その先にあるもの。

Story22 夜半の寝覚

 

「…どう、ミーちゃん。
私の方は…今日はね――」

 

あの事故からもう約一ヶ月。
冬が間近にせまっている時期になってしまった。
そんな中、毎日私はミーちゃんに会いにきている。
決して返事はしてくれないけれども、こうして出来事を話すことが日課だから。
こうしていれば、きっとミーちゃんは目を覚ますはず。
そう信じたい。
だから私は毎日ミーちゃんに話し掛けている。
そうやっていつものように、授業が終わってミーちゃんに会いに来た時のこと。
病室のドアが開いた。

 

「先生…?」

「あら、ブルーデンスさん。
 貴女も大変ね、毎日毎日。」

「私は大変なんて思ってないですよ♪
 ミーちゃんには早く良くなって欲しいし。」

「そう。
 で…体は、落ち着いたみたいね。」

「あ、はい…まぁ…。」

 

今まで見せたことの無いような、ニコッとした笑顔を私に見せる。
…何だろう。
何か…心配されてる…?
私の隣に腰掛けると、ユリアン先生はたちまち怪訝な表情になった。

 

「フェンネルさんから聞いたんだけど…少し良いかしら。」

 

…フェンネルさん?
あぁ、ステアさんのことだ。
まぁ…いつかは聞かれるだろうと思ってたけど、まさか先生にとは…。

 

「アメリア・フローライト・ブルーデンスのこと、ですか…。」

「えぇ、そう…。
 もし本当だとしたら…これは大変な事態だわ。」

 

より深刻そうな目で私を見つめる。
本当かどうかなんて…考えるまでもなく分かる。
私の中に流れ込んできた記憶の一部が、既に事実を語ってしまうのだから。

 

「残念ながら、事実です。」

「じゃあ貴女は、完全に王位継承者だった…ということになるわね。
 まさか十二使徒の一人の末代が、こんな風に現れるとはね…。」

「はい…私も…知りませんでした。」

「かつての、滅びの都市…か…。
 ルーネスタリア国の女王、アメリア・フローライト・ブルーデンス。
 ブルーデンスは…貴女も引き継いできた名だったわね。
 …でも引っ掛かるなぁ。
 貴女、教会のシスターに預けられていたんでしょ?
 なら名前なんて…。」

「産みの親が…言い残したそうです。
 もらってくれる人に、
 『ブルーデンスの姓をつけておいて欲しい』
 と。」

「なるほど。
 だったらまぁ納得できなくはないか。
 でも何でその方達は貴女を手放したのかしら…。
 何か特別な理由が…?」

「あの……ここで話すのは…やめませんか…?
 ミーちゃんに…聞かれちゃうみたいで…。」

 

私の醜い部分を聞かれたくない。
いつかは話さなきゃいけないだろうけど、今はまだこんな状態だから…。
病院の外にある中庭のベンチに座り、私は自分からあの時の話を切り出した。
誰かに…聞いてもらいたかったのかもしれない。
私の苦しみを。
…勿論、ミーちゃんとノール君がキスしてた事実は隠蔽。
一応彼なりにもプライバシーってものがあるから。
私が暴走してからの心境から、アメリアとの記憶の共有まで…全て話した。

 

「そうか…。
 暴走して理性が飛んだ瞬間に、貴女はアメリア・フローライト・ブルーデンスと記憶を結合させた。
 一種の遺伝かしら…。
 古い呪術の類…?
 どちらにせよ、伝えられている魔術では不可能な業ね…。」

「記憶が曖昧だから何とも言えないけど…。
 魔法による遺伝情報への関与…みたいな感じですかね…。
 遺伝情報に今までの記憶を書き込むと言うか…。」

「そう…。
 魔法ってホントに何でもありなのね〜。
 一般常識なんて無関係に、独自の絶対の法則を打ち立ててしまうなんて。
 さすがは十二使徒…。
 神学書って、結構的を射たこと書いてあるものね。」

 

神学書…。
つまり、神話の書いてある書物のことね。
十二使徒とか言う話は、大抵神学書に書いてあるの。
人間って種族から支配権を奪う話をサクセスストーリーみたいにね。
事実に基づいた話を誇大に表現したものってワケ。
それに書いてある十二使徒の直系の子孫も、一応のこと把握されている。
今では力が衰えてしまい、魔法を失った人もいるって話を聞いたことがあるけど…。
現在、魔法が使えるのは各国の王。
それに私たちが通っているコルネリア魔法魔術学院院長、アーノルド・コルネリアだけ。
そう言われている。
魔法が使えることを知られると非常に面倒なことになるらしく、
この後を検討する必要があるということで先生が私を訪れたみたい。
そんなこと…悪いけど今はどうでも良い。
私は…ミーちゃんが元気になってくれれば…それで良い。
ミーちゃんの意識が戻ったら、一番最初に言いたいことがあるの。
とにかく言いたいこと。
私のせいでこうなってしまったことだし…。
…でも、さすがに一ヶ月は長い。
お医者さんにも…言われてしまった。

「もしかしたら、このまま一生目を覚ますことはないかもしれない」

どんな魔術を使ったところで、ミーちゃんの容態は変化しなかったから…。
絶望の二文字が、私たちを埋め尽くそうとするだけ。
あいにく、アメリアの魔法は治癒できるものじゃない。
完全なる破壊が元々の力だし…。
それが魔導大戦を終結させる決め手になったらしいけど。
…まぁ、この世には奇跡というものがあるし…。
それを信じて待つしかない。
それしか…できない…。
ミーちゃん…。
私…寂しいよ…。
早く帰って来てよ…。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ん……。
 …あれ…私…?」

 

…何か…いつの間にか眠ってたみたい。
辺りは既に薄暗くなっていた。
病室の窓から射し入る、暖かな月の光。
ふと月を見る。

 

「…あ、満月だ。」

 

満月。
暖かな光を放ちながらも、何故か寂しそうに見えるその姿。
よく分からないけれど…。
孤高の月が、今のミーちゃんと被っているように思えた。

 

「ミーちゃん…か…。」

 

思えば、ミーちゃんと出逢ってから毎日が楽しかった。
飾る必要もなく、素の自分でいられた。
あ…そうだ…、そう言えば…。
ノール君との件以外に、私たちは一切いさかいがなかったことに気がついた。
喧嘩するほど仲が良いと言うように、喧嘩してお互いのことを知っていくはずなのに…。
そんなことしなくても…、まるで魔法のようにお互いを理解できていた。
少なくとも私はそう確信している。
そこであの時の夢を思い出した。

 

「あ…もしかして…」

 

言いかけてやめる。
突然の事態に、私の関心はそれからあっという間にかけ離れてしまったから。
握っていたミーちゃんの手に、ほんの少しの力が宿ったのだ。

 

「ミー…ちゃん…?」

 

少しずつミーちゃんの体が動き始めている。
待ち望んだときがやっと来た。
どれほど思いを馳せていたのだろう。
私が目覚めてから、毎日休まずここへ通ってくること一ヶ月。
私の一番大好きな人が帰ってくる…!
思わず、名前を連呼していた。

 

「ミーちゃん!
 ミーちゃん!
 私はここよ!
 お願い、早く目を覚まして…!」

 

ミーちゃんの顔色に、少しずつ赤みがさしていく。
ミーちゃんが…目を覚ますんだ…!

 

「……んぅ……。」

 

うっすらと開き始めているその目は、紛れもなく生を宿したミーちゃんの目。
若干虚ろな感じだけれど、そりゃ一ヶ月も眠ってればそうなる…かな。
一ヶ月の間に衰弱してしまったらしく、体を起こそうとしているようだけど、
あまりうまく体が動かないらしい。

 

「ミーちゃん…。」

「レ…ナ…?」

「本当に…ゴメンね…。
 お帰りなさい。」

 

これで全てが元通りになると思った。
また前みたいにミーちゃんと生きていけるんだって思った。
でも…。
私の想像を遥かに上回る事態が、既にこの時には起きてしまっていた。
全く予想だにしていなかったことだった。

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