「……おっはよ」
「ぅのわあああああああああ!?」
驚きのあまり、ボクは悲鳴を上げて飛び起きた。
というのも、目を開けた瞬間、鼻と鼻が触れ合うくらい近くにシェイフの顔があったからだ。
身を起こした瞬間に顔がぶつかりそうだったが、そこはさすがにMクラス間近のSクラスレンジャーというべきか、シェイフは瞬時に身を引いて激突を回避した。
「ひっどいな〜。
悲鳴上げなくたっていいじゃない」
「だだ、誰だって起き抜けに人の顔のアップをいきなり見せられたらビックリするよっ!」
口を尖らせて文句を言うシェイフに、ボクも負けじと口を尖らせて早口に抗議の言葉をまくし立てた。
胸に手を当てて鼓動を落ち着かせ、大きく深呼吸。
左右のベッドを見ると、すでにシーザーとアーサーの姿はなかった。
「2人ならリビングにいるよ。
朝飯の支度してる」
ボクの視線から察したのか、シェイフが答えた。
「クーアもいるから早く下りてきなね」
言って、シェイフは部屋を出ていった。
着替えてリビングに行くと、すでに朝食の用意は整っていた。
「おはよう」
席に着いていたクーアが挨拶を送ってきた。
ふと手元を見ると、左手の人差し指にボク達のプレゼントした指輪が光っていた。
それを見て嬉しさが込み上げ、顔が自然と笑顔になる。
「おはよう。
帰ってきたの夜中だったの?」
空いた席に着きながら尋ねると、クーアはすまなそうに笑いながら答える。
「ああ。 思ってたよりもかかったんだ。
もう寝てたし、起こすのも悪いと思ってさ」
「まぁいいじゃん。
今日は休みでしょ?」
シーザーがキッチンから料理を運びながら尋ねた。
「ああ。 オレ以外は全員仕事だけどな」
「俺も俺も」
クーアの答えにシェイフが便乗した。
そうしているうちに、テーブルに料理が並べられた。
今いるのは、ボク達3人とクーアとシェイフだけ。
他の皆はもうすでに仕事に出ているらしい。
時計を見れば、時間はすでに8時を過ぎていた。
『いただきます』
唱和して料理に手を付ける。
シーザーとアーサーの作った料理を堪能しながら、ボクはシェイフに尋ねる。
「昨日、夜来なかったね。
仕事が長引いたの?」
「んん? まぁ、長引いたっていうか、ちょーっと現場に知り合いがいて話しこんじゃった感じかな」
コーンポタージュをスプーンでかき回しながらシェイフが答えた。
続けてクーアが尋ねる。
「何の仕事だ?」
「ん〜、『古竜種』の遺跡の探索」
『!』
言ったシェイフの言葉に、ボク達3人の食事の手が一瞬止まる。
『古竜種』という言葉に3人共に反応してしまったが、ボクはもとより、シーザーもアーサーも昨日のことを悟られてはまずいと判断したのか、何食わぬ顔で食事を続けた。
そんなボク達の動揺に気付かず、クーアがパンにバターを塗りながら尋ねる。
「どこの遺跡だ?」
「『ミスティウッズ』」
答えたシェイフの言葉に、クーアは『あ〜』と声を上げ、パンを口に入れた。
「やっぱりあったか、あそこ」
「うん。 見つかったのは2ヶ月くらい前だったかな?
チラッと中に入ったけど、神殿みたいだったな。
あんなでかい神殿は初めて見るかも。
場所的には森の中程だったから、奥に行けばまだ遺跡が見つかるかもね。
その手前の方でも、まだ未探査区域があるみたいだし」
2人のやり取りにボクは興味をそそられた。
シーザーとアーサーも同じらしく、食事の手を休めて興味津津と言った様子でやり取りに聞き耳を立てる。
「かもしれないな。
けど、3年経ってようやく出た成果が遺跡1つか」
「仕方ないっしょ。
あそこ、思ってたよりも視界悪いし広いから。
一般人が入り込んだら一生出られないね、あれは。
並のレンジャーくらいじゃ技法も魔法も使えないから、地道に行くしかなかったしね」
「原因はやっぱり遺跡か?」
「だろうね。
遺跡に近付くほど、力が強かったし」
「じゃあ、当面は遺跡の探索と封印機の除去か」
「うん」
「……なあ」
クーアとシェイフのやり取りに、たまりかねたようにシーザーが口を挟んだ。
クーアとシェイフが食事の手を止めてシーザーの方に顔を向ける。
「何かよく分かんねぇんだけど。
その『ミスティウッズ』とか」
「ああ、そっか」
シーザーの言葉で、シェイフがボク達を会話の置き去りにしたことに気付いたようだ。
シェイフはゴクリと水を飲んで舌を湿らすと語り始めた。
「まず、昨日俺が仕事で行った場所が『ミスティウッズ』って場所なのね。
3年ちょっと前に発見された大世界の未踏地でさ、かなり広い大陸のほとんどを森が覆ってるんだ。
その森の名前が世界の名前にもなってる『ミスティウッズ』っていうんだ。
森のほとんどを覆ってるミスティウッドっていう、根っこや幹から吸収した、土壌や大気中の養分、水分を葉っぱから霧に変えて放出する、ちょっと不思議な木が名前の由来。
で、この霧が曲者でさ、視界が悪過ぎてなかなか探索が進まないのよ。
風で吹き飛ばしても、吹き飛ばしたそばからミスティウッドが霧を出し続けるから効果もほとんどなし。
かといって、ミスティウッドを根こそぎにするのも環境破壊になる。
おまけにミスティウッドは、生えてる土壌や周囲の大気中に毒性があると、それまで霧に変えて放出しちゃうから危険なわけ。
しかも大陸のほとんどの場所で技法や魔法の力が抑制されるときたもんだ。
そんなわけで探索が難航してたんだけど、2ヶ月くらい前に遺跡が発見されたんだよ。
『古竜種』の造った遺跡なんだけどさ……あ、『古竜種』って分かる?」
「うん」
シェイフの質問にシーザーが答え、それを聞いたシェイフは続ける。
「この『古竜種』ってのが、結構面白い連中だったらしくてさ。
色んな所に神殿とか宝物殿とか建てまくってたのね。
まぁ、一種の文化だね、文化。
それこそ息するように建てまくってたわけ。
特に宝物殿なんて、国民全員で宝探しゲームでもやってたんじゃないかってくらいたくさん。
で、当然というか何というか、『ミスティウッズ』が発見された時から、『こんないかにもな場所に『古竜種』が何も建てないわけがない』なんて言われててさ、そこからずっと探索が続けられてきたのよ。
でも、そう思うのにもちゃんとした理由があって、それが大陸のほとんどで技法や魔法の効果が抑えられたってことなんだよ。
基本的に『古竜種』の遺跡には、封印機っていう機械が設置されてるんだ。
こいつは技法や魔法の力を抑制する機械なのね。
神殿とか祭殿とかを破壊されないようにってことなんだろうね。
同じ理由で、クォントにもいくつか設置されてるよ。
有事以外は使われないけど。
まあ、それはさておいて、『こりゃ間違いない』ってわけで探索が続けられてたんだけど、それがこないだついに実を結んで、めでたく遺跡発見と相成ったわけね。
んで、俺もその遺跡探索に一枚噛んだってこと。
今のはそのお話」
語り終えて食事に戻るシェイフ。
何とはなしにとシーザーを見れば、目を爛々と輝かせていた。
(あ、これは……)
ボクが次のシーザーの台詞を予想して待っていると、
「オレも行きてぇ!」
予想通りの台詞がシーザーから飛び出した。
が、その台詞に被せるように、シェイフが両手を交差させ、
「ダメ〜!」
と、一蹴。
顔を輝かせたまま固まるシーザー。
一拍置いて拒否されたことを理解したようで、すぐに怒り顔になって叫んだ。
「何でだよ!」
「え〜? だってまだレンジャーじゃないじゃない」
「いいだろ別に!
ちょっと見に行くくらい!」
「ダ〜メ!」
「本当にちょっとだけだって!」
「ダメダメ!」
シーザーの頼みを頑として拒むシェイフ。
そんな両者共に退かないやりとりを見かねて、クーアが割って入る。
「シーザー、遺跡には罠がある場合も多いし、遺跡を守るガーディアンがいる場合もある。
だから、『古竜種』の遺跡、特に未探索の遺跡には一般人は入れない決まりなんだ。
それに、仮にお前を連れて行ったとすると、手引きしたレンジャーが罰せられる。
この場合、シェイフが、だな」
「そういうこと」
クーアの説明にシェイフがうなずく。
「う〜……」
唸るシーザー。
クーアに諭されては反論できないのか、無念そうな顔で、八つ当たり気味にパンにかじりついていた。
すっかりふてくされてしまったシーザーに代わって、今度はアーサーがシェイフに尋ねる。
「そのガーディアンっていうのは、どういうものなんですか?
姿形とか、強さとか」
その質問内容に、ボクは何気なくを装いアーサーを見る。
聞いたアーサーの口調はさり気ない調子だったが、顔を伏せてチラリとこちらを見たところから察すると、質問の意図は後日に探索する遺跡の参考にしようとしているらしかった。
さすがによく考える、と感心していると、質問にシェイフが答えた。
「そうだな〜……強さは規模とか中身にもよるけど、一番規模の小さいくて中身もちゃちい遺跡のガーディアンで、Fクラスのレンジャーくらいの強さがあれば充分ってとこかな。
場合によっちゃGクラスでもいけるかも。
大規模で中身もすっごい遺跡だと、Mクラスかな。
ちょっと俺じゃ荷が重いかもってとこ。
早い話がピンキリだよ。
姿形はいわゆるゴーレムだな。
材質は異なるけど、竜とか竜人を模したゴーレムってのはどの遺跡も共通だ。
大きさもこれまたピンキリ。
確認されてる中で一番大きかったのは10mくらいだったっけ」
「遺跡の中には、ガーディアンがいっぱいいたりするの?」
と、ボク。
情報は少しでも集めておきたい。
ボクの意図に気付く様子もなく、シェイフが答える。
「そんなにはいないかな。
少なくて0、多くて5、6体くらいかな。
大抵は1、2体だけどね」
「宝物殿とかは……やっぱりいるんだよね」
「だいたいね。
でも宝物殿の場合は、ガーディアンよりも罠の方が多いよ。
未探索の遺跡でも探索済みの遺跡でも、『古竜種』の宝物殿は罠が元通りに戻っちゃうから、その辺はやっかいだね」
「罠ってどんな?」
「う〜ん、岩が転がってくるとか、槍が飛び出してくるとか、そういう原始的なやつから、侵入者が入ると発動するようになってる魔術まで、色々あるよ」
そこまでの質問に答え終えると、シェイフは首を傾げ、クーアを見る。
「どっかの遺跡に行くわけ?」
「いや?」
食事の手を止めぬままクーアが答えた。
そのやり取りに、ボクはギクリとする。
少し聞きすぎたかもしれない。
それか、聞き方が不自然だったか。
恐る恐るクーアの方を見ると、クーアは何事もないように食事を続けていた。
バレずに済んだことにホッと胸を撫で下ろすボク。
『聞き過ぎだ』と言わんばかりのアーサーの視線は、この際気にしないことにしようと思う。
あとで何を言われるか分からないが。
と、
「ごちそうさま」
ふてくされていたシーザーが食事を終えて立ち上がった。
食器を持ってキッチンへ行き、
「片付けといて」
と、ボクに言って、リビングから出て行こうとする。
その背にクーアが声を掛ける。
「出かけるのか?」
「ううん。 食後の訓練」
「食後1時間は運動は控えた方がいいぞー」
と、これはシェイフ。
しかしシーザーは取り合わず、適当な相槌を打って出ていってしまった。
その姿を見送り、シェイフが呟く。
「ずいぶん熱心だね〜」
「何かあったのか?」
シーザーの様子に不自然さを感じたのか、シーザーの出ていったリビングのドアを見ながら、クーアがボク達に尋ねてきた。
「実は――」
ボクが昨日の出来事を説明する。
もちろん、ハーゲン達と『古竜種』の遺跡を探索するという話は出さずに。
するとクーアは軽く苦笑いを浮かべた。
「またか。 しょうがないな、あいつは。
まぁ、ケルカがアレコレ言ったなら大丈夫だとは思うけど」
「ふ〜ん……」
クーアの言葉にボクが鼻で声を漏らすと、クーアは不思議そうにボクを見た。
「何だ? 何か変なこと言ったか?」
「ううん。 ただ、ケルカのこと、信頼してるんだなって思ってさ」
ボクが言うと、クーアは『ああ』と声を漏らし、
「そりゃ付き合いも長いからな。
あいつの良いところも悪いところもよく知ってるさ。
あいつは結構子供好きで、面倒見もいいんだ。
なぁ?」
と、ちょうど食事を終えたシェイフに声を掛けた。
「まあね。 ちょっと……っていうかだいぶ問題ありな言動も取るけど、根っこの部分はいい人だから」
シェイフが言葉を訂正しながら肯定すると、すかさずアーサーが相槌を打ちながら、
「たしかに色々と下劣ですよね、ケルカは」
と、屈託のない笑顔で同意した。
『…………』
悪意と容赦のないアーサーの言葉に、ボク達3人は無言でアーサーを見つめる。
当のアーサーは笑顔もそのままに、不思議そうにボク達を見つめ返し、首を傾げていた。
朝食を終え、しばらく食休みをしたあと、ボク達はクーアと共に街に繰り出した。
シェイフは仕事があるらしく、夜にまた来ると言い残し、クォントのホールで別れた。
いつも以上の人混みをかき分け、クォントの大通りに出ると、始原祭真っ只中の中心街はいつも以上の賑わいを見せていた。
通りには出店がいくつも立ち並び、通常の店舗も店先に机を並べて何やらイベントを行っているようだ。
何軒もの出店や店舗を見て回り、気になったり気に入った商品があると、ボク達はクーアにねだって目的の品を手に入れたりした。
といっても、ねだるのはシーザーでボクとアーサーはそれに便乗して、という形だが。
そして、そのシーザーが、少し先に見えてきた出店を指差し、
「今度アレ! アレやろうぜ!」
大はしゃぎで駆け寄っていった。
人混みを巧みに避けながらシーザーが向かって行った先の出店には、大きな『的』の絵と『射的』という文字が書かれていた。
店の奥には3列の棚に所狭しと色々な物が置かれており、店の手前には横長のカウンターの上に銃が置かれている。
「おう、いらっしゃい!」
シーザーがカウンターの前に立つと、出店の中にいた中年の人族の男性店主がシーザーに愛想よく挨拶をした。
「これ、どうやるの?」
「何だ坊主、射的を知らんのか?
こいつは銃で棚に並んだ景品を撃って落とすっつー、単純な遊びよ。
上手く景品が落ちたら、そいつが坊主の物になるってわけだ」
「ふ〜ん……1回いくら?」
「3発で300クリスタだ。 やってくかい?」
シーザーの質問に店主が答えると、シーザーはボク達――というよりクーア――を見た。
「1回だけな」
視線の意味を察したクーアがそう言うと、シーザーは顔を輝かせて、目の前のカウンターに置かれた銃を手に取った。
「はい、毎度!」
クーアから代金を手渡された店主は、3個のコルク栓の乗った皿をシーザーの前のカウンターに置いた。
「銃のレバーを引いてから、先っぽにコルクを詰めるんだ」
しげしげと銃を眺めていたシーザーに向かって、クーアがジェスチャーを交えて使い方を説明する。
言われた通り、銃の中程にあるレバーを引き、先端にコルク栓を詰めるシーザー。
「景品の真ん中少し下くらいを狙うのがコツだ」
クーアのアドバイスを受け、シーザーが棚に並べられた景品に狙いを付ける。
どうやら狙っているのは箱入りのキャラメルらしい。
「ま〜た食べ物? 太るよ?」
シーザーの狙っている景品を見て、ボクは呆れて言った。
街に繰り出してからシーザーがねだった品々の大半は飲食物だった。
ジュースを皮きりに、クレープ、ワッフル、アイスクリームに砂糖たっぷりのチュロスなどの菓子、ステーキの串焼きに焼き鳥、ホットドッグ、フライドポテトにバーガーなどの軽食、変わった物ではタコの足が入った球形の食べ物なども食べたりした。
朝食後、1時間ほどは食休みをしたとはいえ、どこにそれだけの食欲がというほどの食べっぷりで、その食べっぷりはフレイクにも引けを取らなかった。
「いいんだよ、あとで食うんだから」
ボクの指摘に反論するシーザー。
同時に、ポンッと音を立ててコルク栓が撃ち出される。
しかし、コルク栓はキャラメルの箱の2・3センチ横を通り抜け、棚の後ろの幕に当たって下に落ちてしまった。
「あっ!」
コルク栓の末路を見て声を上げるシーザー。
悔しがりながらシーザーはキッとボクを見て、
「お前が余計なこと言うから外したじゃねぇか!」
と、八つ当たりもいいところな文句を吐き出した。
肩をすくめるボクの隣で、アーサーが、
「でも、たしかに肥満体で満足に動けないスピードファイターなんて盾にしかならないですよね」
と、真顔で言い放つと、シーザーは、
「うるせぇ!」
叫んで再びキャラメルの箱と向かい合った。
ポンッと快音だけが立ち、またもコルク栓は後ろの幕に直撃。
「クッソ! またかよ!」
シーザーは悪態をつき、八つ当たり気味にレバーを引いてコルク栓を詰める。
「もう少し落ち着いて狙えよ」
後ろからクーアがアドバイスするものの、シーザーは聞く耳を持たず、
「…………ああもう!!」
最後の1発も見事に外し、ゲーム終了と相成った。
「ダメじゃん」
「力みすぎです」
口をそろえて言うボクとアーサーを、シーザーは恨みがましく睨み付け、無言の圧力を掛けてくる。
「別にボク達のせいじゃないでしょ?」
「ですね。 シーザーが下手だったってだけですから」
またも口をそろえて言うボク達2人。
ついに溜まりかねたシーザーが、
「うるっせぇ!
じゃ、お前等やってみろよ!」
そう怒鳴り、自分が落とし損ねたキャラメルの箱を指差した。
「……そうやってボク達に落とさせようってわけ?」
「手段としては正しいですけど、小賢しいですね」
シーザーの行動を深読みして答えるボク達の答えに、シーザーはハッとした顔になってチラリとクーアを見た。
「……はいはい」
シーザーの言いたいことを察したクーアは、カウンターの上に代金を置き、シーザーから銃を受け取る。
「毎度!」
代金を受け取った店主がコルク栓を3つ、空になった皿に乗せた。
コルク栓を取り、銃に詰めると、クーアは狙いをキャラメルの箱に定める。
そして、ポンッと空気の抜ける音と小さな衝突音。
「やった!」
クーアの撃ったコルク栓は見事にキャラメルの箱を落とし、シーザーが喜びの声を上げた。
「はい、おめでとう!」
店主は棚の下の布に落ちたキャラメルの箱を取ると気を利かせ、落としたクーアにではなくシーザーにそれを手渡した。
「へへ〜」
嬉しそうにキャラメルの箱を受け取るシーザー。
クーアは残りの2発とも命中させ、見事に景品を手に入れた。
といっても、落とした2つの景品もキャラメルで、クーアはそれぞれをボクとアーサーに手渡した。
「落としたのはオレだから、皆平等にな」
街のめぼしい所を歩いて回り、疲れた所で昼食を兼ねてレストランのテラスで一休み。
少々並んだので、少し遅めの昼食だった。
支払いはクーアということもあって、昼食は中々に豪勢なものだった。
散々食べ続けていたシーザーも、ここぞとばかりに大量に注文し、平らげ、ようやく腹も心も満足したようだ。
食事を終えて食休みをしていると、テラスの面した道から声が掛けられた。
「クーア!」
野太い男の声でクーアの名が呼ばれる。
見れば声を掛けたと思しき人物は、初老の白虎の獣人男性だった。
(……あれ? どこかで……)
どこかで見た覚えのある姿にボクが思い出そうとしていると、手招きをしている白虎獣人の呼び掛けに応えてクーアが席を離れた。
「何でしょうね?」
テラスの端で話し合うクーアと白虎獣人を見ながらアーサーが言った。
見れば、白虎獣人は困ったような表情で、クーアは呆れたような表情で話しを続けている。
しばらくして話が終わり、白虎獣人が足早に去っていき、クーアが戻ってきた。
「悪い。 ちょっと急用ができた。
金は置いておくから払っておいてくれ。
夕方までには部屋に戻るから」
それだけ言うと、クーアは財布を置き、ボク達の返答を待たずに急いだ様子でレストランを出ていってしまった。
「あ、おい!」
その後ろ姿にシーザーが声を掛けるが、クーアには聞こえなかったのか、その姿は人混みに紛れてしまった。
唖然としてクーアの消えていった人混みを見て、
「なんだよ、もう!
……どうする?」
と、不満をあらわにして言うシーザー。
「どうって…………仕方ないですから、1回戻りましょうか?
だいたいの場所は見ましたし」
「そうだね。
……シーザーのお腹も大変だしね」
アーサーの言葉に同意し、ボクはクーアの置いていった財布を手に取りながらシーザーの腹を見た。
腹は形容の言葉そのままに膨れており、どれほど食ったのかがうかがえる。
横から見たら相当素敵なことになっているだろう。
ボクの視線を受け、シーザーは聞こえよがしにゲップをした。
それを見て、アーサーが一言呟く。
「……最低です」
「あれ? 誰かいるぞ」
部屋の階層まで戻り、部屋へと向かう坂道の途中で、先頭のシーザーが言った。
シーザーの後ろから覗き込むと、言葉通り、部屋の前に2人の人物が見て取れた。
「クーアに用かな?」
言ってシーザーが部屋へと向かって歩き出し、ボクとアーサーもそれに続いた。
やがて部屋の前の2人の姿がはっきりと見える所まで進むと、2人の話し声が聞こえてきた。
「やっぱり留守か?」
「そう言ってるじゃないですか。
早く戻りましょう」
「だが、せっかくここまで来たんだぞ?
顔ぐらい見たいだろうが」
「見られる側の人物が留守だというのに、どうやって見るんですか?」
「中で待っていればいいだろう。
そのうち帰ってくるだろうからな」
「そのうちっていつですか。
そんな時間はありませんよ。
第一、鍵が掛かっているでしょう?」
「なら、ドアを蹴破って入るか?」
「やめてください。
器物破損と不法侵入ですよ。
誰かに聞かれでもしたら――おや?」
2人の人物のうちの一方が、ボク達の存在に気付いて会話を止めた。
止めたのは茶と黒のキジトラ猫の獣人男性。
遅れて気付いたもう一方は、立派な金のタテガミをした獅子の獣人男性。
「あれ? どっかで見たような……」
2人を見て、シーザーが横で呟いた。
たしかに、ボクも2人に見覚えがある。
どこで見たかを思い出そうと2人を見据えていると、突然、
「あーーーっ!!!」
後ろにいたアーサーが大声を発し、ビクリと体を震わせたボクを押しのけて体を乗り出した。
「そっそそ、その剣は!!!」
どもりながらアーサーが視線を向けた先は、獅子獣人の腰に佩かれた1本の剣。
丸い柄頭にやや剣身の方に沿った鍔をしたバスタードソードで、剣にも鞘にも特に目を引くような飾り気はない。
強いて言えば、鍔の中心に1cm程のクリスタルと思しき宝石がはめ込まれているくらいだ。
贅沢すぎず地味すぎずといった、一見して、ごく普通のバスタードソードのように思えるのだが。
「『名も無き剣』!!
あの! 伝説の!!」
ひったくらんばかりの勢いで剣に顔を近付けるアーサー。
その顔は、興奮のあまり、羽毛の下が紅潮しているようにも見えた。
アーサーの上げた声に続くように、
「『名も無き剣』って…………ああ!?」
シーザーまでもが声を上げた。
「な、何?」
2人の反応に困惑して問い掛けると、2人は揃ってボクを見、
「この人、スキルインペリアルの皇帝陛下です!!」
「この人、スキルインペリアルの皇帝だ!!」
と、声まで揃えて叫んだ。
「…………ええ!?」
一拍置いて2人の言葉を理解し、ボクも声を驚きに叫ぶ。
言われて思い出した。
目の前の2人は、たしかに始原祭の開催式でステージに上がっていた人物だ。
それを思い出し、先程レストランのテラスでクーアに話し掛けてきた白虎獣人が皇室近衛の隊長だということも思い出した。
そんなボク達の様子を見て、目の前の獅子獣人が言う。
「……剣で人物特定されたのは初めてだな」
「……ですね。
ところで君達はひょっとして、クーア殿のお弟子さんですか?」
キジトラ猫獣人ウィールが笑顔で問い掛けてくる。
「そうです」
と、ボク。
「ああ、やっぱり」
「なら、クーアがどこにいるか知らないか」
ウィールに続いて、獅子獣人の皇帝シアーズが問い掛けてきた。
「さっきまで一緒にいたんですけど、皇室近衛の隊長さんに声を掛けられて、急用ができたとかで別れました」
ボクが答えると、シアーズは『しまった』という顔になった。
「もう気付かれたか。 まいったな」
「当たり前でしょう。
私は抜け出す前にも忠告しましたよ?」
「しかしこんなに早く気付かれるとは思わなかったしな」
「気付かれないわけがないでしょうに。
今頃、近衛が全員で血眼になって探してますよ?」
「うむ、それは困ったな」
「まったく困っていないような顔で言わないでください」
「いや、困った困った。
困ったところでお前達、クーアの弟子なら部屋に入れるだろう?
私達も入れてくれ」
『えっ?』
シアーズ陛下の頼みにボク達は揃って声を上げた。
「陛下」
咎めるようなウィールの声。
しかし、シアーズはまるでとりあわず、
「私はクーアを尋ねて来たのだが、留守ということでは会えないだろう?
そういうわけで、中で待たせてもらいたいのだ。
どうせクーアの急用というのは私を探すことだろうからな。
いずれここに戻ってくれば私を見つけることができるし、私もクーアに会える。
双方にメリットがあるだろう?」
と、部屋に入れるように言葉を並べた。
「またそういう屁理屈を……」
呆れ顔で言うウィールを、やはりシアーズはとりあわず、
「どうだ? 入れてくれないか?」
と、ボク達の答えを促す。
ボクが答えに困っていると、
「いいんじゃねぇか、別に。
不審者ってわけじゃねぇんだから」
と、シーザーが小声で耳打ちした。
次いでアーサーも、
「い、入れてさしあげましょう、是非とも!
僕もお話したいことがありますから!」
と、かなり興奮した様子で、目を血走らせて声を大にして言った。
「わ、分かった分かったから、ちょっと落ち着いて。
……まぁ、ドアを蹴破られても困るしね」
ボクの言った最後の一言に、シアーズとウィールは顔を見合わせ、ウィールが呟いた。
「しっかり聞かれてましたね」
「ど、どうぞ」
声を震わせたアーサーが、ソファに腰掛けたシアーズとウィールの前に紅茶のカップを置いた。
「ん、ありがとう」
「どうも」
シアーズとウィールは礼を言いつつ、差し出された紅茶の味を調える。
「……ん、うまいな」
「鳥人は咀嚼が必要な食品への味覚には乏しいですが、それ以外の飲食物に対しての味覚は優れている場合が多いですからね。
うん、おいしいです」
短く感想を述べるシアーズと、説明を付け加えて感想を述べるウィール。
「そうなの?」
ウィールの説明を聞き、ボクは隣に座ったアーサーに問い掛ける。
その視線はシアーズがソファに立て掛けた『名も無き剣』に釘付けだ。
「……え!?」
ボクの問い掛けが耳に入っていなかったらしく、アーサーが素っ頓狂な声を上げてボクを見た。
「……鳥人は噛むのが必要な食べ物の味が分かりにくくて、飲み物とかの味は分かりやすいのかってこと」
ウィールの言った言葉を砕いてボクが再度尋ねると、アーサーはどこか上の空で、
「まあ、たしかに固形物の味は分かりづらいですね。
なるべく細かく切って口に入れて味わおうとしても、表面の味しか分からない場合が多いですから。
だからスープとか、そういう方がおいしく感じます」
と答え、再び剣に視線を向けた。
食事の際にアーサーもアルファスも料理を細かく切っていたのは知っていたが、さすがに味覚に関しては知らなかった。
(それにしても……)
と、ボクは思い、アーサーを見る。
アーサーは、呆けたような表情で穴が空くほどの視線を剣に集中させていた。
傍目からしたら間違いなく危険人物だろう。
武具マニアなのは知っていたが、ここまでくるとさすがに怖いものがある。
そんなアーサーの視線に気付いたシアーズが、無造作に剣を掴み上げ、宙で左右に振った。
すると剣の動きに合わせて、アーサーの首が左右に動いた。
その様は、まるで猫じゃらしの動きを追う猫のようだ。
「……ヤバッ」
隣でシーザーが小さく呟いた。
いつもならたしなめるところだが、今のアーサーの状態からみるに、ボクもそんな気にはなれなかった。
「子供をからかうのはやめてください」
シアーズの行動を見ていたウィールがたしなめるように言うが、シアーズはまったく取り合わず、剣を左右に振って遊んでいる。
「……気になるのか?」
シアーズは、ひとしきり剣を使ってアーサーをからかったあと、アーサーに問い掛けた。
「え、ええ、まぁ……」
ようやく剣から視線を外し、答えるアーサー。
アーサーの反応を見て、シアーズはニヤリと笑うと、
「触ってみるか?」
と、剣の柄をアーサーに向けて差し出した。
「へっ!?」
予想もしていなかったらしい提案に、アーサーは声を上げ、飛び上がるように驚いた。
「でで、でも……」
声を詰まらせながらアーサーが遠慮がちに言う。
しかし、その表情は誘惑に耐えきれないといった様子だった。
「構わん構わん。
触りたければ触りたいだけ触れ」
言って、シアーズはズイッと剣をアーサーに押し出す。
そこへ、2人のやり取りを横目で見ていたウィールが、
「陛下」
と、咎めるような調子で言った。
「いいだろう、減るものではなし」
シアーズが鷹揚に言い返すと、
「減りはしませんが、国宝ですよ?
それにその剣の謂れは陛下もご存じでしょう。
おいそれと他人の手に渡してよい物ではありません」
さらに咎めるウィール。
そんなやり取りを見て、さすがに恐縮してしまったらしいアーサーが、慌てて口を挟んだ。
「あ、あの、結構です。
その剣がとても大事な物だというのは知っていますから、その、何か、すみません……」
何故謝ったのか分からないが、頭を下げるアーサー。
それを見て、今度はシアーズが咎めるような視線をウィールに送った。
「お前は子供に頭を下げさせて満足なのか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……しかし……」
言い淀むウィールに、シアーズが大げさにため息をついて見せる。
「まったく大人気ないな。
この剣の現在の主である私がいいと言っているんだ。
何の問題がある?」
「たとえ現主であったとしても、それ以前に国宝である点をお忘れなく。
…………ですが、まあ、今回は目をつむりましょう」
ウィールは一言苦言を呈し、しかしこれ以上は言っても無駄と思ったのか、はたまたアーサーを気遣ってか、仕方なしといった様子で答え、紅茶に口を付けた。
横目でウィールを見つつ、シアーズは聞えよがしに鼻でため息をついた。
「初めからそう言えばいいだろうに」
言って、シアーズは剣をアーサーに差し出した。
アーサーは掌を上着の裾でゴシゴシと拭き、大きく深呼吸をしたのち、差し出された剣を押し頂くように受け取った。
「……これが……」
うっとりといった風に呟いて、剣を前後上下左右に動かし、舐め回すように凝視するアーサー。
「はぁ……」
顔をほころばせて息を吐くその様は、
「うわ、ヤバッ」
と、思わずシーザーが言ってしまうほどだった。
「おい、大丈夫か?」
怪訝そうにシアーズが尋ねると、夢見心地の様相を呈していたアーサーの顔がハッとなり、我に返った。
「ああ、すみません!」
アーサーは謝り、剣を丁重にシアーズに返す。
すると、受け取ったシアーズは柄に手を掛け、鞘から剣をスラリと引き抜いた。
現れたのはクリスタルのように透き通った、薄白い半透明の剣身だった。
「うわぁ……」
その見事な美しさに、ボクは知らず知らずのうちに声を上げていた。
「クリスタル?」
剣身の材質を指してか、シーザーが呟くと、シアーズは首を横に振った。
「材質は秘密だ。
だが、美しいだろう?」
そうボク達に尋ね、シアーズは上向きに弧を描くように剣を振るった。
その軌跡上に、金色に煌めく光の粉が舞う。
「きれい……」
ゆっくりと光を失い消えてゆく煌めきを眺めながら、ボクは呟いた。
と、同じくその様子を見ていたウィールが、
「陛下」
少し強い口調で咎めた。
シアーズは小さく肩をすくめ、剣を鞘に納める。
「満足したか?」
シアーズは剣をソファに立て掛け、アーサーに尋ねた。
「ええ、はい。 ありがとうございました!」
興奮冷めやらぬ様子でアーサーが答えた。
そんなアーサーに、シーザーが茶々を入れる。
「しっかし、そんなに興奮することねぇんじゃねぇの?
いくら武具好きっつったってさ、限度があるだろ」
もっともな意見を言ったシーザーに、
「何言ってるんですか!!
伝説の『名も無き剣』の実物ですよ!?」
アーサーは語気を荒げ、ポケットから1つの移蔵石を取り出し、さらに石の中身を取り出した。
取り出されたのは1冊の本。
それを口調とは正反対に丁寧にテーブルの上に置き、その最初の方のページを開き、指差した。
そこには今しがた見た『名も無き剣』の挿絵が描かれていた。
「この名著『愛蔵版・世界名武具100選』の筆頭に来るほどの伝説の!!
これが興奮しないでいられますか!!」
いつの間にやら立ち上がり、拳を握りしめて息巻くアーサー。
そんなアーサーの興奮具合とは対照的に、
「……やっぱ危ないわ、お前」
ポツリと、シーザーはテーブル上の『世界名武具100選』とアーサーを交互に見やり、半ば呆れたように呟いた。
「――そういうわけで、殴られたわけだ。
今思い返しても、あれは完全に私に非があったな」
自分の非を認め、シアーズは思い出話を締めくくった。
シアーズが話していたのは、先日シェイフから聞いた『皇帝殴打事件』だ。
両者の話を聞く限り、子供の頃は両者共に相当にやんちゃな性格をしていたようだ。
シーザーをさらに過激にしたような感じだろうか。
シェイフに関しては、先日その一端を垣間見たので分かるが、目の前のシアーズからはそういった感じは受けない。
もっとも、皇従のウィールとのやり取りを見た限り、やはりそれなりの性格をしているようだったが。
「あの時のウィールの怒りようは見物だったな。
あれほど激怒したのは、後にも先にもあの時が1番じゃないか?」
茶化すようにシアーズが尋ねると、ウィールは顔をしかめ、
「いくら陛下に非があったとしても、突然手を出された以上、反射的に陛下を守る為の行動を取るのは、従者として当然の行動です」
言って、自分の行いが正しかったというように胸を張った。
しかし、その反応を見て面白がるようにシアーズが続ける。
「しかし、だからといって斬り掛かることはなかったろう?
クーアが止めてくれたからよかったものの、下手をすればシェイフを斬り殺すところだったじゃないか」
そういえば、シェイフもそんなことを言っていたような気がする。
言われてウィールはさらに顔をしかめ、
「基本的に、皇族に手を上げた以上、本来なら大逆罪、あの場合は不敬罪が妥当でしょうが、ともあれ、それが適用されるのが普通です。
……まぁ、たしかに、おっしゃる通り、あの時はやりすぎだったと思いますが」
自己を正当化すると共に反省を述べた。
「……昔のことをあまり掘り返さないでください。
シェイフ殿にもしっかり謝って許しをもらったではないですか」
恥入ったような表情を浮かべ、ウィールが苦情を述べた。
話が一区切りしたところで、アーサーが口を開く。
「でも、意外です。
シェイフはともかく、陛下が子供の頃はそんな性格をしていたなんて。
聞く限りだと、シーザーより酷い性格だったようですね」
アーサーの言葉を聞き、ボクとシーザーが凍りつく。
シーザーは引き合いに出されたことで頭に来た為、ボクはアーサーの物言いが過去のシアーズを貶めていると感じて。
つい今しがたウィールの怒りぶりの話を聞いたばかりなので、ボクの方はなおさらだ。
恐る恐るウィールを見ると、タイミングよく目が合ってしまった。
ウィールはボクの表情から考えたことを察知したようで、薄く苦笑いを浮かべると、
「今は昔ほど融通が聞かないわけではないですよ」
と、ボクを安心させるように言った。
ホッと胸を撫で下ろすボク。
しかし、それもつかの間。
「そりゃどういう意味だ!」
シーザーが声を荒げてアーサーに食って掛かった。
まあ、こちらはわりと見慣れている光景なので、そう問題でもないが。
シーザーの抗議の声にアーサーが反論するより早く、シアーズが口を開いた。
「子供の頃はそんなものだったな。
もちろん、今はそんなことはないがな。
お前達も大人になれば、知らず知らずのうちに変わっているかも知れんぞ?」
「……傍若無人さとそれに無自覚なことは今も昔も変わらず、ですが」
シアーズの言葉に反応し、ウィールが呟くように言ってため息を1つ。
それを聞いたシアーズは、
「そうか?」
と、ウィールの言葉通り、まるで無自覚な様子。
ウィールはことさら大きなため息をつき、
「そうですとも。 それで私や周りの者がどれだけ振り回されてきたことか。
現に今もそうではありませんか。
さ、もうそろそろお暇して戻りましょう。
クーア殿も帰ってこられないようですし、見つかって連れ戻されるよりはお叱りもまだ少なくて済むでしょうから」
そう言って、席を立つようにシアーズを促した。
しかしシアーズは、席を立つ素振りすら見せず、
「もう少し待てば帰ってくるんじゃないか?」
と、あっけらかんと言い放った。
ウィールは小さくため息をつく。
「……根拠はおありですか?」
「ない」
これまたあっさりと言い放つシアーズ。
ウィールはなおいっそうため息をつき、
「陛下、今日は始原祭2日目です。
始原祭は我が帝国にとっても、トリニティにとっても、コスモスにとっても、最も大切な行事の筆頭にあたるのですよ?
少しはそのことをご自覚なさってください。
陛下が大切なご公務をすっぽかして私事に走ったのは、これで何度目になると思っておいでですか?
いくらエゼット陛下やルシディア陛下が温厚とはいえ、ものには限度がありますよ」
「そんなことを言いつつ、お前だって私を止めもせずについてきたじゃないか」
「どの口でそんなことをおっしゃるのですか?
私はしっかり止めましたよ。
陛下が剣に手を掛けて暴れ出そうとしたので諦めたまでです」
「なんだ、まるで私が悪いとでもいうような物言いだな」
「そう言っているのです!」
憤慨してウィールが言うと、シアーズはボク達を見て『困った奴だ』とでも言いたげに肩をすくめた。
それを見たアーサーが呟く。
「なるほど、傍若無人ですね」
たしかに、と思いながら、ボクは2人のやり取りを眺めていた。
「さあ、お暇しましょう」
「しかし、ここで戻ったら、クーアに会うという目的を達成できないのだぞ?」
「クーア殿にお会いになるという目的は、陛下の私事にすぎません。
今はご公務の真っ最中です」
「せっかく部屋にまで入れたというのに、もうここまで来てしまったら、会わなければまったくの無駄になるではないか」
「今回は無駄で結構です。
だいたい、クーア殿に個人的にお会いしたいのであれば、何も今日でなくてもよかったでしょうに」
「では、明日ならいいのか?」
「陛下! いい加減に――!」
ウィールが声を荒げて諌めようとするが、急に腹の辺りを抑えて呻き出し、
「あ……イタタ……胃が……」
そのまま顔をしかめて、うずくまってしまった。
「……苦労してるんだな〜」
同情するようシーザーが言う。
それを聞いて、ボクはしみじみと思った。
(ボクとアーサーもお前には苦労させられてるよ)
しかし、ボクの心の呟きは、新たな火種を生むことになることは必定だったので、心にしまっておいた。
「あの、すみません、胃薬、ありませんか?」
ウィールの申し訳なさそうな要望に、アーサーが常備薬の入っている薬箱を取りに席を立った。
「大丈夫か?
相変わらず虚弱だな、お前は」
困り顔で言うシアーズ。
そんなシアーズを見るウィールの目には、半ば諦めの色が浮かんでいた。
程なくしてアーサーが薬箱と水の入ったコップを持って戻り、中から取り出した胃薬とコップをウィールの前に差し出した。
「ありがとうございます」
言って、顆粒の薬と水を飲み込むウィール。
「ふぅ……」
と、多少落ち付いた様子でウィールが息を吐いた。
「ふむ、このままではウィールの胃に穴が開いてしまうな。
仕方ない、では戻るとしようか」
「……はい」
シアーズの提案に、ウィールは何か言いたげな沈黙を含んで答えた。
「あ、クーアが帰ってきたら、お2人がここに来たことは伝えておきますから」
席を立つ2人にボクがそう言うと、シアーズは顔をほころばせて言う。
「そうしてもらえると助かる」
「では、またいずれ」
ウィールがそう言い、2人がリビングを出ていこうとしたその時、リビングのドアが開いた。
「おっ?」
開いたドアの向こうを見るや、小さく喜びの声を上げるシアーズ。
ドアの向こうに現れたのは、誰あろうクーアだった。
「……ここだったか」
喜びをあらわにしたシアーズとは対照的に、ガックリと肩を落とすクーア。
そんなうなだれたクーアにボクが声を掛ける。
「おかえり、クーア。
ひょっとしてシアーズ陛下を探してたの?」
「ああ、まぁな。
近衛の連中と手分けして探して、もしかしたらと思って戻って来てみたんだけど、大当たりだったな。
近衛の連中、総出で血眼だったぞ?
あとで説教されまくるだろうな」
最後の台詞をシアーズに投げ掛け、クーアはリビングに入ってきた。
クーアがソファに腰を下ろすのを目で追いながら、シアーズは肩をすくめてウィールを見た。
ウィールはジットリとシアーズを見、次いでクーアに目を移し、助けを求めるような調子で声を掛けた。
「もっと言ってやってください、クーア殿」
乞われたクーアは、手をひらひらと振り、
「言ったところで聞かないんだから意味ないと思うぞ。
付き合い長いお前が1番よく分かってるだろ?
今度脱走したら殴ってでも止めるんだな。
誰も文句は言わないし、不敬罪にもならないさ」
と、アドバイス。
そして、コートを脱ぎ、ソファの背もたれにもたれて首をシアーズに向けると、
「今、念話でバームに連絡した。
じきに近衛引き連れてここに来るぞ。
捕まる前に出頭した方がいいんじゃないか?
その方が説教も軽くて済む」
と、伝え、暗に『戻った方がいい』と示した。
しかし、それが伝わったのか伝わっていないのか、シアーズは踵を返してクーアの隣に座り込む。
「ここに来るなら待っていればいいだろう。
わざわざ戻って入れ違いになることもない」
「いや、念話で戻ったことを伝えればいいだろ」
「それは面倒だ」
「……お前を探し回ってる近衛の方が面倒だと思ってるよ」
「奴等の今の仕事は私の警護だからな。
面倒でもやってもらわなければならん」
「そう思ってるなら面倒掛けないようにおとなしくしてろって……」
「それは断る」
「……はぁ〜……」
まるで悪びれないシアーズの返答に、クーアは頭を押さえた。
シアーズの後ろに立つウィールも、クーア同様に頭を押さえていた。
それを見てシーザーが小声で呟く。
「すっげぇわがまま。
まるっきり独裁者だな」
「お前達、今度暇ができたら宮殿に遊びに来い!」
その言葉を残し、シアーズは、迎えに来た近衛の隊長バームと隊員数名に連行されるように部屋を出ていった。
迎えに来たバームと隊員は怒り心頭という様子で、口々にシアーズを咎めたが、当のシアーズはやはりというかなんというか気にした様子もみせていなかった。
「やっと行ったか……」
呟いたクーアの言葉の通り、シアーズは結局近衛が迎えに来るまで、持ち前の傍若無人振りを披露してはクーアとウィールを辟易させていた。
「何というか……強烈な方でしたね」
言ったのはアーサー。
「まぁ、歴代の中でも変わり者の部類だろうな。
子供の頃からまったく成長してない。
いや、もっと酷くなってるか?」
自問するようにクーアが答え、苦笑いして冷めた紅茶をすすった。
それを見て、アーサーがキッチンに向かい、新たに紅茶を淹れながら尋ねる。
「やっぱり、子供の頃から知っているんですか?」
「ああ、まぁね。
シアーズだけじゃなく、ルシディアもエゼットも知ってるよ。
彼等の親も、そのまた親ももちろんな」
問われたクーアは、顎先を指で掻きながら思い出すようにして答えた。
それを聞いて、シーザーが重ねて尋ねる。
「じゃ、やっぱりクーアって結構年寄りなんだな。
いくつなわけ?」
「さ〜て、いくつだったかな?」
以前に問い掛けられたのと同じ質問を、やはり同じようにはぐらかすクーア。
「え〜? ホントは覚えてんだろ?
教えてくれたっていいじゃんかよ」
と、シーザーが食い下がるが、やはりクーアは小さく鼻で笑い、
「さあな? 年寄りだから物忘れが激しいんだ」
そう言って、シーザーの年寄り発言への意趣返しをした。
そこへ、アーサーが紅茶の入ったポットを持ってキッチンから戻ってきた。
それぞれのカップに紅茶を注ぎ終わると、アーサーがクーアに言った。
「そうそう、シアーズ陛下に『名も無き剣』を見せていただきましたよ。
クリスタルのような剣身がとても美しい、まさに至宝と呼ぶのにふさわしい名剣でした……」
「ま〜た……」
恍惚として言うアーサーを見て、シーザーが呆れて呟いた。
クーアも『やれやれ』というようにアーサーを見、そしてテーブルの上に広げられたままになっていた、アーサー曰く『名著』である『愛蔵版・世界名武具100選』に視線を落とした。
「そういえばお前はこういうの好きだったな」
言って、クーアは何気ない様子でそれを手に取り、パラパラとページをめくる。
しばらくページをめくっていると、急にその手が止まり、開いたページを目を落として読み始めた。
「どうかしたの?」
様子が気になったボクが尋ねると、クーアは本から顔を上げ、
「明日、街に降りて武具屋に行こうか?」
と、ボク達に提案した。
「武具屋? でもここに来たばっかりの時に新調したの、まだ着てない、っつーか移蔵石から出してもないぜ?」
「ああ、いやそうじゃなくて、武具を見に行くんだ。
新調した店に、この本に載ってる武器が1つあるんだよ」
シーザーの疑問にクーアが答えた途端、アーサーが血相を変えて身を乗り出した。
「本当ですか!?」
「お、おお……」
興奮に鼻息を荒くするアーサーに、若干驚き気味にクーアが答える。
答えを聞くや、アーサーはボク達を見渡し、
「行きましょう! 是非!」
と、拳を握り締めて同意を求めてきた。
「…………行かないって言っても、連れてかれそうだね」
「……だな」
興奮がにじみ出ているアーサーを見ながらのボクの呟きに、シーザーが小さく同意して呆れのため息をついた。
一方でクーアは、再び本を見ながら、
「……見たの、10年くらい前だったかな?
売れてたりしたらどうしよう……」
と、不安気に呟いた。
クォントへ来た日にボク達が武具を新調し、そして先日ボク達がクーアへの誕生日のプレゼントを買った店。
クーアへのプレゼントを買った時に知ったのだが、店名を『バーバリアン』という。
直訳すると『野蛮人』という意味になるが、何となく店主の厳つい顔がそれに似合ってるような気がして内心納得してしまった。
これはどちらかといえば悪口の意味に取られてしまうので口にはしないが。
ところが、
「店の名前、ここの店主にピッタリだよな」
ボクの意に反して口に出して言ったのは、言うまでもなくシーザー。
相変わらず遠慮なくズケズケと言う。
聞いたクーアは、苦笑いしながら、
「あれでも本人、顔が厳ついのは結構気にしてるんだから、あんまり言ってやるなよ」
と、それとなく本人の前で言わないように注意した。
そうこうしているうちに店の入り口に辿り着き、クーアが鉄扉を開けた。
正面のカウンターには件の店主が座っており、新聞を広げて読んでいた。
店主はボク達が来店したことに気付き、新聞から顔を上げる。
(……たしかに、ピッタリだね)
睨み付けるような店主の視線を受け、シーザーのことを言えないようなことを思ってしまうボク。
「よう」
言って片手を上げ、クーアが店内に入っていき、ボク達もそのあとに続く。
それを見て、店主はピクリと眉を上げ、
「こりゃ、今日は大雪でも降りそうだな。
こんな短期間にあんたが2度も来るなんて初めてじゃねぇか?」
皮肉を込めた言葉をクーアに投げ掛けた。
そんな皮肉の言葉もどこ吹く風で、クーアはカウンターの前まで進み出る。
「そうだったかな?
……ああ、これ、ありがとう」
クーアは左手を上げ、手の甲を店主に示した。
クーアの左手の人差し指には、ボク達がプレゼントした指輪がはめられている。
今のはその礼だろう。
対して、言われた店主は『ふん』と鼻を鳴らしただけだった。
もしかしたら照れているのだろうか。
「……で、ガキ共連れて何の用だ?
まさか、それだけ言いに来たってわけじゃあるまい?」
店主が問い掛けると、クーアは左手を下ろし、用件を告げる。
「見せてほしい武器があるんだ。
ここ、たしか『フォーシーズン』が置いてあったよな?
10年くらい前に見せてもらったと思ったんだけど、まだある?」
「ああ、あれか、まだあるぜ。
そもそも売りモンじゃねぇからな」
「そうか、よかった。
今日はあれを見せてもらおうかと思ってさ」
「あれを?
あんたにゃ必要ねぇだろ」
「ま、オレはな。 アーサー」
クーアがアーサーを呼ぶ。
アーサーが隣まで来ると、クーアはアーサーの背中をポンと叩き、
「この子がそういうのに興味があってさ、ちょっと見せてもらっていいか?」
と、店主に説明し、問い掛けた。
店主はしばらくアーサーを睨んだあと、
「……ほれ、持ってきな。
ただし、余計なもんをいじくるんじゃねえぞ」
そう言って、クーアに『1』と『11』と書かれたカードを渡した。
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
クーアとアーサーが礼を述べると、やはり店主は『ふん』と鼻を鳴らし、再び新聞を読み始めた。
「じゃ、行こうか」
クーアはボク達にそう言うと、店内左側のエレベーターへと向かった。
『1』と書かれたカードを、エレベーター脇のカードリーダーに通してドアを開き、エレベーターに乗り込むと、今度は『11』と書かれたカードをエレベーター内のカードリーダーに通す。
エレベーターのドアが閉まり、一拍置いて独特の浮遊感が続くこと10数秒。
ドアが開き、目的の場所に着いた。
エレベーターを降りた先の部屋は、以前に訪れた店の部屋よりも暗く、陳列されている武具の数も非常に少なかった。
陳列というより、展示されている、と言った方が正しいかもしれない。
というのも、武具はすべて台座の上に置かれ、その上、まるで触らせる気がないとでもいうように、ガラスケースが被せられていたからだ。
部屋をぐるりと見回すと、部屋が暗い理由が間接照明によるものだからだと分かった。
「あれがそうだな」
と、クーアが言いつつ、正面を指差した。
その先には、部屋の中央に据えられた台座に乗せられた一振りの剣があった。
置かれている位置から、この剣がこの階で最も目玉であるらしいことが分かる。
「あれが『フォーシーズン』……」
誰にともなく言い、引き付けられるように剣に向かっていくアーサー。
「あ〜あ、スイッチ入っちゃった」
茶化すように言ったのはシーザー。
しかし、そのシーザーも、アーサーのあとを追うようについていった。
ボクとクーアもそれに続き、4人で台座の上の剣を見る。
剣は鞘に納められておらず、剣身が剥き出しのまま、台座の上に据えられた展示用の台に横に乗せられていた。
長さや形状は一般的な護拳付きのサーベルとほとんど同じと思われる。
護拳は金色に輝き、赤い宝石を目に埋め込まれた羽ばたく鳥を模したこしらえが施され、やや反った剣身は後ろが透けて見えるほどの透明。
ルーセントグラスという極めて硬質のガラスの一種で造られた剣身の中央部分には、レイピアのように細い芯のような白金の剣身が、透明な剣身の反りに合わせて通っている。
その白金の剣身には、等間隔に4種の宝石が配されていた。
事前にざっと見た『愛蔵版・世界名武具100選』によれば、宝石はそれぞれ上からルビー、サファイア、エメラルド、トパーズであり、これらの宝石は火、水、風、土の4属性を表し、転じて夏、冬、春、秋を表しているという。
『フォーシーズン』という名前はそこから来たものということだ。
剣らしからぬ風流な名前だが、この剣の見栄えはそれに見合うだけのものがある。
「『フォーシーズン』。
世界三大美剣の一振りに数えられる名剣です。
この剣は使用者の意志に応じて火、水、風、土の4属性に属性を変換できるそうです。
さらにそれぞれの効果を刃に纏わせて放つことができるとか。
剣身は属性によって色が変わり、火ならば赤く輝き、水ならば――」
「語り出したよ……」
ボクの隣に来たシーザーが耳打ちする。
気付いた様子もないアーサーは、誰にともなく解説を続けていた。
完全に1人の世界に入り込んでしまったようだ。
クーアもなんとも言えない目でその様を眺めている。
以後10分間、アーサーによる解説は続いた。
「欲しいですねぇ……」
帰りのエレベーターで、アーサーが明後日の方を向いて呟いた。
そんなアーサーを見ながら、
「ま〜だ夢から覚めてねぇのかよ」
と、シーザー。
かなり辟易した様子だ。
今回はボクもシーザーに同意せざるを得ない。
しかし、アーサーには聞こえていないらしく、
「いくらくらいするんでしょうかねぇ……欲しいですねぇ、本当に……」
と、垂涎のため息をついた。
アーサーが呟いているうちにエレベーターは1階に着いた。
ドアが開き、エレベーターから出ると、
「あ、そうだ」
言って、クーアがカウンターへと向かっていった。
カウンター向こうで新聞を読んでいた店主と二言三言言葉を交わし、カードを1枚もらって再びこちらに戻ってくる。
「ちょっと待っててくれ」
そう言うと、クーアは再びエレベーターに入っていった。
「何だろ?」
ボクの呟きに、シーザーからもアーサーからも答えはない。
見れば、アーサーもシーザーもカウンターの方へと向かっていた。
カウンターの前に辿り着くと、新聞から顔を上げた店主に向かって、アーサーがペコリと頭を下げ、
「あの、見せていただいてありがとうございました。
それと、クーアのプレゼントの指輪も」
と、クーアの指輪の礼も付け加えて感謝を述べた。
隣ではシーザーもお辞儀をしていた。
ボクも慌てて小走りに2人に合流し、頭を下げる。
礼を言われた店主は、
「なんだ、知ってたのか」
そう言って再び新聞を読み始めてしまった。
店主の反応にどう対応していいのか分からず、ボク達は顔を見合わせる。
と、少しして再びアーサーが口を開いた。
「あの、すみません。
あの剣、いくらするんですか?」
「あ? なんだ、急に。
買うつもりか?」
店主は新聞から顔を上げてアーサーを睨み、尋ね返した。
「いえ、ただ、いくらくらいするのか、参考までにと思って」
そう答えたアーサーの言葉に、店主は新聞を畳み、
「売りモンじゃねぇんだがな……」
と、しばらく考えるように天井を見つめ、
「そうだな……だいぶ名の知れた逸品だが、剣そのものの性能はそこまで図抜けた物でもねぇ。
クリスタルを使って晶結された白金と金、それからルーセントグラスに高純度のルビー、サファイア、エメラルド、トパーズ、護拳の鳥の目の部分はアレキサンドライトか。
まぁ、ちっと特殊な能力は付いてるが、性能そのものは材料通りの性能だな。
それを加味したうえで値段を付けるとなると……」
吟味するように剣の材料を上げながら、店主は再び考えるように目を閉ざし、
「安く見積もって200億ってとこか」
何事でもないようにあっさりと言い放った。
『200!?』
目の飛び出るような額に、ボク達3人の声が重なる。
「詐欺くせぇ! 高すぎだろ!」
怒ったような声でシーザーが叫ぶが、店主はわずかに眉をひそめた程度で、
「最低でも、だ。
オークションにでも出しゃ、倍以上の額が平気で付くだろうし、それでも買おうとする好事家は多いだろうよ」
と、これまたあっさりと言った。
それを聞いて、アーサーは少々ショックを受けたようで、
「高いだろうとは思ってましたけど、まさかそこまで……」
消え入るような声で呟いて、ガックリと肩を落としてしまった。
その様子を店主は気の毒そうに一瞥し、
「まぁ、あの剣の場合、材料や美術品としての価値もそうだが、何より製造方法が特殊でな」
言って、再び新聞を開いた。
「晶結法っつって、金属の冶金方法の中でも最上級の冶金術を使ってるんだよ。
この冶金術ができる奴が世の中に一握りしかいなくてよ、おまけに生成する際に使う宝石と金属はもちろん、触媒になる魔法薬の値段もバカ高いらしい。
こいつで生成された合金を使った武器とそうじゃねぇ武器とじゃ、価値が千倍も万倍も違う。
その分、効果は折り紙付きだがな。
そんなわけで、詐欺くせぇって言われても仕方のねぇ値段が付くんだよ」
店主の説明に、ボク達は押し黙る。
少しして、あることが気になったボクは店主に尋ねた。
「そういえば、あの指輪。
クーアにプレゼントした指輪。
あれも晶結法で鍛えられた物なんですよね?」
「ああ? ……まぁ、そうだな」
「あれはいくらくらいするんですか?
聞いた話だと、トリニティの中心街に家が建つって……」
「そんくらいするか。
値段で言や、1億5千だな」
『…………』
『トリニティの中心街〜』という漠然とした答えよりも正確な答えを聞き、ボク達は再び沈黙した。
「…………あの、もうプレゼントしちゃったあとなんですけど、いいんですか?
そんな高価な物、たった3000クリスタで……」
おずおずと聞くボクに、店主は不機嫌そうな口調で、
「うるせぇな、こまけぇことを……いいんだよ、あいつにゃ世話んなってるからな。
俺のジジイの代からのお得意様なんだ、それくらいサービスしたってバチは当たらねぇよ」
言って、新聞を持つ手を上げ、完全に顔を隠してしまった。
クーアに礼を言われた時もそうだったが、ひょっとして照れているのだろうか。
そんなやり取りをしていると、不意にエレベーターのドアが開いた。
そちらに視線を向けると、クーアが品物を手にしてエレベーターから出てくるところだった。
「おまたせ……って、何だ、どうした?」
ボク達の様子を見てクーアが尋ねてきた。
「ううん、別に」
代表してボクがはぐらかした答えをすると、クーアは首を傾げながらも追求せず、こちらに向かってきた。
そして、手にしている品物をカウンターの上に置き、
「これをくれ」
そう言って、懐からレンジャーのライセンスカードを取り出し、エレベーターのカードと共に店主に差し出した。
「ガキ共にか?」
カードを受け取りながら、店主が尋ねる。
するとクーアはうなずいて、カウンター上の品物に視線を落とした。
ボク達に、という予期せぬ言葉に、ボク達3人は同じように品物を見る。
品物は、指輪と腕輪、そして首輪がそれぞれ1点ずつ。
どれも申し訳程度に飾りが施されている、質素な物だった。
ボク達が品物を見ているのを見て、クーアが説明を始める。
「指輪はアーサー、腕輪はジーク、首輪はシーザーだ。
指輪と首輪には技力、腕輪には魔力を引き出す効果ある」
「へぇ〜!」
喜んだ声と共に、シーザーが首輪を手に取る。
シーザーはさっそく首輪を首にはめると、
「どう? 似合う?」
と、ボク達に見せ付けてきた。
そうしてボクは、昨日の朝食時の会話でシーザーの悩みの話をしたことを思い出した。
(首輪のプレゼントはシーザーの悩み解決用ってことか)
思い、チラリとクーアを見ると、気付いたクーアが小さくうなずいた。
ボクの考えどおり、予期せぬクーアのプレゼントは功を奏したようで、シーザーはすっかりご満悦の様子だ。
ボクとアーサーの分はシーザーのおこぼれということになるのだろうが、それでも嬉しい。
ボクは来ていたコートを脱ぎ、遠慮なく腕輪を手に取って、服の上から腕にはめてみる。
服の上からでちょうどいいくらいのサイズで、ずれ落ちることはなさそうだ。
隣ではアーサーも同じように指に指輪をはめていた。
「ほらよ」
うかれるボク達とは対照的に、店主はぶっきらぼうにライセンスカードをクーアに返した。
「今日はありがとう。
また来るよ」
カードを受け取りながらクーアが礼を言うと、店主は手で追い払うような仕種をし、新聞を広げた。
「じゃ、行くか」
言って、クーアが先に立ち、ボク達は店を出ていった。