「なんだって!?」

宿の部屋に戻ったオレは思わずそう叫んだ。

「ご、ごめんなさい……」

シュンとした様子でジークがうなだれる。

戻った部屋にいたのはジーク1人。

少年の姿はどこにもなかった。

ジークの話では、オレが部屋を離れた少しあと、トイレに行きたい、と言い出したので、ジークが付き添ってトイレに行ったらしい。

だが、トイレに着くと突然少年がジークに殴りかかり、ジークはそのまま気を失い、気がついた時には少年はどこにもいなくなっていたそうだ。

「部屋から出すなってクーアに言われてたのに……

 どうしよう……あいつ、やっぱり外に行っちゃったのかなぁ……」

今にも泣き出しそうな声で呟くジーク。

確かに、部屋から出すな、とは言ったが、この場合は仕方がないだろう。

オレは肩を震わせているジークの頭に手を置き、

「大丈夫、心配するな」

と、優しく声をかけた。

「でも……でも……」

ジークは目を涙で潤ませ、しゃくりあげるように呟く。

「居場所はすぐに分かるから大丈夫だ。

 今から追いかけるから、一緒に来い」

「でも、どうやって……?」

「『印章』の魔法だ。 昨日話しただろ?

 万が一のために、あの子の服にかけておいたんだ。

 居場所が分かりさえすれば問題ない。

 さぁ、行くぞ!」

 

 

オレとジークは宿を出ると、少年の服が出す反応を追った。

意識を集中させると、反応が町の西側に向かって動いている。

どうやら、盗られた財布の反応が出ている方へと向かっているようだ。

(このままだと町を出るな……

 町の外には野盗団が居ついてるって話だったが、そこへ戻るのか?)

少年の行き先を察し、それに一抹の不安を感じながらも、オレ達はいまだに自警団や傭兵が盛んに行き来している大通りを、西に向かってひた走る。

「……! 反応が西門を抜けた!」

走りながらもオレは少年の動きを確認する。

「急ぐぞ! つかまれ!!」

オレの後ろを走るジークにそう呼びかけ、その手をつかむと、オレは走るスピードを上げる。

大通りの人込みを避けるために、オレはジークを抱えて民家の屋根に飛び乗り、そのまま屋根伝いに町の西側を目指す。

オレはそのまま屋根と屋根とを飛び移りながら移動すると、十数秒程で町の西門へと辿り着いた。

野盗達はこの西門から町へと侵入したらしく、門の出入り口の辺りには数人の門衛達の屍が転がっていた。

オレはジークを抱えたまま、門を抜け、前方に見える森へと分け入っていく

そして森に入ってほどなくしてに、少年の後姿を確認した。

「いたぞ! ……!?」

オレがそう叫ぶや否や、唐突に木々が消え、開けた場所に出た。

木々のない、ちょっとした丘になっているその場所には、先程町から逃げ出した野盗達が20人程、そしてそれとは別の野盗達が30人程が立っており、突然現れたオレを驚きの表情で見ている。

先にこの場所に出た少年は、野盗の頭領の前に立ち、同じようにこちらを見ている。

「て、てめぇ、追ってきやがったのか!?

 ……! まさか、てめぇが連れてきたのか!?」

叫びながら頭領が少年の襟首をつかみ、持ち上げる。

「うっ……ぁあ……ち、違う……よ……!」

少年は苦しげに喘ぎ、否定する。

頭領は憎々しげに少年を睨みつけ、舌打ちすると、少年から手を離し、手下の野盗達に向かって叫んだ。

「おい、てめぇ等!! 奴を殺った奴には1000万クリスタだ!!」

頭領がはっぱをかけると、先程オレと戦っていない野盗が色めき立ち、腰に差したシミターを一斉に抜き放ち、構える。

それを見た頭領と残りの野盗達は、そのまま森の奥へと走り去っていき、それを追うように、地面に座り込んで咳き込んでいた少年も、よろめきながら森の奥へと駆け出す。

「クーア! あの子、行っちゃうよ!!」

「分かってる。 オレの側を離れるなよ」

叫ぶジークをオレは地面に下ろし、魔法の詠唱に入る。

何人かの野盗がシミターを振り上げて突進してくるが、それよりも早く詠唱が完了する。

『四元の一角、風よ、吹け』

野盗のみを対象にした、体力を奪い去る緑色の風が、オレの前方に吹き荒れる。

唸りを上げながらも草木を揺らすことのない風の流れは、突進してきた数人の野盗と後ろで構えていた野盗を巻き込む。

目に見えるほどに鮮やかな緑色の風に包まれた野盗達は、ある者は風に吹き飛ばされ、ある者はなんとか踏み止まるが風に体力を奪われていく。

緑風が収まったあとには、疲労のために気を失った野盗達が地面に倒れ伏していた。

「よし、追うぞ!」

オレの後ろに隠れていたジークをうながし、倒れている野盗達の脇をすり抜けながら、オレ達は少年のあとを追った。

 

 

少年と野盗が逃げ去ってから間もないためにすぐに追い着くと思いきや、町の自警団や傭兵の侵入を防ぐためか、森の中には野盗が仕掛けた罠がいくつもあり、仕掛けられた罠を回避したり、その罠にジークが引っかかってしまい、その治療をしなければならなかったために、思いのほか手間取ってしまった。

慎重に歩きながら森の中を突き進むうちに、やがて前方から声が聞こえてきた。

「そんなっ! なぁ、待ってくれよ!

 どうして連れていってくれないんだよ!」

「うるせぇ!!

 あんな化け物みたいな野郎が追いかけてきてるってのに、てめぇみてぇな足手まといを連れてけるかっ!!」

(この声は……)

「ねえ、これあの子の声だよ!!」

後ろでジークが叫ぶ。

確かに聞こえてきたのは少年の声だった。

オレはうなずくと、ゆっくりと声の方へと近付いていく。

ジークも同じようにオレのあとに続く。

その間にも少年と男のやり取りは続く。

「そんな……確かにオレ、足手まといかもしれないけど……

 でも……でも、もう失敗しないから!

 お願いだから一緒に連れてってくれよ!」

「うるせぇって言ってんだろ、クソガキがっ!!

 オレの所にゃ、財布1つ満足に盗れねぇような奴に用はねぇんだよ!!」

「待って……!」

「うるせぇ!!!」

「あ゛っ!!」

男の叫びと共に少年の苦鳴が聞こえた。

オレは足音を殺して歩くのをやめ、声の元へ一気に走る。

木々の間を抜けると、野盗の頭領が少年を殴り飛ばしていた。

少年の小さな体が衝撃で吹き飛ぶ。

(まずい!)

少年の背後には大木があり、このままでは少年は大木に叩きつけられてしまう。

少年の姿を視認した時、少年の体は、大木まであと3〜4mの位置まで肉薄していたが、オレが全速で少年と大木の間に入ったことで、なんとか激突を防ぐことができた。

少年の小さな体を、オレは自らの体をクッション代わりにして受け止める。

「なっ!?」

驚愕の声を上げる頭領。

無理もないこと。

オレと頭領とではレベルが違いすぎる。

封身石を3つ身につけているとはいえ、その状態でもオレのレベルは106。

対して、頭領のレベルは20にも満たないだろう。

頭領には一瞬でオレが出現したように見えたに違いない。

気を失っている少年を地面に寝かせ、頭領を睨みつける。

「バカなっ!? 後ろの連中はどうした!? 何をしてやがる!?」

「全員、眠ってもらった。

 しばらくは目を覚まさないはずだ」

怒りを抑えた声で言うオレを、驚きと恐怖の入り混じった目で見る頭領。

オレはゆっくりと男に向かって歩み寄る。

その時。

オレが出てきた横合いの木々の間からジークが現れた。

頭領が一瞬そちらに目をやり、そして走り出そうとする。

しかし、

「動くな!!!」

怒気をはらんだオレの声に頭領の動きが止まる。

魂胆は見え透いている。

ジークを人質に取って、なんとかこの場を切り抜けようとしたのだ。

「ジーク、この子を頼む。

 気絶してるだけだから心配するな」

オレの声に同様に動きを止めていたジークに向けて呼び掛ける。

「……うん……」

ジークは困惑気味に呟き、小走りにこちらに向かってきた。

ジークがオレの後ろに回ったことを確認すると、オレは頭領に向かって言う。

「さてと……あんたに聞きたいことがある。

 今朝、この子が町の広場に傷だらけで倒れてた。

 さっきのやり取りからすると、やったのはあんただな?」

「…そ、それがてめぇと何か関係あるのかよ!」

「別にないさ……

 ただ、こんな子供に随分と酷い仕打ちをする奴がいるな、と思ってな。」

オレは抑揚を抑えた口調でそう言うと、1歩前に出る。

すると頭領は1歩後退り、喚き散らすように叫んだ。

「……ああ、そうだよ、オレがやったんだよ!!

 そのガキ、何かの役に立つかと思って人がせっかく拾ってやったってのに、ろくに役に立ちゃしねぇ!

 昨日だってそうだ!

 財布を盗ってきたと思ったら、中身は空っぽときたもんだ!

 そんな役立たずはオレの所にゃ必要ねぇから、捨ててやったんだよ!!」

「やっぱりそうか……」

オレは小さく溜め息をつき、頭領に向かって構え、言い放つ。

「来いよ、下衆野郎」

「……お、おあああぁぁぁ!!!」

これから自分がどういう運命を辿るのかを察したのか、恐怖を払拭する怒声と共に腰のシミターを抜き、こちらに向かって猛進してくる。

頭領がオレの目の前まで迫り、大上段からシミターを振り下ろす瞬間、オレは右手の掌底を、ガラ空きの頭領の胸に目掛けて打ち込んだ。

「っが!!?」

カウンターで入った一撃は、まとっていたブレストプレートを砕き、頭領の体を大きく吹き飛ばす。

頭領はそのまま後方の木にぶつかり、木を薙ぎ倒して気絶した。

「……殺しちゃったの……?」

後ろのジークが聞いてくる。

「いや……気絶してるだけだ。

 このまま自警団に突き出せばいいさ。

 それよりも……」

そこまで言って、オレは気を失ってる少年に目をやる。

目を閉じ、半開きになった口の端からは血が垂れている。

「その子の治療が先だ」

オレは少年のかたわらにしゃがみ込み、魔法の詠唱を始めた。