遠い昔

2.歴史

 

ルーネスタリア国、ルーネスタリア城会議室は、重々しい空気に包まれていた。
今日は月に一度の恒例集会ということで、十二使徒全てが揃っているのだから…。
緊迫感で張りつめるのは、至極当然のことだった。
この沈黙を打ち破るのは、私の役目であり、議長としての責任だ。
 
「それでは、これより定例集会を始めます」
「ちょっと。」
 
いつもこれだ。
何やかんやで必ず、集会を始めた瞬間に話を割る女、 エニスがいつものように私に物言いをしてきた。
物言いと言っても、別に文句というわけではない。
所謂皮肉というやつだ。
私と彼女は、別に仲が悪いわけではないのだが、 何故か彼女は何かしらで突っ込んでくるのである。
私としてはもう慣れてしまい、そのかわし方も神がかってきた、 なんて自分で思ってしまうわけなのだが…。
今日もそんなところだった。
 
「あんたさぁ、自分の旦那の見送りは良いの?
 大切なたーぁいせつな旦那が戦地に赴くのよ。
 相変わらずの冷血っぷりね。」
「彼には別れの言葉など必要ありません。
 貴女はご自分の夫の心配と、世界情勢の把握だけしていればいい。
 夫については大変みたいですね…。
 なまじお力があるだけ、態度まで大きくされてるようで。  私にはとてもじゃございませんが、不可能な芸当でございますわ。」
 
ちっ…なんて悪態をつくと、そっぽを向いて悔しそうにするエニス。
最初は私があの立場だったわけだが、今ではこんな感じだ。
 
「先月に設定した、クローシェッタですが…。
 ロスフ、その後の進展は如何様なものでしょうか。」
 
ロスフ。
深緑の魔眼の持ち主。
虹の第五位である。
年齢を考えれば、まぁルフェルと同じくらいのおじいさんだ。
外見は、まさに老犬と言ったところだが、 魔術・魔法に関する知識の貯蔵量は遙かに私を凌駕する。
伊達に長く生きてはいないということだろう。
 
「ふむ。
 進まんな。
 ヒトの側で新たな魔導兵器が完成し、より攻略が困難になってきている。
 我らの同胞も、未だ77%は自我を封印された操り人形だ。」
「状況は芳しくありませんわね。
 打開策は?」
「もうやんわり解決するのは不可能じゃないかしら?
 アメリア、貴女は少々平和的過ぎよ。
 というか、まずロスフの力なら制圧なんて容易いじゃない。」
「平和的過ぎで丁度良いくらいです。
 貴女は殺戮を行いたいのですか?
 より多くの命を我らの側に引き込むというのは、
 我々がこうして行動している根幹となるものではありませんか。
 それをお忘れですか?
 橙華(とうか)の魔眼をお持ちで、
 第二位を保持しておられるエニス・アトラシア様が。
 あと、我々の魔眼使用に関する基本規約もお忘れですか?」
「ふん…。
 小娘の分際で第一位なんて、そんな夢物語がよく罷り通るものよね、
 アメリア・フローライト・ブルーデンスさん?
 紅炎の魔眼が何よ…。
 ちょっとふた周りくらい、私の攻撃能力を上回るだけじゃない…。」
 
そう。
私は、この十二使徒中最年少、 十九歳という若さでその中の最高地位である第一位を保持している。
そして彼女、エニスは第二位。
女性がツートップだなんて、近年でも稀に見ないような組み合わせ。
まぁ、私たちは品種改良を重ねられてできたものだから…。
当然と言えば当然である。
三位に属するオルディは、何だかいつも物静かで、冷静に物事を見極めるような人だ。
彼も私やエニスのように、ファラシェッタの王として今は尽力している。
世界は、私たちと同じ数の国で成り立っている。
つまり、十二カ国だ。
現在ヒトの掌中にあるのは四カ国。
この世界の中心と銘打たれたセントラルホルン。
その周りを覆うようにして四つの島があるのだが、それの一つの東側にあるエスティモート。
そこよりやや南東のクローシェッタ。
世界のはずれに位置する、永久戦力放棄宣言を出したリッツ。
以上四カ国だ。
この中で苦戦を強いられるのは、 勿論ヒトの中枢とも言えるセントラルホルン、そしてリッツである。
前者はご理解が及んでいるかもしれないが、 中枢都市なだけあって攻守とも最高水準であることが理由だ。
魔眼使用無しには攻略不可能なので、ここは最後に畳みかける予定である。
リッツは戦力放棄をしてしまっているので、 武力行使一切無しの話し合いだけで解決する必要がある。
時間はかかるし、ヒトにケモノビトになれなんて誰が説得できようか。
我々が頭を痛めているのは、その2つをどう収めるべきかなのだ。
私たちの戦力図は以下のような感じ。
私が統治している、このルーネスタリア。
エニスが治める(と言うか彼女は治めるより抑え込んでいるに近い。 そろそろ民衆のための抜本的政策を打ち出すべきだろう)ノゼィン。
レゼットのレインハイム。
オルディのファラシェッタ。
サーズター、ノルゼン、ウェンダイナ、スウィスタリアの四カ国は 王という特別な存在がそれぞれ管理している。
王は虹の七人以外を指し、我々の魔眼に匹敵する、 あるいは凌駕しているかもしれないような魔法を使用できる者たちの総称である。
精霊に呼びかけ術式を展開する魔術とは根本的に違い、 魔法は世界、つまり森羅万象に意思を接続して、超常的な現象を解き放つ力。
あるものを呼ぶ力と、ないものを発生させ解放する力では、その差は歴然だろう。
力の大きさとしては、私と同等か、それ以上。
要するに、化け物と呼んで差し支えない連中のことである。
私も虹の中では異端扱いみたいなものだけど。
ちなみに王の一人は未だ国を持ってないわけだが、 それはその方(彼か彼女かさえも分からない現状だ)の管理能力が不十分だから、 だそうだ。
そんな話を聞いただけで、私にはそれ以上は分からない。
きっと、まだ私より幼いから、なんだと私は勝手に思っている。
実際後見人が云々なんて話を耳にしたことがあるのだし。
それでもやはり、王と呼ばれるにふさわしい潜在能力をお持ちだとか…。
まぁ少なくとも私達は敵になり得ないから、脅威でも何でもないわけだが。
我々の現状をざらざらっと述べるとこのような感じだ。
 
「今月の目標は?」
 
相変わらず感情のこもっていない声でぼそりと喋るオルディ。
しかし見た目以上に優しいので、きっと女性にはもてるだろう。
顔も二枚目だし。
でも断然うちのミーちゃんの方が…って会議の最中に何考えてんだ私。
一瞬でもスキを見せたらあの女が
 
「あらあら、オルディの質問はそっちのけで、
 今更になって旦那の心配かしら?」
 
ほら、やっぱり来た。
無視無視。
 
「今月は他の攻略は行いません。
 今朝方送った先見隊の報告待ちです。
 我らは各自統治国の秩序の安定と制度・法の調整を。
 国を持たぬ者は、各自の判断で他国の助力をお願いします。
 ロスフ、またはルフェルどちらかはノゼィンの助力をしていただけると助かります。」
「ちょっと。
 何で私だけ指定なのよ。」
「貴女はもう少し自国の民衆意識を把握する必要があると思います。」
「何でよ。
 十分言うこと聞いてるじゃない。」
 
なんて本人は言うが、周りは全員渋い顔をする。
国政の酷さは皆が把握していた。
彼女だけそれを知らないというこの状況は、国の頂点としてあるまじきことだ。
皆が顔をそろえて、確かに。なんて言ってるように見える。
 
「あーもうっ、分かったわよ!
 ロスフの爺さん、ご協力いただけるかしら!」
 
ヤケクソな態度にしか見えないが、それは今に始まったことではない。
ロスフもそれを承知の上で、敢えて口にした。
 
「うむ。
 …しかし、そなたも美しい容姿を持っておるのだから、
 それをくすぶらせておくのは勿体ないぞ?
 口も達者じゃしなぁ。」
「うるさい。
 私を育てた連中にでも言うことね。
 性格と態度なんて、今更何言われたって変わるもんじゃないし。
 ねぇ、アメリア?」
「何故私に話を振るのですか?
 少なくとも私は貴女様より比較的運びの悪い技術しか持ち合わせておりませんわ。
 そうね、年もまだ若く未熟なものですから。
 そのような威厳ある発言はできませんわね。」
「いちいち毒づくやつだねあんたは。
 あたしよりタチ悪いんじゃないか?」
 
さぁどうだかな、なんて一同含み笑い。
私だって好きでこんな役やってるわけじゃないのに…、全くもう。
その後小一時間ほど、各自活動内容と統治・攻略状況を確認し、
全体とは別に各自の目標を定めた。
大きな変化はないということで、この会議ももう終了だ。
トップが集まってこの短時間で終わってしまう会議も如何なものかと思うが、 それはしょうがないことだ。
そもそも戦力に差がありすぎる。
私たち獣人(ケモノビト)は、元は戦力兵器として人(ヒト)に生み出された、
ただの道具だった。
だから、現在でも道具として使われているケモノビトもいる。
しかし、ある時を境に、ケモノビトの中に自我を持つ者が現れた。
本来、本能と闘争心だけを植え付けられた存在だったのだが、 生命を扱う上でバグなんて想定の範囲内だったのだろう。
そういったはみ出し者は、成長する前に例外なく消去されてきた。
ある、一個体が現れるまでは。
それが、我らの仲間であるロスフだ。
彼の力がこの状況を作り出す元になった。
ところで、何故ケモノビトが兵器利用されるのか。
それは、体の構造上私たちしか持てないものがあるからだ。
それが、第七の中枢器官。
通称、導力炉。
ヒトは、人工的に脳部分に一つ、 この世に溢れるマナと呼ばれるものを体内に取り込み、 濃縮し吐き出す器官を、ケモノビトの脳に作り上げた。
それまでは濃縮機にかけ、固まったものを加工して武器にしていたわけだが、 体に取り込んでしまえばその手間が省けるという考え方に行き着いたらしい。
それを、彼らは魔術と呼んだ。
しかし、ただ魔術器官を持っていても、魔術がぽんとできるわけではない。
魔術に加え、この世を構成する影の分子、精霊の力を利用するための韻。
平たく言えば詠唱というやつだ。
その二つを利用することで、初めて魔術として力を行使できる。
その行使ができるケモノビトは、兵器にうってつけだったらしい。
まぁ、人間に埋め込む作業はことごとく失敗したようで、 そこでヒトの知能や体躯、しかしヒトとは違う理性を持たない存在が生み出された。
ヒトは魔導器兵と呼ぶわけだが、私たちはみなケモノビト。
それが、私たちの始まりであり、憎むべき過去。
自我を持ち、他のケモノビトより遥かに高い潜在能力を持った者が、
即ち私たち十二使徒。
私たちも自分の意思を持つ以上、黙ってヒトに屈するわけにはいかない。
だから、戦う。
この溝を埋める手段は、最早それしか残っていないのだから。

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