「もう終わりそう?」

「う〜ん……」

オフィスの出入り口付近から掛けられた声にオレは唸ってそちらを見た。

声の主である、オレと同じ狼がこちらを向いて立っている。

「先に帰っていいよ。

 まだしばらく掛かりそうだから」

答えて目の前のパソコンと向き合うオレ。

すると狼は、

「え〜? 帰りに一杯飲もうって言ってたじゃん」

と、不満の声を上げた。

そう言えばそんなことを言っただろうか、と思い、オレは再び狼の方を見、

「ゴメン! 明日は必ず行くからさ」

そう平謝りした。

狼はなおも不満そうに唸っていたが、

「ま、しょうがねぇか。

 んじゃ、明日な。

 お先〜」

そう言うと、オレの返事を待たずにオフィスから出ていった。

バタンと出入り口のドアが閉まり、オフィス内にはパソコンのファンの音だけが響く。

悪いことをしたなと思いつつ、再びパソコンに向き合うと、オレはふと暗いオフィス内を見回した。

節電の為に照明の落とされたオフィスには、オレの他には誰も残っていない。

窓のブラインドは閉まっており、外の灯りはほとんど入ってこず、音もほとんど聞こえない。

光源がパソコンのモニターとデスク上のライトだけである為、さほど広くないオフィスとはいえ、部屋の端が見えるか見えないかといった程度の明るさだ。

いくつも並んだデスクには当然誰もいないのだが、部屋の端の方のデスクに誰かが息を殺して座っていたとしても、気を留めて見なければ気付かないだろう。

これだけ暗く静かで人の気配もしないと、昼間のオフィスとはまるで違った印象を感じる。

オフィスに1人残って残業するのは初めてではないが、なんとはなしに気味が悪い。

できればこうして1人残されるのは遠慮願いたいところだ。

こういった場所の例に違わず、このオフィスでも今までに何度かその手の話が仲間内で話題に上ったこともあるだけになおさらだ。

そう思い出して、改めてオフィス内を見回すと、部屋の隅の暗闇がモゾモゾと動いているような気がしてきた。

もちろん、そんなことはないのだが、そんな気がしてくる。

バカな考えを、と自分でも思い、頭を振って三度パソコンに向き合った。

そうして少しの間、仕事の続きを進めているうちに、不意にぞくりとしたものを体の芯に感じた。

(……来た……)

そう思い、仕事の手を止める。

実は、オレが1人で残業をするのが嫌なのには、もう1つ理由があった。

それが今の悪寒にも似た情動だ。

思春期からの悪癖、と言ってもいい。

どうもオレはこういった状況やそれに近い状況、つまり、誰もいない公共の場や、誰もいない屋外など、どこか非日常を感じさせる場所に留まると、今のように体の芯から性欲が沸き上がってきてしまうらしい。

何度もそういった状況で性欲の処理をしてきたのだが、常識的に考えてみれば、よく今まで誰にもバレず、捕まらずにいたものだと思ってしまう。

ともあれ、今のこの状況は、まさにオレの性欲が沸き上がるのに申し分ない状況なわけで、当然の如く、1人での残業という状況下では処理をしたことがあった。

今も自然と体が動き、手は鞄の中をあさっている。

処理の為にオカズが必要なわけではないのだが、パソコンのあるこの状況下ではあるに越したことはなく、オレはほどなく鞄の中からフラッシュメモリを探し当て、取り出した。

お気に入りの画像や動画が詰まったそれをパソコンのUSBに差し込むと、すぐに開かれたフォルダの中から目当ての動画を再生させた。

さすがに音量を大きくするのははばかられ、大きすぎず小さすぎずに絞って鑑賞する。

動画の中では、熊の男が、山奥と思しき森の中で、全裸でオナニーをしていた。

それを見ながら、俺はワイシャツの前を開き、ベルトをほどいてズボンを開き、下着の中からペニスを取りだした。

すでに張り詰めたペニスは、中程まで包皮を被り、先端の割れ目にはうっすらと粘液のあとが残っていた。

デスク上のティッシュを引き寄せ、オレは動画をじっくりと見ながら、ペニスを握り込む。

動画の熊の動きに合わせるように、オレは握り込んだペニスを扱き始めた。

すぐに粘液が溢れ出し、包皮と亀頭と粘液とが擦れ合って、クチャクチャと湿り気のある音を立て始める。

それが続くにつれ、オレの息も次第に荒くなっていく。

動画と、誰もいないオフィスで、というシチュエーションの相乗効果で、オレの興奮は一気に高まっていった。

すでに手とペニスは粘液でグチャグチャで、先程よりも大きな音を、早いリズムで立てていた。

意識が体の奥に引っ込むような感じと共に、若干前後不覚になりながら、興奮の赴くままに行為を続ける。

動画の熊の手の動きが早くなる。

それに同調して、オレの手の動きもさらに早まった。

そして、

『ぐおぅ……!!!』

動画の熊が大きく呻き、射精を果たした。

カメラのアングルは横からのもので、熊のペニスの先端から迸る精液の様子がよく見える。

何度も精液を飛ばし、カクカクと震える熊の体。

その一連の動きを凝視しながら、オレもまた射精を果たす。

「んっ……くっ……!!!」

噛み殺すように口をつぐみ、声を漏らす。

精液は動画の熊のように飛びこそはしなかったものの、亀頭の先端の割れ目から溢れるように流れ出し、亀頭を伝い、手を伝い、ペニスの根元へと流れていった。

そして、あらかた精液を出し終え、大きく息を吐いた瞬間、

「ゲット!」

「!?」

声と共に、カメラのフラッシュのような白い光が光った。

心臓が飛び出そうになるほど驚き、オレは声のした方を勢いよく振り返った。

するとそこには、ニヤニヤと笑みを浮かべた、さきほど返ったはずの狼の姿があった。

その手には携帯が握られている。

「な、な、な……」

声にならずにどもり続けるオレに、狼は携帯の画面を向けた。

「バッチリ激写させていただきました〜」

その言葉通り、携帯の画面には、射精後のオレの姿が映っていた。

絶望にもにた悪寒が背筋に走り、オレの体が凍てつく。

しばし、オレと狼が携帯を挟んで見つめ合い、沈黙する。

聞こえてくるのは、動画の音だけ。

衝撃に動けずにいるオレを見下ろしながら、狼は携帯をちらつかせ、

「これ、会社の皆に見せたらどういう反応返ってくると思う?」

笑みを浮かべたまま問うてきた。

「あ……あ……」

心臓が警鐘のように早打ち、頭が必死で取り繕う言葉を探す。

しかし、どう言い訳をしようにも言い訳ができる状況ではなく、

「た……頼むから、それだけは…………何でもするから……」

オレの口は、自然と哀願の言葉を漏らしていた。

それを聞いた途端、狼の顔に勝利の笑みが浮かんだ。

「何でも? 本当に?」

「あ、あ……」

「ふふ〜ん」

鼻を鳴らして喜びを表す狼。

途端、『しまった!』と後悔するが、もう遅かった。

「じゃ、イイコトしようか、変態君?」

言って、狼の顔に淫靡な色が浮かんだ。

動画はすでに止まっていた。

 

 

「ね、ねぇ……ホントに?」

おずおずと尋ねるオレに、狼は満面の笑みで応える。

「でも……」

オレが渋る素振りを見せると、狼は携帯を開き、あの写真を見せつけてくる。

「いいの? これ?」

「う……」

写真をチラリと見、目をそらすオレ。

それを見て、狼は満足そうにうなずいて言う。

「じゃ、行こうぜ」

「…………」

狼の言葉を始まりに、オレは歩きだした。

歩いているのはオフィスを出てすぐの廊下。

非常口の場所を示す電灯の灯りだけが灯った、非常に暗い廊下だ。

そこを、狼に後押しされるように、ゆっくりと歩く。

コツコツと靴の音が反響し、いかにも夜のビル内だという雰囲気を醸し出す。

「いや、しっかし、そんな趣味があったとはね〜」

聞えよがしに狼が言った。

あのあと、狼は撮った写真をすぐさまメールで自宅のパソコンに送り、携帯を奪って削除すればいいというオレの逃げ場を失くした。

そして、さらにオレのお気に入りフォルダから画像や動画を再生し、オレの趣味を把握すると、すぐさまこんなことを言いだした。

「それじゃ、これから深夜のビル探険といこうぜ。

 もちろん、お前は全裸でな」

とんでもない発案だったが、オレは断ることができなかった。

幸いにして、このビルには警備員はいない。

外に出るか窓際にでも立たない限り、誰にも見つかることはないだろう。

ビル内にオレ達の他に誰もいなければ、だが。

そういうわけで、俺は全裸にさせられ、今に至る。

非常口の場所を示す電灯の付近までくると、嫌でも自分の痴態が目に付く。

靴だけは履かせてもらっているが、それがなおさらいやらしく感じた。

しかも、こんな恥辱的な状況だというのに、オレのペニスは勃起し、先端に粘液の滴を作っている。

「見事に勃ってるな〜。

 しかも、包茎だったんだな、お前」

灯りの下でよく見えるようになったオレのペニスを見て、狼が笑った。

「ッ!」

オレが恥ずかしさに赤面し、歩くペースが落ちると、狼はオレの背中を押し、

「ほらほら、立ち止まってたら朝になっちまうぞ?」

そう言って、再び俺を歩かせた。

廊下を進み、突き当りの階段を上る。

階段を1段上るたび、大きく足が振れ、それに連動してペニスが左右に大きく揺れる。

「うはっ! いやらしい!」

その様子を狼がはやし立てた。

無視して進むと、狼が踊り場で立ち止まるように指示した。

「どんな気分?」

「……うるさいな」

意地悪く尋ねてくる狼を邪険にあしらうオレ。

狼はオレの返事に気を悪くした様子もなく、

「ホントは嫌いじゃないんだろ? こういうの」

と、オレの顔を覗き込みながらいい、不意にその手を伸ばしてオレのペニスを掴んだ。

「んな!?」

唐突に感じたペニスへの圧力に、オレはビクリと体を飛び上がらせた。

「ほら、行こうぜ」

言って、狼はペニスから手を離すと、オレの背を押し、歩き始めた。

次のフロアで辿り着いたのは、別の会社が使っているオフィス。

狼が先に立ち、オフィスのドアを開けようとしたが、さすがに鍵が掛かっているらしく、開かない。

「……ダメか」

狼が残念そうに呟くと、こちらを向き、

「次、トイレだ」

と、次の目的地を示した。

廊下を並んで歩き、トイレに辿り着く。

まったく灯りのないトイレは真っ暗で、さすがに狼が電気を付けた。

パッとついた蛍光灯の灯りがまぶしく、一瞬目をつぶってしまう。

「見ろよ」

狼の言葉に目を開けば、目の前には洗面台と、その上に大きな鏡があった。

鏡には、狼と全裸のオレが映し出されている。

「いやらしいな〜」

嬲るように狼が言った。

その言葉に違わず、鏡の中のオレは非常にいやらしく映っていた。

スーツを着込んだ狼の隣に全裸で立っているオレの姿は、まるで変態そのものだ。

しかも、ペニスを勃起させ、先端からは粘液を滴らせている。

これを変態と言わずして何を変態と言うのか、といった風だ。

しかし、その痴態極まる自分の姿に、オレは不思議な興奮を覚え始めていた。

そんなオレの様子に気付いたのか、

「まんざらでもなさそうだな」

狼が鏡の中のオレに向かって言った。

鏡の中でオレと狼の視線が合う。

「まぁ……そんなに……嫌じゃない、かも」

オレは鏡越しに正直な感想を述べた。

オレの感想を受け、狼は、

「……真性の変態なんだな、お前」

と、嘲る言葉を投げ掛けてきた。

カァッと顔が熱くなるの感じる。

そんなオレを見ながら狼はニヤリと笑い、

「ここは仮性なのにな!」

と、オレのペニスを掴んできた。

「ちょっ!」

声を上げるオレを無視し、狼が促す。

「さ、次行くぞ、次!」

そうしてオレと狼はビルの中を上へ下へ、右へ左へ歩き続け、ほとんどの階を歩いて回り、やがて1階に辿り付いた。

さすがに1階には灯りが灯っており、ビルの外からは中が丸見えで抵抗がある。

ビルの前の人通りは少ないし、中を覗き込む者もいないとは思うが、万が一ということもある。

しかし、狼は構わずに1階へと降りた。

「さすがにまずいよ!」

外から見えない壁の陰から狼に訴えるオレ。

狼は、

「いいからいいから」

と手を振ると、エレベーターの前に立った。

どうやらさすがに1階には長居しないようだ。

若干安心し、外から見えない壁の陰で待つと、狼がビルの入り口を確認する。

そして、誰もいないことを確認すると、オレを手招きして、エレベーターに招き入れた。

狼はすぐさま開閉ボタンを押し、最上階のボタンを押した。

と、上へ向かう浮遊感を感じる中、狼がオレの体を掴んで、ドアの反対側を向かせた

目の前の壁には、トイレの時と同様に大きな鏡が張ってあった。

狼はオレの後ろに回り込み、背中から抱き付いてきた。

「ちょっと……」

オレが声を上げると、狼は淫靡な表情で鏡越しにオレを見て、耳元で呟く。

「マジでいやらしいな〜……」

言いながら、狼は手でオレの体をまさぐり始めた。

片手で胸を、片手で下腹部を、優しく撫でるように。

その手がオレのペニスに辿り着くと、オレのペニスが触られた刺激でビクンと跳ねる。

同時に、滴っていた先走りが飛び、鏡に付着した。

「ビチャビチャじゃん……」

言って狼は、先走りまみれになったオレの半剥けの亀頭を指の腹で撫で始めた。

「あっ……ん……」

強い刺激に声を上げ、狼の指に弄ばれるオレ。

オレの反応を見てとり、狼は両手でペニスを刺激し始めた。

片手で竿を掴み、片手で亀頭を撫で回す。

時折、包皮の中に指を指し込まれ、クルクルと亀頭の縁にそって動かされると、オレは立っているのが辛くなるほどの快感に襲われた。

そうして、狼の愛撫に身をゆだねていると、エスカレーターが目的の階に辿り着いた。

「着いたぜ……」

言って、狼はオレのペニスを刺激しながら、オレを後ろから抱いたまま廊下に出た。

「ひゃっ、あっ!」

狼の手による刺激と、歩行による振動を受け、嬌声を漏らすほどの快感がペニスを包む。

「さ〜て、最後は屋上だ」

耳元でそう囁くと、狼はその格好のまま、廊下を進み、階段を上り始めた。

「あっ、はあっ、あっ、んっ!」

階段を上るたびに、包皮を抉られるのではないかというほどの強い刺激が伝わってきて、たまらずにオレは声を上げてしまった。

我慢できずに声を漏らすオレの痴態が気に入ったのか、狼はさらに大きい動きでペニスを刺激し、オレを歩かせた。

そして、オレが絶頂も近いという頃、屋上へ出るドアの前に辿り着いた。

ドアは施錠されておらず、狼がノブをひねると容易に開いた。

屋上はビル内の空調の室外機が置かれており、見通しは悪い。

しかし、周囲にはこのビルよりも高いビルがいくつもあり、その所々には灯りが点いているのが見て取れた。

明暗の関係から、屋上の様子は注視しなければ見えないだろうが、それでも注視されてしまえば見えてしまうだろう。

そんなリスクのある屋上へ、狼をオレを押し出した。

「隣のビルとかさ、中にいる奴等が何気なく外見たりしたら、見られるかもな……」

オレの危惧していることをそのまま口に出して言う狼。

オレはその言葉に怖じ気づき、

「ま、まずいよ……」

と指摘し、遠回しに懇願するが、狼はむしろ嬉々として、

「いいじゃん、見てもらえば。

 変態はその方が興奮するんだろ?」

と、耳元で囁いた。

「そんな……」

オレが抗議の声を上げかけると、狼はさらにオレを押し出した。

そのまま押され続け、歩くこと十数歩。

周りに室外機も何もない屋上の中程へ移動させられる。

「ここなら完璧に丸見えだな」

「やっ……ちょっと……」

言いながらオレのペニスを弄り回す狼に、体をよじって抵抗するオレ。

しかし、オレの体はがっちりと押さえられているうえにペニスを握られており、満足な抵抗もできない。

そうこうしているうちに、弄られているペニスを中心に広がる快感は高まってきていた。

「はあ……や、だ……」

言っていることとは裏腹に、オレは抵抗をやめ、狼にされるがままになっていた。

「いい感じになってきたな。

 ほら、見ろよ」

狼が囁き、オレの顎に手を添え、クイッと上向かせた。

その先には向かいのビルが立っており、このビルの屋上よりも2・3階くらい高い位置の階では、オフィスと思しき場所に灯りが灯っていた。

そのうえ、そこの窓際には男の姿が見え、どうやらデスクに向かって仕事をしている様で、ともすれば今にもこちらを見かねないように思えた。

「あいつ、もしこっち見たら、見られちまうかもな」

そう願ってでもいるかのような口調で狼が言う。

と、同時に、それまで包皮内に指を突き入れて亀頭をなぞっていた指を突然抜き、そのままオレンのペニスを握り締めると、一気に勢いを付けて扱き始めた。

「んはぁっ!?」

オレは声を上げ、膝を震わせる。

さらに狼は、ここぞとばかりにもう片方の手で亀頭の先端を撫で回し始めた。

「ああ! ああぁ!!」

粘液で滑りの良くなった亀頭を手荒に刺激され、扱かれる刺激と相まって、オレのペニスは爆発寸前にまで上り詰めていた。

狼にもたれかかっていなければ崩れ落ちてしまいそうなほどに全身の力が抜け、かわりにペニスからの快感が広がっていく。

快楽にゆがむ視界の中央で、向かいのビルの男がこちらを見た気がした。

そして、

「あぁ!! ういぃぃぃぃ!!!」

漏れる声を、必死で歯を食い縛って押さえ、限界に達した。

剥き上げられた亀頭の先端から、勢いよく精液が迸り、放物線を描いて屋上の床に落ちていく。

筋肉の律動に合わせて放出される精液。

興奮の為か、普段の射精時よりも明らかに精液の量が多く、また快感も強い。

ようやく、というほどの長い射精を終えると、オレは充足感を含んだ息を大きく吐いた。

そこへ、

「……見られちまったな」

と、狼が囁いた。

その言葉にハッとして、向かいのビルを見上げるオレ。

狼の言葉通り、向かいのビルの男がこちらを見ていた。

「っ!!」

オレは声を失い、心臓が飛び出そうになるくらい驚いた。

男もオレと同じように驚きの表情でこちらを見ている。

「さすがにまずいかな」

そう言うが早いか、狼はオレを置いて一目散に屋上から逃げていってしまった。

「あ! おい!!」

慌ててそのあとを追うオレ。

その途中、屋上の出入り口でふと後ろを振り返って向かいのビルに目をやると、男が小さく口をゆがめているように見えた。

 

 

「お前、最悪」

オフィスに戻り、スーツを着ながらオレは狼に文句を告げた。

「いや〜、ゴメン。

 だって、まさかホントに見られてるとは思わなくてさ。

 お詫びに今度何か奢るからさ」

大して悪びれた様子もなく謝る狼。

「まったく……!」

オレが憤慨して息を荒く吐くと、狼は何度も平謝りを繰り返し、しばらくしてオフィスから出ていった。

再び1人残されたオレは、残業を終わらせにかかる。

しかし、1人になり、冷静に先程までのことを思い出してみると、再び興奮がぶり返し、股間が熱くなってきてしまった。

公共の場での情事、ということもあるが、何より誰かに見られた、ということが、興奮の最大の要因かもしれない。

これまで1度として見られたことのない秘め事が、1日の内に2人にも目撃されてしまった。

それはただ公共の場で情事を行うよりも遥かに興奮した出来事だった。

(……駄目だ駄目だ!)

オレは再びの興奮に誘惑されそうな頭を振り、残業を終わらせることに集中する。

結局、その誘惑と戦っていたせいで残業ははかどらず、思っていたよりもはるかに時間が掛かってしまった。

 

 

その帰り。

オフィスの戸締りをし、階を降りてビルを出ると、出てすぐの街灯の下に、1人の男が立っていた。

男はじっとオレを見ている。

(……? 誰だろう?)

男にいぶかしみながら、オレはその前を横切った。

その時。

「……見たよ、屋上で」

男が声を掛けてきた。

その内容に、オレはギクリと体を飛び上がらせた。

「すごくいやらしかったね、変態さん」

続ける男の言葉に、オレは油の切れたロボットのように首を男に向けた。

男はニヤニヤと、淫猥な笑みをオレに向けていた。

そして、こう問い掛けてきた。

「……これからどうだい?」