「うぅ……頭が……」

「大丈夫?」

クォント門前の大広場。

多数の人間がごった返し、歩くのも四苦八苦するような中で、頭を垂れてふらつくシーザーを横から支え歩きながら、ボクは覗き込むように問い掛ける。

昨日のアルコールが残っているらしく、いわゆる二日酔いのようだ。

今は今朝方ミラがくれた、特製の酔いざましの飴を舐めている。

「だから飲まない方がいいって、あれほど言ったじゃないですか」

呆れたような口調で言ったのはアーサー。

アーサーは、ボク達と出会う以前に自身が興味本位で酒を飲んで酷い目にあったことを挙げて、それを理由に同じく興味本位で酒を飲もうとしたシーザーを強く止めたのだが、結局聞き入れられず、結果この有様になってしまったことを、少なからず怒っているようだ。

「まったくもって自業自得ですね」

「う〜……だぁって〜……」

「だっても何もないです。

 せっかく僕が実体験を挙げて忠告したというのに。

 そうやって少しは苦しんでた方が、僕みたいに今後の教訓になっていいんじゃないですか?

 シーザーはもう少し思慮深くなった方がいいと思います。

 バカのままじゃレンジャーになっても苦労しますよ?」

なかなか酷い言われようだ。

この毒の吐き方からすると、少なからずどころかかなり怒っているらしい。

言われた当のシーザーはぐうの音もでないようだ。

このまま放っておくと、アーサーが毒を吐き続けそうなので、ボクが間に入ることにする。

「まぁまぁ。 今回はクーアの誕生日だったし、シーザーのバカも少しは大目に見るってことでさ。

 あんまりアーサーも怒らないでやってよ」

苦笑いを浮かべて言うボクを、アーサーはキッと睨み、

「ジークもですよ!」

と、怒りの矛先をこちらに向けてきた。

「わわっ、こっちもか」

驚いて声を上げるボクを無視し、アーサーがまくしたてる。

「ジークは少しシーザーに甘すぎると思います。

 ちゃんと言うべき時は言ってあげないと、シーザーの為になりません。

 甘いのと優しいのは違いますよ!」

「そ、そうかな〜……」

弱気に答えるボク。

横ではシーザーが、

「うぅ〜……」

と、小さく唸りながら飴を口内で転がしている。

「部屋、戻る?

 休んでた方がいいんじゃない?」

気遣ってそう尋ねると、シーザーは首を横に振り、

「やだ……軍隊の入場、見たい……」

と、弱々しく答えた。

10時から開催される始原祭の開催式では、各国軍隊の大広場への入場行進がある。

そのことを昨日の夜に聞いたシーザーは、だいぶ興奮した様子で楽しみにしていたのだ。

なので気持ちは分かるのだが。

「何とか頑張ってみる。

 飴、効いてきたみたいで、朝よりいいから……」

シーザーはそう言うとガリガリと飴を噛み砕き、新たな飴をポケットから取り出して口に放り込んだ。

ボクとアーサーは顔を見合わせ、小さくため息をついた。

そうしてしばらく大広場を歩き、人の多さに辟易していると、シーザーが小さく呟いた。

「あ、クーアみっけ……」

その言葉に反応し、ボクとアーサーがシーザーの目線を追うと、そこには言葉通り、クーアの姿があった。

クーアは、クォントの中央にある高さ十数mの門のさらに十数m上から前方に突き出た、ちょうど門前の大広場が一望できるステージの上にいた。

ステージは3段の雛壇になっており、結構な数の人間が集まっても窮屈ではないほどの広さがあった。

クーアがいるのは段の最上段で、何やら人と話をしているようだった。

「……アルファス達の姿が見えませんね」

ステージをざっと見て、アーサーが言う。

ステージには、クーアを含め、数人の人間がいるが、そこにアルファスやミラの姿はない。

「そうだね」

ボクが相槌を打つと、支えていたシーザーが、

「もう支えてくれなくていい、1人で歩ける。

 それより、今なら、あのステージに行けばクーアに会えるんじゃね?」

と言い、ボクの体から離れた。

どうやらミラ特製の飴の効果が出てきたらしく、少しは調子がよくなってきたようだ。

ボクはアーサーと顔を見合わせるとうなずき合い、3人はぐれないように、クォント内部へ行こうとする人混みと合流してクォント内部へと戻っていった。

人混みと押し合いへしあいしながらクォント内部へと戻ると、大広場に負けず劣らずの人混みと喧騒極まるホールを、一路トランスポーターへと向かう。

クォントの大まかな施設の場所は、暇な時に3人で探索していたのでだいたい分かるし、クーアのいるステージにも行ったことが――ステージに出ることはできなかったが――1度だけある。

ステージの出入り口は、階数的には2階になり、方角的には南だ。

しかし、2階にあるトランスポーターは、ステージとは真逆の北側にあり、そこからは歩かなければならない。

いったん3階のトランスポーターへ向かい、そこから階段で2階に下りることもできるのだが、距離的にはそう変わらないので、ボク達は直接2階に向かうことにした。

トランスポーターの利用者の列に並ぶことしばし。

ようやく順番が回ってきたところで、3人で2階へと向かう。

光が消えたあと、ホールの人混みと喧騒が嘘のように消えた。

直下は騒がしいホールなのだが、防音が完璧なクォントでは、たかだか1階違うだけでも、その喧騒はまるで聞こえない。

2階にはステージへと続く通路と、3階へと続く階段しかなく、始原祭のような式典の時以外はまったく使われていないらしい。

今日は始原祭の為にステージが使われているが、今はボク達以外に利用者がいないようだ。

しんと静まり返った2階の通路は、トランスポーターを中心に左右二手に分かれていた。

どちらを進んでも同じなので、特に迷いもせずにとりあえず左からステージに向かうことにする。通路は緩やかにカーブしており、その途中、3階へと続く階段が現れた。

3階も静かなのか、階段付近でも喧騒は聞こえてこない。

そこを通り過ぎてさらに進むと、ステージの入口が見える場所にまで辿り着いた。

入り口の扉は絞められ、その前には槍と鎧で武装した衛兵らしき人族の青年男性が立っていた。

「出られますかね?」

衛兵の姿を認めてアーサーが呟く。

「とりあえず聞いてみよう」

ボクは言って、2人の答えを待たずに衛兵に近付いた。

「あの、すいません」

ボクが尋ねると、衛兵は怪訝そうな顔をして言う。

「子供がここへ何の用だ?」

持っている槍を向けられこそしなかったが、明らかに警戒している風だ。

「そこのステージに白髪の人がいませんか?

 クーアって言うんですけど」

警戒している衛兵に答えたのは、シーザーと共に後ろから小走りに駆け寄ってきたアーサーだった。

クーアの名を聞いた衛兵は、若干警戒の色を薄め、首を傾ける。

「クーア? お前達、クーア殿の知り合いか?」

敬称を付けるということは、この衛兵はクーアのことを知っているらしい。

衛兵の問い掛けに、ボクがうなずくと、衛兵は少し顔を曇らせた。

「残念だったな。

 クーア殿なら今さっき出ていかれたぞ」

「遅かったですね」

衛兵の答えにアーサーが残念そうに呟いた。

「どこに行ったか分かりますか?」

ボクが尋ねると、衛兵は首を傾げて少々考え、答える。

「さあなぁ……声は掛けてもらったが、特にどこに行くとは言っていなかったな。

 あと1時間半弱で開催式が始まるから、持ち場に向かっているんじゃないか?」

衛兵の言葉に、ボク達3人は顔を見合わせた。

今朝早くにクーアの言っていたことを思い出せば、始原祭初日の今日は、クーアとアルファス、ミラの3人が、クォントの要所で警備にあたることになっているという。

丸一日戻れないとは言っていたが、どこで警備にあたるかは言っていなかったので、ボク達にはその場所が分からなかった。

「その場所がどこか分かりますか?」

アーサーの問いに対し、衛兵は困ったような表情になり、考え込む。

「そこまでは分からんな」

「そうですか……」

衛兵の答えに落胆するアーサー。

手掛かりがない以上、この広いクォントでクーアを見つけるのは難しいだろう。

「どうする?」

シーザーにそう聞かれ、ボクは考える。

と、その時だった。

衛兵がガシャリと鎧を鳴らし、姿勢を整えた。

衛兵を見ると、片手を額にかざし、敬礼の姿勢を取っている。

視線を追うと、ボク達が来た方から、1人の男性がよたよたと歩いてくるところだった。

その姿を見て、ボクは目を見張った。

額から鹿の角のような角が1本だけ伸びたその顔立ちは、ボク達竜族に似ているが微妙に異なっている。

頭頂部から後方に向かって生えているふさりとしたタテガミは馬のそれを思わせ、金色にも似た黄色を呈していた。

露出した手首周りにもタテガミのようなフサフサとした体毛が生えている。

「麒麟だ……」

歩み寄ってくる男性を見て、シーザーが呟いた。

シーザーの言葉通り、男性は麒麟と呼ばれる混獣系の獣人だった。

混獣系は獣族の中でも珍しく、その中でも麒麟はさらに珍しい種だ。

雑多な種族が集まるクォントでさえ見たことがなく、実際に目にするのはボクも初めてだった。

「お疲れさん」

歳の頃は30代前半と思われる飄々とした雰囲気を醸し出している麒麟獣人の男性は、片手を挙げて衛兵に挨拶をした。

そして、衛兵の前で自分を見ているボク達に目を止める。

「ん〜〜〜?」

舐めるように順にボク達を見ていくと、口の端を笑みの形にゆがめ、衛兵へと視線を戻して問い掛ける。

「クーア、そこにいる?

 今しがたステージにいるのを見かけたんだけどさ」

「つい先程出ていかれました。

 どこへ向かわれたかまでは……」

「あ、そ」

申し訳なさそうに答えた衛兵に、麒麟獣人は素っ気なく返事をした。

その様子を見て、気に障ったと思ったのか、衛兵が慌てた様子で言葉を継ぎ足す。

「おそらく警備の持ち場へ向かわれたのではないかと思われます」

「あ〜、そっかそっか。

 んじゃあ、もう今日は無理か〜」

言って、麒麟獣人はボク達に視線を落とした。

そしてニンマリと笑うと、

「そういうわけで、今日はもうクーアには会えないと思うよ、おチビちゃん達」

と、何故かボク達がクーアに会おうとしていることを知っている口振りで話し掛けてきた。

「なんでそれを……」

問い掛けたアーサーを手で制し、麒麟獣人は踵を返す。

「ここじゃ邪魔になっちゃうから、お兄さんと一緒に来なさい。

 ……ああ、お兄さん、怪しい者じゃないから安心してな」

肩越しにそう言いながら、ツカツカと来た方へ戻っていってしまった。

「そういうことを言う人間が1番怪しいんですよね」

麒麟獣人に聞こえないように呟くアーサー。

「でも、ここでこうしててもしょうがねぇんじゃねぇか?」

シーザーが言いながらボクとアーサーを見る。

そうこうしているうちにも、麒麟獣人は歩いて去っていく。

「クーアと知り合いみたいですし、とりあえずついていきましょうか」

そう言ってアーサーが麒麟獣人のあとを追い、続いてシーザー。

ボクもまた、1人でここに残っても仕方がないので、2人のあとに続いた。

小走りに麒麟獣人に追いつき、共に歩くことしばらく。

ステージの入り口が見えなくなった付近で、麒麟獣人が足を止め、振り返った。

ボク達も足を止め、麒麟獣人を見る。

「お前等、ジークとシーザーとアーサーでしょ?」

ボク達を順に指差し、麒麟獣人が言う。

「なんでボク達の名前を……?」

名を言い当てられて、多少動揺しながら尋ね返すボク。

麒麟獣人はニヤリと笑うと、

「そりゃ、俺がお前等の兄弟子だから。

 名前はシェイフっていうんだ」

と言って、再び歩き始めた。

「兄弟子ってことは……」

言ってシーザーがボクとアーサーを見る。

兄弟子ということは、以前に何回か話に出た、クーア達が育てたレンジャーの1人ということだろうか。

「たぶん、そうでしょうね」

アーサーもボクと同じことに思い至ったのか、呟くように言う。

再び離れた麒麟獣人シェイフに追いつくと、ボクはその背に声を掛けた。

「あの、どこへ行くんですか?」

「ん〜? そうだな〜、とりあえず茶でも飲みに行く?」

ボクの問いにシェイフは肩越しに答えた。

顔を見合わせるボク達。

「でも、ボク達、クーアを――」

「そりゃ無理だ。

 今さっき言ったように、今日は会えないよ」

ボクの言葉を遮り、シェイフが断言する。

「クーアが警備に参加するってことは、たぶん皇帝の警護だろうからさ。

 今日の皇帝は公務で缶詰、その警護のクーアも付きっきりで缶詰。

 無理に会おうとしたら、まぁ会えないこともないだろうけど、クーアに迷惑は掛かるだろうね〜」

辿り着いたトランスポーターの前で立ち止まり、振り返って言うシェイフの言葉に、ボク達は顔を見合わせた。

「どうする?」

シーザーがボクとアーサーに答えを求める。

「迷惑が掛かるんじゃ、やめておきましょうか」

「うん、そうだね」

アーサーとボクが答えると、シーザーも残念そうな表情でうなずいた。

と、それを見ていたシェイフが笑い出した。

「なんだなんだ、弟弟子はずいぶん聞き分けの言い、よい子達じゃない」

『?』

シェイフの言葉に、3人共疑問符を浮かべて首を傾げる。

シェイフは笑いながら、

「いや〜、俺がガキの頃は、散々クーア達に迷惑掛けてたからね〜。

 皇帝をぶん殴ったりとかさ」

『ええ〜!?』

ボク達が驚きの声を上げると、シェイフはさらに笑った。

「で、どうする?

 ついてくる?

 それともクーア探す?」

 

 

クォント内の喫茶店。

「――で、ぶん殴っちゃったってわけさ」

シェイフのあとをついていくことにしたボク達は、シェイフが先の『皇帝殴打事件』について語るのを、シェイフのおごりのジュースを飲みながら聞いていた。

話を聞くに、なかなか過激な人物のようだ。

性格や雰囲気は、クーアよりも、むしろケルカに似ているような気がする。

実際、話の途中でそれを指摘したところ、『拾ってくれたのはクーアだけど、一緒にいた時間はケルカの方が長かったから、それでかな〜』などと言っていたので、本人にも自覚があるのだろう。

「でも、それって大事じゃないですか?」

ジュースをストローで飲んでいたアーサーが尋ねると、シェイフは、

「まぁ、普通は不敬罪っつーか大逆罪だよね。

 基本的に死刑が妥当でしょ、わははは」

と、どう考えても笑い事ではないのだが笑い飛ばした。

「なんとかクーアが執り成してくれたから良かったものの、下手したらマジに死刑だったかもね〜。

 実際、従者の奴にマジ切れされて斬り掛かられたからね。

 でも、向こうに非があったわけだしさ、クーアも『お前が殴らなかったら、オレがひっぱたいてたかもな』って言ってたし、最終的には向こうが謝ってきたから、いいんじゃないの?

 さすがに、皇帝……ああ、今は先帝か、先帝に頭を下げられた時は、事の重大さにビビったけどさ」

言ってコーヒーを口にするシェイフの口調からは、とてもそう思っているとは感じられない。

話が一区切りしたところで、シェイフが話題を変える。

「いや〜、でもお前等には会いたいと思ってたんだ。

 何せ、俺の初めての弟弟子だからね。

 まさか3人もいっぺんにできるとは思ってなかったけどさ」

「クーアの弟子っていうか、そういうレンジャー?

 いっぱいいるわけ?」

と、尋ねたのはシーザー。

雰囲気がケルカと似ている為か、人見知りをするシーザーもシェイフには話し掛けやすいらしい。

ここへきて、わりと人慣れしてきたおかげもあるのかもしれないが。

シェイフはタテガミをさわさわと弄りながら少し瞑目し、

「数的にはそんなにいないかな〜。

 ただ、元がいいのか、クーア達の育て方がいいのか、それとも両方か、高クラスのレンジャーは多いよ。

 もちろん、レンジャーにならないのもいたけどね。

 でもお前等はレンジャーになるんでしょ?

 上の方じゃ結構有名になってる。

 クーアが3人の子供を連れてきてレンジャーにしようとしてる、ってね」

「有名……か」

シェイフの言葉に、ギーズの件を思い出し、ボクが独り言のように呟く。

それを聞いたシェイフが、ふっと苦笑いを浮かべる。

「あ〜……やっぱ、なんか言われたのね」

「え?」

「たぶんそうなんじゃないかな〜って思ってた。

 上の連中にあれこれ言われたんじゃないの?

 たとえば……」

言葉を切り、気安い口調ながらも鋭い目でボク達を見回すシェイフ。

「今度のレンジャー試験、クーア達がイカサマして受からせる気だ、とか?」

小首を傾げるおどけた動作をしながら、シェイフは見事にギーズの件を言い当てた。

「なんでそれを――」

ボクが尋ねようとすると、シェイフは手で制し、

「今度の試験、実技の試験官にケルカとワッズが入ってるでしょ?

 それで、さ。

 俺もやられたんだよね〜、その手の嫌がらせ。

 俺の時もケルカだったんだけどさ、元老の1人がわざわざ来て嫌味ったらしく言いやがるんだよ。

 『ないとは思うが、不正のないように』ってさ。

 むっかつくよな〜アレ、何様だっつーの!

 んなことするわけないっつーのにさ!」

語気荒くシェイフが悪態をつく。

言葉に困って顔を見合わせるボク達。

それを見て、シェイフが頭をかきながら、

「あれ? ちょっと引いた?

 いやぁ、あれには俺も結構頭に来たからさ、思い出しちゃってついね」

と苦笑い。

「まぁ、気にしない方がいいよ。

 そういう面倒はクーア達に任せとけばいい。

 うまくやってくれるさ。

 現に、同じ経験した俺だってこうしてレンジャーになれたんだし。

 こう見えても、もう少しでMクラスだよ?」

胸を張って言うシェイフ。

そんなシェイフに、シーザーが驚きの声で尋ねる。

「え? じゃあ今はSクラスってこと?」

「そのとーり!」

答えてシェイフは、さらに胸を張った。

「けど、別にクーア達の後ろ盾があったわけじゃないよ?

 そりゃ、最初の方は一緒に旅したりしてたけど、15になったら独り立ちしたからね。

 それからは多くて年に何度か会う程度だったし」

言って、シェイフはコーヒーのカップをあおった。

「要は努力よ、努力。

 恵まれた環境でも逆境でも、努力を惜しんだ奴に栄光は訪れないってわけ。

 どっちの環境にも当てはまってる俺が言うんだ、間違いないよ。

 そういうわけで、お前等も頑張れ〜!」

 

 

「ありがとうございました〜!」

後ろで喫茶店の店員が大きな声で挨拶をした。

『ごちそうさまでした』

3人でそろって礼を言うと、シェイフは『どういたしまして』というように片手を上げると、店の入り口の脇へと移動し、

「開催式まで、あと40分ちょっとくらいか。

 お前等、どうする?」

と、尋ねてきた。

「ボク達?

 ……どうしよう?」

すぐ後ろの2人に向かって問い掛けると、

「シェイフはこのあとどうすんの?」

と、シーザーが逆にシェイフに尋ねた。

「俺? 俺は開催式見に行くよ。

 始原祭のメインイベントみたいなもんだからね。

 見終わったら、夜までちょっと仕事して、それからクーアに会いに行くかな〜」

「あ、じゃあオレ達と一緒じゃん。

 オレ、すっげー開催式見たいんだ。

 開催式っつーか、軍隊の行進」

目を輝かせてシーザーが言うと、シェイフは嬉しそうに笑み、

「んじゃあ、一緒に来る?

 特等席で見せてあげるよ。

 ステージも大広場も、バッチリ見える特等席」

と、ボク達を誘ってくれた。

「マジで? 行く行く!」

シーザーは興奮した様子で、ボク達の答えを聞くことなく決定を下す。

ボクはアーサーを見て小さく肩をすくめる。

「まあ、もともと開催式を見るつもりでしたしね」

アーサーは苦笑いを浮かべて、ボクにそっと耳打ちをした。

その言葉が聞こえたのか、シェイフはボクとアーサーを見て小さく笑うと、

「じゃ、ちょーっと早いけど行こうか」

と、満足そうに言って歩きだした。

そのあとを、ボク達ははぐれないようについていく。

道中、シェイフとの他愛もない会話を楽しみながら、トランスポーターと徒歩で進むこと10分程。

人の姿がなくなった、ゆるいカーブを描いた通路まで来た時、通路の向こう側から見たことのある人物が向かってきた。

その人物にいち早く気が付いたボクは、

「あっ……」

小さく声を上げ、立ち止まる。

「ん? どした?」

振り返り、シェイフが尋ねてくるも、ボクは答えない。

シェイフは小首を傾げながら、シーザーとアーサーも不思議そうにしながら、ボクの視線の先を見る。

『!』

人物を見た途端、シーザーとアーサーの体が強張るのが分かった。

視線の先の人物は、先のシェイフとの会話にも関連した人物、ギーズだった。

ギーズもボク達に気付いたようで、目視した瞬間から剣呑な表情になる。

無意識にボクはシェイフの後ろに隠れた。

「はは〜ん、な〜るほど」

ボク達の反応を見て、シェイフが目を細める。

シェイフは、そのままギーズが近付いてくるのを待ち、数mまで迫ったところでギーズに声を掛けた。

「これはこれは、ギーズ大帝陛下。

 このような寂れた所へ、いったいどのようなご用があって、おこしになられましたのですかな?」

あからさまに慇懃無礼なシェイフの言葉に、ギーズは立ち止まって顔をしかめる。

「ここに用があるわけではない。

 下らんことで呼び止めるな」

答えるギーズに、シェイフは大仰な身振りで頭を下げ、

「おお、これは失礼を。

 偉大なるギーズ大帝陛下の歩みを無意味に止めてしまうとは、このシェイフ、海よりも深〜く猛省いたします。

 それでもお気が鎮まらないようでしたら、元老院に掛けあっていただき、レンジャーの資格を取り上げていただいてくださいませ」

と、とても詫びの言葉とは思えない言葉で返した。

ギーズの眉がピクリと動く。

「貴様……何のつもりだ?」

「はて、何のつもりとは?」

まったく物怖じせず、シェイフがわざとらしく首を傾げて聞き返す。

「……私の言葉が理解できんか?

 何のつもりがあって、私に因縁を付けているのかと聞いているのだ」

怒気を孕んで言うギーズ。

殺気さえ感じるようなその雰囲気に、ボク達3人はシェイフの後ろに深く隠れ、固唾を飲んで2人のやり取りを見守る。

と、それまで楽しそうにギーズに向かって慇懃無礼な言葉を投げ掛けていたシェイフの様子が一変した。

「因縁付けてんのはそっちだろうがよ、あ?

 てめぇ等クソ上層部共のせいで、こっちは大迷惑してんだよ、このボケ!」

これまでとは打って変わったシェイフの変化に、ボク達は驚いてシェイフを見上げた。

口調まですっかり変わってしまったシェイフは、眼光鋭くギーズを睨み付けている。

「……何だと?」

ギーズが眉をひそめ、シェイフを睨み返した。

対するシェイフは、牙さえ剥いて1歩ギーズに近寄る。

「てめぇ等、こいつ等がレンジャーになろうってのを、俺の時みてぇにグダグダグダグダと難癖付けて邪魔しようとしてるらしいじゃねぇか。

 根拠のねぇ言い掛かりも大概にしとけよ、あぁ?

 てめぇの師匠にもよく言っとけ。

 嫉妬に狂う暇があるなら、もっとましな弟子の1人でも育ててみやがれ、何十年経っても、他人の足引っ張ることしかできねぇ無能が、ってな!」

「貴様……」

怒りに顔をゆがませるギーズ。

明らかな殺気を放ち、シェイフに詰め寄る。

(どうしよう……)

狼狽し、ボクは辺りを見回すが、こんな時にかぎって人っ子一人いない。

かといってボク達に仲裁などできるはずもない。

「あ? やる気か?

 師匠が無能なら弟子も無能だな、なぁ、おい!!」

シェイフが牙を剥いたまま唸る。

実力的にはSクラスのシェイフが、Zクラスのギーズと渡り合えるはずもないのだが、シェイフは一歩も退かずにギーズと対峙した。

「こ、こんなところで……」

アーサーが声を上ずらせて、シェイフの腕を掴んで言った。

しかし、シェイフはその手を振り払うと、さらにギーズとの間合いを詰めた。

もはや2人の距離は、手を伸ばせば届くほどの距離だ。

シェイフの後ろに隠れていたボク達も、つられるように近付いてしまっている。

もしも2人が戦闘など始めようものなら、間違いなく巻き込まれてしまう。

「私だけならまだしも、師までも愚弄するか……」

静かに凄むギーズに、シェイフは気押される様子もない。

それどころか、むしろ薄笑いさえ浮かべて挑発する。

「事実だろうがよ。

 他人の足掬うことしかできねぇ元老なんざ、老害以外の何物でもねぇよ」

「…………」

沈黙するギーズ。

一触即発の空気が漂う。

が、その刹那のあと、シェイフが言った一言で、場の空気が一変した。

「こんな所で、『クーアの弟子』の俺をやる気か?」

「!」

『クーアの弟子』というところを強調して言ったシェイフの言葉に、ギーズの殺気が消えた。

消えたというより、抑え込まれた、と言った方が正しいかもしれない。

同じくそれを感じているだろうシェイフが続ける。

「そんなことが穏健派と中立派の元老の耳に入ったら、いったいどうなっちまうんだろうなぁ、あんたの師匠は。

 穏健派と中立派の元老から叩かれないかねぇ?

 いや、ひょっとしたらあんたの師匠と同じ強硬派の連中からも叩かれるかもなぁ」

「…………」

「やるならやりなよ。

 俺は無抵抗を貫くからよ。

 っつっても、あんたと俺とじゃ実力に差がありすぎて、そもそも抵抗もできねぇだろうがな」

「…………」

シェイフの挑発に、ギーズは沈黙を守ったまま、怒りや殺気を抑えようとしているのが傍目からも分かる。

そしてしばらくシェイフを睨み付けたあと、ギーズは重苦しい気を纏ったまま、シェイフとボク達の脇を通り過ぎていった。

すれ違い様、ギーズが立ち止まることなく言う。

「貴様も気を付けることだ。

 貴様の一挙一動が、元老達のクーア達に対する評価に影響を与えるということをな」

シェイフに向けられた、脅し文句のような捨てゼリフを残し、ギーズはボク達が来た方へと去っていった。

すっかりギーズが遠ざかり、その姿も見えなくなると、

『はぁ〜……』

ボク達3人は、緊張を吐き出すように大きく息をついた。

緊張が解けて、体中の力が抜ける。

ボク達がその場にへたり込みそうなのを見て、

「ん? どした?」

と、シェイフが尋ねてくる。

ボク達がこうなっている原因の半分はシェイフなのだが、彼はそれにまったく無自覚な様子だ。

「ううん、何でもない」

かぶりを振って言うボク。

顔を上げてシェイフを見ると、シェイフはギーズの去っていった方を見つめていた。

「でも、なんか凄んでると、ケルカみてぇだな」

「……あ〜、そうかも。

 どうもヒートアップすると、ガキだった頃の口調に戻っちゃうんだよね〜、俺」

シーザーの感想に、ギーズに対する口調とは似ても似つかない気楽な口調に戻ってシェイフが言う。

いったいどんな少年時代だったのだろうか。

まあ、喫茶店で聞いたことと、ギーズとのやり取りを合わせて考えれば、なんとなく想像はできるのだが、それはさておいて、こうも態度と口調が変わると、どう反応していいのか分からない。

「ま、いいや。

 それより目的地はもうすぐだよ」

言って、シェイフがつい今しがた起きたことなど忘れたように、のんきに鼻歌を歌いながら再び歩き出した。

シェイフの変化に困惑しながらもあとを追い歩いていくと、通路の途中に何箇所か、上へと向かう螺旋階段が備え付けられており、螺旋階段ごとに、その前には武装した衛兵が立っていた。

シェイフが通ると、その都度身分証明書の提示を求め、それに対しシェイフはレンジャーライセンスを提示し、後ろのボク達を連れだと衛兵に告げた。

そんなやり取りを何度か繰り返し、辿り着いたのは通路の行き止まりにある螺旋階段。

案の定、ここにも衛兵が立っていたのだが、この衛兵は途中の衛兵と違い、シェイフの顔を見た途端、

「あ、シェイフさん」

と、親しげな様子でシェイフに声を掛けた。

「お〜う、久しぶり〜。

 上、いい?」

「ええ、もちろんいいですけど……」

挨拶もそこそこに問うシェイフに、衛兵はボク達に目を止めて言葉を切った。

それに気付いたシェイフが、

「ああ、この子等は俺の連れ。

 開催式を特等席で見せてやろうと思ってさ」

と、説明。

その言葉に、衛兵は疑う様子もなく納得し、

「では、どうぞ。

 上には近衛の方がいますよ」

と、道を開けながら、螺旋階段の上に誰かがいることを告げた。

シェイフは手を上げてそれに応え、螺旋階段を上っていく。

続いてボク達も上ると、上った先はちょっとした広さの部屋になっていた。

石造りの部屋は、壁をくりぬいたような窓が数ヶ所と扉が1枚、そして中央に何らかの機械が置かれているだけの、飾りも何もない殺風景な部屋だった。

窓の1つからは、1人の獣人が外を覗き込んでいる。

というより、窓の淵に両手を乗せ、その上に顎を乗せて呆けている様子だった。

後ろ姿なので何獣人かは変わらないが、真っ黒な被毛を纏っていた。

「ブラック!」

シェイフが声を張って呼び掛けると、窓の外を見ていた獣人ブラックがビクリと大きく体を跳ねさせる。

勢いよく振り向いたそのブラック――狼獣人だった――は、一瞬緊張の表情を浮かべていたが、一目シェイフの姿を見るや、みるみるうちに安堵の表情に変わり、大きくため息を1つ。

「なんだシェイフさんッスか。

 驚かせないでくださいよ。

 隊長かと思いましたよ」

「あのね……」

ブラックに向かって呆れたため息を吐きつつ呟くシェイフ。

と、隣にいたシーザーがいぶかしげな表情で一歩前に進み出てブラックを眺め始めた。

「ん?」

前に出たシーザーにブラックが気付き、小さく首を傾げる。

2人が見つめ合うこと数秒。

『あ〜!!』

2人同時に指を指し合い、声を上げた。

「な、何だぁ?」

驚いたシェイフが間の抜けた声を上げて2人を交互に見る。

「あんた、あの時ケ――」

「わー!! わー!!」

言い掛けたシーザーの言葉を遮るようにブラックは大声を出し、一足飛びにシーザーに近づくと、その体を小脇に抱え、

「ちょっ!?」

抗議の声を上げようとするシーザーに構わず、部屋のドアから外へと飛び出していってしまった。

「な、何でしょう?」

「さ、さぁ?」

アーサーの言葉に、ボクは首を傾げるだけだった。

しばらくして、シーザーとブラックが部屋に戻ってきた。

ブラックは出ていった時とは逆に落ち付いた様子で、シーザーは特に変化なく、無表情。

「何? どした?」

シェイフの問い掛けに、ブラックは手をパタパタと振り、

「いやいや、何でもないッス、何でも」

と答え、

「どうかしたんですか?」

というアーサーの問いに、シーザーはかぶりを振って、

「いや、別に?」

と答えた。

『?』

ボク達3人は顔を見合わせて疑問符を浮かべる。

明らかに何かを隠している風に白々しい態度だが、たぶん聞いたところで答えは返ってこないだろう。

他の2人もそう思ったのか、深くは追求しなかった。

「ま〜、何でもいいや。

 それよりお前、ま〜たサボってたでしょ?」

シェイフの咎めの言葉に、ブラックは窓の所まで戻りながら抗議の声を上げる。

「ちゃんと見張ってましたよ。

 窓の外、見てたじゃないッスか」

「あの態度で見張ってるとか、どの口が言うわけ?

 隊長さんにチクっちゃうぞ?」

「いや、それだけはマジで勘弁してくださいよ。

 ま〜た給料カットされちゃうじゃないッスか」

「んじゃ、口止め料として、この子等にここで開催式見せてやってもいい?」

「え〜?」

脅しながら取引するシェイフに、ブラックはボク達3人をジロジロと見て、小さくため息をついた。

「まぁ、いいッスけど。

 ケルカさんのとこの子みたいだし。

 でも、隊長には内緒にしてくださいよ?」

「分かってる分かってる。

 あ、紹介遅れたね。

 こいつ等、クーアんとこの弟子。

 まぁ、俺の弟弟子ってことね。

 右からアーサー、ジーク、シーザー」

指差しながらボク達を紹介するシェイフ。

ボクとアーサーは『初めまして』と挨拶するが、シーザーは面識があったらしく、挨拶はしなかった。

「で、こっちがブラック、ブラック・ロウアー。

 こう見えても、スキルインペリアルの皇室近衛兵団『ルードラント』の隊員だったりする」

「よろし――」

「え〜!?」

シェイフの紹介にブラックが挨拶しようとしたところで、突然シーザーが大声を上げた。

一同、シーザーの方を見ると、シーザーはブラックを目を見開いて見て、指差し、

「皇室近衛っつったら、世界最強の部隊じゃん!

 こんなのがホントに!?」

と、驚きの声を上げた。

「こんなのって……」

ブラックが抗議の声を上げようとすると、シェイフが口を挟んだ。

「ま、1番の新人だけどね。

 入隊2年目だっけ?」

「3年目ッス」

「そだっけか?

 一応、最年少入隊記録保持者なんだよね〜」

「そうッスよ。

 まぁ、たまたま1人引退したんで、お鉢が周ってきただけなんスけどね」

「にしたって、すごいじゃない。

 実力と実績が必要でしょ?」

「実力はともかく、実績は親の七光りじゃないッスかね?

 父さん、陛下のお気に入りッスから」

「ふ〜ん」

そんなシェイフとブラックのやり取りを見ながら、シーザーが呟く。

「マジでこんなのが皇室近衛かよ……だって、前にケルカと――」

「うわー! うわー!!」

奇声を発し、ブラックは、呟きかけたシーザーに飛び付き口を塞いだ。

そのまま部屋の隅に連れていくと、何やら耳打ちしている。

「さっきから何なんでしょうか?」

誰にともなくアーサーが呟くと、それに答えるようにシェイフが呟いた。

「……ま、何となく分かったけどさ」

どうやら心当たりがあるらしく、顎を指先で弄ってニヤついている。

そうこうしているうちに2人が戻ってきた。

「済んだ?」

シェイフが尋ねると、シーザーは軽くブラックを見上げ、ブラックは引きつり笑いを浮かべて手をパタパタとさせて答えた。

「はいッス」

「あ、そ。

 ま、火遊びは仕事に支障が出ないよう、程々にしといた方がいいよ」

「!!!」

ニヤリと底意地が悪そうな笑みを浮かべてシェイフが言うと、ブラックはギクリと体を硬直させた。

それを見ながら、シェイフがボク達に向かう。

「つーわけで、ここが開催式の特等席。

 大広場の城壁の一番大通りに面してる尖塔だから、よく見えるんだ。

 ほら、そこの窓から覗いてみな」

シェイフはブラックの立っている窓を指差して言う。

が、

「……ちょっと、背が届かなさそう」

ボクは窓を見ながら呟いた。

人間の成人男性の平均的身長ならばちょうどよい高さなのだろうが、いかんせん子供のボク達には高すぎる。

「ああ、そっか」

そのことに気付いて手を打つシェイフ。

途端、窓の下に箱が現れた。

「これなら届くでしょ?」

『マテリアライズ』で造られただろう箱を指差し、シェイフが言った。

「うん、これなら……」

言いながらボクは箱の上に乗る。

「届いた」

目の前に窓がくる、ちょうどよい高さだ。

窓の大きさ的に、同時に覗けるのは2人が精一杯だろうか。

ひょっとしたら、子供のボク達なら3人でも覗けるかもしれない。

「どれ」

真後ろで声がしたと思ったら、ボクのすぐ横にシーザーが顔を出した。

「見えますか?」

さらにボクを挟んでシーザーの反対側にアーサーが顔を出す。

少々きついが、どうやら3人共同時に覗けるようだ。

ボクは視線を窓の外に向けた。

「うわぁ……」

窓の外の光景に、ボクは感嘆の声を上げた。

視界に飛び込んできたのは、目一杯の大広場。

こうして斜め上方から見下ろすと、その広さがよく分かる。

しかし、妙だ。

「あれ?」

横のシーザーが疑問の声を上げた。

「何かおかしくねぇ?」

その言葉を受け、ボクは妙と感じたことが正しいと分かった。

大広場中央の噴水が消えて真っ平らになっており、城壁の様相が変わっている。

城壁の内壁部分に沿って並んでいたトランスポーターが消え、代わりに内壁から広場中央に向かって巨石を積み上げた物が階段状に伸びており、それはさながらコロシアムのように見えた。

その階段状の部分に多数の人々が腰掛け、がやがやと賑わっている様子から、どうやらそこは観覧席として機能しているようだった。

反面、先程まで人でごった返していた大広場の部分には、わずかな人影が確認できるのみだ。

「そろそろ開催式が始まるからね」

シェイフが、シーザーの疑問に答えた。

見れば、シェイフは左隣の窓から大広場を見ている。

「大広場で式典とか祭典とかある時は、こういう風になる仕組みになってるんだよ。

 噴水が地下に、トランスポーターが城壁に引っ込んで、代わりに内壁に沿って地面がせり上がってきて、そこから大広場を見渡せるんだ。

 ちょっとした屋外劇場みたいでしょ?」

シェイフの説明に、ちょっとしたどころの規模じゃないなどと思いつつ、ボクは視線を元に戻した。

大広場では、まばらに散っていた人影が広場中央へと集まろうとしているところだった。

「そろそろ見張りに戻った方がいいんじゃない?」

言ったシェイフの言葉は、ボク達を挟んだ反対側の窓付近にいたブラックに向けられてのものだ。

「分かってますよ。

 でも、どうせ何にも起こりませんよ、今年は」

半ば投げやりな口調のブラック。

「今年はっていうことは、去年は何かあったんですか?」

ブラックの言葉を聞き、アーサーが窓から身を引き、ブラックに問い掛けた。

「うん、ちょっとね」

だるそうに答えるブラック。

そこへシーザーが重ねて尋ねた。

「何があったんだ?」

ブラックは窓の淵に手を置いて、失笑しながら答える。

「カオス側の新興国のバカが、式典を襲撃しようとしたんだよ。

 もちろん、すぐにとっ捕まったから、騒ぎにもならなかったけどね。

 何年かに1回くらいは起きるんだよ、そういうのが。

 幸い、これまで一度も大事に至ったことはないし、2年連続でそういうことがあったって話も聞かないけどさ」

最後の言葉は、『今年は見張らなくても大丈夫』ということを、暗にシェイフに示しているのかもしれない。

事実、ブラックの視線はシェイフの方を向いていた。

それに気付いたシェイフが、呆れ顔でシェイフを見返す。

「だからって、サボっていいってことにはなんないでしょ?

 もしこの辺りで問題が起きたら、お前の責任問題になっちゃうよ?

 親父さんにも迷惑掛かるんじゃないの?」

「まあ、そりゃそうなんスけどね……」

渋々といった様子で窓から外を見るブラック。

苦笑いしながらそれを見、シェイフが付け加えるようにボク達に向かって言う。

「ブラックが言ったみたいに、実際いるんだよ、そういう輩が。

 そういうのを起こすのは大抵がカオス側の新興国でさ、カオス内で名を上げようと躍起になってんだろうね。

 といっても、この時期のこの場所には、コスモス側の最高戦力が揃ってるんだ。

 全世界で一番安全って言っても過言じゃない。

 そこを襲撃なんて、とてもじゃないけど成功するはずがないよ。

 特に今年はクーア達も含めてZクラスのレンジャーが10人戻ってきてるからね。

 これじゃどこも手の出しようがない。

 まぁ、仮に襲撃を成功させようとしたら、Zクラスのハンターを含めたカオス総出か、ニュートラルの『超越者』が手を組むしかないだろうね」

「『超越者』? それって――」

「お、始まるみてぇだぞ!」

耳慣れない言葉の意味を尋ねようとしたボクの言葉を遮り、シーザーが興奮した様子で声を上げた。

大広場に目を移せば、クォントのステージ下付近、つまりは中央の門の前辺りに、人が集合しているのが分かる。

しかし、ここからだと遠過ぎて、かろうじて人だろうと認識できる程度なので、何をしているのかまでは分からない。

「あ、そうそう、これ使いなよ」

そう言うと、シェイフはどこから出したのか、双眼鏡をボク達それぞれに投げてよこした。

落としそうになったのを慌てて掴み、双眼鏡を通してもう1度門の前辺りを見る。

レンズの間にある装置でピントを調節すると、今度はくっきりと人の姿、どころか顔までもがよく見えた。

どうやら軍楽隊らしく、数十人の楽器を持った軍人らしき人物が、1人の指揮者と向かい合って整然と並んでいる。

音合わせをしているようだが、距離があることと、城壁沿いの観覧席の喧騒の為に、ここまでは聞こえてこない。

しばらく音のない音合わせのようすを双眼鏡で見ていると、やがて奏者達が楽器を下ろし、指揮者が大広場の方を向き、両手を上げるのが見えた。

それからさらにしばらくすると、観覧席のざわめきが収まり、大広場が静まり返った。

「始まるよ」

シェイフの言葉と同時に、指揮者がステージに向かって一礼し、体を反転させて大広場に向かって一礼、さらに体を反転させ、奏者達と向かい合った。

ピントを調節し、ステージ全体を視野に入れる。

すると、程なくして、軍楽隊の荘厳な演奏が始まった。

音合わせの時は聞こえなかったが、どうやら何らかの手段で音を拡張しているようだ。

やがてステージ最上段の左右の出入り口から、正装をした人物が複数人、ステージへと現れた。

まず出てきたのは3人。

それぞれが、最上段に据え付けられた3つの椅子の右斜め後ろへと向かい、立ち止まって姿勢を正す。

そして、わずかの間を置き、再び3人の人物がステージ上に姿を現した。

と、同時に、観覧席から一斉に大歓声が上がった。

「な、何だぁ!?」

城壁が振動するほどの大歓声に、シーザーが驚きの声を上げる。

「今ステージに出てきたのが、トリニティの3人の皇帝だ」

歓声にかき消されないよう、シェイフが少し大きな声で説明する。

言われて、現れた人物を見れば、その中にはルシディアの姿があった。

昨日会った時と同じく、『エルーシャ』のドレスを纏い、優雅に歩を進め、向かって左側の椅子についた。

他の2皇帝、スキルインペリアルの皇帝とマシンインペリアルの皇帝も、それぞれ『エルーシャ』で正装し、右側の椅子と中央の椅子につく。

「右側に座られたのが、ウチの陛下だよ」

と、ブラック。

ピントを合わせ、その人物を注視する。

シェイフと同じく30代前半と思われるスキルインペリアルの皇帝は、非常に立派な金のタテガミの栄える獅子獣人で、豪胆かつ勇猛な性格を思わせる野性的な顔立ちをしていた。

この人物が先のシェイフの話に出ていた『皇帝殴打事件』の当事者の1人だ。

次いで中央のマシンインペリアルの皇帝を注視する。

ウェーブのかかった金髪を肩口まで下ろし、髪同様に金色をした立派な髭が特徴的なその人物は、非常に温和そうな表情をしており、口元には薄く笑みをたたえて大広場を見渡していた。

「マシンインペリアル皇帝、エゼット=ヴァン・エスルワン・ホルトムーン。

 マジックインペリアル女帝、ルシディア=リア・アレフルーブ・シール。

 スキルインペリアル皇帝、シアーズ=ラウ・ハルギス・ルードラント。

 この3人が、今のトリニティのトップだね。

 コスモス加盟国の三本柱と言ってもいい」

シェイフが誰にともなく説明する。

そうしているうちに、新たに3人の人物がステージに現れ、皇帝の座す椅子の左斜め後ろに構えた。

その中には、ルシディアの皇従であるミディールの姿もあった。

続く後も、次々に新たな人物が登場し、ステージの雛壇に据えられた椅子を埋めていく。

その間も観覧席からの大歓声は途切れることがなかった。

やがてステージ上のすべての椅子が埋まると、軍楽隊の演奏が止まった。

と、同時に歓声も次第に収まっていく。

そして、歓声の余韻も収まると、再び軍楽隊の演奏が始まった。

勇壮さを感じさせる曲の演奏が始まると、

「大広場の入り口を見てみな。

 各国主力の軍隊の入場だ」

と、シェイフが示した。

少し首を傾けて真横を向くと、大広場から伸びる大通りを注視する。

ややあって、シェイフの言葉通り、隊列を組む武装した集団が、大通りから大広場へと入場してきた。

「おお〜、来たー! かっけー!!」

興奮した様子でシーザーが声を弾ませる。

一様に同じ武装で身を固め、一糸乱れずに行進する集団には、たしかに目を見張るものがあった。

観覧席からも歓声が上がった。

その歓声に包まれながら、行進は止まることなく続く。

「すっげー! あれ全部超有名軍隊だぜ!」

観覧席の歓声に負けないほど大きな声で、興奮したシーザーが叫ぶ。

今朝方の二日酔いはどこへやら、だ。

「ま、ウチのところはいないけどね」

「え? なんで?」

ブラックの言葉にシーザーが振り向いて尋ねた。

どことなく残念そうだ。

ブラックは大広場に目を向けたまま答える。

「だって、ここには半分しか来てないからね。

 あくまで、ウチ等は『皇室近衛』兵団なわけだから、本国に留まっておられる皇室の方々を放っておくわけにはいかないでしょ。

 こっちに来てる半分も、オレと同じで警備に散っちゃってるし、まとめ役の隊長もステージの上だし」

ブラックの答えに、ボクは双眼鏡をステージ上に向けた。

そのまま、スキルインペリアル皇帝の座す右側の椅子の後ろに控える2人の人物に向ける。

左斜め後ろに控えるのは、キジトラ猫の獣人。

茶と黒の毛皮を纏った、少し気弱そうな印象を受ける男性だ。

右斜め後ろに控えるのは、大柄な初老の虎獣人男性。

ただの虎獣人ではなく、白の毛皮に黒の斑の、いわゆる白虎の獣人だ。

このどちらかが皇室近衛の隊長なのだろう。

「右奥のがウチの隊長ね。

 左奥は皇従のウィール殿」

ボクの考えを察したように、ブラックが付け加えた。

「それにしてもすごいです、圧巻ですね!」

珍しく興奮した様子でアーサーが言う。

たしかに、整然と隊列を組んだ集団が一足一足を違えることなく行進していく様には不思議な昂揚感を覚えた。

ましてそれがすべて世に轟く有名な軍隊だというのだから、それらをよく知る者にはたまらない興奮だろう。

「うお〜〜〜!!!」

横でうるさいほどに叫び、しきりに尻尾を振ってボクにぶつけてくるシーザーがそれを端的に示していた。

シーザーほどではないが、アーサーもいささか興奮した様子で、時折小さく声を上げている。

とはいえ、ボクもまったく無関心なわけでもなく、アーサーと同じようなものだった。

ボクは軍隊のことはさほど詳しくはないが、そんなボクでもテレビやミラ達からいくつかの軍隊については情報を得ており、それらは総じてコスモスの中核を成す国の軍隊だった。

エクリプスの黒曜騎士団、ホライズンの陽紅騎士団、ガルグイユの深蒼兵団などがそれだ。

さすがに知っている軍隊の行進が始まると、ついついそちらに目を向けてしまい、シーザーやアーサーほどではないが小さく声を上げてしまう。

そして大広場もだいぶ埋まり、行進も終盤に差し掛かってきただろう頃、新たに入場してきた軍隊を見て、シェイフが誰にともなく言った。

「……あれが噂の幻獣戦団ね」

言葉の調子から、あまりいい印象を持っていないように思われる。

その幻獣戦団というのは、その名の通り幻獣、すなわち普段見ることが稀な獣族を従えた兵団だった。

例えばグリフォン、ユニコーン、ケルベロス、鳳凰、麒麟などが、一般的に幻獣と呼ばれる。

世界によっては、ボク達竜族も幻獣として扱われているとか。

それらにまたがり使役している兵士たちは、それぞれが騎乗する獣を模した兜を被り、それまでの軍隊同様に行進を続けている。

「幻獣戦団?」

シーザーが双眼鏡から目を離して問い掛けるが、シェイフは取り合わず、

「で、どうなわけ?」

と、真面目な雰囲気でブラックに尋ねた。

聞かれたブラックは、少し難しい顔をして考える。

「まぁ……あくまでオレ個人の印象ですけど、あまりいい印象はないッスね。

 正直、この場に出てくるのもどうかと」

「上の見解は?」

さらにシェイフが尋ねる。

「分かれてます。

 やたらと推しているのはソミューズ家ッスね。

 建国の後押しまでしたのだから当たり前ッスけど。

 あとはソミューズ家に連なる貴族と、わりと力の弱い下級貴族ッスか。

 他は半分苦く思っていて、半分中立、といったところッスかね。

 陛下は……まぁ、ああいったお方ッスから、どうお思いになっておられるのかは分かりません」

「そう……」

「おそらくッスが、他の2国も同じような感じじゃないッスかね。

 マジックインペリアルはセッタ家を中心に、マシンインペリアルはアズボード家を中心に、といった具合で」

「まぁ、だろうね……」

呟くようにシェイフが言って、話に区切りがついたようだ。

ブラックの話に出てきたセッタ家というのは、ミディールの家のことだ。

たしか、マジックインペリアルの3大貴族の1つだとか。

昨夜のクーアとミラとのやり取りの中で出てきたことを思い出し、さらにその時、クーアとミラが表情を曇らせたのを思い出した。

何か今の話と関係があるのだろうか。

「よお、何か2人でまとまっちまったけど、何の話?」

やや不機嫌そうにシーザーが声を上げる。

無視されたことが頭にきたことが表情に出ている。

めぼしい軍隊の入場と観察が済んだのか、双眼鏡を窓の縁に置いてすっかり話に割り込もうとしていた。

「おっと、悪い悪い。

 ま、大人の話なんだけど、特別に話してやろうかね」

笑顔を作り、ゴホンと咳払いをするシェイフ。

「あの幻獣戦団ってのは、コスモスの新興国の主力兵団なんだよ。

 国の名前はフィーマ連邦。

 フィーマ連邦の元は、幾人かの大商人が打ち立てた、自治権を持った複数の市国だったのね。

 それが3年くらい前に集まって連邦を興したんだ。

 その時に強く後押ししたのが、今ブラックの話に出てきたソミューズ家、セッタ家、アズボード家ってわけ。

 どの家も名と権力のある貴族でね、各国皇帝も軽んじるわけにはいかないし、新たに国を興すのにこれといって問題があるわけでもない。

 だから、トリニティはコスモスにフィーマ連邦の建国を提言。

 あ、国家の承認にはコスモスが認めることが必要なのね。

 で、元の市国群のそれぞれ中心になってた人物達ってのがコスモス御用達の武器商人達だったから、コスモスとしてもお世話になってたし、これからもお世話になるだろうからって建国を承認。

 あれよあれよというまにフィーマ連邦が建国っていうわけ。

 フィーマ連邦の建国に関してざっと説明するとこんな感じなんだけど……」

シェイフは言葉を切ると一息つき、少し苦い顔を作る。

「ちょ〜っと気になるんだよね。

 建国までの流れが早過ぎるのもあるんだけど、この場に幻獣戦団がいるのも気になるんだよ。

 なんか、出来過ぎ、って感じがしてさ。

 あ〜、ブラックに先に断っとくけど、これは別に皇帝の決定を否定してるわけじゃないからね」

シェイフの断りに、ブラックは『分かってますよ』という風にうなずいた。

シェイフの話が切れたのを見計らってシーザーが重ねて尋ねる。

「何で? 新しい国の軍隊がここにいちゃいけねぇの?」

尋ねられたシェイフは難しい顔をして唸る。

「う〜ん、いけないってわけじゃないんだけどさ。

 この始原祭の開催式ってのは、短いながらも結構神聖っつーか重要なんだよね。

 コスモス加盟国の権威を示す場、みたいなもんでさ。

 昔っから新興国の軍隊ってのは、その国がある程度コスモスに貢献したって実績を持ってから参加するっていうような、暗黙の了解みたいのがあったんだけど、今回はそれをすっ飛ばしてるんだよ。

 フィーマ連邦の場合は、建国以前から貢献してたっていえばそうなんだけどさ。

 まぁ、何か腑に落ちないっていうか、何というか…………正直に言っちゃえば、あんまりいい話を聞かないんだわ、このフィーマ連邦って国は」

「シェイフさん」

咎めるような声を出したのはブラック。

シェイフは難しい顔をさらにしかめ、

「でも、実際そうだろ?

 だから上の方でも揉めてるんじゃないの?」

「それは……そうッスけど……」

「俺の場合は個人的に嫌いってのが下敷きにあって、それが評価に影響してるのは認めるけど、国の場合は違うだろ?

 個人の事情なんか差し挟む余地がないんだから、当然問題になるのにはそれなりの理由があるからってことなんじゃないの?」

「……そうッスけど……」

言葉に詰まるブラック。

言い争いというほどではないが、今の2人のやり取りのせいで空気が重くなる。

重い沈黙に、ボク達3人は困ってしまって2人を見る。

と、大きく息を吐いてシェイフが口を開いた。

「まぁ、ここでこんなこと言ってても仕方ないか。

 っつーか、子供の前で話す内容の話じゃないなこれ。

 悪いね、忘れていいよ。

 まぁ、俺がフィーマ連邦を嫌いってことで1つ」

言ってシェイフが笑う。

シェイフの笑い声に、重い空気が軽くなった。

話しやすい空気になったところでアーサーがシェイフに尋ねた。

「ところで、シェイフはなんでフィーマ連邦が嫌いなんですか?」

「あ〜……フィーマ連邦っつーか、まぁフィーマ連邦も嫌いなんだけどさ、どっちかってーと幻獣戦団の方が嫌いなんだよね、俺」

「何でですか?」

アーサーが不思議そうに尋ねると、シェイフは胸を張り、子供のように口を尖らせてきっぱりと答えた。

「だって、俺と同じ麒麟をこき使ってるじゃない?」

 

 

「んじゃあ、ま〜たね〜!」

手を振り、声を上げるシェイフに向かって、ボク達も手を振って応える。

場所はクォントのホール。

『仕事が片付いたらクーアの部屋に行くから』と言い残し、シェイフは人混みに紛れて去っていった。

あのあと、各国軍隊の入場が終わると、ほどなくしてマシンインペリアル皇帝エゼットから開催の式辞があった。

さほど長くもない演説のようなものだったが、式辞が終わるや否や、それまでにないほどの大歓声が上がったのが印象に残っている。

その歓声を聞きながら、シェイフの『コスモス加盟国の権威を示す場』という言葉が頭に浮かんだ。

同時に『コスモス加盟国の三本柱』という言葉も。

それはさておき、式辞のあとは各国軍隊の退場となり、それを見届けて今に至る。

「すごかったな〜……」

明後日の方を見ながら、夢見心地の口調でシーザーが呟いた。

シーザーは退場の時も終始興奮しっぱなしで、朝方の二日酔いはすっかり良くなったようだった。

もっとも、今は別の酔い、陶酔感に包まれているようだが。

「これからどうします?」

一方で、興奮が冷めた様子でアーサーがボクに尋ねてきた。

「う〜ん、どうしようか?」

唸り、逆に問い返すボク。

シェイフの話だとクーアを探すのは遠慮した方がいいようだし、始原祭の開催で賑わっているだろう街にくり出そうにも、まちがいなく今はここ以上に人で溢れているだろう。

そうなれば、ボクがはぐれてグダグダな展開になる可能性が高い。

それにどのみち明日になったらクーアと一緒に街を回る予定になっている。

どうせ街を回るならその方がいいだろう。

「とりあえず1度戻る?」

ボクは尋ねるように提案した。

今部屋に戻っても、酔って寝ているケルカとワッズ、満腹で寝ているフレイクがいるだけだろうが、部屋に戻ったら戻ったで意外とやることがあるものだ。

とはいえ、さすがに勉強をする気にはなれないが。

「そうですね、いったん戻りましょうか。

 もうお昼過ぎてますし」

ボクの提案に、アーサーはうなずいて了承する。

さて、とシーザーの方を見れば、シーザーは未だに夢見心地のようだ。

「ほら、行くよ!」

声を掛け、シーザーの手を引くボク。

ハッとシーザーが息を吐き、

「何だよ!」

と抗議の声を上げるが、ボクは完全に無視し、先を行くアーサーのあとをはぐれないよう、シーザーの手を引っ張りながら歩いた。

 

 

開催式の見学を終え、クーアの部屋の階層に着き、ボクはホッと一息入れた。

人混みを行き来するのには多少慣れたが、始原祭の開催式ということもあり、その人数はこれまでの比ではなく、さすがにあれだけの人数に揉まれるのには疲れた。

シーザーもアーサーも同じなのか、同じように一息を入れていた。

と、3人揃って小休止し、トランスポーターから1歩出ると、

「お、来た来た。

 おーい、ジミーズ!」

聞き覚えのある声が坂の上から聞こえてきた。

「……このムカつく声は……」

顔をしかめてシーザーが呟き、声の方に顔を向け、さらに顔をしかめる。

そこにいたのは声の主ルータスと、その左右にハーゲン、モルドのいつもの3人組。

「その呼び方はやめろ」

モルドがため息をつきながらルータスの頭を小突く。

「イッ!」

悲鳴を発し、ルータスが小突かれた所を抑えると、さらにハーゲンが脇腹を突いた。

「アウッ!」

身をよじりながら再びルータスが悲鳴を上げた。

そんな3人の小芝居を見ながら、シーザーが尋ねる。

「何でこんなとこにいんだよ」

好意もないが敵意もない調子で言うシーザーの言葉に、3人は顔を見合わせると、

「何でって、用があるからに決まってんじゃん」

3人を代表するようにルータスが至って気楽な口調で答えた。

「用、ですか?」

オウム返しに問うアーサーに、モルドがうなずき、

「時間、あるか?

 立ち話もなんだし、ちょうど飯時だし、どこかで飯でも食わないか?」

と、昼食を一緒に取ろうと誘ってきた。

ボクはどうしようかと問い掛けるように2人を見る。

「まぁ、戻っても特にやることないですしね」

「金ねーけどな、オレ」

アーサー、シーザー共に誘いを断ろうとする気配はない。

シーザーは少々渋るかと思っていたのだが、別段嫌そうな雰囲気でもなかった。

少しは溝が埋まったのだろうか。

『じゃあ』とボクは2人にうなずきかけ、

「うん、いいよ」

と、モルドに向かって答えた。

そこへすかさずシーザーが、

「当然、そっちが誘ったんだから、そっちが奢ってくれよな」

と、なかなか厚かましい言葉を投げ掛けた。

ルータスが反応して口を開きかけたが、それより早くハーゲンが言葉を発する。

「そのつもりだよ」

初めからそうするつもりだったという口ぶりでハーゲンが答えた。

言葉を制されたルータスは面白くなさそうな表情を浮かべる。

「よし、じゃあさっそく行こうぜ」

気分良さそうに言って、シーザーは早々とトランスポーターの中に戻っていった。

 

 

昼時のレストラン。

席数の多いファミリーレストランとはいえ、さすがに混み合っており、しばらく待つハメになった。

しかし、待ったかいがあったというべきか、通されたのは窓際の見晴らしのいい席だった。

水とおしぼりが運ばれ、全員でメニューと睨み合うことしばし。

通りがかったウェイターに注文し、あとは料理が運ばれてくるのを待つだけとなり、ゆったりと話す時間ができた。

「で、用って何よ?」

水を飲みながらシーザーが切り出す。

それを受けて、モルドとルータスがハーゲンに視線を向け、3人を代表するようにハーゲンが答える。

「始原祭が終わったら、次の休日に探険に行かないかい?」

『探険?』

突然の誘いに、ボク達は顔を見合わせ目をしばたく。

「探険って?」

ボクが問い返すと、ハーゲンは水を一口飲み、

「『彷徨』の魔法を知ってるかい?」

と、逆に尋ねてきたので、ボクはうなずき、

「知ってるよ。

 瞬間移動の魔法の1つだよね」

そう短く答えた。

瞬間移動の魔法にはいくつか種類がある。

もっとも有名、というか使われているのは『転移』の魔法で、使用者と対象を任意の場所に瞬間移動させるというものだ。

今ハーゲンが言った『彷徨』の魔法というのは、『転移』とは似て非なる魔法で、使用者と対象を瞬間移動させるところまでは同じだが、移動先の場所を指定することができない。

つまり、使用者にも行き先が分からないのだ。

何もない空のただ中、高水圧の深海の底、光1つない洞窟の最奥、燃え盛る太陽の表面、荒れ狂うマテリアの群の中心。

極端ではあるが、こういった場所に放り出されてしまうこともあり得る。

実際、『彷徨』による事故は何度も報告され、そのたびに死傷者が出ているという。

その為、

「僕はその魔法が使えて、ちょくちょく使うんだけどね」

というハーゲンの言葉に、ボクは驚いた。

ハーゲンはボクの顔を見ると、『ああ』と小さく声を漏らし、

「ちゃんと準備してから使ってるから問題ないよ」

と、事もなげに答えた。

そのままハーゲンが続ける。

「ずっと訓練と勉強ばかりしてても面白くないし息が詰まるからね。

 探険と息抜きがてら、2人――モルドとルータスに目を向け――と一緒に使うんだよ。

 で、昨日、君達と別れたあとにも2人と一緒に使ったんだけど、その時に行った世界で遺跡を見つけたんだ」

「遺跡、ですか?」

アーサーが尋ねると、これにはモルドが答える。

「たぶん、手付かずの遺跡だと思う。

 周りは何もない森で、人目につくような場所じゃなかったからな」

「お宝とかあるかもね」

モルドに続いてルータスが言うと、

「宝!?」

シーザーが声を大にして食い付いた。

ルータスの言葉を否定せずにモルドが続ける。

「もし本当に手付かずの遺跡で宝物殿の類だったら、ない話じゃないな。

 金銀財宝とか武具とか魔道書とかな」

「武具、ですか……」

ポツリとアーサーが呟いた。

シーザーほどがっ付いた食い付き方はしなかったが、内心はかなり興味をそそられているようだ。

かくいうボクも魔道書というのが少し気になる。

ボク達がそれぞれに遺跡――というより宝――に興味を持ったのを見て、ハーゲンがさらに続ける。

「確かに。 あながちない話じゃないね。

 あれは『古竜種』の遺跡だから」

「『古竜種』? 『古竜種』って、あのアレか?」

シーザーが尋ねると、ハーゲンはコクリとうなずき、

「入口に『古竜種』の紋章があったから間違いないと思うよ」

と、答えた。

話に出た『古竜種』というのは、本来の名称を『古代高等竜人種』という。

コスモス発足よりも遥か昔に繁栄し、ある時を境に突如として歴史上から姿を消した古の竜族。

歴史の教科書によれば、その版図は現在のコスモスとカオス、そしてニュートラルの国々を含めてもなお足りないほどの巨大さを誇っており、文化水準も今のトリニティ以上に高かったという。

そんな『古竜種』が文化の1つとして持っていたのが神殿や祭殿、宝物殿といった、大規模建築物の建立であるらしい。

当時建立された数限りない建築物は、今でも朽ち果てることなく、全世界各地で遺跡となって見つかっている。

現在見つかっているだけでも相当数の遺跡があるのだが、それでもまだ氷山の一角だという。

それほど『古竜種』は大規模建築物の建立を日常的に行っていたようだ。

未踏の地と思われていた世界を探査していたら『古竜種』の遺跡が見つかった、ということはよくある話らしく、『未踏の地 掘れば古竜の 息吹あり』などと詠われもしており、仮に教科書の記述が話半分だとしても、事実としてかなりの版図を誇り、多数の遺跡を遺していることは間違いない。

「で、そこに一緒に行こうってわけ?」

シーザーが尋ねると、ハーゲンはうなずき、

「来る気があるなら、ね」

と、押しの弱い誘いで答えた。

「中がどうなってるか分からないから危険度も分からない。

 だから無理に来いとは言わないよ。

 周りでマテリアを見かけたから、中に人は入ってなくてもマテリアは入り込んでるかもしれないし、遺跡を守るガーディアンもいるだろうからね」

続けていったハーゲンの言葉に、

「どうします?」

と、アーサーが反応し、ボクとシーザーに問い掛けてきた。

ボク個人としては、宝云々を抜きにしても行ってみたくはある。

同じ竜族、もしかしたら遠い祖先に当たるかもしれない。

そんな思いも無きにしも非ずだからだ。

シーザーはというと、少しも考える素振りもなく、

「行こうぜ!

 楽しそうじゃんか!

 それに、うまくいきゃ、お宝ガッポリだろ?」

と、ウキウキした様子で即答していた。

「アーサーは?」

ボクがアーサーに問うと、

「僕も行ってみたいですね」

アーサーもシーザー同様、ワクワクを隠せない様子で答えた。

となれば答えは1つ。

ボクはハーゲン達に向き合うと、首を1つ縦に振り、

「ボク達も一緒に行かせてもらうよ」

そう告げた。

「じゃあ、決まりだね」

ハーゲンの答えで話が一段落すると、見計らったように料理が運ばれてきた。

それぞれの前にそれぞれの注文した料理が置かれ、それぞれに料理に手を付け始める。

しばらくして腹具合もよくなってきた頃、ルータスがこちらに向かって尋ねてきた。

「そういやさ。

 お前等ってレベルいくつなわけ?」

「ジークは22だったね」

ステーキの肉を切りながらハーゲンが言う。

実は、昨日のクーアとの手合わせのあとに調べたら23になっていたのだが、そう大差ないのでシーザーにもアーサーにも告げずにいた。

ルータスの質問に答えたのはシーザー。

「オレは24、アーサーは68だぜ」

ハンバーグを口に運びながらの何気ない風を装った言い方だったが、アーサーのレベルを告げる時は少々得意気な様子でシーザーは答えた。

自分が比べられると嫌がるくせに、誰かに告げる時は自慢要素になるのか、気分がいいようだ。

たしかに、アーサーの68というのは、同年代の中でも飛びぬけているようで、驚愕すべき数字らしく、仲間としては鼻も高いというのは分からなくもない。

しかし、シーザーの予想に反して、ルータスは小さく吹き出す。

それは以前ボクのレベルを告げた時と同じく、バカにしたような吹き出し方だった。

当然の如く気に障ったシーザーが、食事の手を止めてルータスを睨み付ける。

そして、ルータスが口を開こうとした刹那、それより早くモルドとハーゲンが口を開いた。

「ルータス、少し黙ってろ」

「喋ったら鉄板に顔を押し付けるよ」

2人に言われたルータスは、ハーゲンの目の前にある、ステーキの乗った焼けた鉄板に目を落とし、沈黙した。

気まずくなった沈黙を破ったのはモルド。

「気に障ったら悪かったな。

 こいつにも悪気はな…………いんだ」

途中、言葉を切り、ルータスを見て顔を曇らせたことからも、何となく言いたいことは伝わってきた。

そのあとをついでハーゲンが口を開く。

「悪いね。

 でも、重要なことだから、知っておかないとね。

 事実、知っておいてよかった。

 アーサーはともかく、もしもの時はシーザーも守らなきゃいけない」

ハーゲンの言葉に、再びシーザーの表情が変わる。

こちらではアーサーがいち早くシーザーの前に手を伸ばし、制していた。

それを見て言葉を続けてよしと判断したのか、ハーゲンが続ける。

「もしもの時っていうのは、マテリアやガーディアンがいた時だね。

 遺跡の周辺で見かけたのはEランクのマテリアだったから、仮に遺跡に入り込んでるとしたらそのランクのマテリアだと思う。

 アーサーは問題なくても、君達2人じゃあ手に負えないだろうし、もしガーディアンがいた場合はアーサーでも危険かもしれない。

 いざという時は君達を守りながら戦うか逃げるかしないといけなから、そういう意味で知っておいてよかったってことさ」

説明を終え、同時に食事も終えてナイフとフォークを置くハーゲン。

さすがにこれだけ丁寧に説明されては強がりも言えないのか、シーザーは黙ってハーゲンの説明を聞いていた。

Eランクのマテリアというと、レベルとしては31〜40の間だから、たしかにボクとシーザーでは荷が重い。

ガーディアンの力は分からないが、仮にも遺跡の守護者が弱いということはないだろうから、おそらくアーサーでも危険というハーゲンの言葉は間違いではないだろうと思う。

しかしそうなると、

「……そういうお前等のレベルはいくつなんだよ?」

と、ボクが気になったことを、シーザーが代弁した。

それにはハーゲンと同じく食事を終えたモルドが答えた。

「俺が94、ハーゲンが97、ルータスが90だ」

『!!!』

特に誇るようでもなく言ったモルドの言葉に、ボク達は一様に驚き、目を見開いた。

3人共90台、レンジャーのクラスでいえばBクラスにあたる。

稀に成長率の極めて高い子供が生まれることがあり、そういった子供は様々な分野で幼いうちから頭角を現し、神童などと呼ばれることがあると、以前クーアに、ボクとシーザー、そしてアーサーのレベル差の理由を尋ねた時に説明された。

その時、ボクはアーサーがそういった部類に入るのだろうと思い、だからこそクーアもそう説明したのだろうと思っていた。

しかし――もちろんアーサーもそれにあたるのだろうが――、目の前の3人はそれ以上で、もはやそのレベルは第一線で活躍するレンジャーと比べても何ら遜色がなく、ボクとシーザーはおろか、アーサーですら比べるべくもない。

これではルータスがボク達を下に見るのも無理からぬことかもしれない。

そのルータスは無言で勝ち誇った笑みを浮かべていたが、さすがにこのレベル差を認識させられてはシーザーも言い返せないようで、怒りと悔しさの入り混じった複雑な表情を浮かべていた。

気持ちは分からなくはないが、ボクは1度ハーゲンの強さを目の当たりにしているので、ショックはシーザーほど大きくはなく、アーサーもボクとシーザーほどのレベル差がない為か、そこまでのショックは受けていないようだった。

「それはそれとして」

ボク達の思いなど知らぬ気に、何事もなかったかのようにハーゲンが口を開いた。

「僕達と行くことは、誰にも言わないで欲しいんだ」

「え? 何で?」

思いもしていなかった提案に、ボクは聞き返すと、ハーゲンは水を飲みながら、

「本当は『古竜種』の遺跡っていうのは、レンジャーは許可なく入っちゃいけないんだよ。

 許可なく入ると罰せられる。

 立場上、僕達の先生も君達の先生も見過ごすことはできないだろうからね」

「それって、マズいんじゃ……」

「まだレンジャーになったわけじゃないから大丈夫さ。

 罰則の規定があるのはレンジャーに対してだけだし、それに子供のすることだし、ね」

「でも……」

「嫌なら来なくてもいいんだぜ?」

ボクとハーゲンの会話に、ルータスが割って入った。

ルータスはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ボク達――特にシーザーを――を舐めるように見回すと、

「怖気づいたんなら仕方ないもんな〜。

 お前等弱いしさ」

と、誰の目からもあからさまな挑発を投げ掛けてきた。

「いや、別に悪いことじゃないよ。

 ただ凡人ってだけで、それが普通なんだから。

 ま、レンジャー目指してる人間が凡人でいいのかって話だけど――イテッ!?」

さらに挑発を続けるルータスの頭をモルドが拳で殴り付けた。

殴られた場所を抑えてうずくまるルータス。

挑発と分かりつつもボクはその言い草に頭にきたが、そんなボクよりもはるかに頭にきた人物が横に1人。

シーザーは怒りのあまりか小刻みに体を震わせていた。

心なしか涙を浮かべているようにも見える。

ボクがまずいと思いながら、何とかなだめすかそうとシーザーの方に手を伸ばしたその時、

「うるせぇ! 行くっつってんだろ!

 誰にも言わねぇから連れてけよ!!」

勢いよくシーザーが席を立ち、大声でルータスに怒鳴り付けた。

周囲の席の客が何事かとこちらを凝視してくるも、シーザーはまるで眼中にない様子で、目を血走らせ、鼻息荒く、今にも飛び掛からんばかりの表情でルータスを睨み付けていた。

ここまで怒りをあらわにしたシーザーは初めて見る。

しかし、こうなってしまってはあとには引けない。

例えボクとアーサーが行かないと言っても、シーザーは意地でも行くと言い出すだろうし、実際1人で行ってしまうだろう。

同じことを思ったのか、アーサーはボクに目配せし、うなずく。

成り行きで仕方ないとはいえ、同時に少しはシーザーの気持ちを分かることもあり、ボクは罪悪感を感じながらも立ち上がったシーザーの手を引いて座らせると、

「分かったよ。

 誰にも言わない」

と、ハーゲンの提案を了承した。

それを見て、ハーゲンは満足そうにうなずいた。

「じゃあ、決まりだね。

 集合時間は――」

 

 

部屋に戻るまで、シーザーは終始無言だった。

てっきり悪態をつきまくると思っていたのだが、今回はそれを通り越してしまったらしい。

ボクもアーサーもそれなりにショックではあったが、シーザーほどではない。

シーザーは強さに対して、妄信にも似た憧憬を持っている。

アーサーと出会った時もそうだったが、今回はことさらショックが大きかったのだろう。

黙り込むシーザーに気を使ったわけではないが、共に歩くボクとアーサーも終始無言で部屋まで戻ってきた。

何とかしてシーザーを慰める方法はないかと思いながら部屋に入ると、突如シーザーが弾かれたように靴を脱ぎ捨て、部屋の中へと足音大きく入っていってしまった。

つられるようにボクとアーサーも靴を脱いであとを追ってリビングへと向かう。

リビングには、ボク達が出掛ける時にはまだ眠っていたフレイクとワッズの姿は見当たらず、ケルカが1人ソファでぐったりと眠っているだけだった。

そんなケルカを、シーザーはリビングに入るや否や勢いよく揺さぶり始めた。

「ケルカ! ケルカ!!」

シーザーが大声で呼びかけながら揺さぶること数秒、

「……んん……?」

だるそうにケルカが目を覚ました。

「……んだよ……うるっせぇな〜……

 うぉ〜……頭いてぇ……」

シーザーの顔を見るなり、機嫌悪そうに文句を言うケルカ。

シーザー同様、二日酔いらしく頭を押さえて唸っている。

そんなケルカに向かって、シーザーが言う。

「すぐに強くなれる方法、教えてくれよ!

 こう、一気にレベルが上がる方法とかさ!」

かなり無茶な注文に対し、ケルカはのそりとソファに身を起こし、ボリボリと頭をかきながら面倒くさそうに言う。

「ああ? 何だよ、藪から棒に……」

「いいから教えてくれよ!

 何かあんだろ!?」

「ふぁ〜…………ったく、そんなのあるわけねぇだろ?」

シーザーの再度の質問に、ケルカはあくびをしながら答えた。

「だいたい、そんな方法あったら苦労ねぇよ。

 地道に努力してくのが一番の近道だ」

「っ……!」

もっともなケルカの答えに、シーザーは苦い顔で押し黙った。

その時、

「どうしたの?」

キッチンから、リビングの戸口に立つボクとアーサーに向かって声が掛けられた。

見れば、いないと思っていたワッズがコーヒーを用意しているところだった。

「実は、お昼にちょっとあって」

と、キッチンに向かいながら、先程あったことをアーサーが説明する。

できるだけシーザーに聞こえないように小さな声で。

「昨日、ハーゲン達のことは話しましたよね?

 クーアのパーティの時に」

「ああ、レンジャー志望のキミ達と同年代の3人組のことだよね」

「そうです。

 で、その3人と一緒にお昼を食べたんですけど、そこでレベルの話になって。

 向こうの3人、全員レベルが90以上だったんですよ」

「へぇ! それはすごいね。

 滅多にいないよ、その歳で90以上なんて。

 アーサーだって70前でしょ?」

「ええ。 それで、ちょっとシーザーがショックを受けたというか……」

言葉尻を濁して気遣わしげにシーザーを見るアーサー。

シーザーはあくびをしているケルカの横で、苦い顔のまま立ち尽くしていた。

「なるほどね」

ワッズは納得して言いながら、用意してあった自分とケルカの分のコーヒーカップとは別に、ボク達の分のコーヒーカップを食器から取り出した。

カップをすべてトレイに乗せると、コポコポと音を立てるコーヒーメーカーからサーバーを手に取り、カップに注ぎ始めた。

「あの子は少し強さに固執しすぎてる感があるね。

 悪いこととは言わないけど、もう少し考え方を柔らかくしないといけないかも。

 この先、自分以上に強い人間と何度も出会うことになるんだから、そのたびに気にしてたら心がもたないよ。

 そう思わない?」

ワッズはにこやかにそう言うと、注ぎ終えたサーバーを戻し、ボク達に向かって問い掛けた。

それをボクは、ワッズがボク達に向かってシーザーの悪癖とも言うべき部分を治してやってほしいと、暗にそう言っているのだと理解した。

ボクがうなずくとワッズはニッコリと笑い、トレイに砂糖やミルクを乗せてリビングへ向かった。

そして、テーブルの上にトレイの上の物を置きながら、いまだに苦い顔をしているシーザーに向かって声を掛ける。

「一時的に、でいいなら方法があるよ」

その言葉に、ハッとしたシーザーが食い付く。

「どうやるんだ!?」

トレイの上の物を置き終えてケルカの横に座り、ミルクと砂糖でコーヒーの味を調えながらワッズが答える。

「魔法や技法に一時的に身体能力を引き出すものがあるんだ。

 それを使うんだよ」

「でも、ありゃあくまで一時的だろ?

 こいつが言ってんのは、永続的にってことじゃねぇの?」

目の前に置かれたコーヒーカップを手に取り、ブラックのまま一口含んだケルカが、ワッズにともシーザーにともなく言った。

それに対し、ワッズが答える。

「でも永続的な強さを得たいなら、さっきケルカが言ったように地道な鍛錬しかないよ」

その答えはシーザーに向けられていた。

「…………」

シーザーは押し黙ったまま、ケルカの隣に座った。

ボク達も、シーザーの斜向かいに座り、それぞれにコーヒーの味を調える。

「……一時的でもいい、この際。

 どうやってやるんだ?」

少しの沈黙のあと、シーザーが口を開いた。

コーヒーカップを置き、ため息にも似た息をついてワッズが答える。

「一時的でいいなら方法は3つ。

 今言ったように、魔法や技法を使う方法が1つ目。

 2つ目は特殊な道具を使う方法。

 3つ目は特殊な武具を身に付ける方法」

「3つの中じゃ、武具の方がお手軽だし効果が高ぇな。

 魔法や技法だと上昇幅が知れたもんだし、効果を継続させるにゃ法力食い過ぎるしな。

 それに、結局はそういうのを使えるようになるまで鍛えねぇといけねぇし。

 まぁ、封魔晶でも代用できるけどよ。

 道具に至っちゃ、上昇幅は雀の涙なうえ、金が掛かる。

 効果の重複ができるのは強みだけど、それにしたってコストパフォーマンスは最悪だ」

「そうだね。

 上昇幅の調整はできないけど、単に能力アップを望むだけなら武具が一番いいかもね。

 でも、手に入れる為にはそれなりのお金が必要だけど」

「ちょっとしたもんならそんなになくてもいいだろ、金?

 現に、ほれ、ジークが今してるのだって、そんなに高くねぇだろ

 こいつにゃ、それくらいのもんがちょうどいいぜ」

交互に言うワッズとケルカから送られた視線の先には、ボクの右手があった。

ボクの右手の人差指には、以前にクーアから買ってもらった鉄製の指輪がはめられている。

右手を軽く上げると、全員の視線が指輪に集まった。

「そういえば、その指輪は魔力を引き出す効果がありましたね。

 僕のサーベルとガントレットにはそういう効果はないですけど」

言ったのはアーサー。

言われてボクは、授業の中で教わったことを思い出した。

武具の性能には、切れ味や強度の他に、精気の伝導率と能力の引出力がある。

基本的に能力の引出力は通常の武具の鍛錬法では付与することはできないので、今アーサーが言ったように能力の引出力のない武具の方が一般的だ。

当然、鍛錬法が通常のものよりも難しいものになるので、同じ鉄製の武具でも値段が高くなる。

とはいえ、ボクの指輪の場合は引出力が低めで、さらに原材料が鉄という元々引出力に乏しい金属であり、そのうえ引出する能力が魔力だけというものなので、そこまで値段は変わらないらしいのだが。

「……それ、くれ」

じっとボクの指輪を見ていたシーザーが言った。

その態度がやけに横柄に感じたので、ボクは、

「やだよ。

 だいたい、これは魔力だけしか引き出さないから、お前には意味ないよ」

と、正論と若干の嫌みを込めて答えてやった。

ムッとした表情でボクを睨むシーザーだったが、すぐにケルカの方に向き直り、

「ケルカ、何か持ってねぇの?

 こう、一気にレベルが10とか20とか分くらい上がるような武具」

と、かなり無茶な注文をつけた。

しかし、ケルカは、

「持ってるよ」

意外にもあっさりと返事をした。

これには注文した本人も驚く。

「え、マジで!?」

「でも、やらねぇし、貸しもしねぇよ」

期待を込めた眼差しで問い返したシーザーに、これまたあっさりと否定したケルカ。

一瞬、シーザーの表情がかたまり、すぐにふくれっ面になる。

「何でだよ!?」

「仮にオレがそういう武具貸して、それ装備してお前、満足すんのか?

 借り物のめちゃくちゃ強ぇ武具装備してお前、『オレは強いんだぜ!』って威張り散らすのか?

 それでお前、満足できるのかよ?」

「そりゃ……」

少し真面目な風に答えたケルカに、口ごもるシーザー。

ケルカは畳み掛けるように続ける。

「言っとくけど、オレは別にそういう武具を身に着けるのが悪いって言ってるわけじゃねぇぜ?

 ただ、装備する奴の実力に見合った物ならいいけど、そうじゃねぇ物を装備するのがおかしいって言ってんだ。

 今ジークの指輪見て言ったばっかだろ?

 お前にゃそのくらいのもんで充分だってよ。

 もしお前がオレの武具を装備しようもんなら、お前が武具を装備してるんじゃなくて、武具がお前を装備してるみてぇなもんだ。

 そういうのってオレから言わせりゃ、弱いよりもダサいことだぜ?」

「…………」

「そういうのをな、分不相応って言うんだ」

駄目押しと言わんばかりにケルカは言い放ち、口を閉じた。

シーザーは黙ったままうつむき、小さく体を震わせている。

その様子を見かねたのか、ワッズがシーザーの横まで移動し、シーザーの目線まで腰を下ろして、その肩に手を置いた。

そして、優しい声音で諭すように言う。

「ここに来た時、クーアに連れられて武具を揃えたって言ったよね?

 その時クーアは、キミ達のレベルに見合った武具を揃えてくれなかったかい?」

言われてボクは思い出す。

たしかに、レベルの近いボクとシーザーは同じような材質の武具を買ってもらったが、レベル差のあるアーサーはもっと良い材質の武具を買ってもらっていた。

「どんなに武具だけが良くても、使い手のレベルと釣り合わなければ不格好なものだ。

 それは例えれば、包丁すら握ったことのない素人が最高級の食材を使って調理するのに似ている。

 どんなに高級な食材を使ったって、それを調理する人間に何の知識も技術もなければ、出来上がる料理は散々なものだ。

 君は料理が得意だし、好きみたいだから、それが想像できるだろう?

 ケルカが分不相応って言ったのはそれと同じことなんだよ」

「…………」

ワッズの説明にも、シーザーは沈黙したまま。

そんなシーザーをしばらく見つめて、ワッズは少し苦笑いを浮かべつつ、口調を変えずに続けた。

「それでもどうしてもって言うなら、ボクもいくつかそういう武具を持ってるから、それを貸そう」

「おい」

ワッズの提案にケルカが咎めるような声を上げた。

しかしワッズはとりあわず、

「どうする?」

優しく笑んでシーザーの顔を覗き込み、答えを待った。

ワッズの言葉を最後に、全員沈黙。

しばらくして沈黙を破ったのはケルカだった。

「ま、何でそんなにいきなり力が欲しいなんて言い出したのかなんて聞かねぇけどよ、焦ったところでドジ踏むのがオチだぜ?

 いいじゃねぇか、今は弱っちくたって。

 つーか、一般人目線で見りゃ、お前だって充分過ぎるほど強ぇぜ?

 オレも結構に長生きだけどよ、お前くらいの歳でバカ強ぇ奴なんて数えるくらいしか会ったことねぇぞ。

 もうちっと心にゆとり持てよ」

言葉は乱暴だが優しい声音でケルカがアドバイスじみた言葉を、うつむいたままのシーザーに掛ける。

しかし、それを聞き終わるや否や、シーザーはワッズの手を振り払うように立ち上がると、何も言わずにリビングを飛び出していってしまった。

「あ! シーザー!」

声を上げてボクも立ち上がり、あとを追おうとするが、

「ほっとけよ」

ケルカがそれを制した。

「でも……」

「ああいうのはてめぇで答えを出した方がいいんだ。

 ちっとくらいはアドバイスしてやってもいいけどよ、おせっかいが過ぎるのもよくねぇぜ?」

困惑したボクに、コーヒーを飲みながらケルカが言った。

そんなケルカを見ながら、ワッズが笑って言う。

「経験者は語るっていうやつ?」

「余計なこと言うんじゃねぇ!」

ワッズの言葉にケルカが噛み付く。

その様子はどこか恥ずかしそうだ。

察するに、ケルカにも今のシーザー同様の経験があるらしい。

「覚えがあるんですか?」

尋ねるアーサーに、ケルカは小さく舌打ちして顔をそらし、

「昔の話だよ昔の。

 ったく、余計なこと言いやがって」

言って、ワッズを睨み付けた。

ワッズは意にも介さずに微笑み続け、

「経験者なんだから、何かアドバイスしてあげたら?

 ちょっとくらいのアドバイスはいいんでしょ?」

と、意地悪気に言った。

それを聞いてケルカは大きくため息をつくと、ガシガシと後頭部をかき、コーヒーカップを一気にあおった。

「しょーがねぇな。

 った〜く、世話の焼けるガキだぜ、まったく」

悪態をつきながら立ち上がり、リビングを出ていこうとするケルカ。

言葉とは裏腹に、まんざら嫌そうでもないようだった。

その背に向かってワッズが声を掛ける。

「余計なことはしないようにね。

 またクーアに殴られるよ」

釘を刺されたケルカは、『分かってるよ』という風に手を上げ、リビングから出ていった。

それを見送り、ワッズがボク達に向かって言う。

「あとはケルカに任せておけばいいよ。

 あんなこと言ってるけど、結構気に掛けてるみたいだからね」

「みたいだね」

少し吹き出しながらボクが答えると、ワッズも静かに笑って応えた。

 

 

「……何やってんの?」

シーザーとケルカがリビングを出ていってから約1時間。

ワッズにはケルカに任せておけと言われたものの、シーザーの様子がどうにも気になったボクは、シーザーを探してとりあえず部屋に戻ってみた。

そして、そこで見つけたシーザーに向かって今の一言を投げ掛けた。

「何、って、腕、立て、付せ」

上下動に合わせて言葉を発するシーザー。

その言葉通り、シーザーは紛うことなき腕立て伏せを実行していた。

「いや、だから何で急に?」

何となく返ってきそうな答えを予想しつつ尋ねてみる。

「地道、に、鍛え、よう、かと、思、って」

案の定、シーザーからは予想通りの言葉が返ってきた。

(……単純だな〜)

半ば呆れながらシーザーの腕立て伏せを見守るボク。

何にせよ、とりあえずは立ち直ってくれたようで一安心といったところか。

「アー、サー、は?」

腕立て伏せを続けながらシーザーが尋ねてくる。

「ワッズと一緒に夕飯の買い出しに行ったよ」

「ふ〜、ん…………ぷぅ……」

ボクの答えに相槌を打ち、腕立て伏せをやめてシーザーが立ち上がった。

大きく息をしているシーザーにボクは言う。

「そんなに急がなくたっていいじゃん。

 ボク達まだ子供なんだからさ」

「それ、さっきケルカにも言われた」

ボクのアドバイス、というか意見を聞くや否や、ため息と共にシーザーが言い、自分のベッドの上に転ぶように座り込んだ。

うんざりしているその様子から、どうやらケルカに説教寄りのアドバイスをもらったようだ。

「まぁさ、オレだって別に自分が弱いと思っちゃいねぇよ。

 そんじょそこらの大人よりも強いって自信はある。

 けどよ、それでも同い年の子供がって考えるとさ……」

「それを言ったらアーサーだってそうじゃない」

シーザーの告白に、言ってボクも自分のベッドの上に腰を下ろす。

隣のアーサーのベッドを見れば、その下にアーサーの羽毛が1枚落ちていた。

ボクは体を乗り出してそれを拾い、手で弄ぶ。

そんなボクの様子を見ながら、

「そりゃそうだけどよ。

 あいつは別に……今はそんなに気にならねぇんだよ」

と、シーザー。

ボクはアーサーと出会った時のシーザーの様子を思い出して吹き出す。

「そういえば、アーサーと初めて会った時、すっごい不機嫌だったよね?」

「うるせぇ!」

恥ずかしいのか、それを隠す為に大声で叫ぶシーザー。

それでもボクが笑っているのを見て、『ふん!』と鼻を鳴らす。

その様子が余計におかしい。

そうしてボクがひとしきり笑い終えると、シーザーが静かに語り出した。

「思い出してみりゃ、アーサーと会った時、クーアにも同じようなこと言われたな。

 『そのうち強くなる』って感じでさ。

 ……なんつーか、成長してねぇな、オレ。

 まーた同じことしちまってる」

顔を伏せ、シーザーにしては妙に神妙というか、声のトーンを押さえて言ったもので、もしやまた落ち込んだかと思い、シーザーの顔を覗き込みながら、ボクは声を掛ける。

「反省できたなら成長してるってことじゃないの?」

「そう……かな?」

「うん、そうだよ」

「そう……だな。

 そうだよな!」

どうやら元気が出てきたようだ。

単純で扱いやすいというか、こうもすぐに思考を前向きに変えられるのは少し羨ましくも思えた。

「よし、じゃあ気を取り直したところで、次は腹筋だ!

 あ、足押さえててくれる?」

「はいはい」

 

 

なんだかんだでシーザーの特訓に付き合わされ、気付けば夕方になっていた。

リビングに降りると、先程クーアから電話があったようで、今日は帰れないとのこと。

予想はしていたものの、やはり落胆してしまう。

結局そのあとは何もすることがなく、いつものように夕飯を食べ、いつものように過ごし、いつものように床についた。

シェイフも仕事が終わらなかったのか、姿を見せなかった。

昼間の開催式での盛り上がりが嘘のようないつも通りの夜に、若干の消化不良感を感じつつ、ベッドにもぐり込んだボクは、昼間のハーゲン達の言葉を思い出していた。

(『古竜種』の遺跡の探険か……)

次の休日のことではあるが、今から少しワクワクする。

と同時に、クーア達には内緒にしておくということに少なからず罪悪感を覚えた。

しかし、それでも遺跡に対する興味の方が強く、ボクは好奇心で罪悪感を誤魔化した。

そんな葛藤を続けているうちに、いつの間にかボクは眠りについていた。