その先にあるもの。

Story23 確固たる意志とともに

 

こんなことになるなんて…思いもよらなかった…。
折角……、折角ミーちゃんが目を覚ましたのに。
何でこうなってしまったの…!
ミーちゃんが目覚めたことに安心しすぎていたかもしれない。
私の名前を呼んでくれたから…安心しすぎていたかもしれない。
でも…。
その言葉は、あまりにも残酷なものだった。

ミーちゃんが目を覚ました翌日のこと。
目覚めた直後に、ミーちゃんはまた眠ってしまったから…。
何も話すことなく、それで終わってしまった。
翌日にはしっかりと目を覚まして、お医者さんの質問に受け答えしてた。
それだけは完全だった。
…他をのぞいては。
診察を終えたお医者さんは、病室の外で待っていた私に言い放った。
それは…本当に予想外のものだった。

 

「ファーミットさんは、事故によるショックで記憶を失った状態になっています。
 所謂、記憶喪失…ですね。
 頭に受けた衝撃により、一時的な記憶喪失状態になっていると思われます。」

「一時的…?
 一時的ってことは、記憶が戻るってことですか?!」

「保証は…できません。
 何がきっかけで思い出すかは分からないものだから…。
 前のように話しかけてあげることが重要だと思います。」

「そう…ですか…。」

 

ミーちゃんが……記憶喪失…?
じゃあ…何で私の名前を覚えてるんだろう…。

 

「あの…記憶喪失って…。
 私の名前を呼んでくれたんですけど…。」

「え?
 うーん…。
 私が確認したところ、どうやら対人関係の記憶がほぼ喪失しているようなんだが…。
 言葉も流暢に喋るし、計算もできていた。
 ただ、誰が友達だった、誰が親だった…。
 そういう記憶が抜け落ちてしまっているんです。
 だから、何故あなたの名前を呼んだかは…分かりません。
 もしかしたら、あなたならファーミットさんの記憶を呼び戻すことができるかもしれません。
 そんなに簡単に戻らないだろうからツライと思いますが…。」

「…いや…大丈夫です。
 私が…頑張ります…!」

 

私だけができることだとしたら…。
ミーちゃんのために…頑張ってみせる。
それが償いになるとは思わないけど、
でも今のミーちゃんにしてあげられることは…それだけだから。
だから私は今まで通り、毎日ミーちゃんに会って話をしよう。
そう…決心した。

 

 

「…本当に…覚えてないのか…?オレたちのこと。」

「…ごめんなさい…。
 僕…、覚えてないんです。
 思い出したいけど…ごめんなさい…。」

「そう…か…。
 …じゃあ…とりあえず自己紹介でもすれば…良いのか…?
 オレはジョアン。
 お前とは親友って言えるような関係だった…かな。
 色んなこと話し合ったりしたんだぞ?」

「分かりました、ジョアンさん。」

「”さん”は要らないって…。」

「私はエマ。
 ミックとは何て言うか…幼馴染の女友達って感じかな〜、なんてね♪」

「???
 何で女友達…?
 僕、男ですよ…?」

「そういう性格だったのよ♪」

「何かよく分かんないけど…。
 分かりました、エマさん。」

「私にも”さん”は要らないよ。
 エマって呼んでたし。」

「オレ…ノール。
 …なぁ?
 本当に、本当に覚えてないのか?
 実は覚えてましたーとか、そういうオチじゃないのか?!」

「……ごめんなさい。
 本当に…覚えてないんです、ノールさん。」

「”さん”とか呼ぶなっ!
 何か…変な感じがする…。」

「ご…ごめんなさい…。」

 

一通りみんながミーちゃんに自己紹介をしていた。
とても滑稽な感じだけど、今は笑えるような状況じゃない。

 

「どう?
 みんなの名前を聞いて…何か思い出さない…?」

「うーん…、ごめん。
 やっぱり思い出せそうにないよ…、レナ。」

 

ミーちゃんが私の名前を呼んだ。
そんな当たり前のことでも、今のジョアン君たちならものすごい驚きだったのだろう。
三人ともが目を見開いて、ミーちゃんを見ながら唖然としていた。

 

「え?え?!
 今、レナのこと…普通に呼んだよな?!」

「どうして?!
 実は驚かせるために仕組んでるとか、そういうのじゃないよね?!」

 

やはりどうにも信じがたいらしい。
私も…まさかこんな風になるなんて…思ってなかった。
でも…。

 

「何で覚えてるのがオレじゃないんだよ…。」

  

と、ぼそりと呟いたノール君は置いといて。
実は、これには重要な不可欠があった。
それは…。

 

「でもね…。
 ミーちゃん、私のことは名前以外覚えてないんだ。
 勿論、恋人同士だったってことも…。」

 

その事実の方が…私はよほどツラい。
せっかく私のことを覚えていてくれたのに、
実は覚えていてくれたのは名前だけだったんだ。

 

「要するに、みんなとあんまり変わらないってことよ。
 私との記憶だって…ないんだから。」

 

そう。
名前と顔だけ。
何も覚えてないよりはマシだとは思う。
でも、言っちゃ何だけど、私たちは恋人同士だった。
それは友達よりも遙かに深い絆なんだと思う。
だから、私のことは誰よりも多く覚えていて欲しかった。
それなのに…。結局私のことだってほとんど忘れてる。
みんなと…変わらないのかな、私。
あー、いやいや!
お医者さんだって言ってたし、頑張ろう。

 

「そうなんだ…。
 で、でも、一時的な記憶喪失なんでしょ?
 まだまだ希望はあるんだし、私たちにできることをしてこ!」

「そう、エマの言う通り♪
 私たちにできることをしてこう。
 ミーちゃんにたくさん話しかけて、少しでも早く思い出してもらわなくちゃね!
 だから…。
 ミーちゃんも、ちゃんと思い出してね…?」

「え…? あ、よく分からないけど、分かったよレナ。」

「ホントにコイツはミックなんだなぁ。
 仕草から話し方までそっくりだ!
 …って、本人だから当たり前か…。」

「はははっ♪
 ジョアン君って面白いこと言うんだね!」

「だから“君”は要らないっての。」

 

そんな風に、割りと楽しく話した。
いつもと変わらないみんな。
いつもと変わらないミーちゃんの笑顔。
変わったのは…私の中身とミーちゃんの記憶だけだった。
何だか…空しい。

数日後。
私やエマ達が、ミーちゃんに面会に来ているときのこと。
思わぬ来客が再訪した。
がちゃり、という無機質な音と共に現れたのは、白い虎の女性。

 

「あれ? どうしたんですか、先生?」

「んー、ちょっとね〜。
 ブルーデンスさんに用があって。」

「私…ですか…?
 …あぁ、また私の前世のことで」

「あ、今日は違うのよ。
 もしかしたら〜って話をね。」

「は、はぁ…?」

 

よく分からないけれど、とりあえず私は先生に促されるままに屋上へと上がった。
屋上のベンチに座り、やたら真剣そうな目をしているユリアン先生が滑稽に見えて、
少し目のやりどころに困ってしまう。

 

「よく聞いてね、ブルーデンスさん。
 今から言うことは、先生としてではなく女性として伝えることよ。」

「???
 あの…一体何でしょうか?」

「あの日、何でファーミット君が貴女を探し回っていたか…分かる?」

「え? ……あ。」

 

それは勿論、ミーちゃんの部屋の様子を見て逃げ出した私を捜しに出てきたからだろう。
でも、その辺りはテキトーにはぐらかしちゃったんだっけ。
私はとても奇妙そうな顔をしていたのだろう。
先生は手を横にブンブン振りながら、

 

「あー、何か質問間違えたっぽいね!
 はい、仕切り直し。
 あの日、ファーミット君が何をしようとしていたか分かる?」

「何を…?
 そんなの分かんないですよー。」

「こーっそり聞いちゃったんだけど、貴女の部屋に行くつもりだったみたいよ〜。」

「私の部屋に?
 何で?」

「回りくどく言えば、貴女の肥大した発情期を解除するため…とでも言えば良いのかな。
 意味は分かるわよね〜♪」

「なっ…!」

 

急速に顔が赤くなっていくのが、自分でも分かるくらい顔が熱くなる。
まさか…心の奥底では…同じ日に、同じことをしようと考えてただなんて…。
って、何だか私がエッチな仔みたいじゃない!
ま、それはミーちゃんも同じか。

 

「うん、その反応なら正解みたいね♪
 で、これからが本題なんだけど…。
 不謹慎だけど、してみたら?」

「えぇっ?!」

「そのことでひどく悩んでたし、もしかしたらスイッチになるかも…なんて。」

「ど、どどど、どんなスイッチですかそれは!
 わ、私はあの時、発情期のせいであんなことを…!」

「あ〜ら、そんなこと言って、実は内心願ってたんでしょー?」

 

…ダメだ。
ミーちゃんの言う、ユリアン先生の説き伏せモードってヤツだ。
この時は何を言ってもダメらしい。
必ずこの人は他の意見は聞き入れない。
自らの意見を強制的に通そうとするのだ。
前まで散々私たちに皮肉を浴びせてきた彼女が、今では全く逆。
もう、この人は本当に掴みどころが分からない。

 

「でも…したからって、記憶が戻るなんて保証はないんじゃ…。」

「いやー、それはやってみないと分かんないっしょー。
 良い?
 やっぱり、記憶を戻すには過去の再現が一番だと思うのよ。」

「いや、まだ一度もしたことな」

「キスくらいしてんでしょー?
 一番印象深いキスを再現して、そのままもつれ込んじゃえばいいのよ!
 ファーミット君だって男の子なんだから、その想像を何度もしてるはずだし。
 そういうので思い出すかもしれないでしょー?」

 

…やっぱりダメだ。
もう彼女のペースになってる。
まぁ確かに彼女の言う通り、夏にはミーちゃんにあんなこと言ったけど…。
発情期を経て、私の中にあったリミッターは完全に解除された。
解除…されてしまった、とでも言えば良いのだろうか。
今では、ミーちゃんが望むのなら…私の体を預けたい。
私の全てを捧げたいと思うようになった。

 

「で、でも…。」

「いーい?
 言うと変だけど、これはある意味チャンスなのよ?
 考えてもみなさい。
 あのファーミット君が、自分から貴女を押し倒すと思う?」

「う…。」

 

悔しいことに言い返せない。
ミーちゃんは結構奥手なタイプだから、いつも私からけしかけないとダメなんだよね…。
キスする時だって、私がサインを送らないとしてくれないし。
私からだとすんなり受け入れてくれるのにね。
ただ手をつなぐ時だってそう。
…まぁ、私が自分から積極的にいくのが好きだから…良いけどさ。
エッチにしたって、したいとは言っても、絶対にミーちゃんからは来ないだろう。
私が暴走してた時は、きっとやむを得ない状況だったから…。
それでもあの時だって、結局私が部屋に行ったっけ。
で、あの時のミーちゃんの状況と今の私の状況が若干似てる、と。

 

「…はぁ、分かりました。
 でも、ミーちゃんが退院しないことには何もできませんからね!」

 

口では仕方がないから、って気持ちを込めておく。
…が、内心ドキドキしていた。
ミーちゃんと一つになれるから。
私としては何としてでも、キスで記憶が戻って欲しい。
そうすれば…私は正真正銘ミーちゃんと一つになれるから。

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