その先にあるもの。

Story20 悲劇と悲劇が重なる時

 

「早く…レナを追わなくちゃ…!」

「ごめん、オレのせいで…。」

「ノールが全部悪いワケじゃないよ。
 僕が…悪いんだ…。
 と、とにかく、今はレナを追わなくちゃ!
 実は、今のレナはとても危険な状態なんだ!
 それは追いながら説明するから!」

 

ちょうど部屋を出た瞬間に、ジョアンとばったりと鉢合わせをした。
今起こった出来事を説明するのはあまりにも情けないけれど…。
でも、レナを追うには少しでも人数が多い方がいい。
だから、大体の事情を話して協力してもらうことにした。

 

「全く…何やってんだかなぁ…。
 そのお咎めはまた後で、だな。」

「すまん…。」

「そう遠くには行ってないだろうから、近辺を徹底捜索だ!
 見つけたら寮に連れて帰る、良いな。」

 

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「苦しい…苦しいよ…ミーちゃん…。」

 

誰でもない誰かにささやく。
私はあてもなく路頭をさまよっていた。
もうどうしようも無くて、そうするしかなかった。
頭の中から、心の中から出てくる言葉は「苦しい」の単語のみ。
ふらふらと路上を歩いていると、ふと何かが目に付いた。
それは、踏切でぼうっと立ち尽くす一人の少女だった。
それを見るや否や、私の中に芽生えたことの無い感情が沸々とわきあがった。
私の思考は、既に反転していたらしい。
何をするワケでもなく立ち尽くす少女が…何故か目障りだった。
見ていると腹が立つ。
目の前から消えてほしい。
欲しい?
そんなに生易しいものじゃない。
消えろ。

消えろ…!

 

消えろ消えろきえろきえろきえろキエロキエロキエロキエロキエロ!

 

次の瞬間、有り得ない程の跳躍で背後に回り、その少女を手にかけ
…ようとしたところで、その少女が顔見知りだということに気がついた。
気がついたおかげで、おもむろに振り上げた右腕を何とか留めることができた。
その犬族の少女は…。

 

「ス、ステアさん…?」

「レナさん…?」

 

あまりの衝撃に、一旦理性が復活した。
ステアさんを目の前にし、そこで私はある違和感を覚えた。
おかしい…おかしすぎる…。
さっきまで私はステアさんと10メートル程距離を空けていた。
それがどうだ。
今私はステアさんの背後にいる。
つまり、10メートルという距離を、私はただの一瞬で移動してしまっていたのだった。
まるで私が、何か得体の知れない化け物のように思えてきた。
…けどまぁ、今はそのことは考えないでおこう。
よく見ると、ステアさんの顔はすごいことになってるし…。
涙で目は真っ赤になり、表情だってずっと暗かった。
何かあったのだろうと思い、近くにある土手に連れていくことにした。
何故か落ち着く場所だから。

 

「…どうしたの?
 何かあった…んだよね?」

「…っぅ…。
 私ね、今日ね、…っく、ノール、君に、…っぁぁ…!」

 

あまり言葉になっていないが、きっと告白したのだろう。
結果は…聞かなくても分かる。
この子の様子と…さっきの状況から判断すれば。
結局、ノール君は未だにミーちゃんのことを諦めてなかったワケだ。
…まったく、引き際というものを理解しろっての。
私の計画を台無しにしやがって…。
…?
何でこんな言葉遣いなんだろ。

 

「でも…何であんなところにいたの…?
 電車が来たら危ないでしょ。」

「…そのつもり…だったから…。」

「え…?
 まさかそれって…自殺しようとしてた…ってこと?」

「うん…。」

「な…っ!
 どうして?!
 そんなに簡単に命を捨てるような……ぁ…。」

 

命を捨てるようなことしちゃダメじゃない!
…と言おうとして、私はその先を口に出すことができなかった。
この子がステアさんじゃなかったら…きっと…。
今頃私は、確実に一人の命を摘んでいたことだろう。

 

「あなたは…分からないよね…。
 失恋がこんなにもつらいってことが…。
 ファーミット君と、あんなに仲が良いんだもの。」

「悪いけど、一応私も理解してるつもりよ♪
 それ紛いのことは経験したし。」

 

私がミーちゃんに告白した時のことを思い出して、今更考えたら滑稽にしか思えなかった。
だって…。
あの時、私、勘違いしてたんだもんね。
ミーちゃんは優しいから、私がミーちゃんのことで悩んでいるってだけで罪悪感を感じて…。
それで、ごめん、って言われたんだよね。
ミーちゃん、意外なところで的外れなことをしてくれるからなぁ…。
私の、ミーちゃんが好きなところの一つなんだけどね、それが♪
そんな話を、私は(ステアさんには失礼だけど)笑いながら語ってしまった。
そう…だからつらいのは分かる。
だからと言って電車は無いよ。
何でわざわざ電車なの?
それなら…私が…やってあげるのに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「じゃあ…楽になれれば…良いのよね?」

「え…?」

 

思わぬ反応に、心を痛めた少女は驚いた。
楽になれば…それはどういう意味なのか分からない。
ただ分かったのは、目の前にいる幻想族の少女が、
常人でも感じとれる程の殺気を放っていたということだ。
殺気以前に何よりも、既にいつものレナではなかった。
先程から違和感を多少なりとも感じていたステアではあった。
そんな彼女が決定的にそう感じてしまったのは…レナの言葉に驚いて顔を上げた時。
いつもなら青く澄んだ瞳が…暗闇でも分かる程の、
毒々しい血赤色に変わっていたからだった。

 

「レ…レナ…さん…。
 目が……!」

「あぁ、これ?
 目…かぁ…。
 あぁ、そういうことだったのか…♪
 私、よく分からないけど、思い出しちゃったから♪」

「何…を…?」

「私が……いいえ、私の血族が…簡単に人を楽にさせることができる、って。
 だから安心して?
 痛くも無いし、ただここからふっと消えるだけだかr」

「い、いやっ!
 来ないで!!」

 

言葉にならない恐怖がステアを襲う。
目の前にいる、得体の知れない化け物に…殺される…!
直感的にそれを感じ、危険なその場から逃れようと走り出した。
バラバラにされる前に、逃げるしかなかった。

 

「…冗談。
 死にたいって言ったのは貴女でしょうに。
 なら…叶えてあげる。」

 

ここにきて、既にレナという人格は…消え失せてしまっていた。 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

追い付かれたら殺される。
だから一生懸命走って逃げている。
…が、さっきから全く差が広がらない。
彼女は…一体どんな化け物なのよ…!
余裕のある顔でテクテク歩いているだけなのに、私の走る速さと同じなんだ。
実はひそかに足の速さには自信があった私だけれど、それでも全然振り切れない…!
こうして逃げている途中で分かった。
やっぱり私、まだ死にたくない!
こんなにも生きたがってる!!
なのに何であの紅い目の少女は、執拗に私を殺そうとするの?!

 

「…うーん、追いかけっこも飽きてきちゃったなぁ…。
 そろそろ…やめちゃおっかな。
 …この追いかけっこも。」

 

闇夜を照らす満月の下、血赤色の目の破壊者はつぶやいた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…レナ?」

 

何だろう…とても嫌な予感がする…。
どこかから…細々としたかすれ声が、僕に助けを求めている気がする。
ホントに小さな声だけど…レナだと思う。
そして…。

 

「よく分かんないけど…学校近くの大通りに…いる気がする…。」

 

全く確信の無い予感だけれど、僕には何故か絶対のような気がした。
自分の予感を信じて…。
今から起こることを考えもしないで…。
僕は大通りへと全速力で走っていった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「…?
 もう追いかけっこは終わりってこと?
 こんな路地裏に逃げちゃって…。」

「…はぁ…はぁ…。
 えぇ。
 どうせあのまま逃げても、いつか捕まるだろうし。
 それに…私だって…。」

 

簡単な魔術くらい教わったし、使えるようにもなったから。
ただ、この世界では他人を傷つけるための魔法・魔術は法律で禁じられている。
そもそも、どうやって相手を傷つけるのかってことも分からないし。
今はとにかく、習った魔術で何とか自分の身を守るしかない。
そうすれば、そのうち誰かが通り掛かって助けてくれr

 

「無理ね。
 助けてもらえるワケがないでしょう?
 半径100メートル以内には誰も近づかないんだから。」

「な…。
 ど」

「『どうして私の考えていることが分かったの?』、ですって?
 簡単な答えよ。
 私は貴女たちと違って、魔術を凌駕した魔法を行使することができる。
 この……紅炎の魔眼の力ね。」

「こうえんの…まがん?」

「そう。
 この血赤色の目が、魔法を行使する時に火が揺らいでいるように見えるからそう言われてる。
 これが…ブルーデンス家特有の古くから伝わる力。
 まぁ…遺伝、ってことかしらね。」

「ブルーデンス…家…?
 古くから伝わる力…?」

「無理よ。
 そんな簡単に理解できないわ。
 経験を通していない貴女にはね。
 それに…、どうせ貴女は死ぬんだもの。
 これ以上知ってもしょうがないわ。
 だからもう…楽になりましょう?
 さぁ……ノール君と世界に別れを告げ」

「…っ?!
 レナ?!」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

見つけて叫んだ。
あの後ろ姿は間違いない。
レナだ!
やっと見つけた…会えた!!
絶好の、絶妙の、絶対的に不利な状況とは知らないで…見つけてしまった。

 

「レナ…あの…ゴメン…。
 僕…、僕…!」

「あぁ、ミーちゃん。」

「…謝って済む問題じゃないよね…。
 でも、僕…どうしても謝りたくて…!」

「???
 一体何を謝ってるの?
 …あぁ、もしかして、ノール君とのこと?
 もう気にしてないよ。
 今はそれより…この娘を殺す方が先だから。」

「え…?」

 

はて、この娘とは誰だろう。
…殺す?
………殺す?!
今、レナは殺すって言ったの?!

 

「レナ…だよね…?」

「うん、そうだよ。
 それはミーちゃんが一番よく分かるでしょ♪」

 

今まで背を向けていたレナが、くるりと回ってこちらを見た。
僕は言葉が出なくなってしまった。
あんなに綺麗だった青い目が……赤よりも紅い…非情な目になっていたから…。

 

「レナ…どうしちゃったの…?
 目が…変になってるよ…?」

「別に変じゃないよ♪
 力を使う時はこうなるんだから。」

「力…?」

「…あとからゆっくり説明してあげるよ。
 ミーちゃんは…誰にも渡さないんだから。
 とりあえず、今この娘が死にたがってるから、その後でね♪
 処理してあげなくちゃ。」

 

また…不吉なことを言った。
あの紅い目を見てから、僕はレナがレナに見えなくなってきてしまった。
そうやって僕が困惑している間にも、レナは向こう側にいるという女の子の方へと歩いていく。
…ってダメだよ!
よく分かんないけどダメだって!
走り寄って、強くレナを抱きしめた。

 

「何を言ってるの?!
 そんなことしちゃダメに決まってるじゃん!
 レナはそんなことしないよ!
 ダメだ…っ…て」

 

この距離まできて、ようやく暗がりにいる少女が誰なのか分かった。
ステアさんだ…。
恐怖に取り憑かれたような表情で、既に腰を抜かしているのだろう。
ただ泣いて口をパクパクさせていた。

 

「ステアさん?!
 だ、大丈夫?!」

「…?
 へぇ〜。
 ミーちゃんは私よりその娘の心配なのね。
 私だって随分傷ついたんだけどなぁ。」

 

ぞくり。
何だろう、この…。
まるで背筋…、いや背骨そのものを氷でなぞられたような寒気。
レナの様子が…かなりおかしい。

 

「そ、それは…。
 でも!
 ステアさんが何したって言うの?!
 こんな…殺すだなんて…レナなら絶対に言わないはずだよ!」

「レナなら、ねぇ…。」

 

くすり、とレナ…に見える少女は笑った。

 

「そうね、それって正解かも。
 私はレナであってレナじゃない。
 私から遡って大体500年前。
 アメリア・フローライト・ブルーデンスから始まったレナだもの。」

「何言ってるか分からないよ!
 本当にどうしちゃったんだよ、レナ!」

「ふふっ、ただそれだけのことよ♪
 さ、その娘を殺してから色々説明するわ。
 だから…どいて。」

「………。」

 

無言で、僕はレナの前に立ちふさがった。
レナには…間違ってもそんなことしてほしくない。
ステアさんを…手にかけるなんてもっての外だ。
何で友達にそんなことできるのか…僕には分からないよ…!

 

「そう…。
 悲しいわ。
 そんなにその娘をかばうなら…ちょっと痛い目を見……ぁっ……!」

 

何だろう…。
またレナの様子が……。
今度はとても苦しそうな顔をしてもだえ始めた。
息も荒れ、さっきまでの威圧は嘘のように消えてしまった。

 

「ぁあっ…!
 …はぁっはぁっ…!
 あぁぁぁあぁああぁあぁぁぁぁっ!
 …っはぁっぁ!」

「レ、レナ!
 どうしたの?!」

 

近寄ってよく見ると、額から汗がにじんでいた。
何故こんなにも苦しんでいるのか分からないけれど…。
きっと、レナは今、自分自身と戦っている…ような気がした。

 

「レナ!
 レナぁっ!」

 

何度もレナの名前を叫ぶ。
ホントのレナが…戻ってくるかもしれないから。

 

「レナぁっ!」

「ぁぁっ…!
 ……し…‥てぇっ!」

「な、何っ?!
 どうすれば良いの?!」

「…ったし…を…ぁっ!
 はぁぁっ…!
 わ…ったし…を…っ、殺……してぇっ…!」

「な、何言ってるんだよ!
 何でレナを…!
 そんなの絶対できないよ!」

「はぁっ…はぁっ…。
 聞…いて…。」

 

少し落ち着きを取り戻したのか、弱々しい声ながらもレナが話した。
さっきのレナじゃない誰かではなく、少なくともレナ本人が。
顔色は真っ青で…尋常ではなかった。
それでも目は…さっきより少しばかり青くなっているように思えた。

 

「はぁ…。
 あのね、聞いて。
 私は…、…もう、…元に、戻れ…、ない…。
 この…まま…、…暴走、を…、続、け…、たら…、
 ホントに…、…誰、かを…、殺し…、かね、ない。
 その…前に…、死な、…なくちゃ…。
 だ、から、殺、してぇ…っ!」

「何言ってるんだよぉ!
 殺すとか死ぬとか言っちゃダメだよ!
 僕がレナにそんなことできないの、一番分かってるはずでしょっ?!
 だから病院に行こ!
 お医者さんなら何とか…!」

「それは…無理、なんだ…。
 私…、ダメ…、なの…。
 …はぁ…はぁ…。
 どうせ、…なら、ミーちゃんが…、良かった…のに…。
 だったら………。

 

 自分で死ぬ。」

 

いきなり立ち上がったかと思うと、そのままレナは車道に向かって走り出した。
タイミングを謀ったかの如く、そこに乗用車が走ってくる。
もう何が何だか分からない。
それでもレナを助けるべく、急いで僕も後を追う。

 

「レナぁ!
ダメだよ!!」

 

自分の身を投げ出して、力いっぱい手を伸ばした。
それが…最後だった。

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