最初の記憶は、両親の手のぬくもり。

 

父と母の間で、その手を握る自分の姿。

 

父と母の間。

 

そこがオレの居場所だった。

 

次の記憶は、戦火。

 

燃え落ちる家の下敷きになり、炎に包まれていく両親の姿。

 

居場所を失った、あの日の記憶。

 

ある日、突然両親をなくしたオレは、戦災孤児になった。

 

身寄りもなく、行く場所もなく、各地を転々と歩き回った。

 

飢えを凌ぐために路地裏のゴミ箱をあさり、雨露から逃れるために廃屋に逃げ込んだ。

 

日々衰えていくオレの体。

 

そんな中、オレはある野盗の一団に拾われた。

 

拾ってくれたのはその野盗団の頭領。

 

助かったと思った。

 

居場所を見つけたと思った。

 

だが、現実はそんなに生易しくはなかった。

 

子供のオレには、野盗団の役に立てることがない。

 

物を盗むにしても、誰かを襲うにしても、オレはなんの役にも立たなかった。

 

何かの役に立つと思ってオレを拾った頭領も、次第にオレの存在がうざったくなってきたようだった。

 

ここで捨てられたら、オレには行く所がない。

 

また、あの、野盗団に拾われる前の辛く苦しい日々に戻ってしまう。

 

また居場所がなくなってしまう。

 

だから、オレは必死だった。

 

必死で頭領や団員達に気に入られようとした。

 

しかし、やることなすこと、すべてが裏目に出た。

 

それでも、なんとか雑用として、野盗団の一員でいられた。

 

野盗団に拾われて雑用として過ごすこと、数年。

 

大きなヤマが回ってきた。

 

かなり大きな、アトラナカと呼ばれる町を襲うらしい。

 

交易の中心地として栄えたアトラナカを襲えば、その見返りは計り知れない。

 

平和に慣れた町なので、たとえ大きな町でも、よほどのことがないかぎり失敗することはないだろう。

 

それが頭領の言い分だった。

 

事実、オレが下見に行ったアトラナカの町は、平和ボケしたような町だった。

 

ろくな装備もしていない自警団員とチンピラまがいの傭兵がいるだけの町。

 

楽勝だと思った。

 

気分のよくなったオレは、下見の帰り、一仕事して頭領の機嫌を取ろうと思った。

 

大通りをゆく旅人の中で、ガードの緩そうな旅人を探す。

 

それはすぐに見つかった。

 

ボーッとした様子で大通りを歩いている、白い服を着た男と竜人の子供の2人連れ。

 

獲物を見つけたオレは、男の方に後ろからぶつかり、ポケットの中から素早く財布を抜き取る。

 

簡単なものだった。

 

後ろで男の連れの、オレと同じぐらいの年の子供が騒いでいたが、スリに成功したオレの浮かれた耳には届かなかった。

 

 

アジトに帰り、スッた財布を頭領に見せた途端、オレは殴り飛ばされた。

 

(なんで? どうして?)

 

混乱するオレの頭。

 

頭領が激しく叫ぶ。

 

「空の財布なんてよこしやがって!! バカにするのもいい加減にしやがれ!!!」

 

気付かなかった。

 

財布の中が空だったなんて。

 

浮かれすぎて、中身の確認なんてしなかった。

 

そう後悔するより先に、頭領の次の一撃がオレを襲った。

 

罵声と共に殴られ、蹴られ、叩きつけられた。

 

痛みの感覚はなかった。

 

あまりにも痛みが激しすぎたからかもしれない。

 

オレが痛めつけられていく様子を、ほかの団員達は助けようともせず、せせら笑いながら見ていた。

 

薄れていく意識の中で、頭領の一言だけが、やけによく聞こえた。

 

「捨ててこい」

 

オレは再び居場所を失った。

 

 

目を覚ましたのは柔らかなベッドの上だった。

 

辺りを見回せば、そこは部屋の中。

 

部屋にいたのは、見覚えのある2人。

 

オレが財布をスッた連中だ。

 

何が起きたのか、まったく分からなかった。

 

野盗団に捨てられたことは憶えている。

 

しかし、そこで意識が途切れてしまっていて、それからあとのことはまったく分からない。

 

なぜ、この連中の部屋にオレはいるのだろうか。

 

ひょっとして、この連中がオレを助けてくれたのだろうか。

 

クーアと呼ばれた男が手渡してきた服を着ながら、オレは考えていた。

 

混乱した頭を落ち着けようとしている間、クーアの連れの子供がしつこく質問してきた。

 

うざったかったオレは、そいつに悪態をつき、再び考え始めた。

 

食べ物を渡され、それをかじりながら、オレは考えた。

 

この連中が助けてくれたとして、この連中にとってなんのメリットがあるのだろうか。

 

町の自警団にでも突き出して、報奨金でももらうつもりなんだろうか。

 

そんなことを思っていた時、クーアが言った。

 

外は自警団でいっぱいだから、しばらくここにいた方がいい、と。

 

それを聞いて、オレはこの連中が、少なくとも今はオレを自警団に突き出すことはないと思った。

 

同時に、ますます理解できなかった。

 

自分の財布をスッた子供をかくまうような真似をなぜするのか、が。

 

 

夕暮れ時、突如、爆発が起きた。

 

その原因と理由を、オレは知っていた。

 

以前、聞かされていた、町の襲撃計画が頭に浮かぶ。

 

町のいたる所で爆破騒ぎを起こし、その混乱に乗じて、略奪を開始する。

 

今の爆発は、その爆発に違いなかった。

 

クーアが、動揺している連れの子供にオレを外に出さないように言いつけ、部屋から飛び出していく。

 

再び起こる爆発。

 

その時、オレの頭に1つの考えが浮かんだ。

 

今なら、混乱に紛れて町を抜け出せるかもしれない。

 

今なら、まだ謝れば、野盗団に戻ることを許してもらえるかもしれない。

 

そう考えたオレは、残っていた子供に、トイレに行きたいと嘘をつき、部屋を抜け出した。

 

そしてトイレに着いた時、そいつが後ろを向いている隙に、手近にあった花瓶で、思い切りそいつの頭を殴りつけた。

 

声もなく気絶するそいつ。

 

床に倒れたそいつを見て、オレの心に小さな罪悪感が芽生えた。

 

どんな理由があるにせよ、オレを助けてくれた、命の恩人ともいうべき者を殴りつけてしまった、その罪悪感。

 

だが、こうしなければ、オレは野盗団に戻ることはできない。

 

あの野盗団だけがオレの居場所なのだから。

 

自分にそう言い聞かせ、オレは倒れたそいつに小さく謝ると、恐慌状態にあった宿を飛び出した。

 

 

混乱している町を抜け、アジトのある森へと向かう。

 

門を抜け、森に入ると、開けた丘のような場所に、頭領と、数十人の団員達がいた。

 

頭領と取り巻きの団員達は怪我を負っていた。

 

そのうち、何人かは息も絶え絶えといった様子だった。

 

そのことから、作戦が失敗に終わったことがうかがえる。

 

「! てめぇ、生きてやがったのか!? 何しに戻ってきやがった!!」

 

オレの姿を見て、頭領が叫んだ。

 

オレは、頭領に、野盗団に残してくれるように懇願しようと進み出た。

 

その時。

 

オレが出てきた森から、突然、クーアと連れの子供が飛び出してきた。

 

頭領と取り巻きの団員達に動揺が走る。

 

そして、頭領の動揺はすぐさま怒りへと変わり、その矛先はオレに向けられた。

 

「てめぇが連れてきたのか!?」

 

オレが現れたあと、すぐにクーア達が現れたことから、そう勘違いしたらしい。

 

頭領はオレの首を絞めると、オレを責めた。

 

首が絞められ、満足に声が出せないながらも、オレは必死に否定した。

 

やがて、頭領はオレから手を離すと、団員達に命令し、森の奥、アジトの方へと走っていった。

 

オレは苦しさに咳き込みながら、そのあとを追った。

 

森に仕掛けられた侵入者避けの罠を抜け、アジトに辿り着くと、頭領と団員達は逃げ支度をしていた。

 

急いで頭領に走り寄り、野盗団に残してくれるよう、懇願するオレ。

 

焦り、怒り狂う頭領に、オレは必死で懇願した。

 

罵声を浴びせられても、必死に懇願した。

 

居場所を失いたくなかったから。

 

1人で孤独に生きていくのは辛かったから。

 

だが、必死の懇願も無駄に終わった。

 

オレの懇願に業を煮やした頭領は、オレを力のかぎり殴り飛ばした。

 

紙切れのように吹き飛ばされるオレ。

 

そのオレを、誰かが優しく抱き止めてくれた。

 

オレを抱き止めてくれた誰かを確認する間もなく、オレの意識は闇に落ちた。

 

 

オレは、見覚えのある部屋で目を覚ました。

 

クーアとその連れの子供の部屋だ。

 

部屋を見回せば、クーアの姿はなく、連れの子供ただ1人。

 

オレが目を覚ましたことに気付いたそいつは、複雑な表情を見せ、溜め息をついた。

 

オレはどうしていいのか分からず、ただ黙ってベッドに横たわっていた。

 

それからしばらくして、クーアが戻ってきた。

 

そして、事の顛末をクーアから聞かされた。

 

聞いたオレは、クーアに尋ねた。

 

オレを自警団に突き出すのか、と。

 

それを聞いたクーアは、連れの子供に、どうするのか、と尋ねた。

 

突然話を振られたそいつは、驚き慌てた様子で、チラチラとこちらを見てくる。

 

やがて、どうするつもりなのか答えようとしないそいつに代わって、クーアが話し始めた。

 

そいつ、ジークがオレと友達になりたい、ということを。

 

思ってもみなかった言葉に、オレは戸惑った。

 

いきなり何を言い出すのだろう。

 

会ってまだ2日足らずしか経っていないというのに、友達になりたいなんて。

 

オレの困惑をよそに、クーアが言葉を続けようとする。

 

しかし、それを遮って、ジークが口を開き、話を始めた。

 

友達がいなかったこと。

 

自分が奴隷だったこと。

 

オレが自分に似てると思ったこと。

 

オレは話をするジークをじっと見つめていた。

 

次いでクーアが言った。

 

一緒に来ないか、と。

 

不思議な気分だった。

 

こんな気分になったことは、久しくなかった。

 

それは両親と暮らしていた時以来、なかった気分だった。

 

誰かに必要とされている。

 

それがオレには嬉しかった。

 

しかし、オレはその嬉しさを隠すように、ぶっきらぼうに言った。

 

一緒に行ってやる、と

 

嬉しさにまかせて、一緒に行く、というのはなんとなく気恥ずかしかったから。

 

じゃれあうようにジークと取っ組み合いをしながら、オレは思った。

 

 

 

 

 

ようやく自分の居場所が見つかった。