窓から柔らかい朝の光が差し込んでいる。

暖かなベッドから半身を起し、オレは窓の外を眺めていた。

外では風が吹いているのか、宿の庭の木々がゆっくりと揺れていた。

ふと、部屋の壁に掛けられたカレンダーに目をやる。

(……今日で3年か……)

カレンダーの日付を見て思う。

すべてを失ったあの日。

オルゼを埋葬したあとのことを、オレは何も覚えていなかった。

ただ、他世界に逃げることができたのは、今こうして他世界で生きていることが証明してくれている。

幸いにして、しばらくの間を生きていくのに困らないだけの金は持ちだしていたらしく、それを食いつぶして、無為に時を過ごした。

その間に考えていたのは、今はもうない、あの世界のこと。

すべてを失ったに等しい。

考えるたびに気分が暗く沈み、あらゆる負の感情がオレを責め苛んだ。

そして、いつしかオレは考えることから逃げだしていた。

いや、オルゼの言葉通りに忘れてしまおうとしていたのかもしれない。

意識的にも、無意識的にも。

暗澹とした過去に潰されまいと、オレが選んだこの選択。

これが正しいのかどうか、それはオレには分からない。

ただ、この選択をしなければ、今のオレはなかっただろう。

時が経つにつれ、徐々に過去は過去になり、オレは今を生きるようになっていた。

そして。

「ん……」

「起きたか?」

横で目を覚ました豹獣人に声を掛ける。

「……ん……おはよう、バンネ」

「おはよう、フラルス」

あの日に与えられた名を呼ばれ、オレは名を呼び返す。

オルゼと同じ豹獣人。

性格は似ているとは言い難いが、同種だからだろうか、どことなくオルゼを思い出させる。

それが少し、オレに懐かしさと優しさを与えてくれる。

オルゼの言葉。

オレが弟と似ているといったあの言葉。

もしかしたら、オルゼもオレを見るたびに今のオレと同じ気持ちを抱いていたのだろうか。

(今となっては確認のしようもない……か)

「? どうしたの?」

物思いにふけっていたオレに、フラルスが不思議そうに尋ねてきた。

オレは微笑みを返し、答える。

「なんでもない。

 さ、着替えて朝飯でも食いに行くか」

「そうだね」

言ったオレに、フラルスも微笑み返し、答えた。

その微笑みを見ながら思う。

(忘れることなんてできない……だが……生かされたこの命。

 無駄に費やすわけにはいかない。

 生かしてくれた養父とオルゼに報いるためにも)

それを胸に、オレは今日を生きていく。