(だるい……)

目を覚ましてまず最初に思ったことがそれだった。

昨日から今日にかけての拷問めいた仕打ちのせいであることは間違いない。

今朝方眠りにつき、目覚めた今、陽はすでに西に傾いていたが、それでも眠り足りない。

ベッドの上でまどろみながら、時計に目をやる。

(まだ平気か……)

オルゼとの約束の時間まではあと2時間と少し。

二度寝をしてから支度をして店に向かったとしても、充分に余裕がある。

回り切らない頭でそう判断し、オレは再び眠りにつこうと毛布をかぶった。

ちょうどその時。

コンコン。

ドアをノックする音が聞こえた。

毛布を下げ、ドアに目を向ける。

ドアには鍵が掛けてあるので、勝手に開けられることはない。

昨日今日のことがあるので、警戒しつつドアに向って声を掛ける。

「誰だ?」

警戒を込めて言ったオレの言葉に、即座に返事がきた。

「僕だよ」

声は少年のものだった。

オレのよく知っている声だ。

声の主を確認したオレは、声を掛けながらドアに向かう。

「今開ける」

鍵を開けてドアを開くと、そこには12〜3歳の犬獣人の少年がオレを見上げて立っていた。

名前はラシャラ。

外見こそ12〜3歳に見えるが、それは魔術によって老化を止めているからであって、実際にはオレよりも2〜3歳年上だったと思う。

彼は組織の諜報員の1人で、本人曰く、少年の姿をしているのは諜報活動にちょうどいいからだそうだ。

「寝てた? 入っていい?」

ラシャラはオレの返事を待たずに部屋の中に入ってきた。

いつものことなので、オレは咎めもしない。

彼もまたオルゼと同じく、オレとは20年近い付き合いで、お互いに気心が知れている。

「何か用か?」

オレは、オレが今まで寝ていたベッドに腰掛けたラシャラに声を掛けた。

ラシャラは首を横に振り、答える。

「用ってほどのもんじゃないけど……大丈夫かな〜と思って」

ラシャラはメルエスと並ぶ優秀な諜報員だ。

どこから仕入れた情報かは知らないが、すでにオレがどういう目にあったかを知っているらしい。

「……問題ない……が、オルゼには言うなよ?」

オレの注意にラシャラは肩をすくめる。

「分かってるよ。 もし知ったらブチ切れちゃうからね。

 切れたオルゼにかかったら、あのネズミ共なんて1分で細切れだよ」

「……かもな」

オレは気のない返事を返す。

実際のところオルゼがあの2人と戦う可能性がないわけではない。

ロシティの動き次第では、奴等と戦闘になるかもしれないのだ。

もしそうなった場合、ロシティを含めた7人とは確実に戦うことになる。

加えて、組織の中にロシティと通じている者が何人いるか分からない。

もし大半がロシティと通じていたとしたら、オレ達になす術はないだろう。

(……今考えても仕方ないか)

最悪のことばかりを考えても仕方がない。

そもそも、その展開は親父とオレの推測の更に先の展開なのだ。

杞憂に終わる可能性もある。

しかし、それとは別にもう1つの問題がある。

組織の後継の問題だ。

昨日のロシティの様子では、まず間違いなく感付いている。

というよりも、ロシティの中では、養父がオレを組織の後継にするつもりでいることは決定的だと思っているだろう。

とすれば、オレが組織を継ぐと言えばもちろんのこと、継がないと言っても殺しにかかってくるに違いない。

そうなったら、オレ1人でもロシティと戦わなければならない。

いや、間違いなくロシティを含めた7人全員に狙われる。

ロシティ1人でも勝ち目は薄いというのに、そうなってしまったらもはや絶望的だ。

(こればかりはもう避けられないか……)

諦めの境地というよりも開き直りだ。

どの道、いつ失ってもおかしくはない命だったのだし、今でも常に命を危険に晒していることには変わりない。

今更惜しむようなものでもない。

もちろん、望んで死にたいわけではないし、できることなら生きていたいとは思うが、こんな仕事をしている以上、まともな死に方ができるとも思ってはいない。

(……まぁいいさ。 そうなったらその時はその時だ)

思考に一区切りつけて、小さく息を吐き出す。

「大丈夫?」

ラシャラが覗き込むように尋ねてくる。

それほど長く物思いにふけっていたわけではなく、表情や態度を変えたつもりもないのだが、ラシャラはオレが自分でも気付かないような微妙な様子の変化に気付いたようだ。

その辺りの観察眼はさすが諜報員といったところか。

「大丈夫だ、問題ない」

ラシャラの問いに答えるというよりも、むしろ自分に言い聞かせるように言う。

「そう? ならいいけど。

 ところで、このあと暇?

 ご飯食べ行かない?」

唐突にラシャラが提案してくる。

あと2時間もすればオルゼとの約束の時間になるのだが、別にラシャラを連れて行ったとしてもオルゼは文句を言わないだろう。

ラシャラも常連客として何度も訪れている店だから問題ないはずだ。

答えを待つラシャラに、オレは逆に提案する。

「オルゼと約束がある。

 いつもの店だが、お前も来るか?」

「オルゼも一緒?

 ならちょうどいいや、行くよ」

「ちょうどいい?」

含みのある言葉に聞き返すオレ。

ちょうどいいということは、オレとオルゼの両方に話があるということだろうか。

しかし、ラシャラはオレの問い掛けには答えず、手を振って言う。

「ああ、オルゼと合流してから話すよ。

 で、何時に行くの?」

「あと1時間半くらいしたら出るが……」

「そう。 じゃ、1時間半したらまた来るね」

そう言って、ラシャラはオレの部屋から出ていってしまった。

話というのが気になるが、あとで話すと言っていたので追ってまで聞く必要はないだろう。

というより、話がオルゼにも及ぶ辺り、何となく内容は分かる気がするが。

ラシャラのいなくなった部屋で、約束の時間まではまだかなりあるが、オレは出掛ける支度を始めた。

 

 

1時間半後。

「準備できた?」

ドアを開けてラシャラが顔を覗かせた。

とうに準備を終えていたオレは、財布と懐中時計を懐のポケットに押し込むと、

「ああ」

答えて、部屋を出た。

鍵を掛け、ラシャラと共にオルゼとの待ち合わせの店に向かう。

屋敷は森の中にある。

店のある町の入口までは歩いて10分ほど。

そこから店までは、さらに10分ほど掛かる。

時間的には待ち合わせの少し前に着くことになるだろう。

道すがら、ラシャラが色々と話し掛けてきた。

内容は取るに足らないようなものがほとんどだったが、中にはロシティ達に関するものもあり、そこにだけはオレは注意深く耳を傾けた。

とりわけ気になったのは、ロシティ達が得体の知れない連中と接触しているらしい、ということだ。

「今、親父さんに言われて、オルゼ達とロシティ達のこと探ってるんだけどさ。

 ここ最近、ロシティ達が結構活発に動いてるみたいなんだよ。

 それも裏でコソコソと」

気楽な口調でラシャラが言う。

予想通りというか、やはりラシャラがオルゼに話すこととはロシティ達のことのようだ。

ラシャラの情報収集能力の高さと、組織内での立ち位置を考えれば、彼にロシティ達の身辺を探らせる役割を与えない方がおかしい。

とはいえ、まさかこんな無防備な場所でそんな情報を聞かされると思っていなかったオレは、いささか驚いた。

慌てて周囲の気配を探るものの、辺りに気配がないことにひとまず安心するオレ。

「……いいのか? そんな重要なことをオレに話して」

帰ってきそうな答えは予想できるが、一応聞いてみる。

「あのね、5年10年の付き合いじゃないんだよ?」

案の定、呆れ交じりにたしなめられてしまった。

「それに」

と、付け加えてラシャラが続ける。

「重要な話はこれから。

 今朝仕入れた情報なんだけど、ロシティ達、何だか得体の知れない連中と接触してたんだ」

「得体の知れない連中?」

オウム返しにオレは聞き返す。

「そ。 得体の知れない連中。

 といっても、得体の知れない連中なんて腐るほどいるんだけどさ。

 うちの連中もそうだし。

 気になったのは、見たことのないような格好してたんだよ、その連中」

「具体的には?」

「それは向こうに行ってから話すよ。

 オルゼも一緒の方が1回で済むからね」

そう言ってラシャラは一方的に話を打ち切ってしまった。

尻切れ蜻蛉な話の終わり方に釈然としないながらも、オレは話の続きは店まで待つことにした。

 

 

ドアを引き開けると、カランカランとドアベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から紳士然とした低い声を発したのは、獅子獣人の店のマスター。

それにオレは手を上げて応え、店内をグルリと見回した。

時間的にまだ早い為、店内に客の姿はない。

オルゼもまだ来ていないようだ。

入口で立っていても仕方ないので、オレとラシャラは店の隅のテーブル席へと移動する。

間仕切りがされた4人掛けのテーブル席は、周囲からは隔絶された個室のような造りになっており、周りの客からはほとんど見えず、会話も漏れづらい。

しかし、それでいて店の入り口までは遮蔽物はないので、誰が入ってきたのかはよく分かる。

密談をするにはうってつけの席といえるだろう。

席に向かう途中、カウンターの前でマスターに2人分の飲み物とつまみを注文する。

「いつものと、あとは適当に頼む」

「かしこまりました」

注文を受けたマスターは静かにうなずき、さっそく飲み物の準備に取り掛かった。

オレもラシャラも常連客である為、これだけでマスターには充分に通じる。

席に着くと、椅子の座面高が高い為に椅子に座ることに苦労しているラシャラを助けながら、懐から懐中時計を取り出して見る。

「あと15分か」

オルゼとの約束の時間まであと15分。

「オルゼもこっちに住んでればよかったのにね」

椅子に座り終えたラシャラが言う。

オルゼは今、屋敷に住んではいない。

以前は屋敷で暮らしていたのだが、3年ほど前から別の所に移り住んだ。

理由は分からない。

おしゃべりなオルゼが何も言わなかったので、おそらくは何か特別な理由があるのだと思い、オレも聞こうとは思わなかった。

住んでいる場所は、この店から屋敷とは反対方向に10分程度。

今出発したとしても約束の時間までには充分に間に合う距離だ。

「お待たせしました」

何とはなしに懐中時計を眺めていたところに、マスターが飲み物をトレイに乗せてやってきた。

ブラックビールのグラスと、ストロベリーミルクの注がれたグラスがそれぞれの前に置かれる。

とりあえずは待つことしかできない。

オレは懐中時計を懐にしまい、グラスを手に取る。

ラシャラも同様にグラスを手に取り、

「じゃあ、かんぱーい」

オレのグラスにチンッと自分のグラスを合わせた。

ほどよく泡立ったグラスを口元に運ぶ。

ちょうどその時。

カランカランという、ドアベルの音と共に、

「いらっしゃいませ」

というマスターの声が聞こえた。

グラスを運ぶ手を止め、入口に目をやると、そこには2人の男の姿があった。

1人はオルゼ。

もう1人はトレイヤ。

同じ組織に属し、外部から雇われた、10年来の付き合いになる狐獣人だ。

いささか不機嫌な顔をしているのは気のせいだろうか

ともあれ、てっきりオルゼ1人で来るものとばかり思っていたので、トレイヤが来ることは予想外だった。

もっとも、こちらにもラシャラが一緒にいる時点で、向こうにとっては予想外だろうが。

サッと店内を見渡したオルゼと目が合う。

「お、もう着いてたんだ」

言って、オルゼはトレイヤを後ろにつれてこちらに向かってきた。

途中、オレ達と同じようにカウンターでマスターに注文し、席に着く。

「待っちゃった? 乾杯しちゃった?

 っていうか、ラシャラも来たんだ」

「待ってないけど乾杯はしちゃった。

 まだ飲んでないけどね。

 でもって、ヒューネのおまけで付いてきちゃった。

 問題ある?」

オルゼの問いに、コトリとジュースのグラスを置き、ラシャラが答え、聞き返す。

「いんや、全然。

 まっ、こっちもトレイヤ様1名追加だしね〜。

 ここに来る途中で会ったんだよ。

 聞いたら暇だって言うからさ。

 いいっしょ? 別に」

「ああ」

今度はオレが答え、グラスを置き様、何気ない様子を装ってラシャラを見やる。

オレの視線に気付いたラシャラは、オレの意図を察してくれたようで、

「あ、大丈夫大丈夫。

 トレイヤも一緒だから」

と、答えを返してくれた。

「ん? 何のことだい?」

トレイヤが不思議そうにオレ達に尋ねる。

オレがその問いに答えようとするより早く、ラシャラが先に答えた。

「仕事の話。

 ほら、ロシティ達の」

そこまで言うと、トレイヤは納得顔で、

「あ〜、そのことかい。

 ……ん? ひょっとしてここでその話をしようとしてたのかい?」

「そういうこと。

 最初はヒューネに話しとこうと思ってただけだったんだけど、ヒューネがオルゼと会うっていうから、もののついでにオルゼにも話しとこうと思って、それでもってそこにトレイヤが来たってわけだけど、どうせあとで報告するつもりだったから手間が省けたってことで問題なし」

やたらと長い文章でラシャラが説明したところで、マスターが飲み物をトレイに乗せてやってきた。

黄金色のビールのグラスを、それぞれオルゼとトレイヤの前に置くと、マスターはそのままトレイを小脇に下がっていった。

「そんじゃ、全員揃ったとこで、改めて乾杯しよっか」

オルゼがグラス片手に言う。

オレ達3人はグラスを手に取り、

「かんぱーい!」

オルゼの音頭と共にグラスを合わせた。

チンッと甲高い音が響き、液体が波打つグラスをそれぞれが口元に運び、傾けた。

苦みと刺激が口内に広がり、喉を潤す。

「……あ〜、うまい!」

グラスの中のビールを飲み干し、口の周りに泡を付けたままでオルゼが言う。

「やっぱ、ビールは最高だね〜。

 ん? ラシャラは相変わらずミルク?」

「見た目子供だし、あんまりビールは好きじゃないんだよ、苦いから」

「この苦みがいいのに。

 ラシャラちゃんはお子ちゃまだな〜」

「実年齢は僕の方が上だよ! ガキんちょ!

 口の周りの泡拭け!」

「まぁまぁ、いいじゃない。

 それぞれ好みがあることだし」

やり合うオルゼとラシャラをトレイヤがなだめる。

「マスター! もう1杯追加ね!」

オルゼは早くも注文を追加。

「あまり飲み過ぎるなよ。

 ラシャラの話があるんだからな」

「へいへい、分かってますよん」

注意したオレの言葉を適当に流し、口周りの泡を舌で舐め取るオルゼ。

「それで、話というのは何だい?」

グラスを置いてトレイヤがラシャラをうながす。

話を振られたラシャラはジュースを一口飲み込み、オレ達を見回したあと、それまで打って変わった神妙な口調で話し始めた。

「ロシティ達に関する新しい情報。

 たぶん、他の誰もまだ知らない、僕だけの情報。

 親父さんには報告済みだけどね」

そこまで言って、ラシャラは言葉を切った。

ちょうどそれを見計らうように、マスターがトレイの上に追加のビールとつまみを乗せてやってきた。

マスターがテーブルの上にそれらを置き、カウンターへと戻っていったのを確認したあと、再びラシャラの話が始まった。

「ヒューネには少し話したけど、今朝、ロシティとメルエスが得体の知れない連中と接触してるのを確認したんだ。

 連中って言っても、2人だけなんだけどね」

「得体の知れない連中?」

オレと同じように、口の周りに再び泡を付けたオルゼがオウム返しに聞き返す。

「そう。 っていうか、話終わるまで酔っぱらわないでよ?」

「分〜かってるって。

 で、どんな連中だったわけ?」

「遠くからの監視だったから詳しいことまでは分からないけど、背格好からすると、たぶん男の2人組。

 何だか見たことのない黒い服を着ててさ、雰囲気からすると僕達と同業か、それに似たことをやってると思う」

「見たことのない黒い服ねぇ……そりゃ初耳だな。

 俺ちゃんが監視してた時は、そんな連中とは接触してなかったな〜」

つまみのハムを口に運びつつ、オルゼが言う。

次いで、横にいるトレイヤが何かを思いついたようにラシャラに質問を投げ掛けた。

「黒い服……どんな感じの服だったか思い出せるかい?」

「え〜と……背広に似た服で、後ろの裾の部分が二股に分かれてて長かった。

 あと、円筒状の山高帽を被ってて、杖持ってたな」

それを聞いたトレイヤは、しばし瞑目したのち、確信を得たような口調で言った。

「……それは燕尾服だね」

「えんびふく?」

ラシャラが聞き返す。

トレイヤはうなずき、ビールを一口口に含んで説明を始めた。

「他の世界に行った時に見たことがある。

 確か、最上級の礼服だよ。

 被ってる帽子はシルクハットだね。

 燕尾服とセットで被る帽子だ」

「へぇ〜、よく知ってるな」

オルゼの言葉に、トレイヤは苦笑い交じりに、

「仕事で他の世界に行ったことがあるから知ってるだけだよ」

と答え、ビールをすすった。

そこへ、誰にともなくオレが言う。

「つまり、連中は他の世界の人間と接触してる可能性が高いということか」

「……おそらく、そうだろうね。

 こっちで燕尾服を着てる人間を見たことはないし」

トレイヤが言い、ラシャラが続ける。

「でも、そうすると何が目的で?」

「他所の世界の技術とか?

 まぁ、あとは武器とかかもな。

 こっちでも頻繁に武器商と接触してるし。

 それと、燕尾服?

 最上級の礼服って言ってたっけ?

 ひょっとしたらそいつ等、他所の世界のお偉いさんか何かなんじゃないの?」

オルゼの言った言葉に、一同が沈黙し、それぞれに思案を始める。

養父の話が頭をよぎる。

『内戦を起こそうとしているのかもしれない』

ひょっとしたら、他世界にある国の上層部と結託して、彼等をこの国に招き入れることがロシティ達の目的なのではないだろうか。

その時には、当然、他世界の軍事力も共に。

もちろんこれは可能性の1つであって、実際には違うのかもしれない。

だが、ないわけではない。

オレはそう考えているが、他の3人はどう考えているのだろうか。

オレは思い思いに考えごとをして黙り込んでいる3人に尋ねてみた。

「お前達は、このところのロシティ達の動きをどう見る?」

3人が同時にこちらを向き、頭の中を整理するように視線をそれぞれの方向に向ける。

しばらくののち、最初に答えたのはオルゼだった。

「クーデターかな? 軍事クーデター。

 武器商とも頻繁に会ってるし。

 ま、まだ武器を仕入れてるところは確認取れてないけどさ

 ラシャラが見たのが他所の世界のお偉いさんとかだったら、こっちの上層部の連中で今の体制に反感のある奴等とそいつ等を引き合わせてどうこうしようとか考えてるのかもよ?

 あいつならやりかねないっしょ」

ある程度確信を得ているような口調でオルゼが言う一方、

「う〜ん、まだ何とも言えないな〜」

と、言葉を濁したのはラシャラ。

「あの燕尾服の連中が絡むとどうなるのかはちょっと分からないよ。

 オルゼの言うように、その連中の協力を得ようとしているのか、それともただ単に技術や武器の調達だけなのか。

 今の段階じゃ、何とも想像の域を出ないね」

最後に答えたのはトレイヤ。

「私はオルゼの意見が正解に近いんじゃないかと思う。

 他世界の人間と結託し、国家の転覆を謀る。

 ロシティならやりかねない」

その答えに、ラシャラが首を傾げる。

「でも、もしそうだとしたら、見返りは?

 他世界の人間が協力するからには、無償ってわけにはいかないんじゃない?

 やっぱりそれなりの見返りがあるから協力するんだろうし、内戦が終わったばかりで復興もまだ済んでないこの国に、他国が求める見返りを返すだけの余力があるとは思えないけど。

 まして、これからクーデターを起こすつもりなら、それでまた国力が落ちるだろうしさ」

「なるほど……」

言って黙り込むトレイヤ。

オルゼとラシャラも黙り込んで考え込み始めた。

オレもしばし思案に暮れる。

が、ふとある考えがオレの頭をよぎった。

(もしかしたら……)

あり得ないこととは思いつつも、あり得ない話ではないとも思い、考えをまとめる。

(…………可能性は、否定できない、か)

考えをまとめたのち、黙り込んだ3人に向って、オレが意見を投げ掛けた。

「もし……見返りがこの国そのものだとしたら?」

オレの言葉に3人が固まる。

そして、何を突拍子もないことを、といった声音で、

「おいおい!」

「いくら何でも、それは……」

「そうだね、さすがにそこまでは……」

オルゼもラシャラもトレイヤもオレの意見を否定した。

しかし、そんな3人に、オレは再び問い掛ける。

「……『ない』、と言い切れるか?」

それは昨日、オレ自身が養父に言われた言葉だった。

『…………』

オレがそうであったように、3人共反論ができない様子。

「ロシティが支配なんて俗なことに興味がないのは3人共知ってるだろう?

 奴はただ殺せればいい。

 誰であろうと、手当たり次第に。

 つまり、奴にとっては内戦さえ起きれば、殺しに事欠くことはないというわけだ」

「……でも、それと見返りに国を差し出すことは関係……あっ!」

言い掛けて、ラシャラが思い付いたように声を上げた。

そのラシャラに向ってオレが言う。

「気付いたか?」

「? どゆこと?」

気付いていないオルゼが首を傾げて聞き返した。

オレはオルゼに視線を向け、

「オルゼ。 もし仮にお前がこの国の上層部の人間だったとして、軍事クーデターを起こして実権を握ろうとしたとしよう。

 軍事クーデターは成功。

 目論見通り、国の実権を握ることができた。

 しかし、その後、いつまでも国が内戦状態だったら、どうする?」

「そりゃイヤだな。

 っていうか、それじゃ意味ないじゃん……あ、そっか」

「なるほど、それで国家献上か」

納得したようにオルゼが呟き、理解したようにトレイヤが言った。

オレはうなずき、話を続ける。

「ロシティはこの国を他世界に売るつもりだ。

 売るというより、投げると言った方がいいかもしれん。

 奴は軍事クーデターで国家を転覆させたあと、協力者であるこの国の上層部の人間をすべて殺し、そのうえで支配層のいなくなったこの国を他世界に投げる。

 そうして内戦を終結させ、そのあとにこの世界の諸外国との戦争を始める。

 大規模な戦争を引き起こす為には国の名が必要だ。

 他世界の人間が素性を隠して形式的にでも国を支配すれば、国の名は残る。

 戦火が世界中に拡大したあとは、捕らえた敵国の人間を奴隷なりにして他世界に引き渡せば、他世界にも充分な見返りがあるだろう?

 そのうえ、この国が侵略を続ければ、他国の領土やそこにある資源を得ることもできる」

「つまり、ロシティは殺しを、他世界は領土や資源、人間を手に入れることができるってわけね」

オレの話の要点をラシャラがまとめ、小さく息を吐いた。

オルゼとトレイヤも腕組をして唸る。

3人共納得したようだが、これはあくまでもオレの想像、可能性でしかない。

「あくまでもオレの想像だ。

 実際には違うかもしれん。

 ラシャラの言う通り、今の段階では正確な答えは出せないだろうな」

オレのその言葉に、再び沈黙が訪れる。

その後は、それぞれが思い思いに飲み物を飲み、つまみを口に入れ、オレの想像を吟味するように黙り込んで時を過ごした。

そして、どれくらいの時間が過ぎただろうか。

4人共グラスの中身が空になり、新たに注文した飲み物もあらかた飲み尽くした頃、意を決したような口調でトレイヤが話し始めた。

「これはまだ義父さんには報告してないことなんだが……」

『?』

「ここに来る前、つまりオルゼに合う前まで、私はロシティ達に張り付いていたんだ。

 その時、ロシティとメルエス、それとイナスが武器商と接触している場面を確認してね。

 ……現物は見ていないが、武器商と金のやり取りをしていた」

「おい、それって!」

オルゼが声を荒げる。

トレイヤはうなずき、

「おそらく、何らかの武器を購入したんだと思う。

 武器がどこにあるのかまでは分からないがね」

「何ですぐ親父に報告しに行かねぇんだ!」

オルゼがトレイヤを睨み、声を荒げながら椅子から立ち上がった。

その勢いでテーブルが揺れ、グラスが倒れそうになるのをオレとラシャラが受け止める。

オルゼは今にもトレイヤに掴みかからんとする勢いだったが、それをラシャラが制した。

「声が大きいよ、オルゼ。

 それに地が出てる」

冷静なラシャラの突っ込みに、ハッとしたオルゼが椅子に座り直した。

しかし、その目はトレイヤを睨んだままだ。

「これが終わったらすぐに報告に行くさ。

 それに……」

言葉を切ってトレイヤは指先をオルゼに向け、

「ここに来る前、君に会った時に私は言ったはずだよ?

 『報告があるから付き合えない』って」

「……あ」

言われてオルゼは間抜けな声を漏らした。

トレイヤは続ける。

「そう言った私に、君は何て言った?

 『そんなのあとでいいじゃん』。

 そう言わなかったかい?」

「…………言った……かも」

「いいや、ハッキリとそう言ったよ。

 そして、無理矢理私の手を引っ張ってここに連れてきたんじゃないかい?」

「…………」

「これでも何か私に文句があるかい?」

「…………ない」

すっかりトレイヤに言い負かされ、シュンとなってオルゼが黙り込む。

「もう話を続けていいか?」

2人のやり取りで緊張感が失せた場に向ってオレが言い放つ。

無理矢理連れてきたオルゼもオルゼだが、それを断れなかったトレイヤもどうかとは個人的に思う。

しかし、あえてそれは言及しないでおいた。

トレイヤなりに断らない理由があったのかもしれないのだから。

トレイヤも情報収集能力や洞察力にかけては、ラシャラやメルエスに比肩しうるものがある。

その彼がこの判断を下したのなら、それは正しいことなのだろう。

ともあれ、横にずれ掛けた話を元に戻すことが先決。

「それで、それは確かなのか?」

「間違いない。

 しっかりと金のやり取りをしていた。

 さっきも言ったが、現物のやり取りはしていなかったから、おそらくどこか別の場所に運び込んでいるのかもしれない」

オレの質問に、自分の意見を付け加えてトレイヤが答えた。

そしてトレイヤは話を続ける。

「運び込むとしたら、屋敷から遠い場所というのがセオリーだろうね。

 ラシャラ、確か彼等が秘密裏に使っているアジトがいくつかあったはずだが……」

「今のところ判明してるのは2ヵ所、だね」

ラシャラが答えて、話を引き継ぐ。

「でも、どれも屋敷からはそう遠くない場所だよ。

 1日で2ヵ所とも回れるくらいの距離しかないし、それに結構人目につく場所だから、そこに隠したとは考えづらい」

「そうか……となると、まったく別の場所に隠したか、それとも別にアジトがあるのか、だな。

 どのみち、隠していそうな場所をしらみつぶしに探さないといけないだろう」

そう言ってグラスの中身をあおり、トレイヤは沈黙した。

オルゼとラシャラも口を開く気配はない。

どうやらここでの話はこれで終わりになりそうだ。

オレはグラスの中身を飲み干すと、3人に向って言った。

「……親父に報告して判断を仰ごう」

 

 

「……ふぅ……」

養父が深く溜息を吐き出し、椅子にもたれ掛かる。

店を出たあとすぐに4人で屋敷に向かい、店で話したことをすべて養父に報告した。

養父が言うには、ロシティから武器調達の報告は受けていないという。

それはつまり、ロシティが養父に隠れて武器の調達を行ったということに他ならない。

養父にしてみれば、息子の反意がほぼ明らかになり、裏切られたような気分だろう。

こちらとしてもそれを知らせるのは心苦しいが、しないわけにはいかなかった。

「オレ達はどう動けばいい?」

まだ確定したわけではないが、ロシティが武器商から武器を購入したとするなら、早急に手を打たなければならない。

その為の指示を仰ぐ。

養父はしばらく思案したのち、

「……監視を2班に分けよう。

 オルゼ。 お前は2人を連れて、引き続きロシティ達の監視を続けてくれ」

「ああ」

「ラシャラ。 お前は残りを連れて、見つけたアジトの捜索と他のアジトがあるかどうかを探ってくれ」

「了解」

「トレイヤはオルゼの班に」

「分かった」

「他の振り分けはお前達に任せる。

 ラシャラ。 すまないが、お前達の班は特に急いでくれ。

 アジトが見つかり次第、あるいは武器が見つかり次第、至急報告するように」

「了解」

「では、すまないがすぐに行動に移ってくれ」

養父の指示の下、3人は素早く部屋から出ていった。

部屋に残されたのはオレと養父だけ。

「……オレはどうする?

 あいつ等と一緒に行動しなくていいのか?」

オレの問い掛けに、養父は机の上で手を組み、

「お前には今まで通りの仕事をしてもらいたい。

 ロシティ達にはオルゼ達は別件で動いているとだけ伝えてあるが、そろそろ自身達が監視されていることに気付くはずだ。

 このうえ、お前までが通常の仕事をしなくなれば、気付かれるのも早かろう。

 できるだけそれは遅らせたい」

「……そのことなんだが、おそらくもう気付かれている」

「……何?」

オレの言葉に養父の目が神経質そうにピクリと動いた。

オレは説明を続ける。

「昨日、ロシティに呼び出されて出向いたら、こう言われた。

 『最近自分の周りを嗅ぎ回っている連中がいる』。

 ……もう気付かれていると思って間違いないだろう」

「…………」

「それと……親父がオレを組織の後継にしようとしていることも知っていた。

 もっとも、こっちはあいつの思い込みからくるものなのかもしれないが」

「……そうか」

言って、しばし目を閉じ、考え込む養父。

オレは黙ってその様子を見守る。

ややあって、養父が口を開いた。

「その問題はあとに回そう。

 今すべきことは、アレに反意があるかないかの確認、つまりは武器の発見だ。

 もしアレが内戦などを引き起こそうものなら、それどころではなくなるのだからな」

「……分かった。

 ……それともう1つ」

最後に1つ、気に掛かることがあった。

それは、最悪の場合にもっとも壁となることだった。

「もし、ロシティに反意があったなら、どうする?

 あいつの実力は図抜けている。

 この組織にあいつにかなう者はいないだろう。

 それに、あいつには取り巻きもいる。

 オレやオルゼ達が束になって掛かっても勝ち目は薄い」

 オレの問いに、長い間を置き、

「…………その時は私が動こう。

 息子の不始末は親がつけねばなるまい」

ある種の決意を瞳にたたえて養父が断言した。

その心中がどのようなものか。

血の繋がりを持つ者のいないオレには、察することは難しい。

「…………」

重く沈んだ空気を纏い、暗澹とした表情を浮かべた養父を残し、オレは無言のまま、部屋を出た。