次の日、宿で朝食を済ませたあと、しばらくしてから街に出た。
昨日と同じく、大通りは人通りも少ない。
「どう? あの子供のいる場所、分かる?」
隣を歩いていたジークが聞いてくる。
オレはその場に立ち止まり、意識を集中させる。
「……見つけた……けど……これは、町の外だな。
あの子供、野盗がどこにいるのかも分からないのに町の外に出たのか?」
反応は町の外、西側のある地点から感じられた。
「とにかく、そこに行ってみようよ。
町の外のどの辺にいるの?」
「西門を出て少しいった辺りだな。
言っておくけど、反応はダミーの財布が出してるものだからな。
反応があるからって、そこにあの子供がいるとは限らないぞ。
中身がないのに気付いて、捨ててるかも知れないし」
普通は中身を確認するだろうから、財布が捨てられている可能性は高い。
反応のある場所に行ったところで、あの子供を見つけることはできないだろう。
しかし、それ以外に手掛かりがないのも事実なので、とりあえずオレ達は反応のある場所を目指すことにした。
しばらく大通りを進むと、大通りの中央にある噴水広場に人だかりができているのが見えてきた。
何やら言い争っているような声が聞こえる。
「……? なんかあったのかな?」
人だかりを見ながら呟くジーク。
段々と人だかりに近付くにつれ、言い争いの内容が聞き取れるようになってくる。
「――だ! さっさと自警団に突き出すべきだ!!」
「待てよ! 怪我してるじゃないか!
医者に見せるのが先だろ!?」
「アタシはこの人に賛成だね!
いい気味さ、自業自得じゃないか!」
「おい、ちょっと待てよ!
こんな子供によくもそんな人でなしなことが言えるな! 最低だぜ、あんた!」
「なんですって!?」
「まあ、待て! とにかく自警団を呼ぼう。
この子の処分は領主様に任せればいい」
そんなやり取りがされている間に、オレとジークは人だかりに辿り着いた。
そして人だかりの肩越しから中を覗き見る。
「……! ……ひどいな……」
思わず嫌悪感が口を突いて出る。
「うわ……」
人だかりの間から中を覗き込んだジークの口からも小さな呻き声が上がる。
噴水の前にできた人だかりの中には、男女が数人、立っていて、まだ激しく言い争っている。
そしてその中心には、血塗れの狐の獣人の少年が仰向けに倒れていた。
体中のあちこちに切り傷や擦り傷が見られ、右手と左足がありえない方向に曲がっている。
一目見て重傷と分かるほどの怪我だ。
「すいません、何をあんなに言い争ってるんですか?」
オレはそばにいた、ことの成り行きを見ている男性に尋ねる。
すると男性はこちらを振り向き、難しい顔をして答えた。
「いやね、あの子は最近この町の周りに居ついちまった野盗団の子供でね。
それであの子を自警団に突き出すか、それとも医者に見せてやるかで揉めてるのさ」
「野盗団の子供? あの子が?」
「ああ。 ほら、あの子の左腕に紋様が見えるだろ?
野盗の連中はみんなあの紋様をつけてるのさ」
そう言って男性はアゴで子供の方を指す。
確かにボロボロになった衣服の切れ目から覗く少年の左腕には、剣が2つ組み合わさったような紋様が見られる。
(ん?)
オレは紋様よりも、むしろ少年の着ている服に目がいった。
緑青色の袖長のシャツに黄土色のズボン。
(あの服は確か……)
オレが少年の着ている服について考えていると、隣にいたジークがオレの袖を引っ張りながら話しかけてきた。
「ねぇ、クーア……あの子、あのままじゃ……」
「ああ、分かってる。 少し強めにいくから、目を瞑ってしっかりつかまってろよ」
ジークが言い終わるよりも早くオレは答え、周りの人間に聞き取れないように魔法の詠唱を始める。
言われたとおりに、ジークはオレの腕にしがみつき、固く目を閉じる。
『暁馳せよ、光射せ』
魔法が発動し、オレの頭上に光球が生まれた瞬間、あたり一面が強烈な白光で包まれ、人だかりを形成していた人達から悲鳴や驚きの声が上がる。
オレはしがみついているジークを抱え、人だかりの頭上を飛び越えて少年の元へ。
そして少年を抱き上げ、今度は詠唱を省き、『転移』の魔法を行使する。
魔法の発動と同時に、オレ達は眩い白光の中から抜け出した。
「買ってきたぞ。 ……どうだ?」
紙袋を2つ持って宿の部屋に戻ってきたオレは、ベッドに腰掛けていたジークに問いかける。
「……まだ起きない」
首を横に振りながらジークが答える。
あのあと、オレ達は宿の部屋へと少年を連れて帰ってきた。
ボロボロで汚れた少年の服を脱がせ、ベッドの上に寝かせたあと、魔法で傷を癒したが、少年が目覚める気配はなく、昼を少し回った今も眠り続けている。
「そうか……」
そう小さく呟き、持っていた紙袋をテーブルの上に置いて、片方の紙袋からタマゴのサンドイッチを取り出し、ジークに手渡す。
「ありがと。
…………ねぇ、この子さ、ひょっとして昨日の……」
渡されたサンドイッチを1口だけ食べて、眠っている少年を見つめながらジークが問いかけてくる。
何を言いたいのかは分かる。
昨日の子供の着ていた服と、この少年の着ていた服は同じ物だった。
ジークの想像通り、昨日の子供とこの少年は同一人物ということで間違いないだろう。
それに2人が同一人物だというのなら、町の外に財布の反応があったのも納得がいく。
野盗団の子供ならば、町の外に出たとしても野盗に襲われることはないからだ。
おそらく、盗った財布を野盗団のアジトに持って帰る途中か、あるいはアジトで何かトラブルがあったのだろう。
「……そうだろうな。 この子が目を覚ましたら聞いてみよう」
そう答え、オレは窓から外の様子を覗き見る。
宿の前の通りで、4人の自警団の男達が何かを話して、二手に分かれていった。
「……まだ捜してるな」
自警団の目的は、この少年だろう。
おそらく、噴水広場にいた誰かが自警団に通告し、通告を受けた自警団は少年を捕らえ、野盗団に関することを聞き出そうとしているとみて間違いない。
少年の傷は癒えているのだから、野盗団の一員と分かっている以上、自警団に引き渡しても構わないのだが、さっきの広場でのいざこざを見るかぎり、自警団に引き渡された少年がどんな目に遭うかは想像に難くない。
それに何より、ジークがそれを望まないだろう。
傷ついた少年をこの部屋に連れて戻ってきてから、片時として少年のそばから離れようとしない。
振り返ると、ジークはベッドに座ったまま、心配そうな眼差しで少年の寝顔を見つめていた。
ひょっとしたら、傷付き倒れていた少年とかつての自分をダブらせているのかもしれない。
そんなことを思ってその様子を眺めていたオレは、テーブルまで戻り、上に置いてあるもう片方の紙袋を開けながら、ちょうどサンドイッチを食べ終わったジークに話しかける。
「ジーク、ちょっと手伝ってくれ。
さっき、ついでに街で子供用の服を買ってきたんだ。
大体サイズも合ってると思うんだけど……」
そう言って紙袋からライムイエローの長袖のシャツとオリーブ色のズボン、そして茶色のブーツを取り出す。
それを少年の寝ているベッドの上に置き、少年の体をそっと起こす。
その時だった。
「……ぅ……ん……」
「あっ、起きたみたいだよ!」
横でジークが声を上げる。
少年はうっすらと目を開けると、周りを見回し、
「……ここは……?」
と、まだ意識がはっきりしていない様子で呟いた。
「町の大通りを少し外れた所にある宿の部屋だ。
何があったのかは知らないけど、噴水広場にお前が倒れてたんだ。
放っておいたら手当てもされずに自警団に突き出されそうな雰囲気だったから、ここに連れてきた。
とりあえずこれを着な。
いつまでも下着1枚じゃ風邪引くから」
まだボーッとしている少年に服を手渡す。
それを受け取った少年はしばらく服を眺めたあと、ゆっくりとそれを身に着け始めた。
「ねぇ、何があったの? どうしてあんな所でボロボロになって倒れてたの?
てゆーかキミ、昨日、町の入り口でクーアのお財布をスった子でしょ?」
黙って服を着ていた少年を、ジークが質問攻めにする。
「…………」
少年は服を着終わると、黙ったままジークを睨みすえる。
どうやら無神経に質問をするジークが癇に障ったらしい。
「な、なんだよ……助けてあげたんだからそれぐらい教えてくれてもいいだろ?」
負けじと睨み返すジークに、少年が視線を外してボソッと呟く。
「うるせぇヤローだな……」
「なっ! このっ!!」
それが聞こえたらしく、ジークが少年に飛びかろうとする。
「待て。 落ち着け」
オレはジークを羽交い絞めにしてそれを止め、暴れるジークを睨みつけている少年に話しかけた。
「話したくなければ話さなくていい。
それより腹減ってないか?
今はこんな物しかないけど、食うか?」
そう言って、オレは暴れるジークを落ち着かせ、テーブルの上からパンの入った紙袋を持ってきて少年に差し出す。
少年は無言でそれを受け取ると、中からピーナッツバターをはさんだバケットを取り出して食べ始めた。
「それよりもさぁ、盗ったお財布返しなよ。
お前が盗ったのは分かってるんだからさぁ」
その様子を眺めていたジークが、半ばケンカ腰で少年に話しかける。
しかし、少年は聞こえないふりをしているのか、ジークの方を見ようともせずに、黙々とバケットをかじっている。
それを見たジークが、また少年に飛びかろうとするが、それより早く、オレが苦笑いしながら少年に話しかけた。
「いいよ、別に。 財布の場所は分かってるんだから、あとで拾いに行けばいいさ。
まぁ、無くて困るような物でもないしな」
飛びかるタイミングを逃したからか、オレの言ったことが気に入らなかったのか、ジークがあさっての方向を向いて不満そうに何やらブツブツと呟いていたが、構わずにオレは話を続ける。
「そんなことよりも、お前、しばらくここに居た方がいい。
今、外は自警団の連中でいっぱいだ。
多分、お前を捜し回ってるんだ。
言ってる意味、分かるだろ?」
「…………」
少年のバケットをかじるのをやめ、考え込むようにしてうつむいたまま何も答えなかった。
結局、それから少年が口を開くことはなく、オレ達も詮索するようなことはしなかった。