その先にあるもの。
Story17 勘違い
文化祭が始まってもう三日。
毎日が忙しすぎて、全く遊んでいる余裕がない。
余裕があったのは初日ぐらいなものだった。
自分のクラスの出し物が終わったら、今度は外来のお客さんのために働いて…。
休んでる暇がホントにない。
何で学級委員がこんなにも忙しいんだろう。
本来、文化祭実行委員会が一番忙しいはずじゃないか!
何か…不公平な気がする。
「絶対おかしいよね?!
何でこんなにも働いてるんだろう!」
「そうよね〜。
もうちょっと休みが欲しいかなぁ。
他のクラスの出し物だって殆ど見て回れないしね…。」
「上級生の方の学級委員の人は何してるんだろうね!
1年生だけでやらせるなんて無理にも程があるよ…。
で、全く関係ないけど…。
何で毎日毎日くっついてくるんだよ、ノール!」
「え?
そりゃお前…アレだろ。
…手伝い?」
「昨日も一昨日も…何かしてくれたっけ?
してないでしょ!」
「分かってるくせに…。
お前の精神面でのサポートだ♪」
「〜〜〜〜〜!
レナぁ…。
ノールを何とかしてよぉ。」
「え?!
私が?!
じゃあ…。
私のミーちゃんだから、ノール君には渡さないもんね!」
「いぃっ?!
ちょ、ちょちょちょちょ、レナ?!」
公然ではっきりと言って、僕に思いっきりくっついてくるレナ。
レナってこんなキャラだっけ?!
違うと思うのは僕だけ?!
周囲の人がやたらこっちに視線を向けてくる。
それもそうだ。
あんなコト叫んで僕にべったりくっついて来るんだから…。
恥ずかしすぎて、もう俯くしかなかった。
いや、嬉しいんだけどね。
でも、ちょっと場所を考えて欲しいなぁ…。
「レレレ、レレレレレレ、レナ!
こういう場所でそれはちょっと……!」
「え?
あ、そっか。
…ん。」
「っ?!」
抱きつかれたのでも充分な不意打ちだった。
でもそれは、今の行為のジャブみたいなものだったらしい。
さすがにこの決め手のストレートは、誰も予想していなかった自体だと思う。
ここは公然。
周りの視線が集まってた。
その中でのキスは、絶対に誰も予想していなかったと思うんだ。
それはもうビックリ仰天。
周りの空気は凍てついた。
まぁ…周りにいる人だって数えるほどしかいなかったけど。
レナは唇をゆっくり離すと、えへへ、と笑って頬を赤く染めた。
僕はもう、顔が沸騰しそうだった。
「あ…え…レナ…?
何を…。」
「どう?
これでもノール君、びったりミーちゃんにくっつくつもり?」
ビシッ!という効果音が似合いそうな感じで人差し指をぴんと立てて、
それをノールに向けていた。
人差し指の先には、驚いててそれどころじゃなさそうなノール。
未だにどう反応して良いのか分からない周囲の人達。
僕は一つの行動に出るしかなかった。
「に、逃げるよレナ!」
「あ、ちょっと、ミーちゃん!」
レナの手を握り締めて、そのまま自分の教室へとダッシュで戻った。
その様子をある人物に見られているとは知らずに。
「…何としても…。」
「いきなり何してるのレナ!」
「何って…キス?」
「そ、それは分かってるよ!
だだだだだだ、だだだだ、だって…。
人前じゃん…。」
「うん、そうだね♪
だから?」
「だから?…じゃないでしょ?!
みんなの前じゃ…恥ずかしい…よ。」
「付き合ってるから良いじゃん♪
私たち、恋人同士なんだもん。」
「うぅ…。」
確かに隠す必要はないんだけどね…。
何故か。
それは、既にみんなに知られちゃったから。
別に隠してたつもりも無いけど、いつの間にかみんなに知られちゃったわけで。
問題は、茶化す連中も増えてきたってことだけど。
二人で歩いてると、よく口笛がフュ〜♪って聞こえてくる。
そしてさらに、担任のユリアン先生にまで広まっている辺りが特にタチが悪い。
最近よくあるのが、二人で教室で作業をしているとふと近づいてきて、
「ふぅ、良いわね〜若いって。」
と一言だけ言って帰ってくんだ。
嫉妬…?
皮肉…?
僕には分からないや。
…ってこんなこと考えてる場合じゃない。
まだまだ学級委員の仕事が残ってたんだった!
「レナ!
僕たち、こんなところで油を売ってる暇ないよ!
早く仕事に戻らなくちゃ!!」
「あ、そうだっけ。」
「あ、そうだっけ。…じゃないでしょ?!
ほら、早く行かないとユリアン先生に怒られちゃう!」
「はーい♪
じゃあ、手♪」
「え?」
「だから、手♪」
「えぇっ?!
第二練武場まで?!」
「もっちろん♪」
うーん、ここ数日やたらレナが甘えてくる気がする…。
ま、たまには良いんだけどね〜。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆次の日◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「決着をつけましょう、ブルーデンスさん。」
「は?」
ここは校舎の屋上。
目の前にはステアさん。
ちょっと来てくれる?って言われてついて行ったら、
何故だかこんなことになっている。
決着って…私って何かしてたっけ?
…あ、もしかして…ミーちゃんのことかな…?
「とぼけないで!
貴女のことは全てお見通しよ!」
腕を組んで、ジっとこちらを見据えてくる。
この人、こんなキャラだったのね…。
「お見通しって…。
一体どうしたの?」
「ふ…まだシラを切るつもりなのね…。」
「悪いけど、ミーちゃんは」
「お黙りなさい!」
この人は私に白状しろって言ってるのか、
それとも黙ってろって言ってるのか分からない。
何この人。
「いつもベッタリしているようだけど、いい加減我慢できなくてよ!」
「だって私たち、恋人同士だし…。
それが普通じゃない?」
「…っ?!
貴女……!!!
不潔よ!信じられない!!
ファーミット君を掌中に収めているくせに、さらに彼まで取るなんて…!!!
この泥棒ネコ!
二股なんて人のすることじゃないわ!」
私、ネコじゃなくて竜なんだけど。
何を言ってるんだろう…。
彼?
彼って誰のことかしら?
何か勘違いしているようだけど、今の彼女は興奮していてそれどころでは無さそうだ。
とにかく鎮めて、何を勘違いしているのか聞き出そう。
「ねぇステアさん。
とりあえず落ち着きましょうよ。
彼って誰のこと?」
「ここまで来てシラを切るのね…!
良いわ…。
私、やっぱり決着をつけなくちゃって思っていたところなの。
話し合いでまとまるかもって思ってた私がバカみたいだわ。」
話し合いさえさせてくれないこの子は、本当に何のつもりだろうか。
「彼は私の王子様よ!
誰にも渡さない。
この思いは彼……ノール君だけのものなの。」
あぁ、そういうことだったのか。
とりあえず、何を勘違いしていたかは分かった気がする。
でも誤解を解くのは難しそうね…。
「あ、あのね…?
私、恋人同士って言ったのはミーちゃんのことで…。
ノール君のことじゃないよ?」
「そんなこと言われても騙されないんだから!」
そんなやり取りをくどくどと10分ほど。
一つだけ分かったことがある。
この子は決して内気なワケじゃない。
単に必要以上に人と接しないだけみたい。
「……ホントに、貴女とノール君は何の関係も無いの……?」
「だからさっきから言ってるじゃない…。
私、ミーちゃん以外興味無いの♪」
「……はぁ、良かった…。
貴女相手なら勝てないと思ってたから…。
ご、ごめんなさいね。
ひどく勘違いしちゃった…。」
相当意気込んでたみたいね、この子…。
目つきがやっといつものステアさんに戻った。
この子は敵に回しちゃいけないなと、素で思った瞬間だった。
「でもいつも貴女たち、一緒にいるでしょう…?
それで私は貴女が二人を手駒にしてると思って…。」
「どんな解釈したらそうなるのよ…。
ノール君はミーちゃんにくっついてるだけだよ。
寂しがりやな人みたいだから、ノール君。」
「そうだったのね…。」
とりあえず、ノール君がミーちゃんを好きってことははぐらかしておいた。
「ははは♪
ビックリしちゃった。
だっていつものステアさんと全然違うんだもの。」
「あ…。
私、気分を害されると暴走しちゃって……。
それであまり人とは関わらないようにしているの。
でも……ノール君はダメ…。
お話してみたいの。」
彼女は思い出すように、ゆっくりと私に話し始めた。
ノール君を好きになった理由を。
「春のことよ。
私、夜中に外を歩いていたの。
その日は何だか眠れなくて…。
夜風にあたって頭でも冷やそうかなって。
それで駅の近くまで歩いて行ったんだけど…。
酔っ払いのオジさんに絡まれちゃって、とても困ったのよ。
『お嬢ちゃん、どこに住んでるの?』
とか聞かれてね。
最後には腕をつかまれてすごく怖かった。
そしたらその時、彼が助けてくれたの。
後ろからヒラリと現れて、
『おい、おっさんが女の子に何してるんだよ。』
って言って追い返してくれたわ。
そのまますぐ帰っていっちゃったから名前も聞けなかったけど、
同じ人を学校で見つけられた時は運命みたいなものを感じた。
あぁ、私はこの人のために生きていくんだなって。
でも話すきっかけが無くて…。
何とか名前を知ることはできたけど、何の接点も無かったし…。
それで困ってたら、貴女が彼と一緒に歩いているのを何度も目撃した。
その後のことは…あんまり覚えてない。」
「そうだったの…。」
ピンチの時に颯爽と現れた王子様が、まさかノール君だったとは…。
彼、何のために夜中に出歩いてたのかしら…。
と思ったけど、きっとナンパなんだろうなって思ってしまった私。
ノール君、彼女には目をつけなかったみたいね…。
女の子なら誰でも良いと思ってたけど、そうでもないのかしら。
あ、そうか。
あの頃はエマに夢中だったってミーちゃんが言ってたっけ。
考え出すとキリが無さそうなのでやめておこう。
「なかなかカッコ良いところもあるのね、ノール君。
ちょっとだけ見直しちゃった。」
「だって私の王子様だもの。」
うーん…。
ちょっと汚い気がするけど、ステアさんとノール君をくっつけちゃえば、
私たちはもう邪魔されないのよね…。
ということで、私は彼女とノール君の橋渡しをすることにした。
悪意は無いけど、ごめんねノール君。
「じゃあ私が、貴女とノール君の関係を受け持ってあげるよ♪
貴女にはうまくいって欲しいし。
ね?」
「そうしてくれると嬉しい…。
私、声も掛けられないし…。」
「大丈夫、大丈夫♪
ステアさんって綺麗だし、きっと大丈夫♪」
「本当?
…私、…頑張る…。」
そうして、私たちはお互いをやっと理解することができた。
私も頑張らなくちゃ…。
ミーちゃんのために、もっともっと頑張ろうって思う。
それにはまず、この発情期と戦わなくちゃ。
甘えてばっかりじゃダメだと思うし。
新たなる決心を胸に、私は今日もミーちゃんと頑張ります。