自慰行為を覚えてからというもの、時折、たまらなく猥雑な気分に見舞われることがある。
特に前兆もないそれは、往々にして1人でいる時に襲ってくる。
風呂場に1人という今の状況は、まさにそれに合致した状況だ。
困ったものだと思いつつも、半ばあきらめ、衝動に身を任せようかと考えていると、ふと目の前の壁に貼られた鏡が目に入った。
椅子に座ったまま、姿見程もある鏡を凝視すれば、湯に打たれて濡れそぼった己の裸の上半身が映っていた。
頭部は黒褐色の羽毛で覆われ、後頭部には白い冠羽。
喉元から腹にかけては白い羽毛を基調に、胸は縦斑、腹は横斑の褐色の羽毛が混じり、翼を広げれば、外側は褐色が強く、内側は白が強い。
翼は、内外共に白と褐色系の色の横縞が規則的に並んでいる。
椅子から立ち上がってみると、鏡に映った尾羽もそれに沿うかたちの色・模様だ。
手足首から先の肌の露出した部分は黄味が強く、それぞれ4本ずつの指の先にある爪は黒に近い灰色で、目先に映る嘴もそれに似る。
肌の色はともかく、羽毛の色味は非常に地味だが、模様はそれになりに複雑だ。
しかしながら、今は羽毛が水気をたっぷりと吸っている為に、普段の状態と比べると羽毛は精彩を欠いていた。
地肌にペタリとくっついている様は、どちらかといえば間抜けと言える。
だが、猥雑な気分になっている今の僕には、そんな間抜けな自分の体でさえ扇情的に見えた。
ナルシストというわけではないが、裸体という要素そのものが情欲を掻き立てるに余りある。
値踏みするように鏡で自分の体を観察していうちにもその気持ちはますます高まっていき、体の一点は収拾のつかない状態になっていた。
鏡に映るその部分、股間部分に手を這わせる。
豊かな羽毛に隠された股間部は、平時ならば平面に近いなだらかな状態なのだが、今はこんもりと丘を作っている。
丘の周囲をまさぐっていると、羽毛に隠れた割れ目から、プルリと赤いモノが飛び出してきた。
飛び出した性器は湯に濡れてテラリと光っている。
痛みにも似た張り詰めた感覚を発する性器にそっと手を触れると、手の感触がとても柔らかく感じられ、張り詰めた感覚が和らぎ、快感へと変わった。
「はぁ…っ……」
性器から伝わる快感に吐息を漏らす僕。
ここまで来てしまってはもう止まらない。
僕は本能の赴くままに、勃起した性器を握り込んだ。
その時だ。
「お〜ふろ〜♪」
脱衣所から陽気な鼻歌が聞こえてきた。
そちらを見れば、風呂場と脱衣所を隔てる曇りガラスのドアに人影が映っていた。
人影は衣服を脱ぐ素振りをしており、風呂場に入ってこようとしていることが分かる。
猥雑な気分が中断され、僕が慌てて椅子に座ると、人影が勢いよくドアを開けた。
「おっふろ〜♪」
入り口に仁王立ちになって姿を現したのはシーザーだった。
顔には満面の笑みを浮かべ、尻尾は左右に振れている。
「おっ! アーサーちゃん発見!」
妙に上機嫌だ。
「な〜にやってんの?」
言いながらこちらに向かってくるその足取りは、右に左によろよろと、まるで酔っぱらいのようだ。
僕は向かってくるシーザーの目から勃起した性器を隠す為に、体を斜にする。
やや不自然な体勢の変え方だったが、シーザーは気付く様子もなく僕の隣の椅子に座った。
そして、シャワーのコックを捻り、頭から湯を浴びる。
その様子をしばらく見ていると、ようやく性器が落ち着きを取り戻し、体内に収まった。
気持ちも幾分落ち着いたので、先程から気になっていることを、シャワーを止めたシーザーに尋ねてみる。
「何かあったんですか?
ずいぶん機嫌がいいというか何というか……」
「ん〜?」
鼻を鳴らしながらこちらを見るシーザー。
その目はとろんとしており、本当に酔っぱらっているかのように思えた。
しかし、アルコールはキッチンに料理用の物があるだけのはずだ。
料理に口うるさいシーザーがそれを飲むとは思えない。
「大丈夫ですか?」
様子がおかしいことを心配に思い、重ねて尋ねると、シーザーは頭をうなだれさせた。
「シーザー?」
顔を覗き込むようにして頭を下げる僕。
と、
「ん〜〜〜!」
唸りながら、シーザーが頭をブルブルと振るわせた。
「わっぷ!?」
水を吸った毛皮から無数の水しぶきが飛んできて顔にぶつかる。
「ちょっと!」
抗議の声を上げると、シーザーはケタケタと笑い出した。
そして、まるで取り合わずにシャンプーを手に取る。
「まったく……」
僕もぼやきながらシャンプーを手に取って、湿った体を泡立て始めた。
シャカシャカと、僕とシーザーの泡立てる音が混ざる。
その間、シーザーは上機嫌なまま、鼻歌を歌い続けていた。
全身隅々まで泡にまみれた頃、ふと視線を感じた。。
そちらに目を向けると、シーザーがニンマリと嫌な笑みを浮かべ、焦点が合っていない目でこちらを見つめていた。
「……何ですか?」
嫌な予感を覚え、若干身を引きつつ尋ねる。
するとシーザーは、こちらが身を引いた分、身を乗り出し、
「何かさぁ、ホイップクリームみてぇだなぁ……」
僕の体を指さして言った。
言われて体を見回してみれば、たしかに体をくまなく包むシャンプーの泡はそう見えなくもない。
「……うまそう」
「え?」
ポツリと呟いたシーザーの言葉に、僕は耳を疑った。
と、僕がシーザーの方を見るや否や、シーザーはガバッと両手を広げて僕の両肩を掴み、大口を開けて迫ってきた。
「ちょっ!? シーザー!?」
「いただきま〜す!」
犬歯をギラつかせて迫るシーザーを、僕は両手で押しとどめる。
「落ち着いてください!
僕は食べ物じゃないですよ!」
「あま〜いホイップクリーム〜」
「ちょっと!」
こちらの制止など聞かず、なおも僕に食いつこうとするシーザー。
無理矢理抑え込むことは簡単だが、下手に手荒い扱いをして怪我をさせてしまうのも気が引ける。
「シーザー! 寝ぼけるのは朝だけにしてください!
僕です、アーサーですよ!」
必死の説得を試みる僕。
「これはクリームじゃないです!
シャンプーの泡ですよ! あ・わ!!」
「ん〜? アワ? ん〜〜〜?」
僕の声が届いたのか、僕の両肩を掴むシーザーの力が抜け、同時に大口も閉じられた。
代わりにじっくりと全身を観察される。
「泡です、泡。 ね?」
なるべく刺激しないように、ホイップクリームだと勘違いしていた物が泡であることを説明する僕。
シーザーはしばらく僕の体を見つめていたが、やがて勘違いに気付いたようで、残念そうに肩を落とした。
それを見て、僕は安堵の息をつく。
が、それも束の間。
シーザーは再び僕を見ると、
「何かさぁ……マシュマロみてぇだなぁ……」
と、今度は食品を変えて迫ってきた。
「えっ!?」
油断していた僕は、シーザーの素早い動きに反応できず、
「うわぁ!」
再び両肩を掴んできたシーザーに押し倒されてしまった。
「いたた……」
尻と背中と翼とを床に打ち付けて呻く僕。
「茶色はチョコレート味かな〜」
間近で聞こえてきた声に我に返れば、目の前にシーザーの顔があった。
「シーザー! まっ――」
制止の声も間に合わず、シーザーの顔が鼻息が掛かる程にまで接近する。
そして、そのまま嘴から眉間に至るまでの一直線を、舌でペロリと一舐めされた。
「ひゃっ!?」
生暖かさとヌルリとした感触、くすぐったさに、思わず奇声を上げてしまう。
その声にシーザーが顔を引いた。
そのまま数度瞬きをして僕を見つめる。
「ん? アーサー? 何してんの?」
「何って……」
「あれ? 何してたんだっけ?
…………あ〜、そっか、風呂入ってたんだっけ」
納得したように呟くシーザー。
その様を見て、再度安堵する僕。
「んで、何でお前倒れてんの?」
「…………」
記憶が飛んでいるのか、シーザーが不思議そうに首を傾げて尋ねてきたが、僕は説明する気力もなく沈黙。
シーザーは虚ろな目でしばし僕を見つめていたが、少しすると突然僕の上に覆いかぶさってきた。
「ちょっと、シーザー?」
「何だか、体、だるい……」
「……大丈夫ですか?」
風呂場に入ってきた時から様子が変だったこともあり、心配になって尋ねる。
「う〜ん……」
シーザーからの返事は唸り声だけだったが、僕はすぐに異変に気付いた。
僕の上に覆いかぶさったシーザーが、体を密着させたまま、体を上下左右に動かし始めたのだ。
「シーザー?」
「ん〜へへへ……温かくて気持ちい〜な〜」
「っ!?」
シーザーが動くたびに互いの体が擦れ合う。
それはたしかにマッサージに似た気持ちの良い感覚ではあった。
だが、それと同時に違う意味での気持ちよさもあった。
そのことを、僕はシーザーと触れ合う下腹部で感じていた。
僕の股間の少し上の辺りに、硬さを増すモノがある。
それが、擦れ合う刺激を受けてシーザーが勃起し始めているのだと気付くのは簡単だった。
「シーザー……ちょっと……」
シーザーの行為に、僕は抗議の声を上げかけたが、それは途中で中断された。
なぜなら、先程まで僕を襲っていた猥雑な気分が、シーザーが闖入することで中断された猥雑な気分が再び鎌首をもたげたからだ。
自分の股間に熱がこもることが分かる。
「ん……ふ……」
漏れた声はどちらのものか。
しばらくと言う程の間も置かず、僕の性器は再び体外に露出してしまった。
露出した性器は、ちょうどシーザーの陰嚢の辺りに飛び出し、そのことでシーザーも僕の体に起きた異変に気付いた。
擦り付ける動きを止め、身を起こして僕の太腿の上に座ると、視線を落とすシーザー。
そこには、痛々しくも見えるほどの張り詰めた僕の性器と、半ばまで包皮が剥け、天を衝いて震えるシーザーの性器があった。
「……チンコ、勃ってる」
「……シーザーも」
呟くシーザーに、僕も指摘して返した。
おもむろに伸ばされたシーザーの指先が、僕の性器に触れる。
「ん……!」
ピクリと性器が震えた。
先端からは透明な液体が滲み出している。
「気持ちい?」
僕の目をまっすぐに見て尋ねてくるシーザー。
目の焦点は合っている。
刺激を受けたおかげで、少し正気に戻ったのかもしれない。
というよりも、何故先程までまともでなかったのかが気になる。
「シーザー、ひょっとして酔っぱらってます?」
僕は、シーザーがまともに戻り掛けていると判断して尋ねてみた。
しかし、シーザーは僕の質問には答えず、視線を下に落として、しきりに僕の性器を弄り回し続けるだけ。
「ぅんっ……シーザー、聞いてます……?」
与えられる快感に耐えながらも、僕はさらに尋ねる。
するとシーザーは、僕を見て、口を開いた。
「あのさ……キス……とかしてもいい?」
「え……?」
「キス、してもいい?」
突然のことに、僕が間の抜けた声を上げると、シーザーは重ねて尋ねてきた。
「えっ……と……」
僕が答え淀んでいると、シーザーは僕の性器から手を放し、僕の頭の横に手を着いて覆いかぶさってきた。
「キス、する」
「ちょっ! あ――!」
声を上げる間もなく、僕の口はシーザーの口に封じられてしまった。
嘴を割り裂いて、シーザーの舌が入り込んでくる。
生暖かく、ぬるりと滑る舌が、僕の口内を犯す。
「ん…ぷ……ふぅ……」
吐息が漏れ、濡れた音が互いの口内から漏れ出した。
唾液が交換され、口内で己の唾液と混じり合い、なじむ。
シーザーの唾液は、なぜか甘い香りがした。
チョコレートのような香りが口内に満ち、鼻から抜ける。
不快感はない。
むしろ、この感覚をもっと味わっていたいとさえ思える、心地よい感覚だ。
同時に、頭のどこかが痺れるような感覚も起きた。
それはまるで、昼下がりの日向でまどろんでいるかのような、そんな意識が薄らぐような感覚だった。
「んはっ……」
キスはシーザーが口を離したことによって終わった。
甘やかな香りは、まだ僕の口内の残っており、その香りが鼻を抜けるたびに、頭のどこかが痺れる。
クラリと視界が揺れた気がした。
「何か、エロいな、お前……」
間近にいるはずのシーザーの声が、どこか遠くで発せられたもののように感じられる。
目の焦点が合わせ辛く、シーザーの表情がうかがえない。
(おかしい……何だ……これ……)
何か自分の体に異変が起きている。
体がふわりと宙に浮いているような、さらにそこから意識だけが体から浮いているような、不思議な浮遊感を伴った心地よい感覚。
(ああ、これ、昔にも……)
僕は気付いた。
昔、少しアルコールを摂取した時に、直後にこのような感覚に陥った。
あの時と違うのは、あの時はすぐに意識がなくなってしまったが、今は意識が残っていることだ。
(でも、何て気持ちいい……)
意識が残っている分、この不思議な多幸感を享受できた。
しかし、同時にこの感覚が正常でないことも理解できた。
理解できはしたが、抗うことはできなかった。
「もっかい、キス」
目の前に再びシーザーの顔。
僕は抗うことができず、シーザーの行動を受け入れた。
再び侵入してくるシーザーの舌。
それと同じくして、シーザーは、今度は体を密着させ、体を上下左右に揺すり始めた。
羽毛と被毛とが擦れ合い、性器と性器とが擦れ合うその刺激に、僕は激しい快感を覚えていた。
その為、その瞬間はすぐに訪れた。
「んぷっあっ……で、出ます……!!」
シーザーとのキスを中断し、告げると、僕とシーザーとの体の間で、僕の性器が大きく脈打ち、熱い精液を吐き出し始めた。
それでもシーザーの動きは止まらず、それに押し出されるように僕の射精も止まらず。
射精の感覚がなくなったのは、シーザーが動きを止めてからだった。
「イった?」
シーザーの問い掛けに、僕は荒い息を吐きながらうなずいた。
ムクリとシーザーが起き上がる。
先程と同じ、太腿の上にシーザーが座る体勢になると、僕の放った精液が僕とシーザーの腹に付着しているのが見て取れた。
だが、射精したにも関わらず、僕の性器は萎えることなく、その存在感を股間で主張していた。
「まだまだイけそうだな〜」
ニンマリと笑うシーザー。
僕は少し気恥ずかしくなって苦笑を浮かべる。
すると、シーザーは僕の性器を掴み、自らの性器に押し当てた。
そうして、密着した2本の性器を両手で握り込む。
「これ、兜合わせって言うんだってよ」
そういうと、シーザーは握り込んだ2本の性器を上下に擦り始めた。
濡れた卑猥な音が2本の性器の間から漏れ聞こえる。
僕の性器に付着したままの精液が潤滑剤となって、シーザーの掌は滑らかに性器を擦り上げた。
シーザーの掌に生えた短い毛が、性器の表面を滑る感覚は非常に心地良い。
視線をそちらに向ければ、2本の性器は平行に、時に交差して絡み合っていた。
さすがに、2本同時に扱くという行為には慣れないのか、どことなくシーザーの両手の動きはたどたどしい。
しかし、それでも性的快感を得るには充分過ぎる動きであり、僕はシーザーにされるがまま、仰向けになってその光景に見入っていた。
形の違う2本の性器が絡み合う様は扇情的だった。
形が違うのは種族が違うから当然のことなのだが、それにしても、僕の性器とシーザーの性器は随分と見た目が違う。
まず、先端部が違う。
僕の亀頭の形が逆ハート型なのに対し、シーザーの亀頭は桃のような形をしている。
なおかつ、それは包皮に覆われ、シーザーの扱く動きに合わせて、露出と被覆とを繰り返していた。
包皮を持たない僕には、その光景が珍しく、いやらしく映る。
次いで、竿。
筒状の竿そのものはほとんど同じような形で、太さも同じくらいだが、長さはシーザーの方が勝っていた。
最後に、陰嚢。
納まっている睾丸の形は同じようで、大きさも同じくらいだったが、陰嚢そのものは、僕の物が皮が張り詰めて無毛なのに対し、シーザーの物はだらりと垂れ下がり、細く細かい毛が密集していた。
平時に、垂れ下がった陰嚢が、シーザーが歩くたびに揺れる様は、コミカルでさえあった。
しかし今は、そのコミカルな物でさえエロティックに見えてしまう。
ともあれ、相違点のある2本の性器が、今共通している一点は、それぞれの持ち主に性的快感をもたらしているという点だ。
シーザーが扱き始めて1分程。
2本の性器の先端からは、透明な粘液が溢れ、さらに卑猥な音を大きくしていっていた。
溢れ出る粘液の量は、僕達の興奮度と快感度を如実に表していた。
互いに息遣いが荒くなり、表情は真剣に、淫猥になっていく。
脳天から足先に至るまで、痺れるような感覚が走り、宙に浮くような感覚が全身を包んだ。
端から薄い羞恥心など、もはや微塵もない。
ただただ、本能のままに精液を吐き出したいという気持ちだけが、頭の中を駆け巡っていた。
そんな僕の気持ちと同じ気持ちなのか、シーザーの両手の動きが早まった。
口を開け、舌をだらしなく垂らしたその表情は、野生の狐のそのままに思えた。
僕も、そしてシーザーも、射精の時が近い。
もうあと数秒も扱けば射精に至る。
風呂場のドアが開いたのはそんな時だった。
『――あっ!』
ドアを開けた人物の驚きの声と、ドアの開く音に気付いた僕達が上げた声とが重なった。
「ジーク……!?」
ドアの所で立ち竦む人物を見て、僕が名を呼ぶ。
全裸にタオルという出で立ちのジークは、驚きに目を大きく見開き、僕とシーザーを凝視していた。
ややあって、
「あっ、ご、ごめんっ!」
と、ジークが謝り、ドアを閉めようとする素振りを見せた。
しかし、それよりも早く、僕の上に乗っていたシーザーが勢いよく立ち上がり、ジークに向かって飛び掛かった。
「うわっ!?」
シーザーに両腕を掴まれたジークが悲鳴に近い声を上げる。
そんなジークに構わず、シーザーはジークを強引に風呂場に引っ張り込み、ドアを閉めた。
「な、何すんだよ!」
「…………」
ジークが怒鳴るが、シーザーは何も答えなかった。
倒れている僕の位置からは、ジークが障害となってシーザーの表情をうかがうことはできない。
だが、シーザーがシャワーの方に移動した時に見えたその表情は、先に見せた淫猥な獣のそれだった。
シーザーはシャワーヘッドを掴むと、それをジークに向け、コックを捻った。
「ちょっ!?」
突然、浴びせ掛けられたシャワーに、ジークが声を上げる。
シーザーは数秒の間、ジークにシャワーを浴びせると、シャワーと止め、再びジークに飛び掛かった。
「――っおい! って、あっ!?」
ジークは抵抗するが、あえなく僕の隣に押し倒されてしまった。
仰向けに倒れたジークの上に立ち、見下ろすシーザー。
ジークは、隣で横になっている僕に目を向けると、
「アーサー! 助けて!」
と、助けを求めてきた。
しかし、
「……あ」
僕の下半身を見るや、望みが絶たれたような消え入りそうな声を発した
僕も僕で、普段ならすぐさま助けに入っているだろうに、今はなぜかそういう気にはなれなかった。
それどころか、助けを求めるジークの表情に、情欲を掻き立てられるものがあった。
僕はそっとジークの顔に手を伸ばし、触れる。
濡れたつるりとした肌が、手に心地良い。
その瞬間、ジークが何かに気付いたように、ハッとした表情を見せ、シーザーを睨み付けた。
「シーザー! お前、アーサーに何かしたな!?」
大声で問われたシーザーは、ニンマリと笑みを刻むと、
「キスしたよ」
とだけ答えた。
「キっ……!?」
驚き、言葉を詰まらせるジーク。
そんなジークの上に、シーザーがまたがり、先の僕の時と同じ体勢を取った。
「お前にもしてやるよ」
言うと、シーザーはジークの上に覆いかぶさる。
「うわぁ、バカッ! やめろ!」
ジークは暴れて抵抗するものの、それでシーザーがひるむ様子はなく、すぐさま、
「んっ!!」
ジークのつぐんでいた口に、シーザーの口が押し当てられた。
キスをされている間も抵抗を続けていたジークだったが、数秒もするとおとなしくなり、シーザーのされるがままになっていった。
その様子を横で見ていた僕は、股間が大きくうずき、粘液が溢れるのを感じていた。
2人のキスが終わり、口と口とが離れる。
その間には、透明な唾液の糸。
「ん…ふ…う……お前、これ……だからアーサーが……」
ジークは顔をゆがめながら、支離滅裂なことを口にする。
シーザーは変わらずニヤけたままで、ジークを見下ろしていた。
そして、やおら立ち上がると、シャンプーを手に取って、泡立てながら戻ってきた。
「お前もキレイにしないとな〜」
言って、シーザーはジークの後ろに回り込み、両手の泡をジークの体に塗り付け始めた。
「い、いい、自分でするから……」
喘ぐような声で拒否するジーク。
しかし、そんなことでシーザーがやめるはずもなく、それどころか逆に激しくジークの体を洗い始める始末。
「やめ……あ…ぁぁ…!」
抗議も抵抗もする間もなく、ジークはあっという間に全身を泡で包まれ、艶のある声を上げ始めた。
特に、シーザーの手が股間に伸びてからは、声が一層艶を増した。
そんな光景を見せ付けられて、僕の情欲は激しく掻き立てられる。
「ふぅ…ん……あ…アーサー……?」
ジークの切ない声が耳元で聞こえる。
僕は我知らずの内に、ジークの前に座り込み、その泡だらけの体をまさぐっていた。
僕とシーザーの2人に体中を弄ばれ、ジークは身をよじりながら声を漏らし続ける。
と、ジークの体に這わせた手が、硬く、熱い物に当たった。
「あんっ!」
ジークが一際高く鳴いた。
ゆっくりとそれ、ジークの性器に手を這わせると、ジークの鳴き声がかすれ始める。
「……気持ちいいですか?」
僕が耳元でささやくと、ジークはしばし間を置いて、こくりとうなずいて応えた。
その表情には、淫猥な陰が差している。
どうやら、先の僕と同じく、不思議な多幸感を覚えているようだ。
共にシーザーとのキスのあとに起きた変化。
シーザーのキスとこの不思議な多幸感の間に何かしらの関係があるのは間違いないが、今はそれを考える程の心の余地はなかった
そんな僕とジークのやり取りの間にも、シーザーはジークの体をまさぐり続けていた。
しかし、その手は次第に僕にも伸びてくるようになり、そのうち、片手はジークを、片手は僕を弄り始めるようになっていた。
そうしてしばらく、弄り、弄られが続いたのち、シーザーが僕とジークの性器を凝視して呟くように言った。
「お前等のチンコってさ、同じような形なのな」
言われ、僕はジークの性器を注視する。
以前に、ジークの怒張した性器を見たことは2度ある。
その時には気にもしなかったが、言われてみればたしかに形はそっくりだった。
元々、鳥人と竜人は、性器を体内に収めることができるという共通点があるのだから、収納する物の形が似ていても不思議ではない。
むろん、あくまでシーザーの性器に比べれば、僕達の性器の方が似ている、というレベルでの『そっくり』であり、何から何まで同じというわけではない。
長さは僕の方が少し長く、竿周りの太さも僕が勝っていた。
その代わり、ジークの方が亀頭部が大きく、睾丸も少し大きめに思われた。
僕がそんなことを考えていると、急に全身に熱を感じた。
『わっ!?』
声を上げる僕とジーク。
横を見ると、熱の原因はすぐに分かった。
シーザーが、シャワーヘッドを伸ばし、僕達に湯を掛けてきたのだ。
瞬く間に僕とジークの体を覆っていた泡が流されていく。
僕はまだ羽毛の内部にシャンプーが残っていたが、ジークはすっかり泡を洗い落とされていた。
次いでシーザーは自分の体にも湯を掛け始めた。
あらかた泡を洗い落とすと、シーザーはこちらに戻ってきて、座り込み、
「そんじゃ、見やすくなったところで、大きさを比べてみよ〜」
と言って、僕達の性器を掴み、くっつけるように引っ張った。
シーザーの手に引き摺られるように、僕はジークの方へとすり寄る。
そうして、僕とジークの性器がピタリと合わせられた。
僕の思っていた通り、僕の性器の方が長く、太い。
亀頭部と睾丸の大きさも、見立て通りだった。
「ん〜、アーサーの勝ちかな」
合わさった僕達の性器を見比べて、シーザーが言う。
そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、立ち上がり、自分の性器を僕達の前に突き出してきた。
「でも、オレのチンコが一番デカいんだけどな〜」
言いながら、突き出した性器を僕達の目の前で上下に動かすシーザー。
たしかに、シーザーの性器は僕達3人の中では一番大きかった。
しかし、
「でも、お前、背が一番低いじゃん」
ジークの放った一言により、シーザーは意気消沈、黙ってその場に座り込んでしまった。
そうして、
「だって、オレが一番年下なんだから、しょうがねぇじゃん……」
などと、ブツブツと文句を言い始めてしまった。
が、何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべると、すぐさま元気を取り戻し、顔を上げ、再び勝ち誇った笑みを浮かべる。
「けどさ、一番年下のオレにチンコの大きさで負けるとかさ、情けなくね?」
小馬鹿にしたような口調で言い放ったシーザーの言葉に、しかしジークは動じることなく、
「こんな所、別に誰かに見せ付けるようなもんじゃないし、服着れば見られるようなものじゃないじゃん。
でも、背の高さはどうしたって誰かから見られるでしょ?」
「う……」
と切り返し、見事にシーザーを黙らせた。
しばしの沈黙。
すると、突然、シーザーがジークに飛び付き、押し倒した。
「うわっ、な、何――!?」
押し倒されたジークが上げた抗議の声が途切れる。
シーザーが再びジークにキスをしたのだ。
驚きはしたものの、今度はキスを、ほとんど抵抗することなく受け入れるジーク。
再度、2人のキスを見せられて、僕はつられるようにそちらに向かった。
そして、嘴を2人の口の間に近付ける。
僕の行動に気付いた2人が、僕の嘴を受け入れてくれた。
絡まり合う3枚の舌、そして唾液。
生暖かい吐息がこれ以上ない程の間近で掛かり、甘い香りの唾液が交換される。
僕はこの状況に、異常な程の興奮を感じていた。
下半身はうずきにうずき、ひくつく性器からは粘液がとめどなく溢れ出している。
それは、ほかの2人も同じだったようで、快楽におぼれた虚ろな瞳と表情から、それがうかがえた。
誰からともなくキスを終えると、僕達は体を密着させる。
自然と手が伸びるのは、怒張し、震える性器。
足と足とが絡み合い、3本の性器がピタリと合わさり、擦れ合う。
3人分の溢れた粘液は1つに混ざり、天を突く3本の性器を妖しく輝かせていた。
3人の手がほとんど同時に性器に伸び、触れると、そこからは早かった。
自分の、そしてほかの2人の性器の硬さと熱を掌に感じながら、一心不乱に扱く。
声が、音が、熱が、感触が、そして快感が三重に絡み合い、露天の風呂場に響き渡る。
一番最初に限界に達したのはシーザーだった。
獣じみた大声を上げながら、体全体をわななかせ、一番大きな性器の先端から、大量の精液を放つ。
座った僕達の頭上を越える勢いで迸った精液は、密着した僕達3人の体を、白色で斑に染めた。
次に達したのは僕。
性器から背骨を通り、脳天を貫くような衝撃と共に、目の前が白くなった。
直後、雄叫びに近い声を発しながらの射精。
目の前に光が戻ってくると同時に、全身の細胞が粟立つような快感を得て、僕は体を震わせた。
何度も脈打つ性器から放たれた精液は、シーザーのそれにも負けない程の量で、僕達の体にはさらに白の斑が描かれる。
それから少しの間を置いて、最後にジーク。
声を殺しながらの静かな射精。
しかし、それでいて、放った精液の量は僕達の物よりも多く、勢いも強かった。
3人共、壮絶とも言える射精を終えたことで、そのまま床に倒れ込み、荒い息を吐く。
精液の臭いが鼻を突くが、不思議とそれは不快な臭いではなく、一種の興奮を呼び起こさせる呼び水のような匂いに感じられた。
体に付着した、誰の物とも知れない精液に、そっと触れてみる。
手に移ったそれを眺めていると、視界の端でシーザーが上体を起こすのが見えた。
目を向けると、シーザーはまだ荒い息をしながらも、恍惚とした顔で自らの下半身を眺めていた。
下半身には、いまだに勃起した性器が見える。
そのまま視線を巡らせれば、勃起している性器はシーザーの物だけではなかった。
ジークの物も、そして僕の物も、まだまだ快感を味わい足りないとでも言うかのように、萎えることなくその存在を主張していた。
視線の先で、シーザーが自らの性器に手を伸ばす。
その様を見て、僕の手は自然と自らの性器に伸びていた。
それからのち、かなりの時間に渡り、僕達は快楽を共有した。
翌日。
「ックション!」
僕がソファに座ってボーッと窓の外のテラスを眺めていると、横にいるシーザーが盛大なくしゃみをした。
「大丈夫ですか?」
尋ねると、シーザーは不機嫌そうにうなずき、テーブル上のティッシュを手に取ると、これまた盛大に鼻をかむ。
僕はそれを見ながら、昨日の夜の出来事のせいですっかり湯冷めして、シーザーが風邪を引いたのではと、少し心配になった。
そんなシーザーの向こう側には、ジークが、シーザー同様に不機嫌な表情で座り、対面のテレビを見つめていた。
ジークの不機嫌な理由は、今朝、ジーク自信から聞いた。
そして、昨日の夜の風呂場での出来事、その発端も。
事の発端は昨日の夕食後にさかのぼる。
夕食を終え、僕が風呂に向かったあと、僕が去ったリビングで、それは起きた。
その時、リビングに残っていたのは、ジークとシーザー、そして、夕食を共にしていたケルカの3人だった。
ジークがキッチンで洗い物をしていると、シーザーと共にテレビを見ていたケルカが、どこからともなく、チョコレートを取り出したのだという。
缶に入れられたそのチョコレートをケルカがシーザーに勧め、シーザーは喜んでそれを頬張っていたらしい。
それからしばらくして、シーザーの様子がおかしくなった。
妙に上機嫌になり、笑い出し、フラフラとリビングをうろつき始めたのだ。
その様子は、まるで酔っ払いのようだったと、ジークは言う。
上機嫌なシーザーは、そのままフラフラとリビングを抜け出し、そして僕のいる風呂場へとやってきた。
そのあとは、昨日の出来事のまま、僕の突発的な猥雑な気分と相まって、破廉恥な行為へと発展してしまったわけだが、その間、ジークはシーザーの尋常でない変貌ぶりにケルカが関係していると思い、当人に問い詰めていたという。
シーザーに何を食べさせたのか、そしてシーザーの異変はなぜなのか、と。
そこでケルカが語るには、シーザーが口にしたチョコレートの中には、酒ではないが、それに近い酩酊状態と興奮状態、それに加えて軽い催淫状態をもたらす液体が含まれていたのだという。
大人が摂取する分にはそれほどでもないが、身体的に未成熟な子供が摂取すると、それに見合った効果が現れるらしい。
果たしてケルカの言葉通り、シーザーは見事にその効果が現れてしまったわけだ。
笑いながら言うケルカにジークは怒ったそうだが、ケルカはまるで取り合わず、残ったチョコレートを頬張っていたそうだ。
ケルカの態度に怒りを通り越して呆れ果てたジークは、ケルカを残してリビングを離れると、そのまま風呂に入ろうと風呂場を訪れ、不運にも僕とシーザーの破廉恥な行為に巻き込まれる形になってしまった、ということだ。
ジークの不機嫌は、そこら辺のことすべてが原因だった。
今朝、僕と一緒にそれを聞いていたシーザーも、そのことが原因で不機嫌になっている。
そして僕も。
早い話が、昨日のケルカの仕掛けに、僕達3人は揃って腹を立てているということだ。
ちなみに、風呂場での事が済んだあと、リビングに向かってみれば、すでにケルカの姿はなく、チョコレートの缶も消えていた。
ケルカが逃走するのは当然のこととして、チョコレートの缶まで消えていたのは、間違いなく証拠隠滅の為だ。
チョコレートが残っていれば、それを物証にほかの大人達に訴えることもできたのだから。
しかし、ケルカは僕達がそうと行動することを読み、先んじて妨害したのだ。
証拠が何もない状態で訴えても、ケルカがしらを切り続ければ、例え、ケルカがそういうことをしそうだということが分かっていても、誰もケルカを糾弾することはできない。
このままでは、僕達は泣き寝入るしかない。
だが、今回の悪辣なケルカの手口に憤慨した僕達は、それだけはしたくなかった。
そこで、僕達は一計を案じることにした。
「もうそろそろ来るんじゃね?」
壁の時計を見ながら、やや鼻声でシーザーが言った。
僕はチラリとキッチンを見やる。
朝食を終え、片付けも終えた。
今日は休日で、特にすることもない。
普段なら、ここで各々が思い思いに行動をするところなのだが、今日は3人共通のすべきことがある。
そのすべきこととは――
その時、リビングのドアが開き、ケルカが姿を現した。
手にはカメラが握られている。
「おっはよ〜。 お、揃ってるな?」
僕達を見止めるなり、ケルカが挨拶。
『…………』
しかし、僕達は誰も挨拶を返さなかった。
僕達が不機嫌そうに黙っているのを見て、ケルカが首を傾げる。
「何だよ、3人揃って不機嫌そうだな。
…………あ、あれか?
昨日のことか?」
「昨日のこと?」
ケルカの言葉に、シーザーが白々しく尋ね返した。
ケルカはニヤニヤと笑いながらうなずく。
「そ、昨日のこと。
お前、チョコ食って出てったろ?
で、風呂場に行ったろ?」
「……何でそのこと知ってんだよ?」
やや棒読み気味にシーザー。
「だって、オレ、風呂場の外から見てたし」
『…………』
ニヤニヤ笑みを浮かべながらのケルカのおどけるような口調を、僕達は沈黙をもって受け入れた。
ジークの話を聞いてから、僕は何となくそんな気はしていた。
ケルカの好色振りは、僕達もよく知るところだからだ。
なので、僕だけでなく、ジークもシーザーも思ったことだろう。
「いや〜、なかなかエロかったよな〜」
僕達が黙っている間にも、ケルカはどんどん話を続けた。
初めからそのつもりでチョコレートを持ってきたこと、中の液体の成分は速やかに体内に吸収され、唾液や汗など、体液に混ざって放出されること、つまり、キスなどすれば、液体の成分が人から人へとうつっていくこと、僕達の痴態をしっかりと録画したこと等々。
ケルカは僕達の知っていることや知らないこと、聞いてもいないことまで次々に述べていく。
それらは、できれば聞きたくなかった言葉群ではあったが、しかし同時に、聞きたい言葉群でもあった。
「いや〜、大変おいしくいただきました」
その言葉で、ケルカは話を締めくくった。
ケルカは満足そうな表情でカメラを弄り回している。
しばらくの沈黙。
笑っているのはケルカだけで、僕達は不機嫌も極まる状態だった。
そして、沈黙を破ったのはジークだった。
「酷い! 最悪だよ!! クーアに言いつけてやる!!!」
少々演技掛かったジークの怒りの言葉に、ケルカはまるで動揺する素振りも見せず、
「でもさ、オレがシーザーにチョコ食わせたなんて証拠、ねぇだろ?
このカメラの中身だって、消しちまえば分かんねぇしな
さすがのクーアも、証拠も何もなきゃ、怒れねぇんじゃねぇの?」
などと、まるで悪びれもせずに、犯罪者同前のことを事もなげに言い放った。
と、ここで僕達3人の表情が、不機嫌なものから、してやったりという勝利の笑みへと変わった。
「? な、何だよ?」
僕達の変化に、戸惑いの色を浮かべるケルカ。
そこへ、僕の一言。
「だ、そうですよ、クーア」
「いっ!?」
僕の一言を聞いて、一瞬にしてケルカの顔が引きつる。
そして、僕の視線の先、キッチンに目を向けるケルカ。
そこには、
「……なるほど、ね」
笑みを浮かべて立つクーアの姿があった。
「な、ななななななっ!? 何で!?」
「話はジークから聞いたよ」
凄まじく狼狽するケルカに、クーアは答える。
昨日の出来事のあと、比較的症状の軽かったジークは、事の次第を電話でクーアに伝えたのだ。
ちょうど仕事を終えたところだったクーアは、話を聞くなり、すぐさまこちらへと戻ってきてくれた。
そうして僕達の酩酊状態を元に戻し、ジークから事の詳細と、僕達が企てたケルカをはめる計画を聞き、それに協力してくれることとなったのだ。
計画では、僕達がケルカに鎌を掛けて、事の真相を聞き出し、それをキッチンに隠れたクーアが聞き、という展開だったのだが、実際には鎌を掛けるまでもなく、ケルカ自身が勝手にペラペラと話してくれることと相成った。
「そこまで詳細に語ってくれれば、証拠なんていらないよな?
っていうか、そのカメラに証拠、あるんだっけ?」
ケルカに歩み寄りながら、クーアは言う。
その表情には笑みが浮かんでいるが、しかし口元こそ笑っているものの、目元はまるで笑っていない。
それどころか、こめかみには青筋すら浮いて見える。
「あ……や、その……あれだ……うん……あれ……」
目を泳がせ、文章にもならない言葉を羅列するケルカ。
体は小刻みに震えていた。
「……それ」
ケルカの手に握られたカメラを見つめ、クーアが手を差し出す。
「……あう……」
ケルカは観念したように、カメラをクーアに手渡した。
クーアはカメラを手にして、操作し、中身を確認するや否や、バキッと音を立ててカメラを握り潰してしまった。
そうして、クーアはニッコリと微笑む――目は相変わらず笑っていないが――と、ガシッとケルカの肩を掴み、
「ここじゃなんだから、ちょっと外で話をしようか」
と、不気味なほど静かにケルカを外に誘った。
逃げられないと悟ったのか、ケルカは耳を伏せ、肩をうなだれさせて、
「…………はい」
と、力なく答えた。
まるで警官に連行される犯人の如く、クーアに引き摺られるようにして連れて行かれるケルカ。
このあと、ケルカがどういう末路を辿るのかは、想像するに難くない。
僕は、ケルカの末路を想像し、自業自得と思いながらも、憐れみを禁じ得なかった。
その後、しばらくの間、ケルカは僕達3人の前に姿を現すことはなかった。