金属が折れる甲高い音が広い草原に響いた。
「クソッ!」
シーザーが折れたダガーを苦々しげに見て悪態をつく。
「下がって!」
ボクが一声かけると、シーザーは渋々ながら後ろに跳び退った。
それと同時にボクは魔法の詠唱に入ろうとした。
しかし、そこへボク達が相対していた敵、マテリアのバックラーが飛びかかってきた。
ボクはとっさに跳び退り、なんとか攻撃をかわす。
的を外して地面に落ちたバックラーは、こちらに向き直り、なおもボクに向かって跳びかかろうとしていた。
そこへシーザーが折れたダガーの柄の部分を投げつけ、バックラーの注意をボクから自分へと逸らした。
シーザーの狙いどおり、バックラーはボクへの攻撃を中断し、彼へと向かって飛びかかっていった。
それを紙一重のところでかわしながら、シーザーはボクの魔法の完成を待つ。
それに応えるように、ボクは魔法の詠唱に入った。
『火円に満ちたる、紅蓮、立ち昇れ!』
発動と共に、バックラーの真下に火円が現れた。
それを見てとったシーザーは、素早くバックラーから離れる。
その刹那、火円から勢いよく炎が噴出し、火柱を形成した。
高々と伸びた火柱に包まれ、バックラーは悲鳴を発することもなく絶命する。
火柱が消えると、そこには黒々と焦げたバックラーの死体だけが残された。
「ふぅ……」
一息つくボク。
と、そこへ、
「危ねぇ!!!」
シーザーの叫び声が響く。
「!?」
ハッとして後ろを振り返ると、そこにはいつの間に接近してきたのか、新手のバックラーの姿が。
ボクが振り返ると同時に、バックラーがボクに襲いかからんと跳び上がった。
突然の襲撃なうえ、気が抜けていたボクは、体が硬直して回避が間に合わない。
(やられる!)
そう思った、まさにその瞬間。
突如、目の前が真っ白になった。
バックラーのななめ後方から放たれた一筋の白い閃光が、ボクの目の前を通過し、バックラーの全身を飲み込んだのだ。
光が消えた時、そこにはバックラーの姿は影も形もなかった。
「相手が複数いる時は、最後の1体を倒すまで気を抜くな。
それが自分と同程度のレベルの相手なら、なおさらだ」
閃光を放った人物クーアが、ボクの方に歩み寄りながら言う。
そのあとについて、アーサーがサーベルに付いたバックラーの体液を紙で拭き取りながら向かってくる。
その後方には複数のバックラーの死体が転がっていた。
どうやら、ボクとシーザーが1体を倒す間に、クーアとアーサーが倒したものらしい。
実際には、転がっている数の倍に近い数のバックラーがいたはずだが、半数近くを今のバックラーのように消滅させてしまったようだ。
「大丈夫か?」
ボクのそばまできたクーアが優しく問いかけてくる。
「うん」
ボクは安堵の溜め息をついてうなずいた。
それを聞いたクーアは、微笑みながらボクの頭を撫で回した。
そこへシーザーが、いつの間に拾ったのか、折れたダガーの刃の部分と柄の部分を手に近寄ってきた。
「あ〜あ、折れちゃったよ」
その言葉どおり、シーザーの手にしているダガーは、根元付近で折れていた。
シーザーが折れたダガーをクーアに手渡すと、クーアはそれを見ながら言った。
「無理に力をかけすぎなんだよ。
どんな物だって、それ自体よりも硬い物に勢いよくぶつかったら壊れるってもんだ。
特に変な力のかけ方をしたら、その分、余計に壊れやすい。
お前の速さと器用さなら、バックラーの硬い両側面よりも、柔らかい中央のつなぎ手の部分を斬りつけられただろうに。
短剣を使いこなすには、もうちょっと訓練しないといけないな」
諭すような口調のクーアの説教に、シーザーが面白くなさそうに反論する。
「だったら、剣にしてくれよ剣に。
それだったら力任せに振り回したって構わねぇだろ?」
「それじゃ、お前の長所を駄目にする。
お前は本来、パワーでゴリ押しするタイプじゃなく、スピードと正確さで相手を倒していくタイプだからな。
お前の長所を生かすためには、短剣みたいな短くて軽い武器か、槍みたいな長くて刺突性に優れた武器が1番なんだよ」
「なら槍。 槍がいい。
短剣なんてなんか地味な感じがしてヤダ」
「う〜ん……まぁ、槍もお前にはあまり向いてないだろうな。
槍を扱うには短剣を扱う以上に技量が必要だし、槍は鳥人みたいな、地上と空中を自由に行き来できるヒットアンドアウェイを得意とした連中の方が扱いに向いてるしな。
お前、空飛べないだろ?」
そう言われるとシーザーは、離れた場所で話を聞いていたアーサーを恨めしげに睨んだ。
その視線に、アーサーは驚いたような表情を浮かべ、それから慌ててシーザーから視線を外した。
「ともあれ、このダガーはもう使い物にならないな。
打ち直すよりも新しいのを買った方が早いし、それにお前等の装備もそろそろ傷んできたみたいだし……そろそろ装備を新調しようか」
「え? ホント!?」
その提案に、ボクが食い付く。
正直、ボクの着ている服もブーツも、一見しただけでは分からないような傷やほつれで傷んでいたので、この提案は嬉しかった。
それはシーザーもアーサーも同じだったようで、アーサーは嬉しげな表情を浮かべ、シーザーにいたってはガッツポーズで喜びを表していた。
「ああ、その方がいいだろ?
とりあえず、次の町まで行ってから話そうか。
装備のこともそうだけど、それとは別に少し話したいこともあるからな」
「……話?」
それまでガッツポーズを決めていたシーザーが、ふと我に返った様子で聞き返すが、クーアはなにも答えず、ニッと笑って早々と次の町への移動を始めてしまった。
ボク達は顔を見合わせて首をかしげ、とにかく言われるがままに次の町を目指そうと、クーアのあとをついていった。
「レンジャー?」
聞き慣れない単語を、ボクは声を出して確認する。
さほど大きくない、うら寂れた町の大通り沿いに建つ小さな飯屋でのこと。
遅めの昼食を終えて一息ついていたボク達に、クーアが『レンジャー』の資格を取ってみる気はないか?』と尋ねてきた。
「そう、レンジャーだ。
……ああ、そういえば3人共、レンジャーについてはなにも知らないんだったな」
向かいに座っているクーアの言葉に、ボクも、横にいたシーザーとアーサーも同時にうなずく。
それを見たクーアは、コップに入った水を一飲みして一息つくと、レンジャーについての説明を始めた。
「この世には、この世界以外にも数多くの世界が存在しているのはお前達も知ってるだろ?
その数多い世界にはさらに数多くの国があって、それらの国を大別すると3つのグループに分けられるんだ。
1つはコスモス、1つはカオス、1つはニュートラル。
コスモスはオレのような光の側に立つ者が多くいる国の集合体、カオスは闇の側に立つ者が多くいる国の集合体、ニュートラルはコスモスにもカオスにも属さない国の総称だ。
その3つのグループのうちの1つ、コスモスと呼ばれる集合体の構成員の1つがレンジャーだ」
「そのレンジャーってのになれってのか?」
シーザーがテーブルに頬づえをついて聞き返す。
「いや、強制してるわけじゃない。
ただ、この先、旅を続けていくうえで、レンジャーになっておいた方がなにかと便利だから、薦めてるだけだ」
「レンジャーになると、どんなメリットがあるんですか?」
興味津々な様子でアーサーが尋ねる。
「1番のメリットは仕事だな。
レンジャーの仕事は、いわゆる、なんでも屋だ。
マテリア退治だったり、要人警護だったり、どこかの国に侵略されてるコスモス加盟国へ救援に行ったり。
他にも遺跡探索や災害で壊れた町の復興作業、果ては、子守りや掃除なんてのもある。
それで、それぞれの仕事には、それに見合うだけの報酬が用意されていて、仕事をこなすとそれがもらえるんだ。
旅っていうのはなにかと物要りだからな。
確実な収入源があるに越したことはない。
それと……」
説明を途中で切り、クーアは懐をあさると、そこから1枚の真っ白なカードを取り出してテーブルの上に置いた。
ボク達3人は、覗き込むようにカードを見る。
カードは実にシンプルな作りになっていて、金色の縁取りがある白いカードの左半分にはクーアの顔が写っており、右半分には金色でZの文字が書かれていた。
「これはレンジャーのライセンスカードだ。
これを見せれば、色々な特典が得られる。
例えば、進入禁止場所へ進入することが許可されたり、閲覧禁止の本を読むことが許可されたり、コスモスに加盟している店で見せれば、割引やなにかの品物がもらえたり、とかな」
「へぇ〜」
相槌を打ち、シーザーがカードを手に取って眺める。
「なんかすげぇ簡単な作りになってるんだな。
このZの文字はなんだ?」
「それはレンジャーのクラスだ」
「じゃあ、Zクラスってことか。 それってどうなの?」
「レンジャーのクラスはG・F・E・D・C・B・A・S・M・R・Zの11クラスある。
一応、Zクラスは最上位クラスだな」
「えっ? じゃあ、クーアって意外とすげぇってこと?」
「意外は余計だ意外は。
まぁ、クラスのうえではそういうことになるかな」
謙遜しているのか、控えめな答えをすると、クーアはシーザーからカードを受け取り、懐にしまった。
「それで、簡単になれるものなんですか? レンジャーって」
もっともな質問に、ボクとシーザーも視線をクーアに向ける。
クーアはまたも懐から懐中時計のような物を取り出し、それを見ながら少し考え、
「ん〜、簡単とは言えないが、無理なことじゃないな。
レンジャーになるには試験があるんだけど、その試験の日までは、今から大体2ヶ月くらいだ。
お前達の頑張り次第では、試験に受かる可能性は十分にある」
「試験はどんな内容なんですか?」
「実技と筆記の2種類。
実技の方は3人とも問題ないとして、問題は筆記の方だな。
今のお前達じゃ1割も正解できないだろう」
「一割って……ずいぶんと少ないね」
あっさりと言い切られ、憮然としてボクが言う。
クーアは少し肩をすくめ、
「まぁ、お前達はこの世界以外の世界を知らないから仕方ないさ」
と言って、コップの水を飲み干した。
そして一息ついて、口を開く。
「それと答えを聞く前に、一番重要なことを言っておく。
レンジャーになったら2度と普通の生活には戻れないと思え」
「? どういうこと?」
首をかしげて聞き返すボクにクーアは視線を向け答える。
「命を狙われる危険がある」
「命を?」
オウム返しに尋ねるアーサー。
「ああ、そうだ。
ハンターっていってな、コスモスと対立しているカオスにもレンジャーと同じような奴等がいるんだ。
まぁ、やってることはだいぶ違うがな。
このハンターって奴等が面倒でな、レンジャーの命を狙ってくる奴等が多いんだ。
ハンターの中には、低クラスのレンジャーに狙いを定めて襲ってくる奴等もいる」
「……なぜ狙ってくるんですか?」
「カオスではレンジャーに懸賞金をかけてるんだ。
なりたてのレンジャーであっても例外なくな。
もっとも、それはコスモスでも同じこと。
こっちもハンターには例外なく懸賞金をかけてる。
つまり、レンジャーになるってことは、狙い狙われる立場に身を置くってことになる」
『…………』
クーアの言葉を聞いて一様に黙り込むボク達。
そのボク達にさらにクーアが言う。
「それ以外にも、マテリア退治や戦地への投入、命が危険にさらされることが通常生活よりもはるかに多くなる。
平穏な生活を送りたいならレンジャーにはならない方がいいだろう。
レンジャーってのはそういうハイリスク・ハイリターンな仕事なんだ。
だから、さっきも言ったが、オレはお前等にレンジャーになるように強制はしない。
ただ薦めはする。
お前等にはレンジャーになれるだけの資質があると思ってるからな、オレは」
そう言ってクーアは言葉を切った。
内容が内容なだけに、重い沈黙がボク達3人の間に広がる。
今までにも命の危機は何度かあった。
ただ今度の場合は、命を狙われているということが明確に分かるだけに、危機感が違う。
クーアの口ぶりからすると、狙われることは避けては通れないのだろうし。
まだ子供のボク達にとって、この選択は難しい。
シーザーもアーサーも考え込んでいるようだ。
クーアはなにも言わずボク達の答えを待っている。
「あのさ」
ボクは放っておけば何分も続きそうなこの重い沈黙を破って口を開いた。
「それって今すぐに決めなきゃダメかな?」
「いや。 ただ、オレがレンジャーになろうと決めたのはお前等くらいの歳だった」
「なぜ、そんなに早くレンジャーになろうと決めたんですか?」
アーサーが尋ねる。
クーアは視線を下に落とし、小さくため息をつき答える。
「……当時、オレにとって忘れられない事件があって、それでだ。
人に話して気分のいい事件じゃないから……まぁ、この話はそのうちにな」
「あ……すみません……」
慌てて謝るアーサーに、クーアは首を横に振る。
「確かに、今すぐに決める必要はないな。
オレの方が性急すぎた。
もうなに年か旅して、それから――」
「オレはなるぜ」
結論しかけたクーアの言葉を遮ったのはシーザーだった。
「……今すぐ決める必要はないぞ?」
「いや、もう決めた。 オレ、レンジャーになるよ。
このままただ旅続けるよりも、レンジャーになった方が強くなれそうだしさ」
「レンジャーになれば命を狙われるし、命を危険に晒す機会も多くなるんだぞ?
それでもレンジャーになりたいか?」
「いいじゃんか、その方が張り合いがあって。
命狙われたって、狙ってきた奴より強くなればいい。 だろ?」
クーアはしばしシーザーの目を見つめ、
「……分かった」
と、静かに答えた。
そして、ボクとアーサーに視線を移す。
「僕も……なってみようと思います。
リスクは高そうですけど、話を聞くかぎり、これから旅を続けるのに必要な資格みたいですから」
アーサーが答え、クーアが軽くうなずく。
残るはボクだけ。
自然とクーア達3人の視線がボクに注がれる。
しかし、シーザーとアーサーが答えた時点で、ボクの心は決まっていた。
「ボクもなるよ。 レンジャーに」
するとクーアは、目を閉じて満足そうに微笑む。
「そうか。 なら決まりだな」
おそらく、内心ではボク達がレンジャーになることを望んでいたのだろう。
口には出さないが、その微笑みからはそういった心情が見て取れる。
「……それで、このあとどうするんだ?
その試験までは2ヵ月くらいしかねぇんだろ?」
しばしの沈黙のあと、瞑目して微笑んだままのクーアにシーザーが尋ねた。
クーアは目を開くと、その質問に迷った様子もなく答えた。
「明日の朝、この町を出発して、コスモスの本部のある世界に行こうと思う。
そこでレンジャー試験を受ける手続きと、お前達の試験対策の準備、それから装備の新調をする。
装備は、こっちよりも向こうの方がいいのがそろってるからな」
そう言われて、横でシーザーが小さくガッツポーズを取っているのが見えた。
ボクも、そしてアーサーも顔がほころぶ。
と、その様子を見ていたクーアが、不意に真剣な口調で尋ねてきた。
「……向こうに行ったら、しばらくはこの世界に帰ってはこないだろう。
もちろん、永遠に帰ってこられないってことはないが、なにかやり残したことはないか?」
そう言われ、ボクの脳裏に、この世界で起きた様々なことが浮かんできた。
楽しい思い出も、悲しい思い出も、辛い思い出も。
ふとシーザーとアーサーに目をやると、2人も同じように色々なことを思い出しているのか、黙り込んだまま、テーブルをじっと眺めていた。
その間、クーアはなにも言わず、ボク達の答えを待っているかのように、静かにボク達を見つめていた。
長いような短いような沈黙のあと、最初に口を開いたのはボクだった。
「……いいよ」
色々な感情や思いが頭の中に浮かんだが、ボクはそれを上手く言葉にすることができず、ただ一言、それだけを答えた。
そして、ボクの言葉をきっかけにしたように、
「オレも」
「僕も」
シーザーとアーサーも、ボクと同じように一言だけ答える。
それを聞いたクーアは、大きく1つうなずき、言った。
「よし。 じゃあ、明日の朝、この世界を発とう」