その先にあるもの。

Story25 その先にあるもの。


いつの間にか冬休みも明け、新しい年を迎えた。
まさか肌を合わせながら年を迎えることになるとは思ってなかったけどね。
まぁそれは置いておこう。
今まで病院にいた分だけ授業の遅れがあったため、毎日毎日レナや先生の授業を受けた。
そしたら冬休みになっちゃって…。
気が付いたら年明けになってしまった。
しょうがないからってことで、新学期からの登校になったんだ。
と、言うことで、現在僕は教室の扉の前にいるわけだけど…。

 

「う〜ん…何か入りにくい。」

 

こうして躊躇うこと既に10分。
朝早いせいか、人は殆どいない。
いるとすれば、教室内には…レナかな。
話し声から察するに、カレンさんもいるみたい。
あとは男子がちらほらってところかな?
とりあえず10人には満たないらしい。
少人数なだけに、入りにくい。
いや、フルメンバーであっても入りにくい。
こういう時って、どんな顔をして入っていったら良いのか分かんないなぁ。
だからさっきから、僕は扉に手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返している。
開けようか、どうしようか。
そんな時だった。
ちょうど手をかけたその瞬間、真後ろから久しく聞いていなかった声が僕の耳に伝わった。

 

「何やってんの、ミック?
 早く入れよ。」

「え?
 …あ、ボルトだ!
 久しぶり♪」

「おーそうだ、久しぶりだったな。
 うん、久しぶり。」

 

相変わらず謎の反応を見せてくれるボルト。
まるで昨日も会ったじゃん、って感じの言いぶりだ。

 

「いや、あの…。
 何か教室に入りにくくってさ〜。」

「分かったから早く入ろうぜー。」

 

お構い無しに、僕を教室に押し込む。
ガラガラと言う音を立てて開いた扉に、教室内の人たちの視点は集中。
何でもなかったように、各々が視線を元に戻したその矢先、もう一度みんなの目が僕に集まった。

 

「お、おはよー。」

「……。」

 

教室が沈黙する。
な、何で…?
まるで幽霊でも見るような顔で、みんな(レナ以外ね)は僕を見た。
そんな中、ゆっくりと立ち上がったレナが、僕を見ながら一言。

 

「お帰り、ミーちゃん。」

 

それがきっかけになったのか、他のみんなからも「お帰り」と言う言葉を一斉に受けた。
照れくさくて俯いてしまう僕を、ボルトが押す。

 

「ほーら、早く席に座んなよ。」

「ちょっ、わ、分かったから押さなくても大丈夫だよ!」

 

カバンを横に引っ掛けて、久しぶりの自分の席にゆっくりと腰を下ろした。
その感覚は新鮮なようで、いつもの通りの感触だった。

 

「あぁ…そうそう、こんな感じ…♪」

「はぁ?
 ミック、大丈夫か?
 ちゃんと医者に診てもらったのか?」

「し、失礼なっ!
 僕はもう異常なんてどこにもないですよーだ!」

「うーん、心なしかレナに似てきたなぁ。
 何かあったか?」

 

それを言われて、思わず一番最初のあの夜のことを思い出す。
そんな自分はもう末期だな、なんて思って自己嫌悪してみたりした。
結局それしか思いつかずに、返答に詰まって完全に言葉が出なくなってしまった。

 

「え、あ…、う…。」

「へぇ〜、なるほどね。
 了解ーっと。」

 

いきなり何かを悟ってくれたボルト君。
何を悟ったのか知らないけれど、どうか事実に極めて近いものでありませんように。
と言うか、変なことを勘違いされても困るんだけど。

 

「な、何を了解したんだよっ!」

「べっつに〜。
 ちょっとやるもんだなー、なんて感心してたところ。」

 

うん、やっぱり何か事実にかなり近いところまで迫ってるっぽい。
でも多分僕が先に迫った、なんて思ってるんだろうけどね。
そんなところで勘違いしてるんだろうなぁなんて思うと、ふっと笑みがこぼれてしまう。
こぼれてそれをボルトに見られ、さらに

 

「あ、そうかそうか。
 そっちで来たか〜。
 確かにそっちの方が自然だもんなぁ。」

 

何て言うもんだから、僕はものすごい困惑状態に陥ってしまう。
相変わらず掴みどころがないヤツだ。
後から何を悟ったのか具体的に問いただしてみようと思う。
あわよくば一矢報いたい。
そうして完全にボルトの方に気を集中させていたところ、突如目の前に旧友の姿が現

 

「旧友は無いだろ。
 一応現在進行形で親友やってるつもりなんだけどなぁ、ミックさん?」 

「ご、ごめんごめん。
 って何で僕が思ってることを掌握してるんだよ、ジョアンさん。」

「そりゃ思ってることが顔にはっきり出てるから分かるものだよ、ミックさん。」

「そ、そんなことないでしょ!
 そうやって僕をからかって遊んでるんでしょ?!」

「はははっ!
 相変わらずミックだなぁ、久しぶり♪」

「久しぶり〜。
 って一昨日会ったばっかじゃんっ!」

「そうだよ?
 何か社交辞令みたいな感じ?
 ほら、…なぁ、分かるだろ?」

「分かんないよ。」

「冷たいなぁ…、なぁ?」

「全くだーね♪」

「ん?」

 

ジョアンとの会話に夢中になりすぎて気が付かなかったけれど、
彼の隣には僕が会ったこともない人物がジョアンと並んで立っていた。

 

「えーっと…どなた?」

「あー、そっか、お前は知らなかったなぁ。
 冬休み前に転入してきたアレックスだよ。」

「そっか。
 えっと、僕は」

「ミックね、うん大丈夫。
 もう覚えておいた!」

「は、はぁ…?」

「僕の名前はアレックス。
 一応性別は雄で、趣味は家事ってところでよろしく♪」

「う、うん…。」

「じゃあお互い名乗ったところでシェイクハァ〜ンズ♪」

 

と、ものすごくテンション高めの挨拶から、さっと僕の手をとってぎゅっと握手。
握手…だけではなかった。
さらに僕の手をまじまじと見て、それから

 

「うん、良い手だ、大好き♪」

 

何て言ってくる始末。
会って早々いきなり何だろう。
ボルト並みの掴みどころの無さだけど……ん?
ちょ、ちょっと、何でいきなり僕の手にキスしてくるわけなのさっ!

 

「ん…。」

「な、ななななな、なななな何やってるのーっ!!」

「…え?
 ほら、愛ゆえのキスだよ。」

「は?」

「僕、君みたいな仔、すーんごくタイプなんだ♪
 だからよろしくー。」

「えぇっ?!
 ぼ、僕はそういう嗜好は生憎持ってないから!
 当たるなら他を当たってよ!!
 大体僕は」

「うん、彼女さんいることは知ってるよ〜。
 でも彼氏さんはいないでしょー?
 だったら大丈夫じゃん?」

 

どうしよう、この人の思考についていけない。
何が大丈夫なのか、是非とも原稿用紙300枚程度にまとめていただきたい。

 

「だぁぁぁぁっ!
 ダメったらダメなの!」

「良いじゃん良いじゃんっ♪
 もうそうなるって決まって」

「何が決まっているのかしら?」

 

ここで、こちらの様子を察知したレナが登場。
ものすごい笑顔でアレックスを見ているけど、その場にいる全員は同じ確信を持ったと思う。
これは絶対に怒っている、と。
その姿はまさに猛々しい龍をイメージさせた。
ずい、とアレックスに近寄って、さらに殺気を帯びた笑顔で見据え、
そしていつもよりもっと、怖いくらい優しい声で言った。

 

「で、何が決まっているのかしら、アレックス君?
 何か不思議なこと言ってたよね〜。
 えーっと、何だっけ?
 彼氏さんはいないから大丈夫、だなんて言ってたよね〜。」

「…………。」

 

さすがのアレックスも、今のレナには抗うことさえ出来ず、
ただ怯えた目でジョアンに助けを請うしかなかった。
しかし、ジョアンもとばっちりは嫌だからそっぽを向いている。
逃げ場はどこにもない。

 

「あ、ちょっと…お腹、痛いかな〜。
 朝のホームルームが始まる前には戻ってくるって先生に言っといて!
 それじゃっ!!」

 

と言い残すと、物凄い勢いで教室を出て行った。
さすが豹族の仔だ。
何て言うか走る速度が人並み外れ過ぎてる。

 

「ちぇー、逃がしちゃったなぁ。」

「それ以前に追いかける気なんて無かったでしょ?」

「まぁね〜。
 でもあそこまで大胆にされると、私も穏やかな気分ではいられないよ?
 ま、そう簡単にミーちゃんは落とさせないけどねっ♪」

「ちょ、ちょっと…!
 学校で何恥ずかしいこと言ってるの!」

「んー?
 ただそう思ったから口にしただけだよ♪
 気にしない気にしない♪」

 

そして何も無かったかのように自分の席に戻り、また女子数人と話し始めるレナだった。
うん、あんなこと言われるのは恥ずかしいけど、悪い気はしない。
どうにも僕が守られてる、って感じはしなくもないけど。

 

「お前ら、相変わらずだなぁ。
 羨ましいことで。」

「こういうのはそんなに簡単に変わるものでもないと思うけどね。
 変わったら僕達で無くなっちゃうもん。」

「確かに。
 でもま…ホントに良かったな、お前。」

「うん、全部思い出せて良かった。」

「そういうことが言いたいわけじゃなかったんだけどな。
 うーん、でもそういうことにしておいてやろう。」

「何でそんなにも上からの目線で僕に言うのさ。」

「まぁ気にするな♪」

「うーむ…。」

 

一瞬だけ考える。
そしてすぐ、ふと何かが浮かんできた。
ジョアンが何を良いと言ったのかは…何となく分かった。
きっと、全てが良かったんだろう。
僕がレナと出会えたこと、僕らが恋人同士になれたこと。
どちらにトラブルが起こっても、こうして最後にはまた同じ場所に帰って来れること。
自信を持って言える。
こんな風にいられる僕らは、絶対この世で一番幸せだと確信した。
だってそうじゃなきゃおかしいもん。
…あれ?
僕、今ワケ分かんないこと考えてるな。
あれあれ?
一体どこからこの思考に移っ

 

「あでっ。」

「こぉーら、惚気者。
 いつまで妄想しちゃってんの。」

 

あれこれ考えてる間に、後頭部に軽くスパーンと一発。
見事に現実に引き戻された。

 

「え?
 あ、先生…?」

「あ、先生…?じゃないわよ?
 もう朝のホームルームが始まってるんだから、さっさと私にお茶を持ってきなさい。」

「先生、それは記憶が無くなる前もやっていた記憶が一切ございません。」

「あらそう?
 そこだけはしっかりしてるのねぇ…貴方。
 んじゃ始めましょうかね〜。」

 

相変わらず軽いノリで浅そうに見えて、よく分からない先生だなぁ…。
でも…そんな変わらない日常も、僕にとっては懐かしくて笑えてしまった。
みんなは不思議そうに見るけど、僕は本当に良かったと思う。
みんなと出会えて、そして…レナとも再会できて。
本当に…良かった。

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

幾度目かの夜が舞い降りた。
幾度目かの激しい抱擁は続いた。

幼さを残した青年、彼女がその生涯で愛した唯一の青年。
彼女の本心は行かせたくはない。
だが、彼女の職務から言えば行かせなければいけない。
女としての自分、女王としての自分。
そのジレンマは結局解決されず、ただ青年は女王としての彼女を受け入れた。
我が主のために、そして国のために。
彼女は青年が心配であったが、青年は女王を心配してなかった。
何故なら、青年は信じていたから。
女王としての、血族の力だけではない。
きっと、青年は彼女の心を信じていたのだろう。

幾度目かの、そして最後の夜が、さらに更けていく。
互いを求め合う声は、悲しいことに夜に溶けていく。

 

「大丈夫ですよ、アメリア様。
 たとえ私がいなくとも、きっと私らの子が私の代わりになってくれます。」

「あなたはいつもそうね。
 皮肉を言う時は、いつも丁寧な喋り方。
 あなたは女王の側近である前に、私の一個人の所有物なのだから。」

「所有物とはまた大きなことを言うね〜。
 …でもまぁ、それはその通りなのかもしれない。
 現に僕はアメリアに支えてもらっているし。」

「えぇ。
 私の後ろ盾がある以上、あなたは絶対に戻ってくる。
 彼らには何度も否定されたけど、私はあなたとしかこの絆を作るつもりはないから。
 でもこれで大丈夫。
 私はきっとあなたの子を孕むことになるわ。
 その子がさらに子を産み、末代まで続けば…。
 最悪の場合はもう一度、あなたと愛し愛される日々が戻ってくると信じてるの。
 あなたは…来世でも一緒にいたいと思える、唯一私が愛した人だから。」

「ありがとう。
 僕もそう思うよ。
 アメリアがいてくれたこと、本当に感謝しているよ。」

「そうやって、恥ずかしげなこともさらりというところも…あなたらしいわね。
 ………。
 寝て朝になってしまう前に、もう一度、私はあなたと…繋がりたい。」

「僕の体力が尽きるまでなら、何回でもお相手しますよ、アメリア様。」

「ふふっ…。
 本当にありがとう、ミハルク。」

 

さらに激しく求め合う二人。
互いが離れないよう、心で繋がり続けていられるように。
何度も何度も、朝が訪れるまでずっと。
一晩限りの夢だった。

 

 

───────────────────────────────────────

 

 

「…はぁ、またこれかぁ。」

「でもこれが仕事なんだからしょうがないわよ〜?」

「そうだけどさぁ…はぁ。」

 

今は放課後。
僕らは当然のように学級委員の作業を行っている。
今日は明日配るプリントの整理と、この一年のまとめを行っているところだ。
学級委員は、そのクラスの一年がどのようなものだったかをまとめて提出しなければいけないらしい。
何のためにそんなことするのかは知らないけれど、すごく面倒。
一人でやれ、なんて言われたら死にかねないような量なんだ。
二人で他愛の無い話をしながら、まずはこの一年に何があったのかを集計していた。
他愛の無い話に混じって、レナはふと僕にこんなことを聞いてきた。

 

「ねぇ、覚えてる?
 一年が始まったばかりのあの日、私達が学級委員になった日。
 放課後に、今と同じようなことしてたよね?」

「…。」

 

うん、言われなくても覚えてる。
あの時初めて、僕はレナと話した。
レナという存在が、僕の中に入ってきた。
もしかしたら僕は、あの時から既にレナに魅せられていたのかもしれない。
あの時は気が付かなかったけど、僕はドキリとしたと思う。
春の風にたなびく、レナの金色の髪。
顔は下を向いたまま、こちらの様子を伺うような上目遣い。
そして何より、凛としたレナの姿。
何を取っても完璧だった。
確かにエマも綺麗で可愛い。
でもそれ以上に、レナは可愛かった。
存在感のある、芯の折れない強い、可憐な華のようだった。
…う、何か顔が熱くなってきた。

 

「???
 大丈夫?
 顔が真っ赤だけど。」

 

レナの手が僕に触れる。
何だか暖かくて、くすぐったかった。
でも安心できた。
触られて、ふと目を閉じる。
あぁ、この子はやっぱり僕の…。

 

「「え…?」」

 

二人の声は同時だった。
見れば、レナが涙を流していた。
そして、自分の目からも。
理由は分からないけれど、二人で同時に涙を流していたことだけは理解できた。

 

「「な、何で…。」」

「僕は…ただ…。
 僕はレナと出会うことが必然だったのかな…なんて考えてて…。
 そしたら、よく分かんないけど…涙が…。」

「私もただ…。
 ずっと会えなかった、私の唯一の恋人みたいだな…なんて思ってたの。
 そう考えただけで、考えただけなのに…。」

「…ははは、結局僕ら、似てないようでよく似てるね。
 今、手で触れられて思ったの。
 よく分からないけど、懐かしいって。」

「私も…。
 よくこうしてたな、なんてワケの分からないこと思ってた。
 でもきっと、私達はこれで昔と今が繋がったんだな、なんても思ったりしたよ。」

「うーん、よく分からないけどそんな感じがする。
 あ、あのさ…こんなところだと変だけど…。」

「キスしよっか♪」

「う、うん!」

 

立ち上がって、お互いを見つめ合う。
よく分からないことに、何かが繋がった気がした。
夕焼けが差し入る教室。
それを背景に、僕らはゆっくりと誓いを立てた。
ずっと一緒にいられるように。
たとえ…僕らがこれから歩む道、その先の向こうにあるものが何であろうと、
僕らは寄り添いあって、力を合わせて歩いていける。
そう思った。
そんな誓いを、沈み欠けた太陽が見守っているように思えた。

また、春が来る。
そして僕らは、また一歩踏み出すんだ。
勿論今でも問題は山積み。
アレックスの猛攻にも毎日耐える日々が待っているだろうし、きっとノールもやってくるだろう。
ジョアンは今まで通り親友だろうし、エマも良い相談役であり友達。
ボルトなんかは…時々変なことし合ったりするんだろうな…。
でも、それでも良い。
こうして、僕はレナと一緒にいられるから。
きっとレナとなら、どんなことも乗り越えていけるから。
だからこれで、僕の初恋の話はおしまい。
この後にも勿論色々トラブルが起こるんだけど、それはそれ、これはこれ。
全ては、その先にあるものなんだ。
じゃあまた、機会があったらまた僕とレナのお話をするね。

 

 

終わり

 

NOVEL TOP