遠い昔

9.終末

 

紅い閃光が、視界の先から走った。
瞬間的に満ちたそれは、何の音も発することなく
世界に作用しているように見えた。
これは、間違いなくアメリアの魔眼の力だ。
一度も見たことは無いけれど、確かに分かる。
何故なら、私には見えたから。
光の中に、哀愁を帯びた拒絶の色が。
目的地はまだ遥か向こうだが、それでもそこにアメリアがいることは、
この場にいる全員が確信した。
それに伴い、各々が複雑な表情をする。

 

「あんた…バカだな…。」

 

結局何も見えなくなって、あいつが守りたいものまで、
全部否定してしまって…。
それじゃあ、あいつの旦那が報われないだろう。
あいつが大切にしてたのは、旦那の全てだったはずなのに。
旦那を思う余りに、一番大切な心を蔑ろにしてしまうなんて、
なんて皮肉だ。
その心が、旦那そのものだったんだろ?
愛してる人を守るために、その人を否定してどうするってんだ。
…ったく、ほんとにバカだよ、あんた。

高速魔導飛行船に乗り込んで三十分。
その光が見えた。
目的地までは、あと十分といったところで、だ。
あと少しだったのに、届かなかった。
現時点で、あたしたちはそこに行く意味が殆どなくなったわけだ。
だって、もう敵はいないだろう?
行っても、何もやることはない。
やることがあるとすれば…一つだけだ。
それは…。

 

「規約に則って、アメリアを処罰するわ。」

「しょうがないのぉ。
 自分で作った規約を守れんような女王は、
 この世界に必要あるまい。」

「まぁそういうことなんだけど、
 ずばりと言うわね、爺さん。
 それはあたしの領分よ。
 勝手に人の役割を取らないでちょうだい。」

「そうかな?
 最近は、お主も随分丸くなったように思うがなぁ。」

「…!
 …っさいわね、今じゃ私が第一位みたいなもんなんだから、
 あんまり変なこと言うとぶっ飛ばすわよ?」

「まぁ、そう照れ隠しするところが、可愛げというやつかもしれんな。」

「あんた…!
 あんまり舐めてっと、ほんとに、こっから落とすわよ?」

「エニス。」

「…分かった分かった!
 静かにしてるわよ!
 …ったく。」

 

以前から、あたしをおちょくるような真似をしてくるロスフ爺さんが、
最近特に舐めた態度で接してくる。
ほんと、あたしは老人ってのが嫌いだ。
達観しすぎてて、取っ付きにくいから。
オルディが止めてくれなかったら、あたしは本気で爺さんを落としただろう。
それくらい、嫌いだ。

あたしがあたし自身を第一位と言ったけれど、
それは虹の中だけの話。
アメリアはともかく、あたしら魔眼使いは魔法に近い魔術なだけで、
魔法に匹敵するわけではない。
飽くまで、位置づけの問題だ。
十二使徒で言ったら、次の第一位は王の誰かだろう。

あたしの橙華(とうか)の魔眼は、ただ光にちょっと干渉できるくらいなもんで。
収束させて放つ光の熱線が、アメリアに次ぐ攻撃力なだけ。
殺傷能力としては、紅炎の魔眼とそんなに変わらないってだけの話。
影響力は遠く及ばないけど。
あと、一応、人工太陽を一日分くらいなら作ることができる。
けれど、そんなのできたところで本物の太陽があるのだから、
別に必要はない。
それに、一日分できたところで、何も変わりやしない。

 

そんなよく分からない、誰にしてるのかも分からない解説をしているうちに、
戦場だった場所が見えてきた。
窓から見えるそこは、何と言うか…生きていなかった。
生命という言葉が、存在しない場所。
荒々しい、原初の大地。
そんな印象だ。
しかしもっと驚くべきことは、クローシェッタが存在していたと思われる場所に、
ぽっかりと穴が空いてるということだ。
何だあれ…?!
一体何したら、あんなでかいクレーターができるんだ…?!
直径で何十キロにも及ぶクレーター、見たことがない。
そこからは少しずつ水が湧き出していて、そこも直に海になりそうだ。
既にクレーターの底には、湖面ができていた。

そして、それを見据えるように、あの女は立っていた。

 

「アメリア…あんた…。」

 

飛行船を降り、全員でゆっくりとした足取りで
あいつの元へと歩いていく。
その様子に気付くこともなく、あいつは何かをぶつぶつと言っていた。

 

「…しは…破壊…消え…。」

 

アメリアまで5メートルほど。
途切れ途切れにしか聞こえない言葉。
この距離でそれが聞こえるほどに、あいつはぶつぶつと何かを言っている。
むしろ、吠えている。
虚空に向かって、訴えている。

 

「おい、アメリ」

「近寄るな!」

 

今までに聞いたこともないような声で、私たちを拒絶した。

 

「お願い、来ないで。
 眼が、閉じないの。」

 

不思議なことを言う、と思った。
私たちの魔眼は、思いの力だ。
思い一つで、それを発動したり、解除できたりする。
スイッチは、使うか使わないか、それだけのはず。
なのに、それを制御できない、と彼女は言う。

 

「おい、アメリア。
 分かってるんだろうな?」

「貴女に言われなくても、分かっています。
 私を、殺しにきたんでしょう?
 なら、さっさとやってちょうだい!
 もう…限界なのよ…。」

「一体どうしたってんだよ、お前。
 そんなもんさっさと解除しなよ。
 話もできないじゃん。」

「だから!
 それが無理だから来るなって言ってるのが分からないの?!」

 

いつになく、感情的なアメリアだ。
最近のアメリアも感情的といえば感情的だった。
しかし、それはようやく人らしい人になってきた、という意味で、だ。
今のアメリアは…感情が表に出すぎている。
あたしたちが近寄ろうとすると、あいつは敵意むき出しで
爆風を巻き起こすくらいに、感情的だ。

 

「ダメだ、アレはオレが始末する!」

「ちょ、レゼット?!」

 

アメリアの態度を見た瞬間、レゼットが魔眼を開放する。
あたしの制止を無視し、紫鬼(しき)の魔眼で空を睨む。

空に現れたのは、あたしたちの一部の民族のルーツとも言える
猛々しい竜。
世界全体に響くような咆哮をあげ、口から破壊の熱線が発射された。
轟音とともに吐き出されたそれが、アメリアを貫こうとする。
が、それはアメリアに届くこともなく、アメリアの紅い光の前に霧散していった。
竜も、含めて。

 

「ぐぅっ?!
 ちっ…。」

「あんた、バカじゃないの?
 破壊属性持ちのやつに、中途半端に壊すことしかできない竜なんか当てて。
 自分の出したやつやられると、ダメージ受けるのあんたじゃん。
 素直に引っ込んでなさいよ。

 あ、オルディ、あんたも手を出さない方が良い。
 暖簾に腕押しって言葉、分かるでしょ?」

「…そうだな…。」

 

あたしを除く十人は、あたしより少し離れたところに置いとく。
じゃないと、あたしも巻き込みかねないから。
そもそもこの十二使徒、攻撃要員が少なすぎんのよ。
あたし、アメリア、オルディ、あとレゼット。
他は変な力ばっかり。
まぁ、それで事足りてたから良かったんだけど。
その一番上にいたアメリアを相手にするのだから、
かなり格下のオルディ、レゼットは役に立たない。
…あ、そうだ。

 

「おーい、爺さん!
 あいつの魔眼、制御できない?」

「無理じゃな。
 精神的な強さが、今まで扱ってきたヒトやケモノビトとは
 レベルが違うからの。
 わしでも引っ張れそうにない。」

「ちぇ、楽はできない、か…。」

 

ロスフの爺さんの、深緑の魔眼。
あれは平たく言えば、精神を操作して誘導させる能力だ。
話ができる状態に戻せば、何とかなるとは思ったんだけど…。
どうやらそれは無理らしい。
結局のところ、あたしが無理矢理やるしかないわけだ。

 

「おい、とりあえず状況を説明してみな。」

「早く…殺して…。
 そんなこと…できる余裕はないのよ!
 じゃないと、間に合わない!
 あんな…ぬるいやり方じゃダメ!
 貴女のような、一瞬で人を殺す能力じゃないと…!」

「はぁ?
 一体あんた、何言って」

「ルフェルがかけた力が、効力を失いかけてる!
 今じゃないと、私たちは一緒にいられないのよ!」

「ん?
 …婆さん?」

 

魔眼の力を使っての興奮状態かと思っていたけれど、
それだけではないように思えた。
それは、ルフェルの婆さんの力が関係していると言う。
これはまず、婆さんに話を聞かないとダメだな。
じゃないと状況が分からない。

振り向いてしまうと危険だから、顔を横に向けたまま
視線を婆さんに移す。
そこには、珍しく笑みを浮かべている様子の婆さんがいた。
正直、薄気味悪い。

 

「ひっひっひ…。
 いや、ねぇ、悪い悪い。
 こんなにもシナリオ通りいくと思わなくてねぇ…。
 さっくりとまとめようじゃないか。
 まず、こうなることは想定の範囲内。
 私がアメリアを仕掛けたからねぇ。
 で、ただ駒にするのは可哀想だから、使ってやったわけさ。
 本人ももう気付いている、流布藍の魔眼の力をね。

 やつは、自分の夫を亡くした。
 だから、それに怒り狂い、全世界に渡ってヒトという存在を破壊した。
 そこまで作用させれば、理性なんか保ってられないさ。
 だから、正確には眼が閉じないわけじゃない。
 眼が開いてしまったんだよ。
 魔眼の使い方を誤ると、こういう風になるってことだねぇ。」

「ご高説どうも。
 で?
 あんた、全て知っててやってたんだ?
 じゃあ黒幕はあんただな、婆さん。
 あんたはそのうち審問会にかけるとして…。
 その魔眼の力っつーのは?
 アメリアに何したんだ?」

「アメリアに行ったのは、人格の一部を利用しての人格転写って術だよ。
 だから、アメリアには制御ができない。
 夫が死んだ時点で、アメリアの一部を切り離すようにしておいたからね。
 アメリアというバランスは崩れ、理性はなくなっちまうもんさ。
 さて…あやつの魂が、次世代ではどう出るだろうねぇ?
 私にもさっぱり分からんよ。
 余程の怒りを感じないと、表面に出てこないとは思うがね。」

 

あたしにはよく分からないが、とにかく言えることは
ルフェルの婆さんが調整して、プログラムした流布藍の魔眼の力が、
現状を作りだしてしまった、ってことだ。

 

「それで、あいつが急ぐ必要がある理由はどこにあるんだ?」

「お前らには見えないだろうが、あやつは今亡き夫の精神を
 人格転写に使う部分とくっつけて抱えている。
 でも、アメリアには精神を自由に扱えるような力はない。
 だから、必死で抱え込んでいるわけさ。
 離さないように、離れないように。
 ひっひ、可愛い小娘さね。
 くっつけたまま死ねば、同時点から魂の輪廻に乗るからね。
 同じ時代に一緒になれる可能性が、最も高い方法だよ。

 一人で考えた方法にしては、なかなか有効な手だよ、アメリア。
 そこは賞賛に値する。
 でも、お前の力では無理だろうねぇ。
 いつまでもそれをやってるのは。
 まぁ、それでもやっぱり才能はあったもんなんだねぇ。
 そんなこと、エニスやオルディじゃ無理だよ。」

「なるほどね、もう十分よ。
 全員、ルフェルを確保。
 飛行船内に拘束しといて。
 で、そのまま飛行船内で待機しといて。
 あたしが…こいつを何とかするから。」

 

伊達に二位だったわけじゃない。
彼らはあたしの言う通り、ルフェルの婆さんを捕まえて
飛行船内に戻っていった。
あのババア、とんでもないことしてくれやがって…。

残ったのは、あたしとアメリアの二人だけ。
これで、ようやく話ができる。
アメリアの思いは分かっている。
最近は仲良くやってきたし。
だからこそ、今は後悔してる。
何であたしが、こんなことしなくちゃいけないのかって。
それでも、あたししかできないから、やる。

 

「アメリア…。
 あんた、あたしに言っとけよ。
 分かんないじゃん。
 一人で思いつめて、自分で全部解決できると思うなよ!」

 

その言葉を聞いて、彼女がどう思ったかは分からない。
震えながら何かに耐えている彼女に、伝わっているのかすら分からない。
短く長い間のあと、アメリアは私に訴えるように言葉を放った。

 

「なら……。
 なら!
 貴女はできるの?!
 自分の愛している人が、死ぬことを約束されていて!
 それでも死地へ送り込むと言う判断が!
 貴女にできるの?!
 できるわけないじゃない!

 でも私は、他の人とは違う!
 だから、後手に回ったけれど、あらゆる策を立ててきた!
 ルフェルに利用されても構わなかった!
 とにかく、ミハルクと一緒に、いつまでも一緒にいたかった!
 私は、本当に努力してきた!
 その結果が未来に繋がるのなら、私はそれで良いから!
 そう思うしかなかったのよ……。」

 

どうしてこうも、こいつは目的と理想をすげかえるのか。
今日、この言葉を口にするのは、一体何回目だろう。
そんなどうでも良いことを考えながら、あたしは伝える。

 

「あんた、バカもバカ!
 大バカだな!」

「何ですって…!
 私のどこがバカなのよ!!
 貴女に何が分かるのよ!」

「普通に分かるだろ!
 あんたがバカみたいに、旦那を愛してるのは分かってた。
 あんたがバカみたいに、自分の目的のためなら何でもするのも分かってた。
 だけど!
 あんた、自分の旦那の言ったこと、忘れちまったのかよ!
 愛してる人の、いつも言ってたことまで忘れちまったのかよ!
 だからバカなんだよ!
 ヒトとケモノビト、両方いての理想論だろうが!」

「え…?
 あ、あぁ…あぁああぁ…。

 そう、だ…。
 わた、し…ミーちゃんの、言葉…。
 忘れ…忘れ…ちゃってた…!
 ああ、あああぁぁぁぁあああぁあああぁぁあああ!」

 

目指した理想。
彼との約束。
その全てを思い出し、彼女は再び狂った。
何故、そんな大切なことを忘れていたのだろう。
何故、こんなことになってしまったのだろう。
彼の言い遺した平和とは、まさにそれのことだったというのに。
彼女の頭の中で、そのような後悔がぐるぐると駆け回った。

 

狂い落ちるアメリアを、ただひたすら見つめるしかなかった。
こいつは、こいつなりに考えてやってきたんだ。
で、こいつなりの解決が今すぐそこまで来ている。
同情くらいとこれくらいしかできないけど、あたしはそれをすることにする。
こんなにも報われなかったんだ。
最期くらい、報われても良いだろう。
ふと、そう思った。

 

「アメリア、あんたを処罰する。」

「…。」

 

何も言わない。
アメリアの心は、空っぽになってしまっていた。
でもそれが、お願い、と言っているような姿にも見えた。

 

「アメリア…。
 あたしをこんな気持ちにさせたの、いつか後悔させてやるからな…。
 先に逝って待ってろ!
 いつか…必ず、あんたにきつい一発くれてやるからな!
 今は、さよならだ!」

 

涙が流れ続ける。
とめどなく、伝い落ちる。
それを振り払い、私は目を閉じ、眼を開く。
目の中心から光が溢れるような橙華の魔眼を使い、
あたしはアメリアという存在全体を、瞬間的な熱線で焼き焦がす。

瞬間的な光がアメリアの遥か向こうまで駆け抜け、
そこにあった全てのものを焼き焦がして。
あたしの放った光の熱線は、アメリアを空へと運んでいった。

 

 

かくして、長きに渡る魔導大戦は終結。
決め手となったのは、ルーネスタリア国女王アメリアによる直接破壊。
しかし、魔眼使用に関する基本規約を無視した行為は、
我々十二使徒に対する裏切りと見て、アメリアを処罰した。
そのアメリアの魔眼使用幇助を行ったと思われるルフェルは、
審問会にかけられた後、無期懲役となった。
しかし、世界の秩序を保つべく、ルフェルの能力を利用した。
人格転写の手軽さと、魂遺伝の正確さを利用した新たな転生法で、
我々の魔眼、及び王の力を次世代に引き継ぐため、
そのためだけにルフェルは大儀を行った。

この大儀により、血筋で能力が引き継がれていくわけではなく、
我々魔眼使いのスペックに近い性質を持つ者が
王となる資格を得ることになる。
しかし、これからの時代、王は政治には必要以上に干渉してはならない。
飽くまで、我々の世界は我々ケモノビトの世界である、と。
それを明確にした法律を、基盤を作成していった。

あらゆるインフラ整備を終えた直後、ルフェルは死亡。
老化による衰弱死と思われる。
懲役に服して、2年後の出来事だった。

ヒトは終末を迎え、ケモノビトの文明として世界は栄えるだろう。
もう二度と、このような悲劇を起こしてはならない。
この秩序を作るきっかけとなった、アメリアのためにも。

 

 

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