その先にあるもの。
Story19 更なる交錯
「――そもそも、我々が魔法と称しているものは、実際の魔法とは異なる。
魔法とは、本来奇跡を起こす人知を越えた力である。
我々が普段行使しているのは魔術といい、
魔力ホルモンによる魔粒子を介しての事象の発現に過ぎない。
科学を利用すればできることだしな。
しかし、科学と魔法がこうして同時に成り立っているのは、
今のところ精霊に依るところだろうという考えが非常に有力であり――」
今は魔導学の精霊論の授業中。
話は聞きながらも、僕は全く違うことを考えていた。
それは勿論…今朝のことだ。
レナを救う方法は本当にそれだけなのか。
できればレナの意見を尊重したいから…。
レナの故郷に行った時、確かにレナは言ってたんだ。
「とっても大事なことだと思うから」
って。
自分でもそう思う。
そりゃ初体験なんだから、色々想像したりする…と思う。
自分の筋書通り、ドラマチックなエッチをするのが最高だろう。
そしてそれが初体験として、自分の記憶にずっと刻まれ続けるんだろうし…。
それに…初めてだからこそ、失敗したくないと思うんだ。
でも、今のレナは…きっとそれとは関係なく、僕がやりたいと言えば応じてしまうだろう。
そこが、朝からずっと僕が悩んでいるところだった。
本音を言えば…やりたいけど…。
レナは本当にそれで良いのかって考えると…どうしてもそれは憚られるような気がする。
「おーい、大丈夫かぁ?
ミックー?」
「……。」
「ミックってばさぁ、ちょっとは反応しろよ…。」
「……あ、うん、おいしいよ。」
「「ダメだこりゃ。」」
ボルトとジョアンが同時に何か言った気がした。
でも、思考を続ける僕の脳には、
一体何と言う言葉が発せられたのかということさえ留めなかった。
授業中も悩んだけど、結論は全く変わらない。
レナと…エッチをすることでしか…治らないのかなぁ…。
授業中にレナの様子を見てたんだけど、
僕から見ると、もう普通のレナではなかった。
いや、いつも通り授業を受けている普通のレナのように見えるけど…。
目は何だか虚ろで、まるで操り人形にでもなったかのよう。
とても授業を受けているって感じではない。
…そう、授業を受けさせられているみたいだった。
それを見ているのはあまりにツラかった…。
だから一刻も早くレナを救いたい。
でもレナの気持ちを考えると、一体どうすれば良
「…もがっ?!」
「そんなに悩んだってしょうがないだろ…。
とりあえず飯を食え、飯を!」
思考の途中で、いきなりパンを口にねじこまれた。
それを飲み物で即座に流し、とりあえずそれの行為者に文句を言う。
「い、いきなりパンをねじこまなくても良いじゃんか!
呼ばれれば応え」
「応えてなかったからやってみた。
あのなぁ、そんなに悩んでも解決するもんじゃないだろ。
考えるなとは言わないけど、飯くらいは食べろって。」
「あ…うん。
そうだけど…。」
まぁ、ジョアンの言ってることも分かる。
だって僕はさっきから同じことをずっと考えてるだけだから。
ちなみに、ボルトも事情は知っている。
まぁ、ある意味では先輩だしね…。
知っておいてもらっても良いんじゃないかってことで、一応話しておいたんだ。
最初はワケ分からなさそうな顔をしていたけど、
レナの発情期の特徴を教えるとすぐさま納得できたらしい。
「んでどうするつもりなんよ?」
「んっと…、とりあえず色々準備があるから…。
明日の夜にでもレナの部屋に行ってみようかなとは思ってる。
ちょうど明日は授業が休みの日だしね。」
「そっか。
ま、オレらは何にも言えないけど…。
レナ、早く戻ることを祈ってるよ。」
「うん、ありがとう。」
その、まぁ…。
準備って言うのは、心の準備だったり、ゴムの準備だったり…。
誤るとマズイしね。
その日の授業が終わると、一応経験者のボルトを連れて、
こっそりとその準備の買い出しに行った。
あとはどうつけるのか、とか。
他にもどう動けば相手が喜ぶだとか、今は別に要らない情報までもらってしまった。
そうしていろいろと御教示を受けて、明日の準備はほとんど万全になった。
その夜、考えもしなかった事態で、
より深刻になっていくなんて思いもよらなかったけれど…。
とりあえずの準備を終えて、ベッドに潜り込もうとした矢先のことだった。
何者かの悪意さえ見え隠れするような無機質な音で、
♪ピンポ〜ン
呼び出し鈴が鳴った。
…誰?
って言うか…今何時?
あ、まだ午後8時だった…。
僕、こんなに早く寝るつもりだったのか…!
そしてさっきから呼び鈴がうるさすぎる。
渋々玄関のドアを開けると、そこには何故かノールがいた。
「…ノール?
こんな時間にどうかした?」
「……うん。」
「どしたの?
とりあえず……うっ…。
ま、仕方ないからあがりなよ。」
一瞬、ノールを上げるのをためらった。
以前、ノールが僕を…襲った時のことを思い出したから。
そりゃ前みたいなことが起こったら…ねぇ?
いい加減レナに申し訳が立たないよ。
第一に、明日レナと…しようって思ってるのに、何かされたら堪らないもん。
しかし、意外にもノールはそのまま、僕に促されるように座布団に座った。
…何か…あったのかな…?
「そんな深刻な顔して…どうしたの?
いつものノールらしくないよ?」
「オレ……。
初めて告白されちゃった。」
「え?!
それホント?!
良かったじゃん♪
相手は」
「知らない。
振ったし。」
「えぇっ?!」
まさかのありえない反応だった。
あのノールが告白されたってだけで十分珍しい事態なのに、
さらに振ったってのは考えられなかった。
女の子なら誰でも良さそうな感じなのに…。
「ちょ…何で」
僕が言葉を言い切らないうちに、ノールは僕に覆いかぶさってきていた。
あっという間に押し倒されるかたちになり、
それでも僕は未だに事態の把握ができなかった。
「お前が好きなのに…無理に決まってるだろ…!」
「んむっ?!」
前と同じような状況。
押し倒されるかたちで、僕はまたしてもノールにキスをされてしまった。
が、こんなこと思うのも変だと思う。
けれど思った。
ノールのキスは、前の荒々しいものよりかなり優しさを帯びたものだった。
それに…震えていた。
何故彼が震えているのかは分からない。
告白されたことがそんなにショックだったんだろうか…。
でも今日は、ふとこの前と同じコトがあっても許してあげようと思ってしまった。
理由は分からない。
何となく、今のノールは普段と違って守ってあげなきゃいけないように思えた。
ただノールに抱かれ、優しく口内を犯されていくのに耐えることにしてしまった。
一瞬でもノールを受け入れてしまった。
それが間違いだったんだ。
突然玄関のドアが開いた。
合鍵を持っていたのが災いしてしまった。
溺れた少女は、心の穴を埋めるためだけにやってきたハズなのに…。
中の様子を見てしまい、現実から目を背けることしかできなかった。
目の前のこの状況から逃げ出すしかできそうになかった。
とても不安定な彼女の、唯一心から信じられる少年が
自分とは違う誰かと
濃厚なキスをしていたから。
「ミーちゃんの…バカ…っ!」
それが
前の僕が覚えている
一番最後のレナの言葉だった。
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呼び鈴を鳴らさなかった私が悪かったかもしれない。
勝手に鍵を開けて入った私が悪かったかもしれない。
でも、何故それが今日でなければいけなかったのだろう。
私の体は既に限界だ。
押し寄せる性の欲望に、私の頭は爆発寸前だった。
心臓の鼓動は激しく、息も常に荒々しかった。
でも、みんなの前ではそれを隠してた。
周りの子たちは優しいから、きっと保健室に連れて行ってくれるだろう。
しかし、連れて行ってもらったところで、私は良くなるはずがない。
誰よりも、自分が一番よく分かっている。
だから出来得る限りで平然を装った。
ユリアン先生にも、度々無理はするなと言われた。
そりゃ私だって無理したいワケじゃない。
無理しないと、自分があっと言う間に壊れてしまうだろうから…。
無理をせずにはいられなかった。
そして…。
私はついに救済を求めることにした。
この状況から逃れる術は、随分前から本能で分かっていたから…。
だから今日、ミーちゃんのところへ行ったんだ。
抱いてもらえば何とかなる。
いずれはたどり着く場所なら好都合だとも思えた。
しかしこの事態はどうだ。
何でよりにもよって、ミーちゃんはノール君なんかとキスしていたの?
ひどいよ…。
私…もうどうしたら良いの…!
ただ道を歩く私の中に、何かが宿り始めていた。
私の全く気がつかないところで、それは私を覆いつくそうと…していた。