つむじ風が消えてもアーサーとガーディアンの揉み合いは続き、ガーディアンは地上に落ちてくる様子はない。

それどころか、あのまま揉み合いが続けばアーサーの方が先に力尽きてしまう。

(一旦、アーサーを離れさせないと……)

ボクは小走りにアーサー達の方へと近付き、

「アーサ――」

「ジーク!」

呼び掛けようとしたボクの声を、シーザーの声が遮った。

声の方を見れば、シーザーがこちらに駆け寄ってくるところだった。

「お前、今の魔法、もう1回使ってくれ」

「え、でも……」

答え淀むボクに、シーザーは構わず続ける。

「1発、試してみたい技術があるんだ。

 たぶん、それ使ったらオレの技法力はなくなっちまう。

 絶対外したくねぇ。

 だから、ガーディアンを少しの間だけでも足止めしてほしいんだ。

 上手く命中すりゃ、きっとガーディアンは落ちてくる。

 そうすりゃ、あとは作戦通り、オレがアイツに纏わりついて、お前が魔法で援護して、アーサーがとどめを刺すって状況になるはずだ」

「試してみたい技術って?」

「説明してる時間がねぇ。

 オレが合図したら魔法使ってくれ」

ボクの質問に答えることなく、シーザーは小走りにボクを離れていった。

シーザーのやらんとしていることが何なのかはいまいち把握できなかったが仕方がない。

(シーザーの自信に賭けるしかないか)

そう思い、ボクはシーザーからの合図を待った。

上空では相変わらず揉み合いが続いている。

しかし、それまでガーディアンの翼をサーベルの柄頭で打ち付けていたアーサーの攻撃の手が鈍っているように見えた。

時間はあまりない。

急かすようにシーザーに視線を送るが、シーザーはボクから10数m離れた地点でこちらに背を向けてアーサー達を見上げていた。

そのシーザーの前方に赤い光が生まれるのが見えた。

シーザーの体に遮られて逆光になっているが、赤い光は次第に輝きを増していく。

ボクはシーザーとの距離を保ったままで少し移動し、赤い光の正体を確認した。

赤い光はシーザーが胸の前に挙げた両手の間に生まれた光塊から発せられるものだった。

技術『ボム』。

名前の通り、光塊を対象に命中させ、あるいは対象部に撃ち放って爆発させるという技術だ。

技術の中ではトップクラスの威力を持っている。

確かにこれならば命中させればガーディアンを落とすことも可能かもしれない。

しかも、シーザーはこの『ボム』に技法力のほとんどを注ぎ込んでいるようだ。

『ボム』の生成に要する時間の長さがそれを示していた。

当然、注ぎ込む技法力が多ければ多い程、威力・範囲共に増すことになる。

この特徴は技術に限らず、技法や魔法、魔術にもあるのだが、技術の場合のみ、注ぎ込む技法力がある一定のレベルを超えると途端に技法力の変換効率が悪くなるという特徴を持ち合わせている。

シーザーが技法力が尽きるといったのは、この特徴のせいだろう。

その為、本来はあまり使われることのない手段ではあるのだが、ほかに攻撃手段のない今のシーザーができることの中では最善手といえるかもしれない。

シーザーの両手の間で『ボム』の光塊がさらに強く輝く。

そして数秒ののち、

「ジーク!!」

シーザーが合図を出した。

『風、巻き連ねて渦をなし、渦中の対者を切り散らせ!』

ボクは『風巻』の魔法を発動させる。

三度、つむじ風がアーサーごとガーディアンを包み込む。

しかし、前二度と違うのは、範囲をより狭め、威力を高めていることだ。

範囲はガーディアンの体がスッポリ覆われる程度、威力は2割か3割は増している。

つむじ風に巻かれたガーディアンの動きが大きく鈍る。

想定通り、先程より効果が高い。

「アーサー!!!」

シーザーがアーサーに叫び掛けた。

ガーディアンと揉み合いながらもボク達の動向を把握していたのか、アーサーが淀みなくガーディアンから離れた。

離れながら、アーサーは1発、『ボム』の青い光塊をガーディアンに撃ち放つ。

それと同期するように、シーザーも『ボム』の赤い光塊をガーディアン目掛けて発射した。

つむじ風に動きを制限されたガーディアンの左翼にアーサーの『ボム』が命中し、小さな爆発を起こす。

さらに数拍後、シーザーの『ボム』がガーディアンを直撃した。

狙ったのか、それとも偶然か、命中した場所はアーサーの『ボム』が命中し、かつそれまでアーサーが執拗に攻撃を加えていた左翼。

シーザーの『ボム』の着弾と同時に、ガーディアンを覆い尽くす程の規模で赤い光の爆発が巻き起こった。

直後、爆発の光も収まらないうちに、ガーディアンがきりもみ状に地面に向かって落下を始めた。

その左翼は粉々に砕かれ、左腕の肩口にも損傷が見られる。

それを見止め、ボクはすぐに『風巻』を解除し、再度『風巻』の詠唱を始めた。

狙いはもちろん、ガーディアンの落下地点。

そこへ、ボクの詠唱と同じくしてシーザーがガーディアンの落下地点へと向けて駆け出す。

視界の隅では、ガーディアンよりも先に地上に降り立ったアーサーが大上段にサーベルを構えた。

一呼吸の間を置き、ガーディアンが地上に落下、土煙を上げる。

次いでボクの魔法が完成し、仰向けに倒れたままのガーディアンを包むつむじ風が発生する。

今しがたと同様、威力を重視した『風巻』はガーディアンの動きを大きく制限するが、ガーディアンはつむじ風に抵抗しながら上体を起こし始めた。

一方、その向こう側では、アーサーの掲げたサーベルが強烈な青い光を放ち始めた。

『ブレイブインパルス』を行使する準備が整ったようだ。

しかし、アーサーとガーディアンとの位置は数十mは離れている。

ボクの『風巻』だけでは、アーサーがガーディアンとの間を詰めるまでの時間を稼げるかどうか疑わしい。

すでにガーディアンは上体を起こしている。

それを察知したのか、アーサーが青い光を纏ったサーベルを携えて駆け出した。

ガーディアンの首がアーサーの方へと向く。

その口には『ブレス』の白い光が宿っていた。

そこへ、

「させるかよ!!!」

シーザーが叫びながら、ガーディアンから10数m離れた場所で急停止し、地面にダガーを突き立てた。

アーサーに向かって『ブレス』を放とうとしているガーディアンを包み込むようにして、1m程の長さをした黄光刃が6本、地面から出現した。

一拍後、6本が同時にガーディアンに向かって倒れ込む。

だが、一瞬遅かった。

黄光刃がガーディアンに触れる直前、ガーディアンの口から投射系の『ブレス』の光弾が、アーサーに向かって発射されてしまった。

刹那遅れて、黄光刃が激しい音共にガーディアンを斬り付ける。

斬撃による効果こそほとんど見られないものの、黄光刃が倒れ込む衝撃と圧力は、上体を起こしたガーディアンをその場にとどめるのに充分な威力を持っていた。

これにより、上体こそ起こしているものの、わずかな間だがガーディアンの動きは完全に封じられた。

しかし、動きを封じても次の手がなければ意味がない。

(アーサーは!?)

ボクが『ブレス』の光弾を視線で追うと、光弾は数十m先にまで到達していた。

その射線上にアーサーの姿はない。

(――上!?)

咄嗟に閃いて空を見上げれば、ガーディアンの直上にアーサーの姿はあった。

強烈な青い光を放つサーベルを大きく掲げて両翼を目一杯に開いたアーサーは、そのままガーディアンに向かって急降下、

「ハアアアアアアア!!!」

叫びを上げながら、ガーディアンの頭部目掛けてサーベルを振り下ろした。

目を焼くような激烈な青い光と共に、前方から空気の壁がぶつかるような感触が、そして耳元で爆竹が弾けたような物凄まじい衝撃音が周囲に響く。

あまりの衝撃にボクの集中は乱れ、『風巻』の魔法が解除されてしまった。

眩んだ目をしばたかせること数度。

視界が戻ったボクが前方に視線を移せば、サーベルを携えて立つアーサーの姿があった。

その足元には、上体を粉々に砕かれたガーディアンの姿がある。

「…………やった、の?」

フラフラとそちらへと歩み寄りながらボクが尋ねると、アーサーは大きく息を吐き、こちらを見、顔を綻ばせてうなずいた。

「ぃよっしゃあ!!!」

歓喜の声を上げたのはシーザー。

シーザーはアーサーへと走り寄ると、右手を掲げた。

アーサーもサーベルを左手に持ち替えて右手を掲げ、2人はハイタッチを交わす。

それに遅れてボクも2人と合流し、2人とハイタッチを交わした。

「何とか上手くいきましたね!」

嬉しさをあらわにしてアーサーが言う。

「ギリギリってとこだな!」

と、笑顔でシーザー。

「うん、封魔晶が使えないってなった時はどうしようかと思ったよ。

 なんとか倒せてよかった」

言って、ボクは安堵のため息をついた。

しばし、戦いのあとの和みの時間。

だが、それは突然打ち切られた。

『!?』

突如、体に力が戻る感覚。

先にも体験した、封印機の影響が失せた感覚だ。

驚きに周囲を見回すと、遠くから猛スピードでこちらに向かってくる人影が3つ。

「は〜い、お疲れさ〜ん。

 思ったよりもやるじゃん、ジミーズ。

 結構見直したかもよ?」

ニヤニヤ笑みを張り付けて声を掛けてきたのはルータス。

ボクの背後でシーザーが『ケッ』と悪態をつくのが聞こえたが、尻尾が降れているところを見ると、まんざらでもないようだ。

そんな楽観したルータスとは対照的に、ボク達を労いもせずに緊張した面持ちでボク達の後方を睨むのはハーゲンとモルドの2人。

「ここからは僕達の出番だ」

「君等は下がっててくれ」

ハーゲンとモルドはそう告げると、ボク達の前に立ち、臨戦態勢を取った。

その肩越しに前方を見れば、いつの間にか、砕けたガーディアンの上体が音もなくふわりと宙に浮いていた。

その胸の部分は砕け、中で白い珠が光っているのが見える。

「コアだよ」

ボクの視線に気付いてか、横に並んだルータスが珠の正体を告げた。

(なるほど)

以前、撃破したガーディアンは、あの白い珠、コアにヒビが入った為に活動を停止したのだ。

それはさておき、ガーディアンのコアは明滅を繰り返している。

「再生するよ」

またもルータスが告げ、その言葉通り、ガーディアンの砕けたほかの破片が、上体に引き寄せられ、結合していった。

「今のうちに攻撃した方が――」

「無理だね」

シーザーの言葉を遮ったのはハーゲン。

「目には見えないけど、今、ガーディアンの周りには強力なシールドが張られてる。

 それにもう……」

言葉を切ったハーゲンに応えるように、ガーディアンの体に異変が起きた。

ガーディアンの上体に寄り集まった大小様々な破片が、原型を留めずにすべて結合する。

そののち、ガーディアンのコアが一際強く輝き、その輝きが体全体に波及した。

光に包まれたガーディアンの体は、まるで植物が枝葉を伸ばすのを早送りで見ているかのような動きでもって変形し、新たな体が再構築されていく。

動きが止まり2〜3秒経過すると、光はじわりと消えていった。

そうして現れたガーディアンの新たな体は、それまでよりも小さい2m強の大きさだったが、造形が大きく異なっていた。

それまでのガーディアンは、いかにもゴツゴツとした硬質の彫像然とした、無機質で武骨な竜のオブジェの形をしていたが、新たなガーディアンの体は、一転して有機質のスレンダーな肢体で、どこかボクやモルドのような、生物としての竜人を思わせるしなやかさがあった。

見た限りでは、体の表面もボク達のように柔らかさを持っているように思える。

角の先から爪先まではボクのように白一色だが、その中で生物のような双眼は、サファイアのような深い青、そして、広げられた両翼の被膜も双眼と同じく青であったが、膜厚は薄く、向こう側の景色が透けて見えていた。

こうして見ると、どう比べても先程のガーディアンと今のガーディアンが同一の存在とは思えない程、その姿は大きく変容していた。

「……ガーディアンって、みんなこんななの?」

ガーディアンから目を離さぬままに、誰にともなくボクが尋ねると、モルドがそれに答えてくれた。

「みんなっていうわけじゃないな。

 あれは生体ガーディアンって言って、いくつかあるガーディアンの種類の中でも、割と珍しい種類だよ。

 俺も実物を見るのは初めてだけどね」

「生体だけど、別に生きてるわけじゃない。

 ただ、体の作りが生物に近いっていうだけ。

 早い話が、血の通った機械ってことさ」

モルドの説明をハーゲンが補足し、2人はガーディアンを改めて見据えて続ける。

「生体ガーディアンは再生能力が高いはずだったけど」

「俺の記憶でも、たしかそうだったと思う」

「そうなると、狙いはコアに絞った方がいいかな」

「それが一番いいだろうけど、コアだけを狙っても上手くいくとは思えないな。

 ある程度機動力や攻撃力を削いでおかないと――」

<生体形態移行完了>

モルドとハーゲンの会話を途切れさせるように、ガーディアンがその有機質な口から声を発した。

<各部不備・損傷なし>

「ルータス!」

「まっかせとけ!」

モルドがルータスに呼びかけ、ルータスが答えてうなずく。

ハーゲンとモルドは臨戦態勢を取り、ルータスはそんな彼等の真後ろに移動し、ボク達をガーディアンから守るように立ちはだかった。

戦いを終えたばかりのボク達も身構える。

その場にいる全員に緊張が走った。

そして、

<出力最大、侵入者排除再開>

ガーディアンの放ったその言葉が、戦闘再開の引き金となった。