遠い昔

3.任務

 

僕は、正直に言うと、地位だとか名誉だとか、
そんなのは要らないんだ。
だって、みんな同じなんだから。
そんなものは、誰かに与えられただけの物で、 最初から持っている物ではない。
それを手に入れて優越感を感じたいだけなら、 手に入れなくても自分一人の世界でのさばっていればいいと思う。
みんなでいる以上、本当に平等であるということは、 少なくとも上下に誰もいないことで…。
みんながみんなを認識して、 好きでいられればそれが一番の平等なんだと思うんだ。
でも、それは理想論だって、彼女に論破されたんだっけ。
本当の平等は、成立するようで全く成立しない理想の世界の話。
みんながみんな違った個体である以上、 必ず上下関係ができあがる。
力の差、頭の良さ、性格の違い、心の在り方。
総合して認識し、判断し合うお互いの違いを差として理解、 それに応じた態度になる。
それが普通で、理想論通り考え行動できるのは貴方だけよって。
そう、言われた。
それは分かってる。
でも、あの時の母の言葉は十年以上経った今でも忘れていない。
ヒトもケモノビトも、みんな生き物なんだから、
きっと分かり合える日が来る。
これはみんなに言わなくても良い。
でも、あなただけでも、それを覚えておいて。
お―う――とお―――んが――だったように。
ある一部分にノイズがかかっているかのように、
僕の昔の記憶ははっきりしていない。
思い出せるのは、あのやや寒い月夜の晩に彼女、 アメリアに出会った時の頃からの記憶だけ。
僕は………。
 
「大佐ー?
 おーい、大佐?」
「ん…。
 んぅ…?」
「先遣隊の隊長が、歩きながら寝るとは一体どういうことですかー!」
「あ、あれ?
 私、寝てた?
 いつの間に?」
「知らないっすよー!
 オレが見たら寝てたんすもん。」
「うーん、謎だ。」
「いや、オレらのが不思議でたまんないわ。
 歩きながら寝るとか。
 なぁ、海那!」
「寝ることはとっても良いことですね〜。」
「ダメだ、こいつら…。」
 
先に話しかけてきた方は、白地に黒い斑な犬系でちょっとゴツい
(彼らの言葉で言うとがちむちって言うらしい)咲夜(さくや)=松本。
何だかぽや〜っとしてるのは、がっちりしてると言うよりぽっちゃりしてる、 深い藍色熊系の海那(かいな)=今村。
今時には珍しく、倭名を持っている二人だ。
余談だが、現在のリッツは昔鎖国状態にあった国で、
大和国と呼ばれていた。
その国出身者を今でも倭人と呼んでいる。
海那と咲夜はリッツの魔導器兵だった。
しかし、現在はご存知の通り、リッツは永久戦力放棄国になり、 魔導器兵の全てをケモノビト側に引き渡す代わり、 こちらからも攻撃を行わないという条約を結んだ。
それが、今になって面倒なことになった発端になってしまったんだけど。
まぁ、リッツには技術力はあれど、それに費やすお金がなかったらしく、 魔導器兵として生み出されたケモノビトも多くはなかったんだが。
ということで、倭名を持っているケモノビトは珍しいってわけだ。
 
「あれだな。
 きっと昨晩はアメリア様とさぞお楽しみだったことでしょうね!」
「もぅ、またすぐそうやって言う…。
 合ってるけど。」
「ははは。
 咲夜なりの皮肉ですよ〜。
 ミハルク隊長は素直すぎ〜。
 咲夜の言うことなんて相手にしなくても良いのに〜。」
「お前はいつもさらりとオレに対して酷いこと言うな。」
「咲夜に対して酷いことなんて言ってないよ〜。
 咲夜にだけ意地悪してるだけ〜。」
「殆ど同じじゃねぇか!
 …ちょうど良い、やはりお前とは決着をつけなきゃならんらしいな。」
「そんな風に粋がっちゃう咲夜が、可愛い可愛いだね〜。」
「な゛ぁ゛?!
 ちょっ、バっ!
 な、何言って」
「ほらぁ、可愛い可愛いだよ〜。」
 
この二人はいつもこんな風にじゃれ合っている。
じゃれ合っていると言うか、 関係柄普通なのか…僕の与り知るところではないわけで。
二人は幼なじみだったって聞くけど、 その辺りのことはよく知らない。
でも、部隊として共に活動するようになってから、 特に仲良くなったのがこの二人だった。
さて、僕らが今どこへ向かっているかというと、
クローシェッタというヒトが統治している国の国境線付近。
今回の任務は、クローシェッタの戦力確認とケモノビトの数の確認、 それとあと一つ。
可能ならば攻め込み、少しでも戦力を減らすこと。
可能であれば、という話なだけで決定事項ではない。
しかし、多分機はあるはずだ。
アメリアが不安がっていた理由はそこにある。
まぁ、まだ何日も後の話なわけで、正直僕はそんなに危機感はない。
攻め込んだ時は、冷静な状況判断とこの身に宿る力で何とか頑張れると思うし。
だから甘い!といつもアメリアに叱られるんだけど。
 
「しっかし、何で大佐になれたんすかねー、あんた。」
「何でだろうなぁ。
 力だってアメリアには劣るのにね。」
「それは男としてどうなんだ…?」
「咲夜だって、男なのに可愛い可愛いだから、
 そんなこと言っちゃダメだよ〜。」
「ばっ!
 こんなところでそんなこと言わなくても良いっつの!」
 
一瞬の隙も逃さない。
咲夜の動揺ぶりから、きっと聞かれたくないことがあるに違いない。
そう踏んだ僕は、誘導じみた質問を繰り出す。
 
「可愛いってどの辺が?」
「んっと、からかうと恥ずかしがるとことか、
 素直になれないとことか、強がっちゃうとことか、
 あといつも可愛い声で喘…むぐぅ」
「ほ、本当にそんなことまで言う奴があるか!
 ほら、大佐がすっげー変な目で見てんだろ!」
「いや、僕は普通の目で見てるけど…。
 そっか、何か不思議な間柄だと思ってたけど、
 君らってそういう関係だったのか。
 知らなかったなぁ。
 もう五年くらい同期なのに気がつかなかったよ。」
「隊長遅いですよー。
 僕ら、ずーっと前から恋人…むぐぅ」
「うるさい!黙れ!
 いちいちそういうこと言うな!」
「だって知らないのは隊長だけだったじゃーん。
 ね?
 これでみんな隠し事なし、仲良しだよね〜。」
「もう知らん。」
「あれー?
 みんな仲良しなのに、咲夜だけ愛想が悪いー。
 僕、隊長と仲良くしちゃおーっと。」
「ふんっ。
 できるもんならやってみろ!
 大佐はアメリア様と堅ーい絆で結ばれてんだ。
 お前如きが相手にされるわけ」
「じゃあ私も海那と仲良くしよーっと。」
「た、たいさああああぁぁぁぁぁ!!
 何言ってんすか!
 海那は絶対渡すわけには」
「仲良くするって言っただけで、
 別にそういう仲になるなんて言ってないけど〜。」
 
ほら、喋った。
基本的には、咲夜がごまかすことは大抵海那が喋ってくれる。
最近気がついたことだ。
…うん、自分もアメリアの影響を随分受けたもんだ。
人に嫌がらせできるようになってるとは、自分でも驚いた。
ほら、咲夜がものすごい勢いで顔真っ赤にしてる。
本当はこんな笑い話しながらできる任務ではないことは、この中の全員が理解している。
それでも、気持ちとしては笑っていたいのだろう。
それは僕だって同じだし、きっと他の大勢の人だってそう思ってるに違いない。
ケモノビトはヒトの脅威に怯え、またヒトはケモノビトの反乱を否定する。
今は戦乱の世。
じゃあ、この先にあるのは何だろう。
平和な世界?
どっちにとって、それは平和と呼べる世界なのだろう。
できることなら、今この時代の全ての生きるものが、 平和を享受できるような世界が良いな。 何て言うと、きっとまたアメリアに怒られるんだろうなぁ。
あ、そうだ。
僕は大佐って言う階級を持ってて、割りと偉い方になる。
普通は任務には就かず、城でアメリアの護衛兼城の軍司令をしている。
つまり、戦闘部隊の上の方ってわけ。
幼い頃から城で訓練を重ねてきたお蔭で、あらゆる武術は体得している。
剣術だって、それなりにできる。
魔術に関しては魔導師団の一団長クラスの実力を持ってる。
まぁ自分で言うのも何だけど、エリートってやつだ。
でも、そりゃもう血の滲むような修行をずーっとやってきたんだから、
これくらいできなきゃ僕としても悲しくなるわけだけれども。
今統率している先遣隊の規模は、一旅団くらいの人数だ。
人数にして二千。
これで敵陣に踏み込むには、ちょっと心細い感じなくらいかな。
優秀な部下が大体二百程。
海那と咲夜、あと親しい友人にジョシュアというのがいるけど、
彼らは優秀な人材の方に属するわけだ。
あとの人は一応知ってはいるけれども、積極的に交流を持ったことがない。
少々不安である。
任務にしても、この隊にしても。
 
移動し始めて既に十時間はとうに過ぎた。
太陽は殆ど見えなくなり、辺りは徐々に明かりを失っていくそんな時間だ。
目的通り、最初の中継地点である駐屯場にたどり着いたので、
そこで今日は休むことにした。
駐屯上にいた兵士も含め三千人近くが、この基地にいるなんて想像がつかなかった。
それもそのはず。
ただのテントにしか見えないものに、全員が入っているのだから。
虹の魔法使いの誰かによってこさえられたこのテントは、
中に入ると大規模な基地軍が潜んでいるのである。
何と言うか、もうムチャクチャだ。
魔法とは、こんな物理法則や常識さえもあっという間に乗り越えてしまう、
理解不能且つ絶大的な力なのか…。
なんていつも思ってしまう。
まぁ、結局のところ休めればそれで良いわけだけどね。
ということで、皆夕食を終えると即座に休む運びになった。
僕らはいつになれば、本当に平和でいられるんだろう。
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