「はい」

オレがドアをノックすると、部屋の中から返事があった。

「入るぞ」

一声かけ、オレはドアを開ける。

部屋の中には、すっかり旅支度を整えたアーサーとシーザーがいた。

ここはアーサーと出会う十数日前、オレ達3人が通過した村にある宿の1室。

あの戦いのあと、恐怖に震えていた3人を気付け、地底湖に戻ったオレ達は、アーサーの父親の亡骸を埋葬し、オレの『転移』でこの村にやってきた。

そのまま隣町に戻ってもよかったのだが、隣町だとあの町での戦闘の影響でかなりの混乱が起きているだろうと予想されたので、そこからかなり離れたこの村にやってきたのだ。

村は山間に位置していることもあって、あの町での戦闘の影響はまったくなく、十数日前にオレ達が訪れた時と同じく、とても静かなものだった。

あの町での戦闘の様子がこの村に伝わったとしても、それはまだまだ先のことだろう。

ともあれ、体の傷は癒え、体力も完全に回復していたものの、3人、特にアーサーが負った精神的な傷は大きく、オレは大事をとってこの村で2日程休むことにした。

宿を取ったその日の夜の食事の席で、アーサーがある申し出をしてきた。

それは、オレ達と共に旅をしたい、ということだった。

話を切り出した時のアーサーの表情を見た時、なんらかの決意のようなものを感じたが、オレはそれについては何も聞かず、旅の同行を快諾した。

ジークは喜んで快諾し、渋ると思っていたシーザーも素直に了承した。

結果、今のこの状況がある。

部屋の中にいるアーサーを見るかぎり、その表情からはやつれや疲れは見られない。

それはアーサーの隣にいるシーザー、オレの隣にいるジークも同じだった。

「準備はいいみたいだな。

 ならそろそろ出発するけど、いいか?」

「はい」

「オレもいいよ」

「そうか。 なら出発しよう」

「……あの」

「?」

出発しようとしたオレを、アーサーが呼び止めた。

「旅に出る前に、父と母の所に行ってもいいですか?」

申し訳なさそうにアーサーが聞いてくる。

それを聞いたオレは、ジークとシーザーに目を向けた。

2人とも無言でうなずく。

「……ああ、構わないよ。

 しばらくは帰ってこられないだろうからな」

「ありがとうございます」

「じゃあ、行こうか」

そして、オレは3人をうながすと、宿の外へと出た。

 

 

瓦礫と化した町が見下ろせる小高い崖の突端に、アーサーの両親の墓はあった。

腕程の太さの丸木を十字に束ねた質素な墓標の下に、アーサーの両親の亡骸は眠っている。

村で買った花束を抱えたアーサーが、墓標の前にひざまずく。

アーサーは花束を墓標に添えると、胸に手を当てて瞑目した。

オレも胸に手を当て、墓に向かって瞑目する。

見えはしないが、おそらくジークとシーザーも同じように瞑目しているだろう。

しばし流れる哀悼の時間。

吹く風は冷たく頬を撫で、地面に生えた草木を揺らす。

静寂が辺りを包む中、風にそよぐ草木のこすれる音だけが耳に届く。

「……そろそろ行きましょうか」

アーサーが立ち上がり、静かに呟いた。

「もう、いいのか?」

オレが聞く。

「ええ。 もう2度と戻ってこられないわけじゃないですから」

うっすらと笑みを浮かべ、アーサーは答えた。

それを見たオレは微笑み返し、小さくうなずく。

「そうか……なら行こうか」

そう言うとオレはきびすを返し、来た道を戻り始めた。

「で、次はどこ行くんだ?」

「ボク、この国の首都に行ってみたいな」

「オレは別の世界に行ってみてぇな。

 オレ、この世界出たことないし」

「ああ、ボクもないなぁ……でもさぁ――」

これからの旅のことをあれこれと話しながら崖を下っていくジークとシーザー。

オレはそのやり取りを聞きながら、ふと後ろを振り返る。

すると、アーサーは墓標を見つめて立っていた。

後姿なので表情は見えない。

だが、

「父さん、母さん、行ってきます」

アーサーの小さな、しかし力強い呟きは、しっかりとオレの耳に届いていた。