その先にあるもの。
Story4 何もしないことをする
今日で、入学してから2ヶ月になる。
時が経つのも早いもので、大分クラスにも慣れてきたところだ。
授業の方には…まぁ普通について行けている。
これもジョアンやボルトやレナのおかげだ。
この3人が居なかったら、この前の課題テストだって赤点だったと思う。
最近は必ず誰かと勉強するようになった。
僕だけでは解けない問題でも、きっかけさえ教えてもらえればさくっと解けるからね。
今は放課後。
今日は2週間後に控えた社会見学の打ち合わせで、各クラスの学級委員が集まっている。
各クラスって言っても、1学年に4クラスしかないから8人だけだけどね。
「という訳で、君たちにはそれぞれのポイントに立って貰いたいの。
これは参加者としてはチェックポイントでしかない訳だけど…。
ちゃんと道順に沿って歩いているかと、全員居るかってことの確認ってワケ。
はい、ここまでで質問のある人!」
ユリアン先生が僕たちの目の前をうろうろしながら話をしている。
1年生の社会見学の行き先は古代博物館だ。
そこには古くからの魔導具がたくさん置いてある…らしい。
この町にも小さな博物館ならあるけれど、
ここから20キロくらい離れたところには国内最大級の博物館があるんだ。
そこが行き先になっている。
で、僕らは純粋に楽しめる訳もなく、こうして係員みたいな仕事をしなければならない。
本当は色々見て回りたいんだけどな…。
「質問はないようね。
じゃ、あとは各クラスでバスの座席を適当に決めておいてね。
これ、座席表ね。
これに書いて今週中に提出して下さいな。
…まぁ本当はこんなの提出してもらう必要ないんだけど、教頭がうるさくってね〜。」
「せ、先生がそんなこと言って良いんですか?」
「良いの良いの!
何事も準備が肝心だって言い張ってる方が古いのよ。
大体この学校入ったんだからバカじゃないわよっての。
その場その場で臨機応変に対処できるわよねぇ。」
「ま、まぁ…。」
「はい、今日はこれまで。
じゃあよろしくね。」
ユリアン先生はかなり変わった先生で…。
教頭先生の批判をさらりとする。
本当にこんなこと言ってて大丈夫なんだろうかってことまで話すこともしばしば。
「…先生、あれで辞めさせられないなんてすごいなぁ…。」
「そうね。
あそこまで大胆にバシッと言っちゃう先生も先生だけど。
…ところでミーちゃん、今日用事とかある?」
「いんや?
特にないけど。」
「じゃ決まりね!」
「え?何が?」
「ちょっと図書室まで付き合ってよ。
調べものがあるんだ。」
「…はぁ、仕方ないなぁ…。
でもいっぱい本持ってるから調べられるんじゃないの?」
「そうでもないよ。
図書室の方が多いに決まってるじゃん!
ありがと♪」
流石に2ヶ月も経つと随分慣れるもので…。
レナともこんなに普通の会話ができるようになった。
…時々振り回されたりするけどね。
この前なんて休みの日にいきなりやって来て、辞書を買ってくるからついて来てって。
結局午後はずっとそれに振り回されたりした。
しかも驚いたのは、辞書を一冊買うだけじゃなくて違うのを何冊も何冊も買うんだ。
どこからお金が出てくるの?って感じだった。
それよりもそんなに多くの辞書、何に使うんだろうって思った。
そうしたら彼女、色々ある方が便利でしょ?って言うんだ。
色々って…法律の本までいるのかなぁ……。
レナって将来何になりたいんだろう…。
図書室に着くと、レナは真っ直ぐに民俗学の方の棚に歩いていった。
そこで何かを探しているようだ。
レナの方に視線を上げる。
…レナは僕より背が10センチも高いんだ。
だから少し見上げなければ見えない。
その割には華奢な体をしていて、手なんか竜の割にはすごく細い。
「レナ、何を探してるの?
民俗学の棚で…。」
「ココら辺にあるはずなんだけど……あった!」
「?
竜族の本?」
「そう。
あれ?
私、言わなかったっけ?
将来何になりたいかって。」
「そんなの聞いてないよ。
ずっと気になってたけど…。
何になりたいの?」
「私ね、幻想族中心のお医者さんになるのが夢なの。
幻想族の獣人って普通の獣人の体とは違って特殊でね…。
特別な専門医しか治せないの。
それに、最近竜族の間で原因不明の病気が流行ってるのよ。
死に至るものじゃないけど、ひたすら苦しむんだって。
そんなの、私指くわえて見てられないもの。
だからそっちの道を行くことにしたの。
それに、ミーちゃんが頑張ってくれれば魔導の方からも治療法が見つかるかもしれないしね。」
「へぇ〜、偉いんだねぇ。
ボルトも確か医療従事者になりたいってこと言ってたなぁ。」
「ローレンス君?
じゃあ彼とも気が合うかも知れないね。」
「えぇ〜?
でもレナとはまた違ったタイプだよ?彼。
そう言えばレナって女子の友達作ってる?
あんまり見ないんだけど…。」
「ちゃんと居るよ。
とりあえずクラスの女の子は全員友達よ。
特に仲良いのがカレンちゃん。」
「カレン・ハイライトさん?
彼女って鳥族なの?」
「違うよ。
確かに鳥に似てるけど、白虎族のと同じ系統で朱雀族。
つまり彼女も幻想族なワケ。」
「へぇ〜。
それは知らなかったなぁ。
だから鮮やかな色してるんだ…。」
「そうだよ。
……さ、調べ物も済んだし教室戻りましょ?」
「もう終わったの?
でも教室戻る必要ないんじゃない?」
「ちょっと待ってよ。
カバン持ってないの、ちゃんと気付いてる?」
「え?
あ…。
そう言えば委員会終わって直行で来たんだっけ。」
「そ。
戻りましょうね。」
2人で渡り廊下を歩いていく。
最近日が長くなってきたせいか、もうすぐ5時になるのに未だに夕暮れも見られない。
そう、もうすぐ夏がやってくる。
…まだ1ヶ月も先だけど。
夏にはジョアンがどこかに遊びに行こうって言ってる。
ジョアンとエマとノールと4人で。
ちょっとノールが辛いんじゃないかなとは思うんだけど…。
で、もう一つ約束があって、ボルトがジョアンと3人でどこか行こうって言ってる。
意外にハードになりそうな夏だよ…。
でも、去年の夏は勉強漬けだったしこれくらいはいいか。
「ところで、ミーちゃんはもう夏休みの予定って立てた?」
「ううん、まだ。
だってまだ1ヶ月以上も先のことだからね。
レナはもう立てたの?」
「私も立てたってワケじゃないけど…。
計画はいくつかあるわよ?」
「へぇ〜。
今年は開放的に過ごしそうだな、僕。
ジョアンたちと夏休みにどこか遊びに行く約束なんだよ。」
「またジョアン君とエマとノールさんでしょ?」
「うん。
あ、あと、また別のプランでボルトとジョアン。
でもたまにはいいかな〜って。」
「そっか。
私もどこか行きたいな〜。」
ここで何でレナがエマのことを知っているかってのを話すと…。
実はエマ、101教室の学級委員をやってるんだ。
それで知り合って意気投合したみたい。
そりゃまぁ入学試験の上位組だからね〜。
納得できるよ。
「え?
カレンさんと一緒にどこか行ったりしないの?」
「うん。
カレンちゃんは何か忙しいみたいで…。
一旦自分の国に帰るんだってさ。」
「彼女、国外から来てるの?!」
「そうだよ。
私もだけどね。」
「レナもそうだったの?!
まぁ有名な学校だからね〜、ココ。」
「うん。」
そっか。
よくよく考えたらこの国以外の国からも来ている人がいるんだ。
それでも幻想族をあまり見ないのは、それだけ数が少ないってことを意味している。
希少って言葉が身に染みて理解できる。
教室に戻ってカバンを持つと、さっさと帰る準備をした。
もうすぐ下校時刻だし、早く出ないと教頭先生にこっぴどく叱られてしまうからね。
僕たちが校舎を出る頃には、やっと夕暮れが姿を現し始めていた。
「わぁ〜…。
今日は特に綺麗な夕焼けね〜。」
「そう?
僕にはいつもと同じように見えるけど…。」
「分からないかな〜。
…ま、いいか。
それじゃ、また明日ね。
バイバイ、ミーちゃん♪」
「うん、バイバイ。」
しかし、本当にレナは明るい子だなって思う。
何があってもにこにこしているし…。
怖い顔を見せたことも、悲しそうな顔を見せたこともない。
芯が強いだろうな〜。
まぁ、付き合いが短いからまだ何とも言えないけどね。
そのままマンションの自分の部屋に入ろうとカギでガチャガチャやっていると、
またもやジョアンと遭遇した。
こういうシチュエーションで彼と会うのが最近多い。
この時間に外に出てって何してるんだろうか。
…ってそう言えば理由は知ってるや。
「お、ミック…。
今日も遅かったんだな。」
「まぁね。
委員会のあと、レナに付き合って図書室行ってたからね。」
「ふ〜ん…。
あのさぁ、ミック。」
「ん?」
「最近よくレナと一緒に居るよな?」
「うん、そうだね。」
「その…何かあったのか?」
「え?」
「結構噂になってるんだぞ?
あの二人付き合ってんじゃないかって。」
「そんなことないよ〜。
まぁ確かに僕には珍しく、レナは友達以上恋人未満って感じだけど…。
やっぱり僕は恋なんて感情はよく分からないし、湧きもしないから。」
「そっか。
惜しいなぁ…。」
「惜しいって何が?」
「せっかく条件は揃ってるのにお前が動かないんじゃな〜、と思ってな。
ほら、親友の喜びを共に分かち合いたいじゃん。」
「僕は十分そっちの喜びを分かち合ったからもういいよ〜。」
実はね、1ヶ月前にとうとうエマが動いたんだ。
いきなり夜やってきて、告白して帰っちゃったらしい。
僕の知っているエマとしては、かなり勇気を振り絞ったと思う。
で、その時もジョアンに随分相談されたんだけど…。
結局断る理由もないから、OK出して付き合い始めたってワケ。
そりゃその時のノールの落胆振りと言ったら筆舌には尽くしがたい。
とりあえずエマの長年の願いが叶って僕まで嬉しくなった。
その後のエマをなだめるのはこれまた大変だったわけで…。
何と言っても、ずっと嬉し涙で泣き続けたんだ。
そんな興奮した状態でジョアンに任せたらエマがパニックになりそうだったから、
あの時は一晩中傍についててあげた。
その次の日が日曜日だったから良かったけど…。
月曜日だったら多分僕は授業中に落ちてた。
で、落ち着いたエマをジョアンに送らせて、僕はずっと寝てたってことがあったんだ。
その後ノールをなだめるのも大変だったけどね。
結局新しい娘を見つけることで解決。
だから最初にそうしろって言ったのに…。
考えてみると、僕は皆にとっての男友達であり女友達でもあるわけだ。
…まぁ随分複雑な心境になるけどね。
そんな訳で、今エマは幸せの絶頂にいるんだ。
ジョアンはまだ友達意識から抜け出すことができず、頑張って新しい目でエマを見ようとしている。
本当にこれは頑張れとしか言えないよ。
「そ、そっか。
ところで最近ここでノールを見ないんだけどさ…。」
「あぁ、ノール?
今はクラスメイトのところに次々と上がりこんで可愛い子の紹介を頼んでるらしいよ?
人間、固定観念から抜け出すと分からないものだね〜。」
「あぁ、そうだな。
あれだけエマエマ言ってたのにな。
…やっぱり悪い気がしてしょうがないけどな。」
「しょうがないよ。
先にアクション起こしたのがノールじゃなくてエマだったんだもん。
早く動いた方が勝ちなんだって。
今回のでそう僕は学んだよ。
誰が悪いわけでもない。
だから大丈夫だよ。」
「ミック…。」
「ね?
じゃ、そういうことで夕飯の時よろしく♪」
バタン。
僕は逃げるようにして自分の部屋に入った。
…そう言えば、最初以来考えたことなかった。
レナは…やはり僕の中で恋愛対象ではない。
正確に言えば、今のところ女性は全て恋愛対象ではない。
まず恋愛ってのがよく分からないし…。
恋というものは僕とはかけ離れた場所にあるものだと思っていた。
でも…こんなにも近くまで忍び寄ってきていた。
僕の目の前で、ジョアンとエマっていう一つの恋愛そのものが。
それがどんな影響を及ぼしているかは分からない。
でも、何か特別な感情が僕の中には小さく、確実に渦巻いていた。
前、ジョアンが告白された時はそんなことなかったのに…。
単刀直入に言ってしまえば『羨ましい』。
でも何か違う。
もっと複雑な気がする。
きっと…僕の中にはなかった感情だろう。
何かが…どこかで…狂い始めている。
それも分からない方向に。
カバンを床に置くと、僕はそのままベッドに倒れこんだ。
この1時間半後に呼び鈴が鳴ったらしいが、僕の耳には届いても意識までには届かなかった。
またまた時が経つのは早いもので、今日は社会見学の日。
しかも学級委員にとってはまったく面白くない…。
バスの中で僕はうなだれていた。
「はぁ…。
何が面白くてずっと突っ立ってなきゃいけないんだろう…。」
「もうそれはしょうがないでしょ?
諦めるしかないよ。」
「そうだよね…。
…はぁ。」
「全然諦められてないじゃない…。」
隣に座っているのがご存知のレナ。
僕は空いた席に座ればいいや、って思ってたらここしか空いてなかったってわけ。
時々真後ろの男子の友達がミーちゃん♪って言うのが正直にむかついた。
何?
何が言いたいんだ!
後からジョアンに聞いたんだけど、クラスの男子が謀ってこうしたらしい。
この確信犯供め。
まぁレナだからそんなに気にしないし、僕にはそんな感情湧かないから…。
この間の夜のはその…。
ちょっと疲れてただけだ。
「おい、ミック!」
「ん?」
通路向かいに座っているボルトが呼びかけてきた。
そっちを向くが、きっと今の僕は死んだような目になっているだろう。
「…何でそんな死んだような目してんだよ。」
「ハハハ…。
学級委員の宿命と戦う前に敗北したからさ…。」
「大丈夫か?お前。
なら一緒に回ろうかと思ってたんだけど…無理そうだな。」
「うん、ごめんよぉ。」
本来なら僕だって楽しんで回るつもりだった。
こうなったのもやはりジョアンのせいだ。
文化祭実行委員として苦しめてやらなくちゃ!
…と思ったけど、文化祭は学級委員も忙しくなるんだ。
…結局僕が一番深手だよぉ…。
そんな風にうなだれていると、何故かいきなり先生に話しかけられた。
「ファーミット君、もう着いたって言ってるじゃない!」
「へ?
えぇ…?
えぇぇえ?!
もう着いちゃったんですか?!」
「早く来て点呼してね!」
「はぁい。」
もう着いちゃった。
さ、学級委員の仕事三昧だぁ…。
…とほほ。
「…はい、今ので3組全員揃ったと。
あとは1組が4人、2組が1人、4組が2人だよ。」
「やっと終わりね…。
そういえば、仕事終わった後ってどうすればいいんだろうね?」
「確かさ、先生にこの通過表を提出すれば良かったと思うよ。
その後は自由行動だって。」
「じゃあこの後見て回れるじゃない!」
「そうだけどさ、この後先生見つけてこれを提出するでしょ?
その後はそろそろご飯食べないと…。
それでなくてももう遅いのに…。
さらにその後だよ?
見回れる時間なんて30分くらいしか残らないさ。」
「30分でも無いよりマシよ。
…あ、でもそれって今の時点で通過表が完成したらでしょ?
まだ完成してないから30分よりもっと少なくなるね…。」
「はぁ、良い事ないなぁ…最近。」
「そう?
私は結構楽しいけど。」
「ドコが?
人が通過するのを見届けるのがそんなに楽しい?」
「違う違う。
そのことじゃなくって…。
最近!
ミーちゃんと一緒に仕事するようになってから随分楽しいよ?」
「そうかなぁ…。
ただ機械的に仕事してるだけだよ?」
「それだけでも楽しいの!」
「へぇ〜…。」
そんなやり取りをしていると、明らかに見たことのある2人組が近づいてきた。
「あ、ジョアン!エマ!」
「あぁ。
仕事、頑張ってるみたいだな。」
「まぁね。
やらないとユリアン先生がすごい勢いで怒るからね。」
「あれ?
エマ…仕事は?
終わったの?
私たちはまだ終わってないのに…。」
「うん、私は最初のチェックポイントだもん。
1時間くらい前に終わったよ。
もうお昼も食べたし。」
「うっわ〜、それってズルイよ!」
「ず、ズルくないよ。
1組の特権!」
「この割り振り…。
学級委員内でも差別があるなんて…。
しかも2組の僕たちが何で最終チェックポイントなんだよ。
一番終わるの遅いじゃん。」
「それはアレだろ。
ほら、学級委員の担当の先生がユリアン先生だから。」
「あぁ、そっか。
あの人の支配から逃れることはできないのか…。」
「ま、お疲れ。
じゃあな。」
「うん、またね。」
軽い会話のあと、またジョアンとエマは行ってしまった。
もう普通に恋人同士に見える。
今だってほら、普通に手とか繋いじゃってるし。
「青春よね〜。
いいなぁ〜エマは。」
「じゃあレナもそういう相手見つければいいんだよ。
ね?
簡単じゃん。」
「私はそんな人居ないよ…。」
いつかどこかで聞いたセリフだ。
その主は現在進行形で恋愛中だけどね。
「そうなの?
ま、別に深く聞くつもり無いけどさ。」
「じゃあミーちゃんはどうなの?」
「僕?
恋自体したことないよ。」
「えぇ?!
すっごく可愛いのに?」
「うっ…。
その可愛いとか何とかなんないかな…。」
「だって本当のことだもん♪」
「前話したっけ?
そういうのにさ、何か興味持てないんだよね〜。
だからジョアンたち見てても青春してるな〜くらいしか思わないの。」
「珍しいのね…。
ミーちゃんくらいの男の子だったらそういうの自然としたくなることない?」
「分かんない。
恋したこと無いから。」
「そ、そっか。
……残りの人、来ないね。
さっきのジョアン君の分をカウントしても、残り1組が4人、4組が2人か。」
確かに。
ジョアンたちが通ってから10分経っているのに未だにまだ誰も現れない。
「どこでもたついてるんだろうね…。
ココって迷路じゃないよね?」
「迷ってるなんてことはないわよ〜。
流石に16くらいになると。」
「そう言えばさ、レナって誕生日いつ?
僕は10月25日。
だから16になるのってまだ先なんだ。」
「私はもう終わったよ?
5月11日だもん。
私の方がミーちゃんよりお姉さんってこと!」
「お姉さんって1年も違うわけじゃないじゃん!
…ってことは16なんだ。
そっかぁ…。」
「なぁに?
16って何か気になるの?」
「別にぃ。
ただね、僕の周りはもう16ばっかなの。
ジョアンだってエマだってノールだってボルトだって…。
それにレナもね。
何か置いてかれてばっかだな〜って思って。」
「年齢だけはしょうがないよ。
生まれた順番に歳とってくんだし…ね?」
「うん…。
最近さ、そんなどうでもいいことばっかり頭の中をぐるぐる回るの。」
「それはそういう時期だからだよ。
思春期ってさ、すっごく不安定な時期なんだって。
だから必死で自分を模索する時期なんだって。
…何かの本にそうやって書いてあったもの。」
「色んな本読んでるんだね、レナは。」
「暇だったから…。
…。
そう言えば言ってなかったね。
そろそろ話してあげようかな。」
「何を?」
「最初に言ったこと、覚えてる?
学級委員になった理由は自分を変えるためだって。」
「うん。
言ってたね。
聞いてもいいの?」
「えぇ。
だって私達、友達じゃない。
私ね、中等学生の時はすっごく真面目で…。
固くて、融通利かなくて…。
ミーちゃんが言ってた通りの人だったの。
そんな自分がものすごく嫌だった。
だから何とか変えなくちゃって思ってたんだけど、きっかけがなくて…。
そんな時に読んだ本でこう書かれていたの。
『人が歩いた跡に道はできる』んだって。
それまでの私は人が塗り固めた道を歩行器つけてはいつくばってただけだった。
お母さんやお父さんの言う通りに自分の道だと決め込んで…。
その本を読んだ後に知ったんだ。
そして決めた。
私が私自身の道を開かなきゃって。
人の歩いた跡なんて意味が無い。
私自身が道を作らなきゃ夢は叶わない。
そう思えて、私はコルネリア魔法魔術学院で今までの自分を捨てることにしたの。
…で、結果はまぁ…まずまず、かな。
多分、同じ学校から来た子と今話したら、絶対変わったって言われるよ?
ミーちゃんのおかげで、変わることができた。」
「僕のおかげって…。
僕は何もしてないよ?」
「何もしないことをしてくれたの…。」
「?
どういうこと?」
「ふふっ、そういうこと!」
「えぇ?!」
そう言って、レナは奥へと駆け込んでってしまった。
ちょっと待ってよ!
その前に仕事放棄しないでよ〜!
ちょっとレナぁ〜!
その後、結局チェックポイントを離れてしまって、やけくそになって中を見て回ることにした。
御飯を食べてる時間はなかったから、歩きながら食べることにした。
幸い、今日のお弁当はサンドイッチだったしね。
レナとサンドイッチをぱくつきながら、ただ歩き回った。
何だかそれだけのことが嬉しかった。
僕がレナをどう変えたのかは分からないけど、逆に僕がレナからいろいろ変えられた気がする。
…よく分かんないけどね。
集合時間になって、僕たちは急いでバスに走った。
先に居ないと先生に何言われるか分からないから。
もちろん通過表は裏工作して全員が通ったことにした。
…他のクラスのことだったから知らなかったが、通らなかった計6人は今日は欠席していたそうだ。
それを知っていたなら無駄な時間を過ごさなかったのに…。
先生に通過表を見せた時にそう告げられた。
そしてボソリとこうも言われた。
「貴方達、この詐称は今回は多めに見てあげるわ。
次はないと思った方がいいわよ?」
…と。
ひえぇ、相変わらずおっかない先生だなぁ…。
帰りのバスでは、みんな疲れているのか眠っている人が多かった。
通路向かいのボルトもぐっすり。
けれど僕は、ずっとレナと話をしていた。
何だか、レナがより近くに感じられたんだ。
それに前感じたように、レナと話していることが僕にとって安心できることだった。
学校に着くまで、ずっと話していたんだ。
皆がバスから降りていく。
先に出て行ったジョアンに手を振ると、このバス内で行われる反省会のために残らされていた。
はぁ、反省会ってのは明日にならないものかねぇ…。
とりあえず今はもう部屋に帰って休みたかった。
他のクラスの学級委員も集まり、すぐに反省会が開かれた。
「反省会って言っても何もやることないわね。
よし、ファーミット君。
今日の感想と締めをよろしく。」
「えぇ?!
また僕ですか?!」
「頑張って♪」
「…はぁぁ。
んっと…。
今日はまぁ、多少のトラブルはありましたが、終始穏やかに進めることができました。
皆さん、お疲れ様でした。
以上です。」
「それだけ?」
「僕の語彙力ではこれが精一杯です。」
「…ま、いっか。
そういうことです。
では今日は解散!
お疲れ様でした。」
ふぅ、やっと終わった。
これで真っ直ぐ部屋に…と思った瞬間にまた先生からのお呼びがかかる。
「ファーミット君♪」
「あの…まだ何かやれということですか?」
「だって明日文化祭の出し物を決めなきゃいけなくてね。」
「それが僕の自由を束縛することと何の関係があるんですか?」
「そんな大それたことしてないわよ!
ん〜、ちょっと去年の資料とかまとめなくちゃいけなくてね…。
本当は私の仕事なんだけど、社会見学のせいでうまく進められなかったのよ。」
「…つまり手伝えと。」
「大丈夫、30分くらいで終わるから。」
「どこまで生徒に依存しているんですか…。
じゃあ早くやりましょうよ。」
「流石ファーミット君♪」
どうやらこの先生は、頼まれれば嫌とは言えない性格を完全に把握しているようだ。
…誰が僕をこんな性格にしたんだ…。
「せ、先生!
私も手伝います。」
「あら、ブルーデンスさんもやってくれるの?
じゃあお願いしようかしら。」
良かった。
助け舟だ!
じゃあ30分より早く終わるんじゃないか?
とりあえず今は先生に指示に従うよりほかなかった。
「…はい、今度こそお疲れ。
今日はゆっくり休んでね。」
「はぁい。
お疲れ様でしたぁ…。」
30分って言ったのは嘘だった。
今はもう7時過ぎている。
ってことは2時間も作業させられたことになってるじゃん!
レナが居なかったらもっと遅くまでやらされてたよ…。
本当にレナに感謝感謝。
2人で正門まで歩く。
「ありがとう、レナ。
君のおかげで多分、より早く終わったよ。
先生と2人だけだとどうなっていたことやら…。」
「どういたしまして。
だってミーちゃんだけ辛い思いさせるわけにはいかないもん。」
「ありがとう…。
本当に助かったよ…。」
「…ねぇ、見て向こう。」
「ん?」
レナが指差す方向を見ると、そこには太陽は既に沈んでいるのに夕焼けが空に残っているのが見えた。
その夕焼けの色と、夜になろうとしている暗い色が溶け合って不思議な色を出している。
「うわぁ〜…。
あんな色、初めて見た…。」
「不思議な色ねよ…。
何色って言うのかしら。」
「分かんない。
でもすっごい不思議…。」
そんな風景に見入っていると、いつの間にか僕たちは正門にいた。
僕はびっくりして足を止めた。
「うわわ。
もう正門だ。
…じゃあレナ、また明日ね。
今日はありがとう。」
「いいよ別に。
私のほうこそありがとうだよ。
話聞いてくれたし。」
「僕でよかったら何でも聞くよ。
聞かされることには慣れてるから。」
「ありがとう。
じゃあ、またね。」
「うん、バイバイ。」
そう言って手を振ると、僕は星霜館の方に歩き始めた。
次の瞬間、いきなりレナが僕を引き止めた。
「ミーちゃん!」
「なぁに?
レ…」
振り返った瞬間に、僕は何が起こったか分からなかった。
感じられたことは、僕の唇に何かが当たっているという感覚だけ。
それがレナの唇だっていうのは、その時には理解できなかった。
その長くも短くもないキスは、生まれて初めて体験したものだった。
ゆっくりと唇を離すレナ。
「へへ…。
じゃあね。」
彼女はそう言って闇の中に走って行ってしまった。
さっき見えた空の不思議な色はもう暗くなってしまって見えない。
僕はそのまま呆然と立ち尽くすことしかできなかった。