ゲートキーパーが両手を上に掲げる。
そして、その間に一抱えほどもある黒い塊が生まれた。
「ここじゃ、何かと手狭だろう?
上へ行こう。 どのみち上にはもう誰もいないだろうしね」
そう言って魔術師は口元をゆがめた。
魔術師が言い終わるや否や、ゲートキーパーが塊を洞窟の天井を目掛けて打ち上げた。
塊は天井と接触すると同時に爆発を起こし、天井が大きく崩れた。
天井が崩れたことで開いた大穴に向かって、魔術師とゲートキーパーが飛び上がる。
「チッ!」
降り落ちてくる土砂を振り払い舌打ちすると、そのあとを追って大きく跳び上がった。
舞い上がる土煙を抜けて地上に出ると、上昇中のオレのすぐ側を、闇線が数本、下からかすめていった。
オレは闇線が照射されただろう場所に目星をつけると、魔法を詠唱し始める。
『火風交わり生み出すは、烈火、烈風、破裂なり!』
詠唱の終了と共に、対象部で爆発が起きる。
その爆風によって土煙が四散し、眼下の視界が開けた。
地上に開いた穴は町の半分程を吹き飛ばしており、そこからのぞいた地底湖が曇天から射す陽光に照らされて煌めいている。
さらに、廃墟となった街には何十体ものマテリアがおり、突如起きた爆発に動揺してでもいるかのように奇声を発していた。
そして、ゲートキーパーは大穴の上に浮いていた。
その様子から察するに、どうやら先程の魔法は外れていたらしい。
だが問題はそこではなかった。
ゲートキーパーの側に魔術師の姿が見あたらない。
(どこかに隠れたか?)
オレは眼下をくまなく捜す。
だが、どこにも魔術師の姿はない。
(建物の中に隠れたか、それとも……
いずれにしても作戦を変えないとまずいな)
そう考えたオレは、周囲にマテリアのいないことを確認しながら地上に着地すると、すぐに建物の陰に身を隠し、『伝心』の魔法を発動させる。
(……アーサー、アーサー。 聞こえるか?)
(……クーアさん? はい、聞こえます)
(まだ地下にいるな?)
(はい)
(地上に出たけど、魔術師の姿を見失った。
作戦を変えよう。
お前はそこでしばらく待機していてくれ)
(……わかりました)
(魔術師を見つけ次第、また連絡する)
それだけ伝えると、オレは『伝心』による念話を切った。
「さて、それじゃとりあえず……」
そう呟くと、オレは建物の陰から飛び出した。
そのオレに気付いたらしいゲートキーパーが、高速でこちらに飛んでくるのが視界に入った。
オレは建物の合間を移動しながら、右手を掲げる。
と、同時に、オレの周囲に十数個の光塊が生まれる。
オレは振り返り、追いかけてくるゲートキーパーの両手にも1つずつ闇塊が生まれるのを視認すると、すべての光塊を同時に解き放った。
十数個の光塊は建物を避け、ゲートキーパーに向かって突き進む。
そして、光塊はゲートキーパーに接触すると同時に爆発を引き起こした。
爆発は建物を吹き飛ばし、瓦礫を飛散させた。
その中でオレは立ち止まり、ゲートキーパーの方に向き直って身構える。
土煙を吹き払ってゲートキーパーが肉薄してきたのは正にその時だった。
黒い体に多少の綻びが見られるものの、さしてダメージを負っているようには見えない。
ゲートキーパーがオレの目の前で停止し、両手を突き出す。
その先端には先程の闇塊が1つずつ輝いていた。
「チッ!!」
舌打ちをするいとまもあらばこそ、オレは両手をゲートキーパーに向け、オレと闇塊との間に『シールド』と呼ばれる円形の盾を出現させた。
瞬間、ゲートキーパーが闇塊を撃ち出した。
闇塊は盾にぶつかり、爆発を起こし、オレはその爆風に大きく吹き飛ばされてしまった。
「……っ!!」
後ろに立っていた建物の壁に、背中が強く叩きつけられる。
慣性制御を行ってその場にとどまろうとするものの、オレはそのまま壁を突き抜け、さらに奥の家の壁に叩きつけられる。
2軒分程の壁を突き抜け、ようやく地面に足を着けて顔を上げると、目前に、目も鼻も口もない、のっぺりとしたゲートキーパーの顔があった。
突然のことに、一瞬、体が硬直する。
その一瞬をつき、ゲートキーパーが両手で散打を加えてきた。
「くっ!!」
とっさにガードするオレに構わず、ゲートキーパーは攻撃を続ける。
散打とはいえ、一撃一撃がかなり重い。
細長いゴムのような腕のどこにこんな力があるのか、と思わせられるほどの力だ。
しかもオレの体が衝撃で後方に吹き飛ばないよう、オレの背後に法力で黒い壁を作り出している。
速く重い散打と黒い壁の板挟みにあい、オレのダメージは蓄積していく。
「っ……は…あぁぁ!!」
カウンターになるのを覚悟の上で、オレは散打の合間をぬって拳を繰り出した。
下から上に、アッパー気味に突き上げられた左の拳に、ゴムのような感触が伝わったと思った瞬間、ゲートキーパーが大きく宙に舞った。
どうやら、こちらの攻撃がカウンターになったようだ。
宙に舞い上がったゲートキーパーは、空中で数回転して静止する。
オレは地面を蹴り、飛び上がって、すかさず追撃をかけた。
ゲートキーパーの片手をつかみ、その体に数発、拳を叩きつける。
そして両手で足をつかむと、宙で体をゲートキーパーもろとも回転させ、遠心力をつけて地面に叩きつけた。
叩きつけた衝撃で石畳が陥没し、土煙が舞う。
『其の身、意の儘、自在なれ!』
オレは魔法を行使し、斜め後方へと飛ぶと、再び魔法の詠唱を始めた。
『岩塊、溶して、満ち満ちよ! しかして、溶流、天を衝け!』
オレが魔法を発動させると、眼下の廃墟を溶岩が埋め尽くした。
煮えたぎる溶岩のいたる所で溶岩の柱が屹立し、溶岩は対象部の建物を融解させ、蠢いていたマテリア達を焼き尽くしていく。
溶けていく廃墟の町並みから上がる無数の悲鳴。
オレは両手を突き出し、その間に『ボム』を生み出す。
そして、それをゲートキーパーがいるはずの場所に叩き込もうと構えた時だった。
ちょうどゲートキーパーがいるだろう場所から、溶岩の海を突き破り、ゲートキーパーが上空へと飛び出した。
オレはとっさに目標を変え、飛び出したゲートキーパーに向かって『ボム』を撃ち出す。
しかし、『ボム』は急加速したゲートキーパーに、すんでのところでかわされてしまう。
彼方で爆発を引き起こす『ボム』。
『ボム』をかわしたゲートキーパーは、そのままのスピードでほとんど直角にカーブし、こちらに向かって飛来する。
オレは突進してくるゲートキーパーをかわそうと、その場から上昇しようとした。
が、しかし、回避が一瞬遅れ、片足をゲートキーパーにつかまれてしまう。
(しまった!)
ゲートキーパーはオレの片足をつかんだまま、真下の溶岩の海を目掛けて垂直に降下。
そして、先程のお返しとばかりに、オレごと体を回転させ、オレを溶岩の海に向かって投げつけた。
オレはなんとか空中で静止しようとして魔法力を放出するが間に合わず、背中から溶岩に叩きつけられてしまった。
そのままオレは溶岩の中に飲み込まれていく。
ゲートキーパーとマテリア達、そして廃墟の建物に対象指定をしているため、溶岩の熱を感じることはまったくない。
しかし、視界は完全に遮断され、呼吸もできず、粘性の高い溶岩が全身にまとわりついて、ひどく動きづらい。
そこでオレは溶岩への魔法力の供給を絶ち、対象部に満ちていた溶岩をすべて消滅させる。
視界、呼吸、動きが確保されると、オレは急ぎ上空を仰ぎ見る。
そこにはゲートキーパーが漂い、こちらを見下ろしていた。
ゲートキーパーはオレが無事なことを確認すると、前傾し、再びこちらに向かって突進してくる。
オレはそれを迎え撃つべく、その場で構えた。
猛スピードで突進してくるゲートキーパー。
腰溜めに拳を構え、カウンターを狙うオレ。
そして、ゲートキーパーがオレの真上10m程まで接近した時だった。
不意にゲートキーパーが空中で急停止した。
ブォンと低い音を響かせ、ゲートキーパーはこちらから顔をそらす。
まるで何かに気を取られているように。
(なんだ? なんで攻撃してこない)
オレはその様子をいぶかしんで観察する。
次の瞬間、ブィンと先程よりも高い音を響かせ、ゲートキーパーが動いた。
しかし向かった先は目の前のオレの方ではなく、まったく別の方向。
「……!!」
オレはその方向に目をやり、息を飲んだ。
なぜならそこには、今まさに地下へと通じる大穴から這い出してこようとしているシーザーとジークの姿があったからだ。
「出てくるな!! シーザー!!! ジーク!!!」
大声で叫び、オレはゲートキーパーのあとを追って走る。
オレの声に2人は反応し、こちらを見るが、迫りくるゲートキーパーを見て恐怖したのか、凍りついたように動けないでいる。
「くそっ!!」
オレは吐き捨てるように叫ぶと、走りながら左手に力を溜める。
溜められた力はオレの左手を覆うように激しく白く輝く。
一方、2人に向かって突進するゲートキーパーの両手にも黒い闇がわだかまっていた。
オレはゲートキーパーに狙いを定め、左手を突き出す。
それとほぼ同時にゲートキーパーも2人に向かって両手を突き出した。
(間に合え!!)
オレは心の中で叫び、一縷の望みをかけて左手の光を放出した。
放たれた『ディフュージョン』と呼ばれる光は前方に広がり、ゲートキーパーへと向かって突き進む。
だが、光が届くまでのほんのわずかな間に、ゲートキーパーの両手から2つの闇球が放たれてしまった。
「しまっ……!!」
放たれた2つの闇球を目で追い、叫ぶオレ。
オレの放った光に包まれ、上空へと吹き飛ばされるゲートキーパー。
迫る闇球を、凍りついたまま見つめているシーザーとジーク。
しかし、闇球が正に2人にぶつかろうというその時。
大穴から何かが飛び出し、2人にぶつかり、2人をその場から弾き飛ばした。
2人を弾き飛ばしたのはアーサーだった。
弾き飛ばされ、宙を舞う2人。
弾き飛ばしたアーサーは、その場でバランスを崩す。
アーサーはバランスを崩しながらも、迫り来る闇球に目を向ける。
まばたき程のわずかな間を置き、まるでパンッという風船が割れたような、乾いた破裂音が響いた。
それはアーサーに闇球のうちの1つが命中し、破裂した音だった。
程なくして、オレは3人の元に到着する。
弾き飛ばされたシーザーとジークはその場に倒れ、怯えたような眼差しをこちらに向けている。
そして、闇球の命中したアーサーは、
「う……あ…ぁ……」
呻き声を上げ、闇球の命中した右足を両手で押さえていた。
負傷した右足に目をやると、右足の膝から下がなくなっている。
両手で押さえた右足の傷からは、おびただしい量の血が溢れ出していた。
「アーサー!! 待ってろ、すぐに治して――ぐっ!?」
激しい音と共に右肩に衝撃が走った。
右肩を見ると、ちょうど腕の付け根辺りが鮮血で真っ赤に染まっている。
傷を認識した途端、傷口を中心に激痛が襲ってきた。
「クーア!!」
ジークの悲鳴のような叫びが響き、ジークがこちらに走り寄ろうとする。
「来るな!!」
オレは厳しく叫び、それを押し止めると、右肩を押さえ、空を仰いだ。
はるか上空に黒い点が1つ、漂っている。
目を凝らしそれを見つめると、それはまぎれもなくゲートキーパーだった。
ゲートキーパーは姿勢を変え、今にもこちらに向かってきそうな動きを見せる。
この場にオレがとどまればジーク達に被害が及ぶことは明白だ。
深手を負ったアーサーに対し、オレが回復魔法を掛けてやろうとすることも不可能だろう。
オレは苦痛に顔をゆがめ、立ち止まっているジークに声をかける。
「ジーク! 回復魔法は使えるな!?」
声をかけられたジークは驚いたような顔をしてうなずいた。
それ見たオレは手短に言い放つ。
「アーサーを頼む!」
そして、オレはジークの返答を待たず、天高く跳躍した。
「はぁ!!」
気合いの叫びと共に、オレはかざした左腕を振り下ろす。
幾筋もの雷を螺旋状に落とす技法『サンダーガーデン』。
螺旋の軌跡を描いて広がる雷の内、何本かが、逃げ場を失ったゲートキーパーをとらえた。
落雷に撃たれたゲートキーパーは、一瞬動きを止めるが、何事もなかったかのようにこちらに向かって突進してくる。
オレはそれをかわすと、次の攻撃に移った。
右手を、痛みを伴いながらも一振りすると、右肩口から流れ出、右腕を赤く染め上げている鮮血が中空に散る。
『ヴァンデッタ』と呼ばれる技法は、散った鮮血を中空で凝血させ、複数の血の刃を作り出した。
血刃は再びこちらに向かってくるゲートキーパー目掛けて突き進み、ゲートキーパーの黒い体を切り裂く。
しかし、それでもひるんだ様子すら見せず、ゲートキーパーはオレに向かってきた。
技法後の硬直で回避が遅れたオレは、やむなく、正面からゲートキーパーを迎え撃った。
ゴムのようにしなる腕を突き出し、攻撃を加えようとするゲートキーパーに対し、オレは右肩の痛みをこらえ、なんとか両手でガードを試みる。
「ぐっ……!」
だが、攻撃を受けた途端、右肩に激痛が走り、右側のガードが崩されてしまった。
ゲートキーパーは、ガードの崩れた右側を集中的に狙って攻撃を繰り出してくる。
たまらずオレは体を時計回りに反転させ、ゲートキーパーの攻撃を受け流し、回避。
目標を失ったゲートキーパーが体勢を崩す。
オレは反転させた勢いを利用し、ゲートキーパーの後頭部に右の後ろ回し蹴りを叩きつけた。
体勢を崩したところに不意の一撃をくらったゲートキーパーは、そのまま大きく吹き飛ぶ。
オレは吹き飛んだゲートキーパーを追撃せず、右肩の傷を治そうと、回復魔法の詠唱に入ろうとした。
しかし、
『――ッ!!』
詠唱の途中、闇球がオレに向かって一直線に向かってきた。
それをかわしたため、詠唱が途切れる。
闇球の出所を探ると、そこには落下中のゲートキーパーの姿が。
(またか……!)
オレは心の中で舌打ちした。
先程から何度か回復を試みるも、そのたびにゲートキーパーの執拗な妨害に遭い、途中で詠唱を遮られてしまう。
詠唱を省いて回復魔法を行使しようとしても、素早いゲートキーパーはそれすら許さない。
しかし、本来、知性の欠片すら持ち合わせていないはずのマテリアが、魔法の行使を妨害するなどという行為ができるとは考えにくい。
(となると……)
オレはゲートキーパーを『ボム』や『ボール』で牽制しつつ、周囲の気配を注意深く探る。
今いる場所は、廃墟となった町からおよそ2km程上空。
当然、辺りにはオレとゲートキーパーの姿しか見えない。
それでもオレは、ゲートキーパーの繰り出す攻撃をかわしながら気配を探った。
姿をくらまし、ゲートキーパーに指示を出しているだろう魔術師の気配を。
ゲートキーパーの攻撃をかわしたり受け流したりするたびに、肩口の傷からは血が溢れ出す。
傷はかろうじて鎖骨下の動脈を避けており、致命傷とまではいかないが、それでも深い傷には変わりない。
(これ以上の出血は危険だな……早く見つけないと……)
焦り始めるオレ。
隙を見て眼下に目をこらせば、芥子粒ほどのジーク達の姿が見える。
凝視している余裕がないので、顔形が確認できるわけではないが、時折、白い光が発せられていた。
おそらくジークが回復魔法をアーサーに対して行使しているのだろう。
その様子を確認したオレは、再びゲートキーパーとの戦い、そして辺りの気配を探ることに集中した。
その間も絶え間なく繰り出される、ゲートキーパーの乱撃、無数の闇球や闇線。
肩の痛みに苛まれながらも、それらをかわし、しばらくゲートキーパーと交戦していると、ふと上空のある地点にかすかな気配を感じた。
オレはゲートキーパーを蹴り飛ばし、距離をあけると、気配を感じた地点に向かって移動する。
そしてオレがその地点に近付いたその途端、急に気配が移動した。
「そこか!!」
オレは短く叫ぶと、移動した気配を追う。
目には見えないが、そこに何かがいることをオレは確信していた。
徐々に狭まる気配とオレとの距離。
チラリと後ろを見れば、ゲートキーパーもオレの後ろを追いかけてきている。
しかし、ゲートキーパーがオレに追い着くより早く、オレが気配に追い着いた。
オレは左手を振り上げ、手刀の形に構えて目に見えない気配に向かって一気に振り下ろす。
指先に感じる柔らかい手ごたえ。
「ぐあああぁぁぁぁ!!!」
前方の空間から悲鳴が上がり、それと同時に虚空に溶けていた何かが姿を現した。
右肩から左脇腹にかけてローブが切り裂かれ、そこから赤い血を滲ませている者は、ほかでもない、『透過』の魔法で身を隠していた魔術師だった。
「ぐぅぅぅ……! お、おのれぇぇぇぇぇ!!!
ゲートキーパァァァァァ!!!」
苦痛と憎悪を瞳に宿し、魔術師はゲートキーパーに呼びかける。
呼びかけに応えるかのように、ゲートキーパーが周囲の空気を震わせる。
刹那、虚空に生まれる、無数の闇球。
「やれぃっ!!!」
魔術師の怒号に、再びゲートキーパーが空気を震わせ、漂うすべての闇球を解き放った。
闇球は寸分の狂いもなく、一斉にオレに襲いかかる。
視界が黒一色になってしまうほどの大量の闇球が目前に迫る。
オレは素早く上空に移動し、すんでのところで闇球の群れをかわした。
しかし、闇球はオレのいた場所まで到達すると、上空に逃れたオレ目掛けて急転換し、追尾してきた。
「くっ!」
追いすがる闇球をかわし、なんとか反撃を試みるも、間を空けずに次々に襲いかかってくる闇球が、それを許さない。
それでもオレは、なんとか追撃の隙をぬって、ゲートキーパーに指示を出している魔術師に向かって、『ボール』を投げつけた。
だが、無数の闇球が障壁となり、『ボール』は途中で弾け消える。
と、不意に闇球が、オレの全周を取り囲むようにして停止した。
「!?」
移動方向で停止している闇球と衝突しないよう、オレは反射的に急停止した。
意図が分からず、オレは闇球の合間からわずかに見える魔術師を注視する。
魔術師は、狂気の笑みを顔に刻み、
「この屈辱と怒り……悲しみを添えて倍にして返してやろう」
ようやく聞こえる程度の小さな声でそう言うと、眼下の廃墟を見下ろした。
その視線の先には、光るものが。
「あそこにいるのはさっきの子供だな。
そして、あの子供のほかにも子供が2人いたはず。
貴様の連れだろう?
……ふ、ふふふ……ははは、はははははは!!!」
高笑いを上げながら廃墟へと降下していく魔術師。
「待て!!!」
オレは叫び、そのあとを追おうとするが、再び動き出した闇球とゲートキーパーがそれを阻む。
「邪魔するな!!!」
怒号と共に、オレは『スフィア』を展開し、周囲に押し寄せてきた闇球とゲートキーパーを、白光で飲み込んでいった。
白光が消えていき、徐々に色を取り戻したあとの空には、闇球もゲートキーパーの姿もなかった。
(!? どこへ消えた!?)
あの程度の攻撃でゲートキーパーが消滅するはずなどないと思ったオレは、周囲に目を走らせる。
しかし、周囲に黒い姿は見当たらない。
(くそっ! ……いや、それよりも!)
魔術師の行動に思い至り、オレはゲートキーパーを探すことよりも、まずジーク達の身を案じた。
次いで、降下中の魔術師を視界にとらえた。
急ぎ、先回りしようと身構えた瞬間、背後に気配が。
次の瞬間。
「っぁ!?」
後ろの首筋に痛烈な衝撃を受け、オレは呼吸をせき止められ、前方に向かって大きく弾き飛ばされた。
脳が揺さぶられ、意識が途切れそうになるが、強く奥歯を食い縛りこらえる。
回転し、さらに揺れる視界の片隅に、ゲートキーパーの黒い姿が映った。
オレはなんとか静止し、ゲートキーパーの方に向き直るが、目前にはすでにゲートキーパーの黒い体が。
と同時に、オレの背後には黒い法力の壁が生まれ、強烈な散打が体勢を立て直したばかりの無防備なオレの体に叩き込まれる。
それは体の急所を狙ったものでも肩の傷口を狙ったものでもない、完全に無作為な連打だった。
「う……ぐぅ……!」
背後の壁のために吹き飛ばされることもできないオレは、その散打をくらい続ける。
なんとか両腕でガードを固めても、すでに蓄積されたダメージは大きく、
「!!」
ゲートキーパーの放つ散打の中の1発がオレの頭部を直撃した瞬間、蓄積されていたダメージが一気に噴き出し、オレの意識は闇の底に沈んだ。