「魔法というのは、回復・攻撃・防御・補助・特殊魔法の5つに大別され、それらは更に――」

暖かな日差しが窓から差し込む中、午後の授業が始まった。

ボクは、窓際に設置された勉強用の机の上に分厚い魔法書を広げ、机の横で同じ魔法書を持って立つミラが読み上げる文章を目で追う。

レンジャーになるべくクォントに来てから、はや3週間。

最初の1週間は、授業というよりもここでの生活に慣れる為の期間だった。

ルールやマナー、文化などについてを教え込まれ、馴染みのなかった電気製品の扱いも、今では手慣れたものになっている。

そんなわけで、ようやくここでの生活を快適に送ることができるようになったボク達は、レンジャーになるという本来の目的の為、フレイク、アルファス、ミラの3人から授業を受けていた。

スケジュールとしては、週6日のうち、3日を座学、2日を実技、1日を休日に割り当てており、座学・実技・座学・実技・座学・休日となる。

今日は3度目の座学なので、明日は休日だ。

座学・実技共に、ボク達3人の授業内容は異なり、ボクは魔法・魔術を中心に、シーザーは技法・技術を中心に、アーサーは双方を両立させた授業を受けていた。

これは、レンジャーのタイプが5つに分けられ、ボク達3人がそれぞれ異なったタイプであるかららしい。

レンジャーの5タイプとは、筋力に特化したパワーファイター、速力に特化したスピードファイター、魔力に特化したマジックサポーター、技力に特化したスキルサポーター、すべてが平均的なオールラウンダーの5つであり、ボクはマジックサポーター、シーザーはスピードファイター、アーサーはオールラウンダーだという。

ちなみに、クーアとフレイクはオールラウンダー、ケルカはパワーファイター、アルファスはスピードファイター、ミラはマジックサポーター、ワッズはスキルサポーターらしい。

クーア達のように、1つのパーティに5タイプ揃っているのが一番望ましいらしいが、そういったパーティは少ないという。

ともあれ、そんなわけでタイプの同じ者同士、ボクはミラから、シーザーはアルファスから、アーサーはフレイクから、より多くの授業を受けることになっていた。

今頃はシーザーもアーサーも別室で授業を受けているはずだ。

余談だが、クーアの部屋は部屋数が無駄に多いので、寝起きするのも勉強するのも1人1部屋が与えられている。

ミラ達は授業が終わるとそれぞれに自分達の部屋に戻っているようだ。

「……ーク? ……ジーク?」

「……へ!?」

魔法書に目を落としながらも別のことを考えていたボクは、ミラの言葉に間の抜けた声を上げてしまった。

「どうしました? 何か分からないことでも?」

「ううん、ちょっと別のこと考えてたんだ。 ごめん」

謝る僕に、ミラは怒るような素振りは見せず、むしろ微笑みを浮かべて言う。

「試験まで、あまり時間がありません。

 考えていたことが重要なことでなければ、今は授業に集中しましょう。

 魔法や魔術を使ううえでも、集中力というのは重要ですよ」

「うん、ごめん。 これからは気を付けるよ」

答えたボクに、ミラはニコリと微笑み、魔法書の内容を続けて読み上げる。

「魔法や魔術を発動させることができるか否かは、行使する者の資質、そして魔力と魔法力によって決まります。

 当然、高度な魔法ほど高い魔力・魔法力が必要になりますし、行使する魔法の資質がない者は、魔力・魔法力の高低を問わず、その魔法そのものを行使できません。

 魔力・魔法力は修練で高めることができますが、資質は先天的に決められているものなので、こればかりはどうしようもありません。

 ――はい? 何か質問が?」

手を挙げたボクを見て、ミラが尋ねてくる。

「資質があるなしって、どうやったら分かるの?」

「正確に知りたいのなら、資質の有無を調べたい魔法を行使できるだけの魔力・魔法力を持ってから、その魔法を行使してみる、というのが唯一の手段です。

 現在行使できる魔法から推測することも可能ですが、正確性には欠けます。

 それでもよろしければ推測してみますが、してみますか?」

ミラの質問にうなずくボク。

「では、貴方が現在行使できる魔法を教えてください」

「え〜と、『回復』と『解毒』と『毒素』でしょ。

 あとは『解析』と『暁光』と、あと4属性の攻撃魔法を少しずつ」

答えたボクに、ミラはなるほどといった風にうなずき、重ねて問い掛ける

「防御魔法は使えないのですか?」

「あ〜、一番簡単なのなら知ってるけど、試したことないや」

「貴方の魔力と魔法力なら、もう最低位の防御魔法を行使できるはずです。

 もちろん、資質があれば、の話ですが。

 試してみましょうか」

言って、ミラは机の上にあるボクの魔法書をめくる。

しばらくページをめくって、目的の防御魔法について書かれたページを見つけると、そのページの1文を指差して言う。

「ここに詠唱文があります。

 他の魔法を行使するのと同じようにして、この詠唱文を唱えてみてください。

 部屋の中央に立って、範囲は極小でお願いしますね」

気楽な口調で言うミラに、ボクは初めて行使する魔法に内心ドキドキしつつ、詠唱文が書かれたページを開いたままの魔法書を片手に、部屋の中央まで移動した。

そして、魔法書に書かれている魔法の詳細部分を数度読み返し、意識を集中させ、集中した意識内で、行使する魔法を強くイメージ。

効果や外観など、その魔法が持つ特性のイメージに成功すると、いよいよ詠唱に入る。

『護れ、万災万禍より』

魔法書に書かれた短い詠唱文を読み上げると同時に、詠唱文とイメージとを同調させ、そこに詠唱と黙唱、そして魔力によって引き出された魔法力を、もう1度、魔力を介して増幅・融合させる。

そうして出来上がった『魔法』を、心の中で発動の意思と結び付け、解き放った。

瞬間、ボクの周囲に、2mほどの半透明な光の正三角錐が出現。

「わっ!?」

突然の魔法の成功に驚いたボクは、意識の集中と魔力の供給を解いてしまった。

一瞬にして消える光の正三角錐。

「なるほど。 どうやら防御魔法の資質もあるようですね。

 今のは維持に少し失敗してしまいましたが、今度は気を抜かずに維持に集中してみてください」

ミラの言葉に、ボクは再び『防御』の魔法を行使する。

再び現れる光の正三角錐。

それはボクの維持の意識を受けて、今度はボクの周囲で安定し続けた。

10秒ほどして維持を切ると、再び光の正三角錐は消滅した。

「ふぅ……」

 一息ついてミラを見るボク。

 ボクの視線の意味を察したミラは微笑むと口を開いた。

「資質としては、全魔法に対して資質がある可能性があります。

 さきほど話した5系統の魔法を、比較的簡単な魔法ではありますが一通り行使できるようですし、4属性の魔法も同様に行使できるようですから。

 中でも、光の属性を持つ魔法は、5系統を問わず、全般的に得意と言えるでしょう。

 現に今、貴方は初めての魔法であるにもかかわらず、1回で『防御』の魔法を発動させることができましたから。

 防御魔法というのは、回復魔法に次いで難しい系統になりますので、この可能性は高いでしょう。

 ただ、さきほども言いましたが、あくまでこれは推測、可能性です。

 現時点では、これ以上の答えを導き出すことは不可能と言えるでしょう。

 それと魔術に関してですが、魔術は魔法とは異なる資質が必要となります。

 全魔法の資質があるからといって、魔術も同様に全魔術に対して資質があるとは限りませんし、 逆に全魔法の資質がないからといって、魔術の資質がないとも限りません。

 魔法の資質と魔術の資質は別物と思ってください。

 ところで、魔術は何か行使できますか?」

ミラの質問にボクは首を横に振る。

「使ったことはもちろんないし、使おうと思ったこともないから。

 だって、魔法と違って魔陣をかかなきゃいけないし、魔陣の同調が難しそうで……それに魔術って、効果や範囲を高める為には大きな魔陣をかかなきゃいけないんでしょ?

 実戦では使いづらいんじゃないかと思ってさ」

ボクの答えに、今度はミラが首を横に振る。

「魔陣は意識的に同調させる必要はありません。

 そもそも魔陣は、使用者の魔法力を込めた何か、で描くものですから、魔陣を描くことに成功すれば、魔術の発動時に自動で魔陣が同調します。

 ですから、魔陣を描く以外、魔法と同じと考えて構いません。

 それと実践では使いづらいということですが、効果や範囲を高める為には確かに大きな魔陣が必要です。

 しかし、効果を最大に、範囲を最小に、といった一長一短で魔術を発動させるのならば、目の前に魔陣を描く程度で済みますし、実践といっても終始相手と睨み合ってるわけではありませんから、仲間が相手の気を引いているうちに魔陣を描くということも可能でしょう。

 要は使い方が肝心、ということです。

 使う使わないにかかわらず、使えるとしたら覚えておいて損はないと思いますよ?」

「う〜ん、確かに」

言われてみればもっともなミラの意見に、ボクはうなずき答えた。

「試しに簡単な魔術を行使してみますか?」

ミラの問いに、ボクはしばし考える。

「ん〜、それは実技の訓練の時でいいや。

 今はそれよりも勉強でしょ?」

ボクの答えに、ミラは微笑んでうなずき、

「確かにそうですね。

 あまりあれこれとやってしまうのもよくないですからね。

 では、授業を続けましょう。

 席に戻ってください」

言われてボクは席に戻る。

そして授業が再開された。

 

 

「今日も帰ってこなかったな」

一日の授業が終わり、全員が揃った夕食の席で、シーザーがフォークとナイフでステーキを切り分けながらポツリと呟いた。

「まー、Zクラスともなると仕事の内容もキツくなるからね。

 1週間や2週間帰ってこられないなんてザラだよ」

シーザーの呟きに、ステーキ一切れを一口で平らげたフレイクが答えた。

2人が言っているのはクーアのことだった。

あの日以来、クーアはレンジャーの仕事に出掛けたまま、1度も帰ってきていない。

出会ってから半年の間、毎日旅を共にしていた人がいないとなると、胸にポッカリと穴が開いたような、そんな寂しい感覚を覚える。

連絡もない為、現在クーアがどこで何をしているのかも分からない。

アルファスの話だと、どこかの小世界でのマテリア退治が今回の仕事らしい。

場所が小世界ということで、件の世界の理のせいで、クーアが本来の力を発揮できない為、仕事が長引いている可能性がある、あるいは、依頼された仕事の直後に、直で別の仕事の依頼があった可能性があり、なかなか帰ってこられないのかもしれない、というのはミラの談。

ともかく、理由はどうあれ、あれ以来クーアとは一切の接触がないのは事実だ。

ボクと同じような感覚は、シーザーもアーサーも感じているらしく、ときおり誰ともなく、『クーアが帰ってこない』と呟くようになってしまっていた。

一方、クーアとかつて旅を共にしていたミラ達はこういうことに慣れているらしく、『そのうち帰ってくるだろう』と、ボク達が前述のことを口にするたびに答えていた。

ちなみに、ボク達に授業をできないと言っていたケルカとワッズだが、2人とも実技の試験官に選ばれたということで、授業を教えることが可能になったらしい。

しかし、ワッズは『やることがあるから』と言ってあまり顔を見せないし、ケルカは毎日顔を見せるものの、授業を教える気はまったくないらしく、休憩時間にボク達にちょっかいを掛けたり、食事だけ取ったり風呂だけ入ったりしては、自分の部屋に帰っていた。

今もケルカは同じ夕食の席についている。

「ま、そのうち帰ってくんだろ。

 案外、仕事終わってそのままどっか行ってるかもしれねぇな。

 アイツ、放浪癖があるから」

言ったのは、さりげなくタマネギのソテーをフレイクの皿に移しているケルカ。

その言葉に、ボクは内心ドキリとする。

それを知ってか知らずか、アルファスがステーキを切る手を止め、

「ケルカ」

一言、ケルカを咎めた。

咎められたケルカはヒョイッと肩をすくめ、タマネギのソテーを移す作業を再開した。

「大丈夫ですよ。

 仮にどこかに出掛けるとしても、クーアなら連絡をしてきますから」

グリーンサラダをボウルから取り分けながら言うミラ

「そーそー。 便りがないのは元気な証拠ってね。

 きっとちょっと仕事が手間取ってるだけだよ」

ミラに次いで、ケルカの行為に気付いたフレイクが、尻尾でケルカの腕を叩きながらフォローを入れた。

確かに、クーアの性格を考えてみれば、ボク達を置いて何も言わずに1人で旅に出るなんてことはないだろう。

一瞬でもクーアを疑ってしまった自分を恥じながら、ボクは食事を続けた。

「こちらからクーアに連絡を取ることはできないんですか?」

そう言ったのはアーサー。

見れば、ステーキ一切れを、歯のない鳥人が食べやすいように、サイコロのように細かく切る作業を終えたところのようだった。

「直接クーアのいる世界に行けばいいが、Zクラスに退治依頼がくるようなマテリアがいる世界に、お前達3人を連れていくわけにもいかん。

 言付けだけなら、俺達の誰かが行けば済むことだが、それではあまり意味がないだろう?」

アルファスが、同じくステーキを切り分ける作業を終え、答えた。

「そう……ですね。 できれば直接話したいですから」

残念そうに言うアーサー。

「あとどれくらいで帰ってくるかは……分かんないよな、やっぱ」

と、シーザー。

「そうですね……けれど、あまりに遅くなるようならクーアから連絡があると思いますよ」

「そっか……」

ミラが答え、シーザーが答え、話が途切れる。

しばらく、それぞれが食事をする音だけがリビングに響く。

その沈黙を破ったのはケルカだった。

「そういや〜、授業の進み具合はどうよ?

 はかどってんのか?

 あんまりのんびりしてっと、試験に落ちちまうぞ?」

「教えもしないあんたが言うなよ」

溜息交じりに答えたのはシーザーだった。

最初はあれほど人見知りをしていたシーザーも、今はもうそんなことは微塵も感じさせず、クーアと旅をしていた時と同じような砕けた調子に戻っていた。

中でもケルカとはウマが合うのか、いつの間にかボク達に悪態をつくような態度を平然と取れるほどの仲になっていた。

「順調に進んでますよ。

 実技は今のままでも充分合格できるでしょうし、筆記もこのままの調子でいけば、試験までには間に合うと思います」

ミラが嬉しそうな口調で答えた。

その口調からは、日々の授業が順調であるということがうかがえた。

それを聞いてボクも少し嬉しくなり、何よりもクーアの仲間達からお墨付きがもらえたことで自信がわいてきた。

「そりゃ結構。

 けど、実技はともかく、筆記はホントに大丈夫なのか〜?

 特に誰かさんは」

そう言って、ケルカが意地悪そうな視線を向けたのはシーザー。

「誰かさん、とても利発そうには見えねぇもんな〜」

なおも言うケルカに、シーザーが反論しようと口を開く。

が、

「お前が言うなよな〜」

シーザーの反論よりも早く、フレイクが間髪入れずに言い放った。

「あぁ!?」

さすがにこの反論は予想していなかったのか、ケルカが面喰らったような表情を浮かべ、声を上げる。

「そうだそうだ! あんたが言うな!」

フレイクの言葉に乗じて、シーザーも反論する。

そして始まる口論。

夕食時の口論はさほど珍しくもなく、むしろいつものことになっていたので、ボクはあまり気にも留めなかった。

大体ケルカが原因となるのだが、それは今日も変わらない。

ケルカとフレイクとシーザーが幼稚な口論を始め、残されたボク達は黙々と食事を続ける。

と、そこで、

「これからの授業はどうなるんですか?」

アーサーがアルファスに話を振った。

アルファスは食事の手を止めずに答える。

「これまでと変わらん。

 ミラの言った通り、順調に進んでいるからスケジュールを変える必要もないだろう」

「そうですか……」

「何か不安でもあるのか?」

沈んだ調子の声で答えたアーサーに、食事の手を止め、アルファスが尋ねる。

「いえ。 ただ、実技が大丈夫だというのなら、座学の時間を増やした方がいいんじゃないかと思って。

 覚えることはまだまだたくさんありそうですし。

 たとえば、史学とか語学とか。

 教科書をざっと読みましたが、今の進み具合ではちゃんと覚えきれるのか心配です」

「……覚えることにもいくつか種類がある。

 覚えていても覚えていなくてもどちらでもいいこと、覚えておいた方がいいこと、覚えていなければならないこと。

 試験までの短期間で、お前達は、覚えていなければならないこと、そして覚えておいた方がいいことの一部を学びさえすればいい。

 それ以外のことは今はまだ必要ない」

淡々と言葉を紡いだアルファス。

その言葉を継いで、ミラが食事の手を止めて言う。

「もちろん、知識は多いに越したことはありません。

 ですが、期間が限られている以上、必要最低限の知識だけを身に付けるだけにとどめ、それを何度も反復して頭に刻み込んだ方がよいでしょう。

 少なくとも、必要最低限の知識は身に付くわけですから、レンジャーになって即座に困るという事態にはなりません。

 むしろ、必要のない知識を身に付けて、必要な知識がおざなりになる方が問題かと思います。

 私達は貴方達に必要最低限の知識を教えているつもりです。

 それを覚え、かつ忘れなくなってから、それ以上の知識を蓄えるとよいでしょう」

更にアルファスが言葉を継ぐ。

「レンジャーにとって一番必須となる知識は戦闘に関する知識だ。

 マテリア退治や紛争地域に行かなくとも、ハンターには常に狙われる立場になる。

 その為に、最優先して覚えるべきは、魔法や魔術、技法や技術の種類や効果、そしてそれらを戦闘でどう活かすかに関する知識だ。

 それ以外、史学や語学などは、もちろん覚えておく必要があるものもあるが、ほとんどが教養の域を出ん。

 一般教養さえ身に付いていれば、今はまだそれらを深くまで追求する必要はないだろう」

そこまで言って、アルファスもミラも言葉を切り、食事を再開した。

それを見て、ボクが2人に問い掛ける。

「それってつまり、『試験に出そうなことだけ覚えとけ』ってこと?」

「まあ、平たく言えばそうなりますね。

 ですから、特に心配する必要はありませんよ、アーサー」

問いに答え、アーサーに向って言うミラ。

「はい。 でも――」

答え、アーサーが続けて何かを言おうとした瞬間。

ヒュカッ!

ボクの目の前を銀色の光が通り過ぎた。

光の軌道を追うと、その先にはテーブルに突き立ったフォークが。

フォークはアーサーのステーキ皿のすぐ近くに突き立ち、震えている。

突然のことに、呆気に取られたように口を開いたまま硬直し、突き立ったフォークを見つめているアーサー。

ボクもミラもアルファスの視線も、フォークに集中する。

一瞬の沈黙。

それを破って、フレイクの怒声が部屋に響き渡った。

「タマネギぐらい食べろよ!!

 タマネギが出るたびにオイラの皿に移してさぁ!!」

「うるせぇ!! オレはタマネギが嫌ぇなんだよ!!」

怒声の矛先はケルカだった。

口論は続く。

「子供かよ!! 好き嫌いするなよ、このエロオオカミ!!」

「んだとこのバカドラ!! オレはテメェみてぇになんでもかんでも美味いって味音痴じゃねぇんだよ!!

 だいたい、テメェだって肉と菓子ばっかしか食わねぇじゃねぇか、この偏食ドラゴンが!!」

「それはただの好物じゃん!!

 オイラはそれ以外でも食えるもんね〜」

ヒートアップし始めた2人に、

「ホント、大人のくせに好き嫌いなんてなっさけねぇ〜」

フレイク寄りのポジションでシーザーが加わった。

これに、さらにケルカが激昂。

「るせぇクソガキ!! 横から口はさむんじゃねぇ!! 黙ってろ!!」

「んだよ!! 本当のこと言っただけじゃねぇか!!

 タマネギも食えねぇくせに偉そうに言うな!!」

「テメェだってピーマン食えねぇだろうが!!」

「あんな苦いもんが食えるかよ!!

 タマネギの方がぜ〜んぜんマシだね!!」

「ピーマンの方がマシに決まってんだろうが!!

 タマネギなんてあんなシャリシャリしたもんが食えるか!!」

「どっちも食べろよ!! 食べ物粗末にするな!!」

『黙れ味音痴!!!』

「何!? この――」

なおも3人の口論は続く。

あまりに幼稚すぎる口論の内容に、ボクは溜息をつく。

ミラとアルファスは、かかわる必要なしと判断したのか食事を続け、アーサーもテーブルからフォークを引き抜き、食事を再開した。

その後、ボク達4人が食事を終え、後片付けをし、ミラとアルファスが自室に戻るまでの間、3人の幼稚な口論は続いていた。

 

 

満天の星空の下、薄明かりに照らされた白い湯気が立ち上る2階の露天風呂。

「あー!! ムカつく!!」

ドアを開けて入ってくるなり、怒りを叩き付けるようにしてシーザーはドアを閉めた。

岩造りの湯船につかっているボクは振り向いてシーザーの顔を見る。

鼻の頭にしわを寄せ、歯を剥き出していることから、相当頭にきているのだろう。

怒りの理由は、間違いなく夕食時の口論のことだろうと、容易に想像がついた。

結局、口論はうやむやのうちに終わり、勝敗は決さなかった為、怒りを発散しきれなかったシーザーは、いまだ怒り冷めやらず。

「あまり気にしない方がいいですよ?」

そう言ったのは、ボクの隣で湯船につかっているアーサー。

「うるせぇ!!」

八つ当たり気味にそう叫ぶと、シーザーは洗い場に移動してシャワーの栓をひねった。

頭からシャワーを浴びながらも、ぶつぶつと悪態をついている。

そんなシーザーを見て、ボクとアーサーは顔を見合わせて肩をすくめる。

と、アーサーの顔を見て、ボクは夕食時のアーサーの言葉を思い出した。

「そういえばさ、最後に何を言おうとしたの?」

「?」

「え〜と、ほら、フォークが飛んでくる前」

「……ああ、あれですか。

 あれはアルファスとミラに試験内容を知っているのかどうか聞こうと思ったんですよ。

 『必要最低限の知識』と言っていたので、ひょっとしたら知っているのかと思って」

その答えに、ボクは少し考え、以前ミラに言われたことを思い出す。

「知らないと思うよ。

 ただ、毎年試験問題はある程度決まったのが出るんだってさ。

 第一、試験問題知ってたら不正になっちゃうじゃない?」

「……言われてみれば確かに」

納得顔でアーサーが呟く。

僕は言葉を続けて問い掛ける。

「筆記試験の内訳知ってる?」

「いえ?」

「え〜と、一般教養が300問で、生命学、魔法・魔術学、技法・技術学が200問ずつ、選択Aと選択Bが150問ずつで、全部で1200問だったかな」

「げっ! そんなに多いのかよ?」

体をシャンプーで泡だらけにしたシーザーが話に加わる。

「でも、6割正解で合格らしいよ」

「6割ってーと……」

「720問」

「それでも多いじゃねぇか」

溜息をつきつつ体を洗い続けるシーザー。

ボクとシーザーの会話が途切れたところにアーサーが尋ねてきた。

「選択っていうのは?」

「選択は自分の好きな科目から2種類選んで受けていいんだってさ。

 今言った科目以外の科学とか機械学とかはその選択で選ぶんだって。

 他の科目は確か、語学と数学と史学と科学と機械学と武具学とそれから……忘れた。

 まぁ、ボクは魔法・魔術学と語学かな」

「それなら僕は……武具学と生命学がいいですね」

「……やっぱり武具学選んだね」

以前、武具屋でのアーサーの武具マニア振りを見ていたボクは思わず口にする。

「いやまぁ、好きですから」

少し気恥ずかしそうに言ってアーサーが笑む。

しかし、選ぶ科目が趣味と合致しているということは、当然覚えも早いだろうから、理にかなったことなのだろうと思う。

「オレは技法・技術学と史学だな」

シャワーで体に付いた泡を洗い流しながら、シーザーが言った。

険のない声から察するに、どうやら機嫌は直ったようだ。

誰にともなく言ったその言葉に、ボクが反応する。

「へぇ……史学? なんで?」

シーザーが技法・技術学を選ぶのは妥当だと思ったが、史学というのは正直意外だった。

とはいっても、今挙げた科目の中でシーザーが選びそうなのが技法・技術学以外に思い浮かばなかったから、何を選んでも意外に思っただろうが。

「だって、昔の英雄とかのこと、勉強できるじゃん。

 オレ、そういうの興味あるし」

「……まぁ、確かに」

そう言われてみれば、シーザーは前から力に固執する傾向があったように思える。

英雄といえば、昔から力強く勇気に溢れる者として描かれるものだから、シーザーが興味を持つのも当然といえば当然なのかもしれない。

ただ、どちらかといえば、英雄の類の話は史学とは別物のように思えるが、本人がその気になっているのを挫くのも悪いので、あえてそれは言わなかった。

泡を洗い流したシーザーがこちらに向かってくる。

ふと、その左手に目がいく。

露天の薄明かりの中、左腕の円形に体毛が薄い場所が目立って見えたからだ。

地肌が完全に露出しているわけではないが、明らかに不自然に体毛が短い。

「まだまだ生え揃わないみたいだね」

「ん? ああ、コレね。

 まぁもう少ししたら元に戻るだろ」

ボクの言葉に、答えてその場所をさするシーザー。

そこは、以前に彼がいた野盗団の紋様が入っていた場所だ。

紋様は地肌に刺青のように入っていた為、体毛を剃っても消えることはなく、しかもどういう原理か、紋様が入れられた地肌から生えている体毛まで紋様の色に変わっていた。

しかし、ここに来てすぐ、ケルカが知り合いの医者の所へシーザーを連れて行き、1日で紋様を完全に消してきてしまったのだ。

体毛が薄いのは、その時に体毛を剃った為だった。

シーザーは軽くその場所を撫で付け、湯船につかる。

「話の続きなんだけどさ、『白の英雄』と『黒の英雄』って知ってるか?」

「あ、知ってます」

シーザーの質問にいち早くアーサーが答えた。

『白の英雄』と『黒の英雄』についてはボクも聞いたことがある。

昔、兄に読んでもらったおとぎ話に出てきた英雄の名前だ。

「おとぎ話の英雄ですよね。

 よく母さんに読んでもらいました。

 え〜と、内容は……」

「世界をめちゃくちゃにした悪魔を『白の英雄』と『黒の英雄』が倒すって話、じゃなかったっけ?」

「ああ、そうです」

ボクが言い継いだ内容にアーサーが相槌を打つ。

ありふれた英雄譚だったが、なぜだかよく憶えている。

「物語に出てくる英雄ってのは結構多いけど、その中でも断トツに好きなんだよな、オレ。

 むか〜し読んでもらったのが、すっげぇ印象に残っててさ」

夢見るような表情を浮かべて夜空を見上げるシーザー。

心が完全に違う世界に行ってしまったようだ。

「お〜い、大丈夫か〜?」

シーザーに話し掛けるものの、聞こえている様子はない。

アーサーが武器マニアなら、シーザーは英雄マニアのようだ。

夢見心地のシーザーを見つつ、ボクは誰にともなく呟く。

「いいなぁ、2人共好きなことがあって。

 ボク、あんまりそういうのないんだよね」

その自嘲気味の呟きに、アーサーが首を傾げて反応した。

「ジークは魔法とか好きなんじゃないんですか?」

何気なく言ったアーサーの言葉に、ボクは魔法に付いて振り返ってみた。

言われてみれば、魔法は得意だと思うし、魔法書を読むのはわりと好きだ。

魔法の詳細に付いて書かれたことを読むのはもちろん、この魔法を応用してどんなことができるかとか、この魔法にはこういう失敗例があるとか、この魔法が歴史上でどう扱われてきたかとか。

「あ〜……うん、好きかも」

自分の趣味というか、好きなことが見つかったような気がして、少し安心するボク。

まだ2人のようにマニアと言えるレベルには達していないとは思うが、このまま魔法・魔術を突き詰めてより好きになっていけば、いずれはそのレベルに達するのかもしれない。

それがいいことなのか悪いことなのかは分からないが。

「そういえば知ってます?

 ここには禁書保管室という場所があるみたいですよ」

「禁書保管室?」

オウム返しに聞いたボクの言葉にシーザーがうなずく。

「ええ。 なんでも禁書ばかりを保存した場所らしくて、Sクラス以上のレンジャーじゃないと閲覧はできないらしいです。

 アルファスが言ってました。

 ひょっとしたら、一般にはない魔法書があるかもしれないですよ?」

「へぇ〜」

それは少し興味のある話だった。

魔法や魔術の中には、威力の面、あるいは倫理の面から、意図的に一般の魔法書から削除されたものが少なからずある。

禁書、というからには、確かにそういった禁魔の類の詳細が書かれた魔法書があるかもしれない。

もちろん、それを使ってどうこうなどとは考えていないが、単純な知的好奇心としての興味は充分にあった。

しかし、閲覧可能なのがSクラス以上ということであれば、まだレンジャーにすらなっていないボク達にはまだまだ先の話だ。

と、その時、

「じゃあ、オレの知らない英雄が書かれた本もあるかな?」

いつの間にやら夢から覚めたシーザーが話に割り込んできた。

それを聞いたアーサーが少し考え、答える。

「どうでしょう。 禁書というのは世に出してはいけない事柄が書かれているから禁書なのであって、英雄の類の話を世に出してはいけないとはあまり思えませんが」

「そっか……」

肩を落としてシーザーが小さく言う。

しかし、その数秒後、

「まぁいいや、別に。

 わざわざそんなとこ探さねぇでも、他の本にもいっぱい書いてあるもんな」

すっかり立ち直ったような明るい表情を見せ、言葉を続けた。

「で、さっきの続きだけど、『白の英雄』『黒の英雄』みたいな物語の中の英雄もいいけど、実在の英雄もいいよな。

 『神聖皇帝フラーク』とか、『少年王ソロ』とか、あとは――」

かなり強引に話を英雄話に戻し、活き活きとした口調でシーザーが話を再開した。

『……………………』

その後30分近く、シーザーの英雄談義は終わらなかった。

おかげで、ボクとアーサーはすっかりのぼせてしまい、その夜は昼間の復習もできず、そのうえ寝付きも悪いという最悪の夜になってしまった。