「お前のせいだろ!?」

「なんでボクのせいなんだよ!」

「お前が邪魔しなけりゃオレがあいつを倒せたんだよ!!」

「バッカじゃないの!? あのまま突っ込んでったらやられてたに決まってるじゃないか!」

(……またか……)

人気のない街道を歩きながら、オレをはさんでの口論が始まる。

うんざりとして溜め息をつきながら、オレは2人のやり取りを聞いていた。

オレの左側を歩いているのは、4ヶ月程前に出会った白竜人の少年、ジーク。

そして右側を歩いているのは、1ヶ月程前に出会った狐の獣人の少年、シーザー。

2人とも、出会った当初はそれなりに仲が良かったのだが、一緒に旅をしているうちに次第に衝突することが増え、最近では毎日どころか数時間に1回ぐらいの割合で口ゲンカを始める。

(殴り合いの喧嘩にならないのがせめてもの救いか……)

そんなことを思いながら、オレはもう1つ溜め息をつく。

そうこうしているうちにも、口論は段々とエスカレートしていった。

「オレをヘタレなお前と一緒にすんなよ!

 お前なんかただ逃げ回ってただけじゃねぇか! この臆病モンが!!」

「ボクは臆病じゃないの! 慎重なだけなの!

 お前こそなんだよ、マテリアに突進してばっかりでさ!

 そーいうのは勇敢って言わないの! 無謀って言うの!

 まったく! これだからアホはイヤなんだよ!!」

「ア、アホだと〜!? この野郎、ブン殴ってやるっ!!」

「やってみろ、このアホ!!」

「ハイ、ストップ! そこまで!!」

取っ組み合いになりそうな2人を制し、オレは仲裁に入る。

「はぁ……いい加減にしろよ、お前等。

 もう少し仲良くできないのか?」

『だってこいつが……!』

「だぁ、もう! 分かった分かった!

 分かったからケンカするな!」

オレはげんなりとして2人の言葉を遮り、立ち止まる。

2人もつられて立ち止まるが、その間もオレを挟んでの睨み合いは続いている。

「ちょっとそこら辺で休憩しよう。

 お前等の口ゲンカを聞いてると、こっちが疲れてくる……」

睨み合う2人にそう言うと、オレは街道脇の林の木陰へと移動する。

チラリと後ろに目をやると、2人は顔を合わせないようにお互い顔を背けながら、渋々といった感じでついてきていた。

そもそも今回のケンカの原因は昨日のマテリア退治にある。

今朝発った町の近くでマテリアが頻繁に出現し、住人が被害に遭っているという話を聞いて、ジークとシーザーの2人が退治しに行こうと言い出したのだ。

オレとしては、まだこの2人に実戦を経験させたくはなかった。

だから、これまで2人には武器も与えず、マテリアのいそうな場所は極力避け、遭遇してしまったマテリアも2人には手出しをさせず、オレが1人で相手をしてきた。

だが、2人がどうしても行くと言ってきかなかったので、ジークには潜在魔力を引き出す指輪を、シーザーには刃渡り40p程のダガーを武器として買い与え、マテリア退治に向かうことにした。

2人は買ってやった武器を、これさえあれば大丈夫といった感じで眺めていた。

だがオレの思っていたとおり、精気の使い方や、簡単な魔法や技法を覚えたばかりの子供2人が、いくら武器を持ったからといってマテリア達に太刀打ちできるはずもなく、結局はこれまでと同じように、オレが1人でマテリアを退治することになった。

その時、良く言えば慎重、悪く言えば臆病なジークは、マテリアにかなわないと判断し、ひたすら逃げ回っていた。

一方、良く言えば勇敢、悪く言えば無謀なシーザーは、かなわないと知りつつもマテリアに向かって攻撃をしていた。

そして、その2人のまったく逆の性格が、今回のケンカの原因となった。

マテリアに攻撃しようとしたシーザーを、ジークが引き止めたのだ。

ジークはそのままマテリアに向かっていけば間違いなくやられていた、と主張する。

かたや、シーザーは間違いなく倒せた、と主張して譲らない。

その状況を直接見ていなかったオレには、どちらが正しいのかは分からないが、ジークにしてみればシーザーを守ったのに、その本人に文句を言われて腹が立つ、シーザーにしてみれば初の獲物を倒すチャンスを邪魔されて腹が立つ、といったところなのだろう。

それで今回のケンカが始まったわけである。

オレから言わせてもらえば、どちらもオレが戦うのを邪魔していたわけだから、どっちもどっちなのだが。

ただ、おそらくはジークの言い分の方が正しいと、オレは思っていた。

昨日、退治したマテリアは、2人がこれまで遭遇してきたマテリアよりも1ランク上の種類だった。

昨日のマテリアよりもランクが下のマテリアとの戦闘経験さえなく、そのうえそれらのマテリアを満足に倒せないだろうシーザーに、昨日のマテリアが倒せたとは思えない。

だが、オレがそれを2人の前で言えば、ジークはそれ見たことか、と勝ち誇り、それがシーザーの神経を逆撫ですることになって、2人の仲はさらに悪化するだろうと思い、あえて口には出さなかった。

街道から少し外れた所に立っていた大木の下で、オレ達は思い思いの格好で休息を取っていた。

ジークは木漏れ日の多く当たる場所を見つけ、そこに寝転んで日向ぼっこをしている。

シーザーは大木の根元に座り、携帯していた干し肉を腰袋から取り出しかじっている。

オレはというと、シーザーの横に座り込んで何をするわけでもなく、ただボーッとして街道の向こうに見える山々を眺めていた。

そうしてしばらくの間ぼんやりとしていると、横にいるシーザーが話しかけてきた。

「なぁ、クーア。 オレってアホなのかな?」

「ああ」

唐突な問いかけに、オレは間髪入れずに答えを返す。

ゲホッゲホッとむせる音が横から聞こえる。

「なんだソレ!? もうちょっと言い方ってのがあるだろ?」

咳き込みながらシーザーが怒る。

「悪い、悪い。 でも事実だし」

オレがそう答えると、シーザーは小さく舌打ちして悪態をついた。

「クーアまでオレをバカにしやがって……」

「すねるなよ。

 ……まぁ、正確に言えば、半分アホってところかな?」

「?」

オレがシーザーの方を向きながら言葉をつけ加えると、シーザーは、どういうことだ?と言いたげにこちらを見た。

「う〜ん……」

オレは小さく唸り、チラッとジークを盗み見る。

ジークは目を閉じて、気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。

オレはシーザーに視線を戻すと、ジークに聞かれないように、小さな声で話し始めた。

「さっきのケンカな。 あれ、言い分的にはジークの方が正しいと思う」

「なング!?」

オレは大声を出しそうになるシーザーの口を掴み、黙らせる。

「まぁ、最後まで聞け。

 ……昨日、戦ったマテリア、あれは今までにお前達が見てきたマテリアよりも1ランク程上のマテリアだ。

 ジークの言ったとおり、お前が正面からぶつかったところで、倒せるどころか大怪我するのがオチだったろうな」

シーザーの口から手を離し、オレは諭すように話す。

シーザーは口の周りをさすりながら、不満そうではあったが黙って聞いている。

「けど、お前のその勇敢さと思い切りの良さは買いだと思う。

 勇敢が半分、無謀も半分。

 だから半分アホってこと。 納得したか?」

シーザーはいまいち不満そうではあったが、コクッとうなずいた。

「ん〜……まぁ、これまで色々と戦い方の基礎は教えてきたことだし、そろそろ弱いマテリア相手にだったら、お前達だけで戦わせてもいい時期なのかもな」

「弱くなくても倒せる!」

「だからそれが無謀だって言ってるんだ、半分アホ」

「フンッ!」

シーザーは納得がいかない様子で鼻を鳴らし、顔を背けて干し肉をかじり始める。

「だからすねるなって。

 それ食ったら出発するぞ。 トイレは今のうちに済ませとけよ」

オレは、すねたシーザーにそう言うと、立ち上がってジークのもとに行き、同じように出発をうながした。

 

 

魔法の明かりの灯った街灯に照らされた薄暗い通りを、オレ達は宿を探して歩いていた。

目的の町に着いたのは、陽もすっかり落ちたあとだった。

途中、何度か休憩を取ったりしながらの道程だったが、その間、2人がケンカをすることはなかった。

もっとも、2人ともオレに話しかけてくることはあっても、お互いに話すことはなかったが。

秋も半ばに差しかかった近頃は、この時間帯になるとかなり寒い。

毛皮に覆われた獣人のシーザーはともかく、体毛の無い竜人であるジークはかなり寒そうにしていたので、1つ前の町で白い長袖シャツとカーキ色のマントを買ってやった。

そのマントの裾をつかんで暖気を逃がさないようにしながら、辺りの様子をうかがいつつジークが話しかけてくる。

「なんか変じゃない? この町。

 やけに物々しい感じがするんだけど」

それは町に入ってからオレも思っていたことだった。

今オレ達が歩いている通りには、自警団と思われる、槍と鎧とで武装した男達が数名、歩いており、彼等以外には住民らしき姿をした人間は見当たらない。

この町の入り口を通った時も、門番の男達が随分とピリピリとした雰囲気を漂わせ、警戒した様子でオレ達を見ていた。

この状況から察するに、

「何か事件でも起きたのかな?

 入り口に立ってた奴等の様子もピリピリしてたし」

「どんな事件が起きたんだろ?」

ジークと同じようにキョロキョロと辺りを見回していたシーザーが呟く。

「ん〜……多分、町の外で何かあったのかもな」

少し考えてオレが答える。

「町の外? どうして分かるの?」

と、ジーク。

「この時間帯に通りを住民が誰も歩いていないなんてことは、普通はありえない。

 ということは、なんらかの事件が起きて住民に外出禁止の指示が出たんだろうな。

 もし、その事件が町の中で起きてるんだったら、通りをもっとああいう武装した連中が歩いていてもいいはず。

 けど、見たかぎりその数はそう多くない。

 とすれば、事件は町の中じゃなく、町の外で起こってるって考えるのが妥当だ」

「へぇ……」

感心したようにジークがうなずく。

オレはさらに言葉を続ける。

「それに、前の町でもそうだったけど、最近この周辺じゃマテリアが異常に発生してるみたいだ。

 それを合わせて考えると……」

「町の外にマテリアがいるってことか?」

シーザーが少し嬉しそうに聞いてくる。

「多分、な……」

その口調に、一抹の不安を感じつつオレは答える。

「じゃあ……」

「あっ。 宿、あったよ」

シーザーが何かを言おうとした矢先、ジークが声を上げる。

「よし、今日はここに泊まろう。

 ほら、行くぞ、シーザー」

話を邪魔されたシーザーが文句を言うだろうことを察したオレは、シーザーが文句を言うよりも早く、ジークの言葉を継ぎ、シーザーを宿へとうながした。

 

 

宿は思いのほか、空いていた。

シーザーと出合った時のように、町から出られなくなった旅人で部屋が埋まっているかと思っていたが、それは杞憂に終わったようだ。

宿は、1階が酒場で2階が宿という造りになっていた。

入った瞬間、この町の住民と思われるガラの悪い男達が、一斉にこちらを睨みつけてきたが、オレは構わず記帳を済ませ、2人をうながして2階の部屋へと向かう。

部屋はベッドが2つと、テーブルと椅子が1対だけの質素な造りになっていた。

オレ達は思い思いの場所に荷物を下ろすと、食堂も兼ねている下の酒場へと向かった。

1階に下りた時にまた男達が睨みつけてきたが、オレ達は素知らぬ振りをして男達とは離れた席に突くと、夕食の注文をした。

注文した料理がくるまでの間、オレは、オレ達を睨みつけるのをやめ、話に戻った男達の会話に耳を傾ける。

「聞いたか? また1人殺られたんだとよ」

「またかよ。 これで何人目よ?」

「6人目だな、確か」

「いい加減、なんとかしてくれねぇと商売上がったりだぜ。

 まったく、マテリア相手に何手こずってやがんだ!」

(やっぱりマテリアか……)

オレは嫌な予感を感じながらも、その間に運ばれてきた水を一飲みし、さらに男達の会話に集中する。

「そんなこと言うなら、オメェが倒してこいや」

「バカ言うな。 相手は町1つ壊滅させたバケモノ共だぞ?

 木こり風情が倒せる相手かよ」

「オメェ、それじゃ言ってることがムチャクチャじゃねぇか」

「いいんだよ!

 木こりの仕事は木を切ること。 マテリア退治は範囲外。

 あーいう奴等を倒すのは連中の仕事だろうが」

(……町1つを壊滅か……

 厄介なことになりそうだな……)

大体の事情が飲み込めたので、オレは聞き耳を立てるのをやめて2人を見る。

どうやら2人も男達の話を聞いていたようで、オレと視線が合うなり、シーザーが話を切り出してきた。

「今の話、聞こえてただろ?

 昼間の話、覚えてるよな?」

「昼間の話?」

ジークが怪訝そうにシーザーに尋ねる。

それに対し、シーザーがチラッとジークを見て、直ぐに視線を逸らして素っ気なく答える。

「昼間クーアが言ったんだ。

 オレ達だけでマテリアと戦わせてくれるって」

「えっ? ホント?」

(やっぱり、そうきたか……)

オレの嫌な予感が見事に的中した。

「まぁ確かに言ったけど、それはあくまで弱いマテリアとならって条件付きでの話であって、町1つ壊滅させるようなマテリアと戦わせるなんて、そんな無謀なことさせるわけにはいかないぞ」

「でも、このままほっとくわけじゃねぇんだろ?」

「それは、まぁ……」

言われてオレは言葉に詰まる。

町1つを壊滅させたという男達の話を話半分に聞いたとしても、おそらく2人が出会ったマテリアよりも強力なマテリアか、あるいは相当数のマテリアがこの周辺にいることは間違いないだろう。

マテリアを退治するにしても、オレはともかく、この2人にはかなりの危険がつきまとうことになる。

そうなると、2人をこの町に置いて、オレ1人で片付けるというのがベストなのだが。

(さて、どうしたものか……)

オレが思案に暮れていると、オレの考えを読み取ったかのようにシーザーが問い詰めてきた。

「まさか、1人で行くなんて考えてたりしねぇよな?」

「えっ……いや……」

「やっぱりな。

 言っとくけど、オレは絶対に行くからな」

「ボクも行くよ。 でも安心して。

 ボクは誰かさんと違って、危ないことはしないから」

ジークが皮肉たっぷりにそう言うと、シーザーはジークを睨んで文句を言いたげに口を開きかけたが、昼間オレが話したことを思い出したのか、文句を言わずにそのまま黙り込んで、どうしようかと考えているオレの目を見つめてきた。

見ると、ジークも同じようにオレを見つめていた。

やがて根負けしたオレは、大きく溜め息をつき、

「……分かった。 2人とも連れていく。

 その代わり、邪魔をしないこと、危なくなったら逃げること、ケンカをしないこと。

 この3つの約束を守れ。 いいな?」

と、条件付きでの同行を許した。

それに対し、

「うん、分かった」

と、ジークは素直に返事をする。

ところが、シーザーは不満気に黙ったままだ。

「シーザー、返事は?」

「……分かったよ」

いかにも約束を破りそうな口調で了解するシーザー。

「……まぁ、いいか。

 じゃあ、明日は壊滅したって話の町に行ってみよう。

 ひょっとしたら、最近のマテリアの異常発生の原因はその町かもしれないからな。」

ちょうどオレが話し終わる頃、注文していた料理が運ばれてきた。

「……ねぇ、どうして壊滅した町がマテリア発生の原因なの?」

目の前のシチューをスプーンでかき回しながらジークが聞いてくる。

「コラ、食べ物で遊ぶな」

「ハイハイ。 で、なんで?」

「……マテリアがどうして発生するか、知ってるか?」

「ゲートから出てくるんだろ?

 それぐらい知ってるよ」

ジークに代わって、バケットをかじっていたシーザーが、バカにするな、といった調子で答える。

「そのとおり。 ゲートがなければマテリアは発生しない。

 で、そのゲートってやつは開きやすい場所がある。

 それが壊滅した町とか戦場とか、要は生物が大勢死んだ場所なんだ」

「へぇ、そうなんだ。 初めて知った」

シチューにバケットを浸して口に運びながらジークが呟く。

「必ずしもゲートが開くわけじゃないけど、その可能性は高いだろうな。

 もう1度言っておくけど、約束は守れよ。

 特に、危なくなったら絶対に逃げろ」

オレは説明を終えると、食べる手を止めて、再度2人に釘を刺した。

それを聞いたジークは、悪戯っぽい笑みを浮かべてシーザーを見て、

「特に誰かさんはね」

と、皮肉を言う。

それを聞いたシーザーは、

「……黙って聞いてりゃいい気になりやがって、このチビが! 殴るぞ、コラッ!」

我慢も限界にきたのか、つかみかからんばかりの勢いで立ち上がり、ジークに向かって唸る。

ジークも立ち上がり、負けじと吠える。

「お前だってチビじゃないか!」

またケンカになりそうな雰囲気の2人を見て、オレは2人の間に割って入った。

周りの席の男たちが、うるさいと言わんばかりにジロリとこちらを睨み付けているのが分かる。

「お前等、もう約束破る気か?

 明日、この町に置いてけぼりでもいいのか?」

男達の冷ややかな視線を無視してオレがそう言うと、2人は睨み合ったまま席に着き、不機嫌そうに鼻を鳴らして、それきりお互いに口を利かなかった。

(明日、絶対に約束破るな、こいつ等……)

オレは多難な明日を思って小さく息をつくと、シチューを口に運んだ。