「……ねぇ。 本当にここに入ってくの?」
オレの隣でしゃがみ込んでいたジークが聞いてくる。
ジークの視線の先には地下水脈の流れが、ポッカリと口を開けた穴の中に流れ込んでいた。
「ああ、もちろんだ。
オレの考えに間違いがなければ、この先にゲートが開いてるはずだからな」
そう説明すると、オレは水の流れ込む穴を見つめた。
今、オレ達は、洞窟の最奥部ともいえる場所に来ていた。
休憩していた場所から、地下水脈へと通じているとアーサーが話していた穴に入り、進むことおよそ20分。
穴に入ってすぐの場所を流れていた地下水脈に沿って歩き、辿り着いた場所がこの穴だ。
穴に流れ込む水の勢いは、見た目はそれほど激しくはないが、かといって決して緩やかともいえない。
ジークの心配も無理ないことだ。
しかし、
「ゲートの開いてる場所は、町の直下。
つまり、町の真下のはずだ。
この水脈が町の水源になってるなら、この流れに沿っていけば必ず町の真下のあたりに辿り着くはず」
「本当にこの先にゲートがあるのかよ」
シーザーが疑うように呟く。
「多分な。 9割方この先のはずだ。
町の上空にはなかったし、町の外ってこともまずないだろう。
アーサーの話じゃ、突然町中にマテリアが現れたってことだからな。
マテリアが城壁を越えて入ってきたなら、町の誰かがすぐにそれに気付くはずだ。
自警団が連携を取れなくなるほどの混乱になるとは思えない。
かといって、10日もアーサーが町中を探索していたんだ、町中にゲートが開いてるとも考えにくい。
とすれば、考えられるのは地下しかないってわけだ」
「……それはいいけどさ、どうやってこの先に進むの?
流れは結構速そうだし、何より息が続かないよ」
オレが説明を終えると、ジークが再び質問を投げかけてくる。
その質問には、オレではなくアーサーが答えた。
「心配はいりません。
『巡気』と『自在』の魔法を使えば、水の中を自由に移動できま――」
「だったら、早く行こうぜ!」
アーサーの説明をシーザーが遮った。
怒鳴り声にも聞こえるその声からは、明らかに不機嫌な様子がうかがえる。
アーサーは突然の怒鳴り声に驚いたようで、気遣わしげにシーザーを見つめている。
一方、シーザーはというと、こちらは対照的に、敵意むき出しの目でアーサーを睨みつけていた。
アーサーはシーザーから視線を逸らすと、
「じゃ、じゃあ、僕が『巡気』を唱えますから、クーアさんは『自在』をお願いします。
『巡気』が効いている間は、絶対に呼吸や会話をしないで下さい。
呼吸をすると効果が切れてしまいますから」
と、言って、魔法の詠唱を始めた。
だが、
「ちょっと待った」
そう言ってオレが詠唱を止める。
『?』
3人が一斉にオレの方を見る。
「ちょっと待ってくれ。
シーザー、ちょっと来い」
そう言って、オレはシーザーの手を引き、顔を見合わせるジークとアーサーから離れた所にシーザーを連れ出した。
2人に声が聞こえないような所までくると、
「なんだよ、説教なんてゴメンだぜ?」
と、ぶっきらぼうにシーザーが吐き捨てた。
「……説教されるのが分かってるなら、あんな態度取るなよ」
オレは小さく溜め息をつき、たしなめるようにして言う。
「…………」
「……まぁ、なんとなくお前の気持ちは分かるけどな。
悔しいんだろ? 自分よりアーサーの方が優れてることが」
「…………」
「気にするな、っていう方が無理かもしれないけど、そんなにムキになることもないだろ。
お前だって、そのうち強くなるさ。
何も急ぐことはないんだ」
「……分かったよ……」
うつむいて呟くシーザー。
「……じゃ、行こうか」
そう言ってオレは2人の元へと向かった。
チラリと振り返ると、シーザーはうつむいたまま、オレの後ろをついてきていた。
「あ、来た来た」
オレ達が戻ってきたのを見たジークが呟く。
「何話してたの?」
「いや、大したことじゃないよ。
それよりも先に進もうか」
オレはジークの質問をはぐらかすと、魔法の詠唱を始めた。
『其の身、意の儘、自在なれ』
発動と同時に、不可視の魔法力がオレ達を覆う。
それを確認すると、アーサーが、
「では、『巡気』を行使します。
発動させてからは絶対に息をしないでください」
と、念を押した。
オレ達が息を止めたことを確認すると、アーサーは魔法の詠唱に入る。
『其の身を巡るは魔の息吹』
詠唱を終え、『巡気』が発動すると共に、不可視の何かが体内に入ってくる感じがする。
と同時に、息を止めているにもかかわらず、まったく息苦しくないという不思議な感覚に包まれた。
アーサーは魔法の発動を確認すると、地下水脈の流れへと飛び込んだ。
そのあとを追い、オレもジークとシーザーの手を取り、流れの中へと飛び込む。
飛び込んだ瞬間、全身を刺すような冷たさが襲う。
思っていたよりも水勢が強い。
目を開けると、水脈の壁には、魔法の光に照らされて、無数の岩が突き出ているのが確認できる。
体のコントロールをうまくしなければ、岩に激突する可能性がある。
オレはジークとシーザーの手をしっかりと握り、体の位置を微調整しながら水脈を進んでいった。
前を見ると、アーサーも同じような速度で進んでいる。
そのあとを追うようにオレも進む。
5分程すると、洞窟が三又に分かれている場所に行き当たった。
前を進むアーサーが水勢に逆らって、分岐点の前で静止する。
オレもその隣に並び、身振り手振りでどの穴に入るかを相談する。
その結果、オレ達は町の方角に向かって伸びているだろう穴へと入ることにした。
穴は入り口こそ狭かったが、入り口を通り過ぎると4人が横に並んで進めるほどの幅になった。
ほとんど横一列の状態で水脈を進んでいくと、進むにつれ徐々に幅が広がっていく。
どうやら出口は近いらしい。
少し進むスピードを抑えて、オレが先頭になって進む。
出口付近にマテリアがいるかもしれないと考え、見つからぬようにオレは魔法の明かりの範囲と光量を落とす。
程なくして、オレ達は地下水脈の終着点に出た。
水勢が急に弱まり、視界の四方が一気にひらけ、一目で広大な場所に出たと分かる。
オレはジークとシーザーの手を離すと、3人にここで待っているように手振りし、ゆっくりと、なるべく音を立てないように注意して水面に顔を出した。
周囲を確認すると、薄明かりに照らし出された範囲には、水面から尖った岩や台状の岩が何本か水面から突き出ており、どこかに滝のようなものでもあるのだろうか、視認することはできないが、水が大量に流れ落ちる音が響いている。
かなり広い空間らしく、範囲と光量を落とした魔法の明かりでは、この空間のすべてを見ることはできない。
範囲を広げれば確認は容易だが、それができない理由があった。
オレはいったん水中に潜ると、待機していた3人をうながして、水中で水面に突き出た岩の側に移動し、今度は全員で浮上する。
「ふぅ〜……はぁ〜……」
水面に顔を出したジークが深呼吸をする。
「どこだ、ここは?
クーア、もう少し光を強くしてみたら?」
シーザーが辺りを見回しながら言う。
「いや、今、光を強くするのは賢明じゃないな。 見てみろ」
オレはそう言って、岩のちょうど後ろ側を指差す。
「? ……あっ!」
オレの指差した方向を見て、アーサーが小さく声を上げる。
オレの指差した先には、魔法の明かりだろうと思われるほのかな光に照らし出された、赤黒く輝く、3m程の球体が明滅していた。
「ゲート……!」
声を殺してアーサーが呟いた。
「流された距離と方向から考えて、ここは町の地下辺りのはずだ。
オレの考えは見事的中してたってわけだ」
オレはゲートを見すえながら誰にともなく言う。
「ええ、そうですね。
でも、僕の考えも見事に的中してしまってますね。
見てください」
そう言ってゲートを指差した。
「……なんだ? アレ」
ゲートを見たシーザーが目を細めながら呟く。
その視線の先には、明滅するゲートの周りを回る奇妙な黒い物体があった。
それは人のシルエットをそのまま立体化したような物体だった。
「あれがゲートキーパーだ」
「あんなヘンテコなのがゲートキーパーなの?」
ジークが小声で聞いてくる
だが声にいつもの元気がない。
表情を見ると、心なしか気分が悪そうに見える。
「大丈夫か? ジーク。
調子悪そうだな……」
心配してオレが聞くと、ジークは、
「……なんだか、ここに来る途中から段々気分が悪くなってきて……」
と答えて、顔をしかめた。
この町に来る道中と同じで、ゲートに近付くにつれ、ゲートキーパーの放つ精気に当てられてしまっているようだ。
「そうか……シーザーは? 大丈夫か?」
「オレは大丈夫」
ゲートの方を見つめながら、シーザーはほとんど上の空で答えた。
その様子から判断するに、どうやら本当に大丈夫なようだ。
しかし、それもおそらくは一時的なもの。
先程のアーサーとのやりとりで精神が昂ぶっているために、正常な感覚でゲートキーパーの精気を感じとれないでいるのだろう。
そんなことをオレが思っていると、
「それよりも、あれ」
と言って、シーザーがゲートの真下にある、台状の岩の上を指差した。
その先には、ローブをまとった人影が。
後姿なので顔は確認できないが、
「……間違いありません、魔術師です」
アーサーは迷いなく言い放ち、憎々しげに岩の上にたたずむ人影を睨んだ。
「あれがそうか……なぁ、アーサー。
1つ聞くけど、今まで町にいたマテリアの中で1番レベルの高かったマテリアはなんだ?」
オレも人影を見すえながら、傍らにいるアーサーに尋ねる。
「え? ……えぇと、たしか、ワイズマンです」
急な質問に戸惑ったようにアーサーが答える。
「そうか。 ならあの魔術師のレベルは大体70ちょっとってところだな。
アーサー、お前、あの魔術師を相手に戦える自信はあるか?」
「……はい。 相手が魔術師でレベルがその程度なら、勝てないまでも負けはしないと思います。
近距離戦に持ち込めば僕に有利ですからね」
アーサーは、左手のガントレットの位置を直しながら答えた。
それを聞いたオレは、即座に戦いの算段を頭で整える。
「……分かった。 じゃあ、お前は魔術師の相手をしてくれ。
もし魔術師を倒せたら、お前はすぐにどこかに隠れるんだ。
オレはゲートキーパーを叩くけど、手助けにくる必要はない。
むしろ1対1の方が戦いやすいからな。
ただ、もし先にオレがゲートキーパーを倒せたら、その場合はお前の援護に回る。
分かってると思うけど、危なくなったらすぐに逃げろ。
そうなった場合、あとはオレがフォローする。
それからジーク、シーザー、お前達はここに隠れていろ。
何が起きても絶対にこの岩陰から動くなよ」
オレの言葉にアーサーとジークがうなずく。
しかし、シーザーはゲートを睨んだまま、まるで聞こえなかったかのように、まったくの無反応。
答えを返さないシーザーに、オレは再度釘を刺す。
「シーザー、分かったな?」
「……分かったよ」
渋々答え、ゲートから目を逸らすシーザー。
その態度が気になるが、いつまでもここで話し合っているわけにはいかない。
「よし、じゃあ行こう」
オレは封身石のつけられているブレスレットを右手から外すと、ジークとシーザーが勝手に行動できないように、2人にかかっている『自在』への魔法力の供給を打ち切り、アーサーと共に空中に浮かび上がった。
その間、アーサーは魔術師達の方をうかがいながら、気付かれないようにして『熱気』の魔法を行使した。
そして、完全に服が乾いたことを確認すると、オレは魔法の明かりを消し、ジークとシーザーをその場に残したまま、アーサーと共に魔術師達のいる台状の岩へと向かって、ゆっくりと空中を突き進んだ。
ブォンという奇妙な音を発し、ゲートの周りを回っていたゲートキーパーがその動きを止める。
もしその顔に目があったならば、その目は、彼等に向かって空中を進むオレ達を睨んでいたことだろう。
ゲートキーパーのその行動に気付いた魔術師がこちらを振り返る。
黒いローブをまとっている魔術師は人族の男性で、年齢は大体50過ぎといったところだろうか。
オレ達の姿を見とめた魔術師はかすれた声で語りかけてきた。
「……誰かね? こんな所までやってきたのは?」
「そのゲートを閉じにきた」
岩の上に着地すると、アーサーが言い放つ。
それを聞いた魔術師は眉をひそめる。
「ゲートを……閉じる?
ふふ……はははははは!!」
「何がおかしい!」
高笑いをする魔術師を睨みつけ、アーサーが怒鳴った。
「ふふふ……いや、失敬。
しかし、君のような子供に何ができるというのかね?
威勢のいいことを言っていても、いざという時にはせいぜい泣き叫んで逃げ回っているのが関の山ではないのかね?」
「何を!!」
「アーサー。 挑発だ、乗るな」
激昂するアーサーをなだめ、オレは魔術師を睨みつける。
その時、アーサーの名前を聞いた魔術師の表情が変わった。
「アーサー? ……どこかで聞いた名前だな……
アーサー……アーサー……」
しきりにアーサーの名前を呟きながら、魔術師はその場をうろつく。
と、魔術師がその場を動いた時、今まで魔術師の影になっていたために見えなかったが、大体ゲートの真下辺りの地面の上に何かが置かれているのをオレは見つけた。
(あれは……?)
魔術師がうろついているせいでよくは見えなかったが、どうやら何者かの骨らしい。
その骨が妙に気になったオレは、魔術師に問いかける。
「おい、その後ろの骨はなんだ?」
「ん? ……ああ、あの骨は……!」
そこまで言って、魔術師の顔がパッと明るくなる。
「そうだ、彼だ。 彼がアーサーという名前を呼んでいたのだ」
そう言って魔術師は骨を見る。
そう言われて初めて骨の存在に気付いたのか、アーサーもそちらに目をやる。
「彼の名はなんといったかな……
確か……アルテア……そう、アルテアだ。
少年。 君は彼の知り合いか?」
聞かれたアーサーの表情が一瞬にしてこわばり、その体が小刻みに震える。
そして静かに口を開いた。
「アルテアは……僕の父の名前だ……」
「!!!」
震える声でアーサーが呟く。
オレは驚き、骨を凝視する。
よく見ると、確かにそれは鳥人の成人の骨のようだった。
「そうか、彼は君の父親か。
そういえばどことなく似てはいるな」
「……お前がやったのか……?」
しぼり出すように魔術師に問いかけるアーサー。
それに対し、魔術師は口元を笑みの形にゆがめ、からかうような口調で、
「誤解があるようなので言っておこう。
私は、あくまでゲートを開いただけ。
彼を殺したのはゲートキーパーだ」
と、答えた。
それを聞いた次の瞬間。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」
アーサーが叫んだ。
「!! 待て、アーサー!」
オレは慌てて引き止めようと手を伸ばすが間に合わず、アーサーはそのまま剣を引き抜いて魔術師に突進していく。
「ふんっ!」
それを見た魔術師が鼻を鳴らし、アーサーに向かってアゴをしゃくる。
するとそれを合図にしたように、ゲートキーパーが片手をアーサーにかざした。
黒い闇がその先端にわだかまる。
(まずい!!)
瞬間的にそう感じたオレは、左手に力を蓄え、蓄えられた力は手の中で光塊へと変化する。
オレが光塊を放つのと、ゲートキーパーが闇をアーサーに向けて照射するのはほとんど同時だった。
黒い闇線がアーサーに当たる寸前、オレの放った『ボム』と呼ばれる光塊が闇線と衝突、爆発を起こす。
眩い光を巻き起こした爆発は、地面を吹き飛ばし、土砂を巻き上げた。
「うあっ!」
小さな悲鳴を上げてオレの隣の地面に滑り込んできたのは、爆発に吹き飛ばされたアーサーだった。
見ると間近で爆発が起こったために、それによるわずかな傷は負っているようだが、それ以外の傷は見当たらない。
「大丈夫か?」
「……はい」
問いかけると顔をしかめて答えた。
「挑発に乗るな。 相手の思うツボだぞ」
「…………」
「オレがこれからゲートキーパーを引きつける。
お前はどこか岩の柱の後ろに隠れてろ。
ゲートキーパーと魔術師の注意がオレに移ったら、不意をついて魔術師を討て。
……いいか。 奴の言葉には一切耳を貸すなよ」
「……分かりました」
そう言ってうなずくと、アーサーは移動を始めた。
オレはその後姿を黙って見つめる。
そしてアーサーが柱の影に隠れた瞬間、土煙を貫いて闇線が走った。
オレはとっさにその場に伏せ、闇線をかわす。
やがて土煙が収まると、そこにはいつの間に下りてきたのか、魔術師の隣にゲートキーパーが浮いていた。
「おや? あの子はどうしたのかな?」
「逃がしたよ」
「それは懸命な判断だ。
あんな子供1人がいたところでどうなるものでもないしね。
……それで。 君はどうするのかな?」
「このままゲートを閉じさせてもらうさ」
「……私がそれを許可するとでも?」
「もちろん、思ってない」
「ならば、お互いやるべきことは1つ、ということになるかな?」
「ああ」
それが、戦いの火蓋を切る合図となった。