その先にあるもの。

Story9 好き


「え…?」


僕は自分の耳を疑った。
今、レナは何と言った?


「だから……、私はミーちゃんが好き。」

「それってどういう…」

「もう……隠さないよ。
 友達だから好きっていうことじゃないの。
 男の子として、ミーちゃんが好き。」


信じられない状況になったものだ。
確かに僕はあの時キスしてきた理由を聞いた。
ただそれだけを聞いた。
なのに、どうして…。


「ぼ、僕なんか…。
 だって男の子としてって…。
 僕、全然男らしくないよ?」


そんなことを言ってしまう自分に何だかすこし苛立ちを覚えた。
素直に僕も好きだって言えない。


「そういうのじゃないの。
 男らしさ…とかじゃないの。
 ミーちゃんにはミーちゃんらしさがある。
 それが真っ直ぐすぎるくらいの優しさ。
 私はその優しいミーチャンらしさを持ったミーちゃんが好きなの。」


今まで俯いていた僕は、ちらりとレナの顔を見てみた。
恥ずかしそうで、それでいて今にも泣き出しそうな表情をしている。
僕はその表情を見て何も言えなくなった。
明らかにその表情を作り上げたのは僕だ。
僕があんなこと聞いたから…。
それがきっかけになって、結局レナを困らせてしまった。


「……僕が悪いんだ……。」

「…え?」

「僕が悪いんだ…。
 僕のせいでレナは……。
 ご、ごめんね!」

「え、ちょっとミーちゃん!」


僕はそこにそれ以上居られなかった。
レナに申し訳無かった。
こんな僕を好きって言ってくれたことはすっごく嬉しかった。
でも、それが原因でレナは複雑な表情をしていた。
今にも泣きそうな…。
レナの泣き顔なんて見たくないという一心で、僕はその場から逃げ出した。
レナの告白の返事を満足にしないまま…。


「ミー…ちゃん…。」


 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

私は、言ってはならないことを口にしてしまった。
できれば心の内にずっと秘めていたかった。
キスした理由なんて……聞かれても……。
ただ好きだからと答えるしかない。
ミーちゃんから何とか聞き取れたあの言葉。
…ごめんね…。
表情を何とかいつも通りに整えたまま部屋に戻った。
中に入った瞬間に出てきた涙。
悲しさからあふれ出る涙は、その夜の間ずっと止まることは無かった。
あんなこと言っちゃいけなかった。
ただずっと追い求めていればよかった。
後から押し寄せる後悔は涙となって私の頬を流れ続けた。
今日という日を、私はうらむことしかできなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

気がつくと、部屋の窓から朝日が差し込んできている。
…そうか、昨日帰ってきてすぐ寝ちゃったんだっけ。
今思うと…レナにはすごく悪いことしたと思う。
ちゃんと返事もせずに、勝手に逃げてきて…。
後から考えて気が付いたんだけど、僕は一度ごめんね…と言った記憶がある。
それで勘違いしてたらどうしよう…。
でも、会うとまた悲しそうな表情見せられそうで、僕はなかなか外に出られなかった。

午後になり、僕は勉強をしていた。
夏休み明けには課題テストがあるって言うし。
これくらいから始めないと、1学期の復習なんて終わらない。
………。
ダメだ、レナのことが頭から離れない。
とうとう僕はいてもたっても居られなくなり、レナのところへ謝りに行くことにした。
途中で逃げてごめん…と。
それと、あの時のごめんねってのはそういうことじゃない。
僕だって……。
僕だってレナが好きだから。
それだけを伝えたくて、僕は部屋を出てレナの部屋に向かった。
備え付けの呼び鈴を鳴らす。
……………?
返事が無い。
もう一度呼び鈴を鳴らす。
……………。
やっぱり何も返事がない。
困った顔でドアを見つめていると、隣の部屋から人が出てきて僕に話しかけてきた。


「あれ?
 ミック君?」

「カレンさん…。」

「どうしたの?
 レナに何か御用?」

「うん、ちょっと…。」

「レナなら昼に外に出ていったのよ。
 てっきりミック君のところに行ってるかと思ったんだけど…。
 違うみたいね。」

「う、うん。」

「珍しく困ってた顔してたから、ミック君に相談でもしに行ってるかと思ったんだけどなぁ。」

「困った顔?
 やっぱりそんな顔してたんだ…。」

「?
 何か知ってるの?」

「んっと…まぁ…。」

「あの娘ね、強そうに振舞ってるけど…。
 本当はものすごく弱い娘なの。
 いつも私に貴方のことばっか…ってしまった。
 今のは聞かなかったことにして。
 とにかく、何か覚えがあるなら捜しに行った方が良いんじゃない?」

「分かった。
 ありがとね。」


レナ…。
やっぱり僕が悪いんだ。
今こうして困らせてるのも僕が悪いんだ。
…僕が、何とかしなきゃ。
僕が責任を取らなきゃ!
とりあえず学校周辺を中心にレナを捜すことにした。
昼に出て行ったのなら…まだこの辺りにいるはずだと思ったから。
しかし、幾ら捜せどもレナは見つからなかった。
どこに居るのかまったく分からない。
レナだってこの辺の地理はあまり知らないはず…。
それでも見つからないのは何故だ。
僕はもうがむしゃらに捜すより他なかった。

 

既に日が沈み始めている。
隣町に行っているのかと思い、電車に乗り込んだが人が居すぎて分からなかった。
しぶしぶ帰ってきて現在の状況に至る。
レナ…………。
駅の前でうなだれている僕に、ある人物が話しかけてきた。


「ミック?
 何でこんなところに居るんだよ。」

「ジョアン…エマ…。
 ちょっと向こうで聞いて。」


人が余り居ない適当な場所までジョアンとエマを連れてくると、僕は今までのことを全部話した。
勿論、レナが告白してくれたってことも。


「お前、それはマズくないか?」

「うん…。
 でも、僕…。」

「分ぁかった。
 もう自己嫌悪になるな。」

「ちょっと辛いかな、さすがのレナも。」

「カレンさんが言ってたんだけどね、レナは強そうに振舞ってるけど本当は弱いって…。
 そうだったら…。
 僕、レナをすっごく傷つけたと思うんだよ!
 返事もしてないし、逃げちゃったし、違う意味だったけどごめんってまで言って…。
 だから、レナを何とかしてあげたいんだ!
 レナに…本当のことを言う。」

「そうだな…。
 それが一番だ。
 レナを元気付けるにはそれしかないだろ。
 エマ、どこにいるか勘で分からないか?」

「あのさ、勘ってそんなの充てにしていいの?」

「女の勘だよ。
 な!
 ちょっとアドバイスくれよ!」

「そうね…。
 川の土手にでも居るんじゃないかしら。」

「土手?!
 川って言うと…ちょっと歩いたところにあるな…。」

「ありがと、エマ!
 僕行ってみる!」

「あ、ちょっとミック!」


僕はもう考えなかった。
レナ、レナ、レナ!
それだけを求めて僕は川へと走った。


「ミック…。」

「あれがよく言うやつだな。
 周りが見えなくなるほどの恋ってやつ。」

「本当ね。」


 


 

川に着くと、僕は辺りを見回した。
そして叫んだ。


「レナーー!!!」


…返事はこない。
僕は川沿いに走りながらレナを捜した。


 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…はぁ。」


傷心には普通は海、と言うけれど…。
海までは遠いし、まず昨日海を見たばかり。
それで私は近くにあると聞く川までやって来ていた。
昨日さらけだしてしまった私だけの恋心。
それを拒絶されてしまった悲しみ。
それが心の痛みとなって、昨晩から私を襲い続けている。
思い出すたびに、涙が溢れ出す。
本当に、言わなければ良かったと思っている。
そんな時、私の耳に不思議な声が聞こえた。
私が恋心を抱いている人物の…。
しかもそれは私を呼ぶ声だった。
…空耳…?
私は今でもミーちゃんを引きずっている。
私の初恋は儚く砕け散ったばかりなのに…。
諦めきれない気持ちでいっぱいだ。
…また同じ声が聞こえる。
精神的にここまで追い込まれてしまったのだろうか。
私は…もうダメなのかもしれない…。


「レナー!!!」


今度ははっきりと聞こえてきた。
確かに私を呼ぶ声がする。
その発端を見てみると、そこにはミーちゃんの走ってくる姿があった。
何故?
どうして?!
私なんて捜しに来る必要なんかないはず。
なのにどうして…。


「レナ!」


私の名前を呼び、一生懸命駆け寄ってくるミーちゃん。
息の切れ方が尋常ではない。
一体何があったというのだろうか。


「ミーちゃん…。
 どうして、こんなところに…。」

「だって…レナ、どこか行っちゃうんだもん。
 捜したんだから。」


私を捜すためにわざわざ?
息まで切らせて?
一体私に何があるのだろうか。


「なぁに?
 私…ミーちゃんに何かした?」

「うん…。
 あ、いや、してないけど…。
 本当にごめんね!」

「…あぁ、昨日のことか…。
 ごめんね。
 私もあんなこと…、言っちゃまずかったよね。」

「ち、違うんだよ!」

「え?」

「あの……隣、座っていい?」

「うん、いいよ。」


私の隣に座る彼はいつに無く疲れた顔をしている。
私を捜すためにそこまで…?
何故?


「あのね…。
 昨日は逃げちゃってごめんね。
 でもね、勘違いしないで欲しいんだ!」

「何を?」

「えっと……。
 その……。
 僕ね……。」

「なぁに?」


もの凄く恥ずかしそうに俯いている。
何か隠し事でもしているのかと思うくらいだ。


「昨日のは違うんだ。」

「だから何が?」

「ごめんねって言ったのはそういうことじゃなくて…。
 レナを困らせてるのは僕のせいだから……それをごめんねって。
 ………。
 あの……。
 僕…………。
 ぼ、僕ね!」


ミーちゃんが顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。


「僕も……。」

「え?」

「僕もレナが好き、なんだ……。」

「え……。」


その言葉を聞いて、私はミーちゃんの目をじっと見ることしかできなかった。


  

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「僕もレナが好き、なんだ……。」

「え……。」


とうとう言った。
レナにキスされて、初めて知った恋心。
その気持ちを僕もレナにぶつけた。
もう恥ずかしくて頭がぐつぐつと煮えだしそうだ。


「僕もレナが…好きだよ。
 女の子として。」


自然に体が動き、僕はレナを抱きしてめていた。
おんぶしてもらった時には大きく感じたレナの体が、今は普通の女の子の小さな体に思えた。


「ありがとう…ミーちゃん。」


僕の顔の隣で涙を流すレナ。
僕はそんなレナをひたすら強く抱きしめた。
もう、悲しい思いなんてさせない。
泣かせたりしない。
そう決心してさらに強く抱きしめた。
レナもゆっくりと僕を抱きしめてくれた。
いつの間にか、僕の目からも涙が零れ落ちていた。


「レナ…本当に昨日はごめんね…。
 返事、出さなくて。」

「いいよ、もう…。
 だって、私はミーちゃんを、ミーちゃんは私を好きでいられるんだから。」

「うん…。」


僕達はそれ以上言葉を交わさなかったけれど、お互いに自然とキスをしていた。
今度はどちらからというワケでもなく…。
あの時僕からしたキスよりも長く、ずっと長く唇を重ねていた。


「……。
 レナ……。」

「ミーちゃん…。
 ずっと、ずっと仲良くしていこうね。
 今まで通り仲良くしてこうね…。」

「…うん。」


もう一度唇を重ねる。
お互いが離れないように、ずっと一緒にいられるように…。
いつの間にか、太陽は既に沈んでしまっていた。

NOVEL TOP