宿を出発したのは朝の9時ごろだった。

宿の主人から壊滅したとされる町の場所を聞いたオレ達は、その町に向かって延びている街道を歩いている。

宿を発ってから約3時間。

ここまでの道のりに人気はまるでなく、途中マテリアには3度襲われた。

予想したとおり、現れたマテリアは一昨日のモノよりも強力なモノだった。

昨日の約束通り、2人は戦うオレの邪魔をすることもせず、離れた場所から見ているだけだった。

2人とも、宿を発ってから一言も話さない。

おそらく目的の町に近付くにつれて高まってくる、緊張感のようなものを敏感に感じ取っているのだろう。

宿の主人の話によると、目的地はもうそろそろ見えてくるはずなのだが。

オレはチラリと横にいる2人を見る。

「このままもう少し行けば目的の町だ。

 どうする? 少し休むか?」

2人の顔に疲労の色はそれほど見られないが、念のために聞いてみた。

『…………』

2人は黙って首を横に振り、そのまま歩き続ける。

「逃げるのにも最低限の体力は必要だぞ?」

オレが重ねて問いかけると、ジークが、

「平気。 ホントにそんなに疲れてないから。

 それに……なんか、嫌な感じが凄く強くなったような気がする。

 こんな所じゃ、満足に休めないよ……」

と、答えた。

答えた声が、若干、震えている。

続けてシーザーが口を開く。

「オレも大丈夫。 ただオレも感じるんだ。

 今までに感じたことがないくらいのヤバイ感じを……」

そう答えたシーザーの耳は、周囲の音すべてを拾おうとしているかのように、絶えず動き回っていた。

「2人ともだいぶ分かってるな。

 お前達の言うとおり、予想よりも強力なマテリアがこの先にいるのは間違いない。

 だから、くれぐれも無茶はするなよ」

オレがそう注意をうながすと、

「分かってるよ。 ホントは何がなんでもマテリアを倒そうとか思ってたけど……

 なんかそれも無理そうだな……」

と、シーザーが答えた。

「それが賢明だ」

オレは約束を破ろうとしたことを咎めず、短くそう言うと、それ以降は何も言わず、黙々と歩き続けた。

どんよりと曇った空の下を、重苦しい沈黙に包まれてひたすら歩く。

雲によって陽の光が遮られ、吹き抜ける風が冷たく感じられる。

横を歩くジークは、マントで全身を隙間なく包み、冷気を防ごうとしていた。

そして約10分後、目的の町が見えてきた。

かなり大きな町で、町の周囲をぐるりと城壁が囲んでいる。

しかし、その城壁は所々が崩れ、城壁の中からは煙が立ち昇っていた。

町の上空は、にわかにオレンジがかっており、まるで大火事が起きてでもいるかのようだ。

遠目から見ても壊滅か、あるいはそれに近い状態であることが分かる。

オレは歩く速度を速め、町へと急いだ。

と、その時だった。

町の方で大きな音が轟いた。

「何!?」

ジークが驚いて声を上げる。

「町の方からだ! 行くぞ!」

オレはそう叫ぶと、町に向かって走り出した。

 

 

「誰か……戦ってるのか……?」

町の入り口まで来た時、音の発生源が分かった。

横にいるシーザーの呟きどおり、数体のマテリアを相手に戦っている人物がいた。

「……子供みたいだよ?」

目を細めてジークが呟く。

盛んに動き回っている人影から判断するに、確かに子供のように見える。

人影はマテリアに近付き攻撃し、マテリアの攻撃をかわしながら引き、再び近付き攻撃を加えている。

しかし、多勢に無勢ということもあり、かなり危うい。

1体に攻撃を当てても、別の1体が即座に襲いかかり、その攻撃もギリギリでかわしているように見える。

このままではいずれ体力が尽き、マテリアの餌食になってしまうだろう。

「あのままだとやられるな……お前達はここにいろ」

オレはそれだけ言うと、交戦している場所に向かって走り出した。

左右に焼け焦げた家々が立ち並ぶ、石畳が敷かれた通りをひた走る。

近付くにつれ、人影の正体が明らかになってくる。

遠巻きから見たとおり、人影の正体は子供だった。

背中から翼を生やした鷹の鳥人の少年。

右手にはサーベルを携え、カーキ色のダブレットとアイボリー色のズボンを身に着けて、ダブレットの上には片掛けのブレストプレートをまとっている。

そして、左手には盾代わりだろう、手の甲から肘までを覆うガントレットをしている。

そんな少年が相手をしているマテリアは、ミノタウロスと呼ばれる牛獣人によく似たマテリア。

レベルは60を超える、マテリアとしては中の下ぐらいの強さだが、数が6体と多い。

1人で倒すにはレベルが70はないと難しいだろう。

オレは苦戦をしいられている少年の元へと向かいながら、魔法の詠唱を始める。

『霄漢の彼方、天涯より降れ! 百禍掃いし轟雷よ!』

その声が聞こえたのか、2体のミノタウロスがこちらに気付いた。

2体がアクションを起こすより早く、オレは魔法を発動させる。

発動と共に、上空から紫色の雷が轟音を立てて2体のミノタウロスに落ちた。

2体は断末魔の悲鳴さえも轟音に遮られ、完全に炭化し、絶命した。

「手伝おう!」

轟音に気付いてこちらを振り返った少年に向かって、オレは声をかけ、少年の側に駆け寄る。

「お願いします!!」

まだジークやシーザーと同じくらいの年齢だと思われる少年は、しっかりとした口調でそう答えると、再び目の前のミノタウロスとの戦いに専念しだした。

今2体のミノタウロスを倒したことで、残りは4体。

その4体のうち、3体がオレをターゲットに決めたようで、オレの目の前には身の丈3m程のミノタウロスが壁のように立ちはだかった。

オレのすぐ後ろで、少年は残った1体のミノタウロスを相手に動き回っている。

オレの目の前の3体は、いきなり割り込み、2体の同胞を一瞬で倒したオレをどう攻めたらよいのかを考えているかのように距離をとり、唸りながら睨みつけている。

やがて睨み合いに痺れを切らしたのか、中央にいた1体が丸太のような太い腕を振り上げた。

そして硬く拳が握り締められたその腕を、オレ目掛けて振り下ろしてきた。

オレは素早く後ろに跳び退り、攻撃をかわす。

振り下ろしたミノタウロスの拳が宙を切り、石畳に叩きつけられる。

その音を皮切りに、左右のミノタウロス達も動き出す。

右の1体はオレをつかまえようと両手を伸ばし、左の1体は先の1体と同じように拳を振り上げた。

オレは、オレをつかもうとして伸びてきた手をはたいて受け流し、ほとんど同時にほぼ真上から振り下ろされた拳を、身をかがめながら前へとかわす。

ミノタウロスの懐に飛び込む形で攻撃をかわしたオレは、そのまま反撃に転じた。

右拳を固め、それを伸び上がりざまに突き出し、真上にあるミノタウロスのみぞおちを打つ。

オレとミノタウロスのレベル差のために、オレの拳はみぞおちを貫通し、ミノタウロスの体内にめり込む。

「ブォォオオオ!!!」

頭の上から聞こえる激しい絶叫。

激しい痛みにミノタウロスが暴れ出すより早く、オレはミノタウロスの体内で技法力を解き放った。

くぐもった音を立て、ミノタウロスの体が爆散する。

肉片と血が降り注ぐ中、それらに紛れて横で何かが動く。

とっさに両手でガードし、それをつかむと、それは最初に攻撃してきたミノタウロスの腕だった。

だがつかんだ際、その衝撃の強さと、オレが飛ばされまいとして足を踏ん張ったために、片足が石畳にめり込んでしまった。

その隙を突いて、もう1体のミノタウロスが攻撃を仕掛けてくる。

振り下ろされるミノタウロスの両の拳。

(かわせない!)

そう思った時、オレは技法力を全身から放出した。

ほとんど反射的に出した攻撃は、『スフィア』と呼ばれる技術の1つだ。

使用者を中心に全方位を攻撃する『スフィア』は、白い光となって広がってゆく。

やがて光が消えると、辺りにミノタウロスの姿はなく、完全に消滅していた。

オレは小さく息をつく。

と、その時。

「ブォアアァァァ!!」

離れた場所から大きな苦鳴が聞こえてきた。

その声の方に目をやると、少年がミノタウロスの背に乗り、その首筋にサーベルを突き立てていた。

少年を背に乗せたまま、ミノタウロスはその場に崩れ落ちる。

少年は地に伏したミノタウロスの首筋からサーベルを引き抜くと、顔についた返り血をぬぐい、こちらに目を向け、走り寄ってきた。

「ありがとうございました。

 おかげで助かりました。」

少年は微笑みながら、思っていたよりも大人びた調子で礼を言ってきた。

「いや、礼を言われるようなことじゃない。

 ……キミはこの町の子か?」

「はい、そうです。 あ、僕はアーサーっていいます」

名前を名乗ると、アーサーは右手を差し出す。

その手を握り、握手を交わすと、オレも名前を名乗る。

「オレはクーア。 それよりも聞いていいか?」

「はい、なんですか?」

「キミはこの町の住人だって言ってたけど、ほかの住人はどうしたんだ?

 言い方は悪いけど、ミノタウロスはキミのような子供が相手をするにはまだ早すぎるだろう?

 大人達は何をしてるんだ?」

オレがそう尋ねると、それまで笑顔を浮かべていたアーサーの表情が曇る。

「それは……ん?」

「? どうした?」

「……誰か来ます……」

アーサーは警戒したようにそう呟くと、サーベルを構える。

アーサーが睨む方向に目をやると、遠くの方から影が2つ、辺りを警戒しながらゆっくりこちらに向かってくるのが見えた。

近付いてくるにつれ、次第に影の正体がはっきりしてくる。

ジークとシーザーだ。

おそらく、戦いの音が聞こえなくなったのでこちらに向かってきたのだろう。

「あぁ、大丈夫。

 あの2人はオレの連れだよ」

警戒を解かずに2人の方を睨み続けているアーサーに声をかける。

「そうですか……」

アーサーはオレと2人を交互に見やり、安心したように呟くとサーベルを納めた。

「キミと同じぐらいの年なんだけど、キミほど強くはないから町の入り口で待たせてたんだ。

 おーい、こっちだ!」

オレが2人に向かって手を振り、呼びかけた。

それを見た2人は、こちらに向かって走り出す。

2人が走ってくるのを見ながら、オレはアーサーに尋ねた。

「ところで、さっきの話の続きなんだけど……」

「……この辺りにはまだマテリアがいます。

 とりあえず安全な所まで行きましょう。

 そこで詳しい話を……」

浮かない声で答えるアーサー。

「わかった。」

オレは短く答えると、ちらりとアーサーに目をやる。

アーサーは少し悲しげな表情を浮かべ、煙のたなびいている街並みを眺めていた。

 

 

オレ達はアーサーの案内で、闊歩するマテリア達を避けながら、火のくすぶる町を抜け、町から少し離れた森の中へと分け入っていった。

その道すがら、オレ達はアーサーに簡単な自己紹介やここへ来た理由などを話した。

「そうですか……マテリアを退治に……」

先頭をゆくアーサーが草や枝をかき分けながら呟く。

「ああ。 マテリアはキミの町だけじゃなく、ほかの町まで進出してるみたいなんでな」

「…………」

オレがそう言うと、アーサーはなんともいえない、複雑な表情を見せ、黙り込んでしまった。

その表情、そして先程の様子から見て、アーサーは何か詳しい事情を知っているとみえる。

しかし、詳しい話は安全な所まで行ってから、ということなので、オレは深く詮索しなかった。

重い沈黙に包まれたまま、オレ達はひたすら目的の場所に向かって歩き続ける。

それから15分程歩くと、急に森が途切れ、かわりに切り立った崖が目の前にそびえていた。

「着きました。 あそこです」

そう言うと、アーサーは崖のふもとを指差した。

指差された方を見ると、そこには高さと幅が3m程の洞窟の入り口があった。

「さあ、行きましょう」

歩みを止めたオレ達をアーサーがうながす。

オレ達はうながされるまま洞窟の入り口に向かう。

その途中、アーサーが立ち止まって振り返り、

「先に入っていてください」

と言って、腕を振り、指先を空中に滑らせた。

指の軌跡に沿って光の筋が空中に刻まれる。

やがて腕の動きを止めると、アーサーは静かに詠唱を始めた。

『瞳に写るは真にあらず。見えざるものとて真なり』

アーサーが詠唱を終えると、澄んだ甲高い音が辺りに鳴り響いた。

「? 何したの?」

ジークが首を傾げて尋ねてくる。

「『盲目の壁』っていってな、内外の干渉を遮る、目に見えない透明な壁を作り出す魔術だ」

「こうしておけば、万が一マテリアに見つかっても時間が稼げるでしょう?

 ただ洞窟の中に隠れているだけじゃ不安ですからね」

オレの答えに続けて、アーサーが微笑みながら答える。

「へぇ〜」

感心の溜め息をつき、ジークが手を伸ばす。

「……あ、ホントだ。 見えないけど、なんかある」

見えない壁に手を触れ、ジークが面白そうにそれを叩く。

「……お前、もう大丈夫なのか?」

「え? 何が?」

「いや、体調。 さっきまでずいぶんと具合が悪そうだったから……」

今はいつもと同じ調子だが、先程まではジークもシーザーもかなり調子が悪そうだった。

「……うん、大丈夫みたい」

ジークが腹の辺りを撫でながら答える。

「そうか。 シーザーは?」

次いでオレは、すぐ後ろにいたシーザーに問いかける。

「……あ? あぁ、大丈夫……」

いきなりオレに話しかけられ、少し驚いた顔をしたシーザーは、上の空といった様子でそっけなく答えた。

「?」

その様子に少しひっかるものがあったが、体調自体はそれほど悪くなさそうだったので、追求するようなことはしなかった。

オレは話題を変え、アーサーに話しかける。

「それにしても大したものだな。

 その年であのレベルのマテリアと互角に戦えるうえに、魔術の心得もあるなんて」

「……父が……魔術や魔法に精通していたものですから……」

アーサーは物悲しげな笑みを浮かべて答え、

「さぁ、そんなことより早く中に入りましょう」

と言ってオレ達を中に入るようにうながした。

 

 

アーサーの手にした松明の明かりを頼りに、オレ達は洞窟の奥に進んでいった。

洞窟は天然のものらしく、床も天井も壁もゴツゴツとしている。

思ったよりも中は広く、入り口から奥への道は、ゆるやかな下り坂になっていた。

湿った床やくぼみに足を取られないように気をつけながら歩いていると、徐々に道幅と天井がひらけてきた。

やがてオレ達は、松明の明かりでは照らし切れないほどの大きな空間に出た。

「ここです」

そう言って、先頭を歩いていたアーサーが立ち止まり、魔法の詠唱を始める。

『暁馳せよ、光射せ』

魔法を唱え終わると同時に光球がオレの頭上に出現し、松明の明かりに代わって白い明かりが空間を満たす。

白光に照らし出された空間は、少し大き目の家程度ならばスッポリと収まるほどの大きさだった。

天井や床からは、大小様々な岩が突き出している。

そして、正面の壁には、洞窟のさらに奥に通じているだろう穴が口を開けており、その穴からは、何やら水が流れるような音が聞こえてくる。

「ここなら奴等に見つかることもないでしょう」

松明の明かりを消しながらアーサーが言う。

確かに、この場所から外へは200m以上の距離があるうえ、道も直線ではない。

外から見ただけではここの様子は見えないし、よほどの大声を出さないかぎりは声が外に漏れることもないだろう。

さらに、洞窟の入り口付近には『盲目の壁』が張られているため、入り口からの侵入はまずありえない。

しかし。

「…………」

オレは正面の壁に開いた穴に目をやる。

「……? ああ、あの穴ですか?

 あれは町の水源の地下水脈に繋がってるみたいです。

 あの穴の辺りにも『盲目の壁』を張ってあるので、あそこから襲われることはありませんから安心してください」

オレの考えていることが分かったのか、オレが口に出して言うより早く、アーサーが答えた。

「そうか。 なら構わない」

オレはそう言うと、突き出た岩の上に腰を下ろした。

見ると、ジークもシーザーも思い思いの場所に座っている。

「さて、それじゃあ話してくれるか?」

アーサーも岩の上に座ったのを見て、オレは切り出した。

アーサーは、しばらく表情を曇らせてうつむいていたが、やがて顔を上げ、語りだした。

「……この町にはもう住人はいません。

 ほとんどの住人がマテリアに殺され、残った住人も町を出ていってしまいました。

 今この町にいるのは僕だけです。

 ……マテリアが現れ始めたのは、今から10日前です。

 町のいたる所からいきなり現れたんです。

 ほんとうに突然でした。

 この町にも自警団はあったんですが、突然の出現と、数十体を超えるその数の多さ、そしてこの辺りでは見たこともないようなレベルのマテリアに、ほとんど抵抗することもできずに壊滅してしまいました。

 そのあと、マテリア達は次々に住人を襲い始めました。

 大人も子供も老人も関係なく……

 僕はなんとか切り抜けて、この洞窟まで逃げ込んだんです

 それ以来、僕はたびたび町に出て、マテリアを退治しながら生き残った人や、逃げ遅れた人を探していたんですが……」

そこまで話すと、アーサーは黙り込み、再びうつむいてしまった。

重い沈黙が広い空間を包む。

聞こえてくるのは、天井の岩から滴る水滴の音と、水脈からの音だろう水音だけ。

その長い沈黙を破ったのは、ジークだった。

「ねぇ、マテリアはどうして現れたのかな?」

「ゲートができたからに決まってんだろ?」

答えを返したのはオレでもアーサーでもなく、シーザーだった。

かなり不機嫌そうな、険のある口調だ。

それに対して、ジークも不機嫌そうに言う。

「そんなの知ってるよ。

 ボクが聞きたいのは、ゲートって町の中にできるようなものなのかってこと」

シーザーが何か言い返す前に、オレがその質問に答える。

「そのことはオレも疑問に思ってた。

 確かに町中にゲートが開くことはある。

 まぁ、めったにないことだけどな。

 でも問題は、ゲートが開いたことじゃなくて、なんで大量の、しかも周囲のマテリアよりも格段にレベルの高いマテリアが1度に現れたのかってことだ。

 1つのゲートから発生するマテリアの数は、普通なら多くて4・5体。

 複数のゲートが同時に開かないかぎり、数十体ものマテリアが1度に発生することなんてありえない。

 今話したように、町中に1つのゲートが開くことさえ珍しいのに、複数のゲートが同時に開くなんてことはまずない。

 マテリアのレベルにしたってそうだ。

 さっきのミノタウロスなんて、Cランクのマテリアだぞ。

 この辺りに現れるマテリアのランクはF。

 地域によってランク差が出ることはあっても、同地域で3ランクも上のマテリアが出ることなんて考えられない。

 けど、もしもゲートが人為的に開かれたものだとしたら……」

「そこからは僕が話します」

オレの言葉を遮り、アーサーが割って入った。

「ゲートが開いたのは、クーアさんの考えているとおり、魔術によるものとみてまず間違いないです。

 『無魂の器』という人為的にゲートを作り出す魔術を使えば、現れたマテリアの量、レベルの高さも説明ができます。

 『無魂の器』は、術者の魔力が高ければ高いほど、大量で高レベルのマテリアを発生させるゲートを作ることができるらしいですから」

「じゃあ、この町のマテリアは、誰かが作ったゲートから出てきたってこと?」

ジークがアーサーに尋ねる。

が、アーサーが答えるよりも先に、シーザーが口を開いた。

「今の説明でそれ以外のどういう意味にとれんだよ、バカが」

「はぁ? お前、何イライラしてるんだよ」

「イライラなんかしてねぇよ!」

「してるじゃんか!」

「2人とも少し静かにしろ。

 ケンカするなって約束、破る気か?」

オレは、いつもどおりの口ゲンカをはじめようとする2人を制し、

「それで、術者に心当たりは?」

アーサーに尋ねる。

すると、アーサーはきっぱりと、

「あります」

と、答え、静かに話し始めた。

「術者は多分、半年くらい前に、城壁の外の森に住み着いた魔術師です。

 時々食料とかを買いに町まで来ていたらしいんですが、あまり町の人達からの評判はよくなかったようです。

 父は、突然、町の近くに得体の知れない魔術師が住み着いてしまったのだから、町のみんなが気味悪がるのは無理もない、と言ってました。

 でも、それでも魔術師と町の人達の間で問題が起きることはありませんでした。

 ……町の人間4人が、森で変死するまでは。

 今から大体1ヶ月前のことです。

 森へ出かけたある家族が、そのまま戻らないという事件が起きました。

 そこで、町の自警団が捜索隊を設置して、その家族の捜索に当たったんです。

 捜索隊の隊長は、自警団の団長をしていた僕の父でした。

 父は捜索隊を率いて森の中に入りました。

 そして、そこで変わり果てた一家の遺体を見つけたんです。

 詳しい死因は不明。

 ただ遺体に外傷はなかったそうです。

 父は一家の死因を最初、マテリアに襲われたもの、と考えていました。

 この辺りにはパラサイトが現れますから。

 ですが……」

「ちょっと待った」

アーサーの話に疑問を持ったオレは、話の途中で待ったをかけた。

「遺体に外傷はほとんどない、って言ったよな?

 けど、パラサイトに襲われて死んだなら、体のどこかに2pくらいの丸い、かなり深い傷があるはずだぞ。

 それだけの傷があったら、ほとんど外傷がない、なんて判断はしないだろ」

話の腰を折られたアーサーは、別段気を悪くした風もなく、軽くうなずいて話を続ける。

「そうなんです。

 父も遺体を調べてるうちに、その矛盾に気付きました。

 だから、一家はマテリアに襲われて死んだんじゃなくて、別の原因で死んだんだと考えました。

 そして、色々と死因の調査が行われているうちに、どこからともなくこんな推測が出てきました。

 一家は魔術師に殺されたんじゃないか、と。

 確かに、魔法・魔術の中には外傷を与えずに対象の命を奪うことができるものもあります。

 それに加えて、一家の遺体が発見された場所が、魔術師の住む場所からそう遠くない場所で発見されたんです。

 推測は一気に町中に広まり、魔術師を追い払おうという運動が起きました。

 父は、魔術師が一家を襲う動機が分からない、と言って止めようとしたんですが、誰も聞く耳を持ちませんでした。

 そしてその運動が起きてしばらくして、魔術師は忽然と姿を消しました。

 自警団が行方を捜したんですが、結局、魔術師の行方は分からず、町の人達は町の側を離れていったんだろうという結論に達して、安心していました。

 でも、それから半月程して、つまり今から10日前に、突然、町中にマテリアが現れたんです。

 急なマテリアの出現に、自警団は連携を取ることもできず、町は壊滅。

 町の人達もほとんどが殺されてしまいました。

 僕の母も……」

そこまで言うと、アーサーは静かに溜め息をついて話を中断した。

ややあって、再びアーサーが口を開いた。

「……父の行方は分かりません。

 事件が起きたあの日、父は自警団の人達と一緒にマテリアの退治に向かいました。

 父とはその時以来、会っていません。

 ……ですが、おそらくもう……」

事件のあらましを語り終え、最後にポツリと呟いたアーサーの表情には、諦めの色が濃かった。

「つまり、その魔術師が術者ってわけか?」

確認するようにオレが聞く。

「ええ。 このゲートが『無魂の器』で開かれたものなら、おそらく」

おそらく、などと言ってはいるが、そう答えたアーサーの口調は確信しているような調子だった。

しばらくの沈黙。

その沈黙を破ったのは、それまで身じろぎもせずに話を聞いていたジークだった。

「……ねぇ、ひょっとしてキミはお父さんを捜しに町へ?」

「……そうです。 でも、手掛かりも何も、まったく見つかりませんでした……

 父が生きているのか、それとも死んでしまっているのか、僕には分かりません……」

そう言ったアーサーの声は、泣き出しそうなのをこらえているといった感じに聞こえた。

マテリアが現れてから10日間。

おそらくアーサーは、毎日マテリアの闊歩する町を、一縷の望みを持って父親を捜し回ったのだろう。

だが、10日間も探し回っても見つからないということは、彼の父親はもう……

「いや、もう死んでしまっているかもしれません……

 僕があれだけ戦っていても姿を見せる気配もありませんでしたし、僕以外の人間が戦っている気配もありませんでしたから……」

「……あのさ。 もしだよ?

 もしキミの言うとおり、キミのお父さんが死んじゃってたら、キミが戦う意味はもうないんじゃない?」

ジークが気遣わしげにそう言うと、アーサーは悲しそうな苦笑いを浮かべて、

「……もし、父が死んでしまっているとしたら、せめて亡骸だけでも母と同じ場所に葬ってあげたいですから……」

と、言った。

そして、オレの方を向き、

「クーアさん。 もしよければ、ゲートを閉じるのを手伝ってもらえませんか?

 このマテリアの発生が『無魂の器』によるものだったら、必ずいるはずですから」

「……ゲートキーパーか」

「ゲートキーパー?」

うつむいて話を聞いていたシーザーが、オウム返しに聞いてくる。

「そう、ゲートキーパー。

 『無魂の器』を行使した時に必ず発生するマテリアだ。

 通常のゲートは、ある程度の衝撃を与えれば閉じるようにできてる。

 けど『無魂の器』で作られたゲートの周りには、強力な障壁が張り巡らされてるんだ。

 その障壁を維持するのがゲートキーパー」

そう答えたオレの答えを、アーサーが継いで話す。

「ゲートの周りの障壁は、強度以上の強力な衝撃を与えるか、ゲートキーパーを倒さないかぎり消えることはありません。

 ゲート本体と違い、障壁はかなり強力な衝撃を与えなければ消滅しないので、事実上、障壁を消すためにはゲートキーパーを倒すしかないんです。

 ですがゲートキーパーのレベルは、術者のレベルに関係なく、150前後。

 それに比べて僕のレベルは64。

 とても僕1人じゃ勝てる相手じゃありません。

 だからクーアさん。 もしゲートキーパーがいた場合は、手伝ってもらえませんか?」

「ああ、構わないよ」

「ありがとうございます。

 ……でも、2人は……」

アーサーがチラリと2人を見て、呟く。

「ああ。 この2人には……」

「オイ! ちょっと待てよ!」

アーサーの言いたいことを察したオレが答えようとした時、シーザーが急に怒鳴った。

「お前、何が言いたいんだよ。

 オレ達が足手まといになるって言いたいんじゃねぇだろうな?」

怒気をはらんだ声を上げシーザーが立ち上がり、アーサーの方に向かって詰め寄る。

アーサーはたじろぎながら、

「あ、いや、そういうんじゃ……

 でも、もしゲートキーパーがいた場合、君達がいても……」

「いても? なんだよ? 意味ねぇって言いたいのかよ!?」

「あ……えっと……」

言葉に詰まったアーサーが困ったような視線をオレに送る。

どうやら、助け舟を求めているらしい。

オレは溜め息をつくと、アーサーの胸ぐらにつかみかかりそうな勢いのシーザーを諭す。

「シーザー。 これから戦うかもしれない相手は、お前が見たこともないような強力なマテリアだ。

 とてもじゃないけど、お前がかなう相手じゃない。

 ……来るな、とは言わない。

 ゲートが『無魂の器』で開いたものと100%決まったわけじゃないからな。

 けど、もしゲートキーパーがいた場合は絶対に隠れていろ」

「……チッ」

シーザーは舌打ちして、アーサーに一瞥すると、そのままもといた場所に戻っていった。

「ジークも、いいな?」

「……うん」

2人のやり取りを不安げに見つめていたジークも、神妙な面持ちでうなずく。

「よし。 じゃあ、すこし休んだらゲートを探そう」

「……心当たりはあるのかよ」

ふてくされたようにシーザーが聞いてくる。

「ああ」

その問いかけに、オレはただ一言だけ答えた。