爆音が上がり、部屋の窓ガラスが小刻みに震えた。

「何!?」

ベッドで寝そべって本を読んでいたジークが飛び上がり、驚きの声を上げる。

日が沈み、いよいよ夜を迎えようという頃、突如として大きな爆発音が宿の外から聞こえてきた。

オレは窓から外の様子を伺う。

窓からは町の中心付近の空がオレンジ色に染まっているのが見えた。

おそらく、その辺りで何かが爆発したに違いない。

「分からない。 噴水広場辺りで、何かが爆発したみたいだな……

 様子を見てくるから、お前達はここにいろ」

「うん……」

そう言って神妙にうなずくジーク。

一方、少年はやけにそわそわした様子でこちらを見つめている。

少年のその様子が気になったが、とりあえず何があったのかを確認するために、噴水広場へと向かうことにした。

「ジーク。 オレが戻ってくるまで、その子を部屋から出すな。 いいな?」

そう言い残し、ジークの返事を待たずにオレは部屋を飛び出した。

部屋のドアを閉めた時、2度目の爆発音が鳴り響いた。

木造の宿がガタガタと揺れ、廊下や客室にいた客が悲鳴を上げる。

(近いな)

2度目の爆発音は1度目のそれよりも近い場所から聞こえた。

オレは急ぎ階段を下り、混乱した客が右往左往しているロビーを抜け、宿の外に出る。

宿の外では傭兵と自警団員が走り回り、何やら大声でやり取りをしている。

オレはそのうちの傭兵と思しき男の1人を捕まえ尋ねる。

「おい、どうした!? 何が起きてるんだ!?」

「わからん! だがどうやら噴水広場の方で大きな爆発があったらしい!」

男はそれだけ言うと、噴水広場の方へと走り去っていった。

(噴水広場か……よし!)

取るべき行動を決め、傭兵達が行き来する通りの中心でオレは魔法の詠唱を始める。

『其の身、意の儘、自在なれ』

短い詠唱を終えて魔法を発動させると、体が宙に浮かび、オレはそのまま暗い夜空へと飛翔した。

空から見下ろすと、噴水広場とそこからやや西にずれた場所に、オレンジ色の炎と灰色の噴煙が上がっているのが確認できた。

おそらく、最初の爆発音が西側の場所からのもので、2度目が噴水広場のものだろう。

オレはそのまま空を飛んで、噴水広場の方に直行する。

数秒とかからずに噴水広場に到着し、着陸すると、辺りには自警団員が多数集まっており、ホースからの放水による消火活動を行っていた。

どうやら広場にあった露店と民家に延焼しているらしい。

住民の悲鳴と、自警団員の怒号が飛び交う中、近くの自警団員に事情を聞こうとした時、今度は東の方で爆発音が聞こえ、大通りを通してオレンジ色の明かりが夜空を照らしているのが目に飛び込んできた。

「ちょっと! 一体何が起きてるんだ?」

オレはすぐ脇を走り過ぎようとした自警団員の男に声をかける。

男は立ち止まり振り向くと、早口に、

「爆弾だ! 誰かが仕掛けた爆弾が爆発したらしいんだ!!」

と説明して、消火活動をしている集団に合流していった。

(爆弾? 誰が……?)

懸命に消化にあたっている自警団を見つめ、考えていると、突然、

「ぎゃあぁぁぁ!!」

後ろから悲鳴が聞こえた。

我に返って後ろを振り向くと、10m程先の広場の入り口で、苦悶の形相を浮かべた自警団員の男が前のめりに倒れ、背中から血を流して絶命した。

ほかの自警団員達の方に目をやると、彼等は今の悲鳴に気付かなかったらしく、しきりに大声でやり取りをして、消火活動を続けている。

オレは再び絶命した男の方に目を向ける。

するとそこには、シミターを持った10人近い人族の男が立っていた。

男達は暗緑色の長袖シャツとズボンという出で立ち。

自警団員のものと思われる血がついたシミターを持っている先頭の男の頭は禿げ上がっており、後ろの男達と同様の格好をしている。

ただし、こちらはブレストプレートをまとっていて、額に剣が2つ組み合わさったような紋様の刺青が彫ってあった。

その風体と態度からして、おそらくこの禿げ頭の男が野盗の頭領だろう。

「……野盗か。 さしづめ、あんたが頭領ってとこだろ?」

オレが問いかけると、

「ほう。 よく分かったじゃねえか」

頭領が面白げに答え、黄ばんだ歯を見せてニィッと顔をゆがませる。

「そんないかにもな格好をしてれば、誰だってわかるさ。

 気付いてないのは、当の本人達だけだろうな」

「なんだと!?」

オレの返答が気に入らなかったらしく、後ろにいた男の1人が怒声を上げる。

頭領がそれを手で制し、ゆがんだ顔をさらにゆがめ、

「まあ、待て。

 兄ちゃん、なかなか肝がすわってるじゃねぇか。

 でも、あんまりそういう態度を取ってると、長生きできねぇぜ。」

と言って、下卑た笑い声を上げる。

オレはそれを一笑に伏し、完全に見下しきった口調で言い返す。

「中途半端な力しか持ってない奴が粋がってた方が、よっぽど長生きできないと思うけどな。

 どうせ、そうやって徒党を組まなきゃ、何もできないんだろ?

 ひとりじゃ何もできないハゲが、粋がるなよ」

さすがにこれには頭にきたのか、頭領はこめかみの辺りをヒクつかせる。

「爆弾を仕掛けたのはひょっとしてあんた等か?」

 オレは肩越しに後ろを指差し、問いかける。

「……そのとおりだ、兄ちゃん。

 いい勘してんじゃねぇか」

そう言った頭領の顔には、もはや笑みはなく、敵意のこもった目でオレのことを睨みつけている。

「今、あんた等がここにいるのを見て、なんとなくな。

 けど、その企みは成功しない」

「ほう、なんでだ?」

「そんなの決まってる。 オレが邪魔するからだ」

オレの言葉に、一瞬、男達の間に沈黙が広がる。

その直後、男達から爆笑が起こった。

涙目で笑っている者や腹を抱えて笑っている者もいる。

刹那、オレは左手を肩の高さまで上げ、掌を突き出し、爆笑を続けている男達のうちの1人に向ける。

そして、突き出した掌から、白い光球を放った。

放たれた『ボール』と呼ばれる光球は、狙い定めた男の胸板に当たる。

光球は弾け飛び、光球を喰らった男は悲鳴を上げる暇もなく、大きく後ろに吹き飛び、通りの暗闇に消えていった。

その様子を目の当たりにし、再び沈黙する男達。

オレはそのまま掌を頭領に向け、言い放つ。

「投降しろ」

「くっ! この! やっちまえぇ!!」

頭領は怒りの表情でオレを睨みすえ、シミターを振りかざして背後の男達に号令をかける。

その声に呆然としていた男達が我に返る。

そして男達のうちの3人が、シミターを構え、こちらに向かって駆け出してきた。

1人目の男が、自らの間合いに入るや否や、大上段からシミターを振り下ろす。

オレはシミターの腹を左手の掌で押して外側に反らし、バランスを崩した男の脇腹に右足で蹴りを入れる。

男は真横に吹き飛び、数m離れた民家の壁に激突して気絶する。

次いで2人目、3人目の男が迫りくる。

まず1人目の横薙ぎの攻撃をバックステップでかわし、間髪入れずに踏み込んで突きを繰り出してきた2人目の攻撃を、体を回転させてかわす。

そして回転した勢いを利用して、突きを繰り出した男の後頭部に右の裏拳を叩き込み、そのまま右の拳を、目の前で体勢を整えようとしていた横薙ぎの男の胸板に打ち込む。

裏拳を喰らった男は石畳の上でうつ伏せに倒れ、胸板を打ち込まれた男は後ろに吹き飛び、男達の前に転がる。

「殺してはない。 そうなりたくなければ、おとなしく投降しろ」

それを聞いた頭領が何か言おうと口を開きかけたが、一瞬その動きが止まり、怒りに満ち満ちていた表情から、再びニヤついた笑みを浮かべた表情に変わる。

「? ……何がおかしい?」

オレが不審に思い、頭領に尋ねた瞬間、真後ろで爆発が起きた。

「っく!?」

爆風にあおられて吹き飛びそうになるのを、なんとか踏み止まる。

後ろを振り返ると、消化を行っていた自警団員達が倒れていた。

ある者は上半身が吹き飛び、ある者は両腕を無くして悲鳴を上げながら石畳をのた打ち回っている。

「……こういうことか……!」

オレは頭領達の方に向き直り、吐き捨てるように呟く。

「そういうことだ。 だが……」

いまだに口元をゆがませて得意げに答えた頭領が、スゥッと目を細めた。

刹那、背後に複数の殺気を感じ、オレは横に飛び退る。

オレが着地するかどうかのところで、石畳に数本の矢が突き刺さった。

矢の出所を探ると、民家の屋根の上に、野盗の男達と同様の格好をした男が数人、ロングボウを構えている。

どうやら、さっきの爆発は奴等が炎の中に爆弾を投げ入れたために起こったものらしく、腰のベルトからは爆弾と思しき物がぶら下がっている。

屋根の上の男達が矢をつがえ、オレに向かって狙いを定めている。

さらに、広場から延びる大通りからは、左右合わせて40人近い野盗達が姿を現す。

「なぁ、兄ちゃん。 そっちこそ降参しちまえよ。

 おとなしく負けを認めるんならそれだけの腕だ、悪いようにはしねぇよ。

 それにおめぇさん、顔もいいからなぁ。

 毎晩オレがベッドの上でかわいがってやってもいいぜぇ」

そう言って頭領はいやらしい笑みを浮かべる。

「……あいにく、オレの体はあんたにくれてやるほど安くないんでね。

 遠慮させてもらおうか」

オレのその言葉に頭領がリアクションを起こすよりも早く、オレは駆け出した。

横手で燃え盛る炎の中に。

『なっ!!?』

オレの行動の意図が分からずにいる頭領達は驚きの声を上げる。

それは屋根の上の男達も同じだったようで、矢を射ることもせずにオレの行動を見ているだけだった。

もちろん、焼身自殺をしようというわけではない。

現に、木の燃えるパチパチという音が聞こえてくる炎の中でも、オレの髪の毛1本はおろか、衣服すら燃えてはいない。

戦闘態勢に入ったオレの発する精気が、全身をくまなく巡っているためだ。

こちらからは炎に阻まれて男達の様子が分からないが、逆に男達からもオレの姿は見えないはず。

燃え盛る炎の中で、オレは魔法の詠唱に入る。

『天に糸引き降り頻れ、刺を秘す青なる細雨よ!』

オレが高らかに叫ぶと、空からあたり一面に青い雨が降り注ぐ。

「うおっ!? なんだこの青いのは!?」

「痛っ!!」

「うわあぁぁぁぁ!!」

轟々と燃え盛る炎の外から、わずかに聞こえてくる男達の悲鳴。

青い雨は、男達の肌を穿ち、燃え盛る炎を消していく。

野盗と炎とに対象指定しているので、倒れている自警団員達には被害は出ない。

やがて炎が消え、雨がやむと、約半数の野盗達が地面に倒れていた。

残った者もだいぶダメージを負ったらしく、全身から細かな血の筋を滴らせている。

「く、くそが……! てめぇ等、引け! 引けぇーー!!」

恐怖と憎悪の眼差しでオレを見て、震える声で頭領が叫ぶ。

それを聞いた野盗達は、我先にと散り散りに逃げ出していった。

「……逃げたか……さて、と……」

野盗達が逃げ去ったのを確認したあと、オレは爆発に巻き込まれた負傷者の手当てを始めた。そして、それが終わると、ほかの場所の消火や野盗の処理は彼等に任せ、宿へと戻った。