『…………はぁ〜……』
ボクとアーサーのついた溜め息が重なる。
クーアに連れられてきた、初めて見る新しい世界。
それはなにもかもが新鮮で、そして珍しかった。
ボク達が今までいた世界とは比べ物ならないくらいの高さの建物が林立し、建物の内外からは音楽や人間の声がひっきりなしに聞こえ、小声で話していては会話も成り立たない。
通りを行き交う人々の数も、数えるのがバカらしいほどの数で、注意して歩かなければぶつかってしまいそうなほどにごった返していた。
行き交う人々の種族や種類も様々だ。
浅黒い肌をした人、透き通るような白い肌をした人、人類の背丈の半分程しかない亜人、ボクの持たない翼を背に負った竜人、翼の代わりに甲羅を背負った亀の竜人、クチバシが異様に長い鳥人、極彩色の羽毛と飾り羽を生やした鳥人、狼や虎などの肉食獣の頭を持つ獣人、馬や牛などの草食獣の頭を持つ獣人。
その中には、今まで見たこともないような風貌の者も多数いた。
そんな新しい世界のこの街で、ボクとアーサーは口を半開きにしたまましきりに辺りを見回し、目新しい物を見つけては、そのたびに溜め息をついていた。
シーザーはというと、見慣れない物を見つけるたびに、
「あの箱なんだ!? 勝手に動いてるぞ!」
「なんか写ってる!」
「あいつ等、なに話してるんだ?」
「なんであんな箱から音楽が聞こえてくるんだ!?」
などと、興奮した様子で、前を歩くクーアに尋ねていた。
それに対しクーアは、
「あれは車。 電機や魔力で走る、いわば馬のいらない馬車だな」
「あれはテレビって言って、テレビカメラで撮った映像を写す物だ」
「携帯電話だな。 『伝心』の機械版みたいなもんだ」
「あれはスピーカーだ。 録音した音や音楽を流したりする装置さ」
などと、簡単な説明をしていた。
といっても、見たことも聞いたこともないものばかりなので、説明を受けてもあまりよく分からなかったが。
「さぁ、そろそろコスモスの本部が見えてくるぞ」
前を行くクーアが振り返って言う。
その言葉に、今まで物珍しさに辺りを見回していたボク達はいささか我に戻り、人込みに呑まれまいとクーアのすぐ後ろをついていく。
やがて程なくして、今歩いている通りがより大きな通り、おそらくはこの街の大通りと思われる場所と交差した。
今歩いている通りの倍の幅はあろうかというその大通りに辿り着き、
「ほら、あれがコスモスの本部だ」
クーアが指差した方向を見た時、
『……………………』
ボク達は言葉を失った。
「……あれが……」
アーサーが、思わず、といった感じで呟く。
クーアが指差した先。
そこには、天に届かんばかりの巨大な大樹がそびえ立っていた。
数千mはあろうかという樹の上層部は、雲をまとって白く霞んでいる。
今まで背の高い建築物群が間近に建っていたせいで見えていなかったが、その高さはまさに山。
今ボク達が立っている場所からその樹までは、ゆうに十数キロはあると思われるが、それでも見上げなければ全体像が見えてこないほどの高さだ。
「あれがこの世界の名の由来にもなっている、コスモス本部『クォント』だ。
デカい樹に見えるが実は樹じゃない。
浮遊岩っていう空に浮く性質を持った石を建材に使って、それを魔術で固定しているんだ」
言って、クーアが歩き出した。
「デカ過ぎるだろ……」
半ば呆然としてシーザーが呟き、あとを追う。
ボクとアーサーも、クォントを見上げながら、そのあとに続いた。
「すぐにあそこに行くのか?」
シーザーが前を行くクーアに尋ねる。
すると、クーアは振り返って答えた。
「いや、その前に行っておきたい所があるんだ」
「? どこに?」
ボクが尋ねる。
「知り合いが武具屋をやっててな、そこに行こうと思う」
それを聞いたシーザーは、目を輝かせ、
「ってことは!」
「ああ、お前達がお待ちかねの、装備の新調だ」
「よっしゃ!」
大きくガッツポーズを取って喜んだ。
それを見てクーアは微笑むと、また前を向いて歩き始めた。
ボク達も黙ってあとに続く。
大通りは道幅が広いため、人とぶつかるようなことはなかったが、それでも人通りは先程までの通りよりも多く、そして通り自体も華やかで賑わっていた。
歩道の左側、車道側の歩道には、露店が点々と建っており、そのすぐそばの背の高い街路樹の下に設置されたベンチは、露店で買った物だろう食べ物や飲み物を飲み食いしている人で満席の状態。
露店は露店で、行列ができるほどの盛況ぶりを見せている。
歩道の右側、高層の建物の1階部分では、店内に並びきらなかったのか、それとも売り出し品なのか、多くの店がたくさんの商品を歩道にはみ出さんばかりの勢いで並べていた。
歩道を行き交う人々の中には、店の前で足を止め、それらの商品を品定めしている人も多く見受けられる。
「すごい人の数ですね。 いつもこんなに大勢の人達がいるんですか?」
アーサーが人込みを眺めながら尋ねる。
「ここはコスモス本部のお膝元、しかも大通りだから、当然、人通りも多いさ。
それでも今日は平日だからそこまで多くないぞ。
休日になったらもっと多くの人でごった返す」
「うへぇ……やだやだ」
クーアの答えに、心底嫌そうにシーザーが言った。
たしかに、全身を毛で覆われた獣人であるシーザーには、人込みはきついかもしれない。
今は冬場だからいいようなものの、もし夏場だったら、今日の人込みでさえシーザーにはうんざりだろう。
そんなふうに、ボク達が質問を投げかけ、それにクーアが答えたりして、時間にして大体20分程も大通りを歩いたころだろうか。
クーアは大通りから横に伸びている、幅が2m程しかない小道へと入っていった。
ボク達は見失うまいと、慌てて小道へと進む。
小道は大通りと違い、左右の高い建物に陽が遮られていて薄暗く、人間の姿もボク達以外にはなかった。
建物には裏口のような入口しかなく、どう見ても店があるとは思えない。
「こんなところに……」
てっきり大通り沿いに店があるとばかり思っていたボクが、思わず呟く。
それが聞こえたのか、
「こんなところでも店はあるもんさ」
クーアが振り返らずに言った。
そして、大通りからそれること数百m。
ここまで来ると、さすがに大通りの喧騒はほとんど聞こえない。
「ここだ」
不意にクーアが立ち止まって言った。
ボク達は辺りを見回すが、そこには店らしきものはもちろん、左右の建物の裏口すらない。
「……どこ?」
シーザーが辺りを見回しながら尋ねる。
すると、クーアは自らの足元を指差した。
指差された先を見るが、そこにはなにも見当たらない。
「? なんにもねぇじゃん」
シーザーがしゃがみ込んで地面を凝視するが、その言葉どおりそこにはなにもない。
しかし、クーアは足元を指差したまま。
「……まさか……この下ですか?」
半信半疑な口調でアーサーがそう尋ねると、クーアは小さく笑みを浮かべた。
そして、その場から1歩後退して一言。
「開け」
その途端、ゴゴン、と重い音が響き、それまでクーアが立っていた場所の地面が、約1m四方パックリと左右に開いた。
地面が開いたそこには、下へ向かって伸びる階段が。
「さ、中に入れ」
クーアが中に入るようにうながす。
ボク達は言われるがままに中に入り、クーアはボク達3人が入ったあとに入ってきた。
クーアが入ると同時に、左右に開いた地面が勝手に元に戻る。
外からの光は完全に失われてしまったが、階段の壁の左右には、魔法の明かりらしきものが灯っているため、十分に明るい。
おそらくこの明かりが、先程大通りを歩いている時に聞いた、電気というものを使った照明なのだろう。
電気の照明を眺めながら、幅1m程度の十数段ある階段を下り続ける。
しばらくして、階段を一番下まで下りると、目の前には鉄製のドアがあった。
「ちょっとどいてくれ」
一番後ろにいたクーアが、前に進み出る。
ガチャリ、と音がして、ドアが押し開かれると、そこには大きな部屋が広がっていた。
クーアはここが武具屋だと言っていたが、部屋の中には武具らしき物はなにも置いてない。
あるのは入口から向かって左側に両開きのドアが1枚と、入口の正面にカウンターだけだ。
カウンターには、いかつい顔付きをした、店主と思しき中年の人族の男性が1人座っており、来訪者であるボク達をジロリと睨みつけていた。
その眼光は鋭く威圧的で、とても歓迎されているようには思えない。
そんな店主に向かってクーアは、
「久しぶり」
片手を上げて気軽に声をかけると、1人店の中に入っていった。
ボク達もつられて店の中に足を踏み入れる。
「ふん……久しぶりもなにも、4年ぶりぐれぇか?
いつも来たってロクなもの買わねぇくせによ。
たまにはなにか買ってけってんだ。
……それで、今日は一体なんの用だ?」
顔付きにぴったりといった感じの野太い声で、店主は悪態をつきながら無愛想にクーアに尋ねた。
「実は、この子等に武具を買ってやりたいんだ」
店主の言葉に気を悪くした様子もなくクーアが答える。
そのことから、どうやらこの店主が悪態をついたり無愛想だったりするのは、いつものことらしいと分かる。
クーアがそういったことを気にしないだけなのかもしれないが。
ともあれ、クーアの答えを聞いた店主が、視線をこちらに向けた。
こうして視線を真正面から受けると、思っていた以上に威圧感がある。
店主は、しばらくボク達3人を観察するように睨んだあと、
「……ふん、まぁいいや。
ガキとはいえ、あんたがここに連れてきたってぇことは、それなりに見込みがあるってことだろうからな。
それで、そいつ等のレベルは?」
「竜人の子が17、獣人の子が18、鳥人の子が66」
「なんでぇ、ずいぶんとデコボコじゃねぇか」
「実際に使う頃には、竜人と獣人の子は8〜9、鳥人の子は3〜4程度レベルが上がってるはずだから、そのつもりで頼むよ」
「……竜と獣のガキは3階、鳥のガキは6階に行きな」
店主はそれだけ言うと、クーアに向かってカードを3枚投げてよこした。
カードには、それぞれ『1』『3』『6』の数字が書かれていた。
「あと、オレのも頼む。 今日はなにか買ってこうと思うんだ」
3枚のカードを受け取って、クーアが言う。
それを聞いた店主は、眉をピクリと動かし、
「どういう風の吹き回しだ?
ま、こっちにゃありがてぇことだがな。
……ほれ、あんたは10階に行きな」
そう言ってもう1枚、『10』の数字が書かれたカードを投げてよこした。
「さぁ、じゃあ、行くぞ」
もう1枚のカードを受け取ったクーアは、そのまま左にある両開きのドアに向かう。
そして、店主から受け取ったカードのうち、『1』と書かれたカードをドアの脇にあった装置に通した。
すると、ドアが左右に開き、ドアの奥に2m四方の小さな部屋が出現した。
「ほら、早く」
小部屋の中に入ったクーアが、ボク達を手招きする。
ボク達は顔を見合わせ、言われたとおりにクーアのあとに続いて小部屋の中に入った。
クーアはボク達が入ったことを確認すると、小部屋のドア側の脇についていた、先程ドアの外にあった装置と同じ装置に、今度は『3』と書かれたカードを通した。
カードが通ると同時に、ドアが閉まる。
その直後、
『うわっ!?』
なんとも言えない、浮遊感というか落下感というか、そんな感覚がボク達を襲い、ボク達は3人同時に声を漏らしてしまった。
それから数秒後、急に浮遊感が途絶えたかと思うと、小部屋のドアが開いた。
ドアの向こうには、小部屋よりも広い別の部屋が広がっているようだった。
「ここで降りるぞ」
そう言ってクーアが小部屋から出た。
ボク達も一緒に小部屋から出ると、後ろで勝手に小部屋のドアが閉まった。
先に小部屋を出たクーアは、新たな部屋に置かれていた手近な机の上にある、刃渡り30p程の短剣を手に取り、ボク達に向かって言う。
「まず、ここでジークとシーザーの武具をそろえる。
アーサーの武具は別の部屋でそろえるから、少し待っててくれ」
「分かりました」
アーサーが答えると、クーアは短剣を机の上に戻し、部屋の奥へと入っていった。
ボク達もあとに続き、部屋の中を歩き回る。
店に入ってすぐの部屋と同じくらいの広さをした正方形の部屋には、縦に2列、横に3列の棚が並んでおり、さらに奥と手前の壁際にはそれぞれ左右に机が1つずつ、左右の壁からは2段の棚が突き出ていた。
手前の3列の棚には武器、奥の3列の棚には防具が、机には指輪やペンダントなどのアクセサリーが、壁から突き出ている棚にはたたまれた衣類や靴が陳列されている。
どうやら、部屋には誰もいないらしく、ボク達の靴音がする以外、部屋は静寂に包まれていた。
ボクは何気なく近くの棚にあったショートソードを手に取り、眺めてみた。
しかし実際のところ、ボクは剣、というよりも、武器に関してはまったくの無知だ。
というのも、ボクは武器を使ったことがなく、マテリアとの戦いにおいては、主に魔法を使っていたからだ。
魔法を主体に戦う以上、武器はほとんど必要ない。
ただし、これはボクのレベルがまだまだ低く、魔法以外の技能を身に着ける余裕がないために武器が必要ないのであって、クーアが言うことには、一人前の魔法使いと呼ばれるためには、そこそこの武器の使用もできなくてはならないのだそうだ。
とはいえ、今のボクには武器は無用の長物。
ボクはショートソードを棚に戻すと、今度は部屋の奥に置かれた、様々な指輪が並べられた机へと向かった。
赤い布が敷かれた机に並べられている指輪は、一般で売られている指輪とは異なる。
これらは、特殊な加工方法で作られた、いわば魔法の指輪であり、魔法使いにとっては必要不可欠な物だ。
なぜなら、これら魔法の指輪には、身に着けた者の魔力を引き出す力があるからだ。
ボクが以前、クーアに買ってもらった指輪は、鉄で作られた、なんの飾りもないシンプルな物。
クーアに教えてもらった話では、同じ金属でも種類によって精気の伝導率・魔力の引出力が異なるらしく、鉄というのは金属の中でも精気の伝導率・魔力の引出力が共に低い部類に入るそうだ。
駆け出しの魔法使いにはちょうどいいといったところなのだろう。
ここに置かれている指輪も、デザインこそ異なるが、その多くが鉄製のようだ。
もちろん、鉄製といっても加工方法自体が特殊なため、単に鉄を指輪にしただけの物よりは精気の伝導率・魔力の引出力も高く、錆びることもないのだが。
そんなことを思い出しながら指輪を眺めていると、
「なにかいいのがあったか?」
いつの間にか横にクーアが立っていて、ボクと一緒に指輪を眺めていた。
手にはカゴを持っており、その中には鞘に収められた一振りの短剣が入っている。
「それは?」
ボクが視線で短剣をさして尋ねると、クーアはカゴから短剣を取り出して鞘から抜き放った。
「これはバゼラードって種類の短剣だ。
シーザーが選んだやつだよ」
そう言ってクーアはボクに短剣を手渡した。
手渡された短剣は、刃渡り40p程の両刃の刀身を持っており、鍔が刀身の方に向かって反り返っている形状をしていた。
鍔の両端と柄頭の中心には、小さな銀色の玉が1つずつ付いている。
「銀入りのバゼラードなんて、あいつもなかなかいい物を選ぶじゃないか」
感心したようにクーアが言う。
銀というのは、金属の中でも精気の伝導率・魔力の引出力が高い部類に入るらしい。
刀身自体は鉄でできているようだが、どこかに銀のような金属が埋め込まれていれば性能に大きな差が出るのだろうか。
「もう決めたの?」
「ああ。 即断即決するタイプだな、あいつは」
「ああ、そうかもね」
手渡された短剣を返して、ボクは相槌を打つ。
「お前は決まったのか?」
クーアは短剣を鞘に収めるとカゴの中に戻し、視線を机の上の指輪に移して聞いてきた。
「まだだよ。 色々あるから、どれにしたらいいか分からないんだ」
ボクも視線を指輪に戻して答えた。
いくつか気になる物があるにはある。
一番気になっているのは、すべてが銅でできた指輪だ。
銅は銀よりも性能は劣るものの、鉄よりは優れている。
しかし、今のクーアの話を聞いていたら、銀が埋め込まれた鉄製の指輪も捨てがたくなってしまった。
しばらく指輪を眺めていると、クーアが1つの指輪を手に取った。
それは竜の横顔がデザインされた銅製の物で、ボクが気になっていた物のうちの1つだ。
「これはどうだ? デザイン的にもお前にピッタリだし、全部銅でできてる。
ここにある指輪の中じゃ、これが1番いい物だぞ」
言いながら指輪をボクに手渡すクーア。
ボクは渡された指輪を眺め回し、指にはめてみる。
当然というか、大人の指のサイズに合わせて作られている物なので、ブカブカなのだが。
「サイズの調整ってしてもらえるのかな?」
「ああ」
「そう。 じゃあ、コレでいいかな」
指輪を外し、クーアに手渡す。
「分かった。 じゃあ、次は防具だな。
おい、シーザー!」
クーアはカゴに指輪を入れ、部屋の隅でアーサーと話していたシーザーを呼ぶと、服や靴が並べられている、壁から突き出た棚に向かって歩いていった。
棚には、旅装と呼ぶにふさわしい、色合いを押さえたシンプルで実用的なデザインの服が整然と並べられていた。
同様に、並べられている靴も飾り気よりも実用性を重視したデザインの物ばかりだ。
ボクはたたまれて置かれている服を適当に手に取り、広げて自分の体に会わせてみる。
しかし、服も指輪同様、大人サイズなのでまったく丈が合わない。
同じデザインの服でもいくつかサイズがあるようだが、1番小さいサイズの物でも合わないだろう。
この分では靴もサイズが合いそうにない。
「サイズが全然合わねぇんだけど。
子供用のってねぇの?」
ボクと同じように服を体に合わせていたシーザーが言う。
「ないな。 そもそもこの店は子供が入ってこられるような場所じゃないし。
それに、着るのはお前等がレンジャーになったあとだから問題ない」
「今着るんじゃねーのかよ?」
手にしていた服をたたみもせずに棚に放り、不満そうな口調でシーザーが言った。
クーアは放られた服を手に取り、たたみ直して棚に戻して言う。
「これから勉強三昧の日々を過ごすのに、武器や防具は必要ないだろ?」
それは確かにもっともだ。
しかし、
「でも、それだったらレンジャーになってから選びにきてもよかったんじゃない?
それにまだレンジャーになれるって決まったわけじゃないんだから、なれなかったら無駄になっちゃうじゃない」
ボクは服をたたみながら問う。
するとクーアはからかうような表情を浮かべ、
「なんだ? 試験を受ける前からあきらめてるのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「心配するな。 ちゃんと受かるように教えるさ。
それに、レンジャーになるまで装備の新調を待てそうにないだろ? 特にコイツが」
そう言って、クーアはシーザーの頭をワシャワシャと撫で回した。
シーザーは手を振り払い、憮然とした表情を浮かべる。
「ハハ。 まぁ、そういうわけだ。
さっき確認したが、この部屋に置いてある服は材質的にはほとんど同じ物だ。
だから今は材質とか気にしないで、気に入ったデザインの物を選べばいい。
決まったらこのカゴに入れてオレのところに持ってきてくれ」
そう言うと、クーアはカゴを床に置き、部屋の反対側へと歩いていった。
ボクは手にしていた服に目をやる。
手にしていたのは、なんの模様もないシンプルなデザインのグレーの長袖シャツ。
これはさすがに飾り気がなさすぎるので、ボクはシャツをキレイに折りたたむと、元の場所に戻し、別の商品に目を移した。
隣ではシーザーが、
「じゃあオレは……コレと……あとコレと……」
先程クーアが言ったように、まさに即断即決で商品を選び、カゴの中に入れていっていた。
一方、ボクはというと、シーザーとは対照的にゆっくりと商品を選んでいった。
そして数分後、ボクもシーザーも商品を選び終え、選んだ商品を入れたカゴを持って、部屋の反対側でベルトを見ていたクーアの所に向かった。
「ん? おお、もう決まったのか」
ボク達に気付いたクーアは、ボクの持っているカゴの中に目を落とす。
「それでいいのか?」
尋ねるクーアに、ボクとシーザーはうなずいて答えた。
ちなみにボクが選んだのは、ベージュの袖なしシャツに、丈が股下まである袖の脱着ができる亜麻色の長袖シャツと飴色のズボン、そして黒のブーツとアイボリーのハーフマント。
シーザーが選んだのは、ライムホワイトの長袖シャツにウォームオレンジのベスト、オリーブイエローのズボンとコーヒー色のブーツだ。
ハーフマントとベスト、そしてブーツはなめし皮でできており、それ以外は綿でできている。
「よし、それじゃ、コレも入れておいてくれ」
そう言って、クーアがカゴに入れたのはダークブラウンのなめし皮でできたベルトだった。
バックルの部分は銅でできている。
「これで2人の分は揃ったな。
じゃあ、次はアーサーのを選びに行こうか」
「はい」
アーサーは答え、クーアのあとについて部屋の入口へと向かい、ボク達もあとに続いた。
小部屋の脇の装置にクーアが『1』のカードを通すと、再び小部屋のドアが開く。
全員で小部屋に入ると、クーアは今度は『6』と書かれた方のカードを装置に通した。
再び浮遊感に襲われ、数秒後、ドアが開いた。
さっそく小部屋から出てみると、そこには先程の部屋と同じ大きさの部屋が広がっていた。
部屋の中の棚やテーブルのレイアウトも、前の部屋と同じだ。
ただ、そこに陳列されている商品は、素人目に見ても前の部屋の商品よりも高価そうで、質も高そうに見える。
「……すごい」
アーサーが呟く。
その様子からすると、どうやらアーサーにはこの部屋に置かれている商品の価値が分かっているようだった。
「ほ、本当にこの中から選んでいいんですか?」
珍しく興奮した様子でアーサーがクーアに尋ねると、クーアはうなずき、
「ああ、構わないよ」
と答えて、入口脇に置いてあったカゴをアーサーに手渡し、自分は部屋の奥へと歩いていった。
カゴを受け取ったアーサーは、すぐそばの武器が陳列されている棚に向かった。
陳列されている武器を手にとっては、うっとりした様子で眺め、なにやらブツブツ呟いているアーサーを見て、隣にいたシーザーが耳打ちしてきた。
「なぁ、あいつって武器マニアなのかな?
なんかいつもと様子が違うぜ?」
「う〜ん……」
「なんかはた目から見ると、武器マニアのヤバい奴みたいじゃね?」
確かにいつもと様子が違ううえに、目の色も微妙に変わっているが。
「ちょっと興奮してるだけじゃないのかなぁ?」
「いや、武器見ただけでああはならないって普通。
絶対ヤバいよ、あいつ。
目がイっちゃってるし、薄ら笑い浮かべてるし。
キチガイに刃物は危ないぜ?」
「そういうこと言うなよ〜」
シーザーが冗談で言っていることはボクも分かっているので、ボクも適当にあしらう。
「けどよ――」
「あ、決まったみたいだよ」
なおもなにかを言いかけたシーザーを遮って、ボクが言う。
どうやらアーサーは買う物が決まったらしく、一振りの剣を手にとって眺めている。
「ほら、あの目つき。 絶対ヤバ――」
「しつこい!」
あくまで冗談をとおそうとするシーザーにピシャリと言い放ち、ボクはアーサーに歩み寄った。
「それに決めたの?」
「え? ああ、はい、これにしようかなと思ったんですけど……」
言いながらアーサーが鞘から抜いたその剣は、刀身が反り返った薄い片刃の剣で、柄頭が小指の方に向かって曲がっているという独特の形をしていた。
柄頭はライオンの頭部を模しており、開かれたライオンの口には金色の金属がくわえられている。
刀身はすべて銀でできているようだ。
「なにか普通とは違うような気が……」
そう言うと、アーサーはしげしげと剣を眺め始めた。
見る角度を変え、持つ手を変え、光にかざし、軽く素振りをする。
そうしてしばらくアーサーが剣の品定めをしていると、
「どうした?」
棚の陰からクーアが姿を現して言った。
隣にはシーザーが立っている。
どうやらシーザーがクーアに伝えたらしい。
「あ、この剣なんですけど……なにか普通の剣とは違うような気がするんです」
アーサーがクーアに剣を手渡す。
「シャムシールか。 で、普通とは違う、と……うん。
…………なるほど、血鍛法か」
「血鍛法?」
聞いたことのない単語に、アーサーが尋ねる。
「武具を鍛える際に、水じゃなく血を使う鍛錬法だ」
「血ィ〜?」
シーザーが露骨に顔をしかめた。
確かに血で鍛えるというのは、正直なところ気味悪く感じる。
脳裏に一瞬、なにかの血を搾りとって武器を鍛えている鍛冶屋の姿がよぎった。
顔をしかめるボク達をよそに、クーアは説明を続ける。
「不気味がるのも無理ないけど、別に誰かを殺したりするわけじゃないからな。
血鍛法は普通の鍛錬法とは違って、使用者と血の提供者の相性で性能に差が出る。
相性が良ければ銀でも金以上の性能になるし、悪ければ鉄以下の性能になる。
持ってみてどうだ?」
「……銀にしては軽い、と思います」
軽く素振りをしながら答えるアーサー。
「じゃあ、これを……斬ってみろ」
そう言ってクーアが懐から取り出したのは、小石程の大きさの銀のつぶてだった。
アーサーはそれを受け取ると、手にした剣の刃をあてがい、ゆっくりと引いた。
そして、刃を当てた部分を目を凝らして見つめる。
「あ、少し切れ目が」
その言葉どおり、銀のつぶてには浅い切れ目が付いていた。
「ということは、その剣との相性はいいみたいだな。
どうする? それにするか?」
「できれば……でも値段がどれくらいするか……」
つぶてをクーアに返し、剣を鞘に収めたアーサーは、剣を見つめながら言った。
「確かに血鍛法は通常の鍛錬法で造られた物よりも割高だな。
同じ材料の物から造っても倍値にはなる。
けど、それが欲しいんだろ?」
「はい。 でも、いいんですか?」
モジモジしながらチラリと上目遣いでクーアを見て言うアーサー。
言葉とは裏腹に、その様子は誰が見ても本当は剣が欲しくてたまらないという様子だった。
クーアもそれを察したようで、ニコリと微笑み、言う。
「金のことなら気にしなくていいさ。
ここならレンジャーのライセンスカードが使えるからな。
それに、オレが金のことでお前等に不自由させたことがあるか?」
たしかに、今まで金のことで困ったことは1度もない。
いったいどうしてそんなに金があるのだろうかと疑問に思ったことはあるが、それを聞いたこともなかった。
しかし、昨日の話を思い返してみれば、レンジャーとして最上位クラスに位置するクーアは、その収入もそれに見合ったものなのだろう。
それがどれくらいの収入なのかは分からないが、それならば今まで路銀などで不自由しなかったわけも、高価な剣を買うことを事もなげに了承したわけも分かる気がする。
「……それじゃあ、コレでお願いします」
遠慮がちに答えたアーサーだったが、その表情は明るく嬉しそうだった。
「武器は決まったな。 防具はまだだろ?
また分からないことがあるかもしれないから、今度はオレも一緒に見て回るよ」
クーアはそう言うと、アーサーを連れて奥の防具が陳列されている棚の方へと行ってしまった。
「いいよなぁ、アーサーの奴。
あんなにいい武器買ってもらってさ」
鎧が陳列されている棚の前でなにやらやりとりしているクーアとアーサーの姿を見ながら、シーザーがポツリと呟いた。
独り言のようにも聞こえたが、ボクはそれに反応して答える。
「しょうがないよ。
アーサーの方がボク達よりもずっとレベルが高いんだから」
「そりゃ分かってるけどさ、なんか納得いかねぇ。
オレ等だって、ここにある武器使ったっていいじゃねぇか。
そう思わねぇか?」
「うん、まぁ、そう思わないこともないけど……
でも、ボク達がここにある武器使ったって不釣合いだとも思うよ?」
「う〜……」
あまり納得していない様子でうなるシーザー。
そんなシーザーにボクは一言。
「……嫉妬深いよね、お前」
「うるせぇ!」
ボクのもっともな突っ込みにシーザーは怒鳴ってふてくされ、部屋の奥へとズカズカと歩いていってしまった。
その後姿を見送りながらボクは溜め息をつくと、クーア達の邪魔をしないように、部屋の中をウロウロと歩き回った。
そして、10分後。
「おーい、戻るぞー」
と呼ぶクーアの声が聞こえたので、ボクは部屋の入口へと向かった。
入口の前には、すでにクーアとアーサーが立っていた。
アーサーの手には、先程の剣とカゴが握られており、カゴの中には衣服の類が並べて入れられていた。
カゴの中を覗き込むと、紺の長袖シャツとズボン、ダークブラウンの鳥人用のサンダル、そして金の細工が施された銀製のガントレットが見えた。
さらにクーアの手には、エメラルド色のハードレザーアーマーが抱えられている。
「それも買うの?」
ボクがそう尋ねると、アーサーは満足そうに微笑んでうなずき、手にしている剣を食い入るように眺め始めた。
「いいよな〜、色々と高そうなの買ってもらえて」
いつの間にやら隣に来ていたシーザーがボソリと呟いた。
まさに嫉妬の眼差しといった感じの眼差しをアーサーに向けていたが、剣に見惚れているアーサーは気付いた様子もない。
「よし、じゃあいったん戻るぞ」
クーアのその言葉と同時に入口のドアが開き、ボク達は部屋を出た。
小部屋に入り、クーアが『1』のカードを装置に通すと、今度は足元から突き上げられるような感覚がボク達を襲い、数秒後、ボク達は店に入った時に最初に入った部屋に戻ってきた。
「なんだ、ずいぶん早かったじゃねぇか」
ボク達が部屋に入ると、カウンターの向こうから店主がジロリとこちらを睨みつけ、無愛想な言った。
「いや、まだだよ。 先にこの子等が買う物の会計だけ済ませようと思ってね」
答えるとクーアは、抱えていたハードレザーアーマーをシーザーに渡し、懐からレンジャーのライセンスカードを取り出すとそれをボクに手渡した。
「そういうわけで、先にコレで会計を済ませておいてくれ。
オレはもう1回品物を見てくるから」
それだけ言うと、さらに『3』と『6』のカードをボクに手渡して、クーアは再び小部屋の中へと入っていった。
カードを手渡されたボクは、とりあえず言われたままにカードと商品の入ったカゴをカウンターに持っていく。
ボクに続いてアーサーとシーザーも手にした商品をカウンターに持ってきた。
ボク達の持っている商品をすべてカウンターの上に置くと、
「お願いします」
と言って、持っていた3枚のカードを店主に差し出した。
「ふん」
店主は小さく鼻を鳴らすと、カードをすべて受け取り、カウンターの上に置かれた商品を手に取り、確認するように眺めたあと、カウンターの上に戻した。
同時に、カウンターの向こう側で店主がなにかをカタカタと鳴らす。
カウンターの陰になっていてよく見えないが、なにかを叩いているような音だった。
少しの間、店主が商品を手に取り、戻す音と、カウンターの向こうからのカタカタという音が部屋の中で響いていた。
が、不意に店主が商品を取る手を止めずに口を開いた。
「こいつ等全部、おめぇ等が選んだのか?」
「え? え〜と……」
突然の質問に、どう答えたらいいのか分からないボクは言葉に詰まる。
店主は答えの催促もせずに、黙々と商品を手にとってはカタカタとなにかを鳴らしている。
「え〜と、ほとんどが自分で選んだものです。
少し、クーアに選んでもらったものもありますけど」
少ししてボクがそう答えると、店主は手を止め、ボク達3人をジロリと睨み、
「ふん、そうかい」
とだけ言って、再び手を動かし始めた。
その店主の対応に、ボク達がどう反応して分からずに顔を見合わせていると、
「なかなか見る目があるじゃねぇか」
店主が手を止めずにボソリと言った。
ボク達は再び顔を見合わせ、またもどう反応していいのか分からず、とりあえずボクは苦笑いをして店主に応えた。
もっとも、店主はボク達の方を見てはいなかったが。
それからしばらくして、店主が手を止めた。
どうやら会計が終わったらしい。
と、ほぼ同時に、クーアが戻ってきた。
その手には皮袋が握られている。
クーアはカウンターの上に置かれた武具を脇に寄せると、皮袋を開け、中身をカウンターの上に広げた。
皮袋の中から出てきたのは、数点の指輪とネックレスとブレスレットのようだった。
そのどれもに輝く宝石が埋め込まれており、土台となる金属は銀色に光っているが、おそらくは銀ではない、なにか別の高価な金属だろうと思われる。
店主は先程までと同じようにそれらを手に取り、再びカウンターの向こうでカタカタと音を鳴らし始めた。
新たな商品の会計を終えると、店主はクーアのライセンスカードをカウンターの上に置いた。
「ほらよ」
「ありがとう」
答え、クーアはライセンスカードを受け取り、代わりに店主からもらった数字の書かれたカードを2枚返すと、店主に向かって言った。
「オレが持ってきたのは別で詰めてくれ。
ほかのは全部まとめて詰めてくれてかまわない」
「丈は直さなくていいのか?」
店主が尋ねる。
「こいつ等がレンジャーになったら直してもらいにくるよ」
「そうかい」
言うと店主は、直径3p程の乳白色の玉をカウンターの下から取り出し、それを武具に当て始めた。
すると武具は、まるで乳白色の玉に吸い込まれるかのように消えた。
店主が手にしているのは『移蔵石』という名の石で、どういう原理かは知らないが、石の大きさに応じた大きさの物を格納しておけるという石だ。
以前、何度かクーアがこの石を使っているのを見たことがある。
店主は慣れた手付きで武具を次々に移蔵石に詰めていき、やがて最後の武器を石に詰め終えると、それをクーアに手渡した。
「次に買いに来るのは何年後かな?」
ボク達にも分かるたっぷりの皮肉を込めて、店主がクーアに言う。
それに対し、クーアは苦笑いを浮かべて答えた。
「またなにか足りなくなったら来るよ」
「ふん、それじゃあ、いつになることやらな。
もうここに用はねぇだろ? さっさと行きな」
店主は鼻を鳴らすと、相変わらず無愛想な調子で言った。
まるでボク達を追い出すかのような言い草だったが、クーアはそれを気にした様子もなく、
「さ、じゃあ行こうか」
手にしていた移蔵石を懐に入れながら、ボク達を外に出るようにうながした。
ボク達を先に店から出すと、クーアは振り返り、店主に向かって、
「じゃあ、また」
と、店主に別れを告げたが、それに対して店主は、ネコでも追い返すような仕草で手を動かして応えただけだった。